不正確な統計と債券・為替市場の困難な分析

前回、日本の株式市場については、投資部門別の売買動向を分析することを通じて、様々な現状分析が可能であることを説明した。そして、為替については、同様な分析が困難であることに少し触れた。今回は、為替市場、そして債券市場の現状分析が難しい理由を、もう少し詳しく解説してみたい。

前回、東証の発表する、投資部門別売買と、株式分布状況調査をベースとした分析を行い、統計の精度の高いから分析が可能であることを指摘した。東証の発表する統計データは多数存在し、その中には、精度がどう考えても低い統計も存在する。一つの統計の内部に矛盾した統計データが並んでいたりする統計もあるからだ。しかし、東証の発表する投資部門別売買と、株式分布状況調査という2つの重要統計は、精度が高いと考えている。前回説明した理由以上のことは、長くなるので省略するが、この2つの統計の精度が高いおかげで、株式市場の需給に関する現状分析が非常にやり易いことは事実である。

債券市場についても、同様な統計は存在する。日証協が毎月発表する公社債投資家別売買高、国債投資家別売買高という統計である。ただ、この統計は、新規発行の債券の買いを、「その他」部門の売りに計上するという変則的な処理をしている統計である。流通市場でどの投資主体がどれだけ売買したかを把握することはできる。しかし、どの投資主体が新規発行債券をいくら買い、保有債券のうち、いくらが償還を迎えたかという重要な情報が欠落している。公社債投資家別売買高と国債投資家別売買高の統計では、どの投資主体がネットでどれだけの金額の公社債、あるいは国債を増やした、あるいは減らしたかが、一部しか分からない。

都銀、地銀などの銀行だけならば、日銀のHPに掲載されている銀行の資産・負債等の統計の中の、国債、社債などの残高から、毎月の保有金額の変動を計算することができる。しかし、それ以外の主体を含めた、より広範な主体が、公社債、特にその中で最も重要な国債を、発行、償還、売買の合計で、保有金額をどのように変化させたかを見るためには、3ヶ月に一度発表される日銀の資金循環統計に頼らざるをえない。資金循環統計の国債売買に相当する数値は、各主体の国債保有金額が、3ヶ月間に、額面ベースでどれだけ変化したかを集計している。従って、流通市場における売買だけではなく、発行、償還をも考慮した数値となっている。資金循環統計を見て初めて、どの投資主体が、国債の保有金額を、発行、償還、売買により、どの程度変化させ、その結果として金利がどれくらい変動したかを、ある程度、把握することができるのである。

日銀の資金循環統計というのは、今まで、何度も引用してきたことのある統計である。この統計は、一般に公表されている統計データに加えて、日銀が金融機関に独自にヒアリング調査を行い、不足分を埋め、それでも足りない数値については、日銀が独自に推計値を計算して発表している統計である。正確性が若干劣る統計も含まれているが、金融分野の非常に広い範囲をカバーしている。便利でよく使う、大変ありがたい統計である。ただ、アメリカの資金循環統計を見ると、「統計上の不突合」という項目が存在する。その金額が、統計によっては膨大な金額になり、その結果、明らかに使えない統計も存在する。日本の場合でも、「統計上の不突合」は多数存在するはずであるが、日銀がそれなりに根拠のある手法で推計値を計算し、「統計上の不突合」を調整しているのだと理解している

今年1月、債券市場の分析をしていると、おかしな点があることに気がついた。2011年の年間の外国人投資家による日本債券の買い越し金額である。2011年は、ユーロ危機が日本にも波及した年である。ユーロ圏で運用されていた資産が円に向かって移動してきた結果、円高が戦後最高レベルまで進行し、財務省が巨額の介入を実施した年である。

昨年11月に発表された日銀の資金循環統計では、2011年の外国人投資家の売買は、

国庫短期証券 6兆4332億円、 国債・財融債 14兆9554億円の買い越し

であった。一方、財務省の国際収支統計によると、同じ期間の外国人投資家の売買は、

短期債 16兆6542億円、 中長期債 1兆8071億円の買い越し

であった。国際収支統計の債券売買も、発行、償還、売買を合計した数値である。ただ、資金循環統計とは異なり、国債だけではなく、社債、CP、中長期債の貸借取引をも含んでいるので、同じ数値にはならない。しかし、2つの統計の数値には、乖離がありすぎる。合計金額では、それほど大きな差があるとは言えないが、短期債で10兆2210億円、中長期債で13兆1483億円も異なっている。異なる統計の数値に若干の差があるのは、よくあることであるが、差が10兆円以上もあることは、よくあることではない。日銀に対する問い合わせが、今はメール受付のみになっているので、電話問い合わせが可能な財務省に電話で聞いてみた。翌日かかってきた電話による回答は、「財務省の国際収支統計は、日銀と同じ金融機関からの報告書類のデータのみを使っているが、日銀は、短期債に関して、プラスアルファの情報を金融機関から別個に聞き取り調査をしているから、結果として数値は異なる、しかし、ここまで大きく異なる理由は、不明」であった。「異なる理由は、不明」は今も昔も同じであるが、10兆円以上も異なることは、今まで見たことが無かった。その時は、「2011年に外国人投資家が短期債を大量に買っていた場合、外国人投資家が債券の売りに回った時、円安が起こるだけであるが、中長期債を大量に買っていたならば、外国人投資家が債券の売りに回った時、円安と同時に金利上昇が発生する。このような重要な統計で差が10兆円も出るのは問題であるから、今後は、このような大きな差が出ることのないように十分注意して統計を作成し、公表してもらいたい。」と申し入れをして電話を切った。

その後、3月に新しい資金循環統計が発表された。新しい統計では、前回と同じ統計の数値が大きく修正されていた。新しい資金循環統計によると、2011年の外国人投資家の日本国債売買は、

国庫短期証券 17兆2820億円、国債・財融債 4兆1066億円の買い越し

であった。短期債と中長期債の合計の買越金額は不変であるが、10兆8488億円の金額が中長期債から短期債へと移動していた。それに加えて、2011年末時点における外国人投資家の中長期債の保有金額は、18兆2048億円減少して、32兆3325億円になり、それに近い金額だけ、短期債の保有金額が増加していた。資金循環統計は、2011年のみならず、他の年においても、外国人投資家の国債の買い越し金額の内訳を誤って集計しており、その累計は、18兆円以上に達していたようだ。外国人投資家の中長期債の保有金額は、従来の3分の2くらいまでに減少し、外国人投資家の日本債券売りが金利の上昇をもたらすリスクは、いくらか減少した。

最近、中国の統計がデタラメではないかとの分析があちらこちらで出されている。日本においても、昨年10-12月期の名目GDP統計の修正が発表された。しかし、日本の統計にも、これ以外に、誤りは多数存在するのである。今回は、日銀の資金循環統計における投資主体別の国債売買、国債保有残高という、債券市場の需給分析を行う上にあたって、一番重要視される統計に、大きなミスが見つかった。しかし、ミスはそれだけではないのである。日本国内の債券統計においては、前期末の残高プラス今期の発行、償還、売買の金額は、今期末の残高に、だいたい等しくなる。株の場合は、価格変動が大きいため、上記のようにはならないが、外国人投資家による日本の債券売買の場合、価格変動が小さいため、上記の式は、だいたいにおいて成立するはずである。ところが、債券の統計の場合、財務省の際収支統計というフロー統計と、本邦対外資産負債残高というストック統計とでは、変化の金額が一致しない。財務省は、一致させる努力を放棄してしまっている。財務省の国際収支統計、本邦対外資産負債残高にも小さな誤りは多数存在するはずなのである。

以上のように、債券や為替の需給分析の元になる統計には、多かれ少なかれ、誤差が含まれており、10兆円以上の大きな誤差が含まれていることもある。株の統計の場合でも、大きな誤差のある統計は存在するが、重要統計である投資部門別売買と、株主分布状況調査にそこまで大きな誤差あるとことは、考えられない。

最近、株式、債券、為替の価格変動が激しく、それを説明するために、いろいろな専門家がいろいろな分析を試みている。誰が買い、誰が売った結果、価格が大きく変動したのかは、株の場合は翌週の木曜日に発表される投資部門別売買を見れば、明らかになる。しかし、為替や債券の場合、正確なことは、誰もすぐには分からない。毎月発表される国際収支統計、3ヶ月に1度発表される資金循環統計が発表されて、ある程度の推測が初めて可能になる。しかし、大元の統計の精度が低いため、1回分の統計だけでは、その推測の正確性は低いと言わざるをえない。ある程度の量の統計が蓄積され、誤りが修正されたり、誤差がある程度の確率で推測できるようになってから初めて、それなりに正確性が高い、誰が買い、誰が売ったかという需給分析が可能になるのである。

国際収支統計は、IMFによって定められたマニュアルに従って作成されており、非常に細かなデータから成る統計である。多数の金融機関にその正確な報告を求めるのは、負担が重すぎるような感じがする。ただ、現在、アップルがアイルランドの子会社を通じて、巨額の合法的節税をしていることなどが問題となっている。金融機関も、従来以上に正確な統計を政府に報告することが求められることになるかもしれない。将来、統計の精度が高まることは、期待できると思う。債券に関しては、政府がより正確な統計を作成するように、行政指導したり、あるいは、法律を改正すれば、統計の精度は高まると思う。さらに、土地については、投資主体別売買などの統計が、ほんのわずかしか存在しない。外国人投資家が水源林を買ったといううわさを、確認することもできない。一方、株の場合、現在はまだ小さい私設取引システムが拡大すれば、現在、東証が発表している投資部門別売買の統計の精度が悪化していくことが予想される。

現在の経済は、昔よりも、フローに対するストックの割合が高い経済に変わりつつある。ストック統計の中でも重要な、株、債券、為替、土地の統計は、現時点でも整備されていない統計が多く、将来、必要になる統計も存在する。正確な統計無しに、正しく経済を理解することは、不可能である。必要な統計を新しく整備し、既存の統計の精度を高め、経済の現状を可能な限り正しく理解することは、経済政策を実施する上でも、非常に重要なことであると思う。経済分析の基礎となる株、債券、為替、土地の統計をより充実させ、精度も高める機運が、今後、より高まることを期待したい。

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