実質実効為替レート 超円高・アジア通貨安の構造


実質実効為替レート、名目実効為替レートの最新のグラフはこちら

2012年11月以降、円安ドル高が進行し、直近ではほぼ継続して1ドル=100円台を維持し続けている。ここまで円安が進むと、再び現状が超円安であるとの意見が目立ち始めた。その理由として、実質実効為替レートで見た場合、超円安であることを指摘する意見が多い。

2012年10月以前は、円の為替レートが、「あらゆる角度から見て超円高」であることを繰り返し書いてきた。しかし、その後の円安進行により、「あらゆる角度から見て超円高」という見方は、現在では正しくなくなった。しかし、「実質実効為替レートで見た場合、超円安」という見方は完全に間違っている。今回は、実質実効為替レートから見た超円高という事実と、特にアジア諸国の通貨に対しては、異常な超円高が続いていることは、現在でも変わりはないことを説明する。

まず、日本とアジアの代表的な貿易相手国である、中国、韓国、台湾の通貨との為替レートを比較することにする。最初に、円が対米ドルでどのように推移したかを表すグラフを下記に示す。


円の推移

普通、為替レートは、1ドル=〇〇円という形で表現する。その場合、円高が進行すると、グラフは右肩下がりになる。すると、通貨価値が下がっているとの誤解を招きかねない。そこで、円高進行の場合は、右肩上がりにするため、1円=〇〇ドルであることを示す上記のグラフを作成した。この後に示すグラフは、全て同じ表現形式をとっている。すなわち、通貨高が進行すると、グラフは右肩上がりとなり、通貨安が進行すると、グラフは右肩下がりとなる。1964年-2011年の間、基本的には円高のトレンドが続いてきた。直近では、円安が進行している。

なぜ円の対ドルでの為替レートは、長く上昇し続けてきたのであろうか。最大の要因は、インフレ率の差である。実質実効為替レートでも、インフレ率の差のみに光を当てている。もう一つは、バラッサ=サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)である。経済が成長すると、同時にその国の通貨価値は上昇していくという法則である。

同じ時期、台湾ドルの為替レートが、対米ドル、対円でどのように推移したかを表すグラフを下記に示す。


台湾ドルの推移

左軸を対米ドル、右軸を対円にした。そして、台湾ドルの変化率が、対米ドルと対円でほぼ等しくなるように軸の縮尺を設定した。台湾ドルは、過去50年間に、対米ドルではジリ高であった。一方、対円では大きく値下がりしている。

次に、中国人民元の為替レートが、対米ドル、対円でどのように推移したかを表すグラフを下記に示す。


人民元の推移

人民元は、1972年までは、円と同様に固定相場制を採用していた。その後、1980年までは、対米ドルで人民元高が進んだ。問題はその後である。1980年7月から1993年6月にかけて、人民元は対ドルで86%、対円で93%下落した。これは、中国人民銀行が、意図的に人民元を大きく切り下げたからである。この間、中国は、改革、開放政策を進めており、経済成長実現のために様々な制度改革を実施していた。しかし、海外から見て最も影響が大きかったと考えられる制度改革は、この人民元レートの極端な切り下げ政策である。この政策により、中国の労働者の外貨建て賃金が、極端に大きく切り下げられたのである。この超人民元安誘導政策の結果、先進国から見た中国の生産拠点としての価値は大幅に高まった。その結果、1990年代の半ば以降、世界中の多国籍企業が続々と工場を中国に建設した。中国は世界の工場となり、世界第二位の経済大国へと急成長する最大の原動力となった。その後、人民元レートは上昇したが、大規模な為替介入の効果もあり、それほど大きなものにはならなかった。

次に、韓国ウォンの為替レートが対米ドル、対円でどのように推移したかを表すグラフを下記に示す。


韓国ウォンの推移

韓国ウォンも極端に大きく値下がりし続けてきた。韓国ウォンは、1980年1月までは固定相場制であった。その後、管理変動相場制を経て、現在は変動相場制となっている。その間のほとんどの期間において、韓国は自国通貨を割安に維持することを目指してきた。韓国ウォンは、過去50年間に、対米ドルで88%、対円で97%も値下がりしたのであった。

次に、日中韓台の通貨の名目実効為替レートをBIS(国際決済銀行)が算出したデ-タから引用する。ただし、中国については1994年以降のデータしか存在しないので、1964年-1994年の人民元の名目実効為替レートは、米ドル・人民元レートに等しいと仮定して算出したレートを使用した。その名目実効為替レートを、1964年1月=100とおいてその変化を見ることにする。


アジア名目実効為替レート

長期で見た場合、日本の極端な上昇が目立つ。過去50年間、中韓台の名目実効為替レートは、程度の差はあるが、3ヶ国とも下落してきた。日本は中韓台とは正反対に、極端な円高を容認する政策をとり続けてきたのである。直近の日本は下落しているが、大幅な下落とまでは言うことができない。

次に、この4ヶ国の名目実効為替レートに物価変動を考慮した、実質実効為替レートのグラフを下記に示す。


アジア実質実効為替レート

名目と同様に、中国のデータは1994年以降しか存在しないので、1994年以前は人民元・ドルの実質為替レートで代用した。

物価上昇を考慮に入れると、名目実効為替レートよりも多少差は縮まった。しかし、依然として、超円高・アジア通貨安が継続中であることには変わりはない。なお、韓国の場合、1964年5月に、51%の平価切り下げを実施している。この切り下げは、一部がインフレ調整、残りは韓国ウォン安誘導を狙っていた。1961年2月に実施した平価切り下げの後、3年3ヶ月の間、インフレが進行したのは事実である。しかし、韓国は、その間のインフレ率を上回る大幅な平価切り下げを1964年5月に実施した。しかし、1964年1月からの実質実効為替レートを算出する際、使用するインフレ率の期間は1961年2月-1964年5月の3年3ヶ月ではなく、1964年1月-5月の5ヶ月間だけである。その結果、1964年5月の平価切り下げによる実質実効為替レートの下げは、実態を過大評価することになった。しかし、それを考慮に入れた場合でも、韓国の直近の実質実効為替レートは、上記のグラフで記した韓国の線と、台湾の線の間に位置していることは間違いない。

実質実効為替レートから見た場合、現在の円レートが超円高であることに間違いはない。特に中韓台の通貨に対しては、超円高である。実質実効為替レートから見た場合、超円安とか、円高ではないという人は多い。その人たちは、過去20年間の実質実効為替レートを見て、現在は超円安だとか、過去30年間の実質実効為替レートを見て、現在は円高ではないと主張するのである。日本では、1971年以前の固定相場制の時期から、円の実質実効為替レートは上昇してきた。そして、1971年からの変動相場制移行後の円高はすさまじかった。直近の円の実質実効為替レートは、1985年のプラザ合意前の水準に近い。だからといって円高ではないというのは、全く間違っている。プラザ合意以前の実質実効為替レートは、すでに極端な超円高であったからである。

実質実効為替レートで通貨の水準を考える際、基準時点をどこに置くかで、かなり見方が変わってしまう。過去20年、過去30年の実質実効為替レートでは、プラザ合意以前に発生した異常な超円高を見ることができない。過去50年が絶対に正しいというわけではないが、過去20年、過去30年よりは多くの情報を含んでおり、より適切な期間であることは間違いない。実質実効為替レートで為替レートの水準を判断する場合、BISが記録に残している最長の50年の期間を見て判断すべきである。

BISは、主要先進国26ヶ国の名目と実質の実効為替レートを算出している。26ヶ国(プラス中国)の名目実効為替レートの推移を表すグラフを下記に示す。


主要国名目実効為替レート

先進国を含めても、円は長年、最も大幅に値上がりした通貨であったが、直近は、スイスフランに少しだけ抜かれた。しかし、円とスイスフランの値上がり率は図抜けている。

次に26ヶ国(プラス中国)の実質実効為替レートの推移を表すグラフを下記に示す。


主要国実質実効為替レート修正版gif

日本は、依然として世界一実質実効為替レートの高い国であり続けている。

日本は、1949年に決まった1ドル=360円の固定相場制下において、平価を切り下げたことは一度もなかった。固定相場制の下でも、インフレの進行と、英ポンドや韓国ウォンなど、米ドル以外の通貨の平価切り下げを通して、円の実質実効為替レートを上昇させてきた。そして、1971年に変動相場制に移行して以来、1995年まですさまじい超円高に見舞われ続けてきたのである。そうした超円高にもかかわらず、日本は経済成長を遂げてきた。通貨安を利用して経済成長を遂げたことは、一度もなかった。

一方、中国、韓国、台湾、シンガポール、香港などの日本周辺のアジア諸国の経済成長の最大の原動力は、自国通貨安であった。5ヶ国とも対GDP比で見た場合、日本を上回る巨額の外貨準備を保有し、自国通貨の価値を大幅に割安な水準まで誘導したり、維持し続けたのであった。そして、バラッサ=サミュエルソン効果という通貨価値の上昇が発生することを防いできた。通貨政策という点だけは、超円高という悪条件を克服しながら経済成長を実現した日本とは、全く異なる成長戦略を採用し続けてきたのである。

自国通貨安誘導政策を、最近はやりの言葉を使えば、為替操作となる。この大規模な為替操作の結果、日本周辺のアジア諸国は、日本よりも価格の安い工業製品を生産することが可能となり、自国の製造業を急成長させてきた。為替操作を原動力にして日本から徹底的に競争力を奪い取ることにより、経済成長を実現してきたのである。日本周辺のアジア諸国の割安な賃金は、経済発展段階の差だけが原因ではない。大規模な為替操作の結果、実現したのである。日本は、日本周辺のアジア諸国による大規模な為替操作という近隣窮乏化政策の最大の被害国である。にもかかわらず、最近、日本は、韓国などから、為替操作との非難を受けている。このような現象が発生する最大の理由は、世界の多くの国が、日本が為替操作をしていないかを厳重に監視している中で、ほとんどの日本人は、外国の為替操作のことに関心がなく、知ろうとしなかったためである。例外があるとすれば、アメリカが為替操作国とたびたび非難してきた中国だけであろう。日本政府が介入を実施すると、やむをえないかもしれないが、諸外国に迷惑がかかるし、非難もされるので、なるべく介入は避けた方がよい、と考える。中国以外にも多くの国が実施している為替操作に対する認識がないため、日本は長年、やられっぱなしであった。

日本周辺のアジア諸国が成長するその裏側で、現在の日本はあまりにも窮乏化しすぎてしまった。ここまで窮乏化が進んでしまうと、死亡した産業を生き返らせることも永久に不可能になる。もはや、日本の産業を再生させようとしても、いくつかの分野においては、手遅れである。これは、日本周辺のアジア諸国が悪者であったからではない。日本自身があまりにも愚か者であったからである。

超円高是正策が完全に手遅れとなったため、効果が減少し、副作用も大きくなってしまった。円安にもかかわらず、直近の貿易収支の赤字が拡大していることは、その具体的な例である。だからといって、円安誘導に意味がないとか、有害と考えることは、全くの間違いである。円の実質実効為替レートを引き下げることは、最低限必要なのである。

「競争力強化のために為替レートを動かすことを目的とする政策は禁止する。」というのが昨年2月のモスクワで行われたG20財務相、中央銀行総裁会議での約束である。この約束は、現在の日本が超円高を是正することを禁止しているので、日本にとっては非常に不利な約束である。昨年の中国は、大規模な介入を実施しても全く非難を受けなかった。日本が少しでも介入を実施した場合、諸外国から激しい非難を浴びていたことは確実である。看板はインフレターゲットにしながら、大規模な金融緩和の実施により、国内の余剰資金を大規模に海外へと流出させ、裏では円安誘導を進める必要がある。実質実効為替レートから見た超円高、特にアジア諸国の通貨に対する異常な超円高を是正する努力を続けることは、日本にとって最優先にしなければならない重要な成長戦略なのである。

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貿易収支の黒字復帰 可能であり必要な政策

2014年1月の貿易収支の赤字(季調済)は、1兆8188億円となり、過去最悪を記録した。2012年11月から円安ドル高が開始し、貿易収支の赤字は改善されるものと期待されていた。しかし、現実には正反対の方向へと進んでいる。そのため、貿易収支の悪化の原因を円安に求める意見が増えている。追加金融緩和と円安を通じる経済成長が必要不可欠と繰り返し書いてきたものとしては、こうした誤った意見の広まりを無視することはできない。ここでは、貿易収支の赤字拡大の原因が円安ではないことを示すと同時に、貿易収支の黒字復帰を実現させる政策が存在し、かつ必要なことも同時に示したいと思う。

まず、日本の輸出、輸入、貿易収支の推移を下記のグラフに示す。


貿易収支

円安ドル高が始まった後、昨年前半の貿易赤字は、ほぼ横ばいであった。しかし、昨年後半から貿易赤字が拡大し、特に今年1月の貿易赤字は、過去最悪の記録を更新した。よく円安にもかかわらず輸出が伸びないと言われているが、輸出の伸びの低さよりも、輸入の伸びの大きさの方が目立つ。貿易赤字拡大の原因が円安という人は、輸入金額の大幅な伸びの原因を円安だとして、円安が貿易赤字拡大の元凶と非難するのである。

次に、日本の輸出、輸入の数量ベースの推移を下記のグラフに示す。


実質輸出入

数量ベースで見ると、金額ベース以上に輸出が伸びず、輸入が増えていることがわかる。円の為替レートは対ドルで、2012年11月の81円から2014年1月の104円にまで22%下落している。この間、実質輸出は2%伸び、実質輸入は13%伸びている。普通なら、円安が発生した場合、価格が下がった輸出品の数量が、価格が上がった輸入品の数量よりも増えるはずである。ところが実際には輸入が輸出よりも増えている。円安の結果として、数量ベースの輸入が輸出以上に増えることはありえない。

2014年1月に過去最悪の貿易赤字を記録した原因は、2012年11月以前に、あまりにも長期間、超円高が続きすぎたことが原因である。特に、リーマンショック後の超円高の継続により、日本の輸出産業の何割かが、崩壊したり、回復不能の大打撃を受けた影響が大きい。この場合、円安に戻っても、一度死亡した産業が生き返ることはない。かろうじて生き残っている成長産業も、日本国内で比較劣位となり、規模の利益も失い、財務内容も悪化し、現状程度の円安だけでは、生き延びるのが困難な環境となってしまった。こうした超円高による悪影響の後遺症は、まだ終わっていない。繰り返すが、現在の貿易赤字の拡大は、特にリーマンショック後の超円高によって、輸出産業が回復不能の大打撃を受けた影響が、円安に戻った現在においても継続中であることが、大きな原因となっているのである。

一方、現在の日本の輸出産業の崩壊は円高が原因ではない、という意見は多い。為替レートが円安になったとしても、中国を中心とするアジアの低賃金諸国で生産される工業製品に、日本製の工業製品は、賃金格差がありすぎて、どうあがいても勝てるはずはない、という意見は多数説だと思う。私は、その考え方は、半分は正しく、半分は間違っていると考えている。賃金格差の半分は、経済の発展段階の差であり、あきらめるしかない。スマホの製造は、賃金の高い日本では不可能であり、あきらめるしかない。しかし、半分は日本周辺のアジア諸国による為替操作の結果である(*1)。半導体産業が大打撃を受けた原因は、韓国、台湾の長期間にわたる大規模な為替操作の結果である。

こうしたすでに崩壊してしまった輸出産業をいくつも持っている日本の貿易収支が、黒字に回復することが可能であろうか。私は、可能な政策があると考えている。

そのためには、国際収支の構造を理解する必要がある。まず、主要な国際収支の項目の定義式を下記に示す。

(1)経常収支+資本収支+誤差脱漏+外貨準備増減=0
(2)経常収支=貿易収支+サービス収支+所得収支+経常移転収支
(3)資本収支=投資収支+その他資本収支
(4)投資収支=直接投資+証券投資+金融派生商品+その他投資

本来なら、この定義式を使って説明すべきであるが、そうするとわかりにくくなってしまう。そこで、正確性を犠牲にし、乱暴なほど単純化した下記の式を使って説明することにする。

(5)経常収支+資本収支=0
(6)経常収支=貿易収支+所得収支
(7)資本収支=投資収支
(8)投資収支=直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計

(5)(7)(8)の式から、

経常収支=-資本収支
=-投資収支
=-(直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計)

となることがわかる。異次元金融緩和が開始された昨年4月の経常収支(季調済)は、8976億円の黒字であった。しかし、今年1月の経常収支(季調済)は、おそらく数千億円前後の赤字になるであろう。このことが意味することは、「直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計」が、昨年4月には8976億円の赤字であった。ところが今年1月には、「直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計」が数千億円の黒字に変化した。名前が長いのでさらに乱暴に単純化して、「直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計」を、単に「余剰資金」と呼ぶことにする。昨年4月には、余剰資金が国内から海外へ8976億円流出していた。しかし、今年1月には、余剰資金が海外から国内に数千億円ほど流入するように資金の流れが大きく変化したのである。

逆に言うならば、余剰資金を国内から海外へと流出させることができたならば、100%の確率で経常収支は黒字に復帰するのである。私は、金融緩和の強化により、国内の余剰資金を海外に流出させる必要性を繰り返し書いてきた。実際、異次元金融緩和は行われたものの、海外投資家の大規模な日本株買いや国内投資家の大規模な外国株売りなどの結果、余剰資金は海外に流出するどころか、流入し続けてきたのである。国内の余剰資金が安定的に海外に流出するまで、金融緩和を強化し続けなければならないことをワンパターンのように繰り返してきた。

普通、異次元金融緩和のような大規模な金融緩和を実施すると、国内から海外へと流れる余剰資金の金額が増えるケースが多い。しかし、異次元金融緩和の後の日本の余剰資金の流れには、普通ではない現象が発生したのである。異次元金融緩和を実施した結果、国内から海外へと流出していた余剰資金が、海外から国内へと流入するように資金の流れが変化したのである。これは、水が低い所から高い所へと流れるような、まれにしか起こらない現象である。しかし、そのまれにしか起こらない現象が、2013年4月以降の日本で、実際に発生し続けているのである。日銀は、まれにしか起こらない余剰資金の流れの変化に、いいかげんに気がつく必要がある。

(6)の式で示したとおり、経常収支=貿易収支+所得収支、である。所得収支は、利子や配当などであり、季節要因を除けば、短期間に大きく変化することはない。従って、経常収支の黒字拡大が継続すると、その先には、貿易収支の黒字復帰が必然的に発生するのである。

現在の日本に必要な政策は、国内の余剰資金を安定的に海外に流出させる構造を作り上げることである。そのためには、日銀が国債を年間50兆円購入するという現在の政策から、国債購入金額をその何倍にも増やす必要がある。日本には余剰資金があり余るほど存在しているが、なかなか海外に流出しない。その原因は、政府が毎年巨額の国債を発行し続けてきたからである。国内の余剰資金は、海外に流出せず、日本の巨大化した国債市場へと流れ込み続けた。その結果が、円高の継続による日本の輸出産業の弱体化である。日銀が年間100兆円、200兆円のペースで国債を購入し続ければ、日本国内の余剰資金は、国債市場から閉め出され、国内での運用先がなくなってしまう。これは、日本の国内投資家が大変忌み嫌う政策である。国内投資家は、日本国債を買い続けたくてたまらないのである。しかし、それが不可能になれば、国内投資家の余剰資金は、外国証券などのリスク資産の購入へと向かわざるをえない。そこまで追い詰められて初めて、国内投資家の余剰資金は、海外へと流出するようになるのである。その結果、資本収支の赤字は拡大し、必然的に経常収支の黒字が拡大する。その延長線上に、貿易収支の黒字復帰が必ず実現するのである。

昨年4月4日の異次元金融緩和は、緩和の規模が完全に不足していた。経常収支の赤字への転落、拡大は、異次元金融緩和の実施そのものが原因ではない。金融緩和が依然として大幅に不足していることが原因なのである。

仮に、追加金融緩和が行われて貿易収支が黒字に復帰したならば、輸出と生産は大幅に拡大することになる。超人手不足が発生し、賃金の大幅な上昇が避けられなくなる。その次には間違いなくインフレ率の大幅な上昇がある。その際、重要なことは、金利の引き上げではなく、上がりすぎた賃金分を、政府が所得税増税により吸い上げ、内需拡大とインフレ進行の双方を抑制することである。出口戦略を日銀に押しつけている限り、日銀は出口が怖くて追加金融緩和ができない。出口は増税により政府が全面的に責任を負うと宣言して初めて、日銀は大規模な追加金融緩和の実施が可能になるのである。

なぜ余剰資金が国内から海外へと流出すると、貿易収支が黒字化するのであろうか。それは、国内の余剰資金が継続的に海外に流出し続けると、為替レートが大幅な円安になるからである。大幅な円安がいくらかはわからない。1ドル=100円では赤字額がかえって拡大し、全く不十分であることが証明された。2007年は、1ドル=118円くらいであったが、貿易収支は14兆円の黒字であった。現在は、2007年当時に存在していた輸出産業が、多数死亡しており、1ドル=118円でも貿易黒字復帰は難しいと思う。貿易収支が黒字化する為替レートは誰にもわからないが、1ドル=120円、150円、200円と円安がどんどん進めば、いずれかの時点で、貿易収支の黒字化が必ず実現するのである。

円安が進行しても、円高により完全に死に絶えた日本の輸出産業を復活させることは不可能である。しかし、まだ完全には死んではいない輸出産業を復活させることは可能になる。日本の電機産業は、多くの分野で死に絶え、回復不能であるが、電子部品を中心に、依然として優れた技術を残し、いっそうの円安が進んだ場合、回復可能な分野もまだ残っている。円安がさらに進行して定着するという見通しが広まれば、日本国内での工場建設が始まるであろう。優れた技術力を残しながらも、生産拠点を大規模に海外に移転してきた産業では、大幅な円安が続き、かつそれが定着するという見通しが広まれば、国内への生産回帰が広まるはずである。

国内の余剰資金が安定的に海外に流出し、円安が進行すると、エネルギーや輸入食品の価格上昇が発生し、国内の消費者が一時的に窮乏化することはありうる。国内から、円安で国民生活は悪化したという批判が拡大することは十分考えられる。しかし、輸出の拡大と貿易収支の黒字復帰まで進めば、企業収益は大幅に拡大し、国内生産が広まり、超人手不足から、賃金は大きく上昇せざるをえない。中期的には、国民の生活水準も必ず上昇するのである。

もう一つの批判は、国内の資金が海外に流出したならば、金利が上昇し、日本経済は破綻するというものである。この批判も全く誤った批判である。1997年-2010年の間、日本は年間10兆円以上の経常収支の黒字=資本収支の赤字=年間10兆円以上の余剰資金の海外流出が続いてきたのである。その結果、金利上昇などは発生しなかった。現在は当時よりも金融政策が緩和的であり、余剰資金が海外に流出して金利が上昇することなど100%ありえない。バブル崩壊後、日本経済が没落した大きな原因の一つは、国内に余剰資金を貯め込みすぎ、海外に流出する資金が少な過ぎたため、円高で輸出産業が弱体化してしまったことである。異次元金融緩和を20年早く実施していたならば、現在の日本の国内投資家が持つ極端なリスク回避志向は発生しなかった。その場合、日本国内の余剰資金は海外に流出し続け、円安の継続とそれによる輸出産業の繁栄が続いていたはずであるのだ。

通貨安による経常収支の黒字実現が、全ての国で可能であるとは言えない。いくつかの条件を満たすことが必要である。経済学ではその条件を、マーシャル・ラーナーの条件とかメッツラーの安定条件と呼ぶが、あまりにも表面的すぎるので、少し異なる角度から簡単に説明する。例えば、その国が、対外債務以上の対外債権を保有する必要がある。また大幅な自国通貨安が発生した場合、輸出が増えるような潜在的な輸出能力も必要であろう。現在フラジャイル・ファイブと呼ばれているトルコなどの5ヶ国は、いずれも対外純債務国であり、通貨安が発生すると、対外純債務が増加するだけであり、海外から国内に戻ってくる工場なども存在しない。フラジャイル・ファイブは、自国通貨安により、少なくとも短期的には大きな損失が発生する。そのため、通貨安が続く場合には、金利を引き上げたりすることにより、自国の通貨安を防ぐしか方法がないのである。現在の日本は、超円安が発生した場合には、円建てで見た対外純資産の金額が急激に拡大し、経常収支の黒字への復帰と拡大も可能である。しかし、日本でも、超円高が長期間継続した場合には、その後は必然的に超円安が発生し、日本経済が大打撃を受けるシナリオを、(*2)で説明したことがある。

日本の場合の最大の問題点は、諸外国からの非難である。円安によって貿易収支が悪化する、輸入物価上昇で消費者が苦しむ、金利上昇で日本経済が破綻する、等々の自分自身を傷つける愚かな経済政策を日本は採用している、と諸外国が認識してくれれば良いのだが、それは100%あり得ない。諸外国では、そのような誤った考え方をする人は、ごく少数であるからだ。諸外国は、100%の確率で「円安誘導は一国繁栄主義であり、諸外国の利益を犠牲にする近隣窮乏化政策である」と激しく日本を非難してくるであろう。貿易収支が黒字化するまで金融緩和を強化した場合、非常に強い非難を諸外国から浴びせられる可能性は高い。ここが最大の難関だと思う。通貨問題に関しては、日本は世界の不可触選民であるからだ。

2013年の中国は、年間に外貨準備を5000億ドル近く増やし、明らかにG20声明に違反する為替介入を実施した。驚いたのは、中国が為替介入をした事実ではなく、介入がG20声明違反として非難されなかったことである。仮に、日本がほんの少しでも介入を実施したならば、世界中からG20声明違反の為替操作だと非難されることは必至である。ほとんどの先進国が導入済みの2%のインフレターゲットを採用すると日本が決定し、その結果円安が進行すると、2013年のダボス会議で、為替操作との非難が巻き起こった。中国だけでなく、日本周辺のアジア諸国も大規模な介入という為替操作を長年実施してきたが、全く非難されることはない。日本は、長年、介入という為替操作の最大の被害国であるのだが、その被害国が、逆に加害国扱いされるのである。本来ならば、日本は、現在も続く超円高・アジア通貨安の是正を、日本周辺のアジア諸国に要求すべき立場にある。

日本の通貨外交は、あまりにもおかしいことだらけである。しかし、その原因は、「日本の為替介入は、世界の経済秩序を乱すので、なるべく避けるべきであるが、外国の為替介入のことなどは知ったことではない」という亡国の経済思想が日本国内で蔓延しているからである。従って、今さら正論を唱えても、世界どころか日本国内でも通用しない。実際には、金融緩和はインフレターゲットの実施が目標であり、為替レートが政策目標ではない、日本は構造改革に向けて努力をしている最中である、という現在の姿勢を貫き通すしかないであろう。

異次元金融緩和を実施した結果、世界の余剰資金が日本国内に大量に流れ込んできた。その後には、資本収支の黒字への転換=経常収支の赤字への転落は、必然的に発生するのである。この悪しき構造を、日銀は1日も早く認識し、改めなければならない。大規模な追加金融緩和を繰り返すことは必要不可欠である。日本国内の余剰資金を安定的に海外に流出させることに成功したならば、必然的に、経常収支は黒字に復帰し、拡大するのである。このような芸当は、法人税減税や岩盤規制の撤廃、FTAの拡大などでは絶対に実現不可能であり、唯一、金融緩和の強化のみがなしえる芸当なのである。経常収支の黒字拡大の後に、貿易収支の黒字への復帰が、必然的に発生するという結末になるのである。


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異次元金融緩和 vs 消費税増税

2012年11月14日に当時の野田首相が衆議院の解散を表明し、大胆な金融緩和を提唱していた安倍自民党総裁の発言が現実のものとなることが予想された。この日を境にして、まず円安株高が始まり、それと同じ時期から、景気回復も始まった。2013年4月4日に異次元金融緩和が決定され、大胆な金融緩和が現実のものとなった。その後、波を描くような形ではあるが、トレンドとしての円安株高が進行した。足元では円安株高は一休みしているものの、景気は依然として力強い回復が続いている。

2月6日に岩田日銀副総裁が久々の講演を行った。マネタリズムに近い論理でリフレ政策を語る岩田理論とは、ゴールは同じでも、途中経過は大きく異なっていることは昔から感じていた。ただ、その講演で、岩田副総裁の現状認識、先行き予想が、非常に強気であり、景気に対する認識は、黒田総裁とほとんど同じであることが理解できた。黒田総裁の1月22日の記者会見を読み直してみても、現在の日銀の異次元金融緩和という政策により、景気回復の継続と2%の物価上昇の実現が可能であることを強調していた。

何ヶ月前も前から異次元金融緩和第二弾が1日も早く必要と主張している私のような立場からすると、黒田総裁、岩田副総裁の発言に対しては、いくつもの疑問点を感じざるをえない。

まず、現状認識であるが、現在の景気が力強い回復過程を進んでいることは間違いない。問題は、その原因である。私の目からすると、異次元金融緩和の波及効果の大部分は、円安から生じている。この点について、黒田総裁はあまり言及しない。だがそれは、G20の会議で通貨の切り下げを目的とした政策が禁じられているので当然である。そうした立場は理解しているが、それでも不安が残る。昨年まで海外投資家が大量に日本株を買い、国内投資家が日本株、外国株を大量に売却する中で、急激な円高ではなく、円安が発生したこと、加えて、その構造が長続きしない可能性があることを繰り返し書いてきた。そうした問題点を、黒田総裁が認識している気配は感じられない。

もう一つの景気回復の原因は、10.2兆円にも及ぶ2012年度補正予算による景気刺激効果である。昨年5月から半年ほどの間、円安株高は一服していたが、その間の景気回復を最も大きく支えたのは、政府による公共投資である。2011年の東日本大震災の復旧工事は開始から大きな遅れが続いており、2012年度以前には、一部しか実行されなかった。2013年度に入って、震災復興のための公共投資と補正予算による公共投資が同時に進行し、日本経済の成長率を大きく底上げした。なお、2013年の実質GDP成長率は、日本は先進国の中で高い方の部類に属する。しかし、リーマンショックから数年たった現在においても、財政支出拡大政策を続けている国は、日本以外には少数しか存在しない。他の大半の先進国は、財政赤字の削減策を行っている。日本の景気回復には、他の大半の先進国とは正反対に、財政支出拡大という要因が、大きく寄与しているのである。

そして、現在、進行しているのが、4月からの消費税増税に伴う駆け込み需要の噴出である。このように、金融政策以外の景気刺激効果が、昨年4月以降、同時に現実化しているのである。

黒田総裁は、景気回復の原因はすべて金融政策であるなどとは言わないが、金融政策が景気回復に大変大きく貢献していると受け止められる表現が多い。現在の景気回復には、財政政策も大きな貢献をしているので、そうした表現はやや行き過ぎていると思う。そして、日銀の追加金融緩和がなければ、マーケットでは円高株安が進むのではないかと尋ねられても、物価はこれまで日銀の予想通りの動きをしており、現状維持の政策は正しいと答えている。マーケットとの対話すら拒否する構えまでも見せている。

現在、反リフレ派は、景気回復の中で発生する様々な問題点、矛盾点を、異次元金融緩和が原因であると、いろいろな理屈をつけて攻撃してきている。そうした批判は一部に正しいものがあるが、多くは間違っている。景気回復が順調に進む限り、リフレ政策が、世論一般から強い批判を受けることはないと思う。しかし、景気が一旦悪化に向かった場合、悪いのはすべて日銀のリフレ政策であると決めつけられる恐れがある。将来、何らかの理由で、景気が本当に悪化してしまうと、リフレ政策という壮大な実験が完全に失敗した、リフレ理論そのものが大間違いである、という誤った批判が、世論に正しいと受け取られる恐れがある。日本国内には、リフレ政策を毛嫌いする経済学者、エコノミストが多いのである。

リフレ政策に失敗は許されないのである。しかし、現在の黒田総裁は、自信過剰気味ではないだろうか。勝利宣言をするのは、任期の満了である2018年4月でも構わないはずだ。それまでは、もっと慎重に政策運営を進めてもらいたいと感じるのである。

私が今まで繰り返してきたのは、超円高再燃のリスクである。今回は、もう一つのリスクと考えられる消費税増税のリスクを取り上げてみたい。

黒田総裁、岩田副総裁は、ともに消費税増税賛成派であり、同時に消費税増税の不況促進効果を非常に少なめに考える傾向が見られる。私も消費税増税やむを得ない派であるが、消費税増税の不況促進効果を大きく見ている点が異なっている。その根拠を(*1)で詳しく説明した。ここでは、前回の消費税増税があった1997年に何が発生したかを、もう一度、別の角度から見てみたいと思う。

まずは、1997年の消費税増税前後の名目、実質賃金(=現金給与総額)の上昇率と(実質)消費(=消費総合指数)の増加率を表すグラフを下記に示す。


1997年賃金と消費

消費税増税以前は、賃金は名目、実質ともに上昇し続けていた。賃金は、1997年 1月にボーナスの支払いがずれ込んだため大きく上昇したが、これは特殊要因である。前年比で見て、1997年3月の名目賃金上昇率+1.5%、実質賃金上昇率+1.3%、消費は駆け込み需要により増加率+7.0%であった。それが4月には、名目賃金上昇率+1.8%、実質賃金上昇率+0.1%、消費の増加率+0.0%となった。消費税増税に伴い、実質賃金は1.2ポイントも急低下し、
+0.1%になったのである。その結果発生した不況の影響により、名目賃金の上昇率は低下し続け、1998年4月以降、名目、実質賃金はともに、マイナスが定着してしまった。賃金が、名目も実質もともに低迷する中、消費も低迷し続けた。

景気が回復に向かうのは、アメリカから吹いてきたITバブルの風の影響を受けて、株価が反転上昇し始めた後のことである。以前に書いた通り、この不況は、アジア通貨危機も山一證券倒産も、長銀、日債銀の倒産も影響は小さかったのである。不況になった原因は、消費税増税などの財政再建策により、実質賃金、あるいは実質可処分所得が大幅に低下し、不況を誘発し、その不況が名目賃金の低下にまで広がったからである。

次に直近の名目、実質賃金の上昇率と消費の増加率を表すグラフを下記に示す。


2013年賃金と消費

前年比で見て、昨年12月時点で、名目賃金上昇率+0.8%、実質賃金上昇率-1.1%、消費の増加率+2.8%であった。実質賃金が下がっている中で、消費が前年比+2.8%となっている最大の理由は、株価が大きく上昇した結果としての資産効果である。ここで重要なことは、前回の消費税増税直前である3月の実質賃金が前年比+1.3%であったのに対して、今回の場合、実質賃金は直近の12月において-1.1%と水準が2.4ポイントも低いことである。理由の一つは、円安メリットが企業部門に蓄積し、雇用者にはほとんど移転していないからである。今後、円安メリットは、企業から雇用者へと移転されていくであろう。仮に消費税増税が実施されないならば、安倍首相が唱える賃金上昇と経済成長の好循環が実現する可能性は十分に考えられる。

しかし、4月に消費税増税とともに、実質賃金は2ポイントも低下するのである。仮に3月の実質賃金が12月と同じ-1.1%であるならば、4月の実質賃金は-3.1%になるのである。4月以降、ベアの実施や、ボーナスの積み増しは間違いなくあるはずだ。しかし、好調な大企業のベアの要求が1%強でしかない。輸入インフレは、時間がたつにつれて縮小していく。一方、賃金上昇分の何割かは、実際の物価の上昇に転嫁される。そうしたいくつかの要因を考慮しても、実質賃金は、-3.1%から多めに見積もっても2ポイント上昇が精一杯であり、2014年度の実質賃金上昇率が、-1.1%以上になるのは難しいと思う。非常に大ざっぱな計算であるが、実質賃金がプラスになる可能性は低い。従って、賃金上昇と経済成長の好循環が発生する可能性も低いと考えざるをえない。実質賃金がマイナスでも消費を伸ばすためには、株価のさらなる大幅な上昇(例えば前年比+50%)が必要であるが、金融政策が現状維持の場合、それは不可能である。

黒田総裁と岩田副総裁は、消費税増税の影響は軽微と見ている。その理由の一つとして、今年度には、消費税増税対策のために、5.5兆円の補正予算が組まれていることをあげている。しかし昨年度の補正予算は、10.2兆円である。補正予算を組んでも、昨年よりも公共事業関係費は縮小する可能性が高い。黒田総裁と岩田副総裁は、財政政策の効果をプラスと見ているが、実際にはマイナスになる可能性が高い。ケインズ効果は、おそらくマイナスであるのだ。その一方、黒田総裁と岩田副総裁は、非ケインズ効果(財政再建が進むと、経済成長率が高まるという効果)も消費税増税の影響が軽微である理由としてあげている。しかし、ケインズ効果と非ケインズ効果が同時に発生することはありえない。黒田総裁は、消費税増税を下振れリスクと見ておらす、岩田副総裁も下振れリスクとしては小さいと述べている点は、誤りだと思う。

一方、黒田総裁が、消費税増税を下振れリスクと認めたくない理由も存在する。それは、リフレ政策だけではなく、その後の出口戦略もまた、日銀が担うことを求められているからだ。仮に異次元金融緩和第二弾を実施した結果、インフレが進行し、金利が上昇し始めた場合、日銀の決算が赤字になったり、場合によっては債務超過に陥ってしまう可能性がある。この場合、黒田総裁が政治的に袋叩きにされるのが見えている。従って、黒田総裁は、安易に金融緩和のアクセルを踏み過ぎることができないのである。消費税増税を下振れリスクと認めてしまうと、追加金融緩和を実施しないと、論理的な整合性をとるのが難しくなる。黒田総裁は、安易な追加金融緩和は避けたいため、消費税増税を安易に下振れリスクと認める訳にはいかないのである。それでも、景気腰折れが明確になった場合には、追加金融緩和の実施に追い込まれるであろう。しかし、景気腰折れが明確になった後の金融緩和というのは、効果が非常に少ない政策になることは、過去20年以上の経験から明らかである。

そうした事態を避けるためには、政府が増税という政策により、出口戦略の責任を持つと宣言すべきであると繰り返し書いてきた。金融緩和により発生するインフレとバブルを、増税により封じ込めるべきだという考え方である(*2)。この方針を政府が明確に打ち出せば、たとえ黒田総裁が、消費税増税の悪影響がほとんどないと考えていたとしても、念のために、追加の異次元金融緩和を実施することが可能になる。行きすぎた金融緩和を心配する必要性がなくなるからだ。

消費税増税の景気に対する悪影響は、エコノミストの中でも大から小まで、いくつもの考え方に分かれている。上記の私の考え方も、「好循環が発生する可能性も低い」という見通しだけであり、それだけですら特別な自信があるわけでもない。正確なことは誰にもわからないと言った方が良いであろう。そのため、先に書いた通り、黒田総裁が、消費税増税を下振れリスクと考えていないと表明することは、大変大きな誤りである。標準シナリオが楽観的であることに問題があるとは思わない。しかし、消費税増税を、下振れリスクシナリオに含めることだけは、最低限必要だと思う。例えば、日本自動車工業会では、2014年の国内四輪車需要を
-9.8%と予想している。これは、2013年の+0.1%からの大幅な減少である。輸出の増加、設備投資の増加、公共投資の増加がプラスに働くが、消費税率引き上げによる消費者マインドの低下、駆け込み需要の反動減がマイナスに働き、-9.8%になると予想している。基幹産業である自動車産業が、消費税増税の結果、10%近く落ち込むという予想を標準シナリオとしているのを無視してはならない。

消費税増税のような景気に大きな悪影響を及ばす可能性のある政策を実施する場合、最悪のシナリオが発生しても、景気が腰折れしないようなリスク回避型の政策を採用することが望ましい。その政策が、異次元金融緩和第二弾の実施なのである。仮に、消費税増税後に、行きすぎた金融緩和の結果、景気の過熱とインフレ率の上昇が始まったならば、政府が所得税の増税を実施すれば良い。賃金が上がりすぎるという、起こる可能性が非常に低いシナリオが、仮に発生したならば、上がりすぎた賃金分を、税金で吸い上げるという政策である。異次元金融緩和第二弾にもかかわらず、景気回復に鈍化の傾向が見られた場合には、間髪を入れずに異次元金融緩和第三弾を実施すべきである。こうした景気の下振れリスク回避策を準備し、実行に移せば、不確実性に満ちた将来において、景気後退が発生する可能性を低くすることができるのである。

先にも書いた通り、消費税増税が原因で景気後退に突入してしまった場合、反リフレ派は、景気後退の原因は、消費税増税ではなく、異次元金融緩和であると攻撃してくるであろう。そのようなことが起きることを避けるためには、追加の異次元金融緩和を実施し、消費税増税後に景気後退が発生する確率を可能な限りゼロに近づけることが必要である。こうした政策が成功すれば、円安継続による製造業の国内回帰と復活、貿易赤字の縮小、ないしは黒字への復帰、輸出拡大による経済成長、緩やかなインフレと資産インフレ、潜在成長率の上昇、税収の大幅な増加による財政再建などが、同時に可能になってくるのである。


関連記事
1997年の景気後退と消費税増税、アジア通貨危機、山一證券破綻(*1)
量的緩和の出口戦略 増税、増税、増税 ! (*2)


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