リーマンショックと財務省、日銀の責任

リーマンショックから5年以上過ぎた。日本経済新聞は「シリーズ検証・危機は去ったか・リーマンショック5年」という表題で、5年前のリーマンショックの前後に何が起こったかを、日曜版で何回かに分けて解説している。その中には、大変違和感を感じる記事がいくつもあった。特に2013年11月17日の11面の記事は、見過ごすことのできない大問題が含まれていると感じた。その記事は、歴史を振り返り、リーマンショック時に何が起こっていたかを、あらためて読者に伝えるつもりで書かれた記事だと思う。しかし、歴史として書く場合、何が起こったか正確に記述する必要がある。しかし、その記事は、あいまいな表現や、明らかに読者を誤解に導くような表現が、多数見受けられた。その中で、非常に重要な論点で、真実とは異なるとしか考えられないことが記されていたので、その点を指摘しておきたいと思う。

記事の見出しは、「日本を襲った円高デフレ」、「円売り介入 米が封じる」、「緩和競争、日銀にためらい」となっている。見出しだけを見たならば、日本は、リーマンショック直後に、急激な円高に襲われ、円売りドル買い介入を実施しようとしたが、アメリカの反対で実施できず、結果として円高が進行していてしまった、と読み取れる。その内容を説明するために、本文の一部を下記に示す。

政府は円売り介入を封じられていた。
「外需に活路を求めた米国が狙ったのは人民元の切り上げ。先進国である日本が介入すると、主張の説得力が落ちる」。
7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などの場で米国からクギを刺されたと、日本の当局者は証言する。財務相だった中川も生前に「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」と日本経済新聞社のインタビューに答えている。

新聞記事にしては、拙い表現になっている。一番下で、『財務相だった中川も生前に「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」と日本経済新聞社のインタビューに答えている。』という文章が、何を認めてほしいかという目的語が書かれていない。ただ、前後関係からみれば、「円売り介入」のことだと読み取れる。この発言は、いつのことに関する発言のことか。7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などの場であると推測できる。中川氏が参加したG7の会議は、2008年10月のワシントンと、2009年2月のローマの2回である。そして、G20の会議が、2008年10月にワシントンで、11月にサンパウロで開催されているので、そこにも出席している。この4回のどれかの会議で、アメリカは日本に介入を認めないとクギを刺したと読み取れる。ただ、こうした内容は、前後関係から意味が推測できるだけである。中川氏が何時、どこで、誰から、何を言われたかという事実関係が全く書かれていない。「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」の本当の意味を、新聞記事からは、正確に読みとることができない。しかし、普通の読み方をすれば、中川氏がG7などの会議の中で、アメリカ政府高官の誰かから、介入を認めないと言われ、その時、中川氏は、武士の情けで介入を認めてほしいと感じた、と読めるはずだ。

私は2008年10月-2009年2月の間、アメリカが日本に介入を認めなかったということはありえないと考えている。そのように確信できる事実が、多数存在するからだ。

まず、原則として、1990年代後半以降、現在に至るまで、日本は介入を単独で実施することができない。介入を実施するためには、最低限、アメリカの許可が必要である。この点が、介入による通貨安誘導で高度成長を実現した日本周辺のアジア諸国と条件が決定的に異なっており、日本経済が没落した大きな原因の一つとなっている(*1)。1990年代後半からそのような雰囲気ができ始め、2003年-2004年に溝口財務官がアメリカのテーラー財務次官の承認の下、35兆円の円売りドル買い介入を実施して以降、日本が介入する際には、アメリカの許可が必要であるという事実上の約束が、出来上がっていた。そうした約束は、G7、G20の財務相・中央銀行総裁会議の声明文などの中で、何らかの文言の形で含まれるようになった。そうしたG7、G20の声明文や、その他の不文律により、介入は、日本が単独で実施することができず、最低限、アメリカ、場合によってはヨーロッパの許可が必要になってしまっているのである。現在のように、為替レートが戦後最高値より安くなっている状況で、日本がアメリカに介入の許可を求めても、アメリカが介入の許可を与えるはずがない。従って、現時点において、日本が介入を実施することは不可能なのである。そのことを、日本経済新聞では、「7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などの場で米国からクギを刺された」と表現しているのである。過去10数年間、そして現時点においても、日本が介入を実施するためには、最低限アメリカの許可が必要なのである。

問題は、中川氏がG7とG20の会議に出席していた2008年10月-2009年2月の間、アメリカが日本から介入の要請があった場合、許可を出していたかどうか、という点である。私は100%の確率で許可を出していたと断言できる。その理由がたくさんあるからだ。

2008年9月15日にリーマンブラザーズが破綻し、その後半年くらいの間、アメリカはドル安の発生を極度に恐れていた。その証拠として、2008年10月8日、バーナンキFRB議長は、ECB、BOE,カナダ中央銀行、スイス国立銀行、スウェーデン中央銀行に協調利下げを呼び掛け、同時に0.5%の利下げを実施した。アメリカの金融政策の変更は、アメリカが単独で実施するのが通常の姿である。なぜバーナンキ議長は、他国に協調利下げを呼び掛けて実施したのであろうか。これは、アメリカが単独で利下げを実施した場合、ドルの為替レートが急落することを恐れていたからである。アメリカのドルは、第2次世界大戦以降、一貫して世界の基軸通貨であり、基軸通貨であるという特権をアメリカは保持し続けていた。ところが、リーマンショックというパニックが拡大する中、単独利下げを続けていたならば、世界各国は、信用不安があり、金利の妙味もなくなり、将来の価値が下がり続けるかもしれないドルを保有したがらなくなるかもしれなかった。その場合、ドル暴落が発生し、結果として、ドルが基軸通貨国の地位から転落することを、アメリカは非常に恐れていたのである。当時のアメリカ政府、中央銀行の高官のほとんど全てが、そうした恐怖感を抱いていたはずである。平時であれば、財務長官が「ドル高は国益」と発言しても、ドル安を望む政府高官も多数いたと思う。しかし、リーマンショック直後という100年に一度のツナミの影響を受けていた時期は、ドルが基軸通貨の地位から本当に転落してしまう可能性が、ある程度の確率で存在していた。そのことを、当時のアメリカ政府、中央銀行の高官たちが理解できないはずがない。そのため、バーナンキFRB議長は、5ヶ国に協調利下げを呼び掛け、実際に0.5%の協調利下げを実施した。この時、日銀だけが協調利下げに加わらず、結果として、ドルは日本円に対してだけは大幅安となった。この時の白川日銀総裁の判断ミスは、犯罪といってもいいほど重大なものであり、その直後の深刻な不況と、現在にいたるまでの日本の電機産業を中心とする製造業を、回復不能なものとする結果へと導いた。

2009年にオバマ政権が誕生し、クリントン国務長官が最初に日本を訪問した後、中国をも訪問した。2009年2月22日に、クリントン国務長官は、中国にアメリカ国債の購入継続を要請している。中国は、日本と異なり、リーマンショク前の2008年7月に、管理変動レート制から、ドルとの固定レート制に戻していた。つまり、中国は、アメリカから要請を受ける以前から、人民元の上昇を阻止するために、ドルとアメリカ国債を買い続けていたのである。クリントン国務長官は、そうした中国のアメリカ国債の購入を、今後も続けてもらうことを確実なものとするために、改めてアメリカ国債の購入継続を要請したのである。2009年2月22日の段階でも、まだアメリカの金融市場は不安定であり、アメリカは、外国政府、中央銀行が、ドルとアメリカ国債を買うことを強く望んでいたのである。中国は、アメリカにとって軍事的には潜在的な敵国とも言える立場にある。しかも、その直前の2009年1月22日に、当時のガイトナー財務長官候補が、「大統領は中国が自国通貨を操作していると信じている」と発言していた。従って、オバマ氏は、大統領になる直前までは、他の多くのアメリカの国会議員と同様に、中国の為替介入がアメリカの国益に反すると信じていたのである。ところが、大統領の地位につくと、アメリカの金融危機の深刻さを理解し、180度意見を転換し、中国にドル買いの継続を要請したのである。アメリカはドル買いを中国に要請して、日本には要請しなかった。この差は、円安が発生した場合、ビッグ・スリーの再建がより困難になるという事情があったからであろう。しかし、ビッグ・スリーの再建などよりも、ドルが基軸通貨の地位を失わないということの方が、アメリカにとって、はるかに重要な価値であり、国益であったはずだ。従って、日本の方が、1995年秋のようなドルの押し上げ介入容認を要請した場合、アメリカが拒否していた可能性はゼロではない。しかし、日本の方が、円高進行阻止のためだけのドル買い介入を要請した場合、アメリカがその要請を拒否することは、100%ありえなかった。中川氏が4度のG7、G20に出席したのは、アメリカの協調利下げと、クリントン国務長官の訪中の間の時期である。この時、中川氏がアメリカに円高進行阻止のためのドル買い介入の許可を要請した場合、アメリカが許可を出さないはずはなかったのである。「円売り介入 米が封じる」は、アメリカの原則であるが、中川氏が財務相を務めていたリーマンショックから数カ月間は、例外の時期であった。それから約1年後の2010年3月11日に、オバマ大統領は、輸出倍増計画を発表した。この時、アメリカの金融危機は確実に遠のき、オバマ大統領は、本音の部分ではドル安を武器に輸出を増やそうと考えるように変化したのである。「円売り介入 米が封じる」という元の立場に、アメリカは完全に復帰したのである。

さらにまた、2010年9月に民主党の管内閣が為替介入を実施しようとしたが、当時の玉木財務官は、介入の許可の求め方が分からず、溝口元財務官にその方法を教わっている。引用記事では根回しという言葉を使っているが、その実体は許可である。玉木氏は、中川氏が財務相であった時期には、国際金融局長であり、篠原財務官のすぐ下で、介入を実施する担当でもあった。その玉木氏と篠原氏が、介入の許可の求め方がわからなかったということは、中川氏が財務相の時期で、円高が急激に進行していた間、日本がアメリカに介入の許可を求めたことが、一度もなかったことの証拠である。ただ、2003年-2004年は、日本の財務官とアメリカの財務次官との合意であったが、2010年以降は、日本の財務大臣とアメリカの財務長官との合意というように、合意する担当のランクが切り上がることになった。合意と言うのは、この場合は、許可がおりるという意味である。こうした状況証拠があるので、中川氏が財務相の時代に、介入を実施しようとしたことがあったとは考えられない。

一方、ネット上では、2009年2月14日にローマで行われたG7の後、中川氏が、深酒居眠り会見をし、辞任に追い込まれたのは、中川氏がアメリカからの国債購入という要求を拒否したため、アメリカが仕組んだ陰謀に引っかかったという説が流れている。その説を一部裏付けるような記事を、9月22日に、産経新聞の田村秀男氏が書いている。この記事の中の、中川氏が「日本は、キャッシュ・ディスペンサーにはなるつもりはない」という発言を、アメリカが日本にドルとアメリカ国債の買いの要求をしたが、中川氏が拒否したという意味ととらえ、一種の陰謀説となっている。産経新聞の記事が正しければ、中川氏が、日本経済新聞の記事の内容と、180度異なる発言をしていたことになる。ただ、日本はキャッシュ・ディスペンサーにはならないという発言が、ドルとアメリカ国債購入という要求を拒否したという意味であるかどうかは、産経新聞の記事だけではわからない。介入は贈与ではなく、キャッシュ・ディスペンサーとは意味が異なる。日本はアメリカに資金を大量に貸してはいるが、資金を贈与しているわけでは、決してない。日本が大量にアメリカ国債を買うのは、円高進行阻止という日本の国益のためである。田村氏は、ドル買い介入と、全く次元の異なる消費税増税とを結び付けており、田村氏の認識には混乱があることが読み取れる。中川氏がアメリカからのドルとアメリカ国債の買いの要求を拒否したという説も完全な誤りである。

中川氏が財務相時代に、ドル買いを拒否した気配を感じたことは全くなかったが、同時に、ドル買い介入を実施しようとした気配も全く感じたこともない。従って、『「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」と日本経済新聞社のインタビューに答えている。』というあいまいな記事の真の意味が、中川氏がアメリカに円売りドル買い介入実施の許可を要請したが、アメリカが認めてくれず、その時、武士の情けで認めてほしいと感じた、という意味であるとするならば、その記事は100%事実誤認の記事だと断言できる。

アメリカは、平時は日本の介入を容易に認めなかったであろうが、中川氏が財務相であったリーマンショックから数ヶ月間の大混乱期には、アメリカは、日本であろうが、中国であろうが、世界のいかなる国家、中央銀行、民間の投資家でも、ドルとアメリカ国債を購入してもらうことを強く希望し、ドルが基軸通貨の地位を失うことだけは絶対に避けたかったはずである。

11月17日の日本経済新聞の記事を読めば、日本のドル買い介入の要求をアメリカが拒否したように受け止められる。しかし、これは、9月22日の産経新聞の記事と同様に、真実であるはずがない。日本経済新聞社が、後世に残る歴史の中の、非常に重要な問題を、正しくないと思われる形で記録を残しているのは大問題である。中川氏の部下である財務省の高官たちは、ドル買い介入の許可の要請すらしなかった犯罪者である。中川氏と財務省は、白川氏と日銀とともに、リーマンックョック後の超円高を容認し、日本経済を無茶苦茶にしたA級戦犯である。そうした事実は、歴史として、後世に正確に伝えておかなければならない。


追記
11月17日の日本経済新聞では、上に書いた通り、「外需に活路を求めた米国が狙ったのは人民元の切り上げ」であった。一方、12月22日の11面の「シリーズ検証・危機は去ったか・リーマンショック5年」には、リーマンショック直後の国債発行の急激な増加の引き受け手として、当時のポールソン財務長官が、中国に求めたことが記述されている。11月17日の記事とは正反対の内容である。平時は、11月17日の記事が正しかったが、リーマンショックという危機に直面した時には、12月22日の記事が正しかった。11月17日の記事は間違いであったのだが、日本経済新聞社は、訂正していない。

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国債発行の問題点と財政再建という茨の道

前回、財政破綻に至らないための条件について説明した。今回も、国債発行の抱える問題点を、前回とは異なる角度から見ることにする。

最初に、現在の日本の置かれている状況が、他の多くの先進国より深刻であることを示す。まず、フローの面から財政赤字の対GDP比率のグラフを下記に示す。


財政赤字対GDP比率

日本は先進国の中でも、慢性的な財政赤字を出し続けている。リーマンショック後の2009年は、世界中の国の財政赤字が急速に膨らんだ。特にひどいのはギリシャであり、2010年には、財政赤字の対GDP比率が30%をこえていた。しかし、その後、急速に財政赤字は縮小しつつある。ユーロ圏は、2011年7-9月期以降、景気後退が発生している。この景気後退は、財政再建を目的とする緊縮財政の結果として発生した景気後退である。その中で、日本だけが、財政赤字を拡大させ続けている。2011年の東日本大震災の影響もあったが、2013年も、景気対策として公共投資を拡大させてきた。その結果、ユーロ圏と比較すれば、日本経済は好調である。ユーロ圏、特にギリシャを中心とする一部の南欧諸国は、失業率が25%をこえるなど、実体経済は無茶苦茶になっている。しかし、実体経済が大変大きな打撃を受けながらも、日本とは異なり、財政再建はかなりの速度で進行している。

次に、ストックベースである、政府部門が抱える純債務の対GDP比率のグラフを下記に示す。


政府債務対GDP比率

上記のグラフでも、日本は先進国で最悪の状態になっている。ギリシャは借金の一部を帳消しにしてもらったため、純債務の対GDP比率は、少しは改善している。南欧の経済再建が今後も順調に進むかどうかまだわからないが、仮に成功した場合、先進国の中で日本だけが、唯一、借金を積み上げている国になる。

現在の日本においても、財政赤字=国債の発行残高の増加が日本経済に及ぼす影響について、エコノミストや経済学者の中でも意見は分かれている。リフレ派の中でも、財政政策については、財政緊縮派と積極財政派に分かれている。ただ、リフレ派の中にも、財政緊縮派はいるが、金融緩和を声高に叫んでも、財政緊縮を声高に叫ぶ人は少ない。そのため、リフレ派の中では、積極財政をも同時に主張する声の方が大きく聞こえる。財政再建をより強く訴える人たちの中心は、金融緩和と積極財政の両方の効果を否定し、構造改革による経済成長を重視する、構造改革派、新自由主義派のような立場の人たちである。

積極財政派がしばしば持ちだす理論に、次のような考え方がある。
「現在の日本国債は、保有者の大半が日本人であるので、国債の発行や償還は、国内での資金移転にすぎず、何の問題も引き起こさない。国債の発行が、子や孫の負担になることもない。」
この考え方の源流は、アバ・ラーナーが1940年代に打ち出した理論である。この理論についての議論はいろいろと行われているが、私自身の考え方を述べてみたいと思う。

日本は、過去20年以上にわたって、誤った金融政策が実施されてきた。20年前に異次元金融緩和を実施していたならば、資産デフレやモノのデフレに陥ることはなかったであろう。名目GDPは、増加し続けていたであろう。1990年代初頭のバブル崩壊による資産価格の低下は一時的であり、資産価格は、現在よりも大幅に高い水準で推移し続けていたであろう。為替レートは現在より円安が続いており、電機を中心とする日本の製造業は、現在よりはるかに強力な競争力を維持していたであろう。この場合、日本が大量の国債を発行する必要性は生じなかった。従って、巨額の借金に苦しめられるようなことは、起こりえなかった。国債の残高が大幅に増加する代わりに、海外への資金流出が継続し、円安が続き、経常収支の黒字が拡大する。その結果、分散化された対外純資産が、現在よりはるかに大きく膨らんでいたはずである。従って、政治的には、ジャパン・ナッシングではなく、凄まじいジャパン・バッシングが続いていたであろう。世界からぶん殴られ続けながらも、超少子高齢化、人口減少が本格的に始まる前に、日本は現在以上の所得、すなわちGDPと、対外純資産を保有していたであろう。金融緩和策の限界は、インフレとバブルの発生である。しかし、少し前までの日本経済は、デフレと負のバブルに苦しめられてきた。金融緩和が、長年、あまりにも不十分であったことの結果である。

日銀の不作為により、過去20年以上にわたって、日本経済は低迷を続けることを余儀なくされた。それでも、日本経済が本物の破綻が避けられたのは、国債の大量発行という財政政策が実施されたからである。過去において、政府が国内の過剰な貯蓄を国債発行で吸い上げ、公共投資、消費、贈与に回してきた。そのため、過去の国債の大量発行という財政政策は、それがなされなかった場合と比較して、GDPの成長率を引き上げる大変大きな効果があったと考える。

来年4月からの消費税増税は、正式に決定されたが、世論の一部には、依然として消費税増税に対して、強く反対する意見がある。しかし、この国民に負担を押し付ける増税反対という世論は、過去の国債発行時に、声を出してもらいたかった。日本はすでに、国債の大量発行という、先楽後憂の手段を選択してしまった後なのである。増税反対の声を出しても、もはや、手遅れなのである。過去の国債発行時に、将来の増税を確実にする国債発行の反対という声を出すべきであった。アメリカでは、草の根団体であるティーパーティーが、国債の増発に強く反対している。国債の増発反対という主張自体は、まっとうな主張である。しかし、ティーパーティーはアメリカ国債をデフォルト寸前に追い込むなど、主張の仕方が、あまりにも過激すぎた。

日銀の資金循環統計によると、2013年6月末の時点で、家計は、金融資産をネットで1234兆円保有している。多くの日本人は、個人貯蓄が1234兆円あるので、老後の資金への備えとしては、十分とはいえないまでも、ある程度、確保されていると考えるであろう。しかし、その認識には錯覚が含まれている。政府部門で610兆円のネットの負債がある。民間の企業会計のように、年金の積立不足を計上したならば、ネットの負債額は610兆円を大幅に上回るであろう。そして、老後の貯蓄の何割かは、政府が過去に消費や贈与に回してしまっており、貯蓄は一部しか残っていないのである。

高度成長期の時代は、事情が異なっていた。当時の日本人の貯蓄率は今以上に高かった。その貯蓄は、銀行を通して、主として企業への貸し出しへと流れていた。企業は借り入れた資金を設備投資に回し、その投資こそが、将来の日本の新しい所得を生み出していた。日本人の貯蓄は、将来所得の製造マシーンに回されていたのである。こうした貯蓄は、経済成長にとって不可欠であり、高度成長期の貯蓄は、将来所得の製造という有効な形で使用されていた。

しかし、現在は高度成長期とかなり異なる。現在の個人の貯蓄の多くは、企業の貯蓄とともに、多くは政府部門に流れており、一部が海外に流れている。では、政府が赤字国債の形で集めた資金を何に使っているかというと、教育、防衛、医療などの費用、すなわち消費と、社会保障費の中の年金に対する国庫負担や、生活保護費などの所得移転、すなわち贈与へと回されているのである。国民が、貯蓄と思って貯めこんだ資金は、金融機関を通じて政府に流れている。しかし、政府はその貯蓄をかつての企業のような将来所得の製造マシーンには回すことなく、大半を消費や贈与に回している。将来所得の製造マシーンとなりうる企業が少ないだけでなく、政府が民間企業に補助金として資金供与した場合、WTOのルール違反にもなりうるからだ。国民は、貯蓄をしたと考えているかもしれないが、実はその貯蓄の何割かは政府が消費や贈与に回してしまっており、その分は何も残っていないのである。

最近、AIJ投資顧問や、MRIインターナショナルのような事件が発生し、預けた資金がごく一部しか戻ってこないということが明らかになっている。政府が行っていることは、AIJ投資顧問や、MRIインターナショナルと同じではないが、共通点は多い。違いは、政府は、調達した資金の運用に失敗したり、運用に回さなかったのではなく、最初から運用などせずに、消費ないしは贈与に回すという予算を作成し、国会で承認された予算に従って消費や贈与を実施してきたことである。そして、政府は、税金徴収権という特別の権利を保持していることである。従って、国債の返済ができなければ、増税という形で、理論的には、いくらでも資金を集めることができるという点である。

国債とは、将来の歳出削減、または増税の予約証書である。長い言葉になるため、ここでは、将来の増税の予約証書であると書くことにする。国民が100万円の預金をして、その資金で銀行が100万円の国債を買っていたとする。将来、預金と国債の満期が同じ時期に来ると仮定しよう。この場合、最終的な借り手である政府の手元には資金がない。従って、国債が満期を迎える時期に、一人当たり100万円の増税を実施するとしよう。その場合、預金者は、元本100万円が戻ってきて、さあこれから老後の生活資金に使おうとする。しかし、同じ時期に、政府が国民1人当たりで100万円に相当する増税を実施するのである。預金が満期になったと喜んでいたら、その分がすべて増税で政府に取られてしまう。これでは、最初に100万円の貯蓄をした意味がなくなる。これは、わかりやすく説明するために作ったフィクションであり、実際には銀行預金と将来の増税が一対一で結びつくことはありえない。しかし、結果としては、これと類似の現象は、今後、いくらでも発生することになるであろう。大元の原因は、この例のように、国民の預金を政府が将来所得の製造マシーンに投資するなどの有効な形で使用せず、単なる消費や贈与に回していたことである。その結果、名前は国債や借入金、正体は将来の増税予約証書という債権債務関係が、ネットで610兆円、グロスで1126兆円にまで積み上がってしまったのである。

ここで重要なことは、個人ではなく国家というレベルで見た場合、日本国内で老後のためなどに、金融資産の形で貯蓄をする手段が存在しないということである。貯蓄するとすれば、海外に資金を預けるしかない。国内に貯蓄する場合、金融資産ではなく、住宅や工場、公共設備などの実物資産への投資の形でしか行うことができない。民間の設備投資や、真に必要な公共投資に流れるならば、将来所得の製造マシーンへの貯蓄になる。しかし、国債、特に赤字国債は、将来所得の製造マシーンではなく、単なる消費か贈与に回っている。国民の貯蓄となるのは、民間の設備投資や、真に必要な公共投資を除けば、海外への貯蓄だけである。先に異次元金融緩和を20年前に実施した場合のことに触れたが、対外純資産という海外への貯蓄が、現在よりも大幅に増えていたはずなのである。

過去において、政府は国債を発行して、消費や贈与を行い続けてきた。国債を償還する場合、手元に資金が残らない。従って、増税と歳出削減を実施しない場合、国債の発行残高を増やし続けるしかない。しかし、たとえ国内の投資家に対してであっても、政府が借金を永遠に増やすことはできない。これは、政府のグロスの債務が1126兆円からさらに1万倍、1億倍、1兆倍・・・と増やすことができないのは明らかであり、増やすことの可能な限度額がある。いつの時点かで、増税か歳出削減により国債を償還させることは、必ず必要なのである。先に示したグラフを見てわかるように、日本の政府純債務の対GDP比率は、先進国で最高である。国債は、正しくは、将来の増税の予約証書であるので、可能であれば、早めに財政再建に取り組み、将来の増税の予約証書なるものの残高の増加を止めることが望ましい。

しかし、国債発行の減額という財政再建策は、国債発行の増額が過去のGDPを引き上げた圧力よりも小さいが、将来のGDPを引き下げる方向への圧力となる。従って、超少子高齢化、人口減少という経済成長率引き下げ圧力に、財政再建という経済成長率引き下げ圧力がかかり、今後の日本は、低成長経済への道を歩むことを余儀なくされるであろう。増税や歳出の削減は、痛みを伴い、国民の暮らしを破壊する効果が大きいのである。しかし、痛みを伴うからといって、国債発行を永久に増やし続けることもできない。

20年前なら、痛みを伴う財政再建策は、必要ではなかった。20年前に異次元金融緩和を実施していたならば、経済は成長し、税収は増え、金利はあまり上昇しなかったであろう。先にも書いた通り、国債増発が必要でなく、政府純債務の対GDP比率を低い水準に維持することができたのである。これは、金融緩和の結果として、経済成長が起こり、財政再建が可能という選択肢が残されていたことを意味する。しかし、現在は、金融緩和による経済成長だけで、財政再建を実現させることは不可能である。過去20年間、誤った金融政策が続いた結果、日本経済は衰退し、経済成長という所得創出能力が低下してしまった。前回(*1)、詳しく説明したが、名目GDP成長率が長期国債金利を上回ることができなくなってしまった(*2)。これからの日本は、経済の低成長が続き、その結果として、増税や歳出削減なしには、財政再建を行うことができない。1993年時点では、国債の発行が、子や孫の負担にはならない道が残されていた。国債が将来の増税予約証書であったとしても、経済成長を通じた、「成長税」とも呼べる税の自然増収により、償還が可能であった。残念ながら、現在ではそのような道は失われてしまったのである。

先日発表された今年7-9月期の実質GDP成長率は、その多くを国債発行を原資とした公共投資に依存していた。しかし、本格的に財政再建の段階に入ったならば、従来の国債発行のプラスの効果が、国債償還のマイナスの効果に転換してしまう。その第一段が、来年4月の消費税増税である。これからの世代は、過去の世代が先延ばしにしてきた負担のツケを支払わざるをえない。今後の日本が経験しなければならない財政再建の痛みは、非常に大きなものとなるはずだ。しかし、痛みを少なくする方法は存在するが(*3)、痛みをそのものを取り除く方法は残念ながら存在しない。何度も繰り返して言うように、異次元金融緩和の実施が20年遅くなったために、日本はあまりにも多くの物を失い過ぎ、それらを取り戻すことが永久にできなくなってしまったのである。


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ドーマー条件、ボーン条件、財政再建に必要な条件(*1)
名目成長率と名目金利の比較(*2)
インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策(*3)



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ドーマー条件、ボーン条件、財政再建に必要な条件

今まで、財政緊縮、金融緩和の観点から、金融緩和の必要性について繰り返し書いてきた。今回は、金融緩和だけではなく、財政緊縮もまた、現在の日本にとって必要な政策である理由について書くことにする。

ネット上で「財政再建」という言葉で検索し、Wikipediaに書かれている内容の一部を下記に掲載する。

ドーマー条件
財政破綻が起こらないための十分条件の一つ。名目GDP成長率が長期金利を上回れば財政赤字は維持可能であるという内容の定理である。

ボーン条件
財政破綻が起こらないための十分条件の一つ。前期に財政が悪化していた場合には、今期はプライマリーバランス規模が改善するように財政が運営されていればよいとするもの。

財政破綻が起こらないための十分条件として、上記の二つの条件が示されている。両方とも簡素な条件であり、難しくない内容である。ただ、その内容についてのWikipediaの説明には、多くの問題点があるので、そのことについて説明する。先にボーン条件から始める。

ボーン条件で、「前期に財政が悪化していた場合」というのは、前期末の債務の残高が、前々期末の債務残高を上回った場合のことを指す。この場合、今期のプライマリーバランスを改善させれば、財政の破綻はない、という内容である。「プライマリーバランス規模が改善するように」と書かれているが。その具体的な規模が明示されていない。では、1円でもプライマリーバランスを改善させれば、財政破綻はないのか、本当にそうなのか、という疑問を誰もが感じるであろう。

わかりやすくするために、極端な数字を使った具体的な例で説明する。前々期末に9兆8039億円あった債務残高が、前期にプライマリーバランスが0円、利子相当分の債務が1961億円増加し、前期末の債務残高がちょうど10兆円になったと仮定する。今期のGDPが100兆円、今後、債務の利子率が2%、名目GDP成長率が1%の状態が続くと仮定する。前期に財政が悪化しているので、今期は、プライマリーバランスを、前期の債務残高の10兆分の1、ちょうど1円だけ改善させると仮定する。この条件は、後で説明するドーマー条件を満たしていない。ドーマー条件を満たさない場合、ボーン条件が本当に財政が破綻しない十分条件かを考えるのである。

この例の場合、今期の利払い費用は2000億円であり、その分債務が増加するが、プライマリーバランスは1円改善するので、今期末の債務残高は、10兆1999億9999円になる。これと同じ環境が長期間継続し、同じ作業を毎年続けたと仮定して計算する。すると、債務残高は、10年後に12兆円、100年後に72兆円、300年後に380兆円となる。1000年後の数字は、大きすぎて、表示の方法がわからない。1000年後の数字は、仮に、毎年のプライマリーバランスの改善がゼロ円であった場合よりも、債務残高は3901億3633万2288円だけ少なくなると計算できる。

この例での債務残高/GDPの比率を計算すると、10年後に0.11倍、100年後に0.27倍、300年後に1.94倍、1000年後に1919倍、2000年後に3646万8452倍となる。2000年後に債務残高の対GDP比率が3600万倍とういう状態で、財政破綻が起こらないとは考えられない。これは、ボーン条件では、財政破綻が起こらない状態を、横断性条件を満たすというものと定義するからだ。横断性条件とは、利子率>債務の増加率、の状態である。時間が無限大にあると考えるため、横断性条件が満たされる場合、債務残高の割引現在価値はゼロになる。こういう純粋に数学的な条件を満たした場合、ボーン条件は財政破綻が起こらない十分条件になる。しかし、常識で考えれば、上記の例は、完全な財政破綻である。つまり、財政破綻が起こらない定義を、横断性条件を満たすという定義にすることが間違っているのである。ボーン条件を満たしていても、常識的に考えた場合、財政破綻は起こる。ボーン条件は、財政破綻が起こらない条件としては緩すぎるのである。ところが、1990年以降の日本においては、ユルユルのボーン条件さえも、満たされていない年が多いのである。

次に、ドーマー条件を見ることにする。名目GDP成長率が長期(国債)金利を上回れば財政赤字は維持可能というのも、意味は分かりやすい。名目GDP成長率をg、長期国債金利をiと置くと、g>iであれば、財政破綻は起こらない。意味するところを直観的に説明すると、大きな債務を抱えていた場合、その年率の増加率がiに当たる。そして、g=名目GDP成長率=実質GDP成長率+インフレ率になる。名目GDP成長率が実質GDP成長率に大きく依存している場合、実質での経済成長率が高く、その結果として税収が増加していることになる。この場合、成長税ともいうべき税収増加が発生していると考えることができる。名目GDP成長率がインフレ率に大きく依存している場合は、毎年インフレによって債務を帳消しにしている。これはインフレ税という税金を課税していることと同じである。g>iという状態は、債務の利払い以上に、成長税なりインフレ税の形で税収がそれ以上に拡大し、税収の増加>債務の増加が実現し、結果として債務残高は毎年減少していくことになる。しかし、この場合、考慮に入れているのは、既存の債務だけであり、新規債務、すなわちプライマリーバランスが全く考慮に入れられていない。仮にGDPが100兆円で、プライマリーバランスが今年10兆円、2年目に100兆円、3年目に1000兆円・・・と無限に増え続けた場合、やはり債務残高は無限に増加することになり、財政は破綻してしまう。つまり、Wikipediaの中の説明で、「財政破綻が起こらないための十分条件」という記述は、誤っている。そのため、プライマリーバランスの対GDP比率を固定し、Pbという定数にすることが行われる。この場合、時間を無限大にした場合、対GDPでの債務残高の比率は、Pb/(g-i)という定数に収束することがわかっている。ある定数に収束するなら、財政破綻にならないと言えるかもしれない。

だがしかし、である。この収束状態についても問題が存在する。わかりやすくするために、また、極端な数値を使用して説明する。プライマリーバランスの対GDP比率であるPbが10%、すなわち0.1、名目GDP成長率マイナス長期国債利子率(g-i)が1億分の1であると仮定する。その場合、Pb/(g-i)=1000万となり、債務総額はGDPの1000万倍にまで増えることになる。この場合も、数学的には定数に収束するが、定数があまりにも大きすぎるので、財政破綻はその前に発生しているはずである。常識的に考えれば、財政破綻が起こらない条件とするには、緩すぎるのである。

そこで使われるのが、名目GDP成長率>長期国債利子率、プライマリーバランス=ゼロ(g>i、Pb=0)という条件である。今期に、プライマリーバランス=ゼロを達成した場合、今期の債務残高/GDPの比率がピークとなり、その後は、この比率は減少し、超長期的には、債務残高をゼロに近づけることができる。そのため、単に「ドーマー条件」と言った場合、g>i、Pb=0の2つの条件を指す場合もあり、この場合には、間違いなく財政破綻が起こらない十分条件となる。

再び、だがしかし、である。ここで大変難しい問題が発生する。g>iすなわち、名目GDP成長率>長期国債金利と言う条件が、常に、あるいは長期の平均で成立するか、という問題である。ソローの成長モデルでは、長期的には、名目GDP成長率<金利、が成立する。ただし、これは、いくつかの仮定を置いた理論上で成立する結果であるので、現実の経済が常にg<iになるとは限らない。しかし、現実の経済においても、g>iが成り立つと考えている人は、少数派である。多数派は、g<iであり、次にg=iが多いと思う。

この問題については、(*1)で分析をした。そこで暫定的に導き出した私の結論は、下記のとおりである。

(A)実質GDP成長率が低下し、インフレの進行も緩やかになった多くの先進国については、長期の平均値をとった場合、名目GDP成長率と長期国債金利は、ほぼ等しくなる。

(B)インフレ率が高騰すると、名目GDP成長率>長期国債金利となる。年間のインフレ率が15%あたりを超えて上昇すると、名目GDP成長率の伸びに、長期国債金利の上昇が追い付けなくなり、名目GDP成長率>名目国債金利の状態になる。

(C)(B)以外にも、 名目GDP成長率>長期国債金利となる国は、存在する。それは、実質GDP成長率が高い国である。

(B)のように、ハイパーインフレを発生させれば、すべての国家において、財政再建が可能となる。ただし、ハイパーインフレが発生する理由は、市場経済の崩壊が原因であるので、市場経済の崩壊=実質GDPの大幅なマイナスという結果が必ず付随する。これは、絶対に避けなければならない。現在の日本のように、今後、超少子高齢化、人口減少が続くという環境下で、実質GDP成長率を、高度成長期のように引き上げることは困難である。つまり、(C)を起こすことは、絶対に不可能ではないが、非常に難しい。現実的には、(A)で示したように、長期平均をとれば、名目GDP成長率=長期国債金利、すなわちg=iとなる可能性が高いと思う。同時に、g=iまでは、努力すれば実現が可能であり、実現させなければならない条件である。1990年以降、日本ではg<iとなる期間が長過ぎた。これは日銀の金融緩和が完全に不足していたことが原因である。今年4月1日から、5月13日までの期間と、おそらくであるが、今年8月5日以降の期間において、g>iが成立している。今年度いっぱいは、g>iが成立するであろう。しかし、消費税増税の影響を除いた場合でも、インフレの進行がより明確になれば、iも上昇に向かうであろう。一時的にはg<iに戻るかもしれない。しかし、適切な政策が採られた場合、長期の平均をとればg=iを成立させることは可能である。同時に、長期平均で見て、g<iという昔の状態に戻してはならない。

仮に、g=iと仮定すれば、ドーマー条件は成り立たない。私は、中間目標としてg=i、Pb=0を目指すべきと考える。この場合、プライマリーバランス(Pb)のゼロが実現した時点で、債務残高/GDP比率は横ばいとなり、その後も横ばいが続く。この中間目標を達成したあと、g>iを目指す努力をしながら、Pbのプライマリーバランスの黒字化をはかるべきだと思う。

プライマリーバランス=ゼロという目標は簡単ではない。私はその手段として、(*2)で具体的な財政再建方法を提示した。つまり、金融政策は、インフレとバブルの発生を目指して徹底的に緩和し、インフレとバブルの防止には財政政策、すなわち増税を徹底的に利用する、というものである。この場合、増税に加えて、超金融緩和を続けるため、日銀の国債保有残高は大幅に増加する。これは、日銀の国庫納付金を大幅に増加させ、歳入の増加につながる。この政策によりプライマリーバランスのゼロを追求し、それでも足りない場合に、別の政策を考えればよいと考えている。

問題となるのは、2014年4月と2015年10月に行われる消費税増税である。私は消費税増税は実施すべきものと考える。消費税増税をとりやめた場合、iに財政破綻リスクが発生し、iが上昇する可能性を完全に否定することができないからだ。

現在、iの水準は非常に低い。iが上昇する原因は、インフレ期待の形成と財政破綻リスクの発生である。インフレ期待が形成されて、iが上昇するのは、当然であり、避ける努力をする必要はない。少し前まで、iマイナス消費者物価上昇率で定義される実質金利が高すぎる時期が、あまりにも長く続きすぎた。これは、少し前のiが、ゼロ金利制約により高過ぎる環境下であるのにもかかわらず、金融緩和が不足し、デフレが長引きすぎたことが原因である。今年8月から、現在まで、実質金利はマイナスになっている。しかし、今後、本格的なインフレが発生した場合、iは、インフレ期待、インフレ発生により上昇するであろう。ただ、この場合、gも中長期的に見れば上昇していく。gとiがともに上昇して、g=iが続くのであれば、インフレ期待の形成によるiの上昇を恐れる必要はない。

恐れなければならないのは、財政破綻リスクがiにプレミアムとして織り込まれることである。現在のiの水準は非常に低く、財政破綻リスクはゼロか、ゼロに近いはずである。しかし、それは過去のことであり、将来、財政破綻リスクを織り込み始めれば、iは上昇に転じる。iが上昇しても、gは上昇しない。すなわちg<iが長期化してしまう。iが上昇した結果として、g<iが実現する場合、国債の利払い費用は大幅に増加する。しかし、名目GDPは、あまり増加しない。g<iが長期化し、政府債務残高が急増し、それがさらなるiの上昇を引き起こす。行きつく先は、金利の大幅な上昇か、高率のインフレ進行である。それを避けるためには、超々緊縮政策を実施して、プライマリーバランスを大幅に黒字にするしかない。これは、とてつもない痛みを伴う深刻な不況の発生を意味する。

従って、iに財政破綻リスクプレミアムが発生することだけは、絶対に避ける必要がある。消費税引き上げの見送りが、財政破綻リスクプレミアムの発生を引き起こす可能性を完全に否定することができない。もちろん可能性があるだけで、実際には何も起こらない可能性もある。しかし、政策論を考える場合、iに財政破綻リスクプレミアムが発生する可能性のある政策は、絶対に避けるべきである。その意味において、消費税引き上げの見送りは危険な政策であり、消費税の引き上げは実施すべきである。その上で、現在、予定されているような景気対策を並行して行うことは、景気後退リスクを除去するために、必要であると思う。

過去15年余りの間、日本は財政再建策として、プライマリーバランスのゼロを目指すことだけに努力を傾け過ぎてきた。プライマリーバランスがゼロでもg<iが続く限り、財政再建など不可能である。g<iを長く放置しすぎた結果、日本の政府債務残高の対GDP比率は、とてつもなく大きな数値に膨張してしまった。今後は、g<iを可能な限り避けなければならない。g=iは財政再建のために最低限必要な条件である。

しかし、プライマリーバランスの大幅な赤字を放置したまま、gの引き上げのみに傾倒することも、正しい政策とは思えない。g>iを目ざす努力は最大限行うべきであろう。その努力を続ける中で、思いがけない技術革新が発生し、実質GDP成長率が上昇し、g>iが実現する可能性は存在する。しかし、財政再建計画を策定する段階において、思いがけない技術革新を行程表にのせることは、適切ではない。財政再建計画は、g=iでなければならない。しかし、金融緩和だけで、gの引き上げに注力した場合、思いがけない技術革新などの幸運に恵まれなければ、g=iを維持することができなくなる。現在のようなプライマリーバランスの赤字を放置し続けたならば、いずれは、iに財政破綻プレミアムが発生して、ジ・エンドになってしまう。現在のようなプライマリーバランスの赤字を放置し続けた場合、財政破綻プレミアムがいつ発生するか、その時期を正確に予測することは不可能である。私の直観では、遅くとも30年以内に100%の確率で財政破綻プレミアムが発生すると考えている。

現在は、2015年10月までの消費税の増税が、ほぼ決定済みである。それ以上、急いだプライマリーバランスの削減策を実施すると、不況を長引かせ、かえって望ましくない結果をもたらす。消費税増税による不況圧力が存在する間は、消費税を除くインフレ率が大きく上昇する可能性は低い。消費税増税の悪影響が一巡する2016年度後半以降も景気回復が続き、インフレやバブルが発生するのならば、さらなる増税により、インフレとバブルを抑え込めば良いのである。金融政策はひたすら緩和、インフレとバブルが発生したならば徹底的な増税。この二つの政策の組み合わせこそが、長期的なg=iとプライマリーバランス=ゼロの実現に大いに役立つ政策である。今すぐ実行することが必要な政策は、金融緩和の大幅な強化である。しかし、なるべく早めにプライマリーバランスを均衡化させる政策もまた、必要不可欠な政策なのである。


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