労働分配率 低下するアメリカ 横ばいの日本

経済の日米比較は、今までも何度か行ってきた。例えば、(*1)では、労働生産性の伸び率に光を当て、両国とも労働生産性の伸び率の高い産業から、労働生産性の伸び率の低い、あるいは低下する産業へと、労働者が大規模に移動するという経済構造を持つことを説明した。この現象とも一部重なり合うのであるが、今回は、労働分配率の日米比較を行うことにする。

労働分配率を見る前に、日米の経済が、どのような経緯をたどってきたかを頭に入れておく必要がある。日米の実質GDP成長率が、過去において、どのように変化してきたのかを表すグラフを下記に示す。


日米のGDP

過去44年間の日米の実質GDPの変化の数字を読み取ることができる。1990年以前は、日本の実質GDP成長率が、アメリカの実質GDP成長率を上回る年が多かった。1991年以降は、日本の実質GDP成長率が、アメリカの実質GDP成長率を下回る年が多くなった。そのため、失われた20年と呼ばれている。

次に、日米両国の所得分配について、どうであったかを見る。まずは、日本の労働分配率の推移を下記に示す。


日本の労働分配率

上記のグラフには、2つの線が描かれている。国民経済計算ベースと法人企業統計ベースの労働分配率である。数値が異なる理由は、長くなるので省略させてもらう。アメリカと比較すべき数値は国民経済計算ベースの方である。しかし、日本の場合、最新データが2012年3月期までしか存在しない(上記グラフは、2011年12月までの数字を使用)。一方、アメリカには、2013年6月期までのデータが存在する。日本には、直近のデータが存在しないため、2013年3月期までのデータが存在する法人企業統計の数字も同時に掲載した。

日本では、1990年代に、労働分配率が上昇し、企業収益が圧迫され、日本の実質GDP成長率の低下を招いたと主張するエコノミストがいる。一方、1998年をピークとして、労働分配率が、10年ほどの間低下し続けたが、これこそがデフレ不況が長引いた原因になったと主張するエコノミストがいる。ここでは、どちらの意見が正しいかの判断は避ける。ただ、このどちらの意見を持つエコノミストがいたとしても、直近の日本の労働分配率に大きな問題があるとは主張できないであろう。現在の日本の労働分配率は、高すぎでもなく、低すぎでもない、適切と言っても良いような水準に落ち着いている。

これに対して、アメリカの労働分配率は、日本とはかなり異なった動きを示している。そのグラフを下記に示す。


アメリカの労働分配率

アメリカの労働分配率は、1991年以降、大きく低下している。上記のグラフは、目盛りが小さいので、暴落しているかのように見える。実際の低下率の幅は、5%強であり、暴落しているわけではない。それでも。最近、大きく低下する傾向が続いていることは間違いない。

労働分配率が低下した結果、他の何かが上昇していなければならない。その中で最も大きく上昇していたのは、企業利益であった。そのグラフを下記に示す。


アメリカの企業利益

企業利益は、法人税、配当、内部留保の3つに分解できる。この3者の中で、法人税は減少気味である。伸びているのは、配当と内部留保であり、その二つを合計した税引き後利益である。

アメリカでは、1981年に大統領に就任したレーガン大統領が、レーガノミクスと呼ばれる新自由主義的な経済政策を推進した。しかし、レーガン政権の間、労働分配率に大きな変化はなかった。労働分配率が直近のピークを打ったのは、1991年であり、パパ・ブッシュ政権の末期である。労働分配率が低下し始めたのは、平等という価値を比較的重視する民主党のクリントン政権下である。再び新自由主義的な政策を推進したブッシュ政権下でも、労働分配率は低下し続けた。2009年に政権についた民主党のオバマ大統領は、格差是正や中間所得層の利益拡大を繰り返し訴え、平等という価値を比較的重視する考え方の持ち主である。しかし、オバマ政権が誕生して以来、労働分配率の低下は加速している。

アメリカの労働分配率の低下は、経済政策が原因ではない。経済環境の変化が原因である。多くのエコミストは、経済のグローバル化が原因だと考えているようである。私は、その表現は、事実を適切に表現しているとは思えない。私は、(A)アジアを中心とする発展途上国の教育水準の上昇と、(B)IT革命の進化が、原因と考える。(A)アジアを中心とする発展途上国の教育水準の上昇は、モノ作りの仕事を、アメリカから奪い、中国を中心とするアジアの発展途上国へと移した。また、(B)のIT革命の進化は、オフィスの定型的な事務作業の仕事を、アメリカから奪い、インドを中心とするアジアの発展途上国へと移した。従来、アメリカの中間所得層が担っていた工場労働、オフィス事務に必要な仕事の量が減ってしまったのである。首を切られた労働者は、介護などの福祉施設、レストランの従業員、スーパーのレジ係などの、従来から賃金の低かった産業へと移動せざるをえなかった。一方、世界で最も競争力の強いアメリカの多国籍企業は、スキルの高い少数精鋭の従業員を雇い、巨額の利益を獲得し、成果を上げた従業員や、企業の幹部、トップの給料は、従来より大幅に上昇することになった。しかし、アメリカ全体としては、新しく生み出された付加価値が、労働者への分配に回される金額は少なくなり、企業の内部留保として積み上げられたり、株主への配当へと回されることになった。経済学の見地から見ても、自由な市場というのは、資源配分を最適化する機能はあるが、公正な所得分配を実現する機能は、最初から備わっていないのである。

アメリカと同様な労働分配率低下圧力、賃金低下圧力は、日本にも押し寄せてきている。それにもかかわらず、日本では労働分配率が下がっていない。その理由はいくつか考えられるが、一つ言えることは、日本人が、アメリカ人と比較した場合には、平等の価値を重視し、平等を否定してまでも、自由という価値を実現することに対しては、抵抗感を感じる人が多いからだと考えている。日本でも、平等という価値を非常に重視する共産主義思想は、今やほとんど支持されていない。一方で、市場原理主義的な観点から、社会保障などの所得再分配の機能を果たす政府の役割を、大幅に縮小するという考え方は、学者の間では一定の支持を持つが、普通の人々の間での支持は高くはない。最近、大きな問題となっている、企業が黒字の場合、従業員を勝手に解雇することができないという裁判所の判例も、そうした社会の価値観を反映したものであったのであろう。

幸いなことに、日本は、アメリカと異なって、1991年以降、労働分配率の低下は発生していない。しかし、それを喜んではいけない。一番最初のグラフに示した通り、1991年以降、日本の実質GDP成長率は、アメリカより低い年が多くなっているのである。1991年以降、アメリカは、経済が成長し、一握りの人たちは非常に豊かになった。日本は、経済の成長率が低くなり、アメリカと比較した場合、皆が等しく貧しくなったのである。「皆が等しく貧しくなった」という表現も正しくない。労働者の内部で、非正規雇用者の数が増え、正規雇用者との格差が拡大してし
まったのである。

先に示したように、日本がアメリカほど労働分配率が低下しない理由の一つとして、相対的に平等を重視する日本人の価値観が根底にあると考える。しかし、今後も、アジアを中心とする発展途上国からの賃金低下圧力は続く。このままでは、いかに平等の価値観が強かろうと、アメリカのように、労働分配率が低下する社会へと移行する圧力に耐え切れなくなる可能性は存在する。しかし、日本とアメリカでは置かれている経済環境に差が存在する。賃金低下圧力の原因が、(A)アジアを中心とする発展途上国の教育水準の上昇によるモノ作りの仕事の減少は、アメリカと共通している。しかし、(B)IT革命の進化によるオフィスワーカーの仕事の減少は、日本語という言語障壁のために、日本はアメリカほどは大きな影響を受けていない。それに代わって、アメリカ以上に大きく影響を受けているのは、(C)アジア周辺諸国による自国通貨安誘導政策という近隣窮乏化政策である(*2)。③の円高アジア通貨安の構造は、以前から何度も繰り返し書いているように、政策対応により是正することが可能であり、同時に是正すべき課題である。昨年11月からの円安により、一部は是正されたが、十分には是正されていない。こうした円高アジア通貨安の構造は、あらゆる手段を使って是正する必要がある。その結果として、日本経済の成長率の低下の防止と、格差拡大の防止が、同時に可能となってくるのである。


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中央銀行のバランスシート拡大 リスクからリターンへの発想の転換

中央銀行のバランンスシートについては、今まで何度も書いてきた。今回も、そのバランスシートについて、より突っ込んだ分析を示したいと思う。

まず、日本との比較対象を香港、シンガポール、台湾、スイスに設定する。その理由は、対外純資産の対GDP比率が世界最高の国であるからだ。今まで比較対象としてきた、アメリカ、イギリス、ユーロ圏は、いずれも対外純債務国である。金持ち産油国や、ヨーロッパの都市国家の中には、香港などの4ヶ国を上回る対GDP比率での対外純資産を保有する国が存在する可能性はある。しかし、データを公開していないので除かざるをえない。以前にも示したことのある同じグラフを下記に示す。


対外純資産

この4ヶ国は、日本より、はるかに対外純資産の多い国である。しかし、それだけではない。日本より、実質所得の高い国でもある。日本と4ヶ国の購買力平価ベースの1人当たりGDPのグラフを下記に示す。



1998年には、日本は3位であったが、2012年には最下位になってしまった。なお、購買力平価ベースではない現実の為替レートベースでの一人当たりGDPを見ると、台湾と香港は日本よりも貧しい。しかし、両国は、後で示すように、中央銀行の大規模な外貨建資産購入政策により、現実の為替レートを大幅に安く維持している。そのため、現実の為替レートベースでは豊かに見えないだけであるのだ。

そして、この5ヶ国の中央銀行のバランスシートについて調べる。なお、香港は、中央銀行が存在しないと言われることが多い。その代わりに、香港金融管理局がその代役を務めていると説明される。しかし、香港金融管理局の機能を調べると、直接、紙幣を発行していないために、中央銀行ではないと言われるだけである。香港金融管理局の実質的な機能は、完全に中央銀行の業務である。従って、ここでは、香港金融管理局を香港の中央銀行として扱う。残りの3ヶ国の中央銀行は、スイス国立銀行、台湾中央銀行、シンガポール金融管理局と呼ばれている。シンガポールの場合も、名前は香港と同じであるが、紙幣の発行も行い、業務の内容は、完全な中央銀行である。5ヶ国の中で、最も異質なのが、日銀である。他の4ヶ国が為替介入の権限を持っているのに対して、日銀だけは、為替介入の権限を持たず、財務省がその権限を握っている。このように中央銀行の役割が国によって多少異なることを、頭に入れる必要がある。その上で5ヶ国の中央銀行のバランスシートの対GDP比率を下記に示す。


BSとGDP

香港のバランスシートの対GDP比率が圧倒的に大きく、日銀のバランスシートの対GDP比率が圧倒的に小さい。異次元金融緩和により2014年末には、日銀のバランスシートの対GDP比率は58%前後まで膨らむことが予定されているが、それでもまだ小さい。

なぜ日本以外の4ヶ国の中央銀行のバランスシートが大きいのかを調べるために、バランスシートに占める外貨建資産の比率のグラフを下記に示す。


BSと外貨建資産

見てわかる通り、日本以外の他の4ヶ国の中央銀行の資産の大半は、外貨建資産である。シンガポール、香港、台湾は、中央銀行のバランスシートに占める外貨建資産の比率が、昔から高かった。スイスが急増したのは、2008年のリーマンショク以降である。

中央銀行のバランスシートの対GDP比率は、香港、スイスの2ヶ国で、リーマンショック後に急増している。特に香港は、リーマンショック直後の2008年10月からの13ヶ月間に、中央銀行のバランスシートの対GDP比率を78%から135%へと57%増加させている。スイスの場合、リーマンショック直前の2008年8月からの4年7ヶ月間に、中央銀行のバランスシートの対GDP比率を23%から85%へと62%増加させている。そして、増えた資産は、ほとんどが外貨建資産である。

香港は、カレンシーボード制と呼ばれる、米ドルとの固定相場制を採用している。1997年のアジア通貨危機の時は、ヘッジファンドが香港ドルを売り崩そうとしたが、完全に失敗した。当時からすでに多くの対外純資産を抱えていた香港ドルを、売り崩そうと考えたヘッジッファンドの方が、間違っていたのである。反対に、2008年のリーマンショックの直後からは、ヘッジファンドではなく、海外の投信や年金などが、安全資産である香港ドルを買おうと殺到してきた。しかし、香港金融管理局が、13ヶ月間にGDPの51%分(13ヶ月間の外貨建資産増加額は、香港の2008年のGDPの51%に相当)の香港ドル売り、米国ドル買い介入を実施し、固定相場制の維持に成功した。日本で言うならば、財務省が1年間に233兆円(2008年の日本のGDPの47%分=51%の13分の12に相当)の介入を実施し、円高を防いだのである。この時、香港が固定相場制を放棄して、香港ドルの価値を切り上げていたと仮定する。その場合、香港でのビジネスコストは跳ね上がり、海外の多国籍企業の何割かは、香港を介して中国と取引することを諦め、上海や北京の中国本社と直接ビジネスを行う体制へと切り替えていた可能性が高い。香港の存在意義は薄れ、経済成長は以前より困難になっていたはずである。そうした動きを阻止するために、13ヶ月間にGDPの51%に相当する超大規模な介入を実施し、固定相場制を守り抜いたのである。

ここが、日本と香港の経済の明暗を分けた決定的に重要な点である。香港と違って、日本がリーマンショック当時に介入を実施するためには、アメリカの許可が必要であった。リーマンショック後の円高ドル安に対して、日本の財務省がアメリカ財務省に介入の許可を求めていた場合、アメリカ財務省は間違いなく許可を出していた。リーマンショックと、その数ヶ月後まで、アメリカの金融機関は大混乱に陥っていた。その混乱が長引いた場合、ドル安が加速し、結果として、ドルが基軸通貨の地位を失う恐れがあった。そうしたドル安のリスクを避けるため、2009年2月22日に、アメリカのクリントン国務長官は、中国政府に、米国債の購入という、ドル買いの継続の要請をしたと報道されている。にもかかわらず、当時の日本の財務省は円売りドル買い介入を実施しようとしなかった。これは、当時の財務省の犯罪レベルに相当する大失態であった。結果として超円高が発生し、2009年の日本の実質GDPの成長率は、危機の震源地であるアメリカを上回るマイナス成長となった。それだけではなく、日本の電気機械産業を中心とする製造業は、回復不能の大打撃を受けた。イノベーションが爆発的に進む電気機械産業という成長産業が、日本では衰退産業となってしまった。財務省も悪いが、日銀にも大きな間違いがあった。2008年10月8日、ドルの急落を恐れたバーナンキFRB議長は、いくつかの先進国に協調利下げを呼び掛け、実際に協調利下げが実施された。呼びかけられなかったいくつかの先進国、発展途上国も、追随して利下げを行った。しかし、日銀だけは、何もしなかった。この時、日銀が香港のように、金利の引き下げプラス年間243兆円(2008年の日本のGDPの49%分=香港金融管理局がバランスシートの対GDP比率を13ヶ月間に増やした比率の13分の12に相当)の資産買いオペを実施していたならば、その後の超円高と日本の電気機械産業を中心とする製造業の崩壊は、発生していなかったはずである。リーマンショック直後から、香港ほどではないが、アメリカやイギリスでは、国債やGSE債の大規模購入という量的緩和政策が開始された。規模は、対GDP比率で年間10%前後であった。日本は2013年4月になって、ようやく対GDP比率で年間14%程度の量的緩和の拡大を実施した。しかし、あまりにも遅すぎた。

量的緩和批判論者は、日銀のバランスシートの拡大をリスクと見なし、出口戦略の際に、日本経済のインフレ率は高騰すると警告する人が多い。日銀のHPには、1940年代後半のハイパーインフレ期の前の時期よりも、現在の方が日銀のバランスシートの対GDP比率が高くなっていることを問題視する論文が掲載されてる。では、常日頃から日銀よりも巨大な中央銀行のバランスシートを保有する他の4カ国では何が起こっていたのであろうか。日本と4ヶ国の消費者物価上昇率を比較するグラフを下記に示す。


CPI.gif

香港では、中央銀行のバランスシートの対GDP比率が80%前後であった2000年代の前半に、日本以上に深刻なデフレが進行していた。そして リーマンショック後の13ヶ月の間に、中央銀行のバランスシートの対GDP比率を78%から135%まで増やした後、2011年にインフレ率は5%にまで上昇した。香港金融管理局は、その後、大きな対策は何も打ち出さなかったが、インフレ率は、2012年には低下している。リーマンショック前後の4年7ヶ月の間に、中央銀行のバランスシートの対GDP比率を23%から85%まで増やしたスイスでは、マイルドインフレからデフレへと転落している。シンガポール、台湾は、日本よりもインフレ率は高いが、経済成長に悪影響を及ぼすほどの高さではない。中央銀行のバランスシート拡大という量的緩和政策は、何種類かの効果がある政策である。しかし、大規模に実施したとしても、インフレ率を引き上げる効果は少ない政策である。

香港は、先に書いた通り、制度としてドル建資産を買うことが決められている。シンガポールは、金利ではなく、為替レートを操作することにより物価変動を調節するという金融政策を実施している。台湾、スイスは、実質的には量的緩和政策であるが、名目上は、政策金利の操作により、金融政策を実施し、為替介入も実施している。この4ヶ国は、制度は異なるが、自国の通貨を安く誘導するために、中央銀行が巨大なバランスシートと巨額の外貨建資産を保有している。他の4ヶ国と違って、日本は、大国であり、現在はG20に属している。その結果、財務省や日銀が外貨建資産を増やすためには、G20加盟国の承認が必要である。しかし、中央銀行のバランスシートは、円安誘導目的を明示しない限り、いくらでも拡大させることが可能である。

日銀が国債の購入により、香港並みに、中央銀行のバランスシ-トをGDPの135%(2008年10月から13ヶ月後の2009年11月における香港の比率)、647兆円にまで増やすと仮定する。これは、グロスで見た政府債務残高1121兆円(資金循環統計ベース、2013年3月末現在)を大きく下回る。しかし、普通、「国債」とよばれている中長期の国債と財融債の発行残高は、684兆円である。日銀が発行された国債の大半の購入を目指すと、国債市場は、需給改善予想とインフレ予想の間に挟まれて、国債価格は乱高下し、流動性は低下する可能性が高くなる。日銀はすでに国債を94兆円保有しているので、日銀以外の国債保有者の国債保有残高は、590兆円となる。日銀が国債を多少の無理をして買い取ったとしても、追加で残高の半分くらいが限度ではないであろうか。それ以上購入する場合は、大変な無理を重ねる必要がある。多少の無理をした場合、追加購入金額では295兆円、購入後のバランスシートの対GDP比率で見れば、98.1%、ほぼ100%が国債購入の限度になる。その時、中央銀行のバランスシートの対GDP比率は、香港を下回るが、シンガポール、台湾とほぼ同じで、スイスを上回る。日本は、スイスとは異なって、生産年齢人口が減少し、賃金インフレが発生しやすい構造要因があるため(*1)、中央銀行のバランスシートの対GDP比率を、100%前後にまで高めた場合、金融政策の効果を明確に認識できる可能性が高くなると思う。ただ、この100%という数字は、マイルドインフレが進行するシンガポール、台湾とほぼ同じ数字というだけの一つの目途であり、それ以前にインフレが進行し始めたならば、当然、バランスシートの拡大を止めるべきである。100%でも変化がなければ、次には、2009年11月の香港並みの135%を目指して、無理をしながら国債、短期国債などを購入し続ける必要がある。

国の規模は小さくとも、とてつもなく巨額の対外純資産を保有し、実質所得も高い国が世界に存在するのである。香港、台湾、シンガポール、スイスの中央銀行の金融政策を見習うべきである。アメリカの中央銀行の出口戦略ばかりを見ていてはだめなのである。中央銀行の巨大なバランスシートは、自国の通貨を安く誘導し、その延長線上に、経済成長や対外純資産の増加をもたらすのである。異次元金融緩和をさらに強化し、中央銀行のバランンスシートが、対GDP比率で58%ではなく、100%くらいまで増えたならば、その先には、円安進行による経済成長がもたらされる可能性が高くなる。リスクは、最大で5%程度のインフレが発生する可能性である。資産バブルの発生も警戒が必要であろう。しかし、財政政策をうまく利用すれば、インフレやバブルの発生リスクをゼロに近付けることは可能である(*2)。従来の日本では、中央銀行のバランンスシートの拡大を、リスクとみなし過ぎてきた。中央銀行のバランンスシートの拡大は、リスクではなく、リターンの源泉とみなさなければならない。中央銀行のバランンスシートの拡大は、リターン、すなわち経済成長の源泉であるという考え方こそが、現在の日本に最も求められている重要な発想の転換なのである。


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1997年の景気後退と消費税増税、アジア通貨危機、山一證券破綻

2014年4月からの消費税増税について、安部総理周辺で意見が分裂している。日銀の黒田総裁は、来年4月からの消費税増税は、断固として実施すべきだとの考え方である。一方、黒田氏を日銀総裁に推薦した浜田宏一氏、本田悦郎氏の両内閣官房参与が、来年4月からの3%増税に慎重な態度を示している。

こうした意見の分裂が見られる最大の原因は、1997年4月からの消費税増税と、その直後からの景気後退の関係をどのように考えるか、ということが最大の論点であろう。増税推進派の多くは、1997年5月に始まった景気後退の原因を、消費税増税の影響よりも、同年7月に始まったアジア通貨危機、11月の山一證券破綻の影響を重視する人が多い。増税慎重派の多くは、1997年4月から実施された消費税引き上げによる5兆円、特別所得減税打ち切りによる2兆円、社会保険料の引き上げによる2兆円、合計9兆円の実質的な増税が、1997年5月以降の景気後退の最大の原因であると考えている(この時発生していた4兆円の政府支出の削減についてはここでは触れないことにする)。

1997年前後の日本経済はどうであったか。まず当時の実質GDPのグラフを下記に示す。


実質GDP

消費税の増税実施は、1997年4月である。翌月の5月から日本経済は景気後退に突入した。その後、1999年1月に景気回復が始まるまでに発生した大きな事件も記入した。

次に、GDP統計の中の実質民間最終消費支出のグラフを下記に示す。


消費

1997年1-3月期の実質民間最終消費支出、すなわち、消費は、駆け込み需要のため大きく増加した。そして、4-6月期にはその反動で大きく低下した。7-9月期に若干戻すが、その後は、ほぼ低水準横ばいである。消費税増税推進論者の多くは、消費税増税の悪影響は、1997年4-6月期で終わっており、本来なら、7-9月期以降も、消費回復は続いていたはずである、この時、消費が戻らなかった最大の原因は、7月からのアジア通貨危機と、11月の山一證券破綻の影響であると主張する。

この考え方に対する意見は、後で述べる。ここでは、GDP統計と民間最終消費支出統計に差がある最大の原因は、設備投資が少し変わった動きを示したからであることだけを指摘しておいたい。GDP統計における実質民間企業設備のグラフを下記に示す。


投資

この時期の民間企業設備、すなわち設備投資は、実体経済の大幅な遅行指標となっている。1995年4月を頂点とする超円高の影響で、日本経済は景気後退寸前まで行くのだが、なんとかそれを乗り切った。ところが、設備投資の減少は遅行し、ボトムを打ったのは、1996年1-3月期であった。1997年5月をピークにして、景気後退が始まるのであるが、設備投資がピークを打ったのは、1997年10-12月期であった。1997年前後の設備投資は、実体経済より、かなり遅行していた。GDP統計と民間最終消費支出統計のグラフに差がある最大の原因は、設備投資の遅れた動きであった。ただ、設備投資のボトムは1998年10-12月期であり、景気のボトムであった1999年1月とほぼ一致している。

こうしたGDP統計だけを使って、主要な指標を見るだけでは、1997年5月に始まった景気後退に大きく寄与した原因が、消費税増税なのか、アジア通貨危機なのか、山一證券破綻なのか、よくわからない。

そこでまず、1997年5月に始まった景気後退が、アジア通貨危機とは無関係であることを示すグラフを下記に示す。


純輸出

GDP統計における実質輸出マイナス実質輸入、すなわち実質純輸出の変化を示すグラフである。もし仮に、アジア通貨危機の影響で日本経済が打撃を受けていたのであるならば、純輸出は減少していなければならない。ところが、その景気後退期に、純輸出は、大幅と言っていいくらい増加し続けていた。当時、輸出も輸入も両方とも減少していたが、輸出の減少は少なく、輸入の減少の方が大きかった。すなわち、1997年5月からの景気後退の最大の原因は、内需の縮小であり、純輸出、すなわち外需は、景気の落ち込みの悪影響を、かなりの程度緩和してくれていたのである。一方、2000年11月からのITバブル崩壊、2008年2月からのアメリカ住宅バブル崩壊の結果として生じた景気後退は、この純輸出が大幅なマイナスとなっている。よって、1997年7月以降のアジア通貨危機は、結果として見れば、日本経済に何の悪影響も与えなかった。日本経済を悪化させた最大の原因は、内需の落ち込み、すなわち消費の減退にあった。

次に、山一證券破綻が、消費には何の影響も与えていなかったことを示すグラフを下記に示す。


消費総合指数

GDP統計は四半期ごとであるが、GDP統計の消費に一番近い、月次の消費総合指数のグラフを示した。山一證券破綻は、1997年11月24日であった。この日、山一證券の野澤社長は、テレビの前で、「飛ばし」があったこと謝罪し、涙を流しながら、悪いのは経営陣だけであり、社員は何も悪くないことを訴えた。確かに、このテレビでの謝罪シーンは衝撃的であった。しかし、個人消費には何の影響も与えていない。1997年4月に前月比で6.4%減少した個人消費は、10月にかけて緩やかに回復したが、11月になって2.3%減少している。山一證券破綻は11月24日なので、山一證券破綻が11月の個人消費を比較的大きく減少させた理由にはならない。山一證券破綻が、個人消費に悪影響を与えていたならば、12月の個人消費こそは、大きく減少しなければならなかった。しかし、実際には、12月の個人消費は、11月比で+0.6%である。これは、山一證券破綻が、個人消費に何一つ悪影響を及ぼさなかった明確な証拠である。設備投資が山一證券破綻により影響を受けた可能性は、完全には否定できない。先に示したグラフの通り、設備投資は、山一證券が破綻した1997年10-12月をピークにして下落に転じているからである。ただ、山一證券の破綻の原因は、「飛ばし」という不正経理であった。この後に発生した日興コーディアルグループ、オリンパスと同じ部類に属する原因であり、当時、問題となっていた銀行の不良債権問題ではない。そして、山一證券破綻の結果、公的資金が1000億円強失われた。一方、1998年の終わりに破綻した長銀と日債銀では、両行あわせて7兆円以上の公的資金が失われている。経済に与えた悪影響は、山一證券よりも、長銀、日債銀の破綻の方がはるかに影響が大きかったはずである。山一證券よりも、はるかに影響力の大きい長銀、日債銀の破綻と同時期に設備投資は底を打ち、その後、急速な回復を示している。山一證券は廃業し、長銀、日債銀は、名前を変えて生き残ったという破綻処理の仕方が異なることは考慮する必要がある。しかし、長銀、日債銀の破綻後に設備投資が急回復しているのを見ると、1997年10-12月以降の設備投資の急減に、山一證券破綻が影響を及ぼしたとは考えられない。1997年10-12月以降の設備投資の急落は、消費減退、不況突入にもかかわらず、設備投資を増やし過ぎたストック調整が最大の原因であろう。

GDP統計よりも、より景気に連動する、景気動向指数のグラフを下記に記す。


景気動向指数

一致指数は、1997年5月から、1999年1月にかけて、きれいな曲線を描きながら低下している。そして、その数ヶ月前を、見事に先行指数が先回りして低下し、反転している。1997年5月をピークにして景気後退が始まった原因は何なのであろうか。それは、景気回復が43ヶ月続き、景気を引き上げる牽引力が小さくなっていたところに、消費税を中心とする9兆円の増税があったからである。アジア通貨危機、山一證券、長銀、日債銀の破綻など、いろいろな事件が発生したが、そうした事件は、景気動向に不思議なくらい悪影響を及ぼさなかった。消費税の増税が、駆け込み需要とその反動をもたらすことには、大半のエコノミストは同意するであろう。しかし、それだけではなく。1997年5月から20ヶ月もの間、景気後退が続いた最大の原因は、消費税も含む9兆円の増税であった。財政再建のために9兆円も所得を吸い上げられると、どうしても後々まで景気に悪影響を及ぼしてしまうのである。

1997年5月からの不況の原因は、消費税を含む増税であったことは、間違いない。しかし消費税増税が、必ず不況をもたらすとは限らない。1989年4月の消費税導入時には、景気にほとんど悪影響を及ぼさなかった。ヨーロッパでは消費税の増税は日常茶飯であるが、消費税増税が景気後退を引き起こした例は少ない。

問題は2014年4月の消費税増税である。私は、1997年の時のように景気後退を引き起こすかどうかはわからないが、景気に大きな悪影響を及ぼすことは間違いないと考えている。この点については、黒田総裁の見通しは甘すぎると考えており、浜田宏一氏、本田悦郎氏の考え方に近い。私が望ましいと考えている財政再建の一つの手法は、(*1)で示した通り、インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策である。これから消費財増税を議論するならば、(*1)で示した案がベストであると考える。しかし、2014年4月の消費税増税法案は、とっくの昔に成立しており、市場もそれを前提として動いてきた。私が一番恐れるのは、財政破綻リスクである。現在の財政政策の延長線上に、財政破綻リスクが発生し、金利の大幅な上昇が発生する確率は100%である。だが、それがいつ発生するのか、明日なのか30年後なのか、誰も予想できない。財政破綻リスクを回避するためには、現状のような潜在成長率を上回る経済成長が進行している場合は、スケジュール通り増税を実施することが重要である。こうした好況下で、政府が増税を延期しようと判断した場合、債券投資家に、政府は財政再建に取り組む姿勢が甘いと受け取られる可能性が出てくる。この場合、財政破綻プレミアムという形での金利の大幅な上昇が発生する可能性がある。「確率は低いかもしれないが、起こったらどえらいことになって対応できないというリスクを冒すのか。」と黒田総裁が発言したと報道されているが、この発言内容には100%同意する。加えて、消費税増税を5年に分けて1%ずつ増税するという案は、実際に消費税を負担する個人、企業に対する事務コストがかかり過ぎる上、消費税増税の転嫁が公正に行われにくくなるといった欠点があるので、現実的な案だとは思えない。この点は、浜田宏一氏、本田悦郎氏とは意見が全く異なる。

しかし、消費税増税だけを実施した場合、今度は、景気後退を誘発するリスクが出てくる。消費税増税の最大の目的は、財政再建である。消費税増税の悪影響を、消費税以外の減税や公共投資の増加という財政政策で、その悪影響を相殺する政策は、財政再建の目的に反するので、賢明な策とは思えない。残る政策は、金融政策である。量的緩和という政策は、効果が少ない政策であり、大規模に実施しなければ、意味がない。同時に、大規模に実施した場合、必ず効果が出てくる政策である(*2)。異次元金融緩和という政策は、今年4月4日に発表された時は、大きなインパクトがある政策であると感じられた。しかし、その後の5ヶ月間の動向を見る限り、依然として金融緩和が不足している可能性が高いと考えるようになった。来年3月までは、アベノミックスの第2の矢、すなわち財政支出の効果と、駆け込み需要の発生で、相当景気は良くなるはずである。しかし、来年4月以降、その反動が必ず来る。1997年の時のように景気後退が発生するとまでは言わないが、消費税増税の悪影響が長引く可能性は高いと思う。現在の金融政策を維持しただけでは、来年度も好調な経済を維持できるとは思えない。来年4月以前に、消費税増税対策のため、異次元金融緩和の第二弾を黒田総裁が出してくれることを強く期待したい。

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インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策(*1)
量的緩和の効果とバーナンキの背理法(*2)



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