ユニット・レーバー・コストの低下と国際競争力の低下

国家の国際競争力を決定する要因は何か。その測定手法の一つとして、賃金、労働生産性、為替レートという三要因を分析するという手法がある。賃金は、安ければ安いほど、製品価格は低下し、国際競争力を引き上げることが可能となる。労働生産性は、高ければ高いほど、為替レートは安ければ安いほど、製品価格は低下し、国際競争力を引き上げるとが可能となる。国際競争力を決定する最初の二つの要因を一つの数値で表す指標がある。その指標は、ユニット・レーバー・コスト(単位労働コスト)と呼ばれている。

ユニット・レーバー・コストの定義は、GDP統計において、雇用者報酬を実質GDPで割った数値である。実質GDPという1単位の生産量を産出するのに必要な労働コストの金額である。そして下記のように、ユニット・レーバー・コストは、名目賃金を労働生産性で割った数値に等しくなる。


ユニット・レーバー・コストの定義

名目賃金が低下し、労働生産性が上昇するほど、ユニット・レーバー・コストは低下し、名目賃金が上昇し、労働生産性が低下するほど、ユニット・レーバー・コストは上昇する。欧米の先進諸国では、ユニット・レーバー・コストの上昇率が高くなるとインフレ率が上昇しやすくなり、ユニット・レーバー・コストの上昇率が低下すると、インフレ率も低下しやすくなる。そのため、ユニット・レーバー・コストは、将来のインフレ率を予想するに当たって、重視される指標の一つでもある。

ユニット・レーバー・コストは、国際競争力を測る尺度にもなる。この場合のユニット・レーバー・コストは、ユニット・レーバー・コストにドル建ての為替レートを掛け合わせたドル建てのユニット・レーバー・コスト、すなわち、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストが重要になる。為替レート調整後のユニット・レーバー・コストが低くなると、国際競争力が上昇し、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストが高くなると、国際競争力が低下する。

以上のことを頭に入れて、実際の日本のユニット・レーバー・コスト、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストを国際比較することにする。データは、OECDのサイトに掲載されている33ヶ国の中から、1980年まで遡ってデータの存在する
24ヶ国を選び出し、その中から、主要と思われる20ヶ国を選択した。

まず、主要20ヶ国の1980年以降のユニット・レーバー・コストの推移を下記に示す。


ユニット・レーバー・コストの推移

日本以外の19ヶ国のユニット・レーバー・コストは、皆、上昇傾向にある。日本のユニット・レーバー・コストだけが横ばい、または、低下している。日本だけが、1995年以前は、名目賃金の上昇率を、労働生産性の上昇率近辺に維持し、1996年以降は、おおむね、名目賃金の上昇率を、労働生産性の上昇率以下に抑制しているのである。

次に、主要20ヶ国の1980年以降の為替レート調整後のユニット・レーバー・コストの推移を下記に示す。


為替レート調整後のユニット・レーバー・コストの推移

為替レート調整後の場合、為替レート調整前にあった日本の圧倒的なユニット・レーバー・コスト低下の優位性は、なくなる。しかも、日本より上に位置する3ヶ国は、工業国というよりも、天然資源産出国の色合いが強い。

こうした結果を生み出す原因となるのが、対米ドルでの為替レートである。主要20ヶ国の為替レートの推移を下記に示す。


対米ドルでの為替レートの推移


円の為替レートの上昇率が、圧倒的に高い。結果として、日本の国際競争力は、主として為替レートによって決定されることとなった。

日本は、他の多くの国々と異なり、企業努力により、ユニット・レーバー・コストを、1995年以前は、横ばいに維持し、1996年以降は、おおむね、引き下げてきた。しかし、国際競争力を決定する為替レート調整後のユニット・レーバー・コストは、ユニット・レーバー・コストの動きよりも、為替レートの動きの方に、より大きな影響を受ける。日本企業の多くは、1996年以降は、おおむね、名目賃金の上昇率を、労働生産性の上昇率以下に抑制し、企業努力により、ユニット・レーバー・コストの引き下げに成功してきた。にもかかわらず、ユニット・レーバー・コストの引き下げという企業努力とは異なり、為替レートがどう動くかによって、国際競争力の上昇、低下が決定される割合が高いという状況が続いているのである。

上記のグラフで使用した、ユニット・レーバー・コスト、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストは、全産業のものである。サービスなどの、非貿易財を産出する産業も含まれている。貿易財の比率の高い、製造業だけのユニット・レーバー・コスト、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストを、下記に示す。


製造業のユニット・レーバー・コストの推移
為替レート調整後の製造業のユニット・レーバー・コストの推移

全産業と製造業のグラフは、大きな方向性は同じであるが、形状は若干異なっている。為替レートが、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストに与える影響度は、製造業よりも、全産業の方がより明確である。これは、製造業のユニット・
レーバー・コストの低下は、日本だけではなく、海外でも見られることが一つの要因であろう。その他にも、日本では、為替レートと間接的な関係しか持たない非貿易財を産出する産業においても、円高が進行すると、輸出製造業と同様に、賃金低下が発生する傾向がある点も、要因として上げられると思う。

現在の日本にとって一番必要な政策は、リーマンショック後に、円高の方向に進みすぎた為替レートを引き下げ、国際競争力を回復させることである。リーマンショック後の超円高は、貿易財を国内生産する日本企業に大打撃を与えた。単に円安に戻すだけでは、国際競争力は回復しない。しかし、日本企業が国際競争力を取り戻すための必要最低限の条件は、円安の実現である。円安実現により、時間をかけてでも国際競争力を復活させ、貿易収支を黒字に戻すことができれば、望ましい。為替が円安方向により進行して定着し、貿易収支の改善が進行すれば、日本経済は、成長力を再び取り戻すことが可能になる。仮に、安定的な円安定着による貿易収支の改善の結果として、少しばかりの実質GDPのプラス成長と、ユニット・レーバー・コストの横ばいを実現できたならば、賃金はかなりの上昇率を示すであろう。生産年齢人口の減少により、雇用者数の伸び率は、傾向として、マイナスが続く可能性が高い。その結果、最初に示したユニット・レーバー・コストの定義式から、「一人当たり労働時間×時間当たりの名目賃金」に上昇圧力がかかるためである。従って、最初の仮定が、ユニット・レーバー・コストの横ばいではなく、緩やかな低下であったとしても、賃金は緩やかに上昇する可能性が高いのである。あと少し失業率が下がる必要はあるが、今後、生産年齢人口の減少という構造的な賃金上昇要因が顕在化してくるため、賃金は上昇に転じやすくなるのである。

昨年11月14日の野田前総理による衆議院解散発言、4月4日の日銀による2年で2%の物価上昇を目指すという異次元の金融緩和策に、真っ先に反応したのは、株式、為替市場であり、円安と株高の進行が始まった。因果関係としては、円安が株高をもたらしたのであるから、より重要なのは、円安の方である。異次元の金融緩和策は、表向きは、2年で2%のインフレを実現するための政策であるが、裏側では、為替レートを円安方向に誘導し、輸出増加を通じて経済成長を実現し、賃金の上昇につなげるための重要な政策である。加えて、株価と地価の上昇による資産効果も期待できる。政治的に、円安誘導を表明することができないため、替わりに、 2年で2%のインフレ実現を表明するのは良いことだと考える。そうすることにより、2年で2%のインフレが実現できなくても、円安を通じて経済が成長し、賃金が上昇するならば、大した批判を浴びることはなく、賞賛の声の方が大きくなるに違いない。

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スイス国立銀行、中国人民銀行、台湾中央銀行との政策比較

以前、日本銀行(以下、「日本」とだけ記す)と、主要先進国の中央銀行である、FRB、ECB、BOEとの政策比較を行った(*1)。今回は、スイス国立銀行(以下、「スイス」とだけ記す)、中国人民銀行(以下、「中国」とだけ記す)、台湾中央銀行(以下、「台湾」とだけ記す)との政策比較を行うことにする。なぜこの3行を選んだかというと、これから詳しく説明するように、バランスシートに外貨建て資産というリスク資産を大量に抱えている中央銀行であるからだ。

まず、日本、スイス、中国、台湾の、2007年1月=100としたバランスシートの推移を比較することにする。

バランスシートの推移
過去6年強の間に、スイスのバランスシートは、4.8倍まで大幅に拡大している。中国は、2.3倍、日本と台湾は1.4倍である。

次に、4ヶ国の、2007年1月以降のバランスシートの対GDP比率の推移を比較する。

バランスシートの対GDP比率の推移
直近のスイスのバランスシートの対GDP比率は91%、台湾は90%と非常に高くなっている。日本は31%、中国は17%である。中国は、名目GDPの増加率が、バランスシートの増加率に近いくらいの高成長が続いているため、結果として、中国のバランスシートの対GDP比率は、日本よりも増加率が低い。今後、日本のバランスシートは急拡大するが、2014年末時点においても、現在のスイスや台湾のレベルには達しない。

次に、スイスのバランスシートの主な内訳の推移を示す。

スイス国立銀行のバランスシートの主な内訳の推移
スイスのバランスシートにおいては、外貨建て資産の増加が著しい。これは、為替介入の役割が、日本と違って、中央銀行にあるからだ。スイスは、リーマンショック後、スイスフランに上昇圧力がかかったため、大規模な介入を実施した。それでもスイスフランの上昇は続き、スイスは、介入の結果、巨額の為替差損を被り、世論から非難を浴びた。その後、2011年9月6日にスイスが下した決断は、スイスフランの為替レートが1ユーロ=1.2スイスフラン以上に高くならないようにするため、無制限の介入を実施することであった。その後、現在まで、スイスフランは、1ユーロ=1.2スイスフラン以上に上昇することは無くなった。一方、スイスが保有する外貨建て資産は、今もなお、増え続けている。外貨建て資産の金額は、マネタリーベースの金額をも上回っている。その理由は、時期によって異なるのであるが、直近では、ノンバンクの中央銀行に対する預金額が増えている。銀行の預金であれば、マネタリーベースに含まれるが、ノンバンクの預金は、マネタリーベースに含まれない。介入を通じてばら撒かれたスイスフランは、銀行やノンバンクを通じて、中央銀行に戻ってきており、結果として不胎化介入となっている。スイスでは、日本と同様に、モノのデフレは進行しているが、資産価格はかなり上昇しているようである。

次に、中国のバランスシートの主な内訳の推移を示す。

中国人民銀行のバランスシートの主な内訳の推移
中国も、スイスと同様に、為替介入は、中央銀行の役割である。 直近において、外貨建て資産のバランスシートに占める割合は84%。台湾の91%、スイスの89%を少し下回る。中国の場合、日本やスイスと違って、金利がプラスであり、金融政策は、金利の操作や、準備預金率の操作、公開市場操作などにより実施されている。それでも、紙幣の対価にある資産の多くは、人民元建ての資産ではなく、外貨建ての資産である。中国は、スイスや台湾と同様に、中央銀行が大きな為替リスクを取っている。     

次に、台湾のバランスシートの主な内訳の推移を示す。

台湾中央銀行銀行のバランスシートの主な内訳の推移
台湾もまた、為替介入は、中央銀行の役割である。台湾のバランスシートは、常に規模が大きく、かつ資産の大部分を外貨建て資産が占めている。にもかかわらず、マネタリーベースの比率は低い。これは、中央銀行が自らCDを発行し、市中の余剰資金を吸い上げているからである。台湾の場合は、明らかに不胎化介入という政策がとられている。

次に、日本のバランスシートの主な内訳の推移を示す。

日本銀行のバランスシートの主な内訳の推移
日本の場合、リスク資産が非常に少ない。外貨建て資産の割合は、バランスシートの3%にすぎず、株、ETF、REATをあわせたリスク資産の割合も、5%にすぎない。残りの大半は、国債や銀行貸し出しなどのリスクの低い資産である。これは、日本の場合、為替介入が、中央銀行ではなく、政府・財務省・外国為替特別会計の勘定で実施されているからである。この 外為特会は、円高がピークの頃には、40兆円前後の含み損を抱えていると言われていた。しかし、最近の円安により、含み損は大きく減少しているはずである。為替介入を原則として実施しないという制度上の違いもあって、日本のバランスシートに占めるリスク資産の比率は、非常に低い。

スイス、中国、台湾の3銀行は、日本と違って、外貨建て資産の大量保有というリスクを取っている。さらに、スイスと台湾の場合、バランスシートの対GDP比率が非常に高いので、巨額なバランスシートというリスクも取っている。しかしながら、この3ヶ国の中央銀行は、リスクを取りながらも、国全体としてみれば、大きなリターンを獲得している。経常黒字の対GDP比率のグラフを下記に示す。
経常黒字の対GDP比率の推移
中央銀行が大量の外貨建て資産保有というリスクを取った結果、自国の通貨高は抑制され、経常収支の大幅黒字というリターンを獲得している。外貨建て資産のリスクと巨額なバランスシートのリスクを両方取っているスイスと台湾のリターンは、大変大きい。外貨建て資産のリスクだけを取っている中国は、それに次ぐ。その両方のリスクを取っていない日本が、一番沈没しつつある。経常黒字の継続は、対外純資産の増加につながる。日本は、世界最大の対外純資産を保有しているが、世界第2位は、中国である。しかし、対外純資産の対GDP比率を見ると、台湾、スイスは日本を大幅に上回っている。

日本と他の3ヶ国を同等に扱うことは適切ではない。先に記したように、日本では、為替介入の役割が、中央銀行には無いという制度上の違いがあるからだ。その上、G20加盟の日本は、ごく一部の例外を除いては、為替介入は不可能である。しかし、同じG20に加盟している中国の場合、今年に入って、外貨準備は1300億ドルあまり増加しており、為替介入を実施した可能性が高い。あいまいなG20の共同声明に、解釈の仕方によっては、違反しているようにも思えるが、批判を受けていない。これは、日中間の政治力の差と言わざるをえない。

日本の場合、中央銀行がバランスシートを拡大させ、長期国債などの価格変動リスクのある資産を大量に保有することは、財務上のリスクが生じるため、望ましくないという意見は、よく聞かれる。インフレが発生し、出口戦略が必要になった場合、金利上昇の結果、債券の評価損などのリスクが発生することが考えられるからだ。これが、日本におけるバランスシート拡大のリスクである。しかし、台湾の場合、以前から巨額の外貨建て資産を保有しながらも、インフレ率のコントロールに完全に成功している。2007年-2008年の資源価格高騰時に、インフレ率が上昇した時も、政策金利を少し引き上げて、インフレの鎮圧に成功している。台湾の例などをも合わせて考えると、量的緩和の出口のリスクは、通常の金利引き上げ時と同様である可能性の方が高いと思う。

日本では、長年、モノと資産の価格が下がり続け、円高も進行した結果、リスクを取った者が成功する可能性が非常に低い社会となってしまった。数少ない会社や個人がリスクを取った場合、失敗する可能性が、諸外国よりも高い。そして、失敗した者に対しては、社会から愚か者扱いされる。結果として、技術や資産があっても、会社の設立、新規の設備投資、リスク資産への投資などに回すよりも、債券や預貯金で運用するのが、一番良好な結果をもたらす社会となってしまった。その一方、日本人はリスクを取らない傾向は問題である、もっとリスクを取る者を増やす必要がある、と嘆く人は大勢いる。リスクを取った者が成功しやすい社会とは、モノの価格が上昇し、利潤率がプラスになりやすい社会であることが必要である。そして、借金の担保となる不動産などの価格が上昇し続けていれば、貸す方も、借りる方も、リスクを取りやすい。また、株価が右肩上がりに上昇していれば、株価の値上がり益をバッファーにして、様々な金融機関が、新しい企業家への投資や、新規の設備投資への融資をしやすくなる。また、外国で同じことを始めた競争相手がいる場合、円安の方が勝つ可能性が高くなる。日本という社会は、リスクを取った者が報われない社会であり続けた。そうした社会を変えるために最初に必要なことは、中央銀行がある程度のリスクを取ることである。そしてモノや資産の価格を引き上げ、為替を円安方向に動かすことである。その結果、社会でリスクを取った者が、リスクに見合ったリターンを獲得することが可能になる。台湾、スイス、中国のレベルまでは行かなくても、日本においても、中央銀行が、以前と比較した場合、より大きなリスクを取ることが必要である。その意味において、日銀が、4月4日に、異次元の金融緩和政策を実施することを決定したことは、正しい決定であった。それは同時に、最高の経済成長戦略でもあると考える。

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外国人投資家の日本株買いと日本人投資家の株式離れ

投資部門別売買状況 長期棒グラフ
投資部門別売買状況 棒グラフ

2013年4月第2週の外国人投資家の日本株買い越し金額は、1兆5865億円と過去最高を更新した。これは、日本人投資家が過去最高の速度で株を売却していることを意味する。

4月4日に日銀による異次元の金融緩和の実施が発表された。その後、外国人投資家は猛烈に日本株を買い、日本人投資家は猛烈に株を売却した。

ちなみに、外国人投資家は3月第1週に日本株を1兆0173億円買い越しているが、これは、4月第2週に次ぐ過去第2位の買い越し金額である。

日本人投資家が売却した巨額の株式売却代金は、債券や預金へと移動している。こうした日本人投資家の資金の移動は、果たして、正しいのであろうか。


投資部門別売買状況 表

(4月第2週は、外国人投資家が一手で日本株を買い越し、日本人投資家は全部門で売り越している。中でも、個人投資家の売り越し金額は、過去最高となった)

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ECB マネタリーベース減少政策への疑問

4月4日の日銀金融政策決定会合で、日銀は、2年間に、マネタリーベースを2倍にまで増やすことを決定した。主要先進国の中で、金融緩和の強化路線に一番遅れていたのが、日銀であった。黒田新総裁による異次元の金融緩和策により、金融緩和の最後尾に位置していた日銀が、他の主要先進国(ECB、BOE、FRB)を急速に追い上げることが確実になった。

ECB,、BOE、FRB、日銀のマネタリーベースの推

日銀の場合、白川前総裁時代の末期から、マネタリーベース増加の速度が拡大しつつあった。今後は増加の速度が、それ以上に急拡大することは、間違いない。

ところが、主要先進国の4つの中央銀行の中で、最近、マネタリーベースを減らしている銀行が1つだけある。それはユーロ圏の中央銀行であるECBである。


ECB 主要な資産・負債の推移

ECBのバランスシート、マネタリーベースは昨年の5月から6月にかけてピークを打ち、その後は減少に転じている。資産の中で最も減少金額が大きいものは、LTROである。

LTRO(=Long Term Refinancing Operation)は、ECBの主要な貸出制度であり、ユーロ創設時から存在していた。この制度が脚光を浴びたのは、2011年12月と2012年2月の2回にわたって、期間3年のLTROを利用することにより、グロスで1兆0187億ユーロの資金がECBからユーロ圏の金融機関に貸し出されるという政策が実施された時からである。実際に貸し出しが増加したネットの金額は、7500億ユーロ前後であったと思われる。この大規模な貸出金の一部が、ユーロ圏の国債、中でも危機的な経済環境下にあった南欧諸国の国債の購入に回り、高騰していた南欧諸国の国債の金利が下がることが期待されていた。この巨額な資金供給の効果は、南欧諸国の一部の国に対しては一定の効果があったことが認められるが、全体としては、大きな効果があったとまでは、言い切れなかった。そうした状況に対して、ECBのドラギ総裁は、2012年8月6日に、1-3年物の国債の無制限購入策(Outright Monetary Transaction)を発表した。この政策のアナウンスメント効果は絶大であった。南欧諸国の国債金利は、軒並み大幅な下落となった。10年物のギリシャ国債を例にとると、昨年8月に25%前後あった金利は、直近では10%強にまで大幅に低下している。しかも、ECBによる国債の無制限購入策は、まだ発表されただけであり、実際の購入金額は、現在でもゼロのままである。LTROの方は、役割を終えたと考えたのか、満期返済や、繰上返済などを通じ、残高は減少し続けている。その結果、ECBのマネタリーベースは、主要先進国の中で、唯一減少方向へと向かっている。

ECBサイドの事情をあげるならば、マネタリーベースの減少は、2012年7月5日に超過準備に対する付利を廃止したことも、一つの要因であったであろう。また、ECBは17の国にまたがり、深刻かつ複雑な南北問題を抱えた中央銀行なので、資金供給も一筋縄で行かない事情も多々あるであろう。しかし、本当にECBが金融緩和を続けたいのであれば、その手段が無いとは考えられない。たとえ、ユーロ圏外の投資家が理解しにくい複雑な事情があるにしても、理解のしやすいマネタリーベースを増やすという政策は、アナウンスメント効果が大きく、非常に重要な政策であると考える。


ユーロの名目実効為替レートの推移

マネタリーベース減少の影響が一番大きく現れたのは、外国為替市場である。ユーロの名目実効為替レートは、リーマンショックが起こる少し前から下落が継続していたが、昨年の半ばから上昇に転じている。ユーロの上昇要因は、南欧諸国の国債金利が下がり、経済危機が後退したことが最大の要因だと思う。しかし、それに加えて、ECBによるマネタリーベースの減少という一種の金融引き締め政策が、その動きを加速させたと考えている。

ユーロ圏のとギリシャの経常収支の推移

リーマンショック後に発生した南欧諸国のユーロ危機の本質は、経常赤字の拡大と財政赤字の拡大という、双子の赤字であると考える。不動産バブルの崩壊は、その次であろう。そのうち、経常赤字は、南欧の経済危機が進行する中で、財政再建策が強行され、ユーロ圏全体の景気を悪化させた。その景気悪化と、ユーロの為替レートの下落が、ユーロ圏の経常収支を黒字化させ、ギリシャのような最も経済状況が悪いと思われている国の経常赤字もまた、減少しつつある。ただ、今後、ユーロ高が続くのならば、経常黒字の金額が減少に転じる可能性がある。

ユーロ圏とギリシャの財政収支の推移

双子の赤字のもう一方の赤字、すなわち、財政赤字の縮小の速度は鈍い。これは、どんなに緊縮財政を実施しても、実質GDPのマイナス成長が続き、税収が伸びないためである。Eurostatの統計には反映されていないため、上記のグラフに掲載されていないが、報道された今年3月までの財政収支の速報値を考慮すると、ギリシャの財政再建は、直近ではかなりの速度で進行している。それでも、まだ十分とは言い切れない。

ユーロ圏 実質GDPの内訳

ユーロ圏の実質GDP成長率は、マイナス成長が5四半期にわたって続いている。ここで注目したいのは、赤線の純輸出である。純輸出は、成長率ではなく、実質GDP成長率への寄与率を示している。過去3年近くの間、ユーロ圏の経済成長を主導したのは、純輸出であった。それが、昨年の第4四半期には、純輸出の実質GDP成長率への寄与率は、0%にまで低下し、実質GDP成長率も、マイナス0.6%まで低下した。経常収支の数字と乖離があるが、GDP統計の方は、集計して加工された新しい統計値であるため、実体をより正確に現している可能性が高い。ユーロ高は、ユーロ圏の実質GDP成長率を低下させているのである。

ユーロ圏とギリシャの失業率の推移

このようなユーロ圏の不況の長期化は、社会全体に深刻な問題を生じさせている。その代表が失業率である。2月のユーロ圏の失業率は12%、ギリシャの1月の失業率は27.2%と大変大きな数字となっている。

ユーロ圏とギリシャのCPI

双子の赤字の結果、ユーロ圏においては、財政政策を発動しにくくなっている。金融政策はどうであろうか。直近の消費者物価上昇率は1.7%と、事実上のインフレ・ターゲットである2%を下回っている。ギリシャに至っては、デフレ経済に突入してしまった。金融政策には、発動の余地がある。そして、最初に示したマネタリーベースの減少といった金融引き締め政策を発動するような段階ではない。

今年1月24日のダボス会議において、ドイツのメルケル首相は、日本の金融政策を念頭に置いた、為替操作が競争をゆがめる恐れがあるかとの問いに対し、「不安が全くない訳ではない」と答え、通貨安競争リスクに言及したと報道されている。日本の場合、白川前日銀総裁は、昨年5月24日の国会で、「マネタリーベースが増えている時に円高になり、量的緩和解除後にむしろ円安になっている」と、マネタリーベースを増やすと円高になる可能性があるとまで言い切っていた。メルケル首相は、白川前日銀総裁と正反対で、日銀がマネタリーベースを増やすと、円安になると考えていたのであろう。メルケル首相の発言は抑制的であったが、当時のドイツでは、日本のマネタリーベース増加政策が円安誘導の近隣窮乏化政策になることを批判する声が高まっていたようである。ドイツ政府の経済担当の高官の多数も、マネタリーベースの増加は、通貨安を引き起こし、マネタリーベースの減少は通貨高を引き起こすと考えていたはずである。そうであるならば、ECBの金融政策を変えさせる方が先である。わざわざ、マネタリーベースを減少させ、ユーロ高を引き起こし、数少ない成長の原動力である純輸出の伸び率まで減らしているのである。南欧諸国の実体経済は、悲惨なほど悪い。消費者物価上昇率も低下しており、金融緩和の余地はある。ドイツは、日本の円安を批判する前に、ECBのユーロ高につながる金融引き締め政策を改めさせるべきである。ユーロ圏17ヶ国は、自分たちが運営するECBの、マネタリーベース減少という金融引き締め政策を改めさせることが、日本を批判するよりも、はるかに重要なことであると思われる。


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一番最初の「ECB、BOE、FRB、日銀 マネタリーベースの推移」のデータを更新したグラフを、下記のページの最後の方に、他のいくつか統計データのグラフと合わせて掲載しています。
日銀、FRB、ECB、BOEの政策比較

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労働生産性と潜在成長率の低下

内閣府が発表している国民経済計算確報によると、2001年から2011年までの11年間に、日本の実質GDPは9.7%増加した。その間に、就業者数は101万人減少し、2011年には6,436万人となった。

国民経済計算確報の中には、経済活動別の実質GDP、就業者数という統計がある。その統計を使って、産業を26業種に分類し、産業の就業者1人当たりの実質GDP増減率を計算した。この数値に就業者数、就業者数の増減数を加えた表を下記に示す。


20130407 労働生産性の上昇率
『(注)分類が、2001年-2004年までは運輸・通信業であったものが、2005年-2011年には運輸業と情報通信産業に分かれた。そのため、運輸・通信業だけは途中に断絶があり、情報産業の分は、2011年の数値から抜け落ちている。』

就業者1人当たりの実質GDPというのは、就業者1人当たりの労働生産性の数値でもある。その増減率とは、業種ごとの労働生産性の増減率でもある。

表を見てわかることように、「産業 製造業 電気機械」の労働生産性の上昇率は、爆発的と言ってよいほど高い上昇率を示している。2番目に労働生産性の上昇率が高いのは、「産業 製造業 繊維」である。それでも、トップの電気機械とは、生産性の上昇率に大きな差がある。労働生産性が1番低下している業種は、「産業 製造業 石油・石炭製品」、2番目に低下している業種は、「産業 鉱業」である。

全体として言えることは、労働生産性の上昇率が高い業種は、製造業が多い。一方、労働生産性が低下している業種、労働生産性の上昇率の低い業種は、第三次産業が多い。そしてまた、労働生産性の上昇率が高い業種は、就業者数が減少している業種が多い。労働生産性が低下している業種、労働生産性の上昇率の低い業種は、就業者数が増加している業種が多い。

電気機械を中心とする生産性の上昇率の高い多くの製造業は、国際競争が激化する中、2001年から直近にかけて、「構造改革」という名のリストラ、人員削減を大規模に実施してきた。そこで首を切られた労働者たちは、「産業 サービス」、「産業 卸売・小売」などの、労働生産性が低下する業種へと、最終的に移動して行った。このような労働者の大規模な移動は、日本経済全体の労働生産性の低下に、大変大きく寄与したことは、間違いない。

「日本経済は、構造改革が遅れている。抜本的な構造改革を断行すべきである、そして、労働者を生産性の上昇率の低い産業から、生産性の上昇率の高い産業へシフトするとこにより、経済全体の生産性を高め、潜在成長率を高めるべきである。」と主張するエコノミストを見かける。こうしたエコノミストの主張は、現実を見ていないと言わざるをえない。日本経済は、大規模な構造改革を実施し続け、生産性の上昇率の高い産業から、生産性が低下する産業へと労働者を大規模に移動させてきたのである。その結果として、生産性や潜在成長率が大きく低下してしまったのである。

日本経済を成長させるために最も重要な政策は、電気機械を中心とする製造業において、生産性低下の最大の原因である「構造改革」を止めさせることである。すべての構造改革を否定するつもりは無いが、国民経済的な観点からは、避けるべきであった有害な構造改革が、数多く実施されたことは、間違いない。経済成長の原動力は、「創造的破壊」である。創造もなく、破壊ばかりをしていれば、経済を際限のない縮小へと導くだけである。企業が強烈な痛みを伴う構造改革を続ける理由は、生産する製品の価格が高すぎて、国際競争力を失ったからである。製品の価格が高すぎる理由は、日本では、賃金などの諸コストが、海外の競争相手国よりも高すぎるからである。企業が収益を上げるためには、人員削減や工場閉鎖という構造改革が必要であった。しかし、日本の場合、コスト削減を、企業レベルではなく、国家レベルで実施すべきであった。理由は、電気機械を中心とする製造業のコスト高の原因の多くが、企業レベルにあるのではなく、行き過ぎた円高という国家レベルに原因があったからだ。従って、現在の日本にとって一番必要な政策は、「円安誘導」により、賃金などの諸コストの価格を引き下げることである。

この意見は、(*1)で指摘し、その後、何度も引用してきた。繰り返すと、日本周辺のアジア諸国は、介入という手段を通じて、大規模な自国通貨安誘導政策を実施している。一方、日本の賃金を始めとする諸コストは、周辺のアジア諸国の中で、一番高い。その理由は、①経済発展段階の差から生じる賃金格差と、②国家による自国通貨安誘導政策の結果として生じる賃金格差がある。①の経済発展段階の差から生じる賃金格差は、無くすことは不可能であり、あきらめるしかない。しかし、②の国家による自国通貨安誘導政策の結果として生じる賃金格差は、日本政府が積極的に是正に動いて、格差を無くさせなければならないものである。韓国、台湾との賃金格差は、ほとんどが②の結果であるから、政府が前面に出て、断固是正する必要がある。中国との賃金格差は①と②が両方混じっており、全部ではないが、一部は是正する必要がある。あらゆる手段を使って円高・アジア通貨安の構造を是正することが不可欠である。多くの周辺のアジア諸国と違って、G20に属する日本は、その声明文などを通して、介入の実施に大きな制限を課されている。現時点での介入は、G20の声明文に違反するので、不可能である。可能な政策は、金融緩和の大幅な強化である。4月4日に発表された、異次元の金融緩和の実施というレジームチェンジは、こうした観点から正当化される適切な政策であった。

日本経済、特に電気機械を中心とする製造業が破壊された最大の原因は、円高なのであるが、すでに相当破壊しつくされた現在のような環境下では、単に円安になっただけで、すぐに元に戻ることはない。家電大手の中では、超円高に対応して、大空洞化作戦を実施した結果、もはや円安にメリットはないと表明する企業も現れた。それでも一段と円安を進行させ、かつ安定させる努力を続けるべきなのである。海外に作ると報道された有機ELテレビの量産工場を、国内での建設へと予定を変更させるように仕向けるべきである。海外での生産を検討していると報道されたEV向け大型リチウム電池の生産工場を、国内での建設に限るように仕向けることも必要である。このような誘導政策は、円安がより進行し、かつ円高に戻らないという予想を多くの企業経営者が抱いた後、初めて可能となる。円高で大きく傷ついた日本の製造業は、円安だけで再生しないが、製造業復活のための最低条件として、円安への誘導、維持は不可欠である。

円安が定着し、労働者が製造業へと回帰した場合、労働生産性がすぐに上昇することを期待しにくい卸売・小売、サービスなど、広い意味でのサービス業での人手不足は、いっそう深刻化する。規制改革やIT化、ロボット導入などを通じて、サービス業の生産性上昇を促進させる必要性がある。女性や健康な高齢者に、サービス業だけではなく、あらゆる職場で働いてもらうことができる環境を作り出すことも必要であろう。

就業者数に失業者数を加えた労働力人口の減少と、労働生産性の上昇率の低下は、潜在成長率の低下を意味する。ただ、潜在成長率は、労働力人口、資本ストック、全要素生産性の3部門に分けて、その成長率を算出する。労働だけではなく資本ストックも考慮し、労働生産性ではなく、労働と資本を結合させた全要素生産性を計算するものである。このようなアプローチとると、労働生産性の上昇率を、資本装備率(1人当たりの資本ストック)の増加率と、全要素生産性の上昇率に分けて考えることが可能となる。

正確な潜在成長率を算出する能力はないが、今後の日本の潜在成長率が、低下に向かうことは間違いない。まず、少子高齢化の影響で、すでに減少局面に入っている労働力人口は、今後も減少し続けるであろう。2000年代には、半導体や薄型テレビなどの分野において、巨額の設備投資が実施され、労働、資本、先端技術が結合した形で、資本ストックと全要素生産性を大幅に上昇させる大工場がいくつも建設された。このような工場建設は、潜在成長率の上昇に大きく貢献してきたはずである。しかし、韓国、台湾による自国通貨安誘導政策の結果、そうした工場の多くは、赤字に転落し、現在は閉鎖の方向へと向かいつつある。高度な技術が使われる大規模な設備投資が実施され、新工場が次々と建設される状況が、近い将来、実現する可能性は低い。先に例示した、有機ELテレビの量産工場や、EV向け大型リチウムイオン電池の生産工場が、日本国内に建設されることは、現時点では願望にすぎず、確定事項ではない。巨額の設備投資も高度な技術も必要はないが、人手だけはたくさん必要な介護施設などの建設は、今後も増加し続けることは間違いない。日本経済は、労働力人口が減少するだけではなく、資本ストックの増加率、全要素生産性の上昇率も低下するに違いない。当然、今後の潜在成長率も低下するであろう。

労働生産性や潜在成長率を上昇させるために最も必要な政策は、電気機械を中心とする製造業を、可能な限り復活再生させる政策である。最も実施させてはならないことは、構造改革という名による生産システムの破壊である。代わりに、可能なかぎり円の為替レートを安く誘導維持することが、最低限必要である。生産性の上昇率の著しい電気機械を中心とする製造業を、円高の再発によりこれ以上破壊することだけは、絶対に避ける必要がある。そうした政策の結果として、将来、有機ELテレビの量産工場や、EV向け大型リチウムイオン電池の生産工場などが、日本国内に建設され、かつ黒字を産み出し続けるようになれば、日本経済の労働生産性、潜在成長率の上昇も期待できるのである。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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