海外投資家の日本株買いが円安を引き起こす理由

2014年10月31日13時44分に、日銀が予想外の金融緩和の強化を発表した。その直後から、海外投資家が大量に日本株を買い始め、株価は急激な上昇に転じた。今回の海外投資家の買いは、半分以上が先物市場を通じた買いであったが、現物市場においても大量といってよいほど多くの日本株買いが見られた。一方、為替市場においては、円売り外貨買いが殺到し、円相場は急激な下落に転じた。しかし、海外投資家が日本株を大量に買うということは、その際、大量の円買い外貨売りが発生しているはずである。その大量の円買いがあったにもかかわらず、円は急上昇したのではなく、急落した。円買いが入ると、円安が発生する。今回は、この現象が発生するメカニズムを説明することにする。

この点については、前回でもごく簡単にふれた。また、この現象は、2012年11月14日のアベノミクス相場開始直後からの展開と同じであり、以前に何度も詳しく説明したことがある。そして、「超円高が20%の確率で発生する」と何度か書いてきた。しかし、超円高が発生しなかった理由については、まだ書いていない。

前回説明したように、日本株については、東証が投資部門別売買状況という統計を週に一度発表している。為替についての統計は存在するが、株ほど便利でわかりやすいものは存在しない。株については、統計上の数字から、何が起こったかが、事後的にはほぼ間違いなく特定できることがたくさんある。一方、為替については、多分、このようなことが発生しているのであろうと、推測できることは多々存在する。しかし、証拠が統計数値として存在し、間違いないと断定できるものは多いとは言えない。確かな証拠はないが、多分発生しているであろうと思われる推測を含んだ内容について書くことにする。

為替売買が発生する原因は、いくつも存在する。その中で今回は、証券投資から発生する売買に光を当てることにする。1996年以降の証券投資の累積金額を表すグラフを下記に示す。


証券投資長期

月ごとのグラフを掲載すると、変動が激しすぎてトレンドがつかめないので、売買の累積金額を示した。上記の統計は、1996年-2013年がIMF国際収支マニュアル第5版に基づくものであり(符号だけは変更している)、2014年からが第6版に基づくものとなっている。

最初に書いたとおり、証券投資と為替レートについては、為替の需給関係だけを考えたならば、証券投資が赤字になると円買い=円高が発生し、黒字になると円売り=円安が発生するように思える。しかし、短期的に見た場合は、その反対の現象が起こりやすい。理由は、円安→日本の輸出企業の収益回復→海外投資家の日本株買い=証券投資の赤字拡大→株高、といった因果関係が存在するからだ。こうした傾向は昔から存在していた。それがより明確化したのは、2012年11月14日のアベノミクス相場の開始以降である。それがさらに極端化したのが、2014年10月31日13時44分以降である。為替レートの決定要因は多種多様である。証券投資の売買以上に為替レートに大きく影響を与える要因が存在する。その要因があるために、大量の円買いが発生しているにもかかわらず、円高には向かわず、正反対の円安へと向かう。その要因をこれから明らかにしていく。

アベノミクス相場開始以降の、証券投資の内容をもう少し詳しく示したグラフを下記に示す。


証券投資短期

2012年11月に円安株高が発生して以降、2013年末頃までの間に、海外投資家による大量の日本株買いが入っていた。その他にも海外投資家は日本の債券も少し買い、国内投資家も外国株や外国債券を売っていた。なお、証券投資の累計金額は、2012年12月にプラスになっている。しかし、この時プラスになった原因は、12月に証券の貸借取引を通じて、国内から海外へと資金が大量に流出していたからである。貸借取引は、証券投資というより、単なる短期資金の貸し借りに近い。そのため、国際収支マニュアル第6版からは、証券投資における貸借取引の計上は取りやめることになった。従って、2012年に国際収支マニュアル第6版を遡及適用していた場合、11月と12月の累計の証券投資はマイナスになっていたのである。

こうした形で証券投資を通じて大量の資金が日本に流入し、その際、大量の円買い外貨売りが発生する中で、円高ではなく、円安が進行していた。2014年に入ると、累積の証券投資の変動は小さくなった。そして10月31日に異次元緩和の第2弾が実施されるとともに、海外投資家は日本株を大挙して買い始めた。その買いを含めた証券投資の赤字の累計金額は、10月と11月(最初の2週間だけ)に大きく拡大した。円安は、8月頃から進行し始めたが、10月31日から、証券投資に伴う円買い外貨売りが大量に発生する中で、急速な円高ではなく、急速な円安が進行した。

円安が発生することを説明するために、下記のグラフを示す。


証券投資と相資金移動

2012年11月-2013年末に発生した円安も、2014年10月31日以降の円安も、メカニズムは共通点が多いと思う。それを理解するためには、国際収支表について、いくつかの論点を押さえておく必要がある。ここでは重要な部分だけを取り出して説明することにする。国際収支表を構成する主要4項目を下記に記す。

経常収支=貿易収支+サービス収支+第一次所得収支+第二次所得収支
金融収支=直接投資+証券投資+金融派生商品+その他投資+外貨準備
資本移転等収支(=金額が小さく重要でもないので、ほとんど無視する)
誤差脱漏

となる。そして、この上記4項目の間では下記の式が恒等式として成立する。

(Z) 経常収支+(資本移転等収支)-金融収支+誤差脱漏=0

証券投資は、直接投資と並んで、金融収支を構成する大きな要素である。金融収支には他に、金融派生商品、その他投資、外貨準備が存在する。

以前は、「その他投資+金融派生商品-誤差脱漏」(国際収支マニュアル第5版の頃だったため、「その他投資+金融派生商品+誤差脱漏」と表現していた)を取り上げて、ヘッジや投機を目的とする売買が含まれる項目としていた。今回は、それに外貨準備も加えた「その他投資+金融派生商品+外貨準備-誤差脱漏」の合計数値を上記のグラフに黒線で示した。

証券投資以外で、ヘッジや投機を目的とする売買があった場合、その売買が処理される項目は、「金融派生商品+その他投資-誤差脱漏」が多いと考えている。「金融派生商品」は、最初からヘッジや投機のための売買として使われることを目的に作られた商品である。「その他投資」は、名前の通り一部の取引以外の売買をすべて含むものであるが、そうした売買の多くは、ヘッジや投機を目的とする取引と直接関係するもの以外に、広義のヘッジや投機を目的とする売買と間接的に関係する取引が多く含まれていると考えている。誤差脱漏は、原因は多様であると思うが、金額が大きく、売買回転の速い投機目的の売買の申告漏れが、誤差脱漏の最も大きな原因になっていると推測している。これを金融収支の中の項目に加える場合、符号をマイナスにしなければならない。

以上のように、「その他投資+金融派生商品-誤差脱漏」は、ヘッジや投機を目的とする売買に近い金額になると考えられる。しかし、外貨準備は全く性質が異なっており、「その他投資+金融派生商品-誤差脱漏」と同類のものとして扱うのは、通常なら正しくない。ただ、2012年11月-2014年9月の外貨準備は、3.9兆円の黒字である。その間、政府と日銀の外貨準備等の資産において、407億ドルの資産を、為替の先物買いという外貨準備の外にある資産から、外貨準備の中にある外国証券などの買いに資産を移している。この操作が行われると、「407億ドルの外貨準備の黒字増加=407億ドルのその他投資の黒字減少」が発生する。本来ならば、この407億ドルを円換算した4.1兆円をその他投資の収支から差し引くのが一番正確なのである。ここでは、説明しやすくするために、発生する0.2兆円弱の差に目をつぶって、「その他投資+金融派生商品-誤差脱漏」を「その他投資+金融派生商品+外貨準備-誤差脱漏」に替えたのである。長くなるので、「その他投資+金融派生商品+外貨準備-誤差脱漏」を(C)と記す。2012年11月-2014年9月に実施された証券取引以外のヘッジや投機を目的とする売買の合計を、(C)として上記のグラフの1項目として表示したのである。

2012年11月-2014年9月に発生した証券投資(Aと記す)にかかわる売買に対して反対売買として立ち向かったのが、最初は(C)であり、その次が直接投資(Bと記す)である。この3つを合計したものが、黒線で示した合計である。3つの合計金額は、金融収支-誤差脱漏と等しくなる。時間をかけて先に示した国際収支の定義をよく見てもらえば、こうなることがわかるはずである。さらにこれはまた、上の(Z)の式から、「経常収支(+資本移転等収支)」(Dと記す)にも等しくなる。つまり、上記のグラフで4つの項目に分けて記したものは次のような関係にある。

(A)+(B)+(C)=(D)

この式を変形すると、下記の式になる。

(C)+(B)-(D)=-(A)

海外投資家による日本株買いなどの証券投資(A)による円買いの金額が増加しても、円安が進行する最大の原因は、それ以上に(C)を中心とした円売りの金額の方が、その時は大きかったからである。円安が進行した2012年11月以降、しばらく、上記のグラフの青色の線で示した(C)、あるいは直接投資(B)の金額が大きく、そこから経常収支(D)を差し引いた円売りの金額は、赤色の線で示した証券投資(A)を通じる円買いの金額を上回っていたのである。上記の式は、事後的には必ず成立する。事後的には成立するが、事前的には下記の式が成立していたのである。

(C)+(B)-(D)>-(A)

これは、ヘッジや投機目的の円売りなどの金額が、事前的には、日本株買いなどの証券投資(A)による円買いの金額を上回っていたことを意味する。どんなに大量の日本株買いに基づく円買いが入っても、それ以上に円の先安予想から発生するヘッジや投機目的の円売りなどの金額の方が大きかった。そのため、事前的には(>)であったものが、事後的には(=)になるまで円安が進行したのである。

(C)の定義は、「その他投資+金融派生商品+外貨準備増減-誤差脱漏」である。その具体的な中身で、一番大きな部分を占めていたのは、海外投資家が
170兆円以上(2012年9月末現在)保有していた、日本の株や債券などの円建て資産をヘッジするための売りであったと考えている。

(C)が10数兆円レベルで存在していた頃、私は、巨額な円のヘッジ売りの巻き戻しから、超円高発生という最悪のシナリオが、20%の確率で発生すると書いていた。そして、起こる確率が一番高いのは、2番目に悪いシナリオである、空洞化シナリオであるとも書いていた。これは、ヘッジャーの売りが少しずつ買い戻され、直接投資に伴う売買に吸収されていくシナリオであった。この場合、円安が維持されながら、経常収支(D)は変化せず、あるいは悪化し続けることも起こりうる。この直接投資の赤字が増え続け、経常収支が改善しないシナリオを、悪い円安、空洞化シナリオと書いてきた。20%の確率で発生すると書いた超円高は発生しなかったが、2番目に悪いシナリオである空洞化シナリオが、実際に発生した現象である。直接投資(B)の進行とともに(C)の金額は減少し続け、現在では、もはや超円高に戻る可能性は非常に低くなった。つまり、アベノミクス相場開始の時から発生した証券投資(A)に伴う円買いは、最初は主として(C)での円売りによって吸収され、最終的には直接投資(B)で発生する円売りへと吸収されていったのである。その結果、経常収支(D)の増加は発生せず、一時的には赤字に転落することもあった。経常収支(D)は、直近では少し右肩上がりであるが、途中で少し右肩下がりの時期もあり、その時、経常収支は赤字が続いていたのである。

直接投資が、全て悪い直接投資であるとは言わない。成功と言えるM&Aや、ノウハウの流出以上の見返りを日本にもたらす非製造業を中心とする海外進出は、良い直接投資である。一方、M&Aの失敗確率は高いので、失敗したM&Aや、先端的な技術やノウハウの流出が伴いやすい製造業を中心とする海外進出は、悪い直接投資と言えるであろう。直接投資の何割かは悪い直接投資であり、日本が一方的に損失を被るものであった。その金額はわからないが、合計すれば相当大きな金額になっていたであろう。超円高に耐えきれずに、やむをえず海外に進出して技術やノウハウを取られただけの製造業、超円高で安くなったことを利用して、外国の企業をあまりにも高値で買ってしまい、結局は損失となったM&Aなどは、かなりの金額で存在していたはずである。悪い直接投資が増えると、日本経済は一方的に空洞化したり、利益を失うだけである。しかし、具体的に悪い直接投資と良い直接投資がいくらの金額になるかはわからないし、その結果をまだ出すことができないものも存在する。ただ、現在の途中経過を見る限り、悪い直接投資の割合が高く、日本は小さなウィンと大きなルーズを獲得したとしか思えない。2000年以降の日本経済の不振を見ると、そうとしか考えられないのである。

一方、通説的な見解は、(C)の中身はヘッジファンドの円売り、または購入する日本株に100%ヘッジをかけている株への投資資金に対するヘッジ売りであるというものである。

(C)の中にヘッジファンドの円売りが含まれていることは間違いない。ヘッジファンドの円売りの金額は、一時的には(C)の大部分を占めていた時期もあったはずである。しかし、ヘッジファンドを中心とする投機筋は、大量に円を売ったと思うが、そう長い期間、円売りポジションを持ち続けるはずがない。大部分の円売りポジションは短期で閉じられているはずであり、1年以上にわたり円売りポジションを維持していたものもあるとは思うが、割合としてはごく一部であるはずだ。従って、(C)の中身の大半がヘッジファンドであった時期は、円安発生の直後の時期にはあったとは思うが、2年近い年月の間に、(C)の中身の大部分を占めたのは、年金、投信などの海外の機関投資家による円のヘッジ売りであったと考える。(C)の実体はヘッジファンドの売りポジションというのは、多数説だと思う。しかし、大部分がヘッジファンドでの売りであるという証拠はない。私の主張である海外の機関投資家のヘッジ売りであるという証拠もない。海外の機関投資家が日本の円安を予想した場合、その保有する円建て資産の何割かに円の売りヘッジをかけてくるはずである。そうしたヘッジ売りのポジションは、数ヶ月~2年程度維持するものが多かったと思う。一方、年単位にわたって円の売りポジションを持ち続けるヘッジファンドは、一部に存在するとは思うが、多いとは考えられないのである。

また、海外投資家が日本株を買う際、購入する日本株に100%ヘッジをかけているという説もある。これは、主として日本株のストラテジストの中に存在する意見である。大量の日本株買い=円買いが入っているにもかかわらず、円高が進行しないのは、日本株の買いに対して100%のヘッジ売りがかかっているためと考えているようである。私は、こうした新規の日本株に対する100%のヘッジ売りというのも、存在することは間違いないが、全体のごく一部であると考えている。大多数のファンドマネージャーは、自分が保有する円建て資産のポジション全体を見て、ヘッジ比率を調整するのであり、新規の円建て資産の購入分にだけヘッジをかけるということはほとんどありえないと考えている。最初から、日本の株を買って100%の円売りヘッジをかけると事前にルールを決めているタイプの投信や年金は、一部に存在する。そうした特殊な資金以外は、新規購入分だけにヘッジをかけるという行動を取るファンドマネージャーは、いたとしても非常に少ないはずである。これも確たる証拠があるわけではないが、私の感覚としては、ほんの一部であり、多数であるとは考えられないのである。

海外投資家による日本の株や債券などの円建て資産の保有金額は、2012年9月末時点では170兆円以上、2014年6月末時点では260兆円以上も存在している。そのうち、円の売りヘッジ比率がゼロというのは、100%ありえない話である。2014年6月末時点でも、ヘッジ比率が、10%なら26兆円、20%なら52兆円となる。これくらいの円のヘッジ売りのポジションは、現在でも存在している可能性が高い。2012年11月から、円建ての資産を保有している海外の機関投資家のヘッジ売りが大量に出て、そのヘッジポジションが2年近くかけて少しずつ買い戻された。そしてその買いは、日本企業の直接投資のための円売りへと少しずつ変化していった。私は、(C)の実体は、こうした円売りポジションの変化の割合が一番高かったと考えている。一方、為替ディーラーやエコノミストの何割かは、こうした円のヘッジ売りポジションが全く見えていない。日本株のストラテジストの何割かも、新規の日本株買い以外に大量に存在している海外投資家保有の円建て資産のことを忘れている。

一部の国内投資家は、今年の4月から、対外証券投資を始め、少しずつ証券投資を通じた資金流出が発生しつつあった。ところが10月から海外投資家による日本債券への投資が膨らみ始めた。10月31日に日銀が金融緩和を強化して以降、海外投資家は再び大量に日本株を買い始め、日本債券も継続して買い続けた。こうした証券投資の赤字=大量の円買いが復活し、円高ではなく、円安が進行した。現在発表されている統計は証券投資(A)の速報値だけである。11月分の(B)、(C)、(D)のデータが公表されるのは、来年の1月である。従って、確かなことはわからないが、2012年11月以降と同じことが発生している可能性が高い。10月31日から大量に発生した円売り外貨買いの資金は、短期で買い戻されるヘッジファンドを中心とする投機的な売りと、260兆円以上の円建て資産を持ち、そのポジションの為替リスクを減らすために円をヘッジ売りしている海外投資家の売りのどちらかであろう。

2012年11月-2013年末の円売りポジションは、悪い直接投資を多く含む直接投資に伴う円売り、外貨買いに最終的には吸収された。現在、作られている円売りポジションはどのように吸収されるのであろうか。今後、円を新規に売る主体がいなければ、円安は一時的なものとなり、円が買い戻されるにつれて、再び1ドル=100円台前半の元の水準に戻る可能性が高い。それとも前回と同様に、悪い直接投資を多く含む直接投資に吸収され、日本経済のいっそうの空洞化が進むのであろうか。この両方のシナリオを起こさせてはならない。日本の余剰資金を証券投資を通じて海外に流出させ、その際の円売り外貨買いによって吸収させなければならない。

今までの円安は良い円安、これから起こる対外証券投資が本格化して起こる円安は、金利上昇を伴う悪い円安になるという意見をよく聞く。しかしこれは、全く誤った考え方である。今までの円安は、投機、ヘッジから直接投資へと変化し、日本を空洞化させてきた悪い円安であった。従って、円安は進行しても、経常収支も貿易・サービス収支も改善しなかったのである。今までのような悪い円安を起こしてはならない。これからは良い円安にしなければならない。

良い円安というのは、上記のグラフの赤線の証券投資が下ではなく上に向き、薄灰緑の線の直接投資ではなく、黒の線の合計、ないしは経常収支を上方に移動させる円安である。赤の証券投資を下に引き下げるのではなく、上に引き上げ、同時に黒の経常収支を上に引き上げることが必要なのである。証券投資がネットで流出し始めて、日本の経常収支の黒字は拡大し、貿易・サービス収支も同時に改善するのである。かつての証券投資を通じる資金の大量流出が減って大幅なマイナスになったことが、すぐにではないが、しばらく時間をおいて超円高を引き起こし、経常収支の黒字を減らし、日本経済を弱体化させた大きな原因である。証券投資を通じる資金の流出の金額が増えれば、必然的に経常収支の黒字は増加し、貿易・サービス収支は改善し、日本経済も回復する。そのためには、資金を本格的に海外へと流出させなければならない。その際、発生する円安は、良い円安であり、経常収支、貿易・サービス収支を改善させるのである。日本国内にありあまった資金の一部が海外に流出するわけであるから、資金流出が金利の上昇を招くことは100%ありえないのである。

10月31日の異次元緩和第2弾は、今のところアベノミクス相場の初期と似たような現象を引き起こしている可能性が高い。今後も同じことが再び繰り返されるならば、経常収支の黒字拡大につながらない。同じ現象が起こったり、為替レートが元のレートに戻ってしまったならば、金融緩和はまだ不十分なことの証拠になる。証券投資を通じて資金が流出し、良い円安が発生しない場合には、追加の金融緩和を実施することが、必要不可欠なのである。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

金融緩和に過去最高の売り越しで立ち向かう日本の株式投資家

10月31日、日銀が予想外の金融緩和の強化を実施した。それからあまり時間はたっていないが、その直後から「異常現象」が再び発生した。今までも繰り返し述べてきたように、国内投資家の株式離れが大規模に進行したのである。ただ、その大規模が、過去最高という大きな規模であった。

金融緩和の大幅な強化が実施されると、国内投資家のあり余った資金が株式市場に怒濤のごとく流れてくることが、普通の国で発生する現象である。ところが日本では、これとは正反対のことが発生するため、普通の国ではないのである。正反対のことが発生することは、予想ができたことでもある。前回の記事でも、10月31日13時44分以降の株式市場の激変について細かく説明した。しかし、11月13日公表のデータにより、その規模が過去最高であることが確認された。前回の異次元緩和直後の過去最高を、さらに大幅に上回る過去最高の株式離れが発生してしまった。今までも繰り返し書いてきた内容であるが、もう一度この国内投資家の株式離れの実状について書くことにする。

まず、長期でみた国内の取引所における海外投資家の買い越し金額から説明する。「自己」という複雑な部門があるため、厳密には一致しないのであるが、「だいたいは」という意味で、「海外投資家の買い越し金額」は、「国内投資家の売り越し金額」に一致すると仮定する。もう少し先まで説明すると、取引所の売買には、増資、売り出し、新規公開などを通じた株式購入金額が含まれていない。従って、国内投資家の実際の売り越し金額は、取引所の売り越し金額よりずっと少なく、海外投資家の買い越し金額は、取引所の買い越し金額より多い。しかし、実際に株価が決定されるのは、取引所内での売買だけである。将来は、PTS(私設取引市場)などでの取引が増加するであろう。しかし、現時点では、金額不明の海外投資家による海外での取引を除けば、日本株の取引所外取引は大きな金額ではない。そのため、株価が決定する要因を分析するに当たっては、現在の東証の取引所内取引での投資部門別売買状況を見るのが、一番確実な方法だと思われる。

東証が発表している1974年以降の海外投資家の買い越し金額=国内投資家の売り越し金額、および信託銀行、個人の現物買い越し金額を表すグラフを下記に示す。


長期売買

バブルの頃は、個人も海外も売り越しであり、買い手が存在していない。この時の最大の買い越し主体は「銀行」であった。この銀行の売買は、銀行の自己勘定で行う株の持ち合い関係の売買と、バブルに踊って普通の企業が株による資産運用をする際に使った「特金」・「ファントラ」と呼ばれる信託銀行による売買が中心であった。当時は、銀行も信託銀行も同じ「銀行」という部門に含まれていた。その後、1996年9月に信託銀行が銀行から独立して、「信託銀行」の部門で集計されることになった。

バブル崩壊後の1991年から大半の時期において、株の買い手は海外投資家であり続けた。国内投資家はバブル崩壊の痛手があまりにも大きく、大きく下がった年に少しばかりの買い越しになっただけであった。

こうした環境下で実施されたアベノミクスの第1の矢=大胆な金融緩和は、株式市場に大きな影響を及ぼした。2013年を見ればわかるように、海外投資家の買い越し金額=国内投資家の売り越し金額は、過去最高となった。大胆な金融緩和が実施されることが確実になり、実際に実施されると、日本の場合は、国内投資家が大規模に株を売り越し始めるのである。2013年1年間の海外投資家の買い越し金額=国内投資家の売り越し金額は、年間15兆円にまで膨らんでしまった。私は、この現象を「異常」と書き続けてきた。しかし、海外投資家の買い越し金額が年間で過去最高となったことを知る人はいるが、国内投資家の売り越し金額が年間で過去最高となったことを認識して、異常と考える人は少なかった。

アベノミクス相場の開始は、野田前総理が衆議院の解散を明言した2012年11月14日が起点である。それ以降の主要な投資家の売買状況を示す。なお、先物は、長期で見れば、どの主体もゼロに近づくはずであるが、期間が短い場合は、現物以上に先物の方が重要になることも多い。ここでは、現物と先物を合計した買い越し、売り越しの金額を示す。最初に、海外投資家の買い越し金額=国内投資家の売り越し金額をより詳しく表すグラフを下記に示す。


海外買い国内売り

2012年11月14日は、11月12日から始まる週なので、起点はその週の月曜日である11月12日となる。11月12日に始まる週から、海外投資家の買い越し金額は増加し始め、大規模な買い越しは2013年末まで続く。2013年12月の最終週に、海外投資家の買いにより、日経平均株価は2013年の最高値をつけた。2014年からは海外投資家の買いが止まり、株価の上昇も止まってしまった。そして、10月31日13時44分に、日銀による金融緩和の強化が発表される。その瞬間から引けまでの1時間16分の間に、海外投資家が怒濤のごとく株を買い始め、国内投資家は反対に株を売り始めた。そうした売りと買いは11月の第1週も継続する。そして、11月第1週の海外投資家の買い越し金額=国内投資家の売り越し金額の、現物と先物を合計した金額は、2兆2263億円となり、過去最高を記録した。ちなみにそれまでの最高は、2013年4月第2週であり、金額は1.6兆円であった。この時は先物の買いは小幅であり、現物が買いの中心であった。従って現物だけの過去最高は、現在でもこの週である。この週も、2013年4月4日に異次元緩和が実施された翌週である。すでに海外投資家は、金融緩和を先取りしてかなり大量の日本株を買い越し続けていた。異次元緩和という予想以上の大胆な金融緩和の実施が発表され、それが現実のものとなると、過去最高の買い越しになり、国内投資家は過去最高の売り越しとなったのである。

この時の経験から、異次元緩和第二弾が出された場合、海外投資家の買い越し金額=国内投資家の売り越し金額が大きなものになることは、十分予想できた。しかし、再び過去最高を大幅に更新することまでは予想できなかった。

11月第1週は、いくつかの特殊要因があった週でもある。10月に入ってNY株価が下落し始め、中旬には債券が急激に買われ、株が急激に売られるといったかなり大きな変動が発生していた。NYで株が売られるのと連動して、海外の投機家たちが先物を中心に大量に日本株を売り越し、日本株に大きなショートポジションを持っていた。そのショートの手じまいの買いが少しずつ入っていた。そこに金融緩和の強化が発表され、そのショートが急激に買い戻されたのである。今回の買い越し金額が、現物よりも先物の方が多かったのは、そうしたショートの急激な買い戻しがかなり大量に含まれていたことがあったはずである。しかし、11月第1週は月曜が祝日であり、営業日は4日であった。通常の週の8割の売買だけで、前回の記録を0.6兆円も上回る買い越し金額を達成してしまったのである。そして、海外投資家が2週連続で大幅な買い越しになった記録も、従来は、異次元緩和が実施された日を含む週とその翌週である2013年4月第1週と第2週の2.5兆円が記録であった。2014年10月第5週と11月第1週は、その金額を1.1兆円上回る3兆5944億円の大記録を達成した。

こうした海外投資家による日本株買いは、海外投資家が日本の金融緩和を評価して、過去最高の買い越しになったと普通は説明される。しかし、それは半面の真理である。もう半面の真理は、国内投資家が過去最高の売り越し金額を記録したという事実である。こちらの方が、より重要な意味を持つと思われる。

この時、国内投資家はどのように動いていたのか。大きな投資部門別売買の主体である個人と信託銀行の売買状況をみる。まず、個人からみることにする。


個人買い越し

個人の売り越し金額は、ほぼ継続的に大きい。個人というのは、さきほど書いたように、発行市場などで株を買うので、流通市場ではどうしても売り越しになる。日銀の推計では、発行+流通でも売り越しになるのであるが、私は、アベノミクス相場以前の個人は、発行を加えるとトントンに近いと推計していた。ところが、アベノミクス相場開始以降は、発行市場を含めた場合でも、どう考えても大幅な売り越しである。取引所だけの個人の現先合計の売り越し累計金額は、12.3兆円となる。そのうち直近の2週間だけで1兆8392億円の売り越しである。

次に、信託銀行の売買を下記に示す。


信託買い越し

最初のグラフでも示したように、信託銀行というのは、上がれば売りであり、大きく下がれば買い、という行動をずっととってきた。昨年5月22日までのアベノミクス相場の第一段では、大幅な売り越しであった。その後は、目立った売買はなかった。変化が始まったのは今年の5月からである。従来は、決して相場の上昇局面を買うことがなかった信託銀行が、上値を買い上がるようになったのである。この傾向は、おそらく、10月31日の13時44分までは続いたようである。信託銀行の5月-10月の期間の買い越し金額は、現物が2.1兆円であるが、先物は0.4兆円の売り越しになっている。信託銀行の中身はさまざまであるが、GPIFとそれを含む公的年金、信託銀行を通じた企業の自社株買いなどがこの期間の現物買いの中心であったと推定している。先物の売りは、企業年金を中心とする昔から保有していた株のヘッジ売りであろう。それが11月第1週の信託銀行は、現物が771億円、先物が3254億円、合計で4025億円の売り越しになった。

日銀とGPIFが裏で結託して、国債を売らせ、株を買わせようとしたという観測が消えることはない。10月第5週と11月第1週の合計で、GPIFが株を買い、信託銀行が株を3兆5994億円買い越していたのであれば、その観測は正しかったかもしれない。10月31日の金融緩和とGPIFの構成資産変更の同時発表は、裏で両者が結託していたことを示す状況証拠になったはずである。しかしこの大量の買いは、信託銀行ではなかった。GPIFは、金融緩和の発表までは、少しずつ株を買っていたと思う。それが10月31日13時44分以降は、買いを停止し、様子見姿勢になった。その他の国内投資家は、すべて大挙して売り越し始めたのである。GPIFが資産構成を変更し、日本株の構成比率を引き上げることを正式決定したその日に、日銀が金融緩和を実施し、GPIFは安値で日本株を買うことに、少なくとも正式なスタート時点では、完全に失敗したのである。

日銀と裏で結託して日本の株価をつり上げようとした相手は、GPIFではなく、海外投資家であったという方が、説明がつきやすい。結果として、日銀は、海外投資家に株を買う機会を提供し、株価をつり上げ、GPIFの株買いを阻止し、日本国民の大切な資産に損害を与えたわけである。その上、海外投資家は、260兆円以上も保有する円建て資産に、円のヘッジ売りを大量にかけたため、大量の円売りドル買いが発生し、急激な円安進行も実現させた。そのため、GPIFが外国株、外国債券を安く買うことをも阻止したのである。日銀と海外投資家が、裏で結託して相場操縦を行い、日本国民の大切な資産であるGPIFが、日本株と外国証券を安く買うことを阻止し、大きな損害を与えた場合と、結果だけ見れば、同じ結果をもたらしたのである。

なぜ国内投資家は、二度にわたる金融緩和という大きなポジティブ・サプライズが発生すると、過去最高の売り越しを記録するのであろうか。それは私が繰り返し指摘している日本の投資家のヒステリシス(*1)という重い病気である。少し前にも示した、世界の主要国の1980年以降の株価の推移を表すグラフを下記に示す。


世界株価

日本以外の国の株価はすべて右肩上がりであり、長い目でみると大幅に上昇している。日本は上昇率が最下位であり、直近が270となっている。1989年12月ピークが617であるので、依然としてピークの半分以下である。

下げ相場という環境下で、株で儲けようとすると、上がったところで必ず売らなければ儲からない。そうした戻り売りが不可欠な投資戦略になってから、もう20年以上過ぎている。株の売買で生き残ろうとした場合、プロであろうがアマであろうが、「上がったところは絶対に買わないで売る」ということを基本戦略にしなければ、生き残れないのである。仮に上値を買うにしても、長期に持ち続けることなく、反対売買を早めにすることも習慣にしなければならない。20年以上続く上がらない相場の中で、こうした基本的な投資戦略を曲げない人しか、株で儲けることができなくなった。景気も企業業績も関係なく行動するのである。結果としては、景気が回復し、企業業績が良くなると、海外投資家が買い越してくるので、国内投資家の売り越し金額は常に拡大する。そのため、追加金融緩和というポジティブ・サプライズが出て、海外投資家が大量に買い越し始めると、国内投資家は、必ず反射的に大量に売り向かうのである。そのため、異次元緩和を2度実施すると、2度とも国内投資家は過去最高の売り越しになったのである。しかし、そうした行動パターンが、国内投資家に完全にしみついているため、海外投資家の買いが止まってしまうと、株価は下落してしまい、本当に株価は上がらなくなってしまうのである。

加えて、大規模な金融緩和を実施すると、国内投資家が株を大量に売るにもかかわらず株価が上昇するため、日銀がバブルを引き起こしたという正反対の批判が出るのである。日本は重い低血圧症にかかっているのに、日本人の大半は高血圧症になることしか心配していない。この株式市場のヒステリシスという病気を治すことは、非常に難しい。さらにやっかいな問題は、正しい病気と正反対の病気にかかろうとしていると、多くの日本人が誤解していることである。

一方、海外投資家からみればどうなるであろうか。上記のグラフを見てわかるとおり、世界の株の中で日本の株が断トツに安い。その状態がバブル崩壊後、ずっと続いている。グローバルに株を運用している投資家にとって、テクニカルで見て一番買いやすい株は、断トツで日本株であろう。超がいくつもつくほど出遅れているからだ。インドやスウェーデンの株を買うのは、テクニカルでは買いにくい。一方、ファンダメンタルズについては、MSCIのPERを使うと、インド>スウェーデン>日本であり、日本はバリエーション的に見ても割安なのである。そうした国で、予想外の金融緩和が実施されると、買い戻しも当然あるが、それ以外に、何も考えずにとりあえず日本株を買う投資家が、海外には多数存在しているのである。

1番株価が上昇しているインドは、長くインフレが続いており、真似をしてはいけない。一方、2番目のスウェーデンは、日本が真似をすべき点が多い国であると考えている。現在のスウェーデンは小幅のデフレが進行している。デフレ防止のために、中央銀行であるリクスバンクは、10月28日に金利を引き下げてゼロ金利政策を採用した。以前、7月3日の0.25%への利下げを「考えられない選択肢」と評価した。しかし、その次は、10月28日のゼロ金利への引き下げであった。日本人の大半がバブルと考えるはずの高い株価水準を実現させている環境下で、スウェーデンは追加の金融緩和を実施したのである。

残念ながら、日本は大変異常な国になってしまっている。これは、中央銀行が年間80兆円の国債を買うという異常に規模の大きな金融緩和を実施している国であるからではない。中央銀行が年間80兆円の国債を買うと決定すると、国内投資家はいっせいに株を売り始めるという国であるからだ。金融緩和の実施と同じ日に、正式に株の資産構成比率を増やすことを決定し、株を買わなければならないはずのGPIFですら、株を買おうとしない。日銀と結託して株価の相場操縦を行っている相手が、GPIFではなく海外投資家であるように見えてしまう国なのである。日本は、まず日本がこうした異常な国になってしまっているという認識を広げる必要がある。


投資部門別株式保有主体

上記のグラフも、前々回で使用したものと同じグラフであるが、日本の投資家がヒステリシスにかかっている間、日本の最大の大株主は海外投資家になってしまった。ここから先の道は2つしかない。1つは、日本経済が、再び長期不況に転落し、海外投資家とともに苦しい目にあい続ける道である。もう1つは、経済成長率の引き上げに成功し、株価が上がっても、日本株という対外負債の金額が急上昇し、世界最大の対外純資産を大きく減らしてしまう上に、毎年、多額の配当金を海外投資家に支払わなければならないという道である。この2つの不都合な道の選択しか、もはや道は残されていないのである。

どちらも不都合であるが、私は後者の方が多少は望ましい道だと考えている。海外投資家が保有する日本株を、できるだけ多く買い戻すことに成功したならば、対外純資産の減少という痛みを緩和することが可能になるからだ。そのためには、国内投資家がヒステリシスという重い病気、バブルと正反対の病気にかかっているということを、早めに認識する必要がある。そして年間80兆円の国債購入は多すぎるのではなく、少なすぎると理解しなければならない。株価が諸外国に比べて超低水準であるにもかかわらず、上がるとひたすら売り始めるという現在の国内投資家の行動パターンを正反対にしなければならない。そのため、株を売った場合の資金の行き先をなくすことが必要である。株を売った資金の最後の行き先、その多くは日本国債であった。860兆円もの残高がある日本国債が、日本の資産市場のブラックホールのようなものとなり、資金を吸い込んできたのである。

現在、黒田総裁を中心とするリフレ派の主流派は、モノのインフレ期待を高めようと躍起になっている。しかし、モノに対する低いインフレ期待よりも、もっと重症の「株価は上がらない期待」というヒシテリシスも同時に治療する必要がある。そのためには、860兆円にのぼる国債というブラックーホールをなくしてしまうことが一番望ましい。日銀が短期間で860兆円の国債全額を購入するべきだ、とまでは言わない。しかし、国債を全額購入するくらいの気合いをこめた量的緩和を実施しなければ、株式市場がヒステリシスから抜け出すことはできない。日本が過去20年以上にわたって築き上げてきた、ヒステリシスという大きな負の財産を処理しなければならないということを、十分認識することが必要である。日銀が海外投資家と結託して株価を操縦しているように、客観的には見える政策を行ってはならないのである。国内投資家と結託して株価を操作しているように、客観的には見えるような政策が必要なのである。そのためには。年間80兆円の国債購入は全く不十分な政策であり、現在とは何次元も異なる金融緩和策が必要なのである。

日銀は、860兆円の残高がある国債を短期間で全て買う、それは為替レートを動かすことが目的ではなく、株式市場のヒステリシスという国内の重い病気の治療が目的であることを、世界に向けて宣言する必要がある。専門家の意見は分かれるものの、教科書には第二次世界大戦終了直後のハイパーインフレを鎮静化させたと書かれている、ドッジ・ラインのバージョン2.0を政府が作成する必要がある。大規模な国債の購入による金融抑圧は、現在の日本では持続不可能であり、いずれはインフレとバブルが進行し始める。政府は、インフレ・バブル防止税を導入することにより、進行するインフレとバブルを封じ込めるべきである。また、政府は、インフレ・バブル防止税の収入を使って、日銀保有の国債をできるだけ多く買い入れて償却し、日銀が出口政策を気にすることなく、金融緩和一本に集中できるような環境を作り出さなければならない。そして、日銀は、860兆円の国債をすべて買い占めるくらいの気合いを入れて、国債購入金額を無制限に拡大させる必要があるのだ。


リンク先記事
株式市場のヒステリシス(*1)

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資産価格の大幅増加という円安メリット論

直近の何回かで、狭義の円安メリットを所得の上昇と定義し、その利益について説明してきた。この他に、広義の円安のメリットを資産増加と定義してきた。今回は、この資産増加の中身をより具体的に説明することにする。

狭義の円安メリットと厳密に等しいものは存在しない。しかし、一番近いものとして、貿易・サービス収支の改善というものがあるので、貿易・サービス収支の改善を使ってきた。同様に、広義の円安メリットと厳密に等しいものも存在しない。しかし、広義の円安メリットに近いものはあるが、貿易・サービス収支の改善といった簡単に算出可能なものはない。いくつかの数値を使って計算を行い、それでも近似値にまでたどり着くのが精一杯である。その際、普通はほとんど使われることのない用語や、なじみのない統計を使う。いつも以上に複雑な説明もあるので、斜め読みではなく、丁寧に読んでいただければ有り難い。

ここでは、広義の円安メリットに近いものとして、日本株の時価総額の増加額(海外投資家が獲得した分を除く)と、対外純資産の増加額の中で円安が寄与した金額の合計金額を使うことにする。その合計金額の算出をめざすのであるが、簡単にはいかない。対外純資産の増加額の中で円安が寄与した金額が算出可能な期間が、今のところ2013年という1年分しかないからだ。一方、日銀の資金循環統計の中に、海外部門の調整差額という項目がある。日本株の時価総額の増加額に、海外部門の調整差額(符号を反対にしたもの)を加えることにより、円安による資産価格の増加額の近似値を算出することにする。

最初に、2013年の対外純資産の金額とその変動要因をあらわす表を下記に記す。


対外純資産2013年末

一番上の(A)が対外純資産額の明細、(B)が対外資産総額の明細、(C)が対外債務総額の明細になる。(A)において、2013年末の対外純資産が325兆円、前年比29兆円増加ということがわかる。この29兆円が生じた理由を、取引要因、為替要因、その他要因に分けている。国際収支統計マニュアルの古いバージョンの言葉を使うと、取引要因の定義は、「投資収支+外貨準備増減」の符号を反対にしたものである。別の表現を用いれば、「経常収支+その他資本収支+誤差脱漏」である。この部分はわかりにくいので、取引要因は、売買などの取引から発生する要因という理解だけでよいと思う。厳密には、上記のように定義されている。2013年の経常収支は小幅の黒字であるが、その他資本収支と誤差脱漏が赤字になったため、取引要因が-7兆円になったのである。その右側に為替要因がある。これが一番求めたいと考えている数値である。2013年には+81兆円と大きな金額を記録している。円安により、対外資産が+105兆円、対外債務が+25兆円、対外純資産が+81兆円の増加になっている。日本は、2013年1年間に、円安のおかげで81兆円も資産を増加させたのである。この巨額の資産の増加は、日本が世界最大の対外純資産国であるからこそ獲得できた資産増加である。

国際収支危機などが噂される国の大半は、対外純資産ではなく、対外純債務を抱えている。そのため、通貨安誘導を実施すると、外貨建て債務の金額が、自国通貨に直すと増加してしまうのである。例えば、ギリシャは自国のGDPを上回る巨額の対外純債務を保有している。ユーロを離脱して、ドラクマに戻った場合、ドラクマの通貨価値は間違いなく大暴落する。その場合、ドラクマ建ての対外純債務の価値が急激に増加し、債務返済が今以上に困難になる。このことは、ギリシャ政府だけではなく、ギリシャに対して債権を保有するドイツなどの国も理解している。そのため、ドイツとギリシャの両政府は、ギリシャのユーロ脱退を認めるわけにはいかないという点では、意見が一致しているのである。

日本は、金額では世界最大、対GDP比でも世界でも上位の比率になる対外純資産を保有している。そのため、円安進行により、対外純資産の金額が急激に増加する。通貨安によりこれほど巨額の対外純資産が増える国は、世界では他に存在しない。長期的には、超少子高齢化、人口減少が進行する日本では、対外純資産を取り崩していく道をたどらざるをえない。その場合、ギリシャのように巨額の対外純債務国になってから円安が進行すると、円安によって、対外純債務の金額が大きく増加してしまう。そのため、対外純資産の金額が大きい間に円安に誘導し、対外純資産を大幅に増加させておくことが、最も有利なのである。この点を、円安デメリット論者たちは全く理解していない。

上記の表に戻ると、為替要因の右が、その他要因である。その他要因は、名前のとおり、中身はいろいろである。株価の変化、債券価格の変化、不良債権の価値の変化、あるいはストック統計とフロー統計の間の誤差などがこの中に含まれる。ただ、その他要因の中で最も大きな割合を占めるのは、株式投資、すなわち、株価の変化である。2013年の日本のその他要因は、-45兆円と大幅なマイナスである。株式投資は、資産面では+10兆円の増加、負債面では+50兆円の増加である。日本は外国の株価上昇により、10兆円の資産を獲得する一方、日本の株価上昇によって、50兆円の資産を失ったのである。この50兆円の損失については、(*1)を始めとして何度も言及してきた。この点については、後でもう一度説明することにする。

2013年の円安・株高によって、対外純資産が受けるメリット、デメリットは以上である。しかし、上記の統計は1年に1回しか発表されない。2013年の表だけでは、アベノミクス相場の始まりから、現在までの資産増加を算出することができない。そこで、日銀の資金循環統計を使って、もう少し長い期間の資産増加の算出に挑戦する。円安による対外純資産増加額と、日本の株価上昇による対外債務の増加額の合計金額を、同時に算出することをめざす。

広義の円安のメリットとして、円安による対外純資産の増加以外に、日本の株高がある。株高は、円安が原因の部分と、金融緩和の強化が直接の原因になっている部分があり、両者を分けることは不可能である。ここでは、広義の円安メリットを考えているので、株高の原因はすべて円安であるという想定を置くことにする。この場合、円安のメリットとしては大きすぎるかもしれない。それでも株高は、日銀による金融緩和の強化の結果発生したメリットであることは間違いない。そのため、広義の円安メリットに、株価上昇による資産増加をすべて含めることにする。

株高による資産増加の算出は簡単である。ただ、先に示したように、株高による資産増加額の何割かは、対外純債務の増加として海外に流出している。その分を差し引かなければならない。この場合、上記の表の中にあるその他要因を合計した金額を使えば、海外投資家の獲得した資産増加をだいたいは差し引くことができる。あくまでも、だいたいであって、全部ではない。問題点として一番大きいものは、日本の投資家が外国株の上昇によって獲得した資産増加が混じってしまうことである。この金額は、2013年に10兆円あった。その結果、「その他要因」は-45兆円、「株高による損失」は(-)50兆円と差が出てしまう。ここでは、円安による資産価格の上昇のだいたいの金額を算出するため、「その他要因」と「株高による損失」の2つの金額が等しいという単純化をする。この単純化を行えば、円安と株高による資産増加のだいたいの金額が算出可能になる。

「為替要因」を円安によるメリット、「その他要因」を日本株上昇による損失という単純化を行った場合、この2つの合計の数値が年に4回発表されている。それは日銀が作成する資金循環統計の中の調整表にある「海外部門」の「調整差額」という項目である。この調整差額は海外投資家が資産価格上昇によって獲得できる利益に近いので、日本から見た場合、符号を反対にすれば、日本が獲得できる利益となる。なお、調整差額は、実現分と未実現分を合計したものである。

まだ問題が残っている。アベノミクス相場の開始は、野田前総理が衆議院解散を明言した2012年11月14日が起点である。しかし、日銀の資金循環統計は年に4回しか発表されないので、直前が2012年9月末になる。ただ幸いなことに、2012年9月末と2012年11月14日を比較すると、少しばかりの円安、株安が進んでいるが、大きな変化ではない。そのため、アベノミクス相場の開始の起点を2012年9月末と考えた場合、当然誤差は生じるが、それほど大きな金額にはならない。そのため、アベノミクス相場の開始を2012年9月末と仮定し、2014年6月までは、日銀が発表している資金循環統計の数値、その後は簡易な方法を使った推計値を計算し、2012年9月-2014年10月の間の資産価格のだいたいの増加額を算出する。

資金循環統計の調整表、海外部門の調整差額の2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の累積金額を表すグラフを下記に示す(プラスとマイナスの符号を反対にしている)。


調整差額

調整表の調整差額という数値を、私は(*1)の他にも使ったことがある。しかし、普通はほとんど使われることのない統計である。調整表とは、最初に示した表の、為替要因とその他要因を加えたものと同じ内容である。各資産を保有する主体の金融資産負債の金額は、金融資産の売買によって変動するが、それだけではない。繰り返すが、為替の変化、株価の変化、債券価格の変化、不良債権の価値の変化などによって変動する。そうした変化の金額と、ストック統計とフロー統計の間の誤差を加えた金額を示す表が、調整表である。そして、海外部門の調整差額の符号を反対にして、2012年9月を起点にして変動金額の累積を合計したものが、上記のグラフである。先にも書いたとおり、海外部門の調整差額にはいろいろな項目が含まれているが、その中の多くの部分が、為替の変化と日本の株価の変化を原因とする資産変動金額である。そのため、この2つの合計金額と海外部門の調整差額が等しいと単純化し、その動きを見たものである。

上記のグラフは、円安が進行するとプラス幅が増加し、日本の株高が進むとマイナス幅が増加する。従って、円安メリットから株高デメリットを差し引いた金額である。2012年9月以降、円安のメリットは株高のデメリットよりも大きい。10月末は推計値であるが、海外部門の調整差額の累積金額は50兆円になる。円安によるメリットの金額から、株高というデメリットを差し引くことにより、日本は海外に対する資産を50兆円増やしたといってよい。

次に、株高の効果を見る。株には上場株と未上場株などのそれ以外のものがあり、日銀の資金循環統計では、上場株を株式、上場株以外のものを出資金と分類している。2014年6月末の時点において、日本全体の株式・出資金のうちの55%が上場株、すなわち株式であり、45%が出資金である。出資金は、政府が特殊法人などに対して保有する出資金や、個人が中小の未上場株式会社を経営している場合の未上場株などがある。政府(社会保障基金を除いた中央政府と地方政府の合計)の場合、保有する株式・出資金の大半が出資金になる。海外部門では株が90%、出資金が10%である。ここでは、円安を原因とする株高の金額の算出を試みているわけであるから、株だけではなく、出資金も含めることにする。株高の効果は、調整表の中の株式・出資金の資産合計の調整額を見ればよい。2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の調整額の累積金額を表すグラフを下記に示す。


株式時価総額の増加額

株高の結果、日本の株式・出資金は、2012年9月末-2014年10月末の間に372兆円増加した。上場株だけなら236兆円の増加である。ここから、海外投資家保有分を差し引かなければならないが、それは後で示す。2012年9月末から11月14日の間、株安が少し進行しており、株高の効果はこれでも少しは過小評価なのである。円安の広義のメリットである株式時価総額の増加額は、このように大きな金額となる。

では、この資産増加を一体誰が獲得したのか。ここでは、増加額ではなく、大元である2013年6月末における投資主体別の日本株の保有金額を示したい。政府が保有する特殊法人の金額などが含まれると、日々報道される株価の動きと異なってくるので、出資金を除いた上場株だけの数値を示す。なお、このデータをもっと昔から比較したいので、1979年度末-2014年6月末の推移を表すグラフを下記に示す。


投資部門別株式保有主体

直近において、日本株の最大の保有主体は海外投資家であり、31%を保有している。2位が非金融法人企業、すなわち、金融機関以外の普通の企業であり、22%を保有している。この大部分は、子会社、関連会社の株の保有分である。その他に、昔からの持ち合い株、投資目的の株、自社株などがあると思う。3番目が家計であり、18%である。株が上がって喜ぶのは、一部の金持ちだけであり、庶民には関係がない、などとよく言われる。しかし実際は、株が上がって一番喜ぶのは海外投資家であり、日本の金持ちが獲得する利益は、海外投資家が獲得する利益よりかなり少ないのである。バブルの頃は、日本株の大部分を国内投資家が保有していた。しかし、バブル崩壊後、日本の投資家が継続的に株を売却し続けた結果、今や、日本の株高の最大の恩恵を受ける主体は、海外投資家になっている。

次に、円安の広義の利益である、円安による対外純資産の増加額と、株式・出資金の増加額を合計する。今までに示した海外部門の調整差額は、円安による対外純資産の増加額から、海外投資家が獲得する日本の株高メリット分を差し引いたものである。海外部門の調整差額の累計金額と、株式・出資金の増加額を合計すれば、だいたいは円安による対外純資産の増加額と、株価上昇による資産増加額の合計金額に近い金額になる。そして同時に、広義の円安のメリットに近い金額にもなる。2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の、円安による対外純資産と株式時価総額を合計した増加金額、すなわち、広義の円安メリットを表すグラフを下記に示す。


株式と外貨建て資産の合計

2012年9月-2014年10月の円安による資産価格の上昇金額は、422兆円となる。途中で単純化や推計が入っているので、上下10%か、20%程度の誤差があってもおかしくない。そうした誤差があったとしても、十分に大きな金額である。この資産増加は、日本国内の個人、企業、金融機関、政府などが獲得した資産増加額の合計である。海外投資家の獲得分は控除してある。円安進行の結果、日本国内の投資主体が合計して420兆円の資産を増やしたという事実だけは認識しておく必要がある。円安の結果、日本は広義の円安のメリットとして、420兆円の資産増加を獲得したのである。円安にはデメリットもあるが、デメリットの金額を全部足しても、はるかに小さな金額になるはずである。先に株で示したように、420兆円といっても国民が平等に獲得したものではない。当然大きな格差がある。円安によってあまりにも儲けすぎた企業、個人などの主体からは、資産の一部を政府が税金として徴収し、幅広く再分配する仕組みを作ることは必要である。その手段として、私は、金融緩和の強化による資産価格の引き上げと、それによって利益を獲得した主体に対する税金を増やすという財政再建策を(*2)などで提示している。

今までも何度か言及してきたことであるが、私は、日本の株高により、資産増加の何割かを海外投資家が獲得するという現状に満足していない。海外部門が日本株の値上がりにより獲得した利益の符号を反対にしたもの、すなわち、日本の株高により日本が失った金額の、2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の累積金額を表すグラフを下記に示す。


海外投資家保有日本株

直近までの累積金額は-70兆円。株高により日本は372兆円の資産増加を獲得したが、そのうち70兆円は海外に流出してしまったのである。言い換えると、日本は自国の株高によって、対外純資産を70兆円も減らしてしまったのである。私は、70兆円の損失自体に、問題はないと思う。資産運用のグローバル化が進行し、海外投資家が日本株を大量に保有するという現象は、当然とも言える現象であるからだ。しかし、先に書いたことを繰り返すと、2013年の1年間に、日本の投資家は、海外の株価上昇により10兆円の資産増加を獲得した。一方、海外投資家は、日本の株価上昇により50兆円の資産増加を獲得した。2013年1年間だけで赤字が41兆円になる。この赤字は無視すべきではない。しかし、この赤字の存在自体が、ほとんど知られていない。株価が上がればすべてOKという人が多い。反対に、株価が上がると「バブルだ」と非難する人も多い。しかし、また対外純資産が減ったとぼやく人は少数であろう。

日銀による10月31日の金融緩和は、世界を驚かし、短期間で円安・株高を引き起こした。その結果、日本が獲得した広義の円安メリットも、日本の株価上昇によって日本が失った対外純資産の金額も、同時に急激に増加したはずである。GPIFが、日本株、外国株、外国債券を買い増すのも良いことだと思う。しかし、株式部門の保有資産の債務超過を解消させるために、この二つの政策だけで十分と言いきることはできない。この債務超過をなくすためには、国際政治上許されるギリギリの線までの金融緩和の強化が、必要不可欠とまでは言わないが、依然として必要である可能性はまだ残っていると考える。


リンク先記事
2013年末 対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*1)
インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策(*2)

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