円安メリット 対外純資産が過去最高を更新

2013年3月25日に、日銀の資金循環統計が発表された。その統計によると、2012年末の海外部門の金融資産・負債差額は、前年比41.7兆円増加し、301.3兆円と過去最高を記録した。

対外純資産の推移

上記のグラフで明らかな通り、海外部門の金融資産・負債差額の数値は、5月に財務省が発表する対外資産負債残高の対外純資産に近い数値(金とSDRの保有金額だけ対外純資産の方が大きい)であり、先行指標として扱ってよい。ただし、資金循環統計は、速報値と確報値の間にかなりの差が出ることがある。上記のグラフで使用している資金循環統計の数値は、2011年以前は確報値であり、2012年だけが速報値である。従って、財務省の対外純資産と日銀の海外部門の金融資産・負債差額の速報値とを比べた場合、もう少し大きな差、大きければ20兆円近い差が出ることはありえる。それでも、2012年末に、対外純資産が過去最高を更新したことは、間違いない(5月28日追記 財務省が2012年末の対外純資産が296兆円であることを発表)。ここでは、日銀の資金循環統計の速報値を使って、海外部門が日本国内に保有する資産、負債の金額とその変動要因、資金の移動についての分析を行う。

まず、2012年の資金循環統計における海外部門の金融資産・負債残高表(ストック)の概要を下記に示す。


金融資産・負債残高表

2012年末において、海外部門が日本国内に保有するネットの資産で大きいものは、株式・出資金(上場株式+非上場株式+出資金)が97.3兆円、株式以外の証券(大部分が債券)が95.1兆円である。海外部門が日本国内に保有するネットの負債で大きいものは、対外証券投資が415兆円、対外直接投資が66.7兆円である。そして、それらを合計した金額の資産と負債の差額が、301.3兆円であり、定義としては、財務省の発表する対外純資産と同じであり、実際の数値も対外純資産に近い金額になる。

次に、資金循環統計における海外部門の金融取引表(フロー)の概要を下記に示す。


金融取引表

2012年において、海外部門が日本と取引し、ネットでの資金流入金額が大きいもの(資産サイド)としては、貸出金が11.5兆円(13.3兆円-1.8兆円)、株式以外の証券が5.6兆円、株式・出資金が2.5兆円である。海外部門が日本と取引し、ネットでの資金流出金額が大きいもの(負債サイド)としては、対外証券投資が14.2兆円、対外直接投資が6.6兆円である。日本の銀行と農林系金融機関は、為替リスクが取れないので、金利の低い短期資金を海外から借り入れ、より金利の高い中長期債券を買っている。これが、海外部門の貸出金の大部分と、日本の対外証券投資の何割かを占めていると推測される。そして、それらを合計した資産サイドと負債サイドの金額の差である資金過不足の金額が、4.6兆円である。この数値は、経常収支(厳密には「経常収支+その他資本収支」)の黒字額に相当する。

次に、資金循環統計における調整表の、海外部門だけでなく、全部門の調整差額を下記に示す。


資金循環統計調整表 調整差額

資金循環統計の調整表というのは、通常は、ほとんど使われることのない統計である。その中に含まれる調整差額の定義としては、「当期の期末の資産(または負債)残高-前期の期末の資産(または負債)残高-取引金額」である。株を例にとって説明すると、ある主体が株を保有していて、全く取引を行わなかった場合、当期の株価の値上がりによって増加した資産の金額が、調整差額になる。金額としては、株価、外国為替の変動による資産の増減分が大きい。その他にも、債券価格の変動分や、貸出金が不良債権化した場合、貸出金の価格減少分なども含まれる。

上記の調整表によれば、金融機関に27.4兆円のプラスの調整差額が発生している。この内訳で大きなものとしては、保険会社が保有する日本株の値上がり益と、保有する外国証券に発生する値上がり益、為替差益があげられる。非金融法人企業は、32兆円のマイナスの調整差額が発生している。しかし、この実体は、非金融法人企業による発行済み株式の時価総額の増加である。資金循環統計では、企業の純資産が増えなくても、株の時価総額が増加すれば、株式・出資金という勘定項目において、負債サイドの金額が増加するという仕組みになっている。非金融法人企業は、勘定項目の負債サイドにある株式・出資金の金額が大幅に増加し、他の項目を合計すると、資産は増加し、負債は減少している。従って、この非金融法人部門のマイナス32兆円という調整差額は、株価上昇の結果であり、何の問題も無い。一般政府で発生している17.6兆円のプラスの調整差額の内訳で一番大きなものは、中央政府の対外証券投資の為替差益であり、具体的に言うならば、政府の外国為替特別会計で保有する外貨建て債券に発生する為替の評価益である。家計で24兆円というプラスの調整差額が発生する内訳は、保有する日本株、投資信託、外国証券の値上がり益等である。残されている部門で金額が大きいのは、海外であるが、これはすぐ後で説明する。調整差額を合計すれば、定義的にはゼロになり、0.6兆円のプラスというのは統計上の誤差である。バランスシートにおいては、個々の企業について、借方=貸方であるが、資金循環統計の場合は、各部門を合計した場合、プラスかマイナスの調整差額が発生する。そして、全部門全体を合計した時、誤差がなければ、調整差額の合計はゼロとなり、借方=貸方になる。

次に、資金循環統計における調整表の海外部門の概要を下記に示す。


資金循環統計調整表

先に説明した通り、海外部門の調整差額は、37.1兆円のマイナスである。資産が増えたものとしては、株式、出資金の14.7兆円が最大である。これは、日本株が昨年1年間に値上がりした結果、海外部門が獲得した値上がり益の総額である。負債の増加としては、対外証券投資で46.8兆円、対外直接投資で5.3兆円、合計して52.1兆円の増加が大きい。これは、対外証券投資、対外直接投資を通して、日本が海外という部門に対して、円安や外国株高などの結果、52.1兆円の利益を獲得したことを意味する。日本が海外に保有する様々な資産の合計金額と、為替レートの変動、外国の株価の変動などを考慮すると、獲得した利益である52.1兆円のうち、外国の株価の値上がり益等が占める部分は小さく、多くの部分は、円安の結果である可能性が高い。この資産の増加と負債の増加を差し引いた37.1兆円が、資産価格変動の結果として生じる調整差額であり、海外部門の損失の増加額=日本の利益の増加額、であることを意味する。この調整差額の37.1兆円に、先に金融取引表で示した経常収支の黒字額の4.6兆円を加えた合計41.7兆円が、昨年1年間の日本の金融資産・負債差額の増加額である。この金額を、財務省の統計では、対外純資産の増加額と呼ぶ。

このように、円安は対外純資産の増加につながり、日本の株高は対外純資産の減少につながる。昨年は、株高効果よりも円安効果の方が大きかったので、対外純資産は大幅に増加し、過去最高の金額となった。従来の日本は、巨額の経常収支の黒字を計上する中で、円高による為替差損が大きく響き、対外純資産の増加速度は鈍かった。2011年末以前の日本において、為替差損を原因とする対外純資産減少の累計額が、200兆円前後の金額になることを(*1)で示した。昨年1年間の円安により、為替差損の一部を取り戻すことができた。一方、日本の株価上昇により、対外純資産が減少することは、(*2)(*3)(*4)などで警告してきた。

今年に入ってからの対外純資産の動向を大雑把に見てみると、ドル・円レートは、昨年末から今年3月末までの間に、7.7円ほど円安方向に動いている。大変荒っぽい計算をすると、為替差益は、少なくとも40兆円前後は出ている。昨年末から今年3月末までの間に、日経平均株価が2,003円上昇した結果、株価の値上がりを通した対外純資産の減少分は、16兆円前後となる。昨年末から今年3月末までの間は、依然として、対外純資産は増加傾向にある。ただし、円安進行が止まり、日本の株価だけが上昇し続けた場合には、経常収支の大幅な黒字も無くなったので、対外純資産は減少方向に向かう。

日本が保有する対外純資産は、主として円安を通じる為替差益により、2012年の1年間に、40兆円前後増加した。その結果、2012年末の対外純資産は300兆円前後の金額となり、間違いなく過去最高の金額を更新している。今年に入っても、主として円安を通じる為替差益により、対外純資産の増加傾向は続いている。円安には、輸入する燃料や食料品の価格上昇などのデメリットもある。しかし、昨年1年間に、主として円安進行の結果として、40兆円前後の対外純資産が増加したという大変大きなメリットもあったことは、常に頭に入れておかなければならない。

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金融緩和と資産バブル

失われた20年と言われるように、日本は、バブル崩壊以降、20年以上にわたる長期の経済低迷状態が続いている。そのことを表す一つの指標は、名目GDPの縮小である。昨年の日本の名目GDPは、20年前の水準を下回っている。私は、それに加えてもう一つ重要な指標があると考えている。それは、日本の国富が、過去20年以上の間、減少し続けていることである。

日本の国富・土地・社会資本等の時価総額

上記のグラフは、内閣府の国民経済計算確報からとった、国富、土地、社会資本等の時価総額の推移のグラフである。国富は、正式には、正味資産と呼ばれている。社会資本等というのは、非金融資産・生産資産・有形固定資産の中に含まれている「その他の構築物」の数値である。国富は、1990年に3,531兆円を記録した後、減少し続け、2011年に2,996兆円まで、536兆円減少している。その中で最も大きく減少したのは、土地であり、1990年の2,477兆円から、2011年の1,157兆円まで、1,321兆円減少している。国富の中で一番大きな増加を示している項目は、社会資本等であり、1990年の300兆円から、2011年の731兆円まで、431兆円増加している。社会資本等というのは、具体的には道路、橋、堤防などであり、建設費用マイナス減価償却費で決定され、物価変動の影響を受けない。バブル崩壊後、減価償却費を上回る新規の社会資本の建設が行われたため、その時価総額は、順調に増加している。なお、株などの金融資産は、資産負債の両サイドに両建てとなっているため、原則として国富には含まれない。国富に含まれる金融資産は、対外純資産だけである。

このように、土地は、国富に含まれる一番大きな要素である。そこで、地価の動向を国際比較することにする。


日米英の地価の比較

上記のグラフは、日・米・英の代表的な地価、または住宅価格の推移を示している。基準時点は、アメリカの住宅価格の一番最初のデータが残る1987年1月を100としている。日本の地価は、1980年代後半のバブル期には一番大きく上昇したが、その後は、ほぼ一貫して下落し続けている。アメリカ、イギリスは、1990年代に数年間の住宅価格の低迷期があったが、その後急速に上昇している。そして、住宅価格は、2006年あたりまでバブルとなって上昇し続けた。2007年以降、バブル崩壊が始まり、調整局面を迎えるが、日本ほど下落幅も下落期間も長くならなかった。イギリスの住宅価格が底を打ったのは、2009年2月。この時、QE1が同時期に開始されている。アメリカの住宅価格の底打ちは、イギリスより遅れ、2012年1月である。QE2とQE3の間のオペレーション・ツイストの時期である。その後のQE3の時期になると、住宅価格の底打ち反転は間違いないものとなった。アメリカやイギリスは、量的緩和政策により、不況対策、デフレ防止対策だけではなく、バブル崩壊の大元の原因である住宅価格、あるいは株価といった資産価格の引き上げをも意図した面が大きかったと思う。しかし、日本の量的緩和政策は、もっぱら、モノのデフレ対策や不況対策、銀行の不良債権問題処理対策を意図したものであった。日本の場合、日銀による銀行保有株やETFの購入を通じて、株価下落防止策となる政策は実施されたが、株価や地価を引き上げることを意図した政策は、全く実施されなかった。

次に、日本の地価の動向をより詳しく見るために、地域別、用途別の公示価格の推移を下記に示す。


地域別・用途別の公示地価

1991年の年初を頂点とするバブルは、東京、大阪の土地の値上がりを中心とするバブルであった。バブル崩壊後は、住宅地よりも商業地の方が、より大きく値下がりした。そして、住宅地、商業地の中で一番価格水準が低いまま残された地域は、地方の土地であった。2007年-2008年にも東京を中心とする都市部の限定された地域において、局地的なミニバブルが発生し、崩壊した。この時も、地方の土地の価格は、全く上昇しなかった。

今後、金融緩和が強化された場合、地価にも影響があるであろう。その兆候は既に現れている。東証REAT指数と日経平均株価の推移を下記に示す。


東証REAT指数と日経平均株価

東証REAT指数とは、日本の優良な商業ビル、住宅地などの価格指数の一つであり、その先行指標と考えてよい。その大部分は、賃貸収入で十分な利益の上がる大都市を中心とする優良地の地価が対象であり、地方のシャッター通りの地価とは全く無関係に動く。東証REAT指数は、上記のグラフを見て分かる通り、日経平均株価と比較的似た動きをする。株価と同様に、金融緩和の強化を先取りして、昨年後半から明確な上昇を示している。REATの時価総額が過去最高になったことが報道されたが、これは、REATの新規設定が相次いでいる要因が大きい。個々のREATの平均値上がり率を示す東証REAT指数は、そこまで上昇していない。直近の株価の上昇局面で、大幅に株を買い越している主体は、外国人投資家である。一方、直近のREATの最大の買い越し主体は、銀行である。ただし、金額のレベルが違う。今年2月の銀行による東証でのREATの買い越し金額は270億円、今年2月の東証、大証、名証での外国人投資家による日本株の買い越し金額は1兆2000億円であった。

日本の地価は、バブル崩壊以降、ほぼ一直線で下落し続け、2013年の年初の時点では、新安値を更新している。アメリカ、イギリスでは、ほんの数年前にはじけたバブル崩壊が終了し、住宅価格の上昇が始まっている。日本では、こうした長期間の地価の下落が、ほとんど放置されてきたことは、大変大きな政策的失敗であったと考える。1980年代終盤から1990年代初頭にかけて、土地や株のバブルを潰すことを目的とした政策を、日銀や当時の大蔵省が次々と打ち出してきた。そうしたバブル潰しの政策は正しかったと思う。問題は、バブルがはじけた後、バブル崩壊の悪影響を最小限にとどめるため、資産価格を引き上げる政策が全く実施されなかったことである。住宅バブル崩壊後、アメリカやイギリスが実施した早期のゼロ金利政策の導入と大規模な量的緩和政策を、日本も1990年代前半のバブル崩壊直後に実施していたならば、失われた20年はなかったと考える。しかし、そこまでレベルの高い金融緩和政策を、20年前の日銀に求めることは、当時の雰囲気を考えると、無理であったと思う。しかし、ゼロ金利政策の導入にしろ、量的緩和政策にしろ、より早期に大規模に実施する選択肢は常にあったはずである。日銀の金融政策は、20年以上の間、金融引き締め政策を除けば、常に、”too little too late”であった。

日銀総裁が、白川氏から黒田氏に交代し、今後も金融緩和が強化されていくことは間違いない。東証REAT指数を追いかける形で、大都市の優良地については、今後、地価は上昇に転じる可能性が高い。私は、そうした地価の上昇を、健全な形で長続きさせるために、今から、土地のバブル発生のブレーキとなる政策を準備しておくべきだと考える。具体的には、特別土地保有税に近い新税の導入である。特別土地保有税は、大口の土地の取得、保有に課される税であり、現在は停止されている。地価税と違って、土地の保有だけではなく、取得の際にも課税され、市町村民税であるため、地価が上昇する地域のみに限定して課税することが技術的に容易であると思われるからだ。小口を除く土地の取得者、保有者に幅広く課税する新型の特別土地保有税が望ましいと思う。地域限定の特別土地保有税であれば、外国人投資家であろうと、それに便乗しようとする日本人投資家であろうと、投機的な土地の売買を抑制することが可能になる。投機的な行動を増税によって押さえ込み、景気に悪影響を及ぼすバブル発生防止のための金利引き上げを必要としなくなる政策を、今から準備すべきである。土地の値上がりが広範囲に広がってきたならば、非居住者や個人に対する土地のキャピタルゲイン課税の税率引き上げを始めとして、増税によってバブル発生を防止する政策は数多く残されている。金融政策ではなく、財政政策を利用し、地価がバブル化するのを防ぎ、日本全国の地価を、できるだけ緩やかに、平等に、末永く、上昇し続けるように誘導すべきだと考える。株の場合、増税によるバブル防止策は限定されている。それでも、個人投資家向けのキャピタルゲイン課税の税率引き上げなどのように、株価がバブル化するのを和らげる増税策は残されている。

バブル崩壊が始まって、20年以上も地価が下がり続ける現在のような状況では、政府、日銀が一体となった資産デフレ脱却政策が必要である。金融緩和の強化により、モノのデフレ脱却だけではなく、土地や株などの資産価格を引き上げることを意図する政策を進めることも必要だと考える。従来、バブルを恐れて、金融緩和のアクセルを踏まない、または、ブレーキを早めにかけるといった政策が採られてきたが、誤った政策であった。金融政策は、可能な限りアクセルを踏み続けるべきである。一方、ブレーキの役割は政府が果たすべきであり、増税という財政政策を、何時でも発動することができる準備をしておくべきである。そうすることによって、資産価格が長期間上昇することが可能となり、資産バブルの発生を防ぐことができる。資産バブル防止のための適切な増税策は、景気回復を妨げることなく、財政再建に寄与する政策にもなるのである。

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アメリカ株価上昇の原因 バブルか否か?

前回(*1)、現在流行している「グレートローテーション」という無リスク資産からリスク資産への資金の大規模な移動が、日本においては、方向が正反対に動いていることを説明した。

本来の意味の「グレートローテーション」という現象が発生したのは、アメリカからである。今回は、アメリカの株価上昇の原動力を調べることにする。主として、FRBが発表している「Flow of Funds」、日本で言うところの資金循環統計の数値を使って、アメリカの資金循環の構造から、その原因を探ることにする。

まず、アメリカの株価が、日本と比べてどれほど大きく上昇してきたかを示すグラフを、前回と同様に、最初に示す。


日本、アメリカの株価推移

次に、アメリカの株価が、どのような主体の買いにより上昇しているかを表すものとして、下記のグラフを示す。

アメリカ株 投資部門別の株式売買

現在のアメリカ株の最大の買い主体は、事業法人である。事業法人の買いとは、「事業法人の自社株買い+M&Aに伴う株式買い付け-エクイティ・ファイナンス」の金額と言い換えることが出来る。アメリカの場合、「事業法人の自社株買い+M&Aに伴う株式買い付け-エクイティ・ファイナンス」の金額がプラスになる状態が、1994年以降、継続している。この事業法人の自社株買い、M&Aに伴う株式買い付けこそが、アメリカ株の最大の買い手であり、アメリカの株価を上昇させる原動力となっている。二番目の買い主体は投信である。一方、最大の売り主体は、個人投資家である。ただ、個人投資家は、投信を通じる間接的な株式投資金額を増やしているため、その分を含めるならば、それほど大規模に株を手放しているわけではない。

次に、アメリカ株の投資部門別の株式保有比率を下記に示す。


アメリカ株 投資部門別の株式保有比率

アメリカの場合、日本と違って、個人投資家の保有比率が37.7%と一番多い。次が、個人投資家の間接的な株式所有とも言える投信の保有比率が19.6%である。外国人投資家の保有比率は、日本よりかなり低い1.6%、金額で見ると、3兆5136億ドルである。絶対金額は多いが、アメリカ人の外国株保有金額が4兆7457億ドルあり、株に関する対外資産負債は、資産超過である。

次に、アメリカの主要部門の資金過不足の対名目GDP比率を見ることにする。


主要部門の資金過不足の対名目GDP比率

上記の表は、大元の資金過不足の数値に、少し手を加えて変更している。資金の過不足は、各主体の「金融資産増加-金融負債の増加」が定義であるが、非金融機関、金融機関については、投資部門別の株式売買のグラフで示した「自社株買い+M&Aに伴う株式買い付け-エクイティ・ファイナンス」の数値を足し合わせた。つまり、自社株買い等を実施する前に、どれほどの余剰資金が、金融機関、非金融機関に残っていたのかを見るためである。なお、非金融機関とは、事業法人に加えて、金融以外の事業を営む法人ではない団体の分をも含む主体であり、株式売買のグラフで使った事業法人とは少し定義が異なるので、訳語も異なる言葉を使った。また、日本では、株の投資部門別売買状況の統計では、個人という言葉を使い、資金循環統計では家計という言葉を使うので、今後は家計という言葉を使うが、意味は個人と同じである。

家計は、ITバブル期、住宅バブル期においては、バンバン消費するなり、住宅を大量に購入したりしたため、資金不足の主体であった。住宅バブルの崩壊後、貯蓄を増やし、資金不足につながる住宅建設を減らしたため、直近では最大の資金余剰主体になっている。

非金融機関は、2003年から、資金余剰を少しずつ強めていたが、住宅バブル崩壊中の2008年に、一時的に資金不足に転落した。しかし、その後すぐ、資金の大幅な余剰主体へと戻っている。非金融機関は、2003年から、余剰資金が発生すると、そのうち何割かを自社株買いやM&Aに回すという行動をずっと採り続けている。リーマンショック前後の非常時を除いて、住宅バブル崩壊前後で行動パターンが変わったわけではない。住宅バブルの崩壊後、不況下の低金利の状態で非金融機関に資金が蓄積されることはあったが、その資金の何割かは、自社株買いやM&Aなどの株式買い付けに回されている。

一方、直近における最大の資金不足主体は、日本と同じく、政府である。

この資金過不足をフローではなく、ストックで見た主要部門の資産負債差額のグラフを下記に示す。


主要部門の資産負債差額

資産を一方的に溜め込んでいるのが、家計、負債を一方的に増やしているのが、非金融機関、次いで政府である。家計の資産と非金融機関の負債が、ともに絶対値を拡大させている最大の原因は、株価の上昇である。資金循環統計は、企業のバランスシートとは異なり、借方=貸方ではない。また、資産側も負債側も時価評価をするので、株価が上昇すると、家計保有の株式資産金額と非金融機関の発行株式残高の金額が、ともに絶対値が拡大するような構造になっているからである。

2012年12月末の非金融機関の資産負債差額を表にすると、下記のようになる。


アメリカ非金融機関の資産負債差額

非金融機関の資産負債差額は、24兆5200億ドルの不足である。しかし、時価評価された負債サイドの自社株式の金額が24兆2600億ドルもあるので、ほぼ相殺されている。総資産が19兆5600億ドル、総負債が19兆8210億ドル存在し、資産と負債がほぼ均衡している。非金融機関全体としてみると、財務内容は健全であると言える。

最後に、アメリカの非金融機関の税引き前利益の総額のグラフを下記に示す。


アメリカ非金融機関の税引き前利益の総額

アメリカの非金融機関の税引き前利益の総額は、住宅バブルの崩壊で、一旦、減少したが、現在は過去最高になるまで増加している。株価の上昇と並行して増加している。PERも高くないため、株価は割高ではなく、バブルでもない。

こうしたアメリカの株式売買、株式保有、資金過不足、金融資産負債差額、非金融機関の収益の動きを見ると、株を取り巻く資金の流れについては、非常にスムーズに循環していることが分かる。リーマンショック後、FRBの大規模な金融緩和政策が、景気や企業収益の悪化を食い止め、モノの価格をデフレに陥らせず、株価もすぐに回復させるのに成功している。株価上昇のメカニズムは、企業収益の増加と同時に発生する、企業の余剰資金による自社株買い、M&Aの増加が最大の原動力である。2012年以前においては、年金、投信、保険といった機関投資家が、無リスク資産から株へと資金を大量に移動させたわけではなかった。しかし、機関投資家は、アメリカ株を大量に買うことはなくても、株価上昇により利益を獲得し、外国株や国内のベンチャー企業に積極的に投資してアメリカ経済の回復に貢献している。こうした良い資金循環の構造は、住宅バブル期に形成されたが、住宅バブルの崩壊中に、一時的に破壊された。しかし、FRBのゼロ金利政策の導入、大規模な量的緩和政策の継続により、短期間にバブル崩壊以前の構造に戻った。市場の威力と政策の効果が見事にマッチして、資金の流れを素早く元の形に戻すことに成功している。もし、FRBが、ゼロ金利政策や量的緩和政策を採用していなければ、企業の余剰資金が、自社株買いやM&Aに少ししか回らず、利子率の高い預金や国債などの安全資産の方により多くの資金が流れ、株安と金余りで、バブル崩壊後の日本と似た経済不振の状態が長く続いていたであろう。アメリカ経済には、高い失業率や所得格差などの問題が、依然として山積している。それでも、企業や株を取り巻く資金については、効率的な循環構造が続いており、株価も、企業収益の増加と並行して上昇している。

前回示したように、日本は、景気回復期に外国人投資家が日本株を大量に買い、株価が上昇するという構造が、バブル崩壊から20年以上継続している。そして、外国人投資家による日本株の大量保有という環境下での株価上昇は、日本の対外純資産の大きな減少要因になる。2013年3月14日に発表された3月第1週の投資部門別売買状況によると、外国人投資家の日本株買い越し金額=日本人投資家の日本株売り越し金額は、1兆0173億円と過去最高を記録した。長年の株価下落と低迷の影響で、日本人投資家がリスク回避志向を極端なまでに強めてしまったからである。2%のインフレ目標に向けて大胆な金融緩和が実施されることが確実になる中で、日本人投資家は、配当利回りは高いが、価格下落リスクがある株という資産から、利子率が非常に低く、インフレで実質価値が目減りする可能性がある預貯金や債券へと、過去最高の速度で資金を移動させている。株というものに対するあまりにも極端なリスク回避志向の結果、現在の日本国内の資金循環構造は、狂ってしまったと言わざるをえない。こうした資金循環の構造を正すためには、単なる量的緩和の強化以上のものが必要であろう。(*2)の最後に示した、日銀のオペの対象を超長期、長期の国債に集中させ、生保や年金の資金を、無理やり日本株の買いへ誘導させるという、現実味が乏しいほどの過激な案までも、検討の対象にしてもよいのではないかと感じられる。

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グレートローテーションによる損失の拡大

世界の多くの市場において、株価が上昇し、グレートローテションという言葉が流行している。債券、預金などの安全資産から、株などのリスク資産への資金の移動を意味する言葉である。しかし、日本においては、世界と異なる現象が発生している。日本の株式市場が抱える問題点について、今までに何度も触れてきたが、今回はその問題点をもう一度まとめることにする。

昨年の11月14日、当時の野田総理による衆議院解散の発言があって以来、円安・株高が急速に進行した。株価については、ほぼ一直線の上昇が続いているため、すでに株式相場バブル論が、あちらこちらで語られるようになっている。

しかし、日本の日経平均株価は、1989年末の最高値から68%下落した状態にあり、史上最高値を更新しているアメリカのNYダウとは相当大きな開きがある。1980年以降の、日本とアメリカの株価の推移を下記に示す。


日本、アメリカの株価推移

1980年代後半の日本のバブルの時代を除いては、アメリカの株価は日本の株価を大きく上回る上昇を示している。2007年の終わり頃から住宅バブル崩壊が始まり、翌2008年のリーマンショックで一時的に大きく下落したが、2013年3月5日に史上最高値をあっさり更新した。日本の株価が23年以上低迷しているのと、大きな違いである。

ではこの間、日本とアメリカのGDPはどのように推移してきたのであろうか。まず、日本とアメリカの名目GDPの推移を下記に示す。


日本、アメリカの名目GDPの推移

日本、アメリカの名目GDPは、株価ほどの差はないが、それでも過去33年間にかなりの格差を生じている。

次に、日本とアメリカの実質GDPの推移を下記に示す。


日本、アメリカの実質GDPの推移

実質GDPの差は、名目GDPの差よりもさらに縮まる。それでも、日本のバブルが崩壊した後は、日本よりアメリカの方が実質GDP成長率が高い状態が続いている。アメリカを震源とする住宅バブル崩壊、リーマンショックにより、日本、アメリカの両国はいずれも打撃を受けた。しかし、実質GDPの減少率は、震源地であるアメリカよりも、当初は影響が少ないと考えられていた日本の方が大きく、その後の回復過程もアメリカの方が順調である。

株価の差>名目GDPの差>実質GDPの差、であるのだが、株価が順調に上がってくれた方が実質GDPの上昇率が高まりやすい傾向があることは理解できる。

では、日本の株価がここまで低迷し続けてきた理由は何なのであろうか。その原因を探るために、日本株の投資部門別の売買状況の長期の動向を下記に示す。


日本株 投資部門別売買状況 長期

バブル以前は、日本人投資家が日本株を買い越し、外国人投資家が売り越していた。バブル崩壊後の最大の買い主体は、外国人投資家である。外国人投資家は、1991年-2012年の22年間に日本株を74兆円買い越している。外国人投資家が大量に買い越すと、日経平均株価は上昇し、外国人投資家の買い越しが減少したり、売り越しに転じたりした場合には、日経平均株価は下落している。バブル崩壊後の日経平均株価は、最大で82%下落した。もし仮に、外国人投資家の買いが無かったとしたならば、日経平均株価はもっと大きく下落していたはずである。その場合、バブル崩壊の悪影響は、より大きなものとなっていたことは間違いない。外国人投資家による巨額の日本株買いにより、日本は救われたのである。一方、その巨大なツケを将来支払うことになる。

株価上昇が常に外国人投資家主導であるという現象は、現在でも変わっていない。日本株の投資部門別の売買状況の短期の動向を下記に示す。


日本株 投資部門別売買状況 短期

昨年11月14日に、当時の野田総理が衆議院解散を明言して以降、株価はほぼ一直線で上昇している。その間、外国人投資家は4.2兆円の日本株を買い越し、それ以外の投資家、すなわち日本人投資家は、ほとんどの主体が売り方に回っている。特に年金などの長期運用の資金を扱っている信託銀行は、売り一辺倒である。個人投資家の売り越し金額も大きい。個人投資家が買い越しになっている期間は、2週間だけあるのだが、この時の日経平均株価は、下落か横ばいである。日経平均株価が順調な上昇を示す時、個人投資家は大量に売り越している。ちなみに、日本人投資家は、昨年11月14日から外国株の売り越し金額も大幅に拡大させている。バブル崩壊以降、日本人投資家の資金は、株から債券、預金へのシフトというグレートローテーション、リスク・オフの流れが継続している。現在の世界の資金移動と正反対の方向であるが、昨年11月14日以降、そうした流れは加速化しているのである。

日本人投資家が、株価が上昇すると株を大量に売却してしまう理由は、あまりにも長期間、日本の株価が下落、または低迷を続けているからである。上がらないから新規に買わない、新規の買いがないから上がらない、という悪循環の構造が定着してしまっているからである。株などの資産運用の分野においては、ほとんどの国では、ハイリスク・ハイリターンが常識である。しかし、日本の株は、ハイリスク・マイナスリターンの期間があまりにも長く続いている。リスクを取っても、それに見合ったリターンがマイナスという異常な状態が長続きしすぎているのである。こうした環境下において、株の運用で利益を上げようとすると、戻り局面で売り抜けるしか手段がない。現在の少しばかりの株価上昇をバブルと感じる心理も、同様な病理現象であろう。日本の株価のPERが高すぎるという意見も多いが、将来の利益まで考慮すると、予想PERは現在より低くなるはずだ。私は、こうした構造を、株式市場のヒステリシス(*1)と考えており、解決方法が大変難しい問題である。

次に、直近の日本株の投資部門別株式保有比率下記に示す。


投資部門別保有株比率(日本)

2012年3月末時点における日本の上場株の最大の保有主体は、外国人投資家であった。次いで、事業法人、個人の順である。最近、株高の影響で、百貨店で高額商品の売れ行きが伸びていると報道されている。しかし、個人投資家の持ち株比率は、全体の20.4%、外国人投資家の26.3%よりも低い。日本の個人投資家よりも外国人投資家の方が、日本の株価上昇により、より多くの利益を獲得しているのである。

しかし、外国人投資家の日本株の大量保有と言う現象は、より深刻な問題を内包している。2012年3月末時点での外国人投資家の日本株保有金額は81兆円、この時の日経平均株価は10,083円であった。おおざっぱな計算をすると、日経平均株価が1,000円上昇するたびに、外国人投資家の株式保有金額は8兆円増加する。外国人の日本株保有というのは、対外資産負債残高の観点から見ると、対外負債に相当する。日本は、2011年末時点で、対外純資産を253兆円保有し、世界最大の対外純資産国である。しかし、この対外純資産は、日経平均株価が1,000円上昇すると、8兆円ずつ減少するのである。日経平均株価は、昨年11月14日から約3,600円上昇している。この結果、日本の景況感は著しく改善したのであるが、対外純資産という観点から見れば、この間の株価上昇により、少なくとも28.8円の対外純資産を失っているのである。日経平均株価が史上最高値の38,915円を更新する場合、昨年3月からの日本の対外純資産減少額は232兆円になる。外国人投資家の買いが主導して株価が史上最高値を更新する場合、対外純資産の減少額は253兆円を上回り、日本は対外純債務国に転落する可能性もありうる。対外純資産の決定要因は複雑であり、株価だけで決定されるわけではないが、可能性としては、起こりえることを否定できない。

こうした現象が起きるのは、日銀が、株価下落をあまりにも長期間放置してきたからである。1990年以降、バブルは絶対にいけない、バブルの再発は絶対に防止しなければならない、という強い信念をずっと抱いてきた。一方、バブル崩壊が日本経済に与える様々な悪影響を、あまりにも過小評価してきた。金融緩和の強化により、急激な株価下落を食い止める努力を全くしなかった。一方、過度の金融緩和がバブルの再発をもたらすことに対しては、強い警告を繰り返し発してきた。結果として、バブル崩壊後の日本株の最大の買い手は、外国人投資家となった。日銀が銀行保有株やETFの少しばかりの購入を始めたのは、株価が大きく下落した後のことであった。

1990年代前半に、ゼロ金利政策と大規模な量的緩和政策を実施していたならば、株価下落も短期間で終わり、緩やかながらも日本人投資家主導の上昇相場が続いていた可能性が高い。現にアメリカでは、リーマンショック直後に、ゼロ金利政策の導入と大規模な量的緩和政策を実施し、前の高値から5年強で、NYダウを史上最高値に戻すのに成功している。1991年以降、日本は、外国人投資家の日本株買いという、外国からの一種の借り入れによって株価を支えてきたのである。将来、元本にプレミアムを加えた形で借金を返済するしかない。なお、株式市場だけではなく、不動産市場においても同様な現象が発生しているはずであるが、基礎統計が整備されていないので、金額を計算することができない。

少子高齢化と人口減少に苦しむことが確実な日本経済は、長期的に見れば、対外純資産を取り崩す方向に進んで行くことにならざるを得ない。しかし、取り崩す前に、対外純資産が無くなってしまう可能性もゼロでは無い。バブル崩壊から20年以上にわたって、金融政策の舵取りを誤ってきた日銀の金融政策の負の遺産は、あまりにも大きい。

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規制緩和という景気対策

アベノミクスには、3番目の矢として、規制緩和、規制改革による景気対策、経済成長政策があると言われている。今回は、今まで何度か触れてきた規制緩和、規制改革の効果についてまとめることにする。

まず、規制緩和、規制改革とは何か。厳密な定義は無いし、人によって内容は異なると思う。そこで、規制緩和派、構造改革派などと一般的に呼ばれる人たちの中心的な考え方を、私なりに解釈してまとめると、下記のようなものになると思われる。

規制とは1

こうした考え方は、おそらく伝統的な経済学の考え方でもあるのかもしれない。市場と規制とを対立的な概念として捉えるものである。少数の例外を除けば、規制の少ない市場、規制が撤廃された市場において、経済が最も効率的になり、経済学的で言うところのパレート最適の状態に近づく、という考え方である。小さな政府を実現し、政府の市場への介入を最小限にすることがベストであり、不必要な規制を可能な限り廃止すると、市場は効率化され、生産性は向上し、経済成長率は上昇すると考える。        

私が考える規制改革のイメージはかなり異なる。

規制とは2

私は、市場と規制を対立的に考えず、一体的なものとして考えている。市場を成立させるためには、前提として、数多くの強力な規制が必要だと考える。憲法から始まって、各種業界を規制する法律、規制というものが制定され、その後に自由な市場というものが形成される。そうした規制の大系が無ければ、市場そのものが成立しない。明確な規制なしに市場を立ち上げると、暗黙のルール違反が繰り返され、市場自体が崩壊してしまう。従って、暗黙のルールを法律として明確に制定し、その違反者に対しては、厳しい処罰を加えることによって、初めて効率の良い自由な市場が形成される。政府は、市場を形成する法に定められた規制を市場参加者に遵守させる監視人として重要な役割を果たさなければならない。同時に、時代や環境の変化によって、効率の良い成果を発揮できる規制大系は常に変化する。政府は、時代、環境の変化に応じて、過去に制定された規制大系を、常に効率の良い規制大系に改革する不断の努力を続ける必要がある。つまり、効率的な規制大系を維持するために、規制改革を繰り返し実施することこそが、経済の生産性を高め、経済成長率の上昇につながる政策であると考えている。

政府が規制を常に効率的なものに維持することは、実際には大変な困難の伴う作業である。規制をなくせば良くなるものではない。わかりやすい例が、電力の自由化である。地域独占という形態が効率が良かった時代もあったかもしれない。しかし、長年、競争の無い状態が続けば、独占企業の中にどうしても非効率な部分が積もり積もってしまう。電力の自由化により競争原理を導入し、非効率な部門を減らし、電気料金の引き下げ、または値上がり幅の縮小を目指す改革は必要である。しかし、電力の自由化というのは、規制を廃止すれば自由化が実現されるものではない。膨大な新しい規制大系を新たに制定して、初めて、自由な電力市場が形成される。その作業は現在行われているが、手間暇のかかる大変な作業なのである。自由市場=規制の無い状態、ではなく、政府と民間が知恵を結集させて新しい効率的な規制大系を作り上げて、初めて電力の自由化が実現されるのである。

規制改革とは、主として供給サイドの改革である。一方、需要創造型の規制緩和というものを唱える人がいる。保育や介護の分野においては、満たされない大きな需要があることは間違いない。では、規制緩和によって需要を顕在化させることができるであろうか。私はほとんど不可能だと考える。保育や介護への需要が満たされない最大の理由は、政府がサービス価格を、市場価格より大幅に安く設定しているからである。その安い価格の結果として発生する膨大な需要に見合う供給力を拡充するためには、巨額の公的資金の投入が不可欠である。介護の分野に関して言うと、介護保険の導入開始と共に新規参入した企業のうち、大手3社が介護報酬不正請求事件を引き起こしたことがある。規制が厳しすぎたのではなく、規制が緩すぎたために大手3社が不正に手を染めるという事件が発生した。予想以上に収益性が低かったことも一因であったのかもしれない。介護保険が導入されてから、まだ10年強しか経っていないが、規制改革の必要性はいくつもあるはずだ。しかし、介護の需要を満たすという根源的な問題を、規制改革で解決することは不可能である。公的資金を大量に投入するしか手段が無い。問題は規制ではなく、財源なのである。保育については、介護と比較した場合には、規制改革を通じた供給力の拡大余地はあると思う。しかし、規制改革で解決できる問題は一部であり、大部分は、介護と同様に公的資金の投入が必要である。

安全などの非経済的利益を犠牲にすれば、手っ取り早く需要を作り出す規制緩和策はありえる。2011年3月11日以前には、原子力発電所の安全規制の緩和が議論されていた。規制緩和により、電気料金が下がれば、減税の効果と同様に、新しい需要が創造され、経済成長率の上昇につながることが期待された。しかし、大震災に伴う福島原発の事故の発生とともに、規制緩和は完全に夢の世界と
なった。今後の原子力政策は、大幅な規制強化とコスト増加を伴う原発の再稼動か、原発の全面廃止しかありえない。こうした安全などの非経済的利益を犠牲にすることなく、大きな需要を創造できる規制緩和策は無いと思う。

需要創造型の規制改革があるとすれば、規制緩和ではなく、新たな規制の創設の方が重要であろう。新産業が生まれようれようとしても、そうした部門を健全に発展させるためには、新しい規制、制度を整える必要がある。必要な改革は、規制緩和ではなく、規制の創設の方である。古い規制の廃止だけでは不十分な分野は多いと思う。規制の無い新しい市場において、法律違反では無いという理由で、企業経営者が好き勝手な行動をとり続ければ、健全な市場として発展できなくなる。新しい分野については、古い規制を廃止すると同時に、新しい規制がうまく機能し、市場の健全な発展につながることができるような規制の大系を作り出すことが必要である。この新しい規制大系というのは、インフラの一種である。iPS細胞を活用する治療の推進にしろ、燃料電池自動車の拡大普及にしろ、規制というインフラなしには産業として成長していくことは不可能である。

こうした考え方に立つ場合、規制改革は、何時の時期においても必要とされるものである。景気が悪くなった時に、景気対策として行われるような種類の政策ではない。また、規制改革の中には、目先の景気を悪化させるような改革も多い。規制改革が、競争原理をうまく利用して、資源配分を最適化し、生産性の上昇を目的とする場合が多いためである。古い規制が残り、結果として競争らしい競争が行われなくなっている分野において、規制改革により新規の参入者が現れるとする。この場合、競争の激化により、非効率な企業が高い確率で市場から追い出されるので、倒産や失業が発生しやすくなる。規制改革の目的が、非効率な企業を市場から撤退させることを目的とするのであるから、当然の結末である。しかし、長い目で見れば、経済全体の生産性が向上し、経済成長率の底上げにつながる。規制改革は、短期的に見れば景気対策とは正反対のデフレ不況促進政策につながりやすい。ただでさえ倒産や失業が増えているデフレ不況期に、競争を激化させる規制改革を行うことは、タイミングとしては好ましくない。こうしたタイプの規制改革の実施は、不況期ではなく、景気回復期の方が望ましい。

だれにも不利益を及ぼさない規制の改革、明らかに不必要で時代遅れの規制の改革は、ある程度の速度で進行するであろう。しかし、多くの人が規制改革が必要だと思っても、規制改革がなかなか進まない分野がある。規制改革が進まない理由はいくつかあるが、その一つに、規制改革によって不利益を被る既得権益団体が、強い政治力を持っている場合がある。政治力の強い既得権益団体は、自己の主張に社会的意義があると主張し、それを大義名分として、規制改革に反対する。この場合でも、以前ならば、ある程度の改革を進めることが可能であったと思う。規制改革の見返りに、補助金などの名目で、反対派にカネをばら撒き、黙らせるというやり方は、様々な政治問題の解決手法として、過去においては頻繁に行われてきた。しかし、現在、同じような手法で規制改革ができるような財政状態ではない。因果関係としては、規制改革の推進→経済成長の実現、だけではなく、経済成長率の低下→規制改革の停滞、という面にも注目すべきである。従って、規制改革を進めるためには、名目成長率をプラスに維持し、税収を増やし、その一部を規制改革によって不利益を受ける人たちにばら撒くという手法も必要であると思う。こうした手法は古い手法であり、現在は、大規模に実施する余力も無いが、規制改革を実施に移す現実的手法として、ある程度は頼らざるをえない手法であると思う。デフレが進行し、名目経済成長率が低下し、財政赤字が膨らみ続ける環境下においては、政治力のある既得権益団体の圧力をはねのけて規制改革を進めることが、より困難になるという構造的な要因があることを理解すべきであろう。

安倍政権が、規制改革会議を立ち上げ、規制改革への取り組みを強化すること自体は正しい。何時の時点においても、規制改革というものは、経済成長率の引き上げために必要な政策である。規制改革とは、手間隙のかかる地道な作業の積み上げでもある。政治力の強い反対勢力が存在する場合には、ある程度のばら撒きも必要であろう。規制改革の中には、実施のタイミングが、不況期よりも、景気回復期の方が望ましいものも存在する。規制改革は、基本的に景気対策とは、次元の異なる政策であると考えるべきである。デフレを克服し、景気を回復させ、名目成長率をプラスに維持し、税収が増えてくれば、その時こそが、痛みの伴う困難な規制改革を実現できるチャンスになると考える。デフレ不況下で、あたかも魔法の杖か打ち出の小槌であるかのように繰り返し主張される「規制緩和という景気対策」のスローガンには意味が無いのである。

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