パナソニック大赤字の真の原因

前回、リーマン・ショック後、海外からの資本流入により円高が進行し、昨年の大震災の頃から、原発停止要因を除いても、貿易収支、すなわち輸出企業の売上高が、年間約10兆円減少したことを示した。輸出企業の売上高が10兆円も減少したならば、輸出企業の何割かは企業収益が悪化し、中には倒産する企業も出てくるはずである。では、どのような企業が大赤字や倒産に追い込まれるのであろうか。それは、リカードの比較生産費説によって前もって決められている。

日本の輸出産業は、主要な柱が三本あり、輸送機械、一般機械、電気機械の順に輸出金額が多い。韓国の場合は、電気機械が最大で、次いで輸送機械の輸出が多い。台湾は電気機械の輸出がずば抜けて多く、中国も電気機械の輸出が一番多い。こうした環境下で円高が進行して、日本の輸出企業の売り上げに減少圧力がかかると、リカードの比較生産費説により、日本国内で最初に競争力を失う産業は、比較劣位の産業である電気機械産業と事前に決まっているのだ。

例えば、10年前ならば、パナソニックなどの日本の電気機械産業の製品は、韓国、台湾、中国の企業の製品と比べて、一部の製品を除けば競争力は勝っていたはずだ。しかし、当時のパナソニックは、輸送機械のトヨタ、一般機械のファナックといった他の日本国内の輸出企業よりも圧倒的に競争力が高いとは言い切れなかった。この時点で、次に円高が起こった場合、パナソニックなどの電気機械産業が苦境に陥ることは既に運命付けられていたのである。アジア3ヶ国では、電気機械産業がそれぞれの国内で最も競争力が強い産業である。そこで円高が発生して日本製品の競争力が全体的に低下した場合、何が起こるか。アジア3ヶ国の電気機械の輸出製品が、日本においても、世界においても、日本企業の輸出製品より価格が低下して、競争力が高まるのである。アジア3ヶ国では電気機械の輸出金額が増加し、その分、日本の電気機械の輸出金額が減少する。さらには、アジア3ヶ国の電気機械の日本国内に対する輸出までも増えるのである。日本の電気機械産業は、輸出が減るだけではなく、日本国内の市場にまで、アジア3ヶ国からの輸入品があふれてしまう。その結果、日本の電気機械産業の何割かは、負け組みとなり、赤字に陥らざるをえなくなるのである。一方、輸送機械産業や一般機械産業の場合は、円高でトヨタやファナックの輸出競争力が下がり、アジア3ヶ国の輸送機械産業、一般機械産業の競争力が上昇しても、トヨタやファナックの競争力との格差が従来より多少縮まる程度でしかない。従って、輸送機械や一般機械の貿易金額の変化は、電気機械の貿易金額の変化より小さいものにしかならない。日本の貿易統計を見ると、リーマンショック以降、輸送機械や一般機械も電気機械と同様に輸出金額を大幅に減らしている。しかし、輸出-輸入の収支を見ると、電気機械産業の収支の減少率が一番大きい。円高による打撃を一番大きく受けたのは、やはり電気機械産業であった。

パナソニックの場合、韓国サムスンの薄型テレビ、台湾TSMCのLSI、台湾系中国企業のフォックスコンの携帯電話を始めとする多様な電気製品などの、アジア3ヶ国の強力なライバル企業と常にぶつかるので、為替レートに変化がなくても、優位を保ち続けることは容易ではない。しかし、これは、日本国内で比較劣位にある企業の宿命であるのだ。そこに、リーマンショックが起こり、円の価値が急激に上昇した。その直後はリストラで何とか乗り切れたが、前回説明した円高の累積効果により、昨年の大震災の頃からアジア3ヶ国のライバル企業に対して、海外においても国内においても、競争に勝てなくなってしまった。パナソニックの製品は、売上高が減少し、工場は止まり、止まった工場の減損処理や、会計上の繰り延べ税金資産の取り崩し等で、決算は2年連続で大赤字になってしまった。

パナソニックがトヨタやファナックよりも圧倒的に競争力が高ければ、円高が進行する間、トヨタやファナックが先に倒産し、円高は止まり、パナソニックなどの電気機械産業は生き残ることができたのである。しかし、パナソニックは、トヨタやファナックよりも競争力が圧倒的に高くはなかった。その結果として、アジア3ヶ国のライバル企業との競争に負けてしまったのである。

同じ電気機械産業の中でも、企業ごとに得意分野が異なり、アジア3ヶ国の企業の得意分野と重ならない製品を持つ企業は、それほど傷つかなかった。パナソニックと似たデジタル家電、電子機器を得意としているシャープは、パナソニックと全く同じ理由で大赤字になっている。日立、東芝、三菱電機は、アジア3ヶ国の企業が比較的弱い重電、インフラ、産業機械などの部門も保有しているので、デジタル家電や電子機器部門を何割か切り捨てることによって、収益を改善させることが可能であった。ソニーもかなり傷付いたが、金融、音楽、映画などに多角化しており、社内の資源を製造からサービスへと移すことにより、パナソニック、シャープよりは、多少は傷口が小さく済んだ。しかし、パナソニック、シャープの扱う製品の大部分は、アジア3ヶ国の企業の強い部門と競合し、逃げ場所がほとんどなかった。その結果、大赤字に陥らざるをえないのである。

もう一つ重要な例として、エルピーダを上げることができる。大手電機2社から分社化し、個性の強い坂本社長の元に団結し、DRAMという一種類の製品に水平分業する形に特化していた。国内は一社独占で、他の業界の様に、多くの日本企業同士での国内競争で体力を減らす必要もなかった。DRAMという製品は日本だけで使われるガラパゴス製品ではなく、グローバルに利用される製品であった。また、その技術力も、韓国サムスンとほぼ同等であり、韓国ハイニックス、米国マイクロン、台湾の弱小DRAMメーカーを上回っていた。エルピーダは、現在の日本の通説的見解からすれば、日本企業の中で、最も優れた企業であってもおかしくないはずの企業であった。だが、そのエルピーダは倒産した。理由は、唯一の製品であるDRAMが韓国最強のサムスンとまともに競合していたからである。しかし、エルピーダが敗北した本当の相手は、トヨタであり、ファナックなのである。エルピーダがトヨタやファナックよりも競争力が高ければ、円高が進行する間、トヨタやファナックが先に倒産し、円高は止まり、エルピーダは生き残ることができたのである。

パナソニック、シャープ、エルピーダの3社は、なぜ失敗したのか。国民世論からは、経営陣が無能であるからだというレッテルを貼られている。証券アナリストも様々な分析をしているが、サムスンなどのオ-ナー企業より経営者の能力が劣っていたとか、コモディティ化した製品を作っていたからとか、尼崎のプラズマTV、堺の大型LCDの工場に対する設備投資が過大であったとか、パナソニックが三洋電機を買収したことが間違いだったとか、安易に技術者をリストラしてアジアのライバル企業への技術移転になってしまったとか等々を、倒産や大赤字の原因としてあげる人が多い。私もこうした原因と重なる内容を前回書いたのであるが、それは、原因として書いたのではなく、輸出企業の競争力が低下していく途中経過として記したのである。

業界の中で一社だけの経営が傾いた場合、経営陣の能力に原因がある場合が多い。例えば、1990年年代後半に、日産は経営が傾き、1999年にルノーの支援を受けた。この時、自動車業界で経営危機に陥ったのは、日産だけであった。従って、日産の経営危機の大部分は、日産の経営陣に問題があったのである。そうした誤った経営を、カルロス・ゴーンが改めることにより、日産は復活したのであった。現在の電気機械大手の経営危機は、業界の中で類似した業種の全ての企業の収益が同時に悪化しているのである。これは、企業経営の問題ではなく、業界を取り巻く経営環境に問題があったと考えるべきである。

私は、パナソニック、シャープ、エルピーダの経営陣には、ある種の結果責任はあるとは思うが、倒産や大赤字になった本質的な部分についての責任は無いと考えている。日本、韓国、台湾、中国の産業構造を比較すると、パナソニック、シャープ、エルピーダといった企業は、日本国内において最も比較劣位に位置している大企業だと考えるからだ。従って、円高が進行すれば、この3社の経営が傾くことは、事前に運命付けられていたのである。電気機械産業の経営陣の能力が劣っていたとすれば、それは、輸送機械産業や一般機械産業の経営陣との比較で劣っていたからである。そうであるならば、歴代のパナソニックの社長が、歴代のトヨタの社長や、あるいは歴代の三菱自動車、マツダ、富士重工の社長より劣っていたことになるはずだが、そのようには思えない。2000年代に、三菱自動車は、リコール隠しなどで経営危機に陥り、ダイムラーにも見捨てられた。しかし、三菱グループ3社が、倒産のコストが存続のコストより高すぎるという理由で、やむなく三菱自動車の支援を続けた結果、現在も生き残っているのである。その三菱自動車ですら、現在は経営危機に陥っていない。従って、パナソニック、シャープ、エルピーダの経営陣の能力が足りなかったから、会社が傾いたわけではないのである。この3社の経営陣は、実際に多くの判断ミスをしたということが既に報道されている。しかし、比較劣位に無い企業では、経営陣の判断ミスで、一時的な収益の悪化くらいは起こると思うが、大赤字や倒産にまで至ることは、ほとんどないのである。パナソニック、シャープ、エルピーダの場合は、たとえ、経営者の判断ミスが無かったとしても、いずれは大赤字や倒産に至るのである。

パナソニック、シャープ、エルピーダが傾いた本当の責任は、会社側にあるのではなく、そうした経営環境を作り出した政府・日銀の側にある。中でも特に大きな政府・日銀の判断ミスは、リーマンショック時の急激な円高を容認したことである。中国人民銀行はリーマンショックの少し前から、人民元高誘導政策を停止し、ドル・人民元の為替レートを固定レート制に戻している。また、リーマンショック直後からしばらくの期間、アメリカはドル安を大変恐れていたのである。仮に、金融危機が原因でドルの価値が暴落すると、アメリカはドルが基軸通貨であるという特権を失う可能性があったからだ。そのため2008年10月8日にFRBのバーナンキ議長は、先進諸国に協調利下げを持ちかけ、実際に先進諸国は協調利下げを実施した。協調に加わらなかったいくつかの発展途上国も、直後に利下げに踏み切った。ところが、日銀だけが、利下げに加わらなかった。この結果が、外国の投資家、投機家たちに、日銀は金融緩和に熱心でない=円高進行という予想を植え付け、既に上昇していた円相場のさらなる上昇を誘う大きな要因となった。2008年10月31日のコールレート0.2%引き下げは、下げ幅も小さく、時期も遅すぎた。また、2009年2月22日に、ヒラリー・クリントン国務長官が、中国政府に米国債の購入を継続することを要請したことが報道されている(*1)。同盟国の日本ではなく、中国に米国債の購入を要請したのは、円安が起こると、ビッグ・スリー救済の障害になると考えたからであろう。リーマンショック直後から数ヶ月間、アメリカはドル安を非常に恐れていたのである。日本はアメリカ政府の許可なしにドル買い介入はできない、という不文律が当時も存在していたのだが、この時には、円安誘導はともかく、円高阻止のためのドル買い介入を日本の財務省が実施することに対して、アメリカ政府は反対できなかったはずである。しかし、円高が進行する間、財務省は、介入実施に動く気配は全く見せなかった。政府・日銀のこうした無策こそが、パナソニック、シャープが大赤字を出し、エルピーダが倒産した最大の原因である。パナソニック、シャープ、エルピーダの経営陣は、従業員、株主も含めて、政府・日銀の不作為という行動の結果の、被害者であるのだ。


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現在の景気後退の原因

現在の日本の景気は、間違いなく景気後退の方向に向かっている。そして、その主因は、輸出マイナス輸入で定義される純輸出の減少にある。このことは、下記に示した、日本の実質GDPと純輸出のグラフを見ると、理解できる。

日本の実質GDPと純輸出

今年の7-9月期の実質GDPはマイナス成長に転じたが、純輸出はもっと早くからマイナスに転じている。 純輸出は昨年の大震災後の2011年7-9月期に二番天井を付け、その時から始まった純輸出の減少が、今年の7-9月期に内需にも波及し、7-9月期の実質GDP成長率を-0.9%まで引き下げた。

では、何故、純輸出が減少したのか。普通は、ユーロ圏の経済混乱や中国経済の不振により、輸出が伸び悩み、原子力発電所の停止により、燃料の輸入が増加したため、と説明されることが多い。私の考えは、こうした見解とは異なる。

まず、輸出の伸び悩みの原因である。ユーロ圏は、昨年の10-12月期から今年の7-9月期まで4四半期続けてマイナス成長を続けている。しかし、4四半期のマイナス成長率の合計は、-0.6%にすぎない。一方、日本は今年の7-9月期の成長率だけで、-0.9%であり、日本の経済成長率の落ち込み幅があまりにも大きすぎる。中国経済は、昨年年間の+9.2%の成長から、今年の7-9月期の+7.4%の成長まで、成長率が若干低下しただけである。また、日本のユーロ圏と中国への輸出金額は、減少し続けているが、ユーロ圏も中国も、輸入全体の金額は増加し続けているのである。そして、輸出全体の金額が増加していない数少ない国が、日本であるのだ。それを示すグラフを下記に掲載する。


日本、韓国、中国、台湾の輸出指数

日本周辺にあり、輸出のライバルとも呼べる東アジア4ヶ国の輸出動向を見ると、リーマンショック時には、4ヶ国の輸出はいずれも急減している。しかし、その時期を除けば、日本以外の3ヶ国の輸出はほぼ継続して増加し続けている。日本だけが、リーマンショックで輸出が大きく落ち込み、1年ほど緩やかに回復した後、輸出はほぼ横ばいの状況が続いている。

次に、輸入も関係する貿易収支の4ヶ国比較のグラフを下記に示す。


日本、韓国、中国、台湾の輸出指数

いずれも季節調整前の数字であるので、月ごとの季節性を考慮する必要がある。貿易収支は、日本の場合は正月のある1月に一番悪化し、中国の場合は旧正月のある2月に一番悪化する。貿易収支においても、中国は季節性を除けば、常に高水準の貿易黒字を維持し続けている。韓国、台湾は、リーマンショック前後の一時期に短期間貿易赤字に転落したが、その後は、リーマンショック前の貿易黒字を維持している。日本だけが、リーマンショック前後の時期に、貿易収支が赤字に転落し、その後黒字に戻ったものの、大震災以降は、貿易赤字が定着してしまっている。このように、貿易収支が黒字から赤字に転落したのは、東アジア4ヶ国の中で日本だけである。

ユーロ圏を中心とする世界経済の悪化の影響は日本だけではなく、他の3ヶ国も同様に受けているはずである。日本だけが大震災以降、原発が停止に追い込まれ、燃料の輸入金額が増加したが、その金額は月平均で2500億円、30億ドル強といったところである。大震災以前と以後の日本の貿易収支の悪化金額は、月平均で1兆円強、130億ドル前後の金額である。月平均で約8000億円、100億ドルの貿易収支の悪化は、原発要因でもなく、世界経済悪化要因でもない、日本独自の要因である。その独自要因とは、「円高」である。4ヶ国の実質実効為替レートを下記に示す。


日本、韓国、中国、台湾の実質実効為替レート

リーマンショックの際に、円は大幅に上昇した。中国はリーマンショックの少し前から人民元の切り上げ政策を止め、2年強の期間、対米ドルでの固定レート制に戻した。従って、この期間、人民元が小幅ながらも上昇している原因は、ユーロなどのドルと円以外の多くの通貨が下落したためである。韓国の場合は、1997年のアジア通貨危機の再燃が噂され、超ウォン安となり、韓国銀行はドル売りウォン買い介入によりウォンの暴落を防いだ。しかし、危機が終わるとスムージングオペレーションという名目で大規模なドル買いウォン売り介入を実施し、外貨準備を大幅に増やし、ウォンの上昇反発速度を緩めることに成功した。なお、上記の2006年1月-2012年9月の期間の実質実効為替レートの上昇率を比べた場合、中国人民元は+24%、日本円は+9%、台湾ドルは-12%、韓国ウォンは-22%と、値上がり幅が一番大きい通貨は人民元である。しかし、より長期の期間をとれば、人民元は日本円よりはるかに大きく値下がりしているのである。(*1)に長期の人民元レート、(*2)に購買力平価から見た人民元レートの長期間のグラフを掲載しているので、そちらの方を参照していただきたい。

昨年は、外貨準備以外の公的機関が日本の債券を大量に買い越すことにより、円高が進行した。このことは、既に(*3)で詳しく説明した。リーマンショックから現在に至るまでの国際収支の動向を調べてみると、外貨準備以外の公的機関による日本債券の大量買いに加えて、「その他投資収支」部門において、投機性が高いと思われる資金が大量に流入し、円高を引き起こしている。このあたりの国際収支の構造は、非常に重要であるが、同時に非常に複雑でもあるので、後日改めて詳述させていただく。

リーマンショック後の日本という時間と場所を限った場合、外国からの資本の大量流入→円高→経常収支、貿易収支の減少、という因果関係で貿易収支の悪化が発生したのである。現在の為替レートが続く限り、貿易収支のさらなる悪化が続く可能性は高いと思う。

円高の直接的影響は、リーマンショック直後の貿易収支の悪化という形で現れた。そして、円高の累積的影響が、ちょうど大震災の頃から貿易収支のさらなる悪化という形で発生しているのである。円高の累積的影響とは、例えば、リーマンショック直後には、日本の輸出製造業は大規模なリストラを行い、様々なコスト削減策をとってきた。その中には、人員の削減、研究開発投資の削減、設備投資の削減などのコスト削減策が含まれていたはずである。このようなコスト削減策をとると、一時的には利益は黒字化する。しかし、中長期的に見ると、研究開発投資の削減は、販売商品の魅力低下につながる。設備投資の削減は、生産量の減少につながって、規模における収穫逓増の利益を失ってしまったり、設備の老朽化に伴う生産性の上昇率の低下などの悪影響が起こりうる。そして、輸出製造業をリストラされたエンジニアたちが、アジアのライバル企業に転職し、日本企業の技術がアジアのライバル企業に流出してしまったという事実が最近よく指摘される。また、リーマンショック直前に決定された果敢な設備投資が、予想外の円高というコスト高のため、赤字生産を余儀なくされた。実際、赤字生産が続いたので、その設備はやがて破棄されて減損処理を強いられ、後の大赤字の原因となる。一方、リーマンショック時に通貨価値の急騰という環境の変化が無かったアジアのライバル企業は、売上高や利益の減少幅が相対的に小さかったため、日本企業のような厳しいリストラは行われなかった。それどころか、長期の成長戦略に基づいて、研究開発力を強化し、必要な設備投資も実施した。日本企業から流出した技術者を受け入れ、技術力も一層向上させた。こうして、日本の一部の輸出製造業の商品は以前より魅力を失い、生産コストもアジアのライバル企業よりも割高になってしまった。アジアのライバル企業を上回っていた技術的優位性も失われてしまった。それでもなお円高は続いた。こうした円高の累積的影響が、たまたま、大震災の直後あたりから、売上高減少=「輸出の伸び悩みと輸入の増加」という形で顕在化し始めたのである。それは同時に、貿易収支の年間10兆円の悪化でもあった。それがさらに進み、今年になってから、いくつかの輸出製造業の決算の大幅な悪化や倒産という段階にまで達してしまったのである。

(*4)で既に指摘したことの繰り返しになるが、2011年の購買力平価で見た為替レートは、日本円に対して、台湾ドルは60%安、中国人民元は51%安、韓国ウォンは46%安と、円だけが極端に高く評価されている。日本も為替介入によって円高進行の阻止を実施してきたが、台湾、中国、韓国は、対GDP比で日本を大幅に上回る大規模な為替介入を実施し、自国通貨の価値を安く維持してきた。そのため、生活水準が上昇すると同時に為替レートが上昇するというバラッサ=サミュエルソン効果が発生しなかった。円高の累積的影響という負の効果は、リーマンショックよりも前から存在していたが、リーマンショック時に跳ね上がり、今もなお現在進行形の形で進みつつあるのである。

従来の円高の最大のデメリットは、日本の生産性の高い製造業、成長性の著しい製造業を、産業の空洞化という形で海外に移転させてしまうことであった。これは、日本の潜在成長率の大幅な引き下げにつながる。日銀の白川総裁は、日本経済が潜在成長率を引き上げなければ、デフレから脱却することは不可能だと繰り返し発言している。私は、潜在成長率を引き上げることは供給力の拡充であり、インフレ要因ではなく、デフレ要因であると考えているが、それでも潜在成長率の引き上げは必要なのである。白川総裁が言うように、構造改革による潜在成長率の引き上げは必要だが、より効果があり必要とされる政策は、円安誘導による潜在成長率の引き上げである。

現在の日本で起こっている現象は、より深刻な現象である。円高による潜在成長率の引き下げだけではない。貿易収支の大幅な悪化、日本の一部の輸出製造業の売上高の大幅な減少、企業収益の大幅な悪化、さらには倒産という形で、円高が、潜在成長率だけではなく、現実の経済成長率をも引き下げ始めているのだ。現在起こりつつある景気後退を引き起こしている直接の原因は、純輸出の減少であるが、その大元にある原因は、円高である。(*3)で説明したように、日銀が量的緩和を大幅に強化して、円安誘導を実施することが、最も必要な景気対策であるはずだ。


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2013年の金融政策 多額だが不十分な量的緩和

2012年10月30日の日銀金融政策決定会合で、資産買入等の基金の金額を2013年末に91兆円まで拡大することが決定された。2012年末の資産買入等の基金の金額は、65兆円で従来と変わらずであった。そして、2011年末の資産買入等の基金の金額は、42兆円であった。この数値から計算すると、資産買入等の基金は、2012年には23兆円の増加であり、2013年には26兆円の増加である。ここでは、2012年のマネタリーベースの増加額は、23兆円より少なく、2013年のマネタリーベースの増加額も、多分26兆円にはならないことを説明する。

10月4日、5日の金融政策決定会合の要旨でも示されているが、2013年に、資産買入等の基金が増加し、その結果、少しでもマネタリーベースが増加するのであれば、それだけでも量的緩和の強化になるといえる。この事実を金融政策決定会合の要旨では、ストック効果と呼んでいる。

それでは、2012年、2013年のマネタリーベースの増加にあたるフロー効果というのは、どれくらいの金額なのであろうか。金融政策決定会合で決定される金額は、資産買入等の基金の金額だけであり、マネタリーベースの増加額ではない。まずは、2012年のマネタリーベースの予想増加金額を算出してみる。

前回、2012年12月の季節調整後のマネタリーベース平残の金額は、2012年10月の平残である127.9兆円と同等かそれを上回ると金額になると予想した。これを、2012年12月の季節調整前の末残で計算すると、138兆円(プラスマイナス3兆円)くらいだと予想できる。一方、2011年のマネタリーベース末残は、125兆円であった。そこから、2012年のマネタリーベースは13兆円前後の増加であると計算できる。一方、2012年の資産買入等の基金の増加額は、23兆円である。この金額の差はどこから来るのであろうか。

2012年12月のマネタリーベースの細かな内訳の数字はわからない。しかし、2012年10月以前のマネタリーベースの細かな内訳の数字は既に公表されている。そこで、日銀HPの時系列データの中にある「マネタリーベースと日本銀行の取引」の2012年10月の数値を使って、2011年10月末ー2012年10月末の間で、資産買入等の基金の増加金額とマネタリーベースの増加金額が乖離する理由を説明する。


マネタリーベス増加額の内訳2012年10月

上記の表は、2012年10月末までの過去1年間のマネタリーベースの増加額とそれに相当する資産サイドの双方の数値を示した表である。(a)に記入されている通り、この期間に資産買入等の基金は23兆円増加している。(b)の長期国債は、毎年21.6兆円購入している長期国債の金額である。より正しく説明すると、日銀は、2012年10月末までの1年間に、長期国債を21兆9125億円購入し、償還等により18兆8535億円残高を減らし、その差が3兆590億円であった。(c)、(e)、(f)、(g)は、日銀と銀行との取引であるが、金額自体が小さいので、今までは無視してきた。(d)は日銀と外国の中央銀行との取引の数字であり、(h)、(l)は、日銀と政府の間の取引である。中でも金額の大きい(l)の対政府長期国債売現先というのは、政府の2つの特別会計による余剰資金の運用手段であり、特別会計の買現先、日銀の売現先という形式をとって、日銀が一時的に政府からの運用資金を預かるものである。こうした日銀と外国の中央銀行、日銀と政府との取引は、事前の把握は不可能で、事後に公表された数値しかわからない。(j)の国庫短期証券は、短期国債のことである。以前は日銀が買いオペの手段として頻繁に利用してきたが、2011年7月以降は、短期国債の買いオペは行われていない。2012年10月末時点で保有している短期国債のかなりの部分は、長期国債の償還からの乗り換え分である。これは、日銀保有の長期国債に償還があると、その多くは、期間1年の短期国債に乗り換えられ、1年後に償還するという約束が、政府と日銀の間に出来ているためである。1年間の乗り換えで保有される短期国債の金額は、毎年予算が組まれる時に決定されるが、その金額は、2011年度は11.8兆円、2012年度は16.7兆円である。2012年10月末の短期国債の前年比マイナス0.6兆円は、1年前には、買いオペで購入した短期国債を保有していたのに対し、現在はそうした国債はすべて償還されたことが影響していると思われる。 (k)の共通担保資金供給というのは、私が、「縛りの無い貸出金」と勝手に名付けている貸出金である。正式名称は、「金利入札方式・共通担保資金供給オペレーション」である。これも少し前までは非常に頻繁に利用されていたが、2012年7月以降は全く利用されていない。1年前に残高が5兆円存在していたが、直近の残高はゼロであり、2012年10月末においては、前年比マイナス5兆円となっている。

以上のような資金変動の結果、マネタリーベースは、2012年10月末までの1年間に15兆円増加し、うち、(n)の日本銀行券発行高が2兆円、(o)の貨幣流通高が170億円増加したため、(m)の日銀当座預金の増加は、13兆円となった。

資産買入等の基金は、2012年10月末までの1年間に23兆円増加したが、マネタリーベースは、15兆円しか増えなかった。縛りのない貸出金が1年間に5兆円回収されたことと、対政府長期国債売現先という形で、日銀が一時的に政府からの預かり金を5.7兆円増やしたことが主因である。ただし、縛りのない貸出金の回収は、日銀が意図的に減らした結果であるが、対政府長期国債売現先がマイナス5.7兆円になったのは、2012年10月末までの1年間の期間を取ってみると、たまたまマイナス幅が大きかっただけだと考えるべきである。従って、マネタリーベースが23兆円まで増加しなかった最大の原因は、縛りのない貸出金の5兆円の回収である。2011年度に、資産買入等の基金の増額を発表しながら、資産買入等の基金の枠外で縛りの無い貸出金を大量に回収した結果が、2012年にもマネタリーベースの伸び悩みという形で影響を及ぼしている。

では、資産買入等の基金の増加額が26兆円である2013年のマネタリーベースの増加額はどれくらいになるのであろうか。正確な数値は予想不可能であるが、ある程度の範囲内で予想可能な領域が存在する。

従来、月次の市中資金の過不足を予想し、そこから2ヶ月先までのマネタリーベースの残高を予想してきた。しかし、この方法は来年の資金過不足の予想には使えない。理由は、資金過不足の中の大部分を占める財政等要因というのは、来年度の予算が成立しなければ、算出できないからである。さらに、たとえ予算が成立しても、補正予算の実施などにより、予算と決算は必ず異なるので、予想値と実現値は大きく乖離してしまうからである。

もう一つの予想方法は、2011年10月末ー2012年10月末の分で示したように、「マネタリーベースと日本銀行の取引」の数値からマネタリーベースの予想増加額を算出する方法である。そのために、下記のような表を作成する。


マネタリーベース増加額の内訳

まず、2011年10月末ー2012年10月末の表と全く同じ様式で、2012年末ー2013年末のマネタリーベース増加額の内訳の表を準備する。次に、負債サイドのうち、(n)の日本銀行券発行高は、大体、年間の増加率は2.3%前後で安定的に増加しているので、2013年末まで年率2.3%で増加すると想定し、1兆9764億円と入力する。(o)の貨幣流通高は、年間の増加率は0.1%前後で安定的に増加しているので、2013年末まで年率0.1%で増加すると想定し、46億円と入力する。(m)の日銀当座預金は、最初は空白にする。次は、資産サイドである。まず、(a)の資産買入等の基金に26兆円と入力する。次は、縛りの無い貸出金、すなわち、(k)の共通担保資金供給である。これはほぼ間違いなく0であるので、0と入力する。次は、(b)の長期国債である。2012年10月末は前年比3.1兆円の増加であり、2013年の増加額は3.1兆円以下だと思うが、それ以上は予想できない。ここは保守的に見積もって、増加額は0と入力する。次は、(j)の国庫短期証券である。先に記したように、2012年度の長期国債から1年物の短期国債への乗り換え金額は、16.7兆円である。2013年度はそれ以上の金額になる可能性が高い。しかし、保守的に見積もって、2013年度の短期国債乗り換え金額は16.7兆円であり、2014年3月末の日銀保有の短期国債の残高も16.7兆円と想定する。さらにまた、短期国債の保有金額は2012年10月末の13.9兆円から、2014年3月末に16.7兆円にまでほぼ一直線で2.8兆円増加すると仮定する。そうすると、2013年の短期国債の増加額は、少なくとも2兆円であるので、2兆円と記入する。(c)の貸出支援資金供給は、予想不可能であるので、保守的に考えて0と入力する。(l)の対政府長期国債売現先の変動額は、長期の平均をとれば、0に近いのであるが、2013年末時点の数値は予想不可能である。2012年10月末までの過去1年間に最も大きく減少したのは、2012年10月末のマイナス5兆7239億円である。ここも保守的に予想して、マイナス6兆円と記入する。(d)、(e)、(f)、(g)、(h)、(i)は、予想不可能の数値であるが、絶対値が小さいので、全て0と入力する。このような方式で予想すると、2013年のマネタリーベースの残高は22兆円の増加、日銀当座預金は20兆円の増加となる。

(c)の貸出支援基金を、日銀は無制限に増やす計画である。仮にこの制度がうまく機能すれば、貸出支援資金供給は大幅なプラスとなるので、0という予想は、予想しうる最小の数値である。(l)の対政府長期国債売現先の金額は、予想不可能だが、マイナス6兆円から数兆円増加する可能性は大いに存在し、数兆円減少する可能性はほんの少ししか存在しない。(b)、(j)も少な目の予想値である。(d)、(e)、(f)、(g)、(h)、(i)は変動があったとしても小さな変動しかありえない。従って、2013年のマネタリーベースの22兆円増加というのは、予想しうる数値の中で、下限値に近い予想値である。そのため、「2013年のマネタリーベースの増加額は、少なくとも22兆円であり、26兆円を超える可能性も十分ある」、と表現したい。

こうした試算により、2012年の資産買入等の基金の増加額は23兆円であるが、マネタリーベースの増加額は13兆円になりそうである。2013年の資産買入等の基金の増加額は、今のところ26兆円の増加を予定しているが、マネタリーベースの増加額は、少なくとも22兆円であり、26兆円を超える可能性も十分ある。

このように、2012年と比較した2013年の金融政策は、資産買入等の基金の増加額の変化が示す数値以上に、マネタリーベースの増加する金額は多い。前回示した通り、私は、上記の政策で、2014年度ないしは15年度に中長期的な物価安定の目途である前年比1%の消費者物価上昇率を実現することは不可能だと考えている。米英の量的緩和の実績や、現在の日本経済の構造や景気動向を考慮すると、量的緩和の効果は極めて小さく、依然として金額不足と考えるからである。それでも、現在、予定されている2013年の日銀の金融政策は、過去の日銀が実施してきた量的緩和を大幅に上回る多額の量的緩和になるということは、頭に入れておく必要がある。2012年の量的緩和の金額は、23兆円ではなく、13兆円であり、2013年の量的緩和の金額は26兆円ではなく、少なくとも22兆円であり、26兆円を超える可能性も十分あるのである。その上で、効果が現れる量的緩和の金額を考える必要がある。

最後に、来年から開始される貸出支援基金について触れてみたい。日銀は、貸出支援基金の有力なターゲットとして、ヘッジファンドのキャリートレード向けを考えていることが報道されている。金利0.1%プラスアルファという条件は、スイスフランなどの通貨に劣るが、期間が最長4年というのは、ヘッジファンドにとって魅力的な条件であると思う。貸出支援基金がヘッジファンドのキャリートレード向けに使われたならば、来年は円安になり、景気や物価に確実にプラスの影響を与えることになる。ただ、そうして引き起こされた円安は、不安定なものである。何らかの理由で円高期待が市場に戻ってきたならば、ヘッジファンドのキャリートレードのポジションは一気に巻き戻され、再び現在と同水準の円高に戻ってしまう可能性がある。その時、日銀はどのような対策を採るのか。円高に戻らない対策を練った上で、貸出支援基金のターゲットとして、ヘッジファンドのキャリートレード向けを含めるのであれば、すばらしい政策になると思う。しかし、キャリー巻き戻し時の円高対策が無いのであれば、疑問が付く政策になると考える。私には、キャリー巻き戻し時の円高対策が思いつかない。現時点では、私が(*1)で提案したように、最終的には日本の投資家の対外投資が継続的に増加するまで、強力な量的緩和を長期間実施することを柱にし、場合によっては、財務省の円売り外貨買い介入を補完的に実施する政策の方が、より安定度の高い円安を実現することができると考えている。

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