国債投資から対外証券投資への転換による財政再建策

前回、個人や企業の資金余剰が、巨額の財政赤字の原因になるメカニズムを説明した。そして、2013年4月に実施された異次元金融緩和を20年前に実施していたならば、政府債務の残高が、現在よりはるかに低い水準に維持できたことを指摘した。現在でも、異次元金融緩和は不可欠な政策であるが、政府債務の増加速度を緩める効果はあっても、政府債務を減らすことは不可能である(*1の最後を参照)。私なりの財政再建策は(*2)で示したが、今回は、それとはまた別の財政再建策を提示してみたいと思う。

前回と同様に、資金循統計における資金過不足に注目する。財政赤字の縮小,すなわち政府部門の資金不足の縮小を目指す解決策のポイントは、個人に蓄積された余剰資金を、政府部門に誘い込むことではなく、海外部門に吸収してもらうことにある。そして、企業部門は設備投資を増やして、自ら資金を使うようになってもらうことである。そうした資金の流れを作り出すためには、まず、政府が、後ほど述べるような行動を起こす必要がある。個人部門の余剰資金が、様々なルートを経て海外に流出したならば、円安になって、輸出が増加し、貿易収支が黒字に戻り、経常黒字が拡大する。輸出を拡大するためには、企業が国内で設備投資を拡大する必要があるので、企業部門の資金余剰は減少し、やがては赤字に転落する。日本企業が多国籍化し、海外での投資が増えても、このような流れは変わらない。国内資金の海外流出が拡大すれば、輸出主導で経常収支の黒字が拡大しやすくなるからだ。その場合、企業の資金は設備投資に回り、個人の余剰資金はもっぱら海外へ流出し、政府部門が赤字から黒字に転換できる可能性が生じてくる。国内の余剰資金が解消され、政府が国債を発行して、経済を支える必要がなくなるからだ。このような財政再建のイメージを下記のグラフに示す。


資金過不足の理想

2022年度までの今後10年間の資金過不足の理想像を描いてみた。政府部門が大幅な赤字から、2015年9月に消費税率10%が実現され、その悪影響が一巡する2017年度以降、若干ながら政府部門が黒字になる姿を描いた。2007年度に、近いところまで来ていたので、容易ではないが、特に高い目標でもない。財政再建の達成にメドをつけるためには、政府部門を黒字にすることが、条件の一つとして必要なのである。以前、円安実現の手段として、異次元金融緩和をさらに大幅に強化して、キャピタルフライトを発生させるという手段を提案したことがある(*3)。国内を超々金余りにし、資金を海外に流出せざるをえないような環境を作り出すという手法である。国内産業の生産性向上のための手段として提案したものであるが、この政策は、同時に財政再建の手段にもなりうる。もう一つの手段として、政府が、資産サイドに保有する金融資産を、国内運用から海外運用へと組み替えるという手段があることを説明する。

国内運用から海外運用への金融資産の組み替えとは同じではないが、参考となる具体例は、海外に存在する。石油輸出国が海外で運用しているオイルマネーである。金持ち産油国は、石油の輸出によって稼いだ資金を、国内ではほとんど運用しなかった。最近は少し異なっているが、一昔前までは、国内には、投資機会が存在しなかったためである。そのため、石油輸出により獲得した資金は、主としてロンドンの金融機関に預けられ、そこから世界の様々な資産の運用に回された。国内に投資機会がない場合、余剰資金を海外で運用することは、当然であることに、金持ち産油国は、ずっと前から気がついていた。獲得して余ったオイルマネーを、一旦、国内の銀行に預けると仮定する。しかし、資金は銀行に滞留し、銀行の運用先がなく、銀行が困るので、政府や中央銀行が、債券を発行して、余剰資金を吸収することは、理論的には可能である。しかし、そのような形での債券発行は、国内に滞留する資金を、政府部門と銀行部門の間で回しているだけであり、新たな利子を生まない有害無益な政策である。余剰資金はすべて海外に移し、利子やキャピタルゲインを海外から獲得する方が、利益が大きくなることは、自明であった(利息禁止のイスラム金融の問題については、ここでは無視する)。ところが、金持ち産油国より、投資機会がある程度存在する多くの先進国、特に日本においては、余剰資金が発生した場合、国債発行が有害無益になることがあることに、気がついていない。

いくつかの産油国は、現在でも巨額の資金を海外で運用している。そうした資金は、最近は、ソブリン・ウエルス・ファンドと呼ばれている。しかし、情報公開が限られたものであるため、具体的にどれだけの資金を何で運用し、結果としてどれほど儲けたのかがわからない。具体的な運用資産額が記されていても、全くの推測値にすぎない例も多い。ここでは、世界最大級のソブリン・ウエルス・ファンドであり、同時に、透明性も世界一であるノルウェーの政府年金基金グローバル(GPFG)について触れてみることにする。

ノルウェーは、1990年から、北海油田の収入を原資にして、将来の年金の支払いにあてる資金を積み立てるファンドを保有している。政府年金基金グロ-バル(GPFG)と呼ばれており、運用対象は、全てが海外の株、債券、不動産である。ノルウェーはこの他にも、政府年金基金ノルウェー(GPFN)と呼ばれる、通常の政府年金基金を保有している。こちらの運用対象は、ノルウェー国内(北欧諸国を含む)の株と債券である。運用資産額は、2012年末の円に換算すると、GPFGが59兆円、GPFNが2兆円である。運用利回りは、1998年-2012年の15年間の年平均で、GPFGが5.05%、GPFNが6.58%となっている。ノルウェー政府は、余剰資金の大半を海外で運用しており、かつその海外運用での利回りは、国内運用よりも低い。それでも、資金の大半を海外で運用しているのは、国内に運用対象がないことが最大の理由である。無理に国内運用を増やしても、国内運用利回りが下がり、有害無益となるからである。ある程度の国内運用は、国内の設備投資という将来の所得製造マシンに資金を配分するために必要である。GPFNの2兆円の運用資産は、国内の投資機会に見合った投資金額なのであろう。GPFGの59兆円の運用資産から得られる収入は、外国からノルウェー国内に移転される純粋な所得である。海外運用の場合、たとえ運用利回りが低くても、マイナスが長続きしない限り、海外から資金を獲得でき、常に有益なものとなる。

日本は、ノルウェーほどではないが、国内に余剰資金を多く保有する国である。年金、保険、銀行などの金融機関は、余剰資金の多くを国債で運用しており、外国証券への投資比率は高いとは言えない。国債を中心とする国内運用は、個々の金融機関単位では、最も安全確実な運用対象である。しかし、日本という国家単位で見ると、国内で新規の投資機会が無いために発行された国債で資金運用しても、消費をしながら国内で資金を回していることになる。金持ち産油国のように、国内で余剰資金が発生した場合、速やかに資金を海外に移すことこそが、正しい政策なのである。これを言い換えると、個人レベル、企業レベルで見ると、余剰資金を貯蓄することは可能であるが、日本という国家レベルで見た場合、余剰資金を金融資産として国内に貯蓄することは不可能であり、海外に貯蓄するしか手段は残されていないのである。

日本には、公的年金という制度がある。その資産総額は、2013年3月末現在で210兆円である。公的年金の中で、一番、資産金額が大きいのは、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)である。GPIFの資産金額は、2013年3月末現在で120兆円、運用利回りは、2001年度-2012年度の平均で、2.02%である。期間は少し短いが、ノルウェーの2つの年金基金の運用利回りを下回っている。そして国が目標としている年金運用利回りである4.1%をも下回っている。2013年3月末でのポートフォリオの主要なものとしては、国内債券が62%、国内株式が15%、外国株式が12%、外国債券が10%である。

私はGPIFのポートフォリオを、外国株式40%、外国債券40%に引き上げることを提案したい。年金資金が、企業の設備投資などの、所得製造マシンに回るのであれば、国内運用にも意味があるが、余剰資金を消費に回す国債に投資し続けるのは、日本という国家単位で見た場合、有害無益である。本来、そのような国債は発行されるべきではなかった。発行されてしまった国債をすでに保有している場合、外国証券への投資に組み替えるべきである。国債は、言い換えると、「将来の増税実施の予約証書」であり、日本という国家レベルで考えると、余剰資金の国債運用は貯蓄にはならないことを理解する必要がある。

かつて、円高株安でGPIFが大きな損失を出した時、GPIFは、運用資産を、最も安全確実な国債に限定すべきだという意見が繰り返し主張されてきた。国債だけでの運用は、GPIFという運用機関の立場から見ると、一番安全確実な運用になる。しかし、年金基金が、「将来の増税実施の予約証書」である国債だけで運用し続ける場合、年金受給時かその前後に、受給資金を増税の形で全て吸い上げられる可能性が出てくる。GPIFという運用機関の立場ではなく、日本という国家レベルで見た場合、国債だけの運用とは、リスクのない安全確実な貯蓄とは正反対であり、将来の増税による全資産消失確定が発生するリスクが最も高い運用手法になるのである。「将来の増税実施の予約証書」である国債を保有していても、貯蓄にはならないケースが多いからである。従って、速やかに、外国証券に組み換えるべきである。ただ、GPIFが外国証券購入のために保有債券を大量売却すると、国内金利の上昇が発生する。それを回避するためには、日銀が直接、ないしは間接の形でその債券を買い取るスキームを作る必要がある。

国債から外国証券への投資に転換する最大の目的は、国債という増税による全資産消失確定が発生するリスクの非常に高い資産を、よりリスクの低い外国証券での運用に変えることである。運用利回りの向上は、直接的な目的ではない。ノルウェーの場合、海外投資(GPFG)は、国内投資(GPFN)よりも、運用利回りが低い。ノルウェーは、高い運用利回りを求めて海外投資をしているのではない。しかし、日本の場合、外国証券での運用比率を高めれば、長期的な運用利回りの上昇も同時に達成できてしまう可能性が高い。4.1%という不可能と思われる高い運用利回り目標も、達成できる可能性が出てくる。年金積立金運用管理独立行政法人(GPIF)と、ノルウェーの政府年金基金グローバル(GPFG)の過去12年間の運用利回りを比較する。


運用利回り

正確な利回りではないが、それに近い12年間の年間単純平均の運用利回りは、GPIFが2.19%、GPFGが5.03%と、GPFGの方が平均運用利回りが高い。その代わり、リーマンショックのような大きな危機に直面すると、一時的には損失が大きくなる。

外国証券投資には、様々なリスクがある。しかし、現在、実施しているような分散投資を徹底すれば、リスクは低くなる。最初は、すでに実施している外国株式と外国債券のインデックス運用から始めるべきである。その後は、運用のプロを時間をかけて育成していくという選択肢もあるし、永久にインデックス運用のままという選択肢もある。従来より、運用利回りの変動は大きくなるが、平均利回りも同時に上昇し、ノルウェーのように、年平均4.1%以上を達成することができる可能性が高くなる。理由は、国内中心の運用というのは、日本という老人大国中心の運用であるが、海外運用の場合、老人大国にも若者大国にもミックスして運用することになるので、老人大国中心の運用より、長期的な運用利回りが上昇する可能性が高くなると考えられるからだ。

公的年金には、GPIF以外にも国家公務員共済などがあるので、そうした公的年金も、GPIFと同様な運用にすべきだと考える。公的年金全体で210兆円、うち外国証券の残高は38兆円である。外国証券の組入比率を80%にまで引き上げるためには、あと130兆円の外国証券を購入する必要がある。これを10年に分けて購入すると仮定すると、海外部門の資金不足は、年平均で13兆円増加する圧力がかかり、政府部門の資金不足は、減少する圧力がかかる。2012年度の政府部門の資金不足は40兆円であり、これだけでは政府部門は黒字にならない。円安予想による民間部門の資金の海外流出増加、企業部門の輸出拡大と、その結果としての設備投資拡大による資金不足への転落、デフレ脱却・景気回復の結果としての自然増収、消費税の引き上げ、などの要因を加えると、政府部門の資金過不足=黒字となり、一番最初のグラフで示した理想が、現実化する可能性が高まる。政府の資金過不足がプラスになって、初めて、国債発行残高の減少につながる条件の一つが満たされることになる(プライマリーバランスの黒字化)。

ノルウェーは、北海油田の収入があるが、将来はいずれなくなるであろうという危機感が、1990年にGPFGという海外運用を始めるきっかけとなった。その点は、日本とは決定的な違いがある。その結果、現在のノルウェーは、政府部門に巨額の純資産を保有し、日本は、政府部門に巨額の純負債を保有している。しかも、日本の少子高齢化、人口減少は、ノルウェーのはるか先を進んでいる。

少子高齢化、人口減少は拡大しており、日本全体で貯蓄を増やすことのできる時間はもうそれほど長く残されていない。政府保有資産の国債から外国証券への組み替えもまた、何十年も前から始めておくべきであった。残された短い期間に、徹底的に分散化された対外資産を少しでも多く持つことが、人口減少社会にかかるオーナス(重荷)を軽減することのできる数少ない手段となる。子や孫のためには、可能な限り、資産を海外に分散して保有し、遺産として残すことが、一番望ましいのである。

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財政赤字拡大の原因 個人貯蓄と増大する企業貯蓄

(*1)で、他の先進国との比較から、日本の巨額の財政赤字、巨額の政府債務の原因として、デフレが大きな役割を果たしてきたことを指摘した。今回は、財政赤字の拡大と、個人貯蓄と増大する企業貯蓄とが、密接な関係にあることを説明する。

多くの日本人は、病気や老後への備えに対して、預貯金、株、債券、投信、保険などの形で貯蓄を保有している。企業もまた、個人とは異なる動機で、貯蓄を保有している。戦後の高度成長期は、個人の貯蓄は、金融機関を介して、企業の設備投資へと流れて行った。では、今日において、個人が貯蓄を増やした場合、その資金はどこに流れて行くのであろうか。その答えは、日銀が作成している資金循環統計の中の、資金過不足の統計にある。まずは、そのグラフを見ることにする。


資金過不足

直近においては、家計(=個人)部門の貯蓄は、非金融法人企業(今後は単に、企業と記す)部門の貯蓄とともに、主として一般政府部門(中央政府、地方政府、社会保障基金からなる広義の政府を指し、今後は、単に、政府と記す)と海外部門へと流れている。

この資金過不足のグラフはしばしば使われるグラフである。1990年代初頭のバブル崩壊以前は、家計の貯蓄は、主として企業に流れていた。しかし、バブル崩壊とともに、企業の資金不足は縮小し、1998年以降、企業は資金不足から資金余剰に転換した。そして、個人と企業の貯蓄の合計が、主として、政府へ、そして一部は、海外へと流れている。

上記のような構造変化をより明確に示すため、資金過不足を1980年-1991年のバブル以前の時期と1992年-2012年のバブル崩壊以降の時期で、各主体の年平均の資金過不足がどのように変化したかを見ることにする。


資金過不足の変化

最初のグラフでは省略した、資金過不足の金額が小さい金融機関と対家計民間非営利団体も加えている。従って、6部門の資金過不足金額を合計すると、ゼロになる。

企業(=非金融法人企業)の資金余剰額が、年平均35兆円も増えている。反対に、政府(=一般政府)の資金不足額が25兆円も増えている。個人(=家計)は、資金余剰額が8兆円減少している。企業の資金余剰の拡大原因は、一般的には、投資機会の消失と捉える意見が多い。私は、企業の資金余剰の拡大原因は、投資機会の消失であることに同意するが、投資機会の消失の前に、政府・日銀の経済政策の失敗があったと考えている。その理由は後ほど述べる。

繰り返すが、1990年初頭のバブル崩壊以前は、単純化すれば、個人貯蓄の増加=企業の借入による設備投資の増加、という式が、成立していた。個人の貯蓄は、金融機関を通して企業に貸し出され、主として、企業の生産設備の増強に使用されていた。新しく投資される企業の生産設備は、将来の所得製造マシンでもあった。個人の旺盛な貯蓄は、企業の設備投資という所得製造マシンに変化し、日本人の生活水準はグングン上昇して行った。1970年代のオイルショック以降、経済成長率は鈍化し、政府の財政赤字も増え始めた。しかし、1990年初頭のバブル崩壊以前は、まだ、政府の債務残高は大きくはなく、経済もそれなりに成長し続けていた。

1990年初頭のバブル崩壊以降、個人の資金余剰が続く中で、企業の資金不足が急激に減少し、1998年以降、企業は大幅な資金余剰になった。こうした環境下で、政府が何もせず、自由放任政策を続けていたならば、貯蓄超過のため、経済はスパイラル的な縮小不均衡が発生していた可能性が高い。

経済がスパイラル的な縮小不均衡へと発展するメカニズムを説明するため、海外部門を除外し、個人、企業、政府の三部門に分かれた非常に単純なモデルを作って説明する。1990年代初頭にバブルが崩壊し、個人消費の伸び率が鈍化した。消費の伸び率が鈍ると、企業が設備投資の金額を減らす必要が出てくる(加速度原理)。企業は投資を減らすため、借金返済などの形で、貯蓄を増やす。消費の伸び率が鈍り、投資が減少する経済は、当然、不況となり、企業の倒産は増え、失業者も増える。その結果、消費は、伸び率の鈍化から減少へと向かい、投資は、さらに大幅に減少することになる。消費と投資は減少を続け、経済はスパイラル的に縮小して行かざるをえない。日本のような賃金の下方硬直性の低い経済では、物価下落も伴ったデフレスパイラルが発生していたであろう。スパイラル的な縮小不均衡は、個人が生きていくために、消費をそれ以上減らすことのできない低い水準に到達したならば、そこで止まる。その時点に到達するまでに、GDPは大幅に縮小しているはずである。

このような、スパイラル的な縮小不均衡、大不況への進行を阻止するために、政府が国債を発行して、税金ではなく、借金をして、資金を調達し、公共投資や社会保障への支払い費用を増やしたのである。個人消費の伸び率減少や、企業の設備投資の減少があったにもかかわらず、政府による消費、投資の拡大により、
GDPの減少を最小限に食い止めてきたのである。この場合、個人の貯蓄は大きく変化はしないが、企業の貯蓄は大きく増える。政府が、GDPの大幅な減少につながりかねない現象を回避するために、「個人と企業の貯蓄の増加」⇒「政府の財政赤字の増加」、または、「個人と企業の貯蓄の増加」=「政府の財政赤字の増加」という現象が発生したのである。

1990年代初頭のバブルが崩壊した時期は、IT革命の揺籃期であり、経済を牽引する技術革新の力が弱かった時期でもある。そのような時期に、バブルが崩壊し、消費の伸び率が減少すると、上記のようなスパイラル的な縮小不均衡が発生しやすくなる。その後も、消費税増税による景気回復の挫折、ITバブルの崩壊、アメリカの不動産バブルの崩壊などが続いた。個人と企業の高水準の貯蓄が続き、好況期においても国債発行は継続された。そして不況になると、景気対策のため、政府が国債を増発し、民間部門に代わって消費や投資を拡大する政策が繰り返された。政府の国債発行は、デフレの発生を阻止することができなかったが、スパイラル的な縮小不均衡、あるいはデフレスパイラルの発生を阻止することには成功した。しかし、その結果、2013年3月末現在、政府は、ネットで618兆円、グロスで1121兆円の膨大な政府債務を残すことになった。

家計は、グロスで1571兆円、ネットで1207兆円の貯蓄を保有している。しかし、ネットの貯蓄の半分以上は、政府の債務へと流れ込んでいる。政府の債務の一部は、道路や橋の建設に回り、民間企業が所得を創造する役割を果たすために必要な社会基盤となっている。そして、政府の債務のより多くの部分は、社会保障などの単なる消費に使われてしまっている。その上、建設国債であろうと、赤字国債であろうと、政府の債務であることには変わりはない。家計が貯め込んだはずの貯蓄の半分以上は、政府の債務に変化し、将来的には、増税をして、債務返済をする必要が出てくる。その時には、将来のためと思って貯め込んだ貯蓄を取り崩し、将来の生活費ではなく、将来(1年後か100年後かはわからない)の増税によって政府に吸い上げられてしまうのである。

私は、バブル崩壊後の不況対策としての財政政策は、1930年代初頭の昭和恐慌、世界恐慌のようなデフレスパイラルの発生を阻止したという意味において、大変大きな効果があったと考える。しかし、その結果、巨額の政府債務という大きな副作用を残した。従って、私は、財政政策ではなく、ゼロ金利政策と国債の大規模な買いオペという思い切った金融緩和政策が実施されるべきであったと考えている。すなわち、今年4月に実施された異次元金融緩和を、20年前に実施すべきであった。しかし、当時、異次元金融緩和のような経済政策の発想は、全くといって存在しなかった。景気対策の中心は、財政政策であると考えられていた。その結果、個人と企業を合計した貯蓄の拡大と、政府の財政赤字の拡大は、ほぼ並行して増加することになった。

仮に、20年前に異次元金融緩和が実施されていたならば、どのようになっていたであろうか。まず、資産価格はそれほど大きく下落せず、銀行の不良債権問題は短期間で片付いていた。個人消費の伸び率は、多少は下方に屈折したであろうが、それなりに堅調に推移していた。また、国債の買いオペによる市中発行の国債残高の実質的な減少と、ゼロ金利政策による内外金利差拡大のため、個人と機関投資家は、貯蓄を外国証券への投資の拡大に向けていた。この結果、円安が定着し、輸出は増加し、貿易収支、経常収支の黒字は拡大し続けた。堅調な消費と輸出増加のため、企業の設備投資も、1980年代後半より伸び率は落ちるにしろ、堅調に推移した。すなわち、個人の貯蓄は、一部は企業の設備投資へ、一部は海外への投資へと向かい、政府の財政赤字は、拡大ではなく縮小し、政府債務の残高は、現在よりはるかに少なかった。経常収支の黒字の拡大継続は、外交的には、間違いなく、激しいジャパン・バッシングを引き起こしていた。しかし、激しく叩かれるほど、日本は強い経済を維持していたのである。バブル崩壊後、実際に発生したような企業部門の資金不足から資金余剰へという大規模な構造変化は、非常に緩やかな速度で進行していた。企業の投資機会は減少しても、堅調な消費と輸出に支えられて、早期に大きく減少することはなかった。2000年以降、アジア諸国が台頭してきても、日本経済は、現状ほど没落することもなかった。高水準の対外証券投資が継続する結果、円相場は割安に推移していた。その結果、規模の経済を手放さず、価格競争力も維持していた日本企業のIT、デジタル家電製品は、韓国、台湾などのライバル諸国の製品を圧倒していた。先端技術を使用する製品は、まず日本で生産され、投下資本を回収した後、アジア諸国へと生産が移って行った。いわゆる雁行形態の発展の先頭のポジションを日本が維持し、日本とアジア諸国はウィン・ウィンの関係を維持することができたのである。少子高齢化と人口減少が進む日本は、緩やかな衰退は避けられないが、現在のようにひどい状況には陥らなかった。そして何よりも、政府の債務が、現在のように膨れ上がる事はなかった。以上が、異次元金融緩和が20年前に実施された場合、起こる可能性の高いシナリオの一つであると私が考えている内容である。

政府の債務が,ネットで618兆円、グロスで1121兆円となり、もはや手遅れ、という意見もある。ハイパーインフレでしか解決不可能なほど債務は増えてしまったという考え方である。私は、財政再建が不可能と決めつけるのは早すぎると考えているが、異次元金融緩和が20年遅れた結果、日本経済はあまりにも多くの物を失いすぎ、回復不能なものが多すぎると感じる。その意味においては、手遅れになったことは間違いない。現状維持プラス消費税5%増税だけならば、政府債務の増加は止まらない。一方、従来、国債発行によって、スパイラル的な縮小不均衡を防いできた経済が、果たして5%の消費税増税に耐えることができるであろうか。私が最も望ましいと考えている財政再建策は、(*2)で示した通りである。過去の歴史を振り返り、どこで何を間違ったかを正確に理解し、現時点でベストと思われる政策を打ち出していくしかないであろう。

財政赤字とデフレの関係 (*1)
インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策(*2)

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対外純資産 規模と収益率の拡大の必要性

2012年末の日本の対外資産残高は、前年比80兆円増加の662兆円、対外負債残高は、前年比50兆円増加の366兆円になった。その結果、2012年末の日本の対外純資産は、前年比31兆円増加の296兆円になった。要因としては、為替要因(円安要因)で38.7兆円、取引要因(ほとんどが経常収支の黒字)で4.6兆円増加していた。一方、その他要因(多くは、海外投資家が保有する日本株の値上がり益)で12.3兆円減少していた。過去最高を大幅に更新したわけであるが、内容としては、円安にほとんど依存した増加であり、良い資産増加であるようには思えない。なお、(*1)で1969年-2011年の43年間に、日本は、合計201兆円の為替差損を被っていたことを指摘した。2012年の為替差益は、38.7兆円であるので、1969年-2012年の為替差損は、44年間で162.3兆円にまで減少したことになる。

一方、対外純資産の296兆円という金額は、第2位の中国の150兆円、第3位のドイツの122兆円を大幅に上回り、世界第一位である。対外純資産の金額が世界一というのは、大変望ましい状態であると思う。しかし、対外純資産の対GDP比率が日本より高い国は、他にいくつもある。アラブを中心とする石油輸出国の中には、何ヶ国もあるようだが、オイルマネーの蓄積が原因であることが明らかであるので除外する。また、ヨーロパの都市国家も、統計の入手が困難なため除外する。それ以外に、対外純資産の対GDP比率が日本より大きな国を探し出し、グラフ化すると、下記のようになる。


対外純資産

対外純資産の対GDP比率が、日本より高い国は、先に記した例外を除けば、おそらく7ヶ国であると思う。香港の比率は、日本の4.5倍もあり、うらやましい限りである。見てわかるように、いずれも日本より規模の小さな小国ばかりであり、日本が置かれている状況とは、環境が大きく異なっている。このことを頭に入れた上で、対外純資産の対GDP比率が日本より高くなる理由、および学ぶことができる点があるかを探っていきたいと思う。

次に、8ヶ国の外貨準備の対GDP比率を見ることにする。


外貨準備

外貨準備の対GDP比率は、香港、シンガポール、台湾、スイスの比率が非常に高い。特に、スイスは、リーマンンショックの数ヶ月後から、その比率が急速に拡大しつつある。

次に、8ヶ国の外貨準備を除いた対外純資産の対GDP比率を見ることにする。


純資産ー外貨準備

外貨準備を除いた対外純資産の対GDP比率は、台湾、次いで香港の比率が高い。台湾の比率は、日本の4.6倍である。台湾、香港は、外貨準備も多いが、それ以外の対外純資産も非常に多い。

日本を除く上記7ヶ国の購買力平価ベースでの一人当たりGDPは、日本を上回っている。すなわち、日本人より、実質的な平均収入が多いということである。そして、対外純資産の対GDP比率が日本より高いということは、収入も多いが、資産はそれ以上多く保有していることを意味している。収入も資産も日本より大きい、豊かな国々であるのだ。

香港の対外純資産の対GDP比率が世界一である最大の源泉は、中国との交流の窓口ということで、毎年巨額のサービス収支の黒字を生み出していることである。外国企業が、直接、上海や北京に進出することもあるが、その前に、香港で情報収集などを行い、その後に中国各地に進出して行くケースが多いからである。そのため、貿易収支が赤字の中で、経常収支の大幅な黒字を維持している。もう一つの強みは、対米ドルでの固定レート制である。固定レート制があるおかげで、外国から香港に資本が流入してきても、通貨当局の無制限の介入により、香港ドルの価値は上昇せず、ビジネスコストの上昇は抑制された。そのため、外国企業が中国とのビジネスの窓口として使うコストの上昇も抑制された。日本も、1ドル=
360円が1971年以降、ずっと続いていたならば、日本経済は全く異なる成長を遂げていたはずである。香港は、小国であるがゆえに、固定レート制の維持により、巨額の経常黒字を維持することが可能となった。その結果が、対GDP比率で見た、世界一の対外純資産と外貨準備なのである。

台湾の対外純資産の源泉は、台湾ドル安誘導政策による貿易黒字の累積である。中国大陸と共通の言語を持つため、工場の大陸移転が進み、日本と同様に、産業の空洞化の脅威にさらされてきた。それでも、半導体などのハイテク産業については、工場の大陸移転を許可制にし、高付加価値産業を、国内に押しとどめることに成功している。以前は、大規模介入による台湾ドル安誘導政策を行っていた。最近では、民間資金の対外投資が拡大し、結果として、中央銀行による台湾ドル安誘導政策は、あまり実施されていないようである。

シンガポールの対外純資産の源泉は、貿易黒字の累積である。シンガポールは、香港と同様に、通商型の都市国家であるようなイメージがある。シンガポールは、世界中から知識人や富豪などの人材、あるいは、企業の本社機能を集めることなどに、大変な力を注いでいる。その結果、GDP成長率には、サービス産業の成長が一番大きく寄与している。しかし、サービス産業は、国内経済の成長には寄与していても、国際収支で見たサービス収支は赤字基調であり、対外純資産の増加には、ほとんど寄与していない。この点は、香港と全く異なっている。また、世界の多くの中央銀行は、金利やマネタリーベースを操作し、インフレ率を調整しているが、シンガポールでは、為替レートを操作することによって、インフレ率を調整している。この点は、固定レート制の香港と、一部共通点がある。為替レートを割安に維持し、ブルーカラーの国内での賃金を低く抑え、外国から製造業を呼び込んでいる。その結果としての輸出拡大が、対外純資産の積み上がりに最も大きく寄与している。

スイスの対外純資産の源泉は、サービス収支と、海外からの投資収益、すなわち所得収支の黒字の累積である。シンガポールとは正反対であり、対外純資産の増加に製造業が寄与してきたわけではない。しかし、製造業がGDPに占める比率は、19.1%と、日本の18.6%を若干上回っており(2011年)、製造業は、スイス経済の中で重要な地位を占めている。そのため、リーマンショック後のスイスフラン高に対して、スイス国立銀行は、巨額の為替介入に踏み切った。2011年9月以降は、スイスフランの為替レートが1ユーロ=1.2スイスフラン以上に高くならないようにするため、無制限の介入を実施することを決定した。そのため、外貨準備の対GDP比率は、2008年-2012年の間に急激に増加した。円高の結果、原発事故要因を除いても、経常黒字が大きく減少した日本とは、大きく異なっている。スイスは、リーマンショック後のスイスフラン高に対して、中央銀行が大規模介入を実施したため、国内の製造業の打撃は小さく、貿易収支の悪化は発生しなかった。その結果、巨額の経常黒字を維持し続けている。スイス経済の成長と日本経済の低迷の差の原因は、国の大きさなのか、政治力の差なのか、通貨政策立案者の能力の差なのか、はたしてどれが正解であるのだろうか。

ルクセンブルクの対外純資産の源泉は、サービス収支の黒字の累積である。ルクセンブルクは、人口50万人の国であるのにもかかわらず、投資信託の残高がアメリカに次ぐ世界第2位であり、2.7兆ドルもの投資信託の本籍地となっている。日本は世界第9位の0.8兆ドルである(2013年3月末現在)。投資信託の本籍地である他、プライベートバンクなども集積しており、その結果、獲得できる資金などが、サービス収支の黒字に寄与しているのだと思う。ただ、ルクセンブルク国内には、外国の資金ではなく、自己の資金で対外投資を行っている投資家も多いようである。国内投資家の自己の対外投資が儲かると対外純資産が増え、損をすると対外純資産が減る仕組みになっている。

ノルウェーの対外純資産の源泉は、貿易黒字の累積である。そして貿易黒字は、石油と天然ガスの輸出に支えられている。石油と天然ガス部門の対GDP比率は23%(2011年)であり、ノルウェー経済は、石油と天然ガス部門だけに支えられているわけではない。しかし、対外純資産の増加要因は、石油と天然ガスの輸出により獲得された資金であることに、間違いはない。

ベルギーの対外純資産の源泉は、経常収支の黒字の累積である。ただし、ベルギーが経常黒字を記録したのは、1985年-2007年であり、直近の経常収支は赤字に転落している。最近の対外純資産の増加は、主として対外投資の成功の結果である。ただし、ベルギーは、2001年―2002年に対外投資で大きく失敗している。今後も対外投資が成功する保証はない。

このように、対外純資産の多い理由はまちまちであるが、日本が上記の7ヶ国から学べる点は、それほど多くはない。日本はG20に加盟している大国であり、為替介入実施に対しては、大変大きな制約をかけられている。また、ノルウェ-のようなエネルギー資源もない。唯一学べることができる点は、今後の対外資産運用能力の向上であろう。先進国の多くは、対外純資産は大きくなくても、巨額の対外資産、対外負債を両方とも保有している国が多い。上記の7ヶ国の対外資産、対外負債の対GDP比率も、日本より大きい。日本の対外資産、対外負債の対GDP比率は低いのであるが、それには理由がある。それは、長年にわたる円高の継続である。8ヶ国の長期の名目実効為替レートのグラフを下記に示す。


名目実効為替レート


1980年に新外国為替管理法が実施に移され、対外投資、対内投資の規制が大幅に緩和された。この規制緩和の結果、日本の保険会社、投資信託、信託銀行などを中心に、対外証券投資が拡大した。しかし、他国と異なり、日本は、円高の連続であった。海外に積極投資した日本の投資家は、為替差損に悩まされ続けてきた。最初に示した通り、1969年-2012年の為替差損は、44年間で162.3兆円に上った。そのため、日本の投資家の中には、為替差損アレルギ-を持つようになり、外国証券投資を拒否したり、できるだけ少なくしたりする投資家が、何割か存在するようになった。スイス国内の投資家も、同様に為替差損を被っているはずである。しかし、スイスには200年以上続くプライベートバンクの伝統がある。スイスの資産運用産業は、世界から資金を導入し、世界で運用している。スイス人の資産運用能力が優れているとは思わないが、第二次世界大戦などの危機の時代をも乗り切ってきた経験の差というものは、あるのかもしれない。結果として、対外投資による為替差損を拒否したがるスイスの投資家は、日本ほど多くはなかったようである。

日本は、今後、超少子高齢化、人口減少社会が続いて行く。そのため、近い将来に、貯蓄や対外資産の取り崩しが始まることになる。しかし、重要な点は、対外投資の収益率を引き上げることである。それに成功した場合には、将来、対外資産を取り崩す必要性がなくなる可能性が生じてくる。最初に指摘したように、日本においても、対外純資産の増減要因は、経常収支よりも、円安や株高などの資産価格の変動要因がより大きな割合を占めるようになっている。今後は、海外での資産運用能力の向上が重要になると思う。資産運用能力向上といっても、ヘッジファンドのように資産をバンバン売買するのは、好ましくない。日本に必要なことは、徹底した分散投資である。日本の投資家は、対外資産を、アメリカの国債だけで運用してきたわけではないが、外国債券への投資比率が高いことは間違いない。2012年末の数字を見ても、対外純資産296兆円のうち、債券投資での純資産はプラス149兆円、株式投資での純資産はマイナス24兆円であった。この数字には、日本の財務省が保有する外貨準備の分は除かれているので、外貨準備も含めた債券投資での純資産を計算すると、さらに100兆円ほど加える必要がある。資産運用という観点から見ると、ローリスク・ローリターンの外国債券に対する投資比率が高過ぎ、ハイリスク・ハイリターンの資産への投資比率が低すぎるのである。外国債券の比率が高い資産運用から、世界中の国の株、債券、不動産、商品、ベンチャー企業、天然資源採掘の権益、その他もろもろの資産に、幅広く分散投資する方向へ、資産運用を変えて行くべきなのである。

まず必要なことは、政府・日銀が円高再発の予想を打ち消すことである。それに成功したならば、過去に為替差損アレルギーを持っていた国内の投資家が、いずれは海外の様々な資産に投資を始めるであろう。そうした投資拡大こそが、さらなる円高を防ぎ、同時に海外投資のさらなる拡大を引き起こす。世界には、外国債券だけではなく、様々な投資案件が存在する。インターネーットの進化により、個人から機関までの様々な投資家が、自己の判断で、世界中の様々な資産に投資が可能な環境が整えられつつある。一個人レベル、一企業レベルで見たならば、リスクを取りすぎの主体、取らなさすぎの主体など、様々な運用スタイルに分かれるであろう。しかし、個人レベル、企業レベルではなく、日本という国家レベルで見たならば、世界の様々な資産への分散投資が、少なくとも現状レベル以上に進むことは期待できると思う。この世界の様々な資産に対する分散投資の実現こそが、日本が、国家レベルで対外資産の収益率を高め、かつ安定させることができる秘訣となる。

以上のように、国内投資家の対外投資を促進し、対外資産の収益率の拡大をはかることが必要である。これは、結果として円安による経常収支の拡大につながる。繰り返すが、そのスタートは、為替差損アレルギーの除去である。その意味において、日本が保有する唯一の円安誘導政策のカード、すなわち日銀の金融緩和のさらなる強化があってもよいと考える。

関連記事
知られざる巨額の為替差損(*1)

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インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策

財務省は、2013年6月末時点で、国の借金の総額が1009兆円になったことを発表した。これに地方政府、社会保障基金の借金を加えた、広義の一般政府の借金総額を計算したならば、プラス百数十兆円の借金が積み増されるであろう。これほど天文学的に拡大し、今後、さらに増え続けると予想される借金を、どのようにして返済して行けばよいのであろうか。普通は、消費税増税と社会保障支出の削減くらいしかメニューとして取り上げられない。増税と歳出削減は不可欠な政策である。しかし、超少子高齢化、人口減少社会で、増税と歳出削減だけに頼る財政再建策を実施した場合、日本経済が、プラスの成長率を維持することができると、自信を持って言える人は少ないであろう。つまり、増税と歳出削減だけに頼る財政再建という手法では、マイナスの経済成長が続き、国民全体の貧困化などが発生する可能性が考えられるからだ。

そこで、二番目の手法として、(*1)で、金融緩和を強化し、名目成長率を高めることにより、財政再建を目指す政策の可能性を考察した。1990年代初頭のバブル崩壊以降、名目成長率<名目金利の状態が長続きし、これが税収を大きく減らし、財政赤字の大幅な拡大を招いたと考えるからである。しかし、異次元金融緩和のような政策が、バブル崩壊直後の20年前に実施されていたならば、効果が大きかったが、現在では効果が小さくなっていることが(*1)での結論となった。

三番目の手法として、インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策を提唱したい。

その前に、日本の経済と財政の状況を、アメリカ、イギリスと比較してみることにする。まず、IMFのデータを利用して、中央政府、地方政府、社会保障基金を合計した広義の一般政府という切り口で、日・米・英の三ヶ国の政府が抱える借金の残高を対GDP比で見ることにする。


日米英政府総債務

日本は、1990年代初頭のバブル崩壊直後から、ほぼ一貫して借金の残高が増加し続けている。アメリカ、イギリスの借金の残高が増え出したのは、2008年のリーマンショック以降のことである。

次に、借金残高のフロー、すなわち、3ヶ国が毎年増減させる財政赤字の金額を、対GDP比率で見ることにする。


日米英財政赤字

日本は、1990年代初頭のバブル崩壊以降、ほぼ継続して大幅な赤字を出し続けている。アメリカ、イギリスも1990年代初頭に不況があったが、日本より早く不況から回復し、財政収支の健全化を進め、2000年のITバブル期には財政収支が黒字になっている。その後小幅の財政赤字に転落するが、本格的に財政収支が悪化したのは、2008年のリーマンショック以降である。

次に、3ヶ国の歳出、歳入、名目GDPの推移を見ることにする。


日米英歳出
日米英歳入
日米英GDP

基本的には、歳出、歳入、名目GDPは、3ヶ国とも似たような動きを示している。すなわち、アメリカ、イギリスは、1990年以降、歳出、歳入、名目GDPは増加し続け、日本だけが増加の勢いが止まっている。1990年代初頭から日本の財政赤字が増えた最大の原因は、社会保障支出が増えた結果ではない。名目GDPが伸び悩み、歳入の増加が非常に少なかったからである。20年前に異次元金融緩和を実施し、名目成長率をアメリカ、イギリス並みに伸ばし、歳入が増えていたならば、アメリカ、イギリスと同様に、社会保障支出の拡大くらいで、財政赤字が大幅に増加することはなかったのである。その中で本気で財政再建に取り組んでいたならば、財政収支は黒字化し、政府の借金の残高も、現在よりはるかに小さなものとなっていたはずである。しかし、現在のように、潜在成長率が低下し、借金の残高が膨れ上がってしまった環境下では、異次元金融緩和を実施しても、手遅れであるのは、(*1)で示した通りである。そして、今後については、団塊の世代がほぼ引退し、就業者人口の減少と、社会保障支出の拡大が、財政の本物の重荷となるであろう

もう一つ指摘しておきたい事がある。1990年以降、日本がアメリカ、イギリスのように伸びなかったものは、名目GDPだけではないということである。3ヶ国の地価と株価の推移のグラフを見ることにする。


日米英地価
日米英株価

見ての通り、1990年代初頭のバブル崩壊以降、日本は、地価と株価とが上昇することなく、依然として下落のトレンドにある。地価については、日本では1990年代初頭のバブル崩壊後の安値を2013年に更新しているが、アメリカ、イギリスでは、リーマンショック前の住宅バブルの崩壊が、すでに底を打ち、地価の上昇局面に入っている。株価については、アメリカは株価が新高値を更新し、イギリスでも株価が最高値に近づきつつある。日本だけは、1990年代初頭のバブル崩壊前の最高値からも、リーマンショック前の高値からも、まだ遠い位置にある。

昨年11月以降の円安株高と、景気の底打ちからの回復局面の中で、インフレ率は、輸入物価を中心にして上昇に転じ始めている。インフレ率が、2年で2%になるかどうかは別にして、いずれは2%の上昇率が実現されるであろう。インフレが発生する原因はいくつかある。近い将来、日本で発生するインフレの原因として一番可能性が高い原因は、消費税の引き上げによるインフレを除けば、輸入インフレと賃金インフレである。

輸入インフレ自体は、デメリットであるが、円安という現象は、日本にとっては、メリットがデメリットを大幅に上回る(*2)。私の場合、大幅な円安実現こそが、日本経済が立ち直るために一番必要な政策であると考えている(*3)。その場合、円安が進行している間、輸入インフレは続くであろう。しかし、輸入インフレは放置しておいてもかまわない。輸入インフレの反対側で、輸出企業の競争力の回復が続くからだ。輸出企業が完全に立ち直り、円安が止まって安定するようになれば、円安を原因とする輸入インフレ率はゼロに近づく。一方、巨額の為替差益を獲得する輸出企業の収益力は大幅に拡大するので、輸出企業の賃金や、部品調達コストの引き上げなどにより、輸出企業の超過利潤は拡散していくはずである。

また、円安により景気回復が続いた場合、直近で3.9%にまで低下した失業率は、よりいっそう低下し、人手不足が深刻化し、遠からず賃金が上昇し始める可能性が高い。これは、賃金インフレであり、多くの先進国で発生するインフレの最大の原因でもある。賃金インフレが拡大し、インフレ率が2%を超えた場合、日銀は金利の引き上げに転じるべきではない。政府が、所得税を増税すべきである。消費税の増税でも構わない。増税により総需要を抑制すれば、生産に必要な労働力は、以前より少なくて済むようになる。人出不足は解消に向かい、賃金の上昇率を、年間2%+アルファ(労働生産性上昇率)で頭打ちにさせることができる。その結果、インフレ率を2%前後に押しとどめることが可能となる。一方、増税の結果、政府の税収は拡大する。インフレターゲット政策は、政府と日銀の共同作業であるべきだ。その場合、アクセルは日銀が踏み、ブレーキは政府がかける。増税というブレーキを何度も踏むことができれば、インフレ率が2%を大幅に上回ることはなく、同時に政府の税収の拡大につながる。

もう一つの問題は、資産バブルの問題である。モノのインフレ率には2%という上限があるが、資産価格の上昇率に具体的な目標はない。私は、資産価格については、2%のようなターゲットを設けるべきではないと考える。しかし同時に、政府・日銀は、資産価格に常に配慮した政策を実施すべきであると考える。1990年代初頭のバブル崩壊以降、政府・日銀は、バブルの再燃、すなわち資産価格の上昇を警戒してきた。しかし、資産デフレ、すなわち資産価格の下落に対しては、配慮はしてきたが、少なすぎた。その配慮の少なさの結果が、上記の最後の2つのグラフで示したように、アメリカ、イギリスと比較した場合の、日本の地価と株価の下がりすぎである。

今後、日本は、資産価格を着実な上昇基調へと戻す必要がある。土地については、これから人口減少率が拡大し、土地の需要が減ることは確実である。従って、昔のような金融政策を続けていたならば、地価の下落基調は続いていたであろう。4月4日の異次元金融緩和のような政策が発動されて、ようやく、地価が下落から上昇へと向かう土地が出てくるはずである。しかし、地価の上昇は、都会の一部でしか起こらないと思う。過疎化が進む地方で、地価の上昇を期待するのは難しい。つまり、異次元金融緩和などの大規模な金融緩和の結果として起こる地価の上昇は、都会の一部のみに限られた、局地的な地価のバブルとなる可能性が高い。ならば、地価が上昇する土地のみに税金をかけてはどうか。

1992年-1998年の間、地価の上昇を抑えるため、地価税が導入された。これは国税であり、土地の保有に対して課される税金であった。また、1973年-2002年の間、市町村民税の中に特別土地保有税というものが存在していた。これは、土地の取得と保有の両方に対して課せられる税金であった。今後、都会の地価の上昇が始まれば、土地の取得と保有の両方に課される新たな国税を導入すべきである。加えて、土地を細分化し、地価の上昇率が低いかマイナスの場合、税率をゼロにし、地価の上昇率の高い土地ほど、税率を高くするという税金であれば、より望ましい。このような新税が、法技術的に実現が可能かについては、よく分からない点もある。要は、地価の値上がりが見込める土地の保有者、特に投機的な短期の土地保有者に対しては、重い税金がかかるような税体系を構築すべきなのである。それにより、金融緩和の結果としての地価の局地的なバブルを防ぐことができる。そして、何段階もの税率に分かれる新税の導入により、できるだけ広範囲にわたって、地価が少しずつ値上がりするように誘導すべきである。異次元金融緩和の結果、局地的な地価のバブル発生の兆候が見られた場合、金利を引き上げてバブル発生を止めるべきではない。増税という手段を使って、広範囲の地価の緩やかな上昇が、長期間続くことを目指すべきである。その場合、地価の上昇の結果として、国富は増加し、同時に税収も増え続ける。

なお、もう一つ重要な資産として、株がある。株の場合、土地よりも、増税によるバブル抑制の手段が、はるかに難しい。株の委託取引(証券会社の自己売買以外の取引)の60%を占める外国人投資家のキャピタルゲインに対して、無理を重ねて税金をかけた場合、外国人投資家の株の売買は、東京証券取引所から海外の私設取引所へと移ってしまうであろう。これは、東京の金融センターとしての地位を大きく引き下げる。従って、可能な増税策としては、個人投資家に対するキャピタルゲイン課税の強化と、配当所得に対する課税の強化くらいしかない。配当所得の課税の強化は、国内の個人と多くの法人の対しては、増税の効果がある。しかし、多くの外国人投資家に対しては、租税条約の存在などのため、増税が困難である。ただ、株は、その時価総額が、土地の半分以下の市場規模であるため、バブル崩壊の悪影響は、土地の場合より小さい。株に対しては、増税をしてバブル化することを止めることは必要であるが、その増収規模は小さく、バブル化を完全に阻止することはできない。そうした限界を理解した上で、金利を引き上げることなく、株のキャピタルゲイン、配当に対する課税の強化を実施すべきである。

今後、金融政策は、インフレやバブルが発生するくらいの緩和的な政策を長期間続けるべきである。一方、財政政策は、増税を頻繁に繰り返すことにより、インフレのさらなる進行と資産価格がバブル化することを防ぐべきである。緩やかな物価の上昇と資産価格の上昇を、可能な限り長続きさせ、同時に税収も増やすことを目指すのである。この政策に、最初に示した歳出削減策を組み合わせた政策が、財政再建のために最も適した政策になるであろう。歳出削減策に加え、単なる増税や金融緩和策ではなく、その2つをうまく組み合わせることができれば、超少子高齢化、人口減少社会の下で、経済成長を実現できる一番可能性の高い財政再建策になると考える。

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名目成長率と名目金利の比較(*1)
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生産性上昇の方法 キャピタルフライトによる円安誘導(*3)

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