人手不足にもかかわらず賃金が上昇しにくい理由

このところ、人手不足の声が、やむことなく聞こえてくる。一方、労働者の賃金の上昇率は、非常に小幅である。消費税増税の影響もあり、実質賃金の上昇率は、マイナスという状況が続いている。ここでは、日本の雇用環境を観察することによって、人手不足にもかかわらず、名目賃金が上昇しにくくなっている構造を明らかにしたいと思う。そして賃金が上昇しにくい構造を解消する政策を、いつものように提示することにする。

まず、日本の生産年齢人口、労働力人口、就業者数、雇用者数を表すグラフを下記に示す。


日本の労働力男女

日本の生産年齢人口は、1997年1月にピークを打ち、その後、低下に向かっている。その割には、労働力人口、就業者数の減り方は鈍い。雇用者数にいたっては、直近が過去最高である。

同じ内容を、性別に見ることにする。最初は、男性のグラフを下記に示す。


日本の労働力男

男性の場合、生産年齢人口ほどには、労働力人口、就業者数、雇用者数は減少してはいない。それでも減少率は比較的高い。

次に、同じ内容の女性のグラフを下記に示す。


日本の労働力女

女性も、生産年齢人口は減少しているが、労働力人口、就業者数、雇用者数は、直近が過去最高である。人口の減少速度を上回る、女性の社会進出が進行しているからである。

次に、2014年3月時点の就業率が、日本が、世界の中で、どれくらいの位置にあるかを表すグラフを下記に示す。


世界就業率男女

上記に掲載している国数は、34ヶ国である。これにユーロ圏、OECD合計などを合わせて38本のグラフを描いている。日本は34ヶ国中で9位である。まだもう少し就業率を引き上げる余地があると思う。

次に、同じ内容の男性だけのグラフを下記に示す。


世界就業率男

34ヶ国中第3位。男性の就業率をここからさらに大きく引き上げることは、難しそうである。

次に、同じ内容の女性だけのグラフを下記に示す。


世界就業率女

34ヶ国中16位。日本の女性は、過去との比較では就業率を大きく引き上げてきたが、世界との比較では、トップとの差がかなり残っている。今後も引き続き上昇することを、期待してもよいであろう。

ここまでは、女性を中心とする新しい労働力が、市場に参入してきたことを示した。生産年齢人口の減少の割には、人手不足が深刻化しなかったという、プラスの意味に捉えることが可能である。

ここから先は、同じ現象が、マイナスの影響をも及ぼしていることを指摘する。

まず、名目賃金の上昇率と失業率の推移を表すグラフを下記に示す。


失業率と賃金

人手不足が叫ばれる中、名目賃金はあまり上昇していない。直近の6月は、前年比+1%であったが、ボーナスの寄与率が高かった。7月と12月のボーナス月以外では、名目賃金の上昇率は、前年比+1%を下回る可能性が高い。賃金が上昇しにくい最大の原因は、失業率が3.7%と高すぎるからである。賃金上昇率、より厳密にはインフレ率が加速化し始める失業率は、NAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment インフレ率が加速化しない失業率)と呼ばれている。NAIRUは、おそらく3.5%を少し下回る水準に位置していると思う。

リーマンショック前の好況期は、失業率が3.6%-4.3%くらいの範囲で動いていたが、名目賃金上昇率は、平均するとマイナスであった。

1997年消費税増税前の好況期は、3%-3.5%くらいの失業率が続いていたが、その時の名目賃金上昇率は、+1.5%前後であった。こうした数字から、NAIRUは3.5%を少し下回る位置にある可能性が高い。直近6月の3.7%の失業率は、NAIRUに届いておらず、まだ高すぎるのである。

最近、よく話題となる話は、小幅な名目賃金の上昇や実質賃金の低下ではなく、人手不足の方である。これは事実ではあるが、過去との比較ではそれほど大きなものではない。

このことを示すために、日銀短観の雇用人員判断のグラフを下記に示す。


短観雇用判断

現在の人手不足を否定しないが、バブル期や、第一次オイルショック期の方がはるかに激しかったのである。

次に、有効求人倍率のグラフを下記に示す。


有効求人倍数

このグラフも少し前に掲載したことがある。日銀短観の数字と同じく、有効求人倍率は上昇しているが、バブル期、第一次オイルショック前と比較すれば、たいしたことはない。6月の正社員の有効求人倍率は0.68倍。パートは1.4倍である。企業は低賃金労働を求め、失業者はより賃金の高い正社員を求めている。そして、正社員の職は、相変わらず不足しているのである。

普通は、この有効求人倍率を、さらに職業ごとに細かく分けて観察し、職業ごとの有効求人倍率が大きく異なるために、人手不足が賃金の上昇につながりにくくなっているという説明が、標準的な説明である。この説明に納得できる部分もあるのだが、納得できない部分も多い。私は、標準的な説明とは異なった角度からの説明も可能であると思う。

異なった説明をするため、女性の正規、非正規雇用者の従事者数を表すグラフを下記に示す。

女性の非正規雇用

古い時代と新しい時代とでは、目盛りの期間が異なることを、頭に入れていただきたい。直近において、正規労働者の数が増えている。これは、4月に正規社員が新入社員として雇用が開始されるという季節要因である。ただ、それを除いても増加数は大きい。これは、今年4月から、日本郵政を始めとして、非正規社員の一部を正規化させた企業が存在していたこと、消費勢増税前の景気回復などの要因が、影響していると思われる。非正規社員の減少は、一部の非正規社員の正規化と、駆け込み需要の反動という特殊要因がきいている。

長期で見れば、女性の雇用者が増えているといっても、その全てが非正規社員であったということは、否定しようのない事実である。これは、悲劇としか言いようがない。女性の雇用者が、女性の才能に見合った賃金の高い正規社員の分野で全く増加していない。そして、才能とは無関係の、パートを中心とする非正規で低賃金の雇用ばかりが増加してきたのである。労働力不足が、女性の活用により解消されるということ自体は、本来なら、望ましいはずの現象である。しかし、こうした低賃金労働に従事させられる女性たちの数だけが大幅に増えているという事実が、望ましい現象であるはずがない。

男性の雇用者が増えない中、女性の雇用者は増え続けている。失業者の数は、女性より男性の方が多い。しかし、雇用者になる人は、職を探す失業者、すなわち労働力市場の中から雇用者になるとは限らない。労働力市場外から、直接雇用者になる人も多いはずである。おそらく、男性の雇用者は、失業者という労働力市場の中から雇用者になる割合が高いと思う。一方、非正規雇用者になる女性は、労働力市場外から、直接、非正規雇用者になる割合が高いはずである。このような人たちは、先に示した有効求人倍率にカウントされないのである。この要因を考慮すると、直近の有効求人倍率は、先のグラフで示した数字より低くなる可能性が高い。労働力市場外からの潜在的な参入者をも考慮した場合、パート労働者の有効求人倍率は、1.4倍よりもかなり低いと考えるべきである。

なお、失業率で使う失業者と、有効求人倍率で使う求職者は、定義が異なっている。定義は異なっていても、失業者と求職者は、多くが重なっている。実際、失業率は、有効求人倍率より少し遅れながら、動く方向性は、かなり似た動きをしている。そのため、ここでは、普通に扱われているように、失業者と求職者、失業率と有効求人倍率を、同じようなものとして扱うことにする。

パート労働における人手不足の広がりは間違いない。しかし、同時に、労働力市場外から、女性を中心とする新規の労働者が常に参入してくることにより、人手不足の何割かが解消され続けているはずである。ここに、人手不足の割には賃金が上がらず、失業率も下がらない大きな理由が存在すると考える。仮に、労働力市場外からの新規参入者がなかったとすれば、失業率は低下し、NAIRUを下回り、賃金上昇率は高まっていたはずである。

もちろん、労働力市場外から、女性を中心とする新規の労働者の参入は、人手不足が拡大する前から存在していたので、現在、人手不足が拡大していることは事実である。そして、人手不足の中心は、パート労働者の不足である。しかし、人手不足の尺度を有効求人倍率で見るならば、上昇してはいるが、その絶対水準、特にパート労働者の絶対水準は、公表値より低いのである。問題は、人手不足が発生していることではなく、人手不足の拡大が不十分であり、真の有効求人倍率の上昇が不十分であるため、失業率がNAIRUまで下がらないことなのである。

この問題を解決するためには、賃金の高い労働需要、あるいは正社員の労働需要を拡大させることが必要である。同一労働同一賃金といった規制を導入することには賛成できない。悪平等が広まるだけで、経済成長も豊かさも、もたらさないからだ。重要なことは、賃金の高い産業を創出し、低賃金労働に依存する産業を縮小させることである。加えて、低賃金労働者の賃金水準をより高めることである。そのためには、異次元緩和の第二弾という政策が大変有効である。

異次元緩和は、資本の対外流出の増加ではなく、資本の対内流入の増加を招いた。その結果、必然的に金融収支の黒字が消滅し、定義として、経常収支の黒字もまた同時に消滅した。しかし、日銀が国債購入金額を、年間50兆円から100兆円に増やした場合、環境はがらりと変わる。日銀以外の国内投資家は、保有する国債の残高を、大幅に減らさざるをえなくなるからだ。国債を売らざるをえなくなった国内投資家は、その売却代金の何割かを、外国証券の購入に回さざるをえない。これは金融収支の黒字拡大が発生することを意味する。そして同時に、定義として経常収支の黒字が拡大することをも意味する。経常収支の黒字拡大は、日本においては、貿易収支の改善、すなわち輸出の拡大と輸入の減少を意味する。これは、日本の輸出製造業が復活し、生産を増やすと同時に、雇用を拡大させることをも意味する。円安になっても、輸出は増えないと言う人は多い。そういう人たちは、金融収支と経常収支の定義がほとんど同じであることを、知らない人たちである。

一般論ではあるが、サービス業よりも、製造業の方が、賃金は高く、正規雇用の割合も高い。輸出製造業が復活するにつれて、賃金の高い正規労働者に対する需要が増加し、失業率は低下に向かう。この結果、実際の失業率がNAIRUを下回ると、労働者の名目賃金の上昇率は高まるのである。失業率は低下し、賃金の上昇は加速していく。多くの失業者が、正社員となって事務労働をすることを希望しているが、その希望が満たされる可能性は低い。しかし、そうした失業者の何割かは、工場労働ではあるが、賃金の高い正社員の職が増えたならば、工場労働への就職を選択するはずである。

賃金が上昇し始めると、経営が成り立たなくなる企業が出てくるはずである。そうした企業には、つぶれてもらうことが望ましい。つぶれたくなければ、生産性を上昇させ、賃金を引き上げるしか方法はないのである。生産性を上昇させずに、低賃金労働者の人海戦術で成り立ってきた企業の倒産が広がることこそが、本物の創造的破壊であり、経済成長の原動力となる。超円高の時期は、生産性や成長性の高い輸出製造業が、比較劣位のため次々と崩壊し、創造なき破壊が蔓延し、潜在成長率を大きく引き下げてしまった(*1)。生産性、成長性の高い製造業の復活と、生産性の低い一部のサービス企業の倒産こそが、創造的破壊による経済成長なのである。ただ、これには、いくつかの例外がある。医療、介護といった、ほとんど社会主義的計画経済で成り立っている部門は、経済成長の結果として増加する税収の一部を、この部門で働く労働者の賃上げに回すなどの、特別の措置が必要である。その他、資本主義経済下にあっても、一定の社会的意義のある低生産性部門は、政府の補助などにより維持させることも、少しは必要であろう。また、建設業では、これとはかなり異なるメカニズムが発生していることを、以前説明したことがある(*2)

黒田日銀総裁は、8月23日のジャクソンホールの演説で、パート労働者の増加が過去のデフレの原因になったこと、これからも女性労働力の活用が重要であることを訴えていた。この意見には完全に同意する。しかし、現在の金融政策では、多くの女性をパートの低賃金労働に押し込める間違った現状を、変えることはできないのである。こうした現状を改善するためには、金融政策の現状維持では力不足であり、異次元緩和の第二弾を一日も早く実行することが、必要不可欠なのである。


リンク先記事
労働生産性と潜在成長率の低下(*1)
人手不足による賃金引き上げの必要性(*2)



人気ブログランキング

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

株価によって決定される国の税収

税GDP株

日本では、財政赤字が毎年累積し、金利の急上昇、財政破綻の懸念を生み出している。財政赤字拡大の原因の一つに、税収の低迷があることは間違いない。そして、税収は、一般的には、名目GDPによって決定されると言われている。しかし、過去30年弱の日本を見た場合、国の一般会計の税収は、名目GDPよりも、日経平均株価の方がはるかに連動性が高い。相関係数で見ると、株価と税収は0.84、名目GDPと税収は、0.28である。この相関係数を見たならば、税収を増やすためには、株価を引き上げる政策をとることが一番重要であることがわかる。

上記のグラフを見る際、注意しておくべき点がある。株価は、1990年の場合、年初、すなわち1990年1月5日の株価を使っている。それに対して、GDPと税収は、1990年度1年間のものを使っている。すなわち、GDPと税収は、期間は原則として同じであるが、株価は、少し先行した株価を使っている。イメージとしては、株価はGDPや税収よりも先行するから、と考えても良いと思う。また、株価が経済分析に用いられる場合、たいていは、株価指数の前年比変動率が使われる。上記のグラフで使ったのは、日経平均という株価指数そのものである。そして、株価、税収、GDPはいずれも1985年度または1985年の年初を100としている。しかし、GDPと税収は目盛りが左軸であり、株価だけが目盛りが右軸である。これが意味するところは、株価は税収と似た動きをするが、その変動率は、税収よりも株価の方が大きいということである。株価だけ縮尺を変えた方が、見た目での相関関係が高くなる。同じ縮尺の場合、相関係数は同じでも、見た目での相関関係がわかりにくくなる。一方、GDPと税収は、動きが少ししか一致しないので、縮尺を変えても同じである。

次に指摘しておきたいのは、株価と税収の相関関係が高かったのは、日本の一般会計の税収と、日本の日経平均株価の相関関係だけであることだ。IMFの統計で主要先進国の一般政府ベースでの歳入と株価の関係を調べてみたが、他の主要先進国では、歳入は、株価よりも、名目GDPの方に高い相関関係を示していた。そして、同じことが、日本についてもあてはまる。日本の一般政府の歳入が名目GDPとの相関関係が高い理由は、名目GDPと連動性の高い社会保険料が、継続して引き上げられており、結果として一般政府の歳入全体が、名目GDPの動きに近くなったからだと思われる。ただ、日本の場合、一般政府のグロス債務の残高の大半は、国の借金である。そして、地方政府はネットの債務を持つが、年金資産が蓄積されている社会保障基金は、巨額のネットの資産を保有している。従って、IMFの一般政府の債務残高をネットで見た場合、一般会計の国債発行残高を大きく下回ることになる。財政赤字や政府債務の問題を、他国との比較ではなく、日本国内の問題として考える場合、広義の一般政府ではなく、より狭義の一般会計を分析することにも、重要な意味があると考える。

ちなみに、2014年度予算では、一般会計だけの国債の発行額は、年間41兆円である。一方、2014年6月末時点で、国の普通国債発行残高は753兆円、国の借金の総額は1039兆円である。この他にも、国の国債発行残高や借金の残高を表す数字は、複数存在する。財務省の役人が操作をしていると批判されることもあるが、最大の原因は、国の会計制度が非常に複雑であるからだ。最初に、財政赤字拡大の原因の一つに、税収の低迷があると書いた。しかし、私は、税収の低迷は、原因の一つというよりも、最大の原因であると考えている。

株価と税収に相関関係があることは間違いない。では、因果関係はどうであろうか。まず、税収→株価の因果関係を考える。増税を実施した場合、株価は、おそらく下がるであろう。増税により、景気がより悪くなるからだ。逆に減税をすれば、景気は良くなり、株価は上がるであろう。税収と株価の間に因果関係があるとすれば、負の相関関係として現れるはずである。しかし、実際は、正の相関関係が発生している。一方、景気が自律的に回復した場合、税収が増えると株価も上昇する。しかし、これは、税収→株価の因果関係ではなく、景気回復→税収、株価という因果関係である。従って、税収→株価の因果関係はないと考えるべきである。

次に、株価→税収の因果関係を考える。株価が上がると、個人や法人のキャピタルゲインが増加し、それに対する税収は増加する。従って、株価→税収の因果関係は存在するはずである。ただ、問題は、株価が税収を増やすという因果関係があることは間違いないにしても、株価が税収全体を決定するほどの、大きな因果関係があるか、という点である。つまり、株価が上昇すると、税収は増えるにしろ、数多く存在する税の中で、所得税、法人税の一部しか増やさない。財務省も資産価格の下落を原因として発生した税収の減収額とその累計額を算出しているが、それほど大きな数字にはならない。株価が税収全体を決めるという言い方は、大げさな表現であるようにも見える。

日本の一般会計の税収は、国の経済活動の集合体であるフローのGDPと、ストックの代表である地価、株価の双方により決定される。普通の国の場合、長期で見れば、ストック価格は右肩上がりなので、株価は上がる一方である。税収は株価とともに上昇するが、株価ほど大きく変動しない。従って株価と税収の相関関係は低くなり、税収と名目GDPの相関関係の方がより高くなる。日本の場合、長年、ストック価格が右肩下がりであった。ストック価格低下による税収減と名目GDPとの相関関係は、非常に小さなものとなるはずである。ラグなども考慮すると、マイナスになってもおかしくない。資産デフレの時代には、名目GDPと税収の相関関係は低下するのである。株価は、地価と同様にストック価格の代表である。しかし、株価は、フローのGDPの変化を先取りして動くものでもある。つまり、株価は、重要なストック価格の一部門であるだけではなく、日本の経済活動のフローであるGDPを先取りして反映するものである。加えて、株価は、もう一つ重要なストック価格である地価の動きをも、ある程度先取りして反映する。結果として、1985年以降の株価と税収は、高い相関性を持つことになった。この高い相関関係は、偶然ではなく、現在の日本のような税制と、資産デフレとが重なった場合、必然的に発生する現象なのである。株価と税収の高い相関関係は、ストック価格の右肩上がりが定着するまで続くことになるであろう。株価と地価は、ピークを大きく下回っている。株価と地価がピークをこえるまでは、株価と税収は高い相関関係を持ち続けることになるであろう。つまり、現時点で、税収を増やす最も効果的な政策は、株価を引き上げるための政策である。

現在の株価対策は、質的緩和という名で日銀がETFを買うこと、NISAを設けて、個人投資家の資金を株式市場に呼び込むこと、である。私は、このうちNISAという制度には反対である。発想自体が全くおかしいと考えている。巨額の政府債務を抱える現在の日本に必要な政策は、減税ではなく、増税なのである。その上、日本の株価は、NISAの拡充であろうが、キャピタルゲイン課税の全面廃止であろうが、その程度の政策では、株価が上がれば必ず売るという株式市場のヒステリシス(*1)を打ち破って、株価を上昇させることはできないのである。加えて、こうした株価一本に絞った政策は、たとえ成功しても、税収が伸びることは間違いないが、大きくは伸びない可能性が残る。税を株価対策として使う場合、後で述べるように、株価上昇抑制のための増税策に限るべきである。

株価を一番簡単に上昇させるための政策は、みんなが知っている。それは、金融を徹底的に緩和して、バブルを引き起こすことである。金融緩和の強化、すなわち、日銀が国債購入金額をガンガン増やしても、物価は上がらないという人は、現在でも一定程度存在する。しかし、バブルを引き起こさないと考える人は、少数派だと思う。金融緩和、すなわち日銀が国債購入金額をガンガン増やし続けた場合、必ずバブルが発生する。すなわち株価は大きく上昇するのである。そして、株価が上昇するだけではなく、後に景気回復が発生し、税収の増加に必ずつながるのである。2012年11月以降、金融緩和とその予想が発生すると、株価が著しく上昇し始めた。金融緩和を大規模に実施すると、あふれた金が株式市場に流入し、株価が上昇すると考える人は多いと思う。

しかし、異次元緩和は、そうした現象とは正反対の現象を引き起こした。異次元緩和とその予想は、国内投資家が保有する株を大挙して売らせ、銀行預金等に資金を移動させたのであった。株式市場に流れ込んできた資金は、異次元緩和で創造される信用とは全く無関係の、海外投資家の資金が16.3兆円も流れ込んできただけであった。2012年11月-2013年12月に起こった株価上昇は、国内の余剰資金が株式市場に流れ込む「バブル」という現象ではない。適切な表現が思い浮かばないが、バブルとは正反対の、株式市場から国内投資家の資金が大挙して逃げ出すという、「負のバブル」とも表現できる現象であった。2014年に入ってからは、大きな資金移動は止まっている。1990年代以降、日銀は、金融緩和を繰り返してきたが、国内投資家の資金は、株式市場から流出し続け、負のバブルを形成してきた。これは、金融緩和の規模が、小さすぎ、かつ遅すぎたことが原因である。株を買ったのは、金融緩和と無関係の海外投資家が、88兆円も買っただけであった。株式市場を負のバブルから正のバブルへと転換させるためには、金融緩和の規模を、今よりも大幅に拡大させる必要がある。

金融緩和の結果として、株価が上昇すれば、税収も必ず増える。しかし、より大きく税収を増やすためには、現在は70%である国内投資家の日本株式保有比率を、増やすことが必要である。理由は、日本株の30%を保有する海外投資家のキャピタルゲインに対しては、税金をかけることができないからである。もう一つは、海外投資家が大株主のまま株価が急上昇すると、対外純資産が急減するという現象が発生してしまうからだ(*2)。これは、国家的な大損失になる。日銀が、発行されている国債の全額購入を目指して国債をガンガン買っていけば、国債を売らざるをえなくなった国内投資家の資金の何割かは、株式市場に流れ込んでくるはずである。その時、海外投資家は、日本株を売り越してくるであろう。こうして、海外投資家から、できるだけ多くの日本株を買い戻すことが必要である。

そこからさらに金融緩和を強化すれば、いずれは本物の正のバブルへと発展する。その時は、まず質的緩和の名目で購入したETFを売却するのが最初の対策となる。日銀がETFを大量に保有していれば、株価がバブル化した時、ETFの売却が株価抑制の大変有力な手段となりうる。質的緩和という政策は、株価を下げさせないための政策であるが、同時に株価が上がりすぎることを防ぐために必要な政策でもある。同時にその時日銀が獲得するETFの売却益は、国の税収増加と同じ効果を持つことになる。その次が、キャピタルゲインに対する税率を引き上げることが上げられる。同時に、個人だけではなく、事業法人や非課税法人が負担する新しいキャピタルゲイン課税の導入などが選択肢になるであろう。こうした株価抑制策により、株価の上昇速度を鈍化させ、バブル化を防ぐのである。バブルにならない程度の株価の上昇と同時に税収の大幅な増加も長続きさせるのである。その結果、財政再建は急激に進展することになる。

では、日本の株価は、長期で見た場合、あとどれくらい上昇の余地があるのであろうか。株価の上値の余地を見るために、前回使ったものと同じ世界の株価を、最初のグラフと同じ期間である1985年からの変化を表すグラフを下記に示す。


世界株価1985

上位3ヶ国、イスラエル、インド、ギリシャはインフレが株価の上昇に寄与しているので、日本の手本にはならない。ギリシャの少し前までの株価の下落は凄まじかったが、ギリシャはユーロ加盟以前はインフレ率が高く、並行して株価も大幅に上昇させてきた。そのため、1985年1月基準ならば、日本とはケタ違いの株価上昇を実現させている。しかし、ギリシャは日本の手本にはならない。手本になるのは、4番目のスウェーデンである。スウェーデンのバブル崩壊と再生については、前回書いたので省略するが、1985年1月を基準とした今年6月末の株価を見ると、日本は134。スウェーデンは1,897、差は、14倍も存在する。(*3)でスウェーデンの地価は、「バブルの少し手前」と書いた。今年の3月23日の記事である。その後もスウェーデンの資産価格は上昇し続けたが、7月3日、スウェーデン中央銀行は、政策金利を0.75%から0.25%に引き下げた。上記のスウェーデンの株価や(*3)の中で示したスウェーデンの地価を見た場合、日本人エコノミストのほぼ100%は、スウェーデンの資産価格は、「バブル」と評価するであろう。私のような日本では超少数派の超金融緩和派が見ても、スウェーデンの資産価格の上昇を放置すればバブルになるので、利下げという選択肢は考えられない。しかし、スウェーデン中央銀行は、政策金利を引き下げた。これは、スウェーデン人の半分以上の頭がおかしいか、私も含めた日本人全員の頭がおかしいかの、どちらかである。どちらが正しいかは、将来、必ず明らかになる。

しかし、スウェーデンは、1985年1月を基準にした場合、今年6月の日経平均の15,376円の14倍強まで株価を上昇させることに、すでに成功しているのである(厳密にはTOPIXを使うべきだが、ここでは近いものとして、日経平均で代用)。1985年1月を基準にして、日本とスウェーデンの今年6月の株価を同じ水準にさせるためには、日経平均を14倍強の21万円にまで引き上げる必要がある。そのような政策をスウェーデンはすでに実施してきたのである。日経平均を21万円まで引き上げるべき、といった主張はしない。キチガイ扱いにされたくないからだ。ただ、日経平均が21万円相当まで上昇しても、スウェーデン人は追加金融緩和を実施するという事実があることだけは伝えておきたい。21万円は上がりすぎである。しかし、21万円までは未踏ではなく、スウェーデンという先例がある。日本にはなく、スウェーデンにはあるいくつかの条件を満たせば、21万円は、実現可能なのである。繰り返すが、21万円は、実現可能と言っているだけで、21万円を目標にしろとは言っていない。私は、キチガイなどではなく、まともな人間だからである。ただ、上記のグラフで示したとおり、1985年1月を基準とした場合、今年6月の日本の株価は世界最下位である。直近の株価15,318円も、間違いなく世界最下位であり、安すぎである。今は、株価の上限を考えることなく、株価の上昇を目指して、日銀は、ひたすら国債の購入額を増やすことだけ考えれば良いのである。

現在、日本が抱える最大の問題は、財政再建である。それを実現するためには、株価を大幅に上昇させることが必要である。そうすると、株価と連動する税収を、同時に大幅に増やすことが可能になる。株価を大幅に上昇させ、税収を大幅に増やすためには、異次元緩和を上回る大規模な追加金融緩和策を繰り返すことが、必要不可欠なのである。


リンク先記事
株式市場のヒステリシス(*1)
2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*2)
地価の下落がもたらす財政破綻とその回避策(*3)


                  

人気ブログランキング

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

日本の株価低迷と世界の株価上昇

2012年11月を境にして、日本の株価はある程度の上昇を実現した。しかし、より長期の観点から見ると、日本の株式市場は、長期低迷のさなかにある。今回は、日本の株価を、世界の国々の株価と比較する。このことを通して、日本の株価の長期低迷という現象は、世界の標準から見ると全く異質であることを確認する。そして、株価上昇のための政策変更の必要性を、いつもと同じ結論として書くことにする。

まず、日本の株価と諸外国の株価との動きを単純に示すグラフを4種類掲載する。4種類といっても、期間と掲載国の数が違うだけである。それだけでもいろいろな事実が浮かび上がってくる。

まず、OECDのHPから、1959年1月=100とした株価推移を表すグラフを下記に示す。


株価1959

OECDのHPにある株価データは、最古が1950年1月からであるが、その時期には日本の株価は掲載されていない。掲載され始めたのが、1959年1月からであるため、上記のグラフを作成した。

日本の株価というのは、TOPIXのことである。ただ、TOPIXの月末値ではなく、毎月の日次平均値を使っている。TOPIXは1969年7月1日が計算開始日である。それ以前のTOPIXについては、証券系の調査機関が算出したと思われるTOPIXを見たことがある。OECDはそうした算出値の中の1つを使用したのであろう。

1959年1月-2014年6月の株価上昇率は、インド426倍、次いでスウェーデン198倍である。イギリス50倍、アメリカ33倍、日本24倍、最下位のオランダでさえ15倍である。長期で見た場合、株価というものは、上昇するものなのである。そして同時に、上昇しなければならないものなのである。

加えて、1959年1月をスタートとした場合で、ラストの時期が、1971年4月から1990年10月までの期間であった場合、日本は、株価の上昇率という点においては、世界でトップの地位を占める月が多かった。その後の長期の株価低迷とは、全く対照的であったのである。

次に、1980年1月以降の世界の株価推移のグラフを下記に示す。


株価1980

1980年は、第二次オイルショックが発生した翌年の年である。1980年代は、日本以外の多くの国は、スタグフレーションに悩まされていた時代である。その年を基準にしても、インド198倍、スウェーデン77倍のツートップに変化は無い。アメリカ16倍、イギリス14倍、ドイツ9.4倍、ブービーのニュージーランドが6.8倍、そして最下位が日本の2.7倍である。

先に書いたとおり、1959年1月基準では、バブル崩壊直後までの日本の株価上昇率は、世界のトップであった期間が多かったのである。しかし、1980年1月基準の場合、バブルのピークであった1989年12月の数字を見ると、スウェーデンが12倍、イタリアが8.8倍、フィンランドが7.2倍、日本が6.2倍である。1980年代は、日本だけで大きな株価上昇が発生したのではなかった。スウェーデンを始めとして、日本よりもはるかに大きく株価が上昇した国が存在していた。そして、日本と同様に、スウェーデンとフィンランドでも1990年代前半にバブル崩壊が発生した。しかし、その後のスウェーデン、フィンランドと日本は大違いである。

スウェーデンでは、バブル崩壊後の金融危機に対して、早めに大量の公的資金が投入された。その後は、投資家の株・土地離れが発生する前に、資産価格が右肩上がりの上昇を続けることが可能なくらいの、十分に緩和的な金融政策が採用され続けた。短期的には公的資金の投入効果が大きかったが、中長期的には十分な金融緩和策の効果が大きかったと思う。1990年-2014年(2014年分はIMF推定値)のGDPデフレーターの幾何平均を計算すると、年率で、スウェーデン+1.9%、フィンランド+1.7%、日本-0.6%となった。マイルドなモノのインフレと資産価格の上昇を目指す金融政策と、デフレと資産価格の低迷を容認する金融政策の差が、バブル崩壊以降の1990年代後半からの株価の巨大な格差を発生させた最大の理由であった。

なお、フィンランドは、1990年代初頭のバブル崩壊とその後の政策については、スウェーデンと共通点が多い。ただ、フィンランドは、スウェーデンとは異なり、ユーロ圏への加盟を選択した。そして、株価は、1990年代半ばから急騰し、2000年3月をピークにして大きく下落している。これは、ノキアが1990年代後半に世界最大の携帯電話会社として急成長し、スマホの台頭と共に没落し、2014年には携帯電話事業から完全に撤退したからである。この特殊要因を除けば、フィンランドの株価は健闘している方であろう。

インドの株価の上昇が一番大きいのであるが、実質GDP成長要因は確かに寄与している。しかし、それ以上に大きく寄与しているのは、インフレ要因である。1980年-2014年のGDPデフレーター上昇率は、年率+7.5%であった。株価だけが大きく上昇したのではなく、物価も比較的大幅に上昇し、次いで実質GDPも上昇している。この場合、株価だけではなく、名目GDPも大きく上昇しているので、バブルの発生にはつながらない。ただ、株価の上昇の中には、比較的高率のインフレという不健全な上昇要因が、かなりの程度寄与し続けている。従って、インドの株価上昇を、手放しで賞賛することはできない。

次に、1990年1月以降の世界の株価推移のグラフを下記に示す。


株価1990

日本のバブルのほぼ頂点を、スタート時の基準にしているので、日本の株価下落が目立つものとなっている。

上位を占める、トルコ、メキシコ、インド、チリ、イスラエルのGDPデフレーターを見ると、最悪のトルコが年率+34.9%、一番ましなイスラエルが年率+5.1%であり、いずれの国もインフレ率が高い。従って、健全な株価上昇とは言いがたい。その他の代表的な国の株価上昇率を見ると、スウェーデン6倍、アメリカ5.5倍、イギリス2.9倍、ドイツ2.7倍、ブービーのニュージーランド1.6倍、最下位の日本0.5倍と、日本が断トツに悪い。これは、先に書いたとおり、日本だけが、物価と株価の下落を、促進ないしは容認するような金融政策をとり続けてきた結果である。

次に、2000年1月以降の世界の株価推移のグラフを下記に示す。


株価2000

わかりにくいグラフであるが、39ヶ国もあるグラフを一覧にするためには、上記のような表示方法しか思いつかなかった。

2000年1月以降の39ヶ国の株価は、だいたいにおいて似た動きを示してきた。それは、「アメリカの住宅バブルの進行とともに株価は大きく上昇し、バブル崩壊とともに大きく下落し、リーマンショックの少し後から回復する」という傾向であった。国によって、高値安値の時期は異なるので、アメリカの株価ピークの2007年10月と、アメリカの株価ボトムの2009年3月の2点だけを選択した。2014年6月は直近であり、2000年1月はすべての国において100である。

上位のロシア、インドネシア、メキシコは、GDPデフレーターの上昇率が、年率+13.1%、+9.3%、+5%と比較的高い。従って、あまり健全な株価上昇とは言えない。その他の代表的な国の株価上昇率を見ると、アメリカ+62%、スウェーデン+37%、ドイツ+6%、イギリス+5%、日本-25%、ギリシャ-76%である。この期間だけ見ると、日本は39ヶ国中、下から7番目であり、マイナスであっても、断トツに悪いとは言えない。

しかし、この見方は正しくない。海外投資家による日本株の買い越し金額を表すグラフを下記に示す。


株価と海外投資家の買い

何度も掲載したことのあるグラフであるが、海外投資家は、バブルが崩壊した1991年以降、直近の7月1日までの間に89兆円もの日本株を買い越している。このうち、1991年-1999年に30兆円、2000年-2014年7月1日に59兆円買い越している。日本の株価は、この巨額の海外投資家による日本株買いがなければ、その水準は、現在よりも大幅に低い位置にあったはずである。海外投資家による日本株買いがなければ、日経平均株価はより大きく下落し、バブル崩壊後の不況はより激烈なものとなったことは間違いない。日本の株式市場は、海外投資家による巨額の日本株買いに救われたのである。しかし、そのツケのコストも高かった。昨年1年間に日本の対外純資産を3483億ドルも減少させるというひどい結果を導いた(*1)。それでも、2000年以降の株価の下落率が世界最下位にならなかったのは、こうした海外投資家による巨額の日本株買いがあったおかげなのである。

だが、これには反論があるはずだ。1990年以降、世界の機関投資家のグローバル運用は拡大し、海外投資家は、日本株だけではなく、他の国の株も大量に買い越している、というものだ。この意見に対して完璧に反論をできる人はほとんどいないと思う。私にもできない。ただ、一つの例として、イギリスをあげてみる。イギリスの場合、1997年において、海外投資家のイギリス株保有比率は20%であった。しかし、2012年においては65.9%にまで拡大した。日本は1990年3月末が4.2%、2014年3月末が30.8%である。この数字を見る限り、日本以上にイギリスの株価の方が、海外投資家によって買い支えられていたように見える。しかし、2014年3月末時点において、イギリスの投資家は外国株を9161億ポンド保有し、海外投資家はイギリス株を9823億ポンド保有していた。イギリスの株式部門の負債超過額は、662億ポンドであり、それほど大きな金額ではなかった。そして、イギリスは2014年3月末時点で、818億ポンドのネットの負債を持つ対外純債務国であった。確かに、1990年以降、世界各国間で、株の相互持ち合いというような関係が強まっている。規制の多い一部の発展途上国は、海外投資家の保有比率はまだ低いと思う。しかし、グローバル化した国、特にヨーロッパの小国などでは、国内株の多くを海外投資家が保有するという国は存在するであろう。

一方、日本は、2013年末時点において、日本の投資家は、外国株を75兆円保有していた。それに対して、海外投資家は、151兆円の日本株を保有していた。株に関しては、資産は負債の約半分であり、負債超過額は76兆円にのぼる。一方、日本の対外純資産は、325兆円で世界一である。にもかかわらず、株に関しては、資産が負債の約半分というのは、正常な姿ではないと思う。加えて、国際収支ベースで見た場合、1991年-2014年6月の期間の海外投資家による日本株の買い越し金額は110兆円、国内投資家による外国株の買い越し金額は35兆円である。この差をとれば、海外投資家による日本株の買い越し金額の方が75兆円多くなる。先に示した89兆円と110兆円の差は、110兆円の中には、発行市場での買いや非上場株の買いなどの金額が含まれているからである。海外投資家によるネットの日本株の買い越し金額が75兆円というのは、やはり日本の株価は、海外投資家による買いによって支えられていたと表現するのが適切であろう。

日本の株価が、1959年1月基準の場合、最下位でない理由は、バブル期以前の大規模な貯蓄があったからである。2000年1月基準の場合、最下位でない理由は、海外投資家が日本株を大量に買い越したことと、ギリシャが大きな経済危機に陥ったことである。海外投資家による大量の日本株買いにより、日本の株価水準は大きく高まったはずであるが、日本の株価は、1980年1月基準、1990年1月基準の場合、世界の中で上昇率がズバ抜けて低い国となってしまっている。

日本が、長年、世界で断トツの株価低迷が続いている最大の理由は、バブル崩壊後の金融政策にあった。少し前にも書いたことであるが、1992年に宮崎義一氏の「複合不況」という本がベストセラーになり、不況の原因の半分が資産価格の下落であることは、その時点で広く認識されていたのである。その場合、必要な政策は、資産価格を引き上げるための政策である。すなわち、公定歩合を速やかにゼロにまで引き下げ、国債を大量に買うという政策が必要であった。異次元緩和という政策は、2013年4月ではなく、20年前の1993年4月に実施されるべき政策であった。この時に異次元緩和が実施されていたならば、物価、株価、地価はすべて反転上昇に転じ、その後は、スウェーデン並の高い株価上昇を実現することができた可能性は十分に考えられる。失われた20年などは存在しなかった。異次元緩和の実施が20年遅れたために、日本はあまりにも多くのものを失い過ぎ、2度と取り戻すことができなくなってしまったものが多すぎるのである。日本は、もはや、以前のような経済大国として復活することは、非常に困難になってしまった。

ただ、当時の雰囲気を知る者としては、1993年4月の異次元緩和実施などという政策は、ほとんどの人の夢の中にすら存在しない政策でもあった。バブル期以前の経済成長の体験に、当時の日本人は染まりきっており、何もしなくても、時間がたてば、景気は回復し、株価も地価もいずれ戻るという確信がほとんど揺らいではいなかった。宮崎義一氏のいうように、資産価格の下落は問題ではあるが、そのうち戻るであろうという根拠なき楽観論が蔓延していたのである。

しかし、1993年4月は無理にしても、異次元緩和実施の機会は、その後いくらでも存在していたと思う。1995年住専に対する公的資金投入決定、1997年山一證券破綻、1998年長銀と日債銀の破綻、2001年ITバブルの崩壊、2008年リーマンショックなど、資産価格の下落や不況を阻止するために、金融を思い切って緩和することが必要な機会は何度も存在した。

特に、リーマンショックが起こった翌年である2009年の実質GDP成長率は、ショックの震源地であるアメリカやヨーロッパの主要国よりも、日本のマイナス幅が一番大きかった。しかし、このことは、リーマンショック前から下げ続け、リーマンショック直後に急落した株式市場では、既に予想され、材料として織り込まれていたのである。日経平均株価は、リーマンショック直後の2008年10月27日に7161円まで暴落し、バブル崩壊後の最安値である2003年4月28日の7607円を下回っていた。その後も株価は変動を繰り返しながら、2009年3月10日に7054円の大底をつけ、その後は緩やかながらも上昇に転じる。株式市場を見ていれば、2009年の日本経済が急激に悪化することは、十分に予想ができたのである。1990年代初頭のバブル崩壊時にも、真っ先に株価が大きく下落し、その後の経済不況を先取りしていたのであった。

1990年代初頭の日本と同様にバブル崩壊に見舞われたアメリカ、イギリスでは、短期間で金利をゼロ近辺にまで引き下げた。そして、アメリカでは2008年11月、イギリスでは2009年2月に量的緩和政策が開始された。日銀は、この後に訪れる大不況の悪影響を可能な限り緩和するための政策、すなわち異次元緩和を、アメリカとイギリスに追随して開始すべきであった。しかし、株価暴落というあまりにもわかりやすい経済の先行指標が存在していたにもかかわらず、日銀は、従来と同様の、遅すぎて効果のない小出しの金融緩和策しか実施しなかった。

異次元緩和が開始されたのは、2013年4月4日である。しかし、あまりにも遅すぎた。リーマンショック直後には、株安だけではなく、円高も同時に進行した。一方、日本周辺のアジア諸国は、自国産業の競争力を高めるために、極端な自国通貨安誘導政策を続けていた(*2)。リーマンショック後の超円高・アジア通貨安によって、半導体、薄型テレビを始めとする国内のいくつかの重要な電機産業は、韓国、台湾の製品に全く勝てなくなり、回復不能の大打撃を受けた。そして、「業績不振の原因を円高に押しつける経営者は無能であり、為替相場に左右されない体質を作ることこそが経営者の役割」といった、とてつもなく誤った意見が、正しい意見であるかのような認識、雰囲気が、世間に広まってしまった。自動車を中心に、国内での競争力を保持していた企業も、輸出から大規模な現地生産へと移行する計画を立て、実行に移すことになる。超円高時に、為替相場に左右されない体質に変えるために作られた空洞化計画は、現在でも進行中である。対先進諸国通貨に対する円高は、かなり是正されたが、対アジア諸国の通貨に対しては、現在でも超円高・アジア通貨安が進行中である(*3)。一旦、決定した大方針を、超円高・アジア通貨安が少しばかり是正されただけでは、方針を変えることはできないのである。その結果、輸出は増えず、輸入ばかりが増え、貿易収支は、異次元緩和実施以降、悪化したのである。

異次元緩和の実施は必要不可欠であったが、時期を失していたのであった。従って、現状では、目に見える効果は、あまり多く現れていない。20年の遅れは、日本人の様々な行動パターンを大きく変えてしまった。普通なら効果のあるはずの政策が、効果が現れなくなってしまったのである。何度も繰り返しているが、異次元緩和のような政策の実行とその予想が出始めたならば、国内投資家は16.8兆円くらいの日本株を買い越すのが、普通の投資行動パターンなのである。ところが実際には、国内投資家は、16.8兆円の日本株を売り越したのである。現在の日本では、本来なら「異次元」であるはずの金融緩和策が、「同次元」になり、目に見える大きな効果を発揮することのない力不足の金融緩和策に変化してしまっていたのである。

金融緩和策の効果が発揮できているかどうかを識別するための、わかりやすいベンチマークの一つは、日本の株価と国内投資家の投資行動を見ることである。日本の国内投資家が、日本株を買い越し、その結果、株価が上昇するという、20数年間忘れ去られている普通の投資行動パターンを取り戻すように変わったかどうかを見るのである。国内投資家が高値で株を買い上がる、これが実現すれば、初めて金融緩和策が目に見える効果を発揮できたと言えるであろう。加えて、高値で買った国内投資家が損をしないように政策を誘導することも必要である。これは、日本の株式市場を、国内投資家の買いによって株価が上昇し、長期で見れば、右肩上がりの相場が続くという、普通の株式市場に戻すということだけを意味する。長年の株価低迷の結果、普通ではなくなった株式市場を、普通の株式市場に戻すことが必要なのである。そのためには、異次元緩和を大きく上回る大規模な追加金融緩和を繰り返すことが、必要不可欠であるのだ。


リンク先記事
2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*1)
購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化(*2)
実質実効為替レート 超円高・アジア通貨安の構造(*3)


人気ブログランキング

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

全記事表示リンク
目次のページを表示

株式関連 株 コメント一覧

  • 投資部門別 現物先物 時系列表

  • 投資部門別売買状況 時系列グラフ

  • 8月第2週 株 コメント

  • 8月第1週 株 コメント

  • 7月第4週 株 コメント

  • 7月第3週 株 コメント

  • 7月第2週 株 コメント

  • 7月第1週 株 コメント

  • 6月第4週 株 コメント

  • 6月第3週 株 コメント

  • 6月第2週 株 コメント

  • 6月第1週 株 コメント

  • 5月第5週 株 コメント

  • 5月第4週 株 コメント

  • 5月第3週 株 コメント

  • 5月第2週 株 コメント

  • 5月第1週 株 コメント

  • 4月第4週 株 コメント

  • 4月第3週 株 コメント

  • 2016年 年間 株 コメント

  • 投資部門別売買状況アノマリー

  • 日本株 株式分布状況調査

  • 日銀資金循環統計 株 長期グラフ

  • 日銀資金循環統計 株 コメント

  • 株式先物投資部門別売買状況

  • 大手証券 先物建玉推移 グラフ

  • 海外投資家の株式買い越し金額

  • 世界の株価 国別 長期推移

  • 世界の住宅用不動産価格

  • 長期の実質実質為替レート

  • 最新記事
    カテゴリ
    最新コメント
    Twitterを表示
    経済指標が意味するところを解説
    FC2カウンター
    最新トラックバック
    検索フォーム
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    RSSリンクの表示
    Web Analytics