日本の貿易収支 赤字から黒字への道

昨年11月から超円高の是正が始まったが、現在までのところ日本の貿易赤字は縮小していない。今回は、その原因を調べることにする。まず、貿易収支の現状を下記のグラフに示す。

貿易収支

貿易収支の悪化は、リーマンショック前の資源価格高騰時からである。資源価格の下落後は、超円高が進行し、貿易収支は一時的に赤字になった。その後、回復するが、2011年3月の東日本大震災の頃から、再び赤字に転落した。昨年11月から、超円高が是正されつつあるにもかかわらず、赤字が減少する気配はない。日本の貿易収支は、2007年以前は毎月1兆円弱の黒字であったのが、最近では毎月1兆円弱の赤字となっている。年率に換算すると、年間20兆円近くも、貿易収支が悪化してしまったことになる。

次に、日本の貿易収支の悪化が、どの商品セクターで発生しているかを探ることにする。日本の商品別の貿易収支のグラフを下記に示す。


商品別

まず目につくのが、鉱物性燃料の赤字拡大である。リーマンショック前の資源価格高騰時に急増したが、その後、急減して2009年に底を打ったが、2011年から再びジリジリと増えている。この主な原因は、福島原発の事故をきっかけとした原発停止の結果である。経済産業省の試算では、原発停止の影響で、2013年度の輸入燃料価格は3.6兆円増加するとのことである。全体の貿易収支の悪化が20兆円弱なので、原発停止要因を除いても、年間16兆円前後もの貿易収支の悪化が発生していることになる。

従って、原発停止の影響はあるものの、貿易赤字拡大のより大きな原因は、他のセクターにある。上記の表では、貿易の主要な構成品目である一般機械、電気機器、輸送用機器の収支の黒字の減少の影響が大きい。その中では、電気機器の収支が大きく下落しつつあり、一般機械、輸送用機器の収支も、リーマンショック前の金額をかなり下回っていることが分かる。

次に、地域別の貿易収支のグラフを下記に示す。


地域別

対中東は、先に述べた原油価格の変動と原発停止の影響に大きく左右される。それ以外で、対アメリカでは、水準がやや低いものの、比較的堅調である。対EUは、悪化の幅はそれほど大きくないが、黒字から赤字に転落している。一番大きく悪化したのは、対アジアである。

次に、対アメリカでの商品別収支のグラフを下記に示す。


対米

対アメリカでの貿易収支は、全般的に健闘していると言えると思う。しかし、最も競争力の強い輸送用機器、中でも自動車は、かなり空洞化が進んでおり、ここからより輸出金額を増やすことは、容易なことではない。電気機器は、競争力自体が落ちている。全体として、対アメリカでの貿易黒字は今後も拡大する方向に動くと思うが、リーマンショック前のピークに戻るまでには、ある程度の時間が必要であろう。

次に、対EUでの商品別収支のグラフを下記に示す。


対EU

EUは、南欧諸国の経済危機の影響で不況が長引いていたが、最近は緩やかな景気回復が始まっている。しかし、南欧諸国の経済が順調に好転するとは限らず、爆弾を抱えたままの景気回復となるであろう。従来、貿易収支の黒字と赤字が交代し続けていたEU経済は、不況とユーロ安の影響で、貿易収支の大幅な黒字が継続するようになった。その結果が、日本の対EU貿易収支の赤字転落である(日本は、上記のグラフで示していない化学製品の収支が、対EUでは恒常的に赤字)。中でも輸送用機器、自動車が大きな悪影響を受けた。しかし、EU経済は回復過程に入り、大きく落ち込んだ日本企業の自動車販売は、増加に転じている。ただ、空洞化の進行により、現地生産が増えているので、販売の増加が輸出の増加にすぐにつながるわけではない。後で示すように、円高・ユーロ安が大きく是正されたため、今後は、緩やかな速度で、自動車を中心とする対EU輸出、貿易黒字は拡大していくであろう。しかし、南欧諸国の爆弾が破裂しないと仮定しても、その速度は非常に緩やかになることが予想される。

次に、対アジアでの商品別収支のグラフを下記に示す。


対アジア

特に大きな下落が目立つのは、電気機器の収支である。リーマンショック前には4000億円を超える黒字の月があったのが、直近では1000億円以上の赤字に転落している。

この原因を調べるために、対アジアでの電気機器のより細かな商品別の貿易収支のグラフを下記に示す。


対アジア電気機器

一番健闘しているのは、IC、すなわち半導体である。東芝、ルネサス、ソニー、マイクロンに買収されたエルピーダなどの半導体製造企業は、没落しつつある日本の電機企業の中でも、輸出貢献度は依然として高い。前回、「半導体ルネサンス」を提唱し、日本の半導体産業を保護してでも大幅に強化すべきことを主張した。「半導体ルネサンス」が成功したならば、日本の貿易収支を大幅に改善することが可能になる。しかし、「半導体ルネサンス」が現実化する可能性は非常に低い。実際には、半導体、ICの対アジア収支は、今後は下落してしまうかもしれない。

しかし、何といっても対アジアでの電気機器収支の悪化に貢献したのは通信機器であり、中身の多くは、携帯電話である。通信機器の収支の赤字は、2013年9月に急拡大しているが、これは、アップルのiPhone5s,5cが9月20日に発売されたという特殊要因である。この影響だけで1500億円ほどあり、9月の貿易赤字全体を拡大させた大きな要因となった。しかし、この特殊要因を除いても、通信機器の赤字は毎月1500億円程度続くであろう。これは、スマホ世代になって、携帯電話製造工場が、世界でも賃金の安い中国の内陸部、ベトナムなどへと移動しているためである。残念ながら日本製のスマホは、完全に価格競争力を失っている。パナソニック、NEC、ソニーは携帯電話製造工場を閉鎖したが、これは諦めるしかない。音響映像機器の赤字も大きい。赤字が最も膨らんだのは、2010年11月である。この月は、地デジ特需がピークの月であり、日本国内でテレビが爆発的に売れた時期に一致している。地デジ特需の後、テレビの販売金額は急減し、それに並行して、音響映像機器の赤字も減少している。しかし、将来、赤字が縮小するような気配は感じられない。私が一番深刻に感じるのは、電子部品の黒字の急減である。テレビにせよ、スマホにせよ、完成品の組み立ては、日本の人件費では競争に勝てず、諦めるしかない。しかし、電子部品の中には競争力を保持しているメーカーはまだ多い。完成品の輸入国になるのは仕方がないが、電子部品までも収支の黒字が急減しているのは非常に心配である。日本メーカーの電子部品の受注は伸びており、最近ではスマホ向け部品の受注が大きく伸びている。しかし、その受注の伸び以上に、海外生産の伸びが増えているようである。

iPhone特需のあった今年9月の反動として、10月以降は対アジアでの電気機器収支が黒字に戻る可能性は高い。しかし、それでも、対アジアの貿易収支全体の黒字が拡大する姿は見えない。対アメリカ、対EUの場合、時間の経過とともに、貿易収支が緩やかながらも改善する道が見えている。それに対して対アジアでは、貿易収支改善の道が見えていない。対アジアで貿易収支を改善するためには、日本の経済政策のさらなる大きな変更が不可欠である。

対アジアでの貿易収支の改善が見えない最大の理由は、昨年11月以降、円高・ドル安、ユーロ安の構造はかなり是正されたが、超円高・アジア通貨安の構造の是正は、全く不十分であるからだ。それを示すために、購買力平価で見た円の価値の、主としてアジア諸国の通貨に対する割高、割安の度合いを表すグラフを下記に示す。


購買力平価

日本円=100という基準にしており、100以上なら円安・外国通貨高、100以下なら円高・外国通貨安である。昨年11月からの円安の結果、ドイツ・ユーロに対しては円高が是正され、むしろ若干の円安になった。対米ドルでの円高もかなり是正された。しかし、対アジア諸国の通貨に対する超円高は、少ししか是正されていない。

購買力平価の欠点は、非貿易財の存在である。そのため、購買力平価だけを見て通貨の割高・割安を決めつけることは、正しくない。しかし、バラッサ・サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)を考慮すれば、かなりの程度その欠点を補える。つまり、購買力平価で見た発展途上国の通貨価値は、経済成長とともに上昇するのが普通の姿である。日本では、1971年以前の1ドル=360円から、2011年10月の1ドル=75円までの大幅な円高が発生した。一方、日本周辺のアジア諸国は、そのような大幅な通貨価値の上昇が発生していない。これは、日本周辺の多くのアジア諸国が大規模な為替介入を繰り返し、自国通貨の価値の上昇を防いできた結果である。特に露骨なのは、台湾、香港、シンガポールの3ヶ国である。この3ヶ国の購買力平価ベースでの1人当たりGDPは、日本より高いにもかかわらず、巨額の介入により、自国の通貨価値を大幅に安く維持してきた。次が韓国である。購買力平価ベースでの1人当たりGDPは日本より少し低いが、韓国ウォンの価値は、日本円より依然として32%も低い。にもかかわらず、10月25日、韓国政府・中央銀行が、ウォン売り・外貨買い介入を実施したと報道された。韓国は、割安な韓国ウォンの通貨価値の上昇を、断固として阻止しようとしている。超円高で多くの企業、産業を見殺しにしてきた日本政府・日銀よりは、はるかに立派な行動だと思う。香港、シンガポールは、小国なので、日本の被害はあったものの、その規模は限定的であった。台湾と韓国は中規模の国家なので、この2ヶ国の長年の自国通貨安誘導政策により、日本の製造業、特に電機産業は大きな悪影響を受けた。日本の政府・日銀は、台湾、韓国の通貨に対しては、購買力平価で見た対円で等価にすることを目指す必要がある。日本よりはるかに豊かになった香港、シンガポールの通貨に対しては、購買力平価で見た対円で等価ではなく、より割高にすることを目指す必要がある。中国、タイ、マレーシアも自国通貨安誘導政策を行っている。ただこの3ヶ国は、日本よりまだ貧しく、購買力平価で見た自国通貨の価値がある程度安くなるのは、やむをえない。日本円の対アジア諸国の通貨に対する割高の理由は、経済発展段階の差と、為替操作という2つの原因があり、前者については諦めるしかないが、後者については日本の政府・日銀が断固として是正をしなければならないものである。台湾などの通貨安は、100%が為替操作であるのに対して、中国、タイ、マレーシアの通貨の対円での割安度合いは、2つの原因が混合している。そのため、客観的な数値目標を算出することができない。購買力平価で見て、対円で等価にすることを目指すべきとまで言うことはできない。しかし、この3ヶ国の通貨の価値を、対円で現状より、より高くすることを目指すことは、最低限必要である。一方、ベトナム、インド、インドネシア、フィリピンの通貨価値が安いのは、この4ヶ国の購買力平価ベースでの1人当たりGDPが低いからである。従って、この4ヶ国の通貨安は、容認せざるをえない。

2013年5月22日、バーナンキFRB議長が、議会証言で量的緩和の出口戦略を語ったとたん、日本の株価は急落し、インドとインドネシアを中心に、アジア諸国の通貨も急落した。しかし、アジア経済の専門家の多くは、1997年のようなアジア通貨危機は起こらないと予測した。理由は、多くのアジア諸国が、1997年と比較して、通貨を割安に維持して、輸出を伸ばし、経常収支を黒字に保ち、外貨準備を大幅に増やしていることを理由として上げている。ならば、アジア諸国と正反対に、通貨が割高に維持され、輸出が減少し、経常収支の黒字が減っている国が、世界に存在しなければならない。その国は先進国であるのだが、欧米諸国は、アジアとの貿易金額の割合が低く、関係が少ない。アジアの中にあり、アジア諸国と最も貿易金額の大きい先進国で経済大国であるのは、日本以外に存在しない。1997年と異なり、現在、多くのアジア諸国が通貨危機と無縁になった最大の原因は、通貨を安く誘導し、輸出を増やし、外貨準備を貯め込むという近隣窮乏化政策により、日本という国家を窮乏化させた結果である。日本は、アジア周辺諸国の近隣窮乏化政策の最大の犠牲者であり、見事に経済はボロボロになった。アジア経済の専門家は、アジア諸国が1997年と比較して断然強くなったことを指摘しておきながら、その背後で赤字を引き受け、窮乏化する国が存在しなければならないことに、気づいていない。過去十数年間に、日本は、見事に窮乏化しすぎてしまった。もうこれ以上の窮乏化を容認してはならない。

政府・日銀は超円高・アジア通貨安の是正を最優先に実施すべきである。超円高・アジア通貨安が十分に是正されても、スマホやテレビの製造が国内に戻ってくることはない。超円高・アジア通貨安の是正だけでは、規模の経済と比較優位を失った日本の電機産業が復活するのは困難である。それでも、日本の貿易収支を改善させ、経済成長率を引き上げるためには、超円高・アジア通貨安の是正は最低限必要な条件である。昨年11月以降も、高度の技術を必要とするロボット、工作機械、電子部品などの工場建設を、日本国内ではなく、中国やタイを中心とするアジア諸国で行うという企業広報が続々と発表されている。スマホやテレビと違って、国内生産でも赤字にならない産業である。こうした先端技術を使う産業の海外流出を可能な限り阻止し、日本国内に留め置くことは、将来の日本の死活にかかわるほど重要な政策課題である。先端技術を使う日本企業が、新しい工場を日本国内に建設し、輸出で十分な利益を出せる環境を、政府・日銀が作り出すことは、絶対に必要な政策である。そうしなければ、あと10年もすれば、アジア諸国の賃金は上昇し、日本は、アジア諸国から高価な工業製品を一方的に輸入しなければならなくなる。少なくとも、先端的な技術を使う付加価値の高い製品の製造工場くらいは、日本国内に残す必要がある。超円高・アジア通貨安が十分に是正されたならば、結果として、アジア諸国に対する貿易収支は改善し、貿易収支全体の改善、黒字への復帰も見えてくるであろう。日本の政府・日銀は、政治的な大きな困難を乗り越えて、為替介入なり、金融緩和の強化を実施し、超円高・アジア通貨安を是正しなければならない。日本周辺のアジア諸国は、為替介入が自由で、日本だけが不自由であるという差別的な現状を克服しなければならない。これを克服する政治的困難性は非常に高いが、あらゆる手法を使って乗り越える必要がある。現在の貿易赤字は、円安の結果、発生しているのではない。円の価値が対アジア通貨で依然として高すぎることが大きな原因の一つである。超円高・アジア通貨安の構造を1日も早く是正することを、最優先の経済成長戦略にしなければならない。


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購買力平価とは(*1)



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市場原理主義者が保護して守りぬいた半導体産業

1981年から1988年までアメリカを率いてきたレーガン大統領の経済政策は、レーガノミクスと呼ばれている。レーガノミクスは、当時のイギリスのサッチャー政権の経済政策と並び、市場原理主義に基づいた経済政策を実行したと言われている。レーガン政権下では、主として供給サイドの経済学、マネタリズム、合理的期待形成学派に属する人たちが、政権の中に入っていた。これらの学派は、自由な市場の力を信奉し、ケインズ的な財政政策を否定し、小さな政府を実現することに関しては、統一的な見解を持っていた。特に重用された供給サイドの経済学の思想に基づいて、富裕層を中心とした大規模な所得税減税が実施され、企業の設備投資の拡大を目指して、巨額の投資減税が実施された。レーガノミクスがもたらした結果については、横に置いておく。しかし、レーガン大統領とその周辺の経済スタッフたちが、市場の持つ力を重視し、その力を抑圧してきた重い税金や複雑な規制を撤廃し、小さな政府を実現することにより、強いアメリカを復活させようと意図してきたことは、間違いないと思う。ニューディール以来続いてきた政府の市場介入を正当化する思想とは異なり、レーガン大統領が市場原理主義的な政策を復活させたという見方は、正しいと思う。

しかし、そうした市場原理主義的な経済政策と正反対の政策が実施された分野がある。それは、対日貿易政策である。レーガン政権の時代は、日米貿易摩擦がピークに達した時期でもあった。「ジャパン・バッシング」すなわち「日本をぶんなぐる」という言葉がはやった時期でもあった。その代表が、自動車と半導体である。レーガン政権誕生後の1981年4月から、日本は対米自動車輸出を年間168万台以内に抑えるという自主規制を行うことを強要された。もう一つは、半導体である。1986年9月に締結された第一次半導体協定では、アメリカの半導体企業の日本企業に対するアクセスの改善とダンピングの防止が盛り込まれていた。

自動車の場合、圧力の源泉はビックスリー(GM、フォード、クライスラー)とUAW(全米自動車労組)であった。市場原理主義者が主導するレーガン政権はそうした保護主義的な圧力を抑えることをせずに、日本製の自動車の対米輸出の自主規制を強要するという形で、アメリカの自動車産業を保護したのであった。それから27年後、GMとクライスラーは倒産寸前にまで追い込まれたが、レーガン政権と同様に市場原理主義者が多く参加していたブッシュ政権において、公的資金投入による救済が決定された。この政策は民主党のオバマ政権に引き継がれ、GMとクライスラーは、一度は倒産したが、現在は完全に息を吹き返している。

半導体の規制の源泉は、当時からDRAM製造大手であったマイクロンの要求であり、それを背後から強力に支持したのは軍であったと思う。軍事技術が高度化し、精密誘導兵器の使用が拡大しつつあったが、それに不可欠なキーデバイスとなるのが半導体であった。1980年代に急速に台頭してきた日本の半導体企業は、アメリカ軍にとって必要不可欠なアメリカ国内の半導体企業を潰してしまう可能性があったので、そうなることだけは阻止しようとした。アメリカの半導体企業、特にマイクロンを守るために、日本市場が不透明だとか、ダンピングであるとか、言いがかりをつけてきた。その結果が、1986年9月の第一次日米半導体協定となった。その後も日本企業は協定違反をしているなどの難癖をつけ続け、1991年8月の第二次半導体協定につながった。そして、自由貿易の前に公正貿易というものが前面に出され、日本市場が閉鎖的であり、ダンピングまでしていると決めつけることにより、アメリカの保護貿易を理論的に正当化したのである。この時、アメリカ政府が守り抜いたマイクロンは、27年後、日本でただ一つのDRAM製造企業となっていたエルピーダを買収し、日本企業製のDRAM製品を完全に滅ぼしたのである。

レーガン大統領は、市場原理主義者であったかもしれないが、同時に、現実的かつ柔軟な市場原理主義であったと思う。原則は市場原理に従うにしても、それが国益に反する結果を及ぼすようになると、ダブルスタンダードと言われても、徹底的な保護主義を容認するような柔軟性を持っていた。こうした柔軟性は、日本の市場原理主義者にも見習ってほしいものである。

安部政権内部でいろいろ議論されている「成長戦略」の中には、賛成のものも、反対のものもある。しかし、私は安倍政権の成長戦略には、重大なものが欠けていると考えている。今まで何度も掲載してきたグラフを下記に示す。


主な産業別実質GDPの推移

上記のグラフは、産業別の実質GDP成長率のデータから、主として、就業者数が多い13業種(GDP総額も含む)を取り上げ、その実質GDPの推移を示したものである。以前にも掲載したことのあるグラフを再掲載した。電機産業の成長率が、他の業種と比べて図抜けて高かったことがわかる。

次に、産業別の実質GDP成長率のデータから算出される、就業者1人当たり実質GDP上昇率、すなわち労働生産性の上昇率を示す表を下記に再掲載する。


日本の労働生産性と就業者

日本で爆発的に高い成長率をとげ、同時に生産性を大幅に上昇させてきた電機産業の就業者数が急激に減少しつつある。成長性が高く、生産性の上昇率の高い電機産業が、怒涛のごとく崩壊しているのである。生産性を上昇させ、経済成長の原動力となってきた電機産業が崩壊し、首を切られた労働者の中で、優秀な人材は、韓国、台湾、中国などへと続々と先端技術を携えて流出している。それ以外の電機産業の労働者は、同じく成長産業ではあるが、生産性の伸びがマイナスである医療、福祉を中心とするサービスなどの産業へと、労働者の大移動が発生している。今のままでは、日本経済の成長と生産性の上昇は不可能になる。また、電機産業などの製造業は、税金創出産業であるが、医療、福祉というサービス産業は、税金消費産業である。製造業が崩壊した場合、税金が足りなくなり、医療、福祉というサービス産業も同時に崩壊してしまうのである。それを避けるためには、電機産業、製造業から、医療、福祉というサービス産業への労働者の移動を食い止め、流れを逆転させることが何よりも必要である。誤った方向への雇用の流動化現象を正しい方向に変えさせるという政策が絶対に必要である。しかし、このような問題について、安倍政権では何の議論もなされていない。

雇用の誤った方向への流動化現象を逆転させるためには、前回詳しく述べたように、超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の是正が何よりも必要である。昨年11月からの円安により、対米ドルに対する円高は、かなり是正されたが、対韓国ウォン、台湾ドルに対する超円高は、まだまだ是正されていない。この超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の構造を1日も早く是正することが、まず第一に必要である。

しかし、ここまで崩壊してしまった日本の電機産業は、円高是正だけでは、復活しない。経済学的には、日本の電機産業は、規模に関する収穫逓増の利益を完全に失ったのである。クルーグマンの新貿易理論によれば、一度規模の経済を失った産業は、常に国内で比較劣位となり、永久に復活できないのである。そういった難しい理論を使わなくても理解できることはたくさんある。日本の電機産業では、社長が目先の資金調達のために銀行を訪問し、海外へも出張し、将来の成長戦略を考える余裕もない。社内では首切り合理化が慢性化し、士気が全体的に低下してしまっている。追い出し部屋のようなものをつくり、従業員に退職を強要することは、従業員も傷つくが、そうした命令を出す経営側も傷つく。会社全体が大きく傷つき、どんどん沈没し、沈没が止まらない。それに対して、アジアのライバル企業は、リストラとは無縁であり、10年後に達成する目標を決めて、今から成長戦略を練っている。そして、日本の電機産業で首を切られた人材の中で、優秀な人材を雇い入れることに力を入れている。ここまで差が開いてしまうと、円高是正だけでは、日本の電機産業の復活は不可能である。

そこで政府による産業政策が必要とされるのである。しかし、これほどひどく崩壊してしまった電機産業を、政府が全面的に救済するのは、社会主義国となってしまい、望ましくない。しかし、ごく一部の重要な産業に絞って、政府が救済の手をさしのべることは必要である。私はその重要な産業は、半導体産業であると考えている。

1995年後半から1996年の年初にかけて、中国の江沢民政権は、台湾を武力でもって威嚇し、明日にでも中国軍の台湾侵攻があるのではないかというような雰囲気になったことがある。しかし、現時点において、中国軍の台湾侵攻の可能性は、限りゼロに近くなっている。中国と台湾がECFA(中台間のFTA)を締結し、経済関係が強化されたからだけではない。今、中国軍が台湾に侵攻したならば、中国の経済が大打撃を受けるだけではなく、世界中の経済に打撃を与え、全世界から非難を浴びるからだ。

携帯電話のキーデバイスは半導体である。世界の携帯電話のほとんどが、台湾製の半導体を使っている。ICインサイト社によれば、2013年上半期において、携帯電話の心臓部分にあたる通信用のベースバンドプロセッサは、アメリカのクアルコム(シェア63%)、ブロードコム(シェア5位)、台湾のメディアテック(シェア13%)が設計し、台湾のTSMCかUMCが製造する半導体チップを使っている。台湾製以外は、アメリカのインテル(シェア7%)くらいである。中国のスプレッドトラム(シェア5位)もファブレスなので、製造は台湾TSMCか中国SMICのようである。このシェアは、金額シェアなので、数量シェアでは、低価格品に強いメディアテックとスプレッドトラムのシェアは、もう少し高くなると思う。また、クアルコムはサムスンとグローバルファウンドリーズに、ブロードコムはグローバルファウンドリーズに半導体製造を一部委託している。しかし、その割合はかなり低いと推定している。ちなみに、今年夏発売の日本のスマホは、すべてクアルコム製のベースバンドプロセッサを組み込んだスナップドラゴンを使用しているらしい。iPhoneも最近のベースバンドプロセッサは、クアルコム製である。携帯電話で使用される半導体は、ベースバンドプロセッサだけではない。アプリケーションプロセッサの他、いくつもの半導体が使われている。その中で、アメリカ企業が設計し、台湾で製造されている製品のシェアは、同様に高いと思われる。台湾製の半導体製品なしには、ほとんどの携帯電話を製造することができなくなるのである。世界一の携帯電話の生産国は中国である。中国が台湾に侵攻し、台湾製の半導体の輸出が止まれば、中国じゅうの携帯電話製造工場が止まってしまう。それだけではなく、世界の大半の携帯電話製造工場も止まってしまうのである。その場合、中国自身が傷つくだけではなく、世界中から中国に対する非難が巻き起こる。従って、現在では、中国が台湾に侵攻する可能性は、限りなくゼロに近くなっている。

では、TSMCとUMCが成長する1990年半ば以前に、アメリカを中心とするファブレス半導体企業はどこに半導体の製造を委託していたのであろうか。それは日本企業であった。仮に、日本政府・日銀が、超円高・台湾ドル安を許さず、日本の半導体企業がTSMCとUMCを打ち負かしていたとしていたならば、どうなっていたであろうか。おそらく、現在でも半導体の製造委託の大半を、日本企業が担っていたはずである。その場合、外国の軍隊が日本に侵攻してくる可能性を、大幅に低くすることができたはずである。戦争の結果、日本製の半導体の輸出が止まってしまえば、世界中の携帯電話、パソコン、複雑な機能をもつ家電、自動車、産業用機械の生産の多くが停止してしまうのである。侵略国家は、世界中から非難を浴び、つまはじきにされ、結果は侵略を止めることしか道は残されていない。2011年の東日本大震災で、ルネサスエレクトロニクスの那珂工場1ヶ所だけが操業停止となった。すると、日本国内の自動車工場の大半が操業停止に追い込まれた。日本企業が半導体の製造覇権を現在も握っていた状態で、外国から侵略を受けた場合、東日本大震災の際に、日本の自動車工場で起こったことが、多くの産業において、世界的規模で発生するのである。従って、1980年代後半と同様に、日本の半導体企業が世界のトップランキングの上位を独占する時代が現在まで続いていたならば、世界中の国家が、日本への軍事侵攻はできなくなっていた可能性が高いのである。

現在の経済は、過去とは大きく異なり、一つの製品を製造するのに、非常に長いサプライチェーンが必要になっている。その中で重要なチェーンの一部を抑えたり、あるいは独占した国家は、外国の侵略を受けた場合、世界経済に大きな悪影響を与えることになり、侵略戦争に対する抑止力を持つことが可能になる。どんなに嫌われて、軍事力が劣った国があっても、重要なサプライチェーンをいくつも握っていたならば、その国を侵略すると、自国だけではなく世界中が迷惑することになるので、軍事力を使った侵略が非常に困難になる。経済的な相互確証破壊が成り立つか成り立たないかという論争は、過去のものである。現在は、戦争が発生した場合、サプライチェーンの破壊を通じて、戦争相手国だけではなく、戦争と無関係の世界の多くの国に、悪影響を与えるような時代へと変化しているのである。かつては、戦争発生と同時に原油価格が大きく上昇するようなこともあった。現在は、戦争が発生すると、いくかの製品の価格が上昇するのではなく、製品そのものが作れなくなり、無くなってしまうということが起こりうるのだ。経済が大きな戦争抑止力を持つ可能性が発生する時代へと変化しつつある。重要なサプライチェーン、すなわち、重要な素材や部品の生産を、日本は今でも少しは握っている。加えてより重要なサプライチェーンである半導体の製造を数多く握ることができれば、日本の戦争や侵略に対する抑止力は、より大きく高まる。半導体を政府の介入により再生させ、超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の是正を行うことにより、それ以外の重要なサプライチェーンとなる素材や部品の国内生産を高めて行けば、日本経済の戦争抑止力は飛躍的に高まる。半導体産業を復活させ、オンリーワンの部品や素材産業を拡大することに成功したならば、日本は外国から侵略される可能性が大きく減少するのである。

このように、半導体というのは、国家の安全保障に結びつく重要なキーデバイスである。だからこそ、市場原理主義を標榜するレーガン政権が、日本のダンピング問題をねつ造してまで、マイクロンを守り抜いたのである。

工業製品が複雑化するほど、半導体の重要性は高まる。武器がその代表である。将来は、ロボット、無人自動車などの分野で、半導体の使用が不可欠になるであろう。安倍政権が輸出振興を図ろうとしていた先端的な医療機器にも、半導体は不可欠である。以前は半導体は産業のコメであると言われていたが、最近はそうした言葉が聞かれなくなった。しかし、半導体は産業のコメから、産業の食糧へと変化しつつあるのだ。

日本の安全保障と経済成長を同時に実現するために必要な政策は、「半導体ルネサンス」である。半導体だけは、市場原理に任せてはならない。レーガン政権を見習うのである。現在、日本には半導体製造に精通した人材が大きく減少してしまった。そして数少ない半導体製造企業は、一部を除いて、カネがなく、まともな研究開発も設備投資も行うことができない。企業自体がヤル気をなくしてしまったところもある。一方、日本には、何百兆円もあり余った金がある。しかし、市場に任せていれば、半導体製造企業から資金を引き上げることはあっても、半導体製造企業に資金が流れこんでくることは、ほとんどない。こうした場合には、政府の介入が不可欠である。経済産業省の外では評判の悪いターゲティングポリシーを大規模に発動するのである。政府が補助金を出して、半導体製造企業を補助することは、WTO違反になり、政治力の弱い日本には無理である。しかし、出資、融資ならWTO違反にならない。産業革新機構がルネサスエレクトロニクスに1383億円を出資したが、これは、死に金になる可能性がある。韓国サムスン電子が自動車用マイコンへの進出を発表している。元ルネサスの社員を雇えば、簡単に自動車用マイコンを作ることができる。ルネサスはサムスンに勝てなくなるであろう。援助するなら、ケタの違うカネをつぎ込むことが必要であり、より安全である。10兆円でも20兆円でもいい。政府が無制限に金を出資、融資に使い、ルネサス、東芝、パナソニック、富士通に最先端の半導体工場を日本国内に作らせよう。エルピーダをマイクロンから買い戻そう。世界中に散らばってしまった元日本企業の半導体技術者を、札束を撒いて、呼び戻そう。ついでに、外国の優秀な半導体技術者を世界の企業から引き抜こう。現在の日本の半導体製造技術は世界の最先端より何年も遅れてしまった。しかし、今なら、巻き返しのチャンスは残っている。時間はかかっても、1980年代後半の輝かしい時代に戻すことができる可能性は残されている。それが成功した時には、政府が出資、融資した資金は、利子や株価の値上がり益とともに戻って来るので、財政再建にも役立つ。半導体製造企業が復活し、グングン成長するようになれば、税金をたくさん払ってもらうことが可能になる。その上、日本は、経済成長だけではなく、戦争の抑止力という国家安全保障上の重要なカードも獲得することが可能になる。国家の安全を守り、経済を成長させる戦略が必要ならば、超円高の是正とともに、半導体産業の大規模な再生戦略が必要不可欠である。



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エルピーダ倒産の原因

10月4日、倒産以来、沈黙を守り続けていたエルピーダの坂本幸雄元社長が、マスコミでエルピーダ倒産の経緯を語り始めた。2011年12月に、日本政策投資銀行が、エルピーダに対して、マイクロンと提携し、2000億円を調達することを要求してきたとのことである。坂本元社長は、エルピーダ倒産の直接的な引き金となった日本政策投資銀行による2000億円返済要求が、なぜ出てきたのか理由がわからないと述べている。

ここからは、私の推測である。2000億円返済要求は、日本政策投資銀行の背後にいた経済産業省が、エルピーダのやり方に腹を立てたことが原因であると考える。2008年の後半、DRAM価格の暴落と超円高の影響で、坂本社長が広島工場の台湾への全面移転を主張し、技術陣と対立したことが報道された。それを知り、DRAMという先端技術の海外流出を憂えていた経産省は、エルピーダからの要請もないのに、わざわざ産業活力再生法を改正し、日本政策投資銀行がエルピーダの300億円の優先株を引き受けるという、エルピーダ救済スキームを作り上げた。その結果、エルピーダは2009年の危機を乗り越えることができた。ところが2011年に再びDRAM価格が下落し、エルピーダの赤字が拡大した。この時、坂本社長は、再び工場の台湾移転により危機を乗り越えようと考えた。一方、経産省は、再び工場の台湾移転を言い出した坂本社長に腹を立てたが、2度目の救済というのは世論の納得が得られないと考えたのであろう。エルピーダ救済時に、経産省幹部がインサイダー取引事件を起こしたことも影響していたかもしれない。経産省は、エルピーダを何とか救済しようとしてはいたが、万策尽きていた。そこにマイクロンのスティーブ・アップルトンCEOが、エルピーダに対する2000億円の出資という資本提携により、エルピーダを救済する意思があることを伝えてきた。身動きが取れなかった経産省は、このマイクロンの救済話に飛び乗り、エルピーダに2000億円の資金返済を要求した。エルピーダの工場の台湾移転よりも、マイクロンとの提携の方が、多少はマシな策であると考えたのであろう。真実はわからないが、経産省のエルピーダに対する要求の中に、マイクロンとの資本提携の要求があり、2000億円という金額が、後にマイクロンのマーク・ダーカンCEOが実際にエルピーダの買収を提案し、実現した金額と、完全に一致している。アップルトンCEOは、交渉を有利に進めるために、エルピーダではなく、経産省に先に計画を伝えていたのではないだろうか。ところが、アップルトンCEOの飛行機事故による死亡により、マイクロンとエルピーダの資本提携は実現しなかった。結局、エルピーダは倒産し、その後の買収という形で、マイクロンがより有利、エルピーダの株主、日本政策投資銀行、エルピーダに融資をしていた銀行がより不利な形で、エルピーダはマイクロンの傘下に入ることになった。10月10日に発表されたマイクロンの決算によると、マイクロンは、早くもエルピーダ買収により、14.8億ドルの利益を上げたことが明らかになった。

私はエルピーダ倒産の直接的責任は、坂本社長にあるとしても、大元の、かつ最大の責任は、財務省と日銀にあると考えている。すなわち、長年の超円高、特にリーマンショック後の超円高を止めなかったことこそが、エルピーダを倒産に追い込んだ最大の原因であったと考えている。しかし、エルピーダ倒産の責任が、円高ではなく、坂本社長の経営判断のミスにあるという意見は多い。

円高が原因ではないという意見の一つは、半導体というのは装置産業であり、コストの大半は為替に関係のない減価償却費や原材料費であり、人件費は少ないというものである。円高の結果、外国の半導体製造企業と利益が同時に悪化することはあっても、日本企業の利益だけが大きく悪化することはない、という考え方である。私は、この意見は一部だけ正しく、多くの部分は間違っていると考える。エルピーダ倒産前の2010年度の有価証券報告書から、人件費/売上高の比率を計算すると、4.3%という数字が出てくる。しかし、この売上高には、エルピーダ本体だけではなく、台湾の製造子会社であるレックスチップの売上高が含まれているが、レックスチップの人件費は含まれていない。エルピーダの連結に含まれる社員の3分の1は、台湾のレックスチップで働いている。レックスチップの人件費は、エルピーダ本体よりかなり低いはずである。そこで、レックスチップや他の子会社の人件費がエルピーダ本体と同じであるという仮定を設けて、人件費/売上高の比率を計算し直すと、8%という数字を算出することができる。一方、法人企業統計から日本の製造業全体の人件費/売上高の比率を計算してみると、2010年度においては、10.8%という数字を算出することができる。減価償却費/売上高を計算すると、エルピーダは24.5%、日本の製造業平均は19%である。半導体製造企業は、日本の製造業の平均と比較すると、人件費の割合は低く、減価償却費の割合が高い。しかし、日本の製造業の平均と比べて、多少、人件費の割合が低く、減価償却費の割合が高いことは事実であるが、人件費が無視できるほど低いというのは誤りである。円高により、人件費や変動費が上昇すると、日本の半導体製造企業だけが、円高に耐えきれなくなり、赤字に転落することはありうるのである。

もう一つの坂本社長責任論は、技術系の評論家から出されているものである。代表的なものとして、性能の低いニコン製のステッパーを使用し、性能の高いASML製のステッパーを使わなかったことが原因である、という意見である。ステッパー市場において、ASML製のシェアが急伸し、ニコン製のシェアが急落している。ステッパーの性能という点で、ASML製がニコン製を大きく上回るようになった結果であろう。かつてのニコンの主要顧客であったインテル、東芝、エルピーダは、ニコン製からASML製へと乗り換えているが、エルピーダの乗り換え速度が一番遅かったようである。ステッパーは半導体製造装置の中で最も重要な装置である。しかし、技術系の評論家の中でも、ステッパーはエルピーダの弱点はであるが、別の分野では優位性を保持しているとの見解もある。半導体製造の技術の全体を、経済系の人間が評価するのは妥当ではない。ここでは、坂本社長が性能の低いニコン製のステッパーにこだわったことが、エルピーダの利益を低下させた可能性が高いが、エルピーダを取り巻く環境の方が、エルピーダの利益により大きな影響を及ぼしたはずである、とだけのコメントにとどまらせてもらう。

エルピーダの倒産の最大の原因は、エルピーダ誕生以前から続いてきた超円高である。その後、リーマンショックを契機にして超円高が再び加速し、エルピーダを倒産にまで追い込んでしまったのである。超円高が進行し、エルピーダに大きな悪影響を与えてきたことを示すことにする。まず、過去数年間のDRAM価格の推移を下記に示す。


DRAM価格長期

DRAMの取引は、米ドル建てである。その米ドル価格を、その当時の日本円、韓国ウォン、台湾ドルの通貨に直したグラフを示している。リーマンショック以前に、シリコンサイクルの下落局面で、ものすごい価格の下落が発生していたことがわかる。このグラフからは、DRAMメーカーが、皆、傷ついていたことがわかる。そして円建て価格の下落幅が一番大きい。しかし、円高が引き起こした悪影響があることは確認できるが、それが大きかったかどうかは、このグラフだけではわからない。そこで、DRAM価格が大きく下落した2008年1月以降の同じグラフを下記に示す。

DRAM価格短期

DRAM価格は大きく下落した後、韓国ウォン建ての価格が上昇し、円建て価格が一番上昇していないことがわかる。そこで、DRAMの日本円価格=100とした場合、DRAM価格の3ヶ国の通貨ごとの変動比率を示すグラフを下記に示す。

円の割高度合い

上記のグラフで示した数値は、DRAM価格の通貨ごとの変動比率の推移を示すグラフであるが、同時に、2008年1月を基準とした日本円が、他の3ヶ国の通貨に対してどれほど割高、あるいは割安であったかを示すグラフでもある。このグラフを見ると、日本円は、2008年1月から、韓国ウォンに対して最大で90%、平均で50%値上がりしていたことがわかる。ここまで超円高・韓国ウォン安が続けば、エルピーダが韓国サムスン、SKハイニックスとの競争で勝てるはずがない。アメリカ、台湾は韓国ほどではない。平均すると日本円は米ドル、台湾ドルに対して20%前後の円高であった。この円高が、エルピーダを大きく傷つけたのである。しかし、上記のグラフでも、日本が韓国との比較では大幅に不利であったことは分かるが、台湾とアメリカに対する20%前後の円高が、エルピーダの致命傷になったかまでは、よくわからない。

上記のグラフは、2008年1月の為替レートを基準としたものである。為替レートを比較する場合、基準点をどこにするかで、大きく結果が異なってくる。加えて、各国の国内物価の変動も合わせて見る必要がある。そうした問題を回避し、為替レートの割高、割安を表す指標として一番適切な指標は、購買力平価である。4ヶ国の購買力平価をより長期で見たグラフを下記に示す。


購買力平価

上記のグラフは、米ドル=100とした場合の4ヶ国の購買力平価である。日本円は、1985年のプラザ合意以降、常に米ドルよりも割高であったが、昨年11月からの円高是正で、対米ドルに対する割高は、かなり解消された。一方、韓国ウォン、台湾ドルは、対米ドルで見た場合、恒常的に割安である。韓国ウォン以上に台湾ドルの割安度合いが目立つ。これは、台湾中央銀行が、巨額の台湾ドル売り・外貨買い介入を繰り返してきたことの結果である。韓国の政府・中央銀行も、台湾ほどではないが、日本以上に、韓国ウォン売り・外貨買い介入を繰り返してきた。その結果、韓国、台湾では、バラッサ・サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)が発生しなかった。つまり、1980年頃の超円高・韓国ウォン、台湾ドル安は、両国がまだ貧しかったということで正当化できる。しかし、韓国、台湾の所得が日本と変わらない水準まで到達した現在でも続く超円高・韓国ウォン、台湾ドル安は、全く正当化することはできず、早急に是正されるべき現象であるのだ。

この超円高・台湾ドル安が、台湾の弱小DRAMメーカー4社がゾンビのようになりながらも生き残ることができた理由である。エルピーダの坂本社長が2度も広島から台湾へ工場を移すことを考えた最大の理由は、超円高・台湾ドル安の結果として台湾が保持し続けている価格競争力であったはずである。2009年時点において、日本円は、台湾ドルに対して137%割高、韓国ウォンに対しては99%割高、米ドルに対して23%割高であった。米ドルはともかく、台湾ドル、韓国ウォンに対する日本円の割高度合いは、異常とも思えるくらい高い比率であった。DRAM価格の大幅下落というシリコンサイクルから逃れることはできないが、超円高さえなければ、エルピーダが倒産することはなかった。現に台湾の弱小DRAMメーカー4社は、依然として生き残っている。購買力平価で見て、日本円が台湾ドルか韓国ウォンと等価であった場合、エルピーダの利益は一時的には悪化することはあっても、倒産にまで至ることはなかった。2007年に、日本円は米ドルとの等価に近づき、韓国ウォン、台湾ドルとの価値の差も幾分狭くなった。そうしたトレンドを逆転させたのが、リーマンショック後の超円高であった。

日本円は、リーマンショクが起こるはるか以前から、韓国ウォン、台湾ドルに対して割高であった。そのため、リーマンショック後の超円高がなくても、エルピーダは緩やかな崩壊への道を歩んでいたと思う。エルピーダと韓国サムスンの純利益のグラフを下記に示す。

S E 利益比較

エルピーダの利益が上がらず、サムスンはグングン利益を伸ばしている。この利益の差を経営者の能力の差と見る人が多い。しかし、サムスンのライバルである日本企業、例えば、パナソニック、シャープ、ソニーの利益も、2001年以降、エルピーダのように、そこそこの黒字と大幅な赤字を繰り返し、体力をすり減らしてきた。日本の電機大手の経営者だけがが、そろって無能であったとは、考えられない。これは、経営者の能力の差ではなく、経営環境の差である。エルピーダの業績不振の1番目の原因は、2001年以前から続いていた超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の結果、エルピーダが価格競争に敗れ続けてきたことである。2番目の原因は、エルピーダが日本国内において、比較劣位に位置してきたことである。リカードの比較生産費説によれば、日本国内で比較劣位に位置する産業は、利益を上げることができず、やがて崩壊してしまうのである。

一方、比較生産費説は静態的な理論であり、経済成長などの動態的な概念を導入すれば、必ずしも成立しない。比較劣位にあっても、成長産業であるエルピーダなどの電機産業を崩壊させてしまうと、将来の日本に多大な損失をもたらすことは間違いない。しかも、エルピーダは、日本国内で比較劣位にあっても、超円高、韓国ウォン、台湾ドル安がなければ、十分に対外競争力が高く、生き残れたはずの企業である。

リーマンショック以前に、財務省・日銀が超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の是正に動いていたならば、エルピーダを始めとする日本の電機産業は、現在でも韓国、台湾の電機産業を圧倒していたであろう。しかし、リーマンショック後の超円高により、日本の電機産業は大打撃を受け、何割かは、すでに崩壊してしまった。エルピーダの広島工場は、2019年までは契約上存続させる必要があるが、その後はマイクロンの意思次第である。マイクロンは、1998年に出資を始めて、2000年に100%子会社にした兵庫県西脇にあるDRAM工場から、2011年に完全撤退したという前歴がある。

将来のエルピーダ広島工場の閉鎖や日本の電機産業の完全な崩壊が起こることは、絶対に避けなければならない。一番間違ってきたことは、日本円の通貨価値が、韓国ウォン、台湾ドルよりも大幅に上回るという大変不利な環境を、日本の財務省・日銀があまりにも長年放置しすぎてきたことである。昨年11月以降、超円高は多少は是正されたが、韓国ウォン、台湾ドルに対する超円高は、十分是正されていない。IMFが推定している2013年の購買力平価でみると、日本円は韓国ウォンに対して47%割高であり、台湾ドルに対しては102%も割高である。このような超円高・韓国ウォン、台湾ドル安を放置し続ければ、将来、マイクロンが広島から撤退し、日本の電機を中心とする成長産業が、完全に崩壊してしまう可能性を否定できなくなる。エルピーダ広島工場だけではなく、電機産業を中心とした成長産業を、これ以上崩壊させてはならない。超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の構造を1日も早く是正することを、日本の最優先の経済成長戦略にしなければならない。


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異次元金融緩和の効果

異次元金融緩和が開始されてから半年がたった。今のところ、景気も改善し、インフレ率も、エネルギー価格の上昇により、上昇傾向にある。10月4日に行われた黒田日銀総裁の記者会見での発言を読む限りにおいては、異次元金融緩和という政策は効果を発揮しており、今後も順調な景気回復と物価上昇が続くことに、かなりの自信を持っていることがうかがえる。一方、従来からの金融緩和否定論者は、異次元金融緩和に効果がないことを、変わることなく主張している。私の見方は、中間であるが、どちらかというと、金融緩和否定論者の見方に近い。

金融緩和が効果を発揮したのは、昨年の11月14日から今年の5月22日までであった。この間に進行した円安・株高が、昨年11月からの景気回復を主導している。現在は、アベノミックスの第二の柱である財政支出の拡大もかなり寄与していると思う。もう少し待てば、来年4月の消費税引き上げの駆け込み需要が出てくるはずである。景気は、今年度いっぱいは、順調に拡大する可能性は十分考えられる。

岩田副総裁を始めとするリフレ論者の主流派は、金融政策の効果が現れるまでに、半年-2年程度の時間が必要であると主張する。しかし、私の考え方では、これは、ゼロ金利ではない時に、金利引き下げを実施した場合に必要な時間であり、普通の金融政策を実施した場合、効果が現れるのに必要な時間である。つまり、金利低下→銀行貸し出しの増加→設備投資の増加→GDPの増加、に必要な時間である。現在は、短期金利はほとんどゼロに近いので、マネタリーベースの大幅な増加→予想インフレ率の引き上げ→実質金利の引き下げ→設備投資の増加→GDPの増加、をねらうという考え方である。私は、このプラスの効果を否定はしない。しかし、効果は小さいと考えている。アメリカやイギリスの量的緩和を見ても、量的緩和の開始後、半年-2年程度のラグをおいて、GDPの増加が発生しているという明確な証拠を見いだすことは困難である。おそらく、少しばかりの効果はあったのだとは思うが、量的緩和以外の様々な外部環境の変化がGDPに大きな影響を与え、その結果、小さな量的緩和の効果はかき消されたのであると思う。量的緩和の明確な波級経路は、イギリスの場合、量的緩和の開始→株価と住宅価格の上昇→GDPの増加であり(*1)、アメリカの場合は、量的緩和の開始→株高・ドル安→GDPの増加であった(*2)。そして、その効果は、量的緩和が開始されて、すぐに発生している。日本でも、昨年11月14日に野田前総理が衆議院解散発言をした直後から、円安・株高が始まっている。これは、当時の安倍自民党総裁が主張していた無制限の金融緩和、大胆な金融緩和の主張を、前倒しで、市場が織り込み始めたからである。同時に昨年4月に始まっていた景気後退は、昨年11月に底を打ち、景気は回復へと向かっている。4月4日の異次元金融緩和の効果が発揮されるのは、開始の半年後からではなく、開始より5ヶ月前の、昨年11月14日からなのである。そして、今年5月22日に一旦終了した。今後、予想インフレ率の低下の結果として発生する設備投資の増加は小さく、物価やGDPを引き上げる効果も小さい。事後的に確認することができる大きな効果は発生しない、というのが私の考え方である。

では、異次元金融緩和の効果が出尽くしたかと言われると、そうとは言い切れない。量的緩和のストック効果が残っているからだ。今年4-6月に最も大量に国債、短期国債を売却していたのは、3大メガバンクであった。その中でも最も大量に売却していたのは、三井住友FGである。決算資料を見ると、三井住友FGの3月末の国債、短期国債の保有残高は24.6兆円であったのが、6月末に15.1兆円と、3ヶ月間に9.4兆円も残高を減らしていた。このスピードで国債、短期国債の売却を続ければ、今年11月の半ばに保有残高はゼロになる。みずほFGは、来年6月、三菱UFJフィナンシャルグループは、来年10月には、国債、短期国債の保有残高はゼロになる。3大メガバンクの保有国債が全てゼロになることは考えられない。それ以前に、何らかのポートフォリオの組み替えを始めるはずである。実際、その大半を3大メガバンクが占める都市銀行の資産負債統計において、都市銀行の国債保有残高は、4-6月の間、大幅減少であったのが、7月は微減、8月は微増であることが確認されている。最近の長期金利の低下は、3大メガバンクの国債売却が、止まったか、買い越しに転じたことが一因であろう。この異次元金融緩和のストック効果、すなわち、ポートフォリオ・リバランス効果が、今後、顕在化することは、十分考えられる。

金融緩和の強化を目指して、日銀が国債の購入金額を大幅に増やした場合、国内投資家のポートフォリオが、国債から株や外国証券などの他の資産に移転するのが普通であり、その効果は、ポートフォリオ・リバランス効果と呼ばれている。ところが、今までに日本で起こった現象は、金融緩和の強化の予想が広まると、国内投資家は、株や外国証券を大量に売却し、日本国内の無リスク資産へと資金を移動させてきた。一方、海外投資家は、日本の投資家が株を買い、円を売ることを予想して、それを先回りする形で、大量の日本株買いと円売りを行ってきた。日銀の金融緩和の強化は、海外投資家の資産に対しては、プラスのポートフォリオ・リバランス効果を発生させてきた。しかし、国内投資家の資産に対しては、大幅なマイナスのポートフォリオ・リバランス効果しか、現在までのところ発生させていない。ただ、今後は、異次元金融緩和のストック効果により、プラスのポートフォリオ・リバランス効果が働き始める可能性は高いと思う。

ただ、そう楽観してはいられない事情が存在する。それは、国際収支面の問題であり、現在までの景気回復を主導してきた円安の持続可能性の問題である。国際収支統計の重要な部分だけを抜き出した表を下記に示す。


国際収支

2012年11月-2013年7月までの国際収支統計を見ると、投資収支の中の「証券投資」の項目が、24.7兆円もの膨大な黒字の金額となっている。海外投資家の日本株、日本債券買いと国内投資家の外国株、外国債券売りの金額の合計が、「証券投資」の大部分を占める。ここで問題になるのは、「証券投資」の項目で、24.7兆円の円買い・外貨売りが発生していることである。加えて、「経常収支」の黒字で、3.4兆円の円買い・外貨売りが発生し、合計で28.1兆円の円買い・外貨売りが発生している。ところが、この間、円高ではなく、円安が発生している。誰かが、2つの項目の合計である28.1兆円の円売り・外貨買いを、為替レートの水準を無視して行わなければ、円安は発生しなかったはずである。その中ではっきりしているのは、昨年11月-今年7月の間、「直接投資」の項目で10.3兆円の赤字が発生し、その金額に等しい円売り・外貨買いが発生している。もう一つは、「外貨準備増減」の項目での1.4兆円の赤字がある。「直接投資」、「外貨準備増減」の2つの項目は、ほぼ恒常的に赤字である。それ以外で大きな赤字は、「金融派生商品」が5.5兆円の赤字、「その他投資」が6兆円の赤字、「誤差脱漏」が4.1兆円の赤字である。この3項目で合計15.7兆円の赤字が発生している。昨年11月14日からの円安局面で最も大量に円を売った主体は、この最後の3項目を通じて円売り・外貨買いを発生させている。

ところで、この3項目の年平均の収支を見ると、「金融派生商品」が-448億円、「その他投資」が-7,799億円、「誤差脱漏」が+7,053億円であり、1年ごとのプラスマイナスの金額と比較すると、かなり小さな値となっている。「経常収支」、「直接投資」、「外貨準備増減」は、毎年、恒常的に黒字か赤字であり、残高が累積する。「金融派生商品」に含まれる、通貨スワップや通貨オプションのポジションを作れば、そのポジションは、将来、必ず反対売買が行われる。だから、長期の「金融派生商品」の年平均の収支は、-448億円とゼロに近い数値となる。「その他投資」も、年によっては大幅な黒字、大幅な赤字を計上するが、年平均の「その他投資」は、-7,799億円と小さい。より長期の平均をとれば、ゼロに近づくか、仮に累積するとしたら、マイナスの方向に累積する可能性が高い。年平均の「誤差脱漏」も+7,053億と小さな値である。年平均の「誤差脱漏」は、より長期で見れば、ゼロに近づくか、仮に累積するとしたら、プラスの方向に累積する可能性が高い。「金融派生商品」、「その他投資」、「誤差脱漏」の平均を合計すると、-1,194億円。より長期の平均値をとれば、ゼロか若干のマイナスの方向に累積する可能性が高い。このような統計上の項目の性質を考慮するならば、昨年11月-今年7月の間に15.7兆円の赤字、すなわち資金の流出が上記3項目を通じて発生したが、その流出した資金の多くは、長期で見れば、黒字となって再び流入してくる可能性が高い。

推測であるが、この15.7兆円の赤字の大元は、海外投資家の保有する円建て資産の新規ヘッジ売りが一番多いと考えている。そうした円建て資産のヘッジ売りの多くは、為替先物(フォワード)を使って行われる。フォワードの円売りの場合は、「その他投資」に計上される。そのポジションが、銀行や他の金融機関、事業法人などへと移っていく中で、通貨スワップに形を変えることがあるのであろう。通貨スワップは「金融派生商品」に計上される。また、円建て資産のヘッジ売りは、「その他投資」に含まれる非常に多くの他の細かなポジションとごっちゃになり、申告漏れが発生し、「誤差脱漏」の赤字に形を変えたと推測している。この場合、15.7兆円の資金の多くの部分は、新規の円のショートポジションの形成であり、円のショートポジションは、いずれは解消され、円買いドル売りが発生することになる。ここでは、今年7月末の時点で、海外投資家に、遠くない将来に解消される円のショートポジションが、最大で15兆円発生していると想定する。

円のショートポジションを保有する海外投資家が、何らかの事件が発生して、円高予想に転換し、最大で15兆円に及ぶ円のショートポジションが解消されたならば、円買いがまた円買いを誘発し、スパイラル的な円高が進行する。円は再び1ドル=70円台まで急騰し、株価も1万円を大きく下回る水準にまで急落する。超円高・株安の結果として、景気は、再び、後退へと突入する。異次元金融緩和は、全く意味のない政策であったと評価される。これは最悪のシナリオであるが、発生する可能性が、ゼロではない。正確な数字が分かるはずはないが、私の直観では、20%くらいの確率で発生すると思われるシナリオである。

上記のような推測が正しいと仮定するならば、現在の日本の景気回復の基盤は脆弱なものであることになる。「直接投資」、「外貨準備増減」の赤字は、恒常的に続いているが、この赤字だけで現在レベルの円安を維持することはできない。海外投資家の円のショートポジション形成が、昨年11月以降の円安を引き起こしてきた大きな要因であり、その結果、株高と景気回復が続いている可能性が高い。海外投資家の円のショートポジションではなく、日本の国内投資家が、円建ての資産を外貨建て資産へ移動させるというポートフォリオ・リバランス効果を発生させ、その結果、円売り・外貨買いが継続的に発生しなければ、安定的な円安を持続させることはできない。このようなポートフォリオ・リバランス効果が、将来、発生する可能性は考えられる。しかし、その前に、「最大で15兆円のショートポジションを保有する海外投資家が、円高予想を持つように転換させる何らかの事件」が発生する可能性もある。その場合、超円高・株安を通じて、異次元金融緩和が無意味になってしまう。「何らかの事件」が発生して、円が急騰した場合、強固な円安予想が崩れて円高予想が復活し、円買いが円買いを誘発する。この場合、大規模な追加金融緩和を行っても、円急騰直後の初期の段階を除いて、円安予想を復活させることができず、追加金融緩和の効果は非常に小さなものとなる。この段階まで行ってしまうと、円高進行阻止の手段としては、大規模な円売り外貨買いの介入しかなくなる。しかし、政治的に、介入を実施することができる可能性は低いと思う。

私としては、20%くらいの確率で「何らかの事件」が発生することが気になって、びくびくが拡大するばかりである。黒田総裁は、いずれ日本の投資家の保有資産に対してポートフォリオ・リバランス効果が発生し、資金が外に流出するだろうと呑気に構えている。しかし、確率が低くとも、異次元金融緩和の成果を台無しにする「何らかの事件」が発生する可能性が存在するのである。従って、国内投資家の資産にポートフォリオ・リバランス効果を発生させ、海外投資家ではなく、国内投資家の資金が、安定的に海外に流出する構造を一日も早く作る必要がある。昨年11月-今年7月の間、「証券投資」の項目で、24.7兆円という巨額の黒字、すなわち、マイナスのポートフォリオ・リバランス効果が発生してきたという事実をよく認識してもらいたい。それを上回るプラスのポートフォリオ・リバランス効果を発生させるためには、大規模な追加金融緩和が不可欠である。黒田総裁には、そうした現状とリスクがあることを理解し、早めに大規模な追加金融緩和を実施してくれることを強く望んでいる。


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