中国の対外純資産の減少より深刻な日本の対外純資産の減少 

6月30日に、中国の外国為替管理局が対外純資産の数値とその内容をインターネット上に公表した。このサイトには、以前から対外純資産の数値は存在していた。しかし、その内容を詳細に時系列で英語でも公表したのは今回が初めてである。以前ならごく少数の人しか入手できなかった情報が、インターネット上で英語さえわかれば世界中の誰もが見ることが可能になった。その少し前から中国の株価が下落し始め、株式バブル崩壊とも言える状況になった。加えて、人民元レートまでが切り下げとなり、世界経済を振り回すようになった。中国経済への関心が高まり、中国の対外純資産についての分析があちらこちらで見られるようになった。

中国政府が対外純資産の詳細をネット上で公表したこと自体は大きな進歩であり、高く評価されるべきものである。ところがこの対外純資産の数字は、ウソが含まれている不正確な数字である可能性が高い。中国の統計はGDPに代表されるように、多かれ少なかれウソが含まれていることが今では常識になっている。加えて、対外純資産は外国との間の統計であり、外国の側の統計から見た統計数字も一部だが存在する。そのため、ほぼ確実にウソと言える数字が中国の対外資産負債の一部に存在していることがわかっている。対外資産負債の一部がウソであるということは、対外純資産全体の数字もウソである可能性が高いということになる。

中国の対外純資産の数字がウソであるにしても、ウソの統計から本当の数字を導き出すことは非常に難しい。一部のエコノミストの間では、ウソの数字をさまざまな方法を使って修正し、独自の見解を述べることも広まっている。ただその中には、疑問のある修正方法や根拠のない推測に基づくものが多く見受けられる。私はこうした推計値も信じられず、不可能な領域への挑戦と考えている。

今回は、中国の対外純資産の数字が正しいという仮定を置く。この場合でもある程度は正確な中国経済の姿を読み取ることができる。そして、中国の対外純資産に問題があるにしても、それよりももっと大きな問題を抱えている国が別に存在することを説明する。より大きな問題を抱えている国の一つはアメリカであるが、もう一つの国は日本である。日本の対外純資産の減少という問題と、この問題を解決できる可能性のある道を探りたいと思う。

まずは、中国の対外資産、対外負債、対外純資産のグラフを下記に示す。


中国対外資産負債

上記のグラフからは、主として2種類の問題点が指摘されることが多い。1点目は、中国の対外債務の大きさである。中国は2015年3月末時点で5兆ドルの対外債務を抱えている。この対外債務の金額が大きすぎて、返済ができるのかが問題視されることがある。2点目は、対外純資産の減少である。中国は2013年末の対外純資産2兆ドルから、2015年3月末の1.4兆ドルまで6000億ドルの対外純資産を減らしている。この間の中国の金融収支は1000億ドルの黒字である。この金融収支の黒字を考慮すると(経常収支が使われることが多いが、正しくは金融収支)、対外純資産は7000億ドル消失している。そのため、2014年以降、資産が大量に中国から海外へと逃げ出しているのではないかという疑惑が語られることになった。こうした考え方が、8月11日-13日の人民元レートの切り下げ、8月末の外貨準備急減などと合わさり、中国からのキャピタルフライト、人民元レートの暴落、国際収支危機の発生といった見方が一部に出始めている。

中国の国際収支危機発生は、中国の対外純資産の数字が正しいという仮定を置いた上で主張されることが多い。一部には、中国の対外純資産はずっと少ないと推計した上で、中国の国際収支危機の発生を述べる考え方も存在する。この一部の考え方はここでは無視する。繰り返すが、本当の数字を求めることは、不可能な領域への挑戦と考えているからだ。中国の対外純資産の数字が正しいという仮定を置いた上でも、中国の国際収支上の問題点がいろいろと指摘される。その中に、将来、国際収支危機に発展するという意見が一部に存在する。しかし、中国の対外純資産の数字が正しいという仮定をおいた場合、中国の対外純資産には全く問題はなく、国際収支危機などは発生しえないのである。そのことを説明するため、アメリカの対外資産、負債、純資産を表すグラフを下記に示す。


米国対外資産負債

中国の対外債務は5兆ドル、アメリカの対外債務は32兆ドルである。対外純資産は中国は+1.4兆ドル、アメリカは-6.8兆ドルであり、アメリカは大幅な対外純債務国になっている。

アメリカの対外債務は多いが、これは米ドルが世界の基軸通貨であることが最大の原因である。中国は人民元の国際化を推進している。人民元の国際化というのは、人民元を外国で使用してもらうことである。使用してもらうと、必ず人民元建ての対外債権と債務が増加する。すなわち、人民元の国際化が進行すると、その先に中国の対外債権と債務が増加するのである。

中国の対外債務5兆ドルは、多すぎるのではなく、少なすぎるのである。アメリカには歯が立たないだけではなく、GDPが中国よりずっと少ない日本を含むいくつかの先進国にも負けている。しかし、アメリカや日本、イギリス、ドイツなどの国の巨額の対外債務が問題と指摘されることはない。仮に中国の5兆ドルの対外債務を問題視するならば、アメリカの32兆ドルの対外債務をもっと大きく問題視しなければならない。しかし、誰もアメリカの32兆ドルの対外債務が問題だとは言わない。アメリカの32兆ドルを問題にせず、中国の5兆ドルを問題視することは完全な誤りである。

次は対外純資産である。中国は+1.4兆ドル、アメリカは-6.8兆ドル。そして両方とも減少傾向にある。アメリカの場合、最近の対外純債務が急増している最大の原因は、ドル高である。アメリカは、日本株を始めとして多額の円建て資産を保有している。しかし、円建て資産の価値は、ここ3年あまりの間に進行した円安ドル高の結果、大きく目減りしてしまった。一方、アメリカの場合、負債の大半はドル建てである。これはドル高でも目減りすることはない。結果としてアメリカの対外純債務は急増しているのである。

この6.8兆ドルの対外純債務には、少し問題がある。中国の対外総債務が5兆ドルであるのに対して、アメリカの場合は対外純債務が6.8兆ドルである。純債務と総債務では全く意味が異なる。6.8兆ドルの対外純債務は少し大きすぎて、少しは心配しなければならない。ただ、アメリカの2014年のGDPは17兆ドルである。対GDP比で見た対外純債務の比率は39%。39%という水準は、問題がないわけではないが、国際収支危機を恐れるレベルでもない。日本では、アメリカの6.8兆ドルの対外純債務が全く問題視されないことが多い。他方で、アメリカの6.8兆ドルの対外純債務は大問題であり、日本がアメリカに対して保有している1.2兆ドルの米国債は、将来必ず紙切れになると主張する意見が一部に存在する。米国債が紙切れになる可能性はゼロではないが、高くもない。アメリカ経済を見るに当たって、6.8兆ドルの対外純債務が存在するという事実、そして最近のドル高の結果として対外純債務が急増しているという事実は頭には入れておく必要がある。このことを頭に入れておけば、6.8兆ドルの対外純債務を保有するアメリカよりは、1.4兆ドルの対外純資産を保有する中国の方が、圧倒的に健全であるということがわかる。

より頻繁に指摘される問題は、中国の対外純資産が2013年末から6000億ドル減少、ないしは7000億ドル消失している点である。しかし、アメリカ以外にも、中国と変わらないくらい対外純資産が大幅に減少しているという問題を抱えている国が別に存在する。それは日本である。日本の対外純資産をドル建てと円建てに分けて見ることにする。


日本対外資産負債

日本は中国を上回る世界最大の対外純資産国である。そして円建ての対外純資産は2014年末までは増加し続けていた。一方、ドル建てでは2012年末をピークにして大きく減少している。円安進行により見えにくかっただけである。この問題は2013年末の日本の対外純資産が発表される直前に、大問題であることを指摘した(*1)

中国の2013年末-2015年3月末のドル建て対外純資産の減少金額は6000億ドルである。日本の2012年末-2015年3月末のドル建て対外純資産の減少金額は5600億ドルである。絶対金額では、日本より中国の方が少しだけ上回っている。しかし、2014年のGDPは、日本が5兆ドル弱、中国が10兆ドル強である。経済規模を考えた場合、実質的には中国より日本の方がより大規模な対外純資産の減少に見舞われている。

日本の対外純資産が大きく減少した理由は、金持ちが密かに円をドルに替えて海外に逃げ出したからではない。日本の対外純資産が大きく減少した最大の理由は、日本の株高である。バブル崩壊後、1991年-2015年3月の間に海外投資家は国際収支ベースで115兆円の日本株を買い越してきた。これは、日本から見た場合、対外債務の大幅な拡大を意味する。日本は資金需要がなくなったといって銀行からの借入金という国内債務を大幅に減少させる中、かわりに対外株式債務を大幅に増やしてきた。企業レベルで見た場合、株式は債務ではなく資本であるが、国家レベルで見た場合、株式もまた債務になるのである。そして、対外株式債務は株価が上昇すると債務の金額も増える。配当利回りも今や借入金の利回りを上回っている。アベノミクスが始まる直前の2012年9月末から日経平均株価が2万円台を回復した2015年4月22日の間に、株高による対外株式債務の金額がちょうど100兆円増加し、その金額だけ対外純資産が減少したことを書いたことがある(*2)

2013年末-2015年3月末と少し期間を変えて株価上昇による損失を再計算すると、100兆円よりは少ない90兆円、7500億ドルになる。この間の対外純資産の減少金額は5600億ドルなので、株価上昇による損失金額は、対外純資産全体の減少金額を上回っている。この差の1900億ドルの中で一番大きく寄与しているのは、日本の投資家が保有している外国株式の値上がり益である。日本は自国の株高が原因で、2012年末-2015年3月末のドル建て対外純資産を7500億ドルも減らしている。この巨額の減少を、保有する外国株式の値上がり益やそれ以外の多くの要因を合計して、対外純資産全体の減少額を5600億ドルまで縮小させている。中国の対外純資産の6000億ドルの減少、7000億ドルの消失を大騒ぎする前に、日本の株高によるドル建て対外純資産の7500億ドルの減少、あるいは日本が保有する外国株高などを合計した対外純資産の5600億ドルの減少の方をより声高に叫んで問題視すべきである。

中国の2013年末-2015年3月末における対外純資産の6000億ドルの減少、7000億ドルの消失の最大原因も、日本と同様に中国の株高である。中国の株価上昇による損失金額は、3800億ドル弱と推定できる。日本ほどは大きくないが、昨年後半から株高による対外純資産減少が増え始め、今年の1-3月期には株価急上昇により対外純資産を大きく減らしている。それ以外の要因は正確にはわからない。ただこの期間、米ドルの実効為替レートが18%上昇している。2013年末時点で中国の対外総資産6兆ドルのうち、米ドルとそれに連動する人民元、香港ドル建て以外の資産の比率は全くわからない。しかし例えば、米ドル、人民元、香港ドル以外の資産が50%であったと仮定すると、為替差損は6兆ドル×50%×18%≒5400億ドル前後も生じていることになる。対外負債の場合は、すべてが米ドル、人民元、香港ドル建てではない。しかし、米ドル、人民元、香港ドル建ての比率が高いと思われる。ユーロ建て、円建ての債務もあるはずだが、資産サイドよりはその比率はずっと低いはずである。為替差損5400億ドルは過大評価であり、実際にはもっと少ない。しかし、5400億ドルよりは少ないとしても、中国はドル建てで見た為替差損が数千億ドルレベルで発生していることは間違いない。中国の株高による損失金額は3800億ドル弱であると推定できるので、残りの3200億ドル強が米ドル高=人民元高による為替差損であり、合計で7000億ドルの対外純資産の消失と説明できる可能性はありえる。もっとも、個別項目まで分解すると、為替差損と確認できる金額は少なく、原因不明要因が多い。それでも株価と為替変動による損失の可能性がある項目を合計した場合、対外純資産消失金額は7000億ドルには達しないが、その多くの割合を説明できると考える。

中国の対外純資産の公表数字が正確な数字と大きな乖離がないという条件を付ければ、近い将来に国際収支危機が発生し、その結果、中国経済が崩壊することはありえない。発生することは、人民元レートの下落までである。

より重要なことは、日本が株高により対外純資産を実質的には中国以上に減らしてきたという事実の方である。これは将来の予想ではなく、過去に実際に発生してきた事実である。しかし一方、ドル建ての対外純資産の減少を食い止める政策の実施は非常に難しい。日本経済をデフレ不況に戻せば株価は暴落し、対外純資産は増加するが、この道は問題外である。日本経済に景気後退の徴候が現れ、6月をピークにして海外投資家による日本株の大量売り越しと株価下落が発生している。そのため直近での対外純資産は増加に転じているが、日本経済の不況への再突入は避けなければならない。

私は追加金融緩和が必要と繰り返し書いてきた。海外投資家を日本から閉め出すような政策は厳禁である。日本は外にも開かれた自由な市場を絶対に維持しなければならない。その中で、海外投資家による日本株の持株比率を、直近の32%からある程度引き下げさせる政策が必要なのである。中国のように国際収支危機予想を引き起こすような政策は、情報公開の進んでいる日本では不可能である。しかし、極端な通貨安予想から円建て資産の保有恐怖症を引き起こすことなら、絶対に不可能とは言い切れない。黒田バズーカ砲の第1弾と第2弾は、海外投資家による日本株の過去最大の買い越しを引き起こした。第3弾は過去最大の買い越しを引き起こしてはならず、今度こそ反対に日本株の売り越しを引き起こす必要がある。実際問題として、これは簡単なことではない。非常に困難なことである。成功するかどうかは別にして、第1弾、第2弾とは次元が何次元も異なる極端なサプライズを伴った追加金融緩和の実施が、必要不可欠なのである。


リンク先記事
2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*1)
アベノミクスがもたらした株価上昇による100兆円の損失(*2)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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