アメリカ製造業の構造的な成長率低下

2015年7月21日に、FRBが新しい基準での鉱工業生産、製造業生産を発表した。新基準での直近の鉱工業生産、製造業生産は、旧基準よりも下方修正となった。特に下方修正の幅が大きかったのは製造業生産である。今回は、製造業生産の下方修正をふまえ、今後のアメリカ製造業の中期的な成長率低下予想について説明する。

最初に、製造業生産の修正前と修正後の1990年からのグラフを下記に示す。


製造業生産 新旧

製造業生産は、旧基準では、リーマンショック前の高値を更新していたことになっていた。ところが、新基準では、リーマンショック前の高値に依然として到達していないことが明らかになった。

このように伸び悩むアメリカの製造業であるが、これでも日本よりははるかに高成長なのである。日本では鉱工業生産の99.8%を製造業生産が占める(日本の場合、製造業の正式名称は製造工業)。そのため、製造業生産はあまり使われることはなく、普通は鉱工業生産が使われる。アメリカでは製造業生産が鉱工業生産に占める割合は74.5%であるので、別個の指標として扱われる(厳密には、電力・ガス等が鉱工業生産の中に、日本では含まれていないが、アメリカでは含まれている)。ここでは、日米の製造業生産の1990年以降の推移を表すグラフを下記に示す。


製造業生産 日米

アメリカの製造業生産は下方修正されたとは言え、日本とは比べものにならないほど高い成長を遂げてきた。主な理由は2点ほど考えられる。1番目の理由は、工業製品、特にハイテク製品の性能向上が、日本よりアメリカの方が高く評価されていると考えられるからである。これは、特に2000年以前の日米の製造業の成長率格差の1つの大きな原因ではないかと推測している。例えば、パソコンの頭脳であるMPUは、価格は上昇しなくとも、性能は爆発的に上昇してきた。この性能向上分をアメリカは生産量の上昇に変換して計算し直している。日本も同様な作業をしているが、アメリカほど性能向上分が評価されていないと感じている。そうはいっても、性能向上の著しかったパソコンのMPUは大半が米国製である。日本にも半導体産業は存在するが、一番高価なMPUには弱かった。日本でかつては強かったDRAM、現在でも強いフラッシュメモリの場合、MPUとの比較では性能向上が高かったと言うことは難しいであろう。それ以上に、半導体の性能向上を日米間で基準を共通化させて厳密に評価すること自体が不可能である。従って、日本の製造業生産も、性能向上をもっと高めに評価した場合、もう少し上昇率は高かったであろうと推測の形で言うことが限度であり、厳密に正確なことを言うことはできない。

2番目の理由は、日本の製造業軽視の風潮である。2000年頃から日本の製造業の競争力低下が目立ち、同時に日本からアジアに工場が続々と移転してしまった。そうした動きを食い止めるのではなく、製造業は時代遅れの産業であり、アメリカのような脱工業化、サービス化を進めることこそが、日本経済の進む正しい道であるというような大変間違った考え方が蔓延していた。工場を作ったこと自体が経営判断のミスであるとか、抜本的な構造改革、すなわち工場閉鎖などの製造業の破壊が遅すぎるという非難の声が強かった。そのため、日本は製造業の崩壊を食い止める政策、努力が全く不十分であったのである(*1)(*2)。後で書くとおり、日本が手本としていたアメリカでも、脱工業化の動きがあったことは間違いない。それでもアメリカは、守るべき重要な製造業に関しては、政府が徹底的に保護して守り抜いてきたのである。

そうしたアメリカの製造業も、最近は日本化が進みつつある。アメリカのハイテク産業の成長が衰えつつあるからだ。アメリカのハイテク産業の生産を表すグラフを下記に示す。


ハイテク産業

1990年代以降、ハイテク産業はめざましい成長を遂げてきた。ハイテク産業をもう少し具体的に示すと、コンピューターと周辺機器、通信機器、半導体・電子部品を意味する。これはアメリカのNAICS(北米産業分類体系)という基準による産業分類に基づいて、FRBが使用する単語である。普通、ハイテク産業というと、バイオやソフトウエア、インターネット関連産業の場合でも使用されることが多い。ここでのハイテク産業は、一般的な意味ではなく、NAICSに基づいてFRBが定義するハイテク産業の意味で使用することにする。こうしたハイテク産業は、1990年以降急速に成長し、アメリカの製造業生産を押し上げ、アメリカ経済の成長にも大きく貢献してきたのである。しかし、過去において急成長してきたアメリカのハイテク産業も、リーマンショック時あたりから成長率が鈍化している。パソコン向けのMPUがその代表であろう。生産数量は完全に頭打ちであり、性能もかってのような急速な向上を示せなくなっている。

こうしたハイテク産業に変わって、直近のアメリカの製造業を牽引しているのは、自動車と自動車部品産業である。そのグラフを下記に示す。


自動車と部品

2008年終盤に大変大きな落ち込みを示した。しかし、その後急速な回復を示している。この自動車産業の成長の立役者は、アメリカ政府である。2008年にGMとクライスラーを救済する法案が議会で審議されたが、廃案となった。当時のブッシュ大統領は、レーガン大統領と並ぶ市場原理主義者としての評判が高かった。本来、大統領にGMとクライスラーを救済する権限、予算はなかった。しかし、たまたまリーマン・ブラザース倒産という金融危機がアメリカ金融業を襲い、アメリカ金融業を救済するために7000億ドルの公的資金投入という予算・法案を議会が成立させていた。その法案には、使い勝手をよくするために、本来の金融業救済だけではなく、それ以外の分野にも公的資金投入が可能なような条項が存在していた。任期満了が近づいていたブッシュ大統領は、本来は金融業を救済するための資金を、GMとクライスラーの倒産防止のために目的外流用をする決定を下した。そして、実際のGMとクライスラーの立て直しには、次期のオバマ大統領が取り組むことになった。結果としてGMとクライスラーは立ち直り、その後のアメリカの自動車生産は急速に増加したのであった。GMとクライスラーの救済時には、アメリカはUAWという労働組合を国家が救済する社会主義国家になったと厳しく批判されることもあった。しかし、そうした社会主義的な介入政策の結果、アメリカの自動車産業は急速に成長力を取り戻し、日本とは対照的に成長産業となったのである。

アメリカ政府が保護したのは自動車産業だけではない。ハイテク産業の中核である半導体産業もアメリカ政府が保護をしてきた。1980年代後半、日本の半導体産業が急激に勢力を伸ばし、アメリカの半導体産業を圧迫していた。しかし、アメリカは日米半導体協定を押しつけるなどして、政治力で日本の半導体産業を封じ込め、政府がアメリカの半導体産業を守り抜いたのである。1985年のプラザ合意による急速な円高により、アメリカの製造業は日本に対して急速に有利な環境となっていたのであるが、それだけではアメリカ政府は満足しなかったのである。この半導体を保護して守り抜いた最初の時期、すなわち1986年の第一次半導体協定の締結時の大統領が、市場原理主義者として有名なレーガン大統領であった。ちなみに、1981年に日本車の対米輸出が急増し、アメリカ政府の圧力により日本が対米自動車輸出を年間168万台に制限するという自主規制を強いられたことがある。その時の大統領もレーガン大統領であった。

日本では通産省が国内産業を保護しながら発展させてきた高度成長時代の思想はとっくの昔に消滅している。現在の日本では、高度成長時代に通産省の看板政策であった「産業政策」は時代遅れという風潮が強い。最近でも、JALやルネサスをはじめ、いくつかの企業に公的資金を投入し、産業、企業を保護する政策は存在している。しかし、最近の日本の場合、政府による産業、企業保護は、存在はするが中途半端なものが多く、実効性のあるものは少なくなっている。

次に、ハイテク産業のアメリカ製造業への成長寄与度を示すため、ハイテク産業と、ハイテク産業を除くアメリカの製造業の生産指数を下記に示す。


ハイテクを除く製造業

ハイテク産業を含む場合と除外した場合では、成長率はかなり異なる。特に、リーマンショック以前は、ハイテク産業を除いた場合、アメリカの製造業の成長率が大きく低下することは間違いない。

次に、ハイテク産業と自動車産業の2つの産業を除いた製造業生産のグラフを下記に示す。


自動車とハイテクを除く製造業

濃い赤い線が、ハイテク産業と自動車を除く製造業生産の線である。リーマンショック前は、ハイテク産業が大きく、リーマンショック後は自動車産業が小幅にアメリカの製造業を押し上げている。ハイテク産業と自動車を除くアメリカ製造業の濃い赤い線を見ると、日本とは異なり成長はしているものの、1990年1月の90.1が2015年6月の103.7になっただけである。年間平均成長率は+0.9%である。この間、青色の線である全製造業は、62.3から105.1にまで増加し、年間平均成長率は+3.4%である。基幹産業である製造業の成長率が年率+0.9%と+3.4%の場合、実質GDP成長率にも大きな差が開いていたであろう。ハイテク産業と自動車産業は、それだけアメリカ経済の成長にも貢献してきたのである。

現在、アメリカ製造業の伸び率は鈍化している。現在の成長率鈍化の原因をドル高に求める声も結構大きい。私もドル高の悪影響があることまでは認める。問題はその大きさである。現在のドル高は、一部の製造業の企業収益の減少といった形で悪影響を及ぼしていることは間違いない。しかし、企業収益の赤字化やドル高倒産というのは、例外的である。ドル高により製造業生産が少しは減ったかもしれないが、大きく減ったとは思えないのである。つまり、仮にドル高が是正されたとしても、アメリカ製造業の成長率が少し高まることはあっても、大きく高まるとは思えないのである。

問題は将来である。ハイテク産業がかつてのような成長を取り戻すのは困難であろう。自動車産業は、足元では急成長しているが、これは景気循環的な要素が大きく、アメリカ経済が不況に突入すれば自動車販売台数は減少し、生産も再び低下に向かう可能性が高い。自動車産業は、かつてのハイテク産業のような長期間成長を続ける本来の成長産業ではないのである。

ソフト、サービス産業という分野でアメリカが圧倒的な競争力を持つ時代は、昔から存在していたし、現在もそうであり、将来も続く。しかし、過去のアメリカは、サービス業と製造業、ハードとソフトという2本足で高成長を遂げてきた。しかし、重要な1本の足であったハード、ハイテク産業の成長率鈍化は明確である。巨大な経済規模を持つアメリカは、かつてのハイテク産業のような大きな牽引力を持つ成長産業が今のところ見当たらない。自動車産業が現在その代役を務めているが、長続きする成長産業ではない。、

一方、アメリカの製造業が成長力を取り戻す兆しは多数存在する。例えば、シェール革命がある。原料価格が大幅に低下する石油化学産業の成長に期待が持たれている。最近はインソーシングという言葉も広まっている。中国の労働者の賃金が大きく上昇し、今までは中国で組み立てていた製品が、今後はアメリカ国内で組み立てた方が安くなるということで、アメリカ国内に組み立て工場が回帰する兆しは広まりつつある。その他にも人工知能、無人自動車、電気自動車、IoT、ロボット、バイオといった将来の成長が期待できる分野に欠くことはない。しかし、そうした産業は、まだ種かつぼみの段階である。新しい産業が実際に花を咲かせ、アメリカ製造業全体の成長率を高めるまで、まだ数年くらいの時間がかかると考える。

アメリカの製造業生産は、長期で見れば依然として有望である。アメリカ経済のイノベーション力は強く、将来の成長産業の種やつぼみが多数存在する。しかし、中期で見れば、従来のハイテク産業、あるいはハイテク産業の成長率鈍化をある程度カバーしてきた自動車産業に替わって、アメリカ製造業を大きく牽引する産業が見当たらない。将来の成長産業の種やつぼみでは、アメリカ製造業生産を引き上げることはできても、大きく引き上げることができるまでには、まだ数年の時間がかかりそうである。すなわち今後数年間は、アメリカ製造業はかつての高成長が失われ、成長率が伸び悩む時期が続くと予想される。


リンク先記事
購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化(*1)
日本の製造業 困難な再生への道(*2)

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