ポートフォリオ・リバランス効果 巨額のマイナス効果が発生

私は、リフレ政策を強く支持する立場にいる。しかし、現在の異次元緩和という政策は、目に見える部分では、あまり効果が上がっていないと見ている。その原因の1つは、巨額なマイナスのポートフォリオ・リバランス効果が発生し、その状況が現在も継続中であるからだ。

最近、日銀と内閣府から、異次元緩和がポートフォリオ・リバランス効果を発生させているとの見解が示された。(「日本銀行の国債買入れに伴うポートフォリオ・リバランス:資金循環統計を用いた事実整理」「平成26年度経済財政白書」)。プラスのポートフォリオ・リバランス効果は確かに発生している。しかし、それとは別個に、巨額なマイナスのポートフォリオ・リバランス効果も発生している。私はこのブログで何度も書いてきた。しかし、上記の2論文のうち、特に日銀の方は、この現象自体は見えているのである。しかし、この現象をマイナスのポートフォリオ・リバランス効果として全く認識していない。これは大問題である。

そしてそれと同時に、巨額なマイナスのポートフォリオ・リバランス効果、すなわち、巨額の円買い・ドル売りが発生する中で、超円高ではなく、円安が進行するという不思議な現象も発生している。黒田日銀総裁は、「円高になっていく理由はない」と発言し、この不思議な現象を解明して説明することなく、単なる希望的観測だけを述べている。こうした日銀総裁の姿勢にも問題がありすぎる。

反リフレ派は、ポートフォリオ・リバランス効果は、ほとんど発生していないと主張する。私は、プラスのポートフォリオ・リバランス効果が一定程度発生していることを認める。しかし、それだけではなく、巨額なマイナスのポートフォリオ・リバランス効果が同時に発生していることが大問題であると考えている。従って、巨額なマイナスのポートフォリオ・リバランス効果を、巨額なプラスのポートフォリオ・リバランス効果に変えていかなければならない。そのために必要な政策について書くのであるが、今回も、いつもと同じ結論になる。

まず、異次元緩和、あるいは、大胆な金融緩和が行われるという予想が発生した2012年11月14日の前後から、直近までのいくつかの統計数字を示すことにする。

最初は、金融機関の貸出残高の変化を表すグラフを下記に示す。


貸出増加グラフ


上記のグラフは、銀行だけではなく、保険会社なども含めた金融機関全体の貸出残高の貸出先を、6つに分けて示したものである。よく見れば、2012年10-12月期から、全体として、貸出残高は、少し増加している。

グラフでは、増加額がはっきりわからないので、2012年10月-2014年3月までの数字を、下記に表として示す。2012月10月は、当時の野田総理が衆議院解散発言を行い、円安株高が始まった2012年11月14日の直前の時期であるからだ。


貸出増加 表

上記の表の数字は、資金循環統計からの数字であり、先に示した日銀の論文にも使われているデータの元の数字である。資金循環統計は3月末までの数字であるが、日銀が発表している「貸出・預金動向」という統計では、6月末までの貸出残高が発表されている。この統計によると、6月末の貸出残高は、3月末比で微減である。これは、季節要因であるのだが、3月末から6月末にかけて、貸出残高は増えることはなく、少し減っているのである。

2012年10月-2014年3月の間、貸出残高はストックベースで35.1兆円増加した。しかし、その中で最大の増加の寄与を示した先は、海外である。通常の貸出の中心である、非金融法人企業に対する貸出は、6.6兆円の増加にすぎない。これとは別に、貸出先別貸出という統計を日銀は発表しており、その統計数字を見ると、この期間での製造業に対する貸出残高は微増であり、大半が非製造業向けとなっている。原発停止で資金繰りの厳しい電力会社を含む電気・ガス・水道業、スプリント買収で借金を大幅に増やしたソフトバンクを含む運輸・通信業などに対する貸出が増えている。こうしたことも考慮に入れると、1年半で6.6兆円の増加は、それほど大きな増加額ではないと思われる。

なお、ストックとフローの金額は、一般政府以外は一致していない。これは、統計誤差と貸出先の倒産などがあったためだと考えられる。海外向けだけは、フローよりもストックの金額が大きい。これは、貸出の中に円投分(円で調達した資金を外貨に換えて貸し出すこと)が含まれており、ここに円安メリットが発生しているからである。円投は、円安・ドル高要因となる。確かなことはわからないが、フロー増加額13.9兆円の半分弱は円投であり、後で示すマイナスのポートフォリオ・リバランス効果を、一部であるが相殺している可能性が高い。

次に、国際収支統計の中の、証券投資の部分だけを取り出し、2012年11月以降から直近までの累積金額を示すことにする(旧バージョンのグラフを延長し、国内への流入を「+」、国外への流出を「-」とおいて計算したので、現行の国際収支統計の証券投資とはプラスマイナスが反対になる)。


国際収支 証券投資

2012年11月から2014年7月18日までの海外投資家買い・国内投資家売りの金額を見ると、外国株が6.0兆円、日本株が17.4兆円、日本債券が8.1兆円もの金額になる。外国債券だけは、直近に、国内投資家の外国債券投資が増えた結果、海外投資家買い・国内投資家売りの金額は-3.6兆円となっている。この4つの数字を合計した証券投資の累積金額は、27.8兆円になっている。

普通の国では、異次元緩和のような大規模な金融緩和が行われた場合、国内投資家の資金は、無リスク資産から日本株、外国株などのリスク資産に移るのである。ところが日本では、その正反対の動きを示したのである。すなわち、国内投資家は、リスク資産を大量に売却する一方、無リスク資産へと資金を移し変えたのである。国内投資家のこうした投資行動の変化は、2012年11月から2013年末までに大規模に発生した。2014年に入ってからは、横ばいか微増程度である。資金が投信などを通して無リスク資産からリスク資産へ移動すると、しばしば報道されるが、リスク資産から無リスク資産へ移動してもほとんど報道されることはない。日本国外では、資金が無リスク資産からリスク資産へ大量に移動し、バブル懸念を引き起こしている。しかし、日本国内に関しては、資金の流れの方向が、正反対なのである。

2012年11月から2013年末までの国内投資家の行動は、どう考えてもおかしい。大胆な金融緩和、異次元緩和が実施されると、無リスク資産はインフレの発生の結果、価値が目減りするのである。インフレに強い日本株や外国証券に資金を移すのが、普通の国では当たり前の投資行動であり、合理的な行動である。日本の国内投資家の大半は、経済学的な観点から見た場合、非合理的な行動をとったのである。直近においては、消費税増税もあり、現在年率3%以上のインフレが発生している。それにもかかわらず、日本の投資家は、インフレで価値が目減りする、利回りの低い日本国債か銀行預金へと、資金を寝かしたり移動させたりし続けているのである。

日本の投資家がこのような非合理的行動を取る原因は、バブル崩壊後の20年以上にわたる金融政策が完全な間違い続きであったからである。その結果、日本の投資家の行動は、おかしくなってしまったのである。過去20年以上の間、リスク資産を持つと、必ず円高株安で損をしてきた。こうした経験が積み重なると、リスク資産の価格が上昇すれば、必ず売るということが、一番正しい投資戦略となる。この現象は、株式市場ではずっと前から観察されていた。私は、「株式市場のヒステリシス」(*1)と呼び、その問題の深刻性を繰り返し書いてきた。2012年11月以降に発生した予想外の出来事は、外国株などの日本株以外のリスク資産にも、極端なリスク回避行動が発生したことである。外国債券も、当初は売り越しであったが、直近は少しばかりの買い越しへと変化している。外国株についても、ヒステリシスに達する強い効果が発生したかどうか、現時点ではわからないが、強いリスク回避志向の存在は明らかになった。外国債券については、多少の買い越しに転換したものの、普通の国と比較した場合、リスク回避志向が強いため、外国債券の買い越し金額が少なすぎるのである。このように、日本の国内投資家は、極端なリスク回避行動を取るようになり、資金の流れが、普通の国とは正反対になってしまった。しかし、日本の投資家が普通でない行動を取り続けているというこの事実を、日銀も内閣府も認識できていない。

こうした極端なリスク回避姿勢に凝り固まった、特殊な日本の国内投資家を相手にする場合、異次元緩和のようなレベルの低い金融緩和政策は、プラス方向ではなく、マイナス方向への効果が発生してしまうのである。プラスの効果を発生させるためには、日銀が、日本の国債を全部買い占めて、リスク回避のために国債の買いにしがみつく国内投資家から、国債という資産を無理やり引きはがすくらい強引なことを強行しなければならないのである。国債を買い続けたくてたまらない国内投資家は、異次元緩和の実施以降、国債市場の機能低下が発生しているから、これ以上、日銀は国債を買うべきでないと強く主張している。現在求められている政策は、国債市場の機能低下ではなく、国債市場を消滅させることである。国債の全額を日銀が買い取り、国内投資家の国債保有を不可能にさせることが必要なのである。

日銀が国債を全額買い取った場合、当然、インフレとバブルが進行する。しかし、インフレ、バブル発生の前に、所得、資産を大きく増やした個人や企業、可能であれば海外投資家に対して、大規模増税を実施すべきなのである(*2)。この場合、インフレ率は2%を上回るであろうが、それほど高くはならない。大増税を実施するわけだから、財政再建が一気に進む。しかし、大増税をしても、所得、資産の増加分に対しての大増税であるから、所得、資産の増加金額が大きく減少するだけであり、所得、資産の金額が増えることには変わりはない。遠くない将来、日銀が全額保有する国債が、大増税によって全額償還されることも、可能性としては存在する。夢かもしれないが、可能性がゼロとも思えないので、チャレンジする価値はあると思う。この政策が成功してしまった場合には、日本経済は、インフレとバブルがそれほど大きくならず、経済成長率もあまり低下しない中で、国債残高ゼロが実現する。

しかし、この政策は、国内的には可能であっても、国際政治的には不可能なのである。日銀が国債全額買い取りを目指して国債を買い進める途中で、資金が国債から外国証券へ資金が移動する。この場合、金融収支の黒字が大幅に拡大する。これは定義として、経常収支の黒字拡大とほとんど同じ意味になる。つまり、2014年7月以前とは異なり、経常収支の黒字金額が、必ず大幅に拡大するのである。数年前までの日本のように、強力な輸出産業が国内に存在していた場合、円安が少ししか進行しないまま、経常収支の黒字の金額だけが急増していたであろう。しかし、現在の日本は、輸出産業が弱体化してしまっている。この中で、金融収支の黒字が急激に拡大した場合、経常収支の黒字も同時に急激に拡大させる暴力的な力が働き、結果として、金融収支の大幅黒字=経常収支の大幅黒字が必ず実現してしまうのである。この経常収支の黒字を急激に拡大させる暴力的な力は何かというと、超円安の発生なのである。この場合、急激な輸出拡大と輸入縮小、対外純資産の大幅な増加というメリットが日本経済に発生する。

こうした巨額の利益獲得に対しては、アメリカだけではなく、世界中の国が、一国繁栄型の近隣窮乏化政策と激しく攻撃してくることは、目に見えている。超円安の発生は、ガソリンや食料価格が急騰する結果、一国繁栄型の政策とは正反対であり、自国窮乏化政策であると主張する人が日本国内には多数存在する。しかし、プラスとマイナスを総合すれば、日本は間違いなく大幅なプラスの利益を獲得できる。そして、その分、諸外国にマイナスの損害が発生してしまうことも事実なのである。ギリシャなどの対外純債務国の場合は、対外純債務が急増するので、こうした政策を採用できない。通貨安が進行しても、窮乏化するだけである。日本は輸出産業が弱体化する前に、この政策を採用しなければならなかったが、遅すぎた。それでも、日本が、弱体化しながらも輸出産業を残しており、世界最大の対外純資産を保有している間は、超円安による経常収支の黒字の急拡大と、対外純資産の急拡大は、日本に巨額の利益をもたらす。自国窮乏化政策などという間違った意見は、世界では全く通用しないのである。日銀が国債全額の買い取りを目指して国債を買い続けた場合、途中から一国繁栄型の近隣窮乏化政策と世界中から非難され、国債の買い取りは実施不可能にならざるをえない。日銀が国債を全額買い入れることは、国際政治的に見て、実現不可能なのである。

次に、証券投資の累積金額と、ドル・円レートを表すグラフを下記に示す。


証券投資と為替レート

大胆な金融緩和の予想、異次元金融緩和の実施の結果、海外投資家が大量の日本株、日本債券、日本の投資家が保有していた外国株式を買うことになる。7月18日までに、証券投資が27.8兆円の黒字になるということは、27.8兆円もの大量の円買い・外貨売りが発生したのである。これは急激な円高・ドル安の発生を意味する。ところが実際に発生したことは、それとは正反対の、円安・ドル高なのである。なぜ正反対のことが発生するのか。この疑問を持つ人が少なすぎる。そして、少数ではあるが疑問を持つ人の中では、ヘッジファンドが円買い・外貨売りをしているから、と考えている人が多いようだ。しかし、ヘッジファンドが1年半もの長期にわたって、円買い・ドル売りポジションを維持することは、あるかもしれないが、その金額は非常に小さな金額であるはずである。2012年11月以降、多くのヘッジファンドが大量の円買い・ドル売りをしていたであろうが、そのポジションの大半は、とっくの昔に閉じられているはずである。しかし、ポジションを閉じる際の円売り・ドル買いという売買に対しては、誰かが反対の円買い・ドル売りの売買を実施していたはずである。その誰かが解明されていない。またある人は、海外投資家が円安・株高を予想して日本株を買うわけであるから、100%の円売りヘッジをかけているはずだ、と考える。しかし、これも絶対にありえない話である。アメリカで販売されている日本株投信、外国株投信の中には、為替ヘッジを実施しないことを事前に決めて販売されている投信がいくつも存在する。加えて、国内投資家の外国株売りに伴う円買い・ドル売りに対して反対売買が発生する理由も説明していない。

2012年11月から円売り・外貨買いを継続し、現在もそのポジションを保持している投資家は、ほぼ間違いなく、海外に存在している。日本の株、債券だけで合計250兆円前後保有している海外の機関投資家である。具体的には、海外の投信、年金がその中心である。彼らが円安期待を持ち、全体の円売りヘッジ比率を10%引き上げた場合、25兆円の円売り・外貨買いが発生する。これは大変大きな円安圧力になる。彼らが円安期待を持たなくなった場合、25兆円の円買い・外貨売りが発生し、超円高が間違いなく進行する。彼らは、ヘッジファンドのように短期売買を繰り返すことは少ないが、10年単位でヘッジポジションを維持することも少ない。何らかの円高要因が発生し、彼らが短期間に円売り・外貨買いのポジションの解消を始めた場合、急激な円高・ドル安が発生する。私はその最悪のシナリオの発生確率を20%と以前は書いていた。ただ、日本の対外直接投資が継続して拡大し、そこから円売り・ドル買いの需要が増え続けている。2012年11月-2014年5月までのネットの対外直接投資は、合計で18.2兆円である。先に示した銀行による円投からも数兆円レベルの円売り・ドル買いが発生している。現状は最悪のシナリオの方向ではなく、2番目に悪いシナリオである、「空洞化シナリオ」の方向に進みつつある。そのため、超円高という最悪シナリオの発生確率は、20%からは少し低下したと考えている。それでも、対外直接投資、円投以外に円売り・ドル買いを実施してきたポジションは、まだ大量に残っているため、最悪シナリオの発生確率は、低下してもゼロにはならないのである。

先にも書いたとおり、5月21日に黒田総裁は、「円高になっていく理由はない」と発言した。この認識は完全に間違っている。超円高の発生という大きなリスクは、現在でも確実に存在するのである。

異次元緩和という過去に例がないほど、大規模な金融緩和を実施したが、国内投資家は日本株や外国株を大量に売却し、預金に資金を移す。巨額なプラスではなく、マイナスのポートフォリオ・リバランス効果が発生してきたのである。その事実認識をまず持たなければならない。その次に、巨額なマイナスのポートフォリオ・リバランス効果により、巨額の円買い・外貨売りが発生していたにもかかわらず、超円高ではなく、円安が発生してきたのである。見えないところで巨額の円買い・外貨売りが発生しているということを次に認識しなければならない。その主体は、海外のヘッジャーによる円売り・外貨買いのヘッジポジションだと私は推測しているわけである。海外のヘッジャーによる大量の円買い・外貨売りという反対売買は、遠くない将来、必ず発生する。その大量の円買い・外貨売りが短期間で発生すれば、超円高が必ず発生する。超円高のリスクは、今でもなお存在しているのである。

超円高が発生すると、日本経済はデフレ不況に逆戻りし、異次元緩和は無意味な政策であったという評価が確定してしまう。従って、そうした超円高の発生確率は、限りなくゼロに近づけなければならない。そのためには、目に見える円売り・外貨買いのポジションを積み上げることが必要である。具体的には、国内投資家に、外貨建て資産の保有を促し、長期間保有される、円売り・外貨買いのポジションを積み上げさせることである。海外のヘッジャーから外貨を買い戻し、国内投資家が安定的に長期間保有する円売り・外貨買いのポジションを積み上げるように誘導することが必要である。これが実現したならば、近い将来の大量の円買い・外貨売りの発生確率はゼロに近づき、安定的な円安の進行・維持が可能となる。国内投資家に巨額の外貨建て資産を保有させ、超円高の発生確率をゼロに近づけるためには、先に書いた政策と全く同じ政策、つまり、日銀が国債をガンガン買い進めることが必要である。

このように、長期の資産デフレと円高により、国内投資家は極端なリスク回避志向を強め、インフレで毎年価値が目減りする国債や銀行預金を手放そうとしなくなってしまった。こうした状況下では、日銀が、国債の全額買い取りを目指して、国債を買い続けるべきである。しかし、日銀に国債を売却した国内投資家による外貨建て証券の保有金額の拡大は、円安を引き起こし、ある一定の限度をこえる円安が進行する政策は、国際政治的に許されなくなる。しかし、現時点では、そのレベルにはまだ到達していない。景気が悪かろうと良かろうと、マイナスではなく、プラスのポートフォリオ・リバランス効果を発生させることが必要であり、これは同時に、海外のヘッジャーから外貨を買い戻し、国内投資家による外貨建て資産の保有金額を増やし、安定的な円安が長続きする状況を作りだすことと、同じことを意味する。そして、この政策が実行された場合、財政再建というとてつもなく大きな問題の解決も、同時に急激に進行する。そのためには、外国から非難の声が高まるギリギリの限度まで、追加の大規模な金融緩和を実施し続けることが、必要不可欠なのである。


リンク先記事
株式市場のヒステリシス(*1)
インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策(*2)


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テーマ : 経済
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金融政策と潜在成長率の上昇

「金融政策は潜在成長率を上昇させることができるか」という命題がある。この命題に対しては、大半の経済学者、エコノミストは、「できない」と考えているようである。私は少数派だとは思うが、「できる」と言う立場である。ただし、この答えは、あらゆる時代、場所において正しいかどうかは、検証していないのでわからない。しかし、20世紀の後半から21世紀の前半の日本という時間と場所を限定した場合、「できる」と考える。

日本の場合、あまりにも長期間、金融政策を間違い続けてきた。日本は、1980年代後半に、バブルを膨らませすぎたという点で、金融政策に間違いがあったと思う。しかし、それ以上に大きな金融政策の間違いは、バブル崩壊後の金融政策である。バブルが崩壊した後は、下がりすぎた資産価格を上昇させるため、大規模な金融緩和、量的緩和を速やかに実施することが必要であった。しかし、バブル崩壊後の日本では、資産価格上昇を目指す大規模な金融緩和策は実施されなかった。バブル崩壊後の金融政策については、あまりもの長い期間、大きな間違いを犯し続けてきたと考える。

2007年頃から深刻化し始めたアメリカの住宅バブルの崩壊は、2008年9月にリーマンショックを引き起こし、グリーンスパンをして「100年に1度の信用の津波」と言わしめる大混乱を引き起こした。しかし、住宅バブルの崩壊が明らかになると、アメリカでは急激に金利が引き下げられ、リーマンショック後は金利をゼロに近づけたまま、大規模な量的緩和政策が開始された。その結果、現在、株価は住宅バブルの前の水準をこえ、史上最高値近辺にある。住宅価格はまだ史上最高値には距離があるが、急速に戻しつつある。一方、日本においては、1990年代初頭に始まったバブルが崩壊して、その後、地価は下がり続け、ピークの4割前後となり、株価もピークの4割弱という水準で低迷し続けている。株の場合、バブル崩壊後、海外投資家が、流通市場だけで90兆円近くも日本株を買い越したにもかかわらず、こうした低水準にある。仮に90兆円もの海外投資家の買いがなかった場合、現在の株価は、ずっと安かったことは間違いない。バブル崩壊後25年近く経過しているにもかかわらず、日本はバブル崩壊後から脱していないのである。これは、日本の金融政策が、アメリカを中心とする先進諸国と異なり、長年にわたって間違い続けてきたからである。

1990年代初頭にバブルが崩壊した後、日銀は速やかに金利をゼロ近くに引き下げ、量的緩和を実施すべきであった。私は何度も2013年4月の異次元緩和は20年遅すぎたと繰り返し主張してきた。なぜ1993年4月の時点でゼロ金利プラス大規模量的緩和が実施できなかったのか。1992年8月に株価はピークから63%下落し、昭和恐慌以来の大暴落となっていた。その年、宮崎義一氏の書いた「複合不況」という本がベストセラーとなり、資産価格の暴落が不況の原因になっていることがすでに認識されていた(正しい問題解決策は書かれていなかった)。しかし、暴落する株価や地価を見ながら、金融機関も、大蔵省も、日銀も、下げは一時的であり、そのうち戻る、という楽観的な見方の方が支配的であった。

資産価格の下落の中で、当時の日銀がより警戒していたことは、金利の引き下げの結果としてのバブルの再燃であった。そのため、金利の引き下げは実施したものの、あまりにもスピードが遅すぎたのである。そのため、金利の引き下げ策に効果が発生しなかったのである。資産価格が大きく下落し、ゼロ金利プラス大規模量的緩和が早急に必要とされる環境に入っても、非常に慎重な速度でしか金利を引き下げなかった。金利の引き下げがあまりにも遅すぎただけではなかった。1994年中頃には、景気回復が明らかになったが、依然として資産価格、特に地価は下がり続けていた。にもかかわらず、日銀は、短期金利を少し高めに誘導し始めた。景気回復が明らかになり、インフレとバブルの再燃を警戒したのである。しかし、その後、円高株安が進行し、景気回復は一時挫折しかけた。日銀は金利を再び引き下げた。しかし、日銀は金利の絶対水準が低くなると、もうこれ以上金利の引き下げはできないと決めつけて、金利引き下げを渋った。量的緩和どころか、ゼロ金利の発想もなかったのである。

ただ、これは、日銀だけが異常なわけではなかった。銀行預金の金利の低さに不満を持ち、金利引き下げ反対の声は世間一般にも存在していたからである。1990年代後半から日銀総裁を努めた速水氏は、「金利をこれ以上低下させると、年金生活者が困る」といった発言を繰り返し、金利の引き下げを渋った。その結果、名目GDP成長率は、名目長期国債金利を、ほとんどの期間において下回り続けた(*1)。このことは、国債の発行者から、国債の保有者へと資金を移動させるというデフレ減税を実施していることと同じであった。結果として政府の債務残高は膨れあがる一方であった。今でも日銀は、政府の財政赤字の拡大を批判し続けているが、政府の債務残高がここまで膨張してしまった最大の原因は、日銀による金融緩和の遅れである(*2)。1993年4月に異次元緩和を実施していたならば、財政赤字の金額は、現在よりもはるかに小さくなっていたはずである。

2013年4月に異次元緩和が実施され、ようやく日本でも米英並の本格的な量的緩和政策が始まったが、あまりにも遅すぎた。異次元緩和のような大規模な金融緩和政策が実施されると、国内の投資家は、無リスク資産から株や外国証券などのリスク資産に資金を移すのが普通の行動である。ところが、日本の投資家は、株や外国証券などのリスク資産を大量に売却し、預金などの無リスク資産へと資金を大規模に移したのである。金融緩和に効果がないという見方は、一部は正しい面がある。金融緩和が遅すぎると、その効果はなくなるのである。実際、2013年4月の異次元緩和は、すでに時期が遅すぎであり、効果は少なかった。

効果があるように見えたのは、海外投資家が大量に日本株を買い、保有円資産の円安による目減りリスクを避けるために、円のヘッジ売りを大規模に実施し、結果として円安株高が進行したからである。国内投資家は、日本株を海外投資家に売り渡しながら、外国証券も売り越した。これは、海外から国内への大規模な資金流入を意味していた。その結果、資金流出は、海外投資家が円資産のヘッジ売りを実施するため、円資金を大量に借り入れるための資金流出と、国内企業が直接投資を実施するための資金流出くらいしかなかった。結果として異次元緩和後、ネットの資金流出金額は減少し、金融収支の黒字の減少、すなわち、定義としての経常収支の黒字の減少、月によっては赤字への転落が発生した。金融収支と経常収支の定義は同じではないが、近い金額となるので、ここでは金融収支と経常収支を同じものとして扱う。そして、経常収支の黒字縮小は、貿易収支の赤字拡大を意味する。日本の貿易収支の赤字は、異次元緩和の後、縮小ではなく、拡大に向かった。これは、異次元緩和の実施が20年も遅れたために、効果が発揮できなかったからである。金融収支の黒字拡大と、貿易赤字縮小、黒字への復帰という効果のある金融緩和にするためには、より大規模な金融緩和が必要であった。

海外投資家による日本株買い、円のヘッジ売りの結果、円安株高が発生し、輸出企業を中心に企業収益が急回復した。同時に、公共投資拡大という財政政策も大規模に実施されたため、この財政政策の効果で、昨年後半の日本の実質GDPは上昇し続けた。異次元緩和は必要不可欠であったが、あまりにも遅すぎた。

異次元緩和は1993年4月に実施されるべき政策であった。この時、異次元緩和が実施されていたならば、国内投資家はまだリスク拒否症にかかっていなかったので、余剰資金は、株、土地、外国証券へと向かっていたであろう。この場合、株価と地価は上昇し、銀行の不良債権門題は早期に解決されていたはずである。

また、異次元緩和が20年早かった場合、国内に余った資金が、内外金利差拡大の結果、大規模に海外へと流出し続け、金融収支は大幅な黒字が続いていたはずである。これは、定義として大幅な経常収支の黒字継続をも意味する。その時の円相場は、今よりはるかに円安の水準を維持していたであろう。日本企業は円安メリットで利益を拡大させ、その後、台頭してきたアジア諸国の企業と、互角以上の戦いを続けることができたであろう。電機産業が現在のようにボロボロになることはなかったはずである。日本は世界で突出した経常収支の黒字を維持し、巨額の対外純資産を積み上げていたであろう。この場合、アメリカを中心とした世界の国から、現在でもジャパンバッシングを受け続けていたであろう。

しかし、実際に異次元緩和が開始されたのは、2013年4月からである。この時、日本の国内投資家には、日本株式に対しては、強烈なヒステリシス(*3)ができあがっていた。為替についてはそこまではひどくなかったが、為替リスク拒否症にかかっていた。その結果、異次元緩和の実施により、金融収支の黒字が拡大せず、むしろ縮小し、経常収支の黒字も定義として縮小し、貿易収支の赤字の拡大が発生してしまったのである。

貿易収支が黒字から赤字へと転落し、赤字幅が拡大する場合、日本国内においては、比較優位にない産業から崩壊が始まる。日本は、長年、電気機械、輸送機械、一般機械などの大きな輸出産業が存在していた。従来は、日本企業の中で、この3業種はいずれも強い競争力を保持していた。そのため、電機産業は、日本国内で比較優位にあるとは必ずしも言えなかった。一方、日本周辺の台頭しつつあるアジア諸国の中では、国内で一番比較優位を保持していた産業は、電機産業である国が多かった。こうした環境下で日本の貿易収支が黒字から赤字に転落すると、最初に崩壊する産業は、日本国内で必ずしも比較優位を保持していなかった電機産業とならざるをえないのである。実際に、2011年から、金融収支の黒字は縮小し、定義として経常収支の黒字縮小、そして貿易収支の赤字転落、赤字拡大が発生した。この時、最初に崩壊した産業は、電機産業であった。電機産業は、日本国内で、実質GDPの上昇率、生産性の上昇率が最も高い産業であったが、国内で一番比較優位にはなかったという理由で、一番最初に崩壊してしまったのである。

今後の日本が、金融収支の黒字を拡大させ、その結果として貿易収支の黒字復帰と黒字拡大を実現させ、電機産業が復活する道は、経済的には存在する。しかし、弱体化した日本の電機産業が再び復活し、輸出を拡大させることは簡単ではない。こうした環境下で金融収支の黒字を拡大させると、小幅な円安ではなく、超円安が発生してしまう。超円安が発生すると、日本の電機産業を含むいくつかの製造業が復活し、輸出が拡大し、日本経済は復活を遂げる。しかし、その過程で発生する超円安を、アメリカを中心とする他の先進諸国が、政治的に容認をすることは絶対にありえない。この場合、電機産業の復活は、経済的には可能であるが、政治的には不可能なのである。これは、日本が追加金融緩和を継続し、超円安の進行とともに電機産業の復活を、経済的には実現することができても、政治的には実現できないことを意味する。追加金融緩和は、円安が進行するため、途中で外圧により実施できなくなるのである。この場合、経済成長率が高く、生産性の伸び率も高い電機産業を日本は一部しか復活させることができない。従って、日本の潜在成長率は、少しは上昇させることはできても、大きくは上昇させることはできないのである。

なお、日本において、長年、間違い続けられた政策は、金融政策だけではなかった。日本では、少子高齢化を防ぐ抜本的な対策が長年とられることはなかった。この政策の間違いにより、日本の少子高齢化、人口減少は現状とあまり変わることなく続いていたであろう。この間違いの悪影響は、今後、今以上に大きく顕在化し、日本経済の潜在成長率が低下する大きな要因となり続ける。加えて、中国経済の巨大化に伴う資源価格の上昇、すなわち、交易条件の悪化も続いていたであろう。こうしたことを原因として、日本経済は、正しく金融政策が運営されていた場合でも、少しずつ衰退へと向かっていたはずである。しかし、現状のように速く大きく衰退することはありえなかった。

金融緩和の強化が、潜在成長率の上昇をもたらすメカニズムをもう少し深く説明すると、金融緩和を強化しない場合と比べて、余剰資金の対外流出が拡大して、金融収支の黒字拡大と、定義としての経常収支の黒字拡大が続くことが最大の理由である。これは、電機産業を中心とする輸出製造業の復活が、現実のものとなることを意味する。この場合、電機産業を中心とする生産性が爆発的に上昇してきた産業から、生産性の上昇率の低い、あるいは低下する産業へと、雇用の大規模な移動が発生してきた状況(*4)を、その正反対方向への移動へと再逆転させることが可能になり、生産性を大幅に上昇させる効果をもたらす。加えて、前回指摘したとおり、製造業の復活による超人手不足をきっかけにして、製造業以外の企業もまた、収益の拡大の手段として、賃下げではなく、生産性の上昇をはかるインセンティブを持つようになるからだ。現在は、IT化、ロボット化という技術革新により、生産性の上昇が難しいとされた産業において、生産性の上昇が可能になる範囲が、以前より大きく拡大しつつある。その他、地価や株価といった資産価格の上昇は、潜在成長率の上昇に直接は寄与しないが、安定的な需要の創出という間接的な貢献をすることになる。政策失敗の結果である労働力人口の減少率を、大きく上回る全要素生産性の上昇率が、実現可能になる時代が近づきつつある。金融政策は、そうした技術革新の流れを日本国内に再導入し、可能性を現実のものとする大きな力を保持しているのだ。

金融政策の失敗は、日本の潜在成長率を大きく低下させてきた。しかし、金融政策を最適なものに変えた場合、潜在成長率は再び上昇する。金融緩和はいっそう強化されるべきである。金融緩和の結果としてのインフレとバブルが発生すれば、大規模な増税で封じ込め、財政再建を一気に進めれば良い。金融緩和の強化により、潜在成長率を大きく引き上げることは、経済的に可能であっても、政治的には不可能である。しかし、政治的に許される潜在成長率の引き上げが可能な、ギリギリの範囲まで金融緩和を強化する政策こそが、現在、最も求められている政策なのである。


リンク先記事
名目成長率と名目金利の比較(*1)
財政赤字とデフレの関係(*2)
株式市場のヒステリシス(*3)
雇用の流動化による生産性と成長率の劇的な低下(*4)


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