家計貯蓄率のマイナス転落が行き着く先の国家破綻

2014年12月25日に、2013年度の国民経済計算確報の一部が公表された。その中で最も衝撃的なものは、「家計貯蓄率のマイナスへの転落」という部分であったと思う。さっそく、「国債金利の急上昇のリスク」というコメントが報道の中に見られた。ここでは、公表されたマイナスの貯蓄率は、真の貯蓄率よりも低く出されている可能性が高いことを示す。しかし、安心してよいわけではない。公表された家計貯蓄率のマイナス転落は、「国債金利の急上昇」とは別の種類の国家破綻へと向かう太い道に近づいていることを意味している。その内容を説明することにする。

最初に、国民経済計算に示された家計貯蓄率の推移を表すグラフを下記に示す。


家計貯蓄率

見てわかるとおり、家計貯蓄率は趨勢的に低下し、2013年度に始めてマイナスに転落した。家計貯蓄率を決定する要因はいくつかあるが、その中で最も重要な要因は、少子高齢化・人口減少であろう。その理由を裏づける、年齢別の貯蓄率を表すグラフを下記に示す。

年齢別貯蓄率

勤労者世帯と無職世帯にわけている。当然のことながら、収入の少ない無職世帯の貯蓄率はマイナスである。勤労者世帯では高齢になるほど貯蓄率が低下する。無職世帯では高齢になると貯蓄率は上昇するが、それでもマイナスのままである。勤労者が高齢になり引退して無職世帯になれば、後は貯蓄を取り崩す一方になるので、貯蓄率はマイナスになってしまう。こうした高齢者の無職世帯が増加するにつれて、家計貯蓄率は低下し続けてきたのである。少子高齢化・人口減少がいっそう進行すると、家計貯蓄率のさらなる低下を避けることはできない。

しかし、これはあくまでも大きな傾向である。1年だけの貯蓄率は、少子高齢化以外のさまざまな要因によって変動する。そして、2013年度の貯蓄率は、真の貯蓄率よりも低く出されている可能性が高いことを示す。まず、下記のグラフを見ていただきたい。


家計部門貯蓄、資金過不足

家計部門の純貸出の数字は、家計部門の貯蓄の数字に少し変更を加えた数字である。家計部門の貯蓄の数字から算出された家計部門の純貸出の金額は、家計部門の資金過不足、すなわち全く別の方法により算出された純貸出の金額とかなり異なることを示している。純貸出・純借入と、資金過不足は同じ意味であり、後に出てくる資金の余剰・不足とも同じ意味である。

資金過不足の算出方法は2通り存在する。1つは、実物、金融面の両方のアプローチから算出された数字である。長くなるので、「実物取引から算出された数字」と記すことにする。もう1つは、日銀の資金循環統計を基礎とした金融面だけから算出された数字がある。これを、「金融取引から算出された数字」と記すことにする。この2種類の数字は、本来は同じでなければならない。ところが誤差があるので、実際にはかなり異なった数字になる。上記のグラフで示した赤と緑の線は、本来ならば、同じ動きをしなければならないのである。ところが実際には差が存在し、2013年度はその差がかなり大きなものとなっている。問題は、この2種類の数字のどちらがより正しい数字であるか、ということである。これは、金融取引から算出された数字の方が、誤差の少ない真実に近い数字であると考えられる。

実物取引から算出された数字は、毎年の可処分所得と、消費支出をすべて合計することによって算出する。そして貯蓄=可処分所得-消費支出、として貯蓄金額を算出する。個人で考えてみても、年間の可処分所得、消費支出を全部正確にとらえることは非常に難しいと思う。それができるのは、正確な家計簿をつけているごく一握りの人だけであろう。こうした正確な家計簿がなければ、正確な貯蓄金額、貯蓄率を算出することはできない。

貯蓄金額を求める方法はもう一つ存在する。それは、銀行預金の残高の変化から、貯蓄金額を算出する方法である。この方法なら、正確に近い貯蓄金額が算出可能であろう。この場合でも、株やその他の資産売買を頻繁に繰り返している人にとっては、正確な貯蓄金額を算出することは容易なことではない。それでも実物取引から算出された数字を求めることと比較すれば、少しは容易であるはずだ。

個々人の貯蓄金額の求め方と国民全体の貯蓄金額の求め方とは、共通点はあるが、相違点も多い。ただ、国民経済計算の場合でも、実物取引から算出された数字を求めるのは、大変な作業である。金融取引から算出された数字も大変ではあるが、実物取引から算出された数字よりは困難さが少なく、結果として誤差も少なくなると考えられる。従って、真の貯蓄金額は、実物取引から算出された数字よりも、金融取引から算出された数字の方が近くなる可能性が高い。2013年度において、金融取引から算出された資金の余剰金額は15.8兆円、実物取引から算出された資金の余剰金額は-0.1兆円、金融取引から算出された資金の余剰金額の方が、15.9兆円多い。そのため、真の貯蓄金額は、実物取引から算出された-1.3%、-3.7兆円よりも、15.9兆円前後大きい可能性が高い。

なお、金融取引から算出可能な数字は、貯蓄金額だけであり、可処分所得を算出することはできない。従って、貯蓄率は、実物取引から算出された数字を使うしか方法がない。貯蓄と資金余剰=純貸出との関係は、テクニカルな問題で、重要ではないので、説明は省略し、その関係を下記の表に示しておく。


制度部門別資本調達勘定

次に、金融取引から算出された部門別の資金過不足の推移を表すグラフを下記に示す。

資金過不足

このグラフの場合、家計の資金余剰金額は少し減少しているが、15.8兆円存在し、マイナスまでまだ余裕がある。このグラフも正しいわけではないが、実物取引から算出された数字よりは正確であるはずだ。そのため、国民経済計算で資金過不足の金額という場合は、金融取引から算出された資金余剰・不足の金額を普通は使用する。2013年度において、家計は、銀行預金、投信、保険を大量に増やしていることは間違いない。アベノミクス相場が始まって以降、リスク性の高い株を大規模に売却したことは事実である。しかし、それを上回る低リスク資産、無リスク資産を増やしていることは、他の統計から、ほぼ間違いない事実であると考えられる。大規模な低リスク資産、無リスク資産を家計が積み上げていることを考えると、家計貯蓄率がマイナスであるとは考えられない。金融取引から算出された資金余剰に近い金額の金融資産を増やしており、その結果、家計貯蓄率もプラスを維持できている可能性が高い。

仮に2013年度の家計貯蓄率がプラスを維持できていたとしても、安心はできない。貯蓄率はさまざまな要因で変動するが、現在の大きなトレンドを決めているのは、超少子高齢化・人口減少である。今後も、家計貯蓄金額とそれに連動する個人部門の資金余剰は減少していく可能性が高い。20年先といった長期を考えると、個人部門の資金は大幅な不足に転落している可能性が非常に高い。過去において、プラスの貯蓄を維持してきた個人は、超少子高齢化・人口減少社会においては、貯蓄不足にならざるをえない。先に示した年齢別の貯蓄率で、高齢者の貯蓄率のマイナス幅が大きいため、こうした推測はほぼ間違いないと考えられる。そして、この考え方は、モディリアーニの「ライフサイクル仮説」の考え方と一致する。

日本では、超少子高齢化・人口減少とそれに伴う貯蓄率の低下だけが発生しているのではない。超少子高齢化・人口減少は、日本経済の老齢化という現象を発生させていると考えた方がよいと思う。経済の老齢化現象は他にも見ることができる。多くの老人が、若者と同様に健康で、環境変化に機敏に対応できるのであれば、経済の老齢化は発生しない。しかし、人は高齢化による衰えから逃れることができない。人口構成の高齢化とともに、経済も老齢化し、経済成長率の低下につながることは避けられない。経済の老齢化は、需要サイドでは貯蓄率の低下を引き起こしたが、供給サイドの弱体化をも引き起こしている。この経済の供給サイドの弱体化は、日本の国際競争力の低下につながり、経常収支の黒字を減らし、海外部門の資金不足を縮小する力としても働くことになる。

一つ指摘しておきたいことは、経済の老齢化という現象は、将来の経済成長率を大きく引き下げる要因である。過去の経済成長率の低下に寄与した分は大きいとは言えない。経済の老齢化の悪影響は、今までは小さく、これから本格化するのである。従って、失われた20年の原因は、経済の老齢化が主因ではない。経済政策の失敗の方がはるかに大きく寄与していた。

バブル崩壊後の経済低迷の最大の原因は、経済政策の失敗にある。経済政策は、過去20年以上、誤り続けてきたが、現在も誤り続けている。異次元緩和は20年早く、1993年4月に実施されるべき政策であった。1993年4月に異次元緩和実施であったならば、株価も地価も短期間で元に戻り、銀行の不良債権門題は短期間で解決され、円安で輸出は拡大していたであろう。経済の老齢化の進行により多少は衰えていたであろうが、世界で憎まれるほど強い地位を現在も維持し、ジャパン・バッシングが恒常的に発生し続けていたはずである。20年遅れたために、その間、日本経済はボロボロになり、異次元緩和ですら効果の限られた政策になる国へと没落してしまった。つまり、経済の老齢化以上に、資産・モノのデフレと円高容認という経済政策の誤りの結果、日本経済の供給サイドの弱体化が発生してしまったのである。

超少子高齢化・人口減少、あるいは経済の老齢化という問題の解決策として、大規模な移民の受け入れという政策が考えられる。今回は、移民という解決策をとらなかった場合に限定して述べることにする。

超少子高齢化・人口減少の結果、個人部門が資金余剰から不足へと転落した場合、以前、個人が供給していた資金は、誰が供給するようになるのであろうか。間違いなく、個人部門の資金不足を、海外部門が資金不足から余剰へと転換して供給することになる。日本は、従来から海外に対して貯蓄をしてきた資金を取り崩し、その貯蓄を消費に回すようになる。この場合、個人部門の資金不足は大きくなり、非金融法人、一般政府などをも合計した国内部門も、資金不足となる。一方、今まで資金不足が続き、貯蓄を吸収する側にあった海外部門が、今後は資金の余剰主体になるのである。海外部門が余剰主体になるということは、経常収支(厳密には経常収支プラス資本移転等収支)が赤字化することを意味する。

この国内部門の資金不足転落、経常収支の赤字化に対しては、それを阻止する解決策が存在する。日銀が金融緩和を大幅に強化することである。単に強化するだけではなく、日本国内の資金の海外流出が拡大するまで、金融緩和を強化し続けることである。この場合、国内部門の資金余剰金額が拡大し、同時に、海外部門の資金不足金額も拡大することになる。これは、経常収支の黒字拡大を意味するだけではなく、GDPの拡大とともに新しい貯蓄が国内部門で創造され、その貯蓄が海外へと流出していることをも意味する。

先に、「貯蓄率はさまざまな要因で変動するが、現在の大きなトレンドを決めているのは、超少子高齢化・人口減少である。」と書いた。「貯蓄率」を経常収支の赤字と同じ意味の「国内部門の資金不足」に替えて表現し直すことにする。すると、「国内部門の資金不足は、経済政策によって解消することは一時的には可能であるが、大きなトレンドを決めているのは、経済の老齢化なので、このトレンドを経済政策によって解消することは非常に困難である」となる。金融緩和を徹底的に強化した場合、国内部門の資金余剰の拡大=経常収支の黒字拡大は可能である。しかし、金融緩和を続けることができる条件は、経済の供給サイドの弱体化が進んでいない場合だけであるからだ。

経済の老齢化とともに、経済の供給サイドの弱体化が進行してしまうと、資金の海外流出が拡大して、経常収支の黒字が拡大する場合に、より大幅な円安進行が必要になってくる。経常収支の黒字拡大のためには、例えば、1ドル=1000円という極端な円安が必要になるのである。こうした超円安によって国内需要と輸入需要を押さえ込まなければ、経常収支の黒字は維持不可能になる。経済の供給サイドが弱体化すると、輸出競争力が低下し、輸出金額が減少する。それでも国内部門の資金余剰=経常収支の黒字を維持するためには、輸入金額を大幅に減らすしかない。すなわち、輸入品の価格を大幅に上昇させ、日本人が輸入品を買えなくなるほど高価なものにしないと、経常収支の黒字を維持できないのである。9月に1ドル=105円を下回った頃から、円安デメリット論が急速に盛り上がった。1ドル=1000円よりもはるかに円高の水準でも、日本人は円安の痛みに耐えられなくなるのである。円安の痛みに耐えられなくなった時に、日銀による金融緩和の強化は不可能になる。

このように、金融緩和の強化は永遠に続けることのできる政策ではない。しかし、現在はまだ実施可能である。バブルの頂点の頃と比較すると大きく弱体化したものの、まだ日本経済の供給サイドは潜在能力を残している。日本企業は、海外に競争力の強い工場をたくさん保有しているのである。この点が、ギリシャやロシアのような通貨安を容認できない国とは決定的に異なっている。日本経済の老齢化が本格化する前に、大規模な金融緩和を実施する必要がある。金融緩和の強化を急がなければならない。

経済の老齢化が、経常収支を赤字に転落させ、その赤字が継続する場合、それを解消させる政策は非常に難しい。現在の日本は、治療方法の難しい病にかかろうとしている。経常収支の赤字が継続し、対外純債務が拡大した先は、国家破綻、IMF管理である。現在の日本は、世界最大の対外純資産を保有している。このため、経常収支が赤字化しても、国家破綻までにはまだ時間がある。破綻時期はかなり先のことであるが、国家破綻への道を進んでいる可能性は非常に高い。そのため、「実物取引から算出された」家計貯蓄率のマイナスへの転落は、将来の国家破綻へと向かう太い道に近づいていることを意味しているのである。

何度も繰り返し書いてきたように、国債発行残高の増加は、金融の超緩和、財政の超緊縮によって何とか解決可能である。私の案では、超緊縮財政は、インフレとバブルを抑制するものでもある。また、超緊縮財政で生じた資金を使って、日銀保有の国債を買い取って償却するので、金融緩和の出口戦略を心配する必要もなくなる。それでもだめなら、最後の局面では、ハイパーインフレが解決策になると言えなくもない.。しかし、対外純債務の増加の結果としての国家破綻は、時間は残されていても、(移民を除けば)解決策が非常に困難である。ハイパーインフレを起こしても、何の解決策にもならない。為替レートも、国家破綻への到達直前までは、調整メカニズムを十分に発揮できない。小さいながらも、治療困難なガン細胞ができてしまったようなものである。

繰り返すが、国家破綻が避けられないとしても、その時期を先に延ばすことは可能である。今のうちに外国の資産を大量に購入し、対外純資産という蓄えを、経済の老齢化の速度が緩やかな間に増やすべきなのである。破綻の時期を先延ばしする間に、予想不可能なイノベーションなどの幸運が訪れて、日本経済の若返りが可能になることを期待するしかない。世界最大の対外純資産国という地位に安住することなく、国内の投資家が対外資産を可能な限り増やすことができるまで、金融緩和の強化を徹底的に進める必要がある。

現在の対外資産の獲得ルート、すなわち資金流出ルートは、直接投資が中心である。これは産業の空洞化を通じて経常収支の黒字を減らす効果もあるので、一番望ましい資金流出ルートとは言えない。足元では、海外の投資家が円のカラ売りをするために円を大量に借り入れるというルートが、日本から海外への最大の資金流出ルートになっていると思われる。これは、近い将来、円の反対売買とともに日本に再流入してくるので、安定的な資金流出ルートにはなりえない。日本にとって一番望ましい資金流出ルートは、証券投資を通じるルートである。

しかし、アベノミクス相場の開始以降、2012年11月-2014年10月の証券投資は、27兆円の赤字、すなわち流入超過であった。2月に発表される2014年
12月末までの数字は、30兆円を上回っているはずである。証券投資に関しては、海外から国内へと大量に資金が流入している。加えて、海外投資家が大量に購入した日本株の価格は大きく上昇している。これは、日本から見れば、証券投資を通じる資産の増加ではなく、負債の急激な増加=対外純資産の急激な減少を意味する。

証券投資を通じて、資金が大量に流入している最大の原因は、日銀による中途半端な金融緩和策である。別の表現をすると、金融緩和の著しい不足である。日銀が年間80兆円の国債を購入するという金融緩和策は、あまりにも規模が小さ過ぎるのである。日銀が国債購入金額を大幅に増やし、国内の投資家が保有国債の大量売却を強いられたならば、その売却代金の何割かは外国証券へと流れていかざるをえない。日銀の国債購入金額が少なすぎるため、外国証券へと流れていく資金の金額も少なすぎるのである。証券投資が、大幅な赤字から大幅な黒字に転換するまで、金融緩和を強化し続けなければならない。そのためには、日銀が国債を全額購入するくらいの気合いを入れて、国債購入金額を無制限に拡大することが、必要不可欠なのである。


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海外から日本へ巨額の資金流入を招いた黒田バズーカ砲の威力 

国際収支統計の中にある証券投資という項目の収支は、2013年1年間で、25兆円の赤字であった。現在の統計と継続性のある1996年以来の最大の赤字であり、それ以前を含めても、断トツの過去最大であることは間違いない。これは、証券の売買を通じて25兆円という巨額の資金が、海外から日本国内に流入してきたことを意味する。

この資金流入が始まった原因は、その前年に発生している。2012年11月14日に、当時の野田総理が衆議院解散を明言し、当時の自民党総裁であった安倍氏が主張していた、無制限の金融緩和、大胆な金融緩和が現実のものになることが予想されたことである。2012年11月に将来の金融緩和の期待を発生させ、
2013年に入ると、海外から国内への巨額の資金流入を引き起こした。その金融緩和期待は、2013年4月の異次元緩和により、現実のものとなった。

異次元緩和のような大規模な金融緩和が実施されると、国内にあり余った資金が、新しい運用先を求めて、海外へと大規模に流出するのが普通の国で発生する現象である。しかし、2013年の日本では、それとは正反対の、海外から国内への大規模な資金流入という現象が発生したのである。資金がジャブジャブに余っており、金利が非常に低い国内から、証券売買を通じて25兆円の資金が海外へと流出したのではなく、国内に流入してきたのであった。これは、水が低い所から高い所に流れるような現象である。私はこの現象を、マイナスのポートフォリオ・リバランス効果と呼んできた。本来流れるべき方向と正反対の方向に、25兆円という巨額の資金が移動していたのである。

しかし、2014年に入ると、資金の流れに変化が生じている。12月18日に、日銀が資金循環統計を発表した。その統計では、国内投資家の資金が、海外へと流出していることを示していた。このことは真実であるが、真実の一部に過ぎない。全体としては、証券投資を通じる資金は、依然として流入超過が続いているのである。そしてその流入規模は、10月31日の黒田バズーカ砲の第2弾によって、再び急激に拡大した。今回は、2014年に入ってからの証券投資を中心とする資金の流出入の変化について説明する。

最初に、資金循環統計が示した、国内投資家の資金が海外へと流出している事実を、その投資主体別とあわせて、下記のグラフに示す。


投資主体別対外証券投資

アベノミクス相場の開始以降、海外投資家の資金が国内に大量に流入してきた。しかし、国内投資家の資金もまた、海外から国内へと環流していた。2013年1月-3月期、4-6月期に、グラフがマイナス方向を示しているのは、国内投資家の資金が海外から国内へと環流していたことを示す。しかし、2014年の4-6月期、7-9月期には、国内の資金は確かに海外へと流出している。その主体は、保険、投信、公的年金、中小企業金融機関等である。このうち「公的年金」は、
GPIF、国家公務員共済などの資金である。「中小企業金融機関等」は、普通は信金、信組を指す言葉である。しかし、直近において対外証券投資を増やしている中小企業金融機関等の中の最大の主体は、郵便貯金であることは間違いない。このように、国内投資家の資金は、今年の4月-9月の期間においては、海外へと大きく流出していたのであった。これだけなら、ポートフォリオ・リバランス効果がマイナスからプラスへと転換したことになる。しかし、証券投資の金額を算出するためには、海外投資家の資金の国内への流出入も、同時に見る必要がある。

証券投資を通じる資金の流出入を、国際収支統計、対外対内証券投資という2つの統計を使って、2014年の年初からできるだけ直近に近い時期まで示すことにする。2014年の数字を示すのであるが、月ごとの収支ではなく、年初来合計の累積の収支を示すことにする。証券投資は、月ごとの変動が大きいので、2014年に入ってから資金の流れがどのようになっているかを観察するためには、単月よりも、累積の収支の方がより正確に理解できると考えるからだ。まず、国内投資家の対外証券投資を表すグラフを下記に示す。


対外証券投資

累積の収支は、3月にマイナスのピークを打ち、そこからプラスへと方向転換している。これは、4月以降、証券投資を通じて、国内投資家の資金が、国内から海外へと流出し始めたことを意味している。、先に示した資金循環統計と全く同じ結果である。しかし、12月の12日で終わる週までの2週間の合計は、再びマイナスになっている。しかし、12月12日以前の年間累計はプラスである。プラスのポートフォリオ・リバランス効果が発生していたことは、間違いない。

しかし、これだけでは真実の半分でしかない。海外投資家の対内証券投資を表すグラフを下記に示す。


対内証券投資

債券を中心に、恒常的な資金の流入が続いている。

次に、今年の10月以前において、海外からの資金流入の多くを占める債券を通して、どのような種類の資金が国内に流入しているかを表すグラフを下記に示す。


対内債券投資

見てわかるとおり、一般政府の資金流入が図抜けている。海外投資家の証券投資を通じる資金の国内への流入は、株と債券の2通り存在する。株については、政府以外の民間の資金流入が多い。一方、債券については、民間ではなく、政府系の資金の流入が、以前から多くを占めていた。相対的に金利の低い日本の債券を買う海外投資家は、民間では少なく、政府系の投資家が多かったのである。政府系というと、中央銀行などの外貨準備の割合が高いはずである。その他に、日本でいうGPIFのような、ソブリン・ウェルス・ファンドの資金も混じっているはずである。2013年は、株式投資を中心とする資金が海外から国内へと流入していた。それが、2014年に入ってから、政府系を中心とする資金が、債券投資を中心に国内へと流入している。

2014年は、年初から12月12日までの間に、国内から国外へと流出した金額は12兆円、海外から国内へと流入してきた資金は21兆円、ネットで見ると、9兆円の流入超過、証券投資の赤字継続なのである。ポートフォリオ・リバランス効果はプラスとマイナスの両方が発生していたが、合計すれば、2014年も依然としてマイナスの方が大きい状態が継続しているのである。

10月31日に黒田バズーカ砲の第2弾が放たれる以前の、1月-10月の証券投資を通じる赤字金額は、2兆円にとどまっていた。それが、黒田バズーカ砲の第2弾が放たれると、再び海外から国内への大量の資金流入を引き起こしたのである。黒田バズーカ砲の第2弾の後の11月-12月12日の1ヶ月半の証券投資は、対外対内証券投資ベースで、7兆円という巨額の赤字へと急拡大したのであった。

証券投資は、金融収支の一部門である。2014年の金融収支の数字は10月までしか発表されていない。10月までの金融収支の内訳を見ることにする。


金融収支

証券投資は、「対外証券投資マイナス対内証券投資」の数字となる。繰り返すが、累積の証券投資は、10月時点では、2兆円の赤字、少額の資金流入であった。

2014年10月以前に、海外から国内へと流入し、赤字となっていた資金のルートは、「その他投資」を通じるものであった。この実体は、日本の株、債券を保有する海外の機関投資家が、ヘッジ売りをしていた先物の円を買い戻し、その円資金を日本の銀行等に返却した分が主体であったと思われる。10月31日に黒田バズーカ砲の第2弾が放たれたため、海外の機関投資家は、円のヘッジ売りの買い戻しから、大規模な新規の円売りヘッジ、ないしは投機的な円売りへと180度の方向転換をしたはずである。この時から、「その他投資」を中心とするいくつかの部門を通じる円資金の海外から国内への流入は、国内から海外への流出へと逆転したはずである。「その他投資」の赤字は、黒字へと転換し、その黒字の金額は大幅に拡大したと思われる。11月以降は、証券投資の赤字の急拡大と、おそらく、「その他投資」を中心とするいくつかの部門の黒字の急拡大がセットで起こっていたはずである。そうした中で、金融収支は、ヘッジや投機に絡む資金流出の結果、少しばかり黒字の金額が拡大方向に動いた可能性が高い。そのため、円は円高ではなく、円安方向へと動いた。この証券投資の赤字拡大=資金流入の拡大=円買い外貨売りの拡大の結果、円高ではなく、円安が進行するメカニズムは
(*1)で詳しく説明したので、参照願いたい。

次に、金融収支とその他の収支との関連を見るため、国際収支の4大項目のグラフを下記に示す。


経常収支、金融収支

国際収支表では、経常収支+資本移転等収支-金融収支+誤差脱漏=0という恒等式が成り立つ。(*2)で説明したように、資本移転等収支の金額は小さく、誤差脱漏も長期で見れば小さな数字になる。そのため、長期で見た場合、経常収支=金融収支がほぼ成り立つ。短期の場合は、誤差脱漏が大きくてわかりづらいのであるが、統計が完全に正確で誤差脱漏がゼロと仮定した場合には、金融収支=経常収支が同様にほぼ成り立つ。先に述べたとおり、金融収支の黒字は、中身の構成を大きく変えながら、11月以降もやや拡大方向に向かっている可能性が高い。その結果、同時に経常収支の黒字も、少しばかり拡大方向へと向かっている可能性が高いのである。

次に、経常収支の中身を表すグラフを下記に示す。


経常収支の内訳

第一次所得収支の増加が目立つ。貿易収支は赤字継続であるが、赤字幅は縮小方向にある。その結果、経常収支も少しずつ黒字幅が拡大しつつある。

11月以降におそらく発生していると予想される、「その他投資」を始めとするいくつかの部門の黒字拡大は、先物の円のカラ売り用の資金を調達するための資金流出の拡大である。先物の円のカラ売りの主体は、年金、投信などの機関投資家のヘッジ売りかもしれないし、ヘッジファンドによる投機的な売りかもしれない。いずれにしろ、将来、買い戻しが発生し、長期間の黒字継続は持続不可能である。2013年の円のヘッジ売りの買い戻しは、直接投資の黒字拡大のための円売りによって吸収されたことは、(*1)で説明した。今回も、再び先物の円のヘッジ売りの買い戻しが入った時、それに対して円を売り向かう投資家がいなければ、円は再び急上昇してしまう。2013年と同様に、直接投資の黒字拡大のための円売りに吸収されるならば、日本の産業の空洞化はいっそう進行し、悪い円安が続くことになる。円高の再燃と、悪い円安の進行の発生を防ぎ、良い円安を実現するためには、直接投資以外に、将来の円売り外貨買いの需要を何としてでも作り出す必要がある。

そのためには、国内投資家の対外証券投資が、海外投資家の対内証券投資を上回る必要がある。証券投資の収支が黒字化すれば、恒常的な円売り外貨買いの需要が発生する。この円売り外貨買いで、海外投資家の円の売りヘッジ解消のための円買い外貨売りを吸収させなければならない。国内投資家の対外証券投資が、海外投資家の対内証券投資を常に上回るようにさせなければならない。

2012年11月-2014年10月に発生した円安は、悪い円安であった。この期間に発生した円安により、日本は、広義の円安メリットである、資産価格の大幅な増加という巨額のメリットを獲得することには成功した(*3)。しかし、貿易・サービス収支の改善を通じて、日本が、所得拡大ないしはGDPの拡大という狭義の円安メリットを獲得することには、現時点では失敗している(*4)。この狭義の円安メリットの獲得の失敗、すなわち、所得拡大をもたらさなかったということと、それと並行して産業の空洞化がいっそう進行したという意味において、2014年10月以前の円安は、悪い円安の進行であった。円安は、所得を消費者、中小企業から大企業へと移転させただけである。円安は、貿易・サービス収支を少しばかり悪化させているので、日本全体が獲得する所得ないしはGDPを、少しばかり減少させてしまったのである。

今度こそは、所得拡大という狭義の円安メリットも同時に獲得するようにさせなければならない。そのためには、国内投資家の対外証券投資を大幅に増やすしか方法はない。その時には、証券投資の黒字が拡大し、同時に金融収支と経常収支の黒字の拡大も進行する。そして、貿易・サービス収支の改善も同時に進行する。この場合、日本が獲得する狭義の円安メリット=所得拡大を獲得することが可能になる。これは、従来の産業の空洞化しかもたらさなかった悪い円安から、
GDPの拡大をも伴う良い円安へと転換することを意味する。

円安が日本にとってメリットかデメリットかという論争よりも、証券投資、金融収支の黒字拡大を実現させることの方が、より重要なのである。その場合、日本の経常収支の黒字は拡大し、貿易・サービス収支も必ず改善する。その結果、日本の所得、あるいはGDPは拡大する。ただ、GDPが拡大している間、為替レートが現在より円高方向に動くことは考えづらい。ほぼ間違いなく、いっそうの円安が進行しているはずである。しかし、目的は円安誘導ではない。金融収支の黒字拡大=経常収支の黒字拡大であり、その後のGDPの拡大である。金融収支の黒字を安定的に拡大させるためには、証券投資の大幅な赤字を黒字に転換させ、その黒字を拡大させていくことが必要である。これは、ポートフォリオ・リバランス効果をネットでプラスにし、そのプラスを拡大させることを意味する。

これを実現するためには、現在の年間80兆円という日銀の国債購入金額は少なすぎるのである。2012年11月以降、水は低いところから高い所へと流れ続けている。これは、日本経済があまりにも異常な状況に陥っていることを意味する。こうした異常な状況に陥ったことは、歴史上存在しない。従って、現在、必要な政策を考える際、歴史を参考にすることはできないし、参考にしてはいけないのである。年間80兆円の日銀による国債購入は、歴史を振り返れば、異常すぎる巨額の金融緩和である。しかし、もっと異常なことは、バズーカ砲の第1弾だけではなく、バズーカ砲の第2弾が放たれても、その直後の11月-12月12日という1ヶ月半の短期間に、証券投資を通じて7兆円という巨額の資金が海外から国内へと流入してきたという事実の方なのである。10月31日のバズーカ砲の第2弾は、証券投資を通じる海外から国内への資金流入を急激に拡大させるという、巨大なマイナスのポートフォリオ・リバランス効果しか発揮できなかったのである。

効果がマイナスでは意味がない。プラスにさせる必要がある。そのためには、日銀が、年間80兆円という国債購入金額を大幅に増やす必要がある。日銀による国債購入金額を年間160兆円、240兆円、場合によってはそれ以上の金額に増やしていくしかない。国債購入金額を無制限に拡大していけば、今年の4-6月から発生している国内投資家の資金の対外流出金額は拡大し、いずれかの時点で、日本の証券投資は赤字から黒字に転換し、その結果として金融収支の黒字も拡大する。これは同時に、経常収支の黒字拡大と貿易・サービス収支の改善をも意味する。貿易・サービス収支が改善したならば、日本の所得、GDPも増加に転じる。

日銀が国債購入金額を無制限に拡大し続ければ、その先は、GDPの増加、景気回復だけではなく、インフレとバブルの発生へと進行していくはずである。その時こそ大規模な増税を通じてインフレとバブルを抑制し、財政再建を一気に進めるのである。消費税増税が、少なくとも短期的には景気を悪化させ、消費税増税分以外のインフレ率を低下させることは、2度にわたって証明された。消費税増税だけを実施したならば、経済はデフレ不況に戻り、増税が税収の縮小をもたらすことになる。この先の道は、金利の急上昇、財政破綻、国家破綻へと突き進むしかない。財政再建を目的にする増税の実施が、正反対に財政破綻を導くのである。財政破綻を避けるためには、増税だけを実施しては絶対にいけないのである。増税は、大規模な金融緩和の後、景気が十分に回復した後にしか、実施してはならないのである。

日銀が国債購入金額を年間80兆円から大幅に拡大させ、その結果生じる景気回復、インフレ、バブルの発生に対して、消費税増税だけではなく、その他の様々な増税策を組み合わせて実施し、インフレとバブルを抑制させながら、同時に財政再建を一気に進めるしか方法はない。その具体例が、1949年のドッジ・ラインなのである。現在必要な政策は、インフレ、バブルの抑制と財政再建の同時達成を目指すドッジ・ラインのバージョン2なのである。金融緩和の最大の目的は、金融収支、経常収支の黒字拡大を通してGDPを拡大させるだけではなく、それを通じて財政再建を一気に実現させることなのである。金融緩和なしの消費税増税は、財政を破綻へと導く道である。日本が財政破綻を避けるためには、その前提条件として、日銀が国債購入金額を無制限に拡大させることが、必要不可欠なのである。


リンク先記事
海外投資家の日本株買いが円安を引き起こす理由(*1)
国際収支の仕組みと貿易収支を黒字に戻す方法(*2)
資産価格の大幅増加という円安メリット論(*3)
交易条件悪化論と中小企業損失論をこえた円安メリット論(*4)


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株価上昇が引き起こす対外純資産の大幅な減少

以前、広義の円安のメリットを資産価格の増加と定義し、その金額を算出した。その時の計算では、円安を通じる資産増加額は、420兆円にものぼると結論づけた(*1)。あくまでも大まかな計算であり、誤差がかなり含まれていることは強調しておいた。その時は、株高を通じる対外純資産の減少=株高のデメリットと、円安を通じる対外純資産の増加=円安のメリットを、同じものとみなして計算した。しかし、この2つを同列に扱うことは、厳密には正しくない。今回は、金額の絶対値が同じ場合、株高のデメリットは、円安のメリットを上回ることを示す。そして、円安のメリットに隠れて見えにくい株高のデメリットを直視し、そのデメリットを解消する必要性を繰り返す。

今回の文章も、難しくはないが、わかりにくい部分がいくつかある。わかりにくいから、多くの人が気が付いていない。しかし、わかりにくいが、難しくはないので、丁寧に読んでいただければ、誰にでも理解できる内容である。丁寧に読んでいただければ有り難い。

(*2)で、2013年末の対外純資産の増減について説明した。2013年末の対外純資産は、円評価では325兆円、前年比29兆円増の過去最高の金額であった。一方、ドル評価では3兆0844億ドル、前年比3482億ドルの大幅減であった。なぜ円評価なら増加し、ドル評価では減少するのか。その理由は、対外純資産の大きな変動要因である、円安による対外純資産の増加と、株高による対外純資産の減少の効果が同じではなく、特に円安による対外純資産の増加の効果が複雑であることが原因なのである。そのことを説明するために、下記に2012年末と
2013年末の対外資産負債残高の一部を示す。


対外純資産

上記の2つの表は、対外資産と対外負債の内容を、外貨建て、円建ての2つにわけて示したものである。ただ、外貨建て、円建ての比率は、2012年末分が、日銀の資料にだけ存在する数字であり、2013年末の正確な数字は不明である。そこで、2013年末と2012年末の比率が同じと仮定した。今回は、円安と株高の効果の違いを説明することが目的であり、それを実際の数字に即して説明しようとしているだけである。そのため、外貨建て、円建ての比率の数字は、2013年末と2012年末が同じと仮定しても、厳密な数字を求めるためではないので、問題は生じない。加えて、もう一つ仮定を導入する。外貨にはいくつもの種類があるが、ここでは一番金額が多い外貨と思われる米ドルだけであると仮定する。これも、実際とは異なるが、わかりやすくするための単純化である。

次に、2013年末の対外資産負債残高を基準にして、10%の円安が発生したと仮定する。この場合、対外純資産がどのように変化するのかを下記の表に示す。


対外純資産 円安

上記の(C)の表は、2013年末より円の為替レートが、円安方向に10%変化したとき、円で評価した場合、日本の対外資産、負債、純資産がどのように変化するのかを示したものである。10%円安になったとしても、円建ての資産、負債には何の変化もない。ドル建ての資産、負債の金額は、円で評価すると、100/90の金額になる。増加分をそれぞれ合計し、下の方の段に純資産の金額として示している。2013年末に325兆円であったものが、10%円安進行により、374兆円にまで増加する。増加する金額は49兆円、増加率に直すと15%増となる。この数字は重要なので、水色で示してある。

上記の(D)の表は、2013年末より為替レートが、円安方向に10%変化したとき、ドルで評価した場合、日本の対外資産、負債、純資産がどのように変化するかを示したものである。(C)との違いは、すべての数字が、兆円ではなく、億ドルで示されている。10%円安になったとしても、ドル建ての資産、負債には何の変化もない。一方、円建ての資産、負債の金額をドル評価に換算すると、90/100の金額になる。減少分をそれぞれ合計し、下の方の段に円安進行後の対外純資産の金額を示した。2013年末に3兆0844億ドルであったものが、10%円安進行により、3兆1916億ドルまで増加する。増加する金額は、1073億ドル、増加率に直すと3.5%増となる。この数字も重要なので、水色で示してある。

10%の円安が発生した場合に、円評価の対外純資産の増加率は、15%増であった。それがドル評価の場合は、3.5%しか増えない。この差が生じる理由は、一体何なのであろうか。この謎は、上記の表で薄灰緑色で示した対外純資産の変化をみれば理解できる。

(C)の表で示したように、2013年末の対外純資産は325兆円であった。その内訳は、薄灰緑色で示したように、ドル建てが438兆円、円建てが-113兆円であった。ドル建ての対外純資産は全体の対外純資産の金額を上回っていたのである。そのかわり、円建てについては-113兆円と債務超過であった。この場合、10%の円安が発生しても、-113兆円の円建ての対外純資産に何の変化も引き起こさない。一方、対外純資産全体の金額を上回る438兆円のドル建ての対外純資産の金額は、49兆円(438兆円×100/90-438兆円)だけ増加する。対外純資産を上回るドル建ての対外純資産の増加分49兆円が、対外純資産全体の増加金額となる。そして全体の増加率に直すと、15%になる。ドル建てだけの対外純資産の金額が、ドル建てと円建ての合計の対外純資産の金額を上回っている中で、10%の円安が進行する。そのため、10%の円安が進行した場合、円評価の対外純資産が、10%を上回って15%も増加するという現象が発生するのである。

(D)の表で示したように、対外純資産をドル評価でもう一度みることにする。薄灰緑色で示したように、ドル建ての対外純資産は4兆1572億ドル存在し、全体の対外純資産3兆0844億ドルを上回る。しかし、10%の円安が発生しても、変化することはない。一方、円建ての対外純資産は-1兆0728億ドル存在する。この分に関しては、10%の円安が発生すると、ドル建てでは10/100、金額で1073億ドルの変化が発生する。これは円建ての対外純資産が1073億ドル増加していることを意味する。これが対外純資産全体の増加額に等しくなる。対外純資産は、ドル建てだけの方が多く、そこから金額の絶対値が小さい円建て分を差し引いている。当初のドル建て、円建て合計の対外純資産は、3兆0844億ドルであった。この3兆0844億ドルに対する1073億ドルの増加なので、対外純資産全体に対する増加額は、3.5%と非常に低い比率になってしまう。

ここから、もう少し先まで考えることにする。対外純資産が存在する場合、円安進行により、円評価の対外純資産でさえも、必ず増加するとは限らないのである。仮に、日本の対外資産の大半が円建て、対外負債の大半がドル建ての場合で、ドル建ての部分が負債超過になっている場合を例としてあげる。10%円安進行の結果、円評価の円建ての対外資産、負債に変化は生じない。ドル建ての部分が負債超過になっている場合なので、ドル建て資産とドル建て負債はともに増加するが、資産より負債の方が増加額が大きい。この場合、円評価の場合でも、円安によりドル建ての純負債が増加し、対外純資産は減少してしまう。対外純資産を保有していても、自国通貨安が進行した場合に、自国通貨で評価した対外純資産が減少してしまう国も存在するのである。

しかし、現在の日本の場合は、対外資産の73%がドル建て、対外負債の70%が円建てである。対外純資産の金額が巨大であるだけではなく、ドル建てだけの部分も大幅な資産超過となっている。この場合は、円評価、ドル評価のいずれの場合でも、円安ドル高の結果、必ず為替差益が発生し、円高ドル安の場合、必ず為替差損が発生する。従って、現在の日本の場合、円安は常にメリットであり、円高は常にデメリットになるのである。もう一つ重要な点は、円安メリットは円評価では大きくなるが、ドル評価では小さくなる。円安は常にメリットであることに違いはないが、ドル評価の場合、メリットの規模が相当小さくなるのである。上記の例で示したように、日本の場合、ドル評価の場合の円安メリットは、円評価の場合の円安メリットと比較した場合、15分の3.5という金額しか発生しないのである。

次に、株価が10%高くなった場合を考える。この場合も、単純化して、日本が保有している外国株も、外国が保有している日本株も、等しく10%上昇すると仮定する。その結果の概要の表を下記に示す。


対外純資産 株高

(E)、(F)の表においては、内外の株価が10%上昇する場合を考えるため、株式資産と株式以外の資産にわけて表示している。株高の場合は、円安の場合と異なり、結果は大変シンプルである。円評価でも、ドル評価でも、日本が受ける損失は、対外純資産の2.3%を占めることになる。株価の変動であるから、円評価であろうが、ドル評価であろうが、結果は同じになる。

昨年と今年の為替レートと株価の変化を下記の表に示す。


株価と為替

2013年の1年間において、為替は18.1%の円安、日本の株価は51.5%上昇した。日本の投資家の保有する外国株が平均して何%上昇したかはわからない。しかし、財務省の統計によると、2013年は日本株の値上がりにより50兆円前後の損失を被り、外国株の値上がりにより12兆円前後の利益を獲得した。差し引きで38兆円前後の損失を被ってしまったのである。また、財務省の統計によると、円評価の場合、18.1%の円安を通じて、80兆円という巨額の為替差益を獲得した。ドル評価では、金額はわからないが、それより大幅に少ない為替差益しか獲得できなかったはずである。この結果、昨年1年間の対外純資産は、円評価では29兆円の利益獲得=対外純資産の増加につながった。一方、ドル評価では3482億ドルという巨額の損失=対外純資産の減少を被った。少し前に経常収支が赤字に転落したことがある。しかし、その金額は半年間で100億ドル強であった。昨年1年間に、ドル評価の場合、その何10倍もの損失を被っていたのである。

2014年はどうであろうか。12月11日まで、円は10.5%下落、株価は7.3%の上昇である。この場合、円評価では、対外純資産の増加は間違いない。ドル評価の場合、先に10%の円安で対外純資産が3.5%増加、10%の株高で2.3%の減少と試算している。10.5%の円安、7.3%の株高が年末まで維持された場合、対外純資産は、ドル評価でもかろうじてプラスになりそうである。ただ、年内に、為替レート、内外の株価が大きく変動した場合には、逆転でマイナスになるケースは起こりえる。それだけ小幅のプラスが、現時点の状態であると言える。

最初に書いたとおり、株高デメリットは円評価もドル評価も同じであるが、円安メリットは、円評価とドル評価で大変大きな差が存在する。以前、420兆円の資産増加という広義の円安メリットを算出したときも、円評価を使った。しかし、ドル評価をもう一度円に換算し直して使用した場合、資産増加は420兆円を下回ることになる。円安メリットは2種類存在し、その差が非常に大きい。一方、株高デメリットは1種類しか存在しない。この意味において、株高デメリットと円安メリットとは、内容が同じではない。そして、円評価の円安メリットと、株高デメリットの絶対値が同じであった場合は、株高デメリットは円安メリットよりも大きいとみなすべきであろう。

国内経済の問題を考える際に、損得を計算する場合、ドル評価は無視し、円評価のみをみなければならないことが多い。円安の進行の結果、輸入牛肉の価格が上昇した場合、ドル評価では不変というのは言い訳にならない。輸入牛肉の価格は、円評価だけを見なければならない。一方、国際収支の問題を考える場合、多くの場合、ドル評価、円評価の両方をみる必要があると思う。日本の対外純資産をみる場合も同様である。円評価だけをみて、29兆円増えたと喜ぶのはおかしい。逆にドル評価だけをみて、3482億ドルも損したと考えるのも正しいとは言えない。円評価で29兆円増加、ドル評価で3482億ドル減少、この両方の数字を頭に入れる必要がある。

2013年の1年間に、円評価とドル評価という2種類の数字をみた場合、そのうちの1つの数字が、3482億ドルも対外純資産が減少していることを示している。この事実を認識した場合、非常に大きな問題が存在していると感じるはずである。3482億ドルも損をした最大の理由は、日本の株高である。2013年末時点で、日本の投資家が外国株を75兆円保有し、海外の投資家は日本株を151兆円保有し、株式部門の負債超過額が76兆円にも及ぶ。日本は世界最大の対外純資産を保有しながら、株に関してはダブルスコアで資産より負債の方が多い点が大問題なのである。日本は株価の値上がりによる損失を減らし、利益を獲得するためには、日本の株を買い戻し、外国の株を買い増すしか方法がない。そうしないと、今後、日本の株価が上昇したとしても、対外純資産の減少という損失が拡大する。円安が進行せず、株高だけが進行した場合、輸入品の価格は上昇せず、株価だけが上昇する。これは、一見、日本にとっては利益が大きいようにみえるかもしれない。しかし、対外純資産という観点からは、円評価でみても、ドル評価でみても、どちらの場合でも損失が膨らむ、すなわち対外純資産が減少するのである。

この大問題を解決する方法は、リスク回避で凝り固まった日本の投資家の資金を、国内株と外国株へと誘導することが必要である。2013年4月、2014年10月に、日銀は異次元緩和と呼ばれる大規模な金融緩和を実施した。しかし、その結果は、海外投資家の過去最高の日本株買い=国内投資家の過去最高の日本株売りをもたらしただけであった(*3)。国内投資家の対外株式投資は、2013年4月の前後は、恒常的な売り越しが続いていた。2014年10月末以降は、少しばかりの買い越しを維持しているが、海外投資家の日本株買いよりは金額がずっと小さい。

普通の投資家が相手ならば、2回の異次元緩和で十分である。ところが、リスク回避に凝り固まった日本の投資家に対しては、2回の異次元緩和だけでは全く不十分なのである。日銀による年間80兆円の国債購入は、あまりにも少なすぎる。日本の株価だけが大きく上昇すると、日本の対外純資産は、円評価でも、ドル評価でも、ともに大きく減少する。この馬鹿げた状態は、1日も早く解消させる必要がある。

そのためには、日本の投資家が日本株と外国株を大量に買い越すまで、日銀が国債購入金額を大幅に増やす必要がある。直近で860兆円存在する国債が、市場からなくなる、あるいは大幅に減少した場合、国内投資家は、日本株か外国株を含む外国証券を買わざるをえなくなるからだ。そのために必要な具体的な国債購入金額はわからない。それでも年間国債購入金額を80兆円から160兆円、240兆円へと拡大させていけば、そのいずれかの時点で、日本の投資家の資金が日本株、外国株へと流れていくはずである。この結果、インフレとバブルが進行すれば、インフレ・バブル防止税の導入を柱とした「ドッジ・ライン・バージョン2」を作成し実行すべきである。インフレとバブルを防止しながら、税収を急激に増大させ、増加した税収で日銀保有の国債を大量に買い入れて償却すれば、財政再建も同時に一気に進む。そして、日本国内の投資家が大量の日本株、外国株を買うようになるまで、日銀は無制限に国債購入金額を増やすことが、必要不可欠なのである。


リンク先記事
資産価格の大幅増加という円安メリット論(*1)
2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*2)
金融緩和に過去最高の売り越しで立ち向かう日本の株式投資家(*3)




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