グレグジット ギリシャ問題解決への近道

2009年10月のギリシャ政権交代の直後に、ギリシャの財政赤字の数字が従来は過少申告であったことが公表された。その後、ギリシャ危機が叫ばれるようになった。そして、グレグジット、すなわちギリシャのユーロ圏からの離脱という破滅的な危機の発生懸念が拡大した。現時点でも、グレグジット=破滅であり、避けなければならない事態であるというのが多数派の考え方であろう。私の考え方は、正反対の少数派である。ギリシャ問題の解決は容易ではない。それでも、グレグジット=ギリシャのユーロ圏離脱の実現が、問題解決への一番近道になると考えている。

ギリシャ危機の本質とは何であろうか。それは、外国からの借金を返すことができないという問題が最も重要な点である。ギリシャを始めとするEU加盟国の対外純債権債務の対GDP比率を表すグラフを下記に示す。


対外純債務

ギリシャの対外純債務の対GDP比率はキプロスに次いで2番目に多い。キプロスは、2013年3月にベイルイン(大口預金者に負担を追わせる銀行救済策)が行われて、銀行の資金繰りはしばらくは安泰になっている。しかし、対外純債務の規模はまだ大きく、完全な解決策にはなっていない。

もう1つ不思議な対外純債務の変動を示す国がある。黒い太めの線で示したフィンランドである。2000年にフィンランドの対外純債務の対GDP比率は200%近くに膨らんだが、その後減少している。この原因は、海外投資家がノキアの株を大量に購入し、ノキアの株価がその結果急上昇し、その分が対外債務とカウントされているからである。この後、ノキアという企業の成長停滞、没落とともに、ノキアの株価も大きく下落し、対外債務の多くが帳消しになった。対外純債務も大きく減少し、現在では少しばかりの対外純債権国に変わっている。これと同じ現象が、今後の日本でも発生しうると私は繰り返し主張し続けている。

現在のギリシャは、フィンランドや日本と事情が全く異なる。ギリシャは外国からの借金を返済しなければならない。外国からの借金が返せなくなった多くのケースでは、IMF管理のもとで、通貨の切り下げを強いられる。加えて財政収支の黒字化も強いられる。しかし、現在のギリシャでは、ユーロに加盟しているため、通貨の切り下げを行うことができない。そのため、財政収支の黒字化の方に負担がかかりすぎているのである。このメカニズムは、少し前に、初級ではなく中級以上の経済学の教科書に書くべき内容とした下記の式から導かれる。

(EX-IM)=(S-I)-(G-T)・・・A式と表す
  経常赤字=貯蓄投資差額-財政赤字
    ↓
(厳密には経常収支+資本移転等収支)

ギリシャの対外純債務拡大の大元は、経常収支の赤字の累積である。まずは、経常収支を黒字化させなければならない。そのためには、通貨価値を切り下げ、輸入品の価格を大幅に引き上げて輸入ができないようにし、経常収支の赤字を減らすことが最初に必要な政策である。先に、外国からの借金が返せなくなった多くのケースでは、IMF管理のもとで、通貨の切り下げを強いられると書いたが、通貨の切り下げはIMF管理になる以前にすでに実現されているケースが多い。そのため、IMF管理になった場合、2番目の財政赤字の削減が最初に強制されるケースが多い。通貨安だけなら、IMFによって強制される以前に、民間資金の移動の結果、実現を強制されてしまっている国が多いのである。しかし、財政赤字の削減は、IMFのような一種の強制力を持った国際機関ではないと、政治的に難しい。財政赤字がマイナスすなわち黒字化した場合、A式から経常収支も改善しやすくなることがわかる。

ギリシャの場合、為替レートを切り下げて、直接、経常赤字(EX-IM)を減らす政策をとることができない。そのため、財政赤字の削減に負担がかかるのである。加えて、A式から言えることは、経常収支の改善のためには、(S-I)を増やすことも必要になってくる。つまり、貯蓄を殖やし、投資を減らすことが必要である。言い換えると、消費と投資を両方減らすことが必要になる。これは、ギリシャの不況が固定化することを意味する。特に(S-I)を縮小するために、Iの投資を切り詰めると、設備投資が減少し、投資不足から経済成長が不可能になってしまう。これは実際にギリシャで発生していることである。ギリシャとEU加盟国の実質GDPの比較を表すグラフを下記に示す。


GDP.gif

ギリシャだけが全く成長できていない。これは、IMF、ECB、EUというトロイカから、財政赤字を過度に減らす政策を強いられているからである。財政赤字を縮小させ、総需要を抑制させると、(S-I)も縮小せざるをえない。つまり、ギリシャは成長ができなくなるのである。そのため、(EX-IM)は改善はしたものの、不況の悪循環が2010年からずっと続いているのである。

ギリシャを不況から脱出させ、経済成長を実現させなければならない。そのためには、(S-I)の中のI=設備投資を増やす必要がある。しかし、設備投資が増えると経常赤字が拡大するので、設備投資を増やすことができない。しかし設備投資を増やせない間は、ギリシャは経済成長を実現することができないのである。

設備投資を増やすためには、(EX-IX)の経常赤字を直接大きく減らすことがどうしても必要である。そのためには、グレグジットを行い、為替レートを切り下げ、輸入を強制的に減らすしかない。

この政策もギリシャ国民に一時的には大変大きな痛みをもたらす。まず輸入品の価格が高騰する。しかし、これは借金返済ができなくなり、IMF管理に置かれた多くの国が経験する痛みである。この痛みにギリシャ国民は耐えるしかない。

グレグジットがもたらすもう一つの大きな負担は、ユーロ離脱後にギリシャ・ドラクマの価値が急落し、ドラクマ建ての対外純債務が何倍にも増えてしまうことである。ドラクマの価値が半分になった場合、対外純債務はちょうど2倍になるのではない。GDPよりも対外純債務の方が大きいので、2倍より少し大きな金額にまで膨らんでしまう。この場合、ギリシャは何倍にも膨らんだ対外純債務の返済が不可能になる。

そこで必要になるのは、ドイツを中心とする貸し手責任である。ギリシャに返済不能な借金を作らせたのは、ドイツを中心とする債権国側にも責任がある。従って、ギリシャに対する債務の何割かを帳消しにする必要がある。そして、グレグジットの前の対外純債務の対GDP比率が、グレグジットの後でも同程度になるくらいまで債務を帳消しにする必要がある。これは、ドイツを中心とする債権国側にも大変大きな負担をもたらす。しかし、これは、貸し手責任として債権国側も負担すべき責任である。対ギリシャ債権では、債権国がどのような割合で負担を分担するのかも大変大きな問題になる。ここは最大の債権国であるドイツが多めに負担を負う解決策を自ら主導して作り、残りを他の加盟国にも負担してもらうしかない。

ギリシャのチプラス首相は、グレグジットを行わないで債務一部帳消しを実現することを最大の目標としている。しかし、グレグジットなしの債務一部帳消しは、痛みを伴いながら借金返済の努力を続けているキプロス、ポルトガル、スペインなどの同じ債務国に対して、不公平になってしまう。グレグジットなしの債務一部帳消しを認める訳にはいかない。「グレグジット+債務一部帳消」により、ドラクマ建ての対外純債務の対GDP比率をグレグジット前と同等に維持するのが一番公平である。

繰り返すが、グレグジットに伴うドラクマの価値急落により、ギリシャ国民は輸入品価格の高騰のため大変悲惨な状況になる。かわいそうだが、この負担だけは減らしてはならない。ギリシャが悲惨な状況になると、キプロス、ポルトガル、スペインはユーロからの追放の痛みを恐れて、ユーロからの追放を阻止すべく、全力をあげて債務返済の努力をすることになる。

グレグジットは、一時的には、ギリシャにも、ドイツを中心とする債権者にも大変大きな負担を追わせる。しかし、ドラクマ安を通してギリシャの輸入が減少し、経常収支はより大きく改善することになる。大幅なドラクマ安の結果、観光以外には数少ないギリシャの輸出産業の競争力も高まることになる。一時的な痛みを乗り越えれば、輸出拡大と経済成長実現のために必要な設備投資の拡大も可能になってくる。

こうした政策は、過去におけるIMF管理国ならば、とっくの昔に実現されているケースが多いのである。そうした国の経済は、自国通貨安により一時的には大変大きな苦しみを経験した後、必要な時間の長短には違いがあるが、経済は回復へと向かうケースが多い。この普通の政策が、ギリシャでは実施されなかったことが問題なのである。

グレグジットが実施されなかった理由は明快である。2010年の段階でグレグジットを実施していたならば、ユーロ離脱はギリシャ1国ではすまなかったからである。当時、PIGSと呼ばれた、ポルトガル、スペイン、アイルランドもまた同様にユーロ離脱を迫られていたはずである。ギリシャだけではなく4ヶ国が同時にユーロ離脱、為替レートの急落が発生した場合、ドイツを中心とした債権国は巨額の債権の放棄を迫られる。これはドイツを中心とした債権国側の痛みが大きすぎて、とうてい認めることのできない政策であったのである。

現在、ギリシャの銀行から預金の流出が拡大している。これは、ギリシャ国民がすでにグレグジットを予想し始めているからだ。2010年の段階でギリシャがユーロ離脱となれば、ポルトガル、スペイン、アイルランドの銀行からも預金の流出が拡大し、金融資産を失ったこの3ヶ国もまた、借金返済が不能になっていたはずである。こうなれば4ヶ国がほぼ同時にユーロ離脱とならざるをえない。ギリシャ1国だけのユーロ離脱は、2010年の段階では不可能であった。そしてグレグジットという言葉が広がった2012年の段階でも、まだリスクが高く、グレグジットは選択しづらい政策であった。

ギリシャ1国だけのユーロ離脱は、少し前までは不可能、あるいは高リスクであった。しかし、現在は可能であり、低リスクとなっている。それは、下記のEU諸国の長期国債金利が示してくれている。


 長期金利

2010年の段階で、最も長期金利が上昇していたのは、ラトビアなどのユーロとの固定レート制を維持しながらユーロには非加盟の国であった。ラトビアの経済再建には通貨切り下げが必要と考えていたが、ラトビアは固定レート制を維持しながら、経済再建に成功した。しかし、ギリシャはラトビアと同じことができなかった。2010年、2012年の段階では、ギリシャだけではなく、ポルトガル、アイルランド、さらにはスペインまでもが長期金利に上昇圧力がかかっていた。それが、2015年には大きな差が付いている。上記のグラフで示した4月の段階での長期金利は、ギリシャが最高で12%、次がキプロスの6%である。一方、ポルトガル、スペインの2ヶ国は1%台であり、アイルランドは1%を下回っている。ECBのマイナス金利、量的緩和の影響もある。しかし、最大の原因は、海外の投資家がギリシャのユーロ離脱はありえても、ポルトガル、スペイン、アイルランドの3ヶ国のユーロ離脱はありえないと考えているからである。ギリシャ1国だけのユーロ離脱という2010年、2012年の段階では不可能であった選択肢が、2015年には可能になっているのだ。

国際政治の環境も変わっている。2010年、2012年の段階では、ギリシャがユーロから追放された場合、ギリシャはロシアに援助を求めることが可能であった。しかし、昨年からの原油価格の急落により、現在のロシアにギリシャを助ける余裕は全く存在しない。ロシアはウクライナの親ロシア勢力に対してさえも十分に経済支援ができないでいる。人口1100万人のギリシャを支援できる経済力が、現在のロシアには存在しない。チプラス首相は、4月にモスクワを訪問した。チプラス首相としては、何とかしてロシア・カードを使いたいのである。しかし、現在のロシアは、カードを保有していないのである。

現在はグレグジットの時期としては適切である。曲がりなりにも緩やかな景気回復と低金利が続いているからだ。グレグジットの混乱に伴い、一時的な景気後退や一部の国の金利上昇は避けられない。それでも、現時点のグレグジットの場合、経済的な打撃は比較的少なくてすむ。ドイツを中心とする債権国側が、今まで先送りしてきたギリシャ債権という不良債権の処理を一気に行う時期としては、良いタイミングであるのだ。

仮に、次の景気後退期、あるいは金利上昇期に、ギリシャ問題がより深刻化し、グレグジットが計画的ではなく、デフォルトが起こった後に仕方なく発生してしまうと、大変大きな混乱をもたらす可能性がある。アイルランドの経済は回復し、危機再発の可能性は低い。しかし、ポルトガル、スペイン、キプロスといった国の金利の急上昇や景気の深刻な後退を招いてしまうかもしれない。この3ヶ国に加えてイタリアにまで経済危機が波及することになれば、ユーロ圏にも世界にも大変大きな打撃になる。従って、金利が低く、緩やかに景気も回復し、原油安でロシアが動けない今が、グレグジットによる打撃が最も少ない時期であると考える。

グレグジットを行う場合、そのやり方が難しい。一気に物事を進めなければ、預金流出拡大などの悪しき現象が加速してしまう。おそらく、グレグジットの計画はすでに何種類か存在しているはずである。あとは、ドイツのメルケル首相を筆頭とするユーロ圏のリーダーの決断だけが必要であろう。

グレグジットが実施されたとしても、短期間にギリシャ問題が解決することはありえない。ギリシャは依然として巨額な対外債務を、輸出を伸ばし、輸入を減らしながら時間をかけて少しずつ返済していくしかない。いずれにせよ、痛みと完全な問題解決までの時間は必要なのである。グレグジットを行う場合と、行わない場合の「痛み×問題解決時間」を考えると、現在のグレグジット実施の方が、負担が大きく軽減される可能性が高い。

加えて、グレグジットを行わずに、ギリシャの借金の返済期限が来るたびに大騒ぎをするようなことは、世界中の国にとって迷惑であり、いいかげんにやめにしてもらいたい。ユーロ圏内でも、政治的な反ユーロ政党の勢力がより拡大し、ヨーロッパ統合の理想がかえって遠のいてしまうことにもなりかねない。

グレグジットは、一時的にはギリシャ国民をさらなる苦境に間違いなく追い込む。同時にドイツを中心とする債権国も貸し手責任をとって、債権の何割かを帳消しにすることが必要になる。この際の混乱は、ギリシャ1国にとどまらず、ユーロ圏、さらには日本にも株価急落などの形で悪影響が及ぶであろう。しかし、より長期の観点で見た場合、ギリシャにとっても、ギリシャ以外のユーロ加盟国にとっても、日本などのそれ以外の国にとっても、現在、秩序だったグレグジットを実施することの方が望ましい。メルケル首相がグレグジットの決断を下すことこそが、ギリシャ問題の一番望ましい解決策につながる近道なのである。

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アベノミクスがもたらした株価上昇による100兆円の損失

アベノミクスの評価は、現時点においてもさまざまである。その中で多くの人たちが認める功績は、株価を上昇させたことであろう。アベノミクスの否定論者でも、アベノミクスは株価を上昇させたこと以外にメリットは存在しないという評価を下す人は多い。株価を引き上げたことは功績であるにしても、現在の株価は上がりすぎであり、バブルであるとの批判は存在する。今回は、アベノミクスが株価上昇により巨額の損失を日本経済に与え、最近ではその累計額が100兆円にまで到達したという事実を説明する。最後に、このような巨額の損失が発生した原因として、最近、株価の需給コメントのシリーズで書いているものと同じ内容を記すことにする。

繰り返すが、アベノミクスの否定論者でも、株価を上昇させたことだけは功績として認める人が多い。一方、私は、株価上昇のプラス面、マイナス面の両方を今までに何度も書いてきた。今回はプラスの面には触れず、マイナスの面だけに触れることにする。唯一の正しい見方ではないが、一つの有力な観点から見た場合、大変大きなマイナスにもなりうる、ということを書くことにする。

そもそも、利益、損失、純資産の増加、純資産の減少というものは、会計基準によって変わるものである。民間企業でも、日本会計基準、国際会計基準、米国会計基準によって利益や純資産は異なる。利益、純資産というものは、万人の意見が利益、純資産であると一致するものは当然存在する。しかし、利益か利益でないか、純資産の増加か増加でないか、専門家の間で意見が分かれるものも当然存在する。そのため、会計基準によって利益や純資産は異なってしまう。正確性が他の会計基準より明らかに低い会計基準は、過去には使われていた。しかし、そのような会計基準は修正され、現在では使われていない。現在使われている複数の会計基準の利益、純資産の中で、どの基準が一番正しいかは、専門家の間でも一致してはいない。そもそも会計基準というものは、国や時代が異なれば、「正しい」内容が異なっても当然なのかもしれない。

より難しいのは、民間企業以外の利益、あるいは純資産である。日本という国レベルで、純資産が毎年どれだけ増加、または減少しているかについての会計基準は、事実上、一つしか存在しない。現在、日本で使われている日本の純資産に相当するものは、国民経済計算ベースでの国富(=正味資産)である。この会計基準は、いろいろと問題点が指摘されることが多い。しかし、現在、国ベースでどれだけ資産を増やした、あるいは減らしたかを認識できる統計は、国民経済計算ベースの国富しか存在しない。問題点があることは頭に入れながらも、事実上、一つしか存在しない日本の国富を表すグラフを下記に示す。


国富

国富の大半は非金融資産である。それ以外は、金融資産の一部である対外純資産だけである。国富の大半をしめる非金融資産が減少傾向を示している最大の原因は、地価の下落である。対外純資産は増加傾向にある。

国富には、対外純資産以外の金融資産が存在しない。これは、金融資産が存在すれば、必ずそれに等しい金融負債が存在していると国民経済計算では考えるからだ。この場合、株価が上昇しても、株価の時価総額の増加額に等しい金融負債が増加していると考えるのである。この考え方に基づけば、アベノミクスの結果株価が上昇しても、プラスは発生しない。株価の時価総額と同金額の金融負債が同時に増加すると考えるからだ。株式保有金額の増加額のうち海外投資家による日本株保有分については、海外投資家の資産増加と、国内部門の負債の同金額の増加が発生すると考える。これを日本から見れば、国内の負債の増加分と同金額の国内資産が増えているのではなく、同金額の対外負債の増加だけが発生していると見える。対外負債の増加であるから、対外純資産の減少、すなわち国富の減少を意味する。日本の株価が上昇すればするほど、資産は増えず、対外負債だけは増加し、対外純資産と国富は減少する。

国民経済計算は年1回公表され、最新のものは2013年度版である。非金融資産については国民経済計算が唯一の統計である。しかし、対外純資産を含む金融資産については、国民経済計算に準じるものとして、日銀の資金循環統計が存在する。これは年4回公表、最新のものは2014年版である。両者の会計基準は、主体や項目などの分類の定義に違いがあり、一致しない数字も多いが、理論的には同種のものと考えてよい。そのため、前回と同様に、国民経済計算ではなく資金循環統計の数字を使って、株価上昇による損益を計算する。なお、国民経済計算の株式は未上場株をも含めたすべての株式が対象であり、上場株だけの数字を求めることはできない。ここで使う数字は、資金循環統計における上場株だけの数字である。

2014年末における投資部門別の株式保有金額(上場株だけが対象)を表すグラフを下記に示す。


投資部門別保有金額

2014年末における最大の大株主は海外投資家であり、その金額は165兆円、全体の31%を占めていた。

次に、アベノミクス相場の開始以降、上記の株式保有金額がどれだけ増加したかを表すグラフを下記に示す。


投資部門別保有金額の増加額

アベノミクス相場の開始日は、野田前総理が衆議院解散を明言した2012年11月14日である。しかし、その日からの統計は存在しないので、代わりに2012年9月末を基準にした。保有金額にだいたいは比例しており、海外投資家による株式保有金額の増加額が95兆円と一番大きい。

次に、アベノミクス相場開始以降の投資部門別の売買状況を表すグラフを下記に示す。


投資部門別売買

このグラフの起点も、2012年9月末にした。見てわかるとおり、買いの大半は海外投資家である。2014年から公的資金が買い始めたので、信託銀行が少し買い越しになっている。最大の売り越し主体は家計、すなわち個人である。

次に上記の2つの表で示される金額の差を表す投資部門別の調整額というグラフを下記に示す。


調整額

調整額の定義は、資産の変動金額と売買金額の差である。具体的には、調整額の大部分は株価の値上がり益であり、かなり広い意味ではあるが統計上の不突合が一部に含まれている。最大の大株主である海外投資家が一番大きな株価の値上がり益を獲得している。

最初に示した国富の中の対外純資産は、フローベースでは「経常収支+資本移転等収支」の累積金額になる。一方、ストックベースではそれ以外のさまざまな資産価格の変動の影響を受ける。さまざまな資産価格の変動の中で最も寄与度が高いのは、為替レートと株価の変動分である。

日銀の資金循環統計ベースの対外純資産は、2012年9月末の277兆円から、2014年12月末の376兆円まで98兆円の増加となっている。このうち、海外投資家の日本株投資残高は、先のグラフで示したとおり95兆円、うち買越金額は20兆円、調整額、すなわち株価の値上がり益は75兆円である。海外投資家は日本の株価上昇により、75兆円前後の値上がり益を獲得した。このため、日本の株価が2012年9月と2014年末が同じであったと仮定するならば、対外純資産は376兆円より75兆円多い451兆円になっていたはずである。株価が上昇したがために、75兆円もの対外純資産と国富が減少したことを意味する。

しかし、アベノミクス開始以降の対外純資産は、株価上昇によるマイナス効果以上に円安によるプラス効果の方が大きかった。フローベースの「経常収支+資本移転等収支」の金額は小さかった。そのため、主として円安の結果として対外純資産は増加し、株価上昇によるマイナス効果は見えにくかった。

株価上昇によって海外投資家が獲得した75兆円の調整額は、2014年末の金額である。2015年に入ってからも、日本の株価は上昇している。ここで海外投資家の保有株式金額はTOPIXと同じ動きをすると仮定する。今年に入って、海外投資家は現物株を買い越しているが、残高との比率では大きな数字にならないので、ここではゼロと仮定する。この仮定に基づいて、2014年末からの海外投資家の日次の調整額累計を表すグラフを下記に示す。


海外投資家の調整額

調整額の起点である2012年9月末の株価は、2012年11月14日の株価より少し高い。従って、基準点が2012年11月14日のグラグが作成可能であったと仮定したならば、その金額は上記のグラフの金額を少し上回ることになる。それ以外の調整額についての仮定も、実際の調整額より少なく算出される仮定になっている。ただし、統計上の不突合は上下のどちらにも存在する。それでも、より正確なデータが存在すれば、上記のグラフの少し上を進んでいる可能性が高い。

少しばかりの仮定をおいて算出される累積調整額は、2015年4月22日に100兆円に到達した。この金額は、アベノミクス相場開始以降、日本の株価上昇によって失われた国富の金額にほぼ等しい。アベノミクスによる株価上昇が原因で失われた国富は、4月22日についに100兆円に到達してしまったのである。4月22日は実に悲しむべき日である。しかし、4月22日という日は、2000年4月14日以降、日経平均株価の終値が2万円台で引けた記念すべき日でもある。株価が上がってめでたし、めでたしの日でもあった。私が悲しむべきと考える日と、みんながお祝いをしている日が、同じ日になってしまった。

アベノミクス相場の開始以降の株価上昇による(上場株だけから発生した)国富の損失100兆円という数字は、多少の誤差があるとしても、ほぼ正しい金額である。ただ問題点は、国民経済計算という会計基準、その会計基準に基づいて算出された国富の金額が、正確な富の変動を本当に表しているかどうかという点である。会計基準を少し変えれば、100兆円の損失が大きく変わる可能性はありうる。会計基準に絶対的に正しいという基準は存在しない。国民経済計算という基準、中でも、ストック統計の会計基準についてはいろいろな批判が存在する。しかし、日本という国レベルで、純資産、あるいは国富が毎年どれだけ変動しているかを知るための会計基準は、事実上、一つしか存在しない。その唯一の基準とも言うべき国民経済計算という基準を使えば、アベノミクスによる株価上昇で失われた国富の累計額が、4月22日に100兆円前後に到達したという事実を動かすことはできない。株価上昇はアベノミクスの最大のメリットというのは正しくない。国民経済計算という有力な会計基準を使った場合、アベノミクスは、株価上昇の結果として日本の国富を100兆円も失わせた。アベノミクスがもたらした株価上昇の結果は、大変大きな利益ではなく、100兆円という巨額の国富の損失であったという観点が存在することは重要であり、この事実を忘れてはならない。

最後に、最近、株式需給コメントのシリーズに書いているものと同じ内容、すなわち100兆円の巨額の損失が発生してしまった原因とその対策を記すことにする。

 

政府・日銀の犯罪的な政策について

日本企業の株というものは、日本国民にとっての大変貴重な財産である。それに対して政府・日銀が過去にとってきた政策は、1989年12月29日の高値38,915円から2009年3月10日の安値7,054円まで、19年強の期間、最大で82%も日経平均株価を下落させたことである。そして、国内投資家に、株価はもう上がらないという非常に強い予想、期待、確信と、株価が戻れば売らなければならないという非常に強固な信念を抱かせてしまった。そして、1991年以降、結果として取引所という流通市場だけで92兆円、発行市場も含めた国際収支ベースでは114兆円もの日本の現物株を国内投資家が海外投資家に安値で売り渡すことになってしまった。これは犯罪的とも言えるレベルの政策である。アベノミクス相場が始まってからも、国内投資家は取引所という流通市場だけで20兆円の現物株を海外投資家に売り渡しており、犯罪的な政策は是正されていない。

ここまで来てしまった以上、完全に手遅れであり、経済をデフレ不況に戻すことなくこの問題を解決する方法はもはや存在しない。できること、可能なことは、損失のさらなる拡大をくい止めることだけである。そのためには、国内投資家が株を買い越すようになるまで金融緩和の強化を続けるしかない。2013年4月の異次元緩和は、あまりにも遅すぎであり、金額も少なすぎた。実施の翌週に、国内投資家が過去最高の金額の現物株を海外投資家に売り渡すという非常に大きなマイナス効果が現実のものになってしまった。2014年10月の第2弾の翌週も、国内投資家が海外投資家に現物先物合計で過去最高の金額を売り渡すという巨額のマイナス効果しかもたらさなかった。現在も効果がマイナスという状態が続いている。金融緩和を大幅に強化すれば、巨額の残高が存在する国債という運用先を失った国内投資家は、高値でも株を買わざるをえなくなる。この場合、国内投資家に、安く海外投資家へと売り渡した株をバブルに匹敵する高値で買い戻すように誘導することになる。実にバカバカしいことだ。しかし、これ以上海外投資家に株を売り渡せば、株価上昇と並行して増える損失がさらに拡大する。過去の政策があまりにも犯罪的すぎたので仕方がない。

株価が2万円前後にまで戻っても、国内投資家がまだ海外投資家に大量に株を売り渡し続けているという現状は異常である。過去における政府・日銀による犯罪的な政策を容認し、現在の異常な状態を異常と思わない人が多すぎることは、大問題である。

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