偏在する対外資産の是正と拡大

我々は、様々な目的で、貯蓄をする。例えば、老後の備えのために貯蓄をする。そして、貯蓄は資産であり、金融資産と呼ばれることが多い。

ではGDP統計上、そうした貯蓄は、どのように扱われているのであろうか。GDP統計の確報を出す際、貯蓄を含めたストック統計を出している。その中で、日本全体の貯蓄や資産の合計、すなわち、国富(GDP統計上では「正味資産」と呼ばれている)の推移を表すグラフを下記に示す。


国富

国富は、バブル崩壊後、資産価格の低下を背景として減少し続けていたが、直近では横ばい傾向になっている。その中で、大半を占めるのは、土地や建物などの非金融資産である。それ以外は対外純資産だけであるが、これは金融資産に含まれる。

2012年末において、国内金融資産は5685兆円存在するが、それはゼロと扱われている。理由は、金融資産の背後には、それと同額の金融負債が存在するからである。銀行に預金をすれば、企業の負債や国債という政府の負債へと振り替わるであろう。従って、国内に貯蓄するのは、同額の国内金融負債を増やすだけであり、国の純資産である国富は増えないのである。国富を増やすための貯蓄とは、海外に貯蓄を持つことである。GDP統計でも類似の他の統計でも、資産を海外に持つ場合、その全てが、実物資産ではなく、金融資産の扱いになる。この場合、金融負債の保有者は国内ではなく、海外にいるので、国内の金融負債は増えない。その結果、対外純資産という金融資産が増加し、同時に国富が増加する。国富を増やすためには、海外に貯蓄をしなければ、意味がないのである。

国富の定義が、金融資産は対外純資産しか含めないというものであるので、「国内貯蓄は、それが直ちに国富の増加につながることはない」というところまでは100%正しい。しかし、「海外に貯蓄をしなければ、意味はない」という考え方は、あくまでも一つの考え方にすぎない。国内貯蓄なしには、国家の経済成長は絶対に不可能であり、国内貯蓄なしに、2700兆円もの非金融資産を創出することなど不可能であるからだ。しかし、現在と少し将来までの日本という時間と場所を限定した場合、老後などに備えて貯蓄をする場合は、海外への貯蓄を殖やさないと意味がなく、国富が増えないことも事実である。現在と少し将来までの日本においては、依然として国内に余剰な金融資産が存在しすぎている。そのため、国内での貯蓄増加は望ましくなく、海外への貯蓄の方が望ましい。

このように、国富に国内金融資産を含めず、対外純資産しか含めないことは、100%正しいとは言えないが、ある一定の合理性を持つ考え方である。今回は、国内非金融資産ではなく、対外純資産について、すなわち、対外純資産の金額拡大だけではなく、内容の改善も同時に追求する必要性を書くことにする。

まず、対外純資産とその変動金額、変動理由を表す表を下記に示す。


対外純資産

重要なところに色を付けた。薄黄色が2013年末の対外純資産が325兆円、前年比29兆円増加であることを示す。薄橙色がその変動要因である。取引フローで7兆円減少していることになっている。昨年は、誤差脱漏だけで-4.1兆円あったのであるが、これは主として、上記の表の「金融派生商品」、「その他投資」部門での申告漏れが原因であると推定している。おそらく、昨年の実際の「金融派生商品」、「その他投資」の数字は、正確な申告がなされていた場合、プラスの方向のもっと大きな数字になっていた可能性が高い。重要統計ではあるが、誤差の多い統計でもあるので、7兆円の減少は、減少金額としては大きすぎであり、小幅なマイナスか、小幅のプラスであってもおかしくなかったと考えている。

為替相場変動、すなわち円安で80兆円増加し、「その他調整」で45兆円、特に株式の部門で41兆円減少している。「その他調整」は、統計上の不都合を含むが、その多くは、為替以外の資産価格の変動である。主として日本の株高の影響により、41兆円の資産を失っている。

それから主要な資産として、株式、債券、外貨準備のところに薄青色をつけた。外貨準備は、9割以上が債券で運用されているので、外貨準備も含めた債券の純資産は、184兆円ではなく、300兆円をこえているはずである。一方、株式はマイナス76兆円である。これは、海外投資家が日本株を大量に保有している一方、日本の投資家は外国株を少ししか保有していないことを意味する。これは日本の対外純資産としては、非常にバランスを欠いていると言わざるをえない。これからの日本は、国内株を海外投資家から買い戻すと同時に、外国株の保有金額を増やす必要がある。安全な運用の大原則は、徹底的な分散投資である。日本の投資家は、リスクを抑えるために、外国の債券、中でもアメリカの国債を大量に保有しているのである。しかし、その個々の投資家の安全運用の方針が、日本という国レベルとしてみると、一部の債券に対する集中投資という高いリスクのポートフォリオになってしまっている。

次に、上記の対外純資産をドル建てで見た場合の運用資産の推移を見る。


ドル建て対外純資産

先に示したとおり、2013年の対外純資産増加の最大の要因は、円安であった。円安が考慮されないドル建てで見た場合、0.3兆ドルもの大幅な資産減少となる。詳しい内容は(*1)で説明したが、その最大の理由は、日本の株価の上昇であった。この減少金額は、より正確に表現すると、3483億ドルになる。経常収支に、企業会計の国際会計基準のような会計基準を適用した場合、ドル建てでは、おそらくアメリカに次ぐ、世界で2番目の巨額の赤字国となっていたに違いない。現在のIMF基準だけではなく、こうした角度を変えた視点から見ることも必要である。

次に、対外純資産を対外資産、対外負債に分けた表を下記に示す。


対外対内資産

対外資産では、薄橙色で示した105兆円が、資産の円安メリット金額である。純資産の表でも80兆円であった。日本が世界最大の純資産国である限り、円安のメリットは膨大なのである。対外負債では、薄橙色で示した数字が50兆円であり、その大部分が、昨年の日本の株価の上昇によってもたらされた。異次元緩和が、2013年4月より20年前倒しで実施されていたならば、日本の投資家は、リスク過敏症に陥らず、それ以前と同様に、日本の株や外国の株、債券を買い続けていたであろう。日本の投資家が大株主のままで株価が上昇し続けた場合には、日本の株価上昇の結果として50兆円もの対外純資産減少といった事件が発生することはありえなかった。加えて、円安が恒常的に進行し、対外純資産の金額も膨大なものとなっていたはずだ。その場合、日本は現在の日本経済とはケタ違いの強さを維持していたはずである。その代わり、政治的には凄まじいジャパン・バッシングが現在でも恒常化していたであろう。

上記の純資産は、直接投資については、簿価評価となっている。直接投資を時価評価にした場合の金額も財務省は公表しているので、その数字を下記に示す。


時価対外純資産

この場合、対外純資産は、簿価評価の時の325兆円から、373兆円まで増える。それでもドル建てで見た場合、減少金額が少し小さくなるだけで、大幅減少自体は変わらない。それだけ、昨年の日本の株価の上昇率は大きかったのである。

次に、IMFの統計から、2012年末の対外直接投資、対内直接投資の金額を表すグラフを下記に示す。


直接投資対GDP比率

国ごとに少し異なる基準を標準化した基準で各国を比較している。日本の場合、対外直接投資のGDP比率は、やや小さい程度であるが、対内直接投資の対
GDP比率は非常に小さい。先に示した、簿価基準の直接投資は、2013年末で対外が118兆円、対内が18兆円である。比率としては標準化されたIMF基準とあまり変わらない。日本は、対内直接投資が非常に少ないことは、疑いのない事実である。

安倍内閣の3本目の矢の政策の中には、賛成のものも反対のものもあるが、最も大反対の政策は、対内直接投資倍増計画である。分野を絞らない対内直接投資倍増計画は、日本経済に悪影響を及ぼす。仮に、対内直接投資を拡大させる政策を実施する場合には、日本経済に特にメリットが大きい分野に限定して、外資優遇の制度を設けるべきである。

先に書いたとおり、現在の日本は余剰資金を海外に流出させ、対外純資産を増やすことが何よりも重要な政策である。安倍氏を含めた政治家たちは、「世界からヒト、モノ、カネを集める」という発言をしばしばする。この中で最も間違っていることは、世界からカネを集めることである。カネは日本銀行が無制限に作り出すことができるのである。それだけではなく、日本は資金を外に出さなければならない時に、資金が外から流入し、結果として超円高が継続し、多くの輸出産業を潰してしまった。そして、現在でも資金の純流入は続いているのである。そのため、超円高が是正されたにもかかわらず、経常収支が赤字の月が増えるという結果をもたらしている。「世界からヒト、モノを集める」はともかく、カネだけは集めてはいけないのである。その意味において、対内直接投資倍増計画は、結果として日本経済破壊戦略につながる。

今年から採用されたIMF国際収支マニュアル第6版においては、経常収支=金融収支がだいたいにおいて成り立つ(厳密には、経常収支+資本移転等収支+誤差脱漏=金融収支)。経常収支を黒字化するためには、金融収支の黒字を増やせば、定義として経常収支も黒字化せざるをえないのである。従って、最も必要な政策は、金融収支の黒字拡大であり、余剰資金を海外へ流出させる政策である。為替レートは金融黒字=経常黒字が成立するように動く。2007年は年平均為替レートが1ドル=118円で、貿易黒字14.2兆円、経常黒字24.9兆円を実現していた。しかし、現在の日本には、2007年当時に存在していた輸出能力は大きく低下してしまった。そうした環境下で金融収支の黒字が急激に増加した場合、超円安となり、エネルギーや輸入食品の価格は急騰する。一方、今年の3月までバカがつくほど売れていた高級の海外輸入ブランド品の価格も急上昇し、そうした高級輸入品はさっぱり売れなくなる。この結果、輸出数量の増加は少なくとも、輸出金額は増加し、一方、輸入数量、輸入金額は大きく減少する。結果として、経常収支は黒字化し、貿易収支の黒字化も可能になる。必需の輸入品は大きく値上がりし、不満も高まるであろう。一方、対外純資産の金額も、超円安の結果、急激に拡大する。これは日本にとって、とてつもなく大きなメリットである。

経済危機に沈み続けている南欧諸国やフラジャイル5(トルコ、インド、ブラジル、インドネシア、南アフリカ)は対外ポジションが大きくマイナス、すなわち対外純負債国なので、急激な通貨安が発生すると、対外純負債の額が急激に拡大する。従って、こうした国々では、急激な通貨安を絶対に容認できないのである。それに対して、現在の日本では、急激な超円安は対外純資産を急激に拡大させ、巨額の円安メリットを獲得することができる。同時に、超円安という為替変動により、金融黒字が拡大したほぼ同じ金額だけ、経常黒字の拡大も必ず発生する。日本にとって、余剰資金を海外に流出させ、金融黒字と経常黒字を拡大させることは、他の多くの国とは異なって、小さなデメリット(=エネルギー価格などの急上昇)と巨額のメリットをもたらし、総合すれば、巨額のメリットの獲得が可能である。重要なことは、こうした形で経常収支、貿易収支を黒字化し、対外純資産を大きく増やすことのできる政策は、経済的には存在するということを理解することである。

ただこの場合、対外投資の方法を、従来と大きく変えるようにしなければならない。日本の投資家全体のポートフォリオの中で、外国債券の割合を減らし、外国株の割合を増やす形で対外投資を拡大させることが必要であるからだ。1つのアイデアであるが、厚生労働省と財務省とが、野村総研、大和総研などに補助金を出して、外国株のMSCI、外国債券のシティ債券インデックスを上回る、十分に分散された、外国株・外国債券総合のベンチマーク・インデックスを開発させるという政策が必要である。外国株と外国債券の比率は、外国株と外国債券の時価総額ウエートに等しくする。外国株と外国債券を総合したインデックスを作るのである。まずは公的年金がその総合インデックスを使用し、財務省の外貨準備の多くも、少しずつそうした総合インデックスを使用した運用に移行していくべきである。すでに財務省は外貨準備の運用を民間委託にすることを研究し始めていることが報道されているが、運用委託だけでなく、ベンチマーク・インデックス作成といったより壮大な構想を持つべきである。公的年金と財務省が、外国株・外国債券総合インデックスを使い始めた場合、他の多くの日本の機関投資家も、その総合インデックスをベンチマークにして運用し始めるであろう。この総合インデックスをベンチマークにした運用が広まる場合、外国株投資の比率は拡大し、日本全体としての、対外投資の安全性、収益性が高まるであろう。加えて、日本は経常黒字を獲得する一方、アメリカの危険な国債を無理矢理買わされているといった陰謀論も、完全に消え失せるであろう。ただ、新しい総合インデックスを政府が開発させるにしても、政府が前面に出るのではなく、GPIFの要望のような形にして、政府の介入色を極力減らすことは必要であろう。そして、民間はともかく、公的年金と財務省は、運用コストを最小化するために、インデックス運用に徹するべきである。

繰り返し主張してきたように、経常黒字を拡大させる政策は、経済的に可能であるが、政治的には不可能である。先に書いたとおり、輸出産業が弱体化した日本が経常黒字を大幅に増やすためには、大幅な円安が必要となる。しかし、この超円安の発生を、アメリカだけではなく、他の諸外国も、容認することは絶対に考えられない。従って、日本は政治的に許される範囲内のギリギリの線まで金融黒字を拡大させるしかない。金融黒字の拡大は、金融緩和を強化、すなわち、日銀が国債購入金額をガンガン拡大し、市場に存在する国債を、少なくするか、なくしてしまえば、必ず実現可能である。副作用のインフレとバブルに対しては、大規模な増税で封じ込め、急激な財政再建を同時に達成すればよい。金融緩和の強化を、国際政治の中で許される範囲内で、ギリギリまで追求し、金融黒字と経常黒字の拡大を目指すべきである。


リンク先記事
2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*1)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

アメリカの長期金利低下 謎ではないが複雑な構造

2013年12月に、アメリカのFRBは、テーパリングを開始し、国債とMBSの購入金額を減少させることを決定した。現状のペースでテーパリングを進めると、2014年中にも国債とMBSの購入金額はゼロになる。この間、アメリカの10年物国債金利は2013年末に一時3%をこえる水準にまで上昇した。その後、アメリカの金利は低下傾向にある。アメリカの金利低下の原因はいろいろと出されているが、現状では通説と呼ばれるような考え方は存在していないと思う。

ここでは、アメリカの金利の低下原因を追求するのではなく、「アメリカの金利はなぜ下がるのか」という疑問を持つこと自体が誤りであることを説明する。そして、アメリカの長期金利の決定要因が非常に複雑になっている構造を示したいと思う。その構造を理解すれば、日本に対する「為替操作」の非難が不当であるという、表題とは異なるが、前回と全く同じ結論に達することを示す。

まず、アメリカの資金循環統計(Financial Accounts of the United States)から、アメリカの国債の発行残高と主な所有者を表すグラフを下記に示す。


アメリカ国債投資部門別保有金額

2014年3月末のアメリカ国債発行残高は12兆5908億ドルであり、そのうち、海外投資家が5兆9601億ドル保有している。財務省の統計によると、そのうち7割弱の4兆0540億ドルは、外貨準備としての保有である。その次の保有主体が、FRBであり、2兆3196億ドルである。この2つの主体でアメリカ国債全体の65.8%を所有している。次に、アメリカ国債の保有比率の推移を表すグラフを下記に示す。

アメリカ国債投資部門別保有比率

1990年代半ばから、海外投資家の保有比率が急激に増加したが、リーマンショック直後の時期に当たる2008年末に天井を打ち、そこからは増加してはいない。代わって急増しているのがFRBである。

次に、アメリカ国債売買のフロー、すなわち国債の投資部門別売買と、国債発行残高の純増額(記号をマイナスにする)を表すグラフを下記に示す。


アメリカ国債投資部門別売買

リーマンショックの翌々年の2010年にアメリカ国債発行残高の純増額は、1兆5796億ドルとピークに達した。この巨額の国債発行に対して買い向かったのは、海外、家計、FRBを中心とする投資家であったが、この年は内外のほとんどの投資家が国債の買い方となった。その後、家計は売り越しに転じ、2014年1-3月期の年率で見ると、FRBと海外投資家が買いの中心となっている。

FRBによる国債購入は、年内に終了する可能性が高い。そして、来年からは保有国債の償還分への再投資も止める可能性が高いので、FRBの保有国債純増金額はマイナスになる可能性が高い。しかし、だからといって、アメリカの国債金利が上昇するとは限らない。FRBは、2012年9月に、毎月400億ドルのMBSを購入するQE3を開始したが、加えて毎月450億ドルの国債の購入をも実施することを決めたのは2012年12月であった。そして実際に国債の購入を始めたのは、2013年1月になってからである。その結果、2012年のFRBの年間国債保有純増金額は、わずか27億ドルにとどまった。それにもかかわらず、2012年中に、10年物国債金利は、少しではあるが低下している。FRBが国債を買わなくても、金利が上昇しない例が、2012年という近い時期に存在するのである。

より詳しく説明すると、(*1)などで述べたとおり、FRBがQEを実施している間、金利は明確に上昇も低下もしていない。あえていうならば、少し上昇している。QEは、国債の需給改善効果と、インフレ期待の上昇による金利引き上げ効果を同時に引き起こす。その結果、QEと金利との相関関係は小さく、後になって振り返ってみると、金利引き上げ効果の方が少し大きかったというのが結論である。このことは、テーパリングの終了、すなわちQEが完全に終了した場合、金利が上がるか下がるか、どちらとも言えないということを意味している。あえて言うならば、インフレ期待の縮小から金利が低下する可能性が少し高いと言えるだけである。QEの終了により、インフレ期待が低下し、FRB以外の投資家が従来以上にアメリカの国債を購入するようになり、FRBの国債購入停止分を補い、結果としてアメリカの長期金利が低下する可能性が、金利が上昇する可能性より少し高いのである。「QEが停止に向かう中、アメリカの金利はなぜ下がるのか」という疑問を持ったり、問題を設定すること自体が間違いなのである。

数年前までの日本では、「日銀が量的緩和を強化した場合、インフレ期待の発生から国債金利が上昇し、日本の財政が破綻する」という意見が多数派であった。この考え方に立つならば、量的緩和が終了すると、インフレ期待が低下し、金利は当然低下しなければならない。数年前の日本の常識からすると、QEの終了による金利低下は、当然すぎる結果であったのである。しかし、実際にはアメリカでのQEと長期金利の間には、最初から相関関係は小さく、どちらかというと金利引き上げの効果が少し大きかった程度であった。数年前の日本の常識は、日本ではなくアメリカにおいては、完全には正しくなかったが、50%強は正しかったのである。従って、疑問を持つとしたら、「QEが終了に向かい、インフレ期待が低下する中、アメリカの金利はなぜもっと低下しないのか」という疑問を持つ人がいてもおかしくないはずだ。

アメリカの金利決定のメカニズムは、もっと複雑なのである。ここでは、例として、海外投資家の日本株購入による日経平均株価の引き上げ効果とを比較してみたいと思う。海外投資家による日本株の買い越し金額と、日経平均株価を表すグラフを下記に示す。


海外の日本株買い越し

1990年初頭にバブルが崩壊し、日本株は大幅に下落することとなった。その中で、1991年から海外投資家が大量に日本株を買い越し=国内投資家が日本株を売り越すことになった。流通市場だけで、1991年以降、海外投資家は88兆円もの日本株を買い越し=国内投資家は88兆円もの日本株を売り越した。バブル崩壊後、海外投資家が大量に日本株を買い越す年には、日経平均株価は上昇し、海外投資家が日本株の買い越し金額を縮小したり、売り越した年には、日経平均株価は下がることとなった。この結果、(*2)で示したように、昨年の日本の株価上昇により、日本の対外純資産を50兆円以上減少させる方向に働き、実際にドル建てで見た日本の対外純資産は、過去最高ではなく、前年比で3483億ドルもの巨額の減少につながった。海外投資家が日本の大株主になる場合、日本の株価が上昇すると、対外純資産が大幅に減少するという巨大なマイナスの効果が発生することを繰り返し強調してきた。

ただ、日本株の場合、海外投資家は、理由なく株を買っているのではない。海外投資家が日本株を大きく買い越す時、日本の景気の回復、すなわちファンダメンタルズの改善という現象が必ず同時に発生している。従って、日本の株価が上がるかどうかを正しく予想するためには、海外投資家が買うか売るかを考えることよりも、日本の景気が回復するかどうかを考える方がより重要である。1990年以降の日本の株価は、それ以前と異なり、景気によって決定されるようになった。それ以前は不景気であっても、金利低下を材料にして株価が上がることがしばしば見られた。日本の株価形成が、景気やファンダメンタルズによって決定されるというのは、本来、株式市場の正常な姿である。しかし、日本の国内投資家は、景気が良くなって株価が上昇すると、必ず大規模に株を売り越し、景気が悪くなって株価が大きく下がると、株を少しばかり買い越すようになった。この株価が戻れば必ず売り越すというヒステリシス(*3)という現象を強力な金融緩和を通じて解決しなければならないことを繰り返し書いてきた。このような環境下にあるとは言え、海外投資家の主力である年金、投信、ヘッジファンドなどは、日本の景気、ファンダメンタルズを予想しながら、日本株を売買しているのである。そのため、日本の株価は海外投資家が決めると言っても過言ではないが、海外投資家が売るか買うかを気にすることなく、日本の景気やファンダメンタルズを正しく予想できれば、将来の日本の株価の予想も可能になるのである。

一方、アメリカの国債市場は、日本の株式市場と全く異なった構造を持っている。今年のアメリカの予算教書によれば、2014会計年度以降の10年間の財政赤字の金額は、年平均で6600億ドル、国債の純増ベースでは、年平均で5300億ドルと予想している。これからも、毎年、5300億ドル前後の国債発行残高の純増を予想しなければならない。FRBによる国債の実質購入金額がマイナスになった場合、いったい誰がアメリカの国債を年間5300億ドルも買うのであろうか。おそらく、最大の国債の買い手は、今後も海外投資家であり続けるであろう。そして先に書いたとおり、海外投資家の国債購入金額の7割前後は、外国の政府、中央銀行による外貨準備増が目的である。

ここで大変難しい問題が発生する。海外投資家、特に外貨準備増のためのアメリカ国債購入は、アメリカの景気動向や金融政策とは、ほとんど無関係に決定されることである。2005年2月、FF金利を連続して引き上げる中、アメリカの長期国債の金利はほとんど上昇することはなかった。この現象を、当時のグリーンスパン議長は「謎」と表現するしかなかった。当時からアメリカ国債の最大の買い手は、海外投資家であり、その中でも外貨準備増の国債購入が多くを占めていた。グリーンスパン議長はFF金利を引き上げて、長期金利の上昇を目指したのである。しかし、外貨準備増の国債需要は、アメリカのFF金利とは無関係に決定される。海外投資家はFRBの金融引き締め策を無視して、アメリカの国債を買い続け、結果としてアメリカの長期金利は上昇しなかった。そのため、当時のグリーンスパン議長は、外貨準備増のための国債の買いが原因かもしれないとは考えてはいたが、結論を出すことができず、長期金利が上昇しない現象を「謎」と表現せざるをえなかったのである。長期金利が上昇しない原因が、外貨準備増のための国債の買いが原因であるとの説が確立するまで、もうしばらくの時間が必要であったのである。

現在の海外投資家によるアメリカ国債の購入金額は、2005年当時よりも大きく増加している。従って、アメリカの長期金利を予想するためには、世界中の国の国際収支を分析し、その中で外貨準備がどれだけ増えるかを予想する必要がある。しかし、そのような分析は、現時点では不可能である。従って、主として外貨準備増を目的としたアメリカ国債の買いがいくら発生するかを、きちんとした根拠を示して計算することは誰にもできない。アメリカ経済の成長率がいくらで、インフレ率がどうなるか、そして、FRBの金融政策がどう変化するかを分析することは、従来通り必要である。しかし、それだけでは不十分なのである。外貨準備増を中心とする海外投資家の国債購入予想金額を別個に計算しなければならない。しかし、現状では、そのような計算は誰にもできない。だから、アメリカの長期金利の予想は、従来よりも難しくなっているのである。

先に書いたことを繰り返すが、日本の株価の場合も、ほとんどが海外投資家の日本株の売買によって決定されるといっても間違いではない。しかし、海外投資家の売買は、日本の景気やファンダメンタルズによって決定される。従って、海外投資家の売買を分析し、予想することは、必ずしも必要ではない。海外投資家の売買予想を省略し、日本経済の先行きを徹底的に予想するだけで、日本の株価がある程度予想可能になる道が、今も昔も存在するのである。

しかし、アメリカの国債金利を予想するためには、アメリカのファンダメンタルズとは全く異なる要因を分析する必要がある。世界各国の経済を分析し、アメリカ国債に対する外貨準備増の国債需要を予想するという、とてつもなく困難な作業が必要なのである。従って、FRBが国債の購入金額を減らすことがわかっただけで、アメリカの長期金利がどうなるかを予想することなど、誰にもできないのである。そこまでアメリカの金利決定要因は、複雑化してしまったのである。

最後に、アメリカの経常収支と所得収支の推移のグラフを示す。


アメリカの経常収支と所得収支

アメリカの経常赤字の水準は、依然として高い。しかし、上記のグラフよりも、おそらく低い可能性があることを(*4)で説明した。その上、アメリカは世界最大の純債務国である。にもかかわらず、所得収支が恒常的に黒字である。昨年の所得収支は、2288億ドルの黒字であった。これは、世界最大の純債権国である日本の所得収支の黒字額16.5兆円、1700億ドルを上回る。

アメリカは国債を外国に売却し、低利で資金を調達し、その資金を直接投資や株式投資に回し、高い利益を獲得し、世界最大の純債務国であるにもかかわらず、所得収支の黒字が世界一という手品のような芸をする国でもある。このような手品が可能になる原因の一つは、海外投資家が金利が低めのアメリカ国債を大量に購入し続けているからである。そしてその約7割は、外貨準備増が目的である。

ところで、外貨準備増を目的とするアメリカ国債の買いとは、具体的に一体何なのであろうか。各国が経済規模に見合った外貨準備を持つのは当然である。そして、その対象になる割合が一番高いのは、世界の基軸通貨であるドルである。そしてドルを買うと同時に購入する割合の一番高い金融資産が、アメリカ国債なのである。しかし、世界中の国の外貨準備の適正規模を正確に計算することなどはできない。適正値が算出されることもあるが、大きな幅のある参照値くらいに受け止めるべきであろう。そして、多くの国では、大きな幅のある参照値の平均の外貨準備を上回る規模の外貨準備を保有するようになっているはずである。その結果が、毎年、発生するアメリカ国債に対する買い需要なのである。外貨準備に白黒を付けることはできないが、間違いなく、黒い外貨準備、すなわち、適正規模をこえる為替操作のための外貨準備増が大量に存在しているはずである。明確な為替操作を意図して外貨準備を積み上げる国は一部だと思うが、通貨危機の発生を完全に避けるために十分な規模の外貨準備の保有を目指して、外貨を買い続ける場合、それは結果として為替操作につながるのである。アメリカの国債金利が低位で安定することが可能になった理由の一つは、アメリカ以外の国が、為替操作の規模を年々拡大しているからである。

基軸通貨国であるアメリカは、為替操作用のドルとアメリカ国債の継続的な買いを容認しているのである。そして、世界各国が為替操作を拡大させることは、アメリカの金利を低位にとどめ、アメリカの所得収支を増やすというメリットをアメリカにもたらしている。一方、為替操作によるドル高の結果として、輸出減少という損害が発生しているであろうが、それは大きな金額にはならない。為替操作を実施している国は、発展途上国が多く、アメリカ製の製品と競合するケースが少ない一方、補完関係にあるケースが多いからである。ドル高を通じた少しばかりの輸入増加というマイナスの効果は、金利低下などのプラスの効果よりも小さい。為替操作用のアメリカ国債購入は、世界各国だけではなく、アメリカにとっても大きな利益をもたらしているのである。ある一定規模以上の為替操作を、アメリカは必要としているのである。為替操作が減少すると、国債の買い手が少なくなり、金利上昇が発生してしまう。世界各国も、アメリカも、為替操作を通じて相互依存関係にあるのである。(*5)で示したように香港やシンガポールなどは、異常ともいえる規模で為替操作を行っているが、アメリカから非難されることは全くない。

一方、為替操作を最も厳しく非難される国が、日本である。理由は、自動車産業というアメリカ国内で政治力が強い産業と、補完ではなく完全に競合する産業を日本が持っているからである。アメリカは自動車産業の援護のために、過去以上に現在の日本の介入や金融緩和を為替操作と決めつけて認めようとしない。数年前までは、アメリカが為替操作の常習犯として最も怒っていた対象は、中国であった。中国に為替操作を許さないのであるから、日本にも許すわけにはいかない、という論理で、日本もまた介入が簡単には許されなかったのである。しかし、最近は、中国の為替操作に対する非難は、口先だけになっている。日本にとっての最大のガンは、アメリカのビッグスリーである。リーマンショック時につぶれかけたため、アメリカは、リーマンショック直後の時期に、軍事同盟を締結し、当時世界で第2位の経済大国てあった日本にではなく、軍事的には潜在的な敵国であり、世界で第3位の経済大国であった中国に、アメリカ国債の購入を要請せざるをえなかった。ビッグスリーを存続させるためには、人民元安なら容認できるが、円安だけは絶対に容認できなかったのである。現在でも、中国の為替操作は事実上容認しているが、日本の介入と円安をもたらす金融緩和だけは、決して認めようとしない。結果として、日本だけが、アメリカから差別され、世界からも差別され、経済も没落することになってしまった。日本はこうした現状を認識した上で、日本に対する差別をなくすように、アメリカや世界に対して差別解消の要求を粘り強く続ける必要がある。

海外からアメリカへの資金流入はバブルを引き起こすという意見もあるが、現時点では正しくない。リーマンショックは、資金がサブプライムローン市場とそれに準ずる一部の不良な住宅ローン市場に、過剰な資金が流れこみすぎた結果である。現在では規制が大幅に強化されており、同じ形のバブルは発生しえない。日本では、1990年以降は、資産価格の上昇をすぐにバブルに結びつける見方が多すぎる。アメリカでは、ローレンス・サマーズのように、アメリカにとっての適正な金利はマイナスであり、現在のプラスの金利は高すぎるという見方も存在するのである。

最初に示したとおり、結論は前回と同じである。為替操作は世界中いたるところで行われており、それはアメリカ国債の購入を通じ、アメリカの金利を低下させ、アメリカに利益をもたらしている。アメリカは為替操作という海外からの資金流入に依存しながら、実は利益を獲得している。従って、経済規模を考慮した場合、それほど規模が大きいとはいえない日本の介入と金融緩和だけを非難するのは、明らかな差別である。日本は、上記のような海外からの資金流入が、アメリカと世界各国の相互依存関係を作り出していることを説明すべきである。アメリカの経済学者の中では理解している人はいるはずである。しかし、政治家は、日米ともに、ほとんど理解していない。日本が金融緩和を大幅に強化し、資金の対外流出が進めば、当然、アメリカにも金融資産が流れていく。それが直接間接にアメリカの金利低下を通じて、アメリカの経済成長や所得収支の黒字拡大につながるのである。そうしたアメリカにとってメリットもある日本の金融緩和策を、アメリカの一部にすぎない自動車産業の利益のために、日本だけには禁止することは、不当であり、差別であることを主張し続けなければならない。しかし、差別を完全に解消するためには、時間がかかる。そのため、しばらくは、円安誘導を隠し、インフレターゲットや財政再建などの別の看板を掲げながら、日本は大規模な追加の金融緩和を続けるべきである。


リンク先記事
アメリカQE1、QE2、QE3の効果(*1)
2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*2)
日本の株式市場のヒステリシス(*3)
世界最大の対外債務国アメリカの強さ(*4)
購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化(*5)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

アメリカの「為替報告書」と中国、韓国、日本の対応

4月15日に、アメリカ財務省が、年に2回議会に提出する「為替報告書」を公表した。1年前の報告書では、その当時進行していた円安の原因は、安倍総理が大胆な金融緩和を約束したことが原因であると書かれていた。そして、「G7、G20の約束のとおり、政策は、国内目的のみに使用すべきであり、為替レートを競争力強化のために安く誘導することがないように、圧力をかけ続けていかなければならない。」という、日本に対してはかなり厳しい内容の文言が書かれていた。

今年の「為替報告書」は、昨年と比べれば、日本についての分析は厳しいものではなかったと思われる。1年間に為替レートがあまり変化せず、貿易赤字が大幅に拡大したので、当然のことであろう。

一方、今年の「為替報告書」でも、アメリカが厳しめの批判をしたのは、中国と韓国に対してであった。中国、韓国は、他の多くの国と異なり、介入実績を公表しないこと、そして、外貨準備などから推定すると介入を実施していることが間違いないこと、そして両国の通貨は、ともに割安に評価されていること、両国の経常黒字の対GDP比率が大きいこと、が共通の論点であった。

「為替報告書」が、中国、韓国が為替介入していると推定する大きな根拠は、外貨準備の増加率である。そこで、2013年1月=100とした中国、韓国、日本の外貨準備の増加を表すグラフを下記に示す。

外貨準備

外貨準備は、介入を実施しなかったとすれば、保有外貨の利息収入の再投資などを通じて、少しずつ増加するのが普通である。日本の増加がその例である。この観点から中国、韓国を見た場合、介入を実施していることは、ほぼ間違いないと考えられる。

「為替報告書」というのは、あくまでもアメリカ財務省の主観的な分析であり、すべてが正しいと受け止める必要はない。そうはいうものの、あまりにも無視しすぎると、アメリカから「為替操作国」の認定を受け、最悪の場合、懲罰的関税をくらわされるリスクが存在する。

何度も繰り返してきたとおり、私の中国、韓国の為替政策についての分析は、アメリカ財務省よりもはるかに厳しい。ただし、主権国家が自国の経済的利益拡大を目指す政策を採用することは、どこの国家でも行っていることであり、中国、韓国が特に悪者であるとは思わない。中国、韓国の為替操作は、アメリカ以上に、地理的な距離が近く、貿易量が相対的に大きな日本に、より大きな悪影響を及ぼしてきた。影響が相対的に少ないアメリカ財務省は、悪影響を十分認識しているのである。より大きな悪影響を日本が受けているのにもかかわらず、その悪影響を認識すらできていない日本の財務省、日銀には、重大な犯罪レベルの責任があると考えている。

私がしつこいほど繰り返し続けていることであるが、円は、韓国ウォンや人民元に比べて、現時点においても極端に割高な状態が続いている。何度か使ってきた、ドル/円、ドル/人民元、ドル/韓国ウォンの長期、すなわち1960年以降の為替レートを下記に示す。


円

人民元

韓国ウォン

長期で見た場合、円だけが上昇し続けている。アベノミクス相場が開始して以来、少しばかり超円高は是正されたが、ほんのわずかにすぎない。人民元は、毛沢東が支配していた頃は、かなり割高な水準にあった。しかし、鄧小平が実権を握って改革、開放政策を推進している間は、極端な人民元安が続いた。その後、少しばかり人民元高に戻っているが、戻りは全く不十分である。韓国ウォンは、長年、ウォン安が続いていたが、1997年のアジア通貨危機が発生した時は、韓国政府が望むレベルを大幅に上回る極端なウォン安が発生した。その超ウォン安時と比較すれば、ウォンは高くなっているが、アジア通貨危機以前の継続的なウォン安の進行時と比べれば、依然としてウォンは安すぎる。

アメリカが直面する為替レートは、ドル/人民元、ドル/韓国ウォンという為替レートである。対ドルで人民元、韓国ウォンは安いと言ってアメリカは怒っているのである。日本は、それに掛けることの、ドル/円での円高がある。従って、日本から見た場合、超円高、韓国ウォン・人民元安は、現在でも存在しているのである。

以上は名目レートでの比較である。それに対しては、名目レートは物価変動が考慮されておらず、名目レートで評価するのは良くない、実質レート、実質実効為替レートで見るべきだ、という反論が可能である。そこで、主としてBIS(国際決済銀行)が算出している1964年からの実質実効為替レート、実質レートでみた為替変動を表すグラフを下記に示す。

実質実効為替レート

上記のグラフも、何度も使ったことがあるグラフであるが、注意点を記しておく。韓国は1965年5月に、平価を51%切り下げたが、この切り下げ幅が、BISの計算方式を使うと過大に評価されることになる。従って、韓国ウォンは、上記のグラフで示した位置よりは少し上、すなわち、もう少し高い水準で動いていたはずであるのだ。一方、人民元は、BISの実質実効為替レートが1994年以降しか存在しないので、1994年以前は、ドル・人民元の実質レートで代用している。人民元安が始まって以来、人民元が対ドル以上に大きく値下がりした対円での為替レートが、対ドルでの実質レートには全く反映されない。従って、仮に、1964年からの正確な実質実効為替レートが算出可能な基礎データがあったと仮定したならば、人民元の実質実効為替レートは、上記のグラフよりは下、すなわち、もう少し安い水準で動いていたはずであるのだ。いずれにしても、長期の実質実効為替レートで見た場合、超円高、韓国ウォン・人民元安が続いていることは間違いのない事実である。

このように人民元、韓国ウォンを割安に維持できた理由は、一つは為替に関する規制である。昔は、人民元も、韓国ウォンも規制だらけであり、政府が固定された為替レートを引き下げると決めるだけで、通貨価値を引き下げることが可能であった。もう一つは、国家による介入である。現在、韓国ウォンはかなり自由化され、人民元も自由化の方向にある。そのため、少なくとも最近は、通貨安を維持するためには、規制だけでは不可能である。政府、中央銀行の介入が必要である。外貨準備の対GDP比率を示す表を下記に掲載する。

外貨準備対GDP比表

日本も介入をしているのであるが、中国、韓国の介入金額は、対GDP比で日本を上回る。この介入が、現在でも人民元安、韓国ウォン安を実現可能にしている原因である。最初に、2013年以降も外貨準備が増加し続けていることを表すグラフを示したように、この介入政策が、一番アメリカを怒らせているのである。

次に、通貨安の効果を表す経常収支の対GDP比率の推移を表すグラフを下記に示す。


経常収支対GDP比率

2014年の数字は、IMFの推計値なので、当たるとは限らない。日本は、下手をすると経常赤字に転落する可能性がある。中国、韓国の経常黒字の対GDP比率は高い。この点も、アメリカが怒っている原因である。

以上のように、中国、韓国が通貨を安く誘導してきたことは間違いない。何度も書いてきたことであるが、長年続いた超円高の結果、日本の輸出産業は大打撃を受け、少々の円安くらいでは立ち直れなくなってしまったのである。

2012年11月から円安ドル高が進行し、死にかけていた日本の輸出産業が、死ぬことだけはかろうじて免れるような状況へと変化し始めた。しかし、その直後の2013年1月のダボス会議では、ドイツを中心に、日本が為替操作をしているという非難が巻き起こり、欧米のマスコミは、日本が通貨戦争の火付け役となった、とまで書いたりした。先に示した長期の実質実効為替レートから見た場合では、日本は世界一割高な通貨である。にもかかわらず、それが少し下がっただけで為替操作の非難である。その結果、2013年2月のモスクワで行われたG20財務相、中央銀行総裁会議の声明文の中に、「競争力強化のために為替レートを動かすことを目的とする政策は禁止する。」といった意味の文言が明記された。これは、原則として、為替介入を禁止する意味の文言である。加えて、冒頭にアメリカの「為替報告書」の内容を引用して書いたように、デフレ脱却のための金融緩和は認めるが、円安誘導のための金融緩和は絶対に認めない、ということをも意味している。従来は、このような文言の声明文は、G7の声明文にしかなかった。ただ、G7、G20の声明文には、「資金フローの過度の変動及び為替レートの無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与えることを再確認する」といった内容が同時に書かれることが多く、介入禁止の例外と解釈できる余地があった。日本は、この例外規定を、「為替レートが戦後の最高値を更新した場合には介入は許される」という解釈をして介入を実施したことがある。

日本は、2010年9月に久々の介入を実施したが、この時は、当時の野田財務大臣が、アメリカのガイトナー財務長官に直接電話をし、懇願して介入を認めてもらったものである。2011年3月の介入は、東日本大震災で苦しむ日本を救うことが目的であり、この時は、各国が共同して協調介入が行われた。その後、日本は、2011年8月、10月に大規模介入を実施したが、その時の根拠は、G20声明文の例外規定である。

このように、日本は、G7やG20の規定を遵守し、為替レートが戦後最高値更新という「資金フローの過度の変動及び為替レートの無秩序な動き」がある場合に限って介入を実施するようになった。従って、為替レートが戦後最高値を更新しない限り、介入は許されないのである。2012年2月4日の朝日新聞の記事によると、『野田佳彦首相は4日、東京都内のホテルで中小企業経営者約20人と懇談した。経営者側から足元の円高への対策を求める意見が出たのに対し、首相は「むしろ円高を生かしてやっていくしかない」と語り、経営戦略の転換が必要との認識を示した。』とある。この時の為替レートは1ドル=76円台をうろついており、戦後最高値である1ドル=75円からほんの少しの円安であった。2010年9月に1ドル=83円の時に財務大臣であった頃、ガイトナー財務長官を何とかして説得して介入を実施した経験のある野田氏は、総理大臣にまで上りつめ、同時に円高がいっそう進行していたのであるが、介入のルールが少し変わったため、円高に苦しむ中小企業の経営者を見捨てるしかなかった。

日本は、昔は独自の判断で介入を実施していたのである。それが、1990年代半ばから介入の権利を少しずつ失い、現在では、介入の権利をほとんど失ってしまっているのである。つまり、現在の日本では、戦後最高値の1ドル=75円台より円高にでもならなければ、介入は政治的に不可能なのである。根拠は、先に示した2013年2月のG20声明文などである。

ところで、G20には、中国、韓国も加盟している。介入の原則禁止の文言がG7の声明文だけにあった時代は、中国、韓国がいくら介入を実施したとしても、中国と韓国は、国際法に違反してはいなかった。しかし、2013年2月のモスクワのG20の声明文により、一定の例外を除き、原則として、G20加盟諸国の介入は禁止された。声明文は、法的な拘束力のある国際法ではないが、遵守すべき政治的、道義的責任はあるとされているものである。中国、韓国は、このG20声明文違反の介入を平気で行っているのである。

中国の介入を示す最初のグラフを見ただけではよくわからないが、中国は、2013年後半に介入金額を増やしていたのであった。2014年2月のG20シドニー会議で、中国の介入に対する非難が出るかもしれないと考えていた。しかし、この時の報道を見る限り、各国の中国に対する要求は、「シャドーバンキング問題をはっきり説明し、解決策を聞かせてほしい」というものであった。介入については、非難が非常に小さかったのか、皆無であったのか、どちらかである。

ちょうどシドニーでG20会議が行われていた頃から、それまで緩やかな上昇に向かっていた人民元相場は、一転して下落に向かい始めた。当時から人民元安の原因は、中国人民銀行の為替介入であると見なされていた。4月15日発表のアメリカの「為替報告書」では、この人民元安誘導のための介入を批判していた。しかし、その直前のG20ワシントン会議では、介入についての報道は見当たらなかった。従って、非難が非常に小さかったのか、皆無であったのか、どちらかである。為替問題では日本に次いで憎まれ役であるはずの中国は、G20合意文違反を、ほとんどか、全く責められなかったのである。

韓国の場合、2013年2月のG20モスクワ会議以降も、他国には公表することなく、介入を頻繁に行ってきたようである。アメリカの「為替報告書」でも以前から批判されてはいた。しかし、アメリカの2014年4月15日の「為替報告書」においては、アメリカの批判の強さは明らかに高まった。批判から非難へと変わったと言っても良い。このアメリカの韓国非難は、日本でも話題になった。問題は韓国の受け止め方である。韓国の外貨準備高の増加額を見ると、2014年4月が15億ドル、5月が51億ドルと、介入金額は、アメリカからの非難があった直後に、大きく増加した。韓国は、アメリカの「為替報告書」を完全に無視したのである。これは、同時に、G20の声明文をも同時に完全に無視したことをも意味する。

中国と韓国にとって、G20の声明文も、アメリカの「為替報告書」も、たいした意味がないのである。無視したところで、アメリカやそれ以外の国から、実害のある報復措置がとられることがないからである。アメリカが、中国、韓国を為替操作国に認定し、懲罰的関税をかけそうになれば、態度は変わるであろう。しかし、最近のアメリカは、そこまで乱暴なことはしないと見抜かれているのである。

中国と韓国は、経済成長の手段として輸出を重視し、輸出を増やすために、通貨安誘導、通貨高阻止を昔から継続して行ってきた。日本周辺のアジア諸国である香港、シンガポール、台湾、フィリピン、マレーシア、タイなども同様な政策をとってきた(*1)。そうした日本周辺のアジア諸国は、そろって極端な自国通貨安誘導という近隣窮乏化政策をとってきた。その結果、そうした国々の近隣にある日本は、見事に大きく窮乏化してしまった。

日本は、外国、特にアメリカからの介入禁止の意向には従わなければならないという、1990年代半ばから少しずつできあがった原則介入禁止のルールを、憲法のように守らなければならないルールと受けとるようになってしまった。そのため、数年前までの超円高期においては、「円高を非難するのは間違いであり、円高のメリットを利用しようというように発想を転換しなければならない」、「円高で損を出さないような体質、すなわち、輸出をやめて、現地生産に切り替えることが絶対に必要」といった、あまりにも大きく間違いすぎた意見が、新しい真理のごとく公然と語られ、広まりすぎた。その結果、日本は、電機を中心とする将来性のある重要産業を、超円高の結果、あまりにも多く潰しすぎたのである。その当時、日本に絶対に必要であった政策は、超円高の是正であったのである。

日本は通貨外交という点で、間違いがあったことは確かである。しかし、現在では、間違いをこえて、不当な差別を受けている。2013年1月という超円高が少し是正され始めた時期におけるダボス会議で、「為替操作」「通貨戦争の火付け役」の非難を受けたのである。金融緩和の結果、為替レートが下がるという現象は、100%の確率で発生する現象ではないが、それなりに高い確率で発生する現象である。しかし、そのたびに為替操作と非難しあっていれば、世界中の国で金融政策の変更が不可能になってしまう。だから、世界中で実施されている金融緩和が為替操作などと非難されることはないのである。日本の場合だけ「為替操作」「通貨戦争の火付け役」と非難されることはおかしいのである。加えて、金融緩和を国内の政策目標の実現のためにしか認めないというG20での声明文を、日本だけが特別厳格に守るように要求され、監視されることは、不当のレベルをこえており、差別に相当する。

何度も指摘しているとおり、現時点でも超円高、アジア通貨安は続いており、その是正策は必要である。しかし、現在の日本が介入を実施した場合、超円高・アジア通貨安の是正を目的として示した場合でも、世界中の国から為替操作と非難を浴び、袋だたきにあうのは目に見えている。「今の為替レートでの介入は、アメリカが許すはずがない」と考える日本人は多いと思うし、私も同意見である。しかし、アメリカが介入を絶対に許さない国は、日本だけなのである。アメリカは、中国、韓国の介入を非難しても、介入自体は容認しているのである。介入が許されないのは、日本だけなのである。声明文を平気で破る中国、韓国と比較した場合、日本だけが差別されすぎている。

日本は通貨政策においては、世界で唯一の差別された国家である。世界の中で、日本だけが、自由な介入の権利を保有していないのである。日本人はまず、その重大な事実を認識し、差別撤廃運動を始めなければならない。1858年に締結された不平等条約を撤廃するのには、1911年まで時間がかかった。この差別を完全に撤廃するには時間がかかるであろう。しかし、差別をなくすためには、差別をなくさなければならないという強い意思を日本が持たない限り、永久に差別はなくならない。

現実問題として、現時点での介入は不可能であろう。非難され、袋叩きにされるのは目に見えており、差別だと訴えても受け入れられる余地などない。現実的な手段としては、金融緩和の強化からであろう。現在の金融緩和の看板は、円安誘導ではなく、インフレターゲットの実現である。しかし、インフレ率が2%に達した場合は、別の看板をつくる必要がある。私は以前から、「財政再建」の看板に変えるべきだと書いてきた。日本は、介入や通貨安誘導を行わないように要求されているが、同時に世界最大の政府債務を縮小させ、財政再建をはかることをも、G20の場などで要求されている。大規模な増税という総需要抑制策によりインフレとバブルを防ぎ、大規模な金融緩和の強化によりデフレ不況への逆戻りを防ぐ。その結果、緩やかなインフレと景気回復の持続が実現すると同時に、財政再建が一気に進むのである。しかし、その際、対外資本流出増加の結果として、円安と経常黒字の拡大が必ず発生する。この円安と経常黒字の拡大は、日本経済の成長には、間違いなく寄与する。

ところで、今年のアメリカの「為替報告書」では、「過度の財政再建の結果発生する不況を金融緩和によって相殺することは許されない。」と明記されている。私の考え方は、日本国内では超少数派であるのだが、アメリカでは常識的な考え方のようである。現在の日本には推進派がごく少数しかいない「財政再建」を目的とした日本の金融緩和を阻止するために、アメリカはすでに事前的な非難を開始しているのである。

アメリカがすでに事前的な非難を開始しているとはいえ、金融緩和を実施する権利までも、日本は外国に奪われてはならない。中国、韓国、日本周辺のアジア諸国は、介入も金融緩和も、独自に決めることができるのである。これは特別のことではなく、主権国家なら当然保有する権利なのである。介入に加えて金融緩和の権利まで奪うのは不当な差別であることを、粘り強く訴えていくしかない。介入、金融緩和という政策において、世界にただ一つだけ存在する主権の制限された差別国家であるという現状は、時間をかけても変えることが必要不可欠である。日本が独立国であり続けたいのであれば、この難関を何としてでも突破し、追加の大規模な金融緩和と増税による急激な財政再建を必ず実現させなければならない。


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