株式市場のヒステリシス

ヒステリシスとは、日本語では履歴効果と訳されている。元々は物理学の用語である。過去の実績の集積が、現在の状態に対して粘着性をもって影響する状態を意味する。この言葉を1940年代からサミュエルソンらが経済学の用語として使い始めたという説もある。しかし、広まったのは、オリビエ・ブランシャールとローレンス・サマーズが1980年代のヨーロッパ諸国の高失業率の定着の原因を説明するために、ヒステリシスという言葉を使い始めてからである。一旦、高失業が社会に定着してしまうと、容易には失業率が下がらなくなることがありうる。例えば、労働者が、一旦、解雇されてしまって、長い間、失業状態にあった場合、それまで蓄積してきた技能を失い、再び元の職業に戻ろうとしても、元の職業に戻って働くことができなくなる可能性がある。こうした労働力全体の劣化現象が起こると、完全雇用失業率まで失業率は下がらず、長期にわたって高い失業率が続いてしまうかもしれない。1980年代のヨーロッパ諸国では、インフレ率の水準にかかわりなく、高失業率が定着する傾向が見られた。ブランシャールとサマーズは、この現象を「ヒステリシス」と名づけた。

一方、1980年代初頭のアメリカは、オイルショックに端を発するスタグフレーションと、インフレ退治を最優先に掲げた当時のボルカーFRB議長の金融政策により、金利は大幅に上昇し、失業率も高まった。しかし、高金利政策によるインフレ抑制が成功すると、金利は低下に向かい、失業率も顕著に低下したのであった。

ところが、現在のアメリカは、失業率の低下スピードが鈍く、長期失業者や、職探しをあきらめた人たちの数も増加している。そのため、ヒステリシスという現象が、現在のアメリカでも発生しているのではないかと指摘する経済学者が現れ始めている。今年5月、FRBのバーナンキ議長は、現在は、ヒステリシスは発生していないと述べている。しかし、将来は、長期の構造的失業の問題が発生する恐れがある、という内容の発言をしたと何度か伝えられている。

ヒステリシスという現象は、経済を観察すると、失業率以外の至る所に、似た現象が発生している。私が日本における経済現象で、最もヒステリスにぴったりの状況が発生していると考えるのが、日本の株式市場である。


株券の投資部門別売買状況と日経平均の変化

上記の表は、1990年以降の株の投資部門別売買状況を示した表である。東証の発表する数値は13部門に分かれているが、その内、主要な部門である8部門を取り出して示した。1990年-2012年の売買を合計すると、買い方は、外国人69.3兆円、信託銀行9.6兆円、投信0.2兆円、売り方は、個人34.3兆円、自己16兆円、保険12.8兆円、事業法人8兆円、銀行4.4兆円となっている。この中で、個人の売り越しが34.3兆円と金額が大きいのは、個人投資家は、取引所外で、新規公開、増資、売り出しという形で多額の株を買っているので、取引所での売買はどうしても多額の売り越しになってしまう。新規公開等の分を除けば、売り越し金額は大幅に減少するはずである。自己、すなわち証券会社の自己勘定部門が16兆円の売り越しになっているのは、1990年代には、自己が転換社債、ワラントを買い付け、それを株に転換し、取引所で売却していたからである。2000年代になると、内外の機関投資家の大口の売りを、自己が取引所外取引で一旦買い取り、その分を取引所で売却していたからである。そうした売買を除けば、自己の売り越し金額は、長期ではゼロ近辺になるはずだ。このような実状を考慮すると、前回、株式分布状況調査のグラフ(*1)で示した結果とほぼ同じ結果となる。すなわち、バブル崩壊後の日本株の買いの主体は、外国人、信託銀行であり、売りの主体は、保険、事業法人、銀行である。

ここで注目してもらいたいのは、外国人投資家の売買である。誤差を除けば、外国人投資家の買い越し金額=日本人投資家の売り越し金額、となるはずである。1990年以降の外国人投資家の買い越し金額=日本人投資家の売り越し金額は、69.3兆円と、巨大な金額になっている。次に、上記の表の一番右側に、日経平均株価の前年比の変化が掲載されている。ここで、日経平均株価が上昇した年には、必ず外国人投資家が買い越していることがわかる。日経平均株価が下落した年には、外国人投資家は買い越し、売り越しの両方がある。つまり、株価が上昇した年は、必ず、外国人投資家の買い越し=日本人投資家の売り越しとなるのだ。株価が上昇する場合、年間で見れば、必ず外国人投資家の買い越しによってその上昇は主導されている。そして、株価が上昇する場合、年間で見れば、必ず日本人投資家は売り越しになって、株価上昇の抑制要因となっているのであった。1989年以前には、日本人投資家の買い越し=外国人投資家の売り越しで株価が上昇することはあった。しかし、株価が1989年末に史上最高値を付け、バブル崩壊が始まる1990年以降は、日本人投資家は、株価が上昇する局面では必ず売り越すようになった。日経平均株価は、1989年末の38,915円から、1992年末の16,924円へと、わずか3年間で21,991円もの値幅の大暴落が起こり、日本人投資家は皆、株で大損をしたのである。その後は、外国人投資家の買い越しで株価が上昇しても、日本人投資家が売り越しになるので、しばらくして株価は下落に転じてしまう。そうしたサイクルが繰り返されると、ますます日本人投資家は株価の上昇局面では売り越すこととなった。現在では、日本人投資家の間では、株価の右肩上がりの上昇は無い、という予想が強固に根付いてしまっているので、実際に株価が少し上昇すると、必ず売り越すという行動に出てくる。その結果、株価は本当に上がらなくなってしまったのである。2012年3月末時点において、外国人投資家の日本株保有比率は、26.3%で、残りの73.7%は、依然として日本人投資家が保有している。73.7%を保有する日本人投資家が、株価が上昇に転じると、必ず売り越しになるのである。これは、日本の株価の長期上昇が困難になるという意味において、明らかにヒステリシスが発生している。

(*2)で、日銀が量的緩和を強化した場合、株価が上昇することを示したが、その時も、外国人投資家の買い越し=日本人投資家の売り越しの中で株価が上昇することを記した。外国人投資家が日本株を買い越す中で株価が上昇すると、円高要因になり、日本の対外純資産も減少してしまう。従って、より望ましい姿は、日本人投資家の買い越しにより株価が上昇することである。しかし、すぐに日本人投資家が、株価の上昇局面で買い越して、日本の株価が上昇するように誘導する政策は、存在しない。一旦、ヒステリシスが発生してしまうと、そこから新たな政策を発動しても、抜け出すことは、困難になる。従って、本来なら、ヒステリシスの発生を前もって予想し、ヒステリシスが発生しないように早めに政策対応を実施することが必要なのである。残念ながら日本では、早めの政策対応どころか、現在ですら、日本の株式市場にヒステリシスが発生している事実が認識されていない。

ヒステリシスから脱却するためには、日銀が量的緩和を強化して、外国人投資家の買いが主導し、株価が上昇することが、まず必要である。その後、株価が下がる局面はもう来ないと、多くの日本人投資家が確信を持つようになってから、初めて日本人投資家は株価上昇局面でも買い越すようになるはずだ。そのためには、日銀による量的緩和の強化によって株価が上昇しても、量的緩和を緩めることなく継続強化することが必要である。大規模かつ長期の量的緩和が実施されて、初めて、日本人投資家は株価上昇の局面でも株を買い越すようになり、ヒステリシスから解放されることになる。大規模かつ長期の量的緩和が実施されると、普通なら、日本の株価上昇がバブル化することが問題になる。ヒステリシスの状態では、日本の株価上昇が容易にバブル化しないことが問題になるのである。日本人投資家が買い越しとなり、継続的な株価上昇局面が始まった時には、金融を引き締めて、株価を引き下げる政策を実施してはならない。ヒステリシスの再現をもたらしてしまうからである。代わりに、株に対するキャピタルゲイン課税の強化のような形で、株価の上昇速度を抑制する政策を採る必要がある。

日銀は、インフレ率が低くてもバブルは発生すると、過去において何度もバブルの再燃に対する警戒感を示してきた。バブルの発生を恐れるのではなく、現状がバブルとは正反対の現象である、日本の株価が上がらないというヒステリシスの現象が発生している事実を、まず認識すべきである。その上で、ヒステリシスから抜け出すためには、大規模かつ長期の量的緩和が必要であることを、日銀が理解することが必要なのである。

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外国人投資家の日本株買い 負の効果

日本の株価は、1989年末を頂点にして、その後ずっと下落トレンドが続いている。日本の株価の下落の期間は非常に長く、値幅も大きい。以前、直近のアメリカ、イギリスの株価動向との比較をしたが、バブル崩壊前後の日本株の方が、圧倒的に、期間は長く、下落幅も大きかった(*1)。1929年世界大恐慌前後のアメリカの株価動向と比較してみても、下落幅は小さかったが、下落期間は日本の方が長かった(*2)。そこで今度は、バブル崩壊前後の日本の株価を、直近のギリシャの株価と比較してみた。
日本とギリシャの株価推移
ギリシャの株価は、アメリカの住宅バブルの時よりも、ITバブルの時の方が高かった。日本のTOPIXでは、住宅バブルの時が、ITバブルの時よりも高かった(日経平均株価は、ギリシャと同様にITバブルの時の方が高かった)。今のところ、日本の株価は、ギリシャの株価ほどは大きく下落していない。

日本の株価がギリシャの株価を上回っているとしても、日本の株式市場は、ある意味では、ギリシャの株式市場以上に大きな問題点を抱えている。もし、日本の株式市場が外国人投資家が参加しない閉鎖市場であったならば、日本の株価は、今よりはるかに安くなっていたはずなのである。毎年、東証が発表する株式分布状況調査を使って、そのことを説明する。

投資部門別株式保有比率の推移
上記のグラフの通り、1990年代初頭のバブル崩壊以降、日本株の保有比率を最も増やした投資家は、外国人投資家であった。外国人投資家の日本株保有比率は、1990年3月末の4.2%から2007年3月末の27.8%まで大幅に上昇し、その後は若干低下している。それ以外では日本の信託銀行が株式保有比率を増やしている。中でも増加しているのは、信託銀行の中で、投資信託と年金信託を除いた部門である。その多くは、投資顧問会社を経由した年金資金の買いであると推測される。しかし、それ以外の部門は、軒並み株式保有比率を減らしている。事業法人は、1990年代に、株式保有比率を減らし、1990年代終わり頃から、都銀・地銀、生命保険の株式保有比率が大きく低下している。事業法人、都銀・地銀、生命保険の株式保有比率の低下は、いわゆる、株式持ち合いの解消である。1990年代初頭のバブル崩壊以降の法人の持ち合い解消の売りは、一部は、信託銀行を通した年金資金が受け皿となったが、それ以上に大きな受け皿となったのは、外国人投資家の資金であった。従って、もし、日本の株式市場が、閉鎖的で外国人投資家の参加しないマーケットであったならば、日本の株価はもっと大きく下落していたはずなのである。ギリシャの場合、対外資産負債残高を詳しく見ると、アメリカ住宅バブル崩壊後は、外国人投資家がギリシャの株を小幅ながら売り越している。外国人投資家の日本株の大幅買い越しとギリシャ株の小幅売り越しを考えたならば、両国が閉鎖市場であった場合、どちらの国の株価がより大きく下落していたであろうか。仮定の話なので正確な答えは出せないが、日本株がギリシャ株以上に大きく下落していたことは、可能性としては十分に考えられる。

この間、政府・日銀は、株価下落に対して無策であった訳ではない。政府は、個人投資家に対する株のキャピタルゲイン課税20%を、2003年から税率を10%まで引き下げている。日銀も、2002年-2004年に、銀行保有の株式を、直接、買い取ったり、2010年からは、市場を通して、ETFを購入するなど、様々な株価対策を実施している。しかし、そうした株価対策の効果は、あまり現れていない。私は、株のキャピタルゲイン課税の減税は、株価が右肩上がりになっている状況では、株価引き上げの効果はあると思う。しかし、株価対策が必要になる株価が右肩下がりの状況では、そもそも株の買いで利益が出ることは少ないのであるから、効果はほとんど無いと考える。日銀の銀行保有の株式買い取りや、現在のETF購入は、効果があったと思う。しかし、金額が小さすぎて、株価の下落幅を小さくする効果はあっても、株価を押し上げるほどの効果は無かった。株価を引き上げるためには、もっと大量にETFを買う必要がある。日銀が、ETF購入の予定金額を、現在の国債の購入予定金額に等しい金額へと増やすことができるならば、間違いなくそれが一番効果的な株価政策である。しかし、リスク資産を大量に買えないのであれば、ETFを少しばかり買うよりは、別のリスクの低い資産、すなわち、国債を大量に購入するか、貸し出しを大幅に増やす方が効果が大きいと思う。アメリカやイギリスの量的緩和では、中央銀行は株のようなリスク資産は購入していないが、国債やMBS債などのよりリスクの低い資産を大量購入することにより、株価を上昇へと導いている。少額のETFの買いではなく、大量に国債を購入したり、貸し出しを増やすことの方が良いもう一つの理由は、後で説明するが、量的緩和で生じた資金が、日本株だけではなく、外国株の買いへと回る可能性があるからである。

株価の下落は、個人消費を抑制するなど、負の資産効果を引き起こす。日本の場合、株の持ち合い構造が解消方向に向かっているが、まだ残っている。そのため、設備投資に対しても負の効果があると思う。

一方、外国人投資家の日本株の大量の買いは、それが無かった場合と比較して、為替を円高方向に動かしていたはずである。円高は、日本の製造業の国際競争力の低下を通じて、貿易収支を悪化させ、日本経済に負の影響を与えてきたはずである。

さらにもう一つ、外国人投資家の大量買いの中で値下がりを続けた日本株は、仮に上昇したとしても、素直に喜べない負の効果が存在する。それは、対外純資産が減るという効果である。2011年末の対外資産負債の一部を取り出した表を下に示す。


2011年末の日本の対外資産負債残高

単純化のために、今後の日本の経常収支はゼロで、外国の資産価格も為替レートも変化が無く、外国人投資家と日本人投資家が同じ株式保有比率を保ったままの状態で、日本の株価だけが2倍にまで上昇すると仮定する。その場合、日本の対外負債の株式部門が、66兆円から132兆円へと66兆円だけ増加する。その結果、日本の対外純資産は、253兆円から187兆円へと66兆円減少してしまう。ちなみに、財務省が発表する対外資産負債の負債部門の株の中には、例えば、ルノーが保有する日産自動車株43%分の株などは、株式部門ではなく直接投資部門に計上されている。東証が発表している株式分布状況調査によれば、外国人投資家の日本の上場株の保有金額は、2007年3月にピークの161兆円を記録した後、主として日本の株価の下落により、2012年3月末には、81兆円となっている。これは、日本の上場株だけの株価が現在の2倍になった場合、日本の対外純資産が81兆円減少することを意味する。実際には日本の株価が2倍にまで上昇する時には、日本人投資家が保有する52兆円の外国株式の金額も上昇する可能性が高く、81兆円まで大きく損をすることは考えにくい。

経済のグローバル化の中で、国境を越えた株式、債券、その他様々な資産の国家間の持ち合いとも言える構造は、年々深化している。現在の日本は、自国の株価上昇で損をするという負の構造があることを正確に理解する必要がある。しかし、日本の株価上昇を「外資丸儲け」と嘆くことは正しくない。現在の日本にとって最も賢明な選択肢は、金融の量的緩和を大幅に強化することである。量的緩和をより強化すれば、円高恐怖症に陥っていた日本の投資家の資金が、いずれは海外へ流出し、その一部は外国株への投資となるであろう。外国人投資家の日本株の保有金額以上に、日本人投資家の外国株の保有金額を増やせばよいのである。中長期的に高い成長が見込まれ、株価上昇の期待が持てる企業は、日本国内より、日本国外の方が多いと思う。日本人投資家の資金をそうした外国株へと振り向ける政策を実施すれば良いのである。

バブル崩壊後、日本の株価が下落のトレンドを続けている原因の一つは、政府・日銀による政策対応が、不適切であったことがあげられる。しかし、日本株の大幅下落から生じる負の資産効果は、外国人投資家の日本株の大量購入により、ある程度緩和することができた。しかし、その結果として、対外負債部門に外国人投資家による大量の日本株保有を抱えることになり、日本の株価が上昇すると、対外純資産が減少するという別の負の構造が出来上がった。その負の構造のマイナス分を減らすためにも、日銀が量的緩和を強化し、日本人投資家の外国株保有を促進するという政策が必要なのである。


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アメリカ住宅バブル崩壊終了の確認

2012年9月のアメリカの住宅着工件数と住宅着工許可件数が発表された。

住宅着工件数は87万2000件(前月比+15%、前年同月比+34.8%)、その先行指標である住宅着工許可件数は89万4000件(前月比+11.6%、前年同月比+45.1%)であった。


アメリカの住宅着工件数の推移
住宅着工件数は2009年4月、住宅着工許可件数は、2009年3月に底を打ち、緩やかな回復傾向を示していた。この2012年9月の数字は、回復の速度が速まったことを意味している。FRBは、2012年9月13日にMBS債を毎月400億ドル買い取ることを決定していた。このFRBのQE3は、絶好のタイミングで、住宅市場の回復をより確かなものにする効果があるはずだ。

住宅着工件数が増えれば、住宅価格の上昇も、少し遅れてより明らかなものになる。株価と住宅価格の上昇による資産効果により、アメリカの景気回復はより確かなものになる。住宅着工件数、住宅価格は、方向は上向きだが、水準はまだ低い。水準が上昇するにつれて、景況感は改善し、失業率の低下も確認できるようになる。

財政の崖を乗り越えられる、ユーロ圏に予想外のパニックが起こらない、等の条件が付くが、アメリカ住宅バブル崩壊が完全に終了し、今後は、より着実な景気の回復過程を進むことになるはずだ。




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世界最大の対外債務国アメリカの強さ

以前、世界最大の対外債権国日本の対外純資産が、いかに円高によって傷付いているかを示した(*1)。一方、世界最大の対外債務国は、言うまでもなくアメリカである。アメリカの対外純負債は、2011年末の時点で、4兆0303億ドル(2016年末時点で、8兆1097億ドル)と、文句無く世界ダントツの第一位である。この債務は、基本的には、毎年の経常収支の赤字の累積である。この巨額の対外純負債のため、将来ドルは暴落するのではないか、ドルは世界の基軸通貨の地位から転落するのではないか、等々の心配をする人が多い。ここでは、その心配は半分は正しく、半分は杞憂であることを示す。

まず最初に、アメリカの商務省のHPに掲載されている表を、翻訳が不可能なため、英語のまま示すことにする。


アメリカの対外債務の変化とその要因

巨大で、わけのわからない、英語の表を出してきて、大変恐縮であるが、どうか最後までお付き合いいただきたい。

この表は、アメリカ商務省にある、International Investment Positionで表示されているChanges in selected major components of the international investment position,1989-2011から取ってきた表である。

表の2列目は、その年の年頭のアメリカの対外純負債の金額であり、一番最後の列が、その年の年末の対外純負債の金額である。3列目は、その年の資本収支の金額である。この資本収支は、経常収支とほとんど同じものと考えていただきたい。ただし、アメリカの経常収支は毎年赤字でマイナスであり、資本収支は毎年黒字でプラスなのであるが、この表では資本収支がマイナスで表示されている。4、5、6列目は、アメリカの対外資産負債金額の変動要因が示されている。アメリカの対外資産負債金額は、毎年再評価すると、必ず変動する。その変動要因として、4列目は、価格要因、すなわち資産、負債に含まれている株や債券などの価格が変化した結果、年頭から年末にかけて、純負債金額がどれだけ変化したかを示している。5列目は、為替要因、すなわち外貨建て資産、負債の価格が、為替レートが変化した結果、年頭から年末にかけて、純負債金額がどれだけ変化したかを示している。6列目は、資本収支と、価格・為替の変動以外による純負債金額の変動である、その他要因の金額を示している。7列目は、資本収支と資産負債の変動の3要因を合計した金額であり、この金額は、1年間に変動する対外純負債の金額に等しい。(*1)で示した日本銀行の算出値には、価格要因が無かったので、アメリカ商務省の方が、分析の元になる情報量が多いと言える。

1989年を例にとると、1989年の年頭のアメリカの対外純負債は1675億ドルであった。その年の資本収支は、474億ドル(のマイナス)であり、それに等しい金額がアメリカに流入し、負債増加の一因となった。そして、1年間の株価等の変化により、380億ドルの損失を出し、為替レートの変化により56億ドルの損失を出し、その他要因で、122億ドルの利益を獲得した。資本の流入額に、3つの要因による資産負債金額の再評価額を加えた数値が788億ドルのマイナスである。従って、アメリカの対外純負債は、1989年の年頭から788億ドル増加し、年末には2462億ドルとなった。

表の一番下の部分だけは、アメリカ商務省の数値から1989年-2011年の合計を計算して、私が付け加えたものである。この数値の意味することは、次のようになる。1989年の年頭のアメリカの対外純負債は1675億ドルであった。その後、2011年までの23年間の資本収支は、7兆6684億ドル(のマイナス)であり、それに等しい金額がアメリカに流入し、負債増加の一因となった。そして、23年間の株価等の変化により3454億ドルの利益を獲得し、為替レートの変化により2711億ドルの利益を獲得し、その他要因で、3兆1891億ドルの利益を獲得した。資本の流入額に、3つの要因による資産負債金額の再評価額を加えた数値が3兆8628億ドルのマイナスである。従って、アメリカの対外純負債は、1989年の年頭から3兆8628億ドル増加し、2011年の年末には4兆0303億ドルとなった。

23年間にアメリカは巨額の経常収支の赤字を記録し続け、普通なら、経常収支の赤字の合計分にほぼ等しい7兆6684億ドルだけ、対外純負債が増えているはずなのである。しかし、実際には、そのほぼ半分の金額である3兆8628億ドルしか、対外純負債は増えていない。アメリカが株などの運用で3454億ドル稼ぎ、ドル安の影響で2711億ドルを稼いだ。この2つの要因は理解できる。しかし、その他要因で3兆1891億ドルもの金額を稼いでいる。この中身はいったい何なのであろうか。

先に示したアメリカ商務省のHPの中には、2003年から2011年の間のその他要因を細かく分けて示した表が掲載されている(Changes in position, 2003-2010、及び、Changes in position in 2011)。

非常に読みづらい大きな表であるので、掲載することはやめ、2003年から2011年の9年間のその他要因を分析した結果だけを説明する。

2003年から2011年までの9年間のその他要因の合計金額は、1兆9834億ドルである。その細目は多岐にわたるが、そのうち大きな割合を占めるのは、アメリカのノンバンクが外国人に対して保有する負債が、その他要因で1兆0867億ドル減少している(負債の減少なので、資産の増加となる)。これだけでその他要因の半分強を占めている。では、アメリカのノンバンクが外国人に対して保有し、減少した負債の中身は何なのか。ここからは、私の推測であり、正しいと言う保障は全くない。

その他要因がプラスになる原因として私が考えている内容は、例えば、「中国での不正蓄財は先進国の永住権につながっている」のような内容である。この記事では、2005年の中国だけで、5780億元、ドルに直せば、900億ドル強の資金が、マネーロンダリングと、アメリカを中心とする先進国での永住権と引き換えの形で、海外へと流出していると指摘している。最近、このような内容の記事をよく見かける。流出元は中国が多いが、ロシアの富豪が、資金と共に国外へ逃亡する内容の記事も見たことがある。中国、あるいはロシアの富豪の資産を中心とする世界のアングラマネーが、アメリカの永住権や国籍を求めて、人と共に、アメリカに流出しているのだと推測している。アメリカのノンバンクが外国人に対して保有する負債が、8年間に、その他要因で1兆0867億ドル減少している原因は、人と同時にアングラマネーの流入が存在しているからだと考えている。

私の推測が正しければ、アメリカは毎年多額の経常収支の赤字を垂れ流しているが、それによって生じる負債の何割かは、海外の富豪が資産を抱えてアメリカに移住することによって回収されていることになる。株などの資産運用の成功、ドル安による債務の減少、海外の富豪のアメリカへの移住などの結果、アメリカの対外純負債は、経常収支の赤字の累積増加分の約半分しか増加していない。冒頭で、アメリカが抱える巨額の対外純負債のため、将来ドルは暴落するのではないか、等々の心配は、半分は正しく、半分は杞憂であると記したのは、以上のような理由からである。

直近においても、アメリカの経常収支は、2012年4-6月期で1174億ドルもの赤字を出している。上記のような内容を踏まえたならば、心配すべきアメリカの経常赤字の金額は、この半分くらいの金額であっても良いのだと考える。


追記
統計上は、2012年以降も諸外国からアメリカにアングラマネーが大量に流入し続けているという事実は明らかではない。
一方、中国から海外に資産が流出しているという報道は増えている。
例えば、
「中国人富裕層の違法な資産移転、10年で約260兆円が流出」

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日本における雇用問題

日本は、バブル崩壊後、20年以上、低成長に苦しんでいる。しかし、雇用と失業の問題が政治問題として取り上げられることは、欧米の先進諸国よりは少ない。理由は、下記に示すグラフの通り、日本は、欧米の多くの先進諸国ほど失業率が高くないからだ。
主要先進国の失業率の推移

上記のグラフは、IMFのHPから、IMFが先進国と定義している34ヶ国の内、ヨーロッパの中小国14ヶ国を除いた、20ヶ国のものである。スペインの失業率は大変高い。今年の8月には、25.1%にまで上昇している。それでも、1990年代に、20%超の失業率を経験しているので、ある程度、社会に高失業に対する耐久力が備わっているのかもしれない。次に高いのはEUのリーダー格であるフランス、そしてアメリカが続いている。

アメリカの失業率、雇用というのは、アメリカ国内においても、大変重要視されている。中央銀行もまた、政策目標として、物価の安定だけではなく、雇用の最大化という法的責務を負っている。

しかし、アメリカで注目されており、日本ではほとんど注目されていない指標がある。それは、雇用者数の伸びである。アメリカでは、非農業部門雇用者数の増減数が、毎月最も注目される経済指標である。アメリカでは、自営業者は、自分が自分を雇っていると見なされているので、非農業部門雇用者数は、日本に当てはめると、農業以外の就業者数である。IMFのHPには、農業を含めた雇用者全体数の統計があるので、先進20ヶ国の雇用者数の前年比の増加率を算出し、そのグラフを下記に示す。

主要先進国の雇用者の増加率の推移

IMFの雇用者の定義は、アメリカと同様で、日本の就業者のことである。2011年のIMFによる日本の雇用者の減少率は、マイナス2.27%であった。大元の数値である総務省による労働力調査の就業者の減少率は、マイナス0.14%であった。総務省の方が新しい数値であるが、この年の日本は、大震災のため、計測値にブレが出るのは仕方が無い。しかし、IMFでも総務省でも、どちらの数値を使っても、日本の雇用者数が2008年以降、4年連続で減少していることに違いはない。4年連続で雇用者数が減少しているのは、先進20ヶ国の中で、スペインと日本だけである。日本の雇用者数が減り続ける中で、失業率が上昇していないのは、生産年齢人口が減少しているからである。仮に生産年齢人口が欧米の先進諸国並みに増加していたならば、日本でも欧米の先進諸国並みの高失業という深刻な問題を抱えていたはずなのである。

失業率は低くても、日本でも、格差社会に変わりつつあると感じている人は、多いと思われる。その原因として、所得分配の問題がある。まず、日本の所得が企業と労働者にどのくらいの割合で分配されたかを示す労働分配率を見ることにする。

日本の労働分配率の推移

日本の労働分配率は、1990年代に上昇し、2000年代に入ると、低下している。2000年代の好況期における賃金の減少と企業収益の回復を、労働分配率の低下が原因であるという主張は、エコノミストの中にも、政治家の中にも見られた。この主張は、正しかったと思う。しかし、リーマンショックの影響は、労働分配率の上昇を通して企業サイドがより大きく吸収し、その後の労働分配率は高いとも低いとも言えない。2011年の段階では、企業と労働者の分配において、問題となるほどの大きな格差は生じていない。

そうなると、現在の所得分配の悪影響は、労働者間に見られることになる。労働者間の格差を示す代表的な指標として、正規雇用者と非正規雇用者の割合のグラフを示す。

日本の雇用者に占める正規雇用者、非正規雇用者の比率

見ての通り、調査が始まった1984年以降、正規雇用者の比率は継続的に減少し、非正規雇用者の比率は継続的に増加している。直近では雇用者3人の中の1人は、非正規雇用者になっている。日本の雇用問題は、賃金が安く、身分も不安定な非正規雇用者の増加が、最大の問題である。雇用の量という点では、それほど深刻な問題は発生していないが、雇用の質に注目すると、質の悪化という深刻な問題が生じているわけである。

労働経済学者を中心に、日本の雇用システムを変えることによって、雇用の質の悪化の問題を解決しようとする様々な議論が行われている。議論から離れた私のような立場から見ると、永久に正しい結論が出そうにもない神学論争が続いているようにも見受けられる。

私のような立場では、制度論争は労働経済の専門家にまかせ、経済成長によって労働者全体の賃金水準の底上げを考えることの方が、より重要であると思われる。

2000年代の労働分配率の低下や、アジアの低賃金国家との国際競争を考えれば、日本では労働者の賃金上昇はもう不可能であると考える人もいる。現在の日本の景気は、方向感だけではなく、水準で見ても、良いとは言えない状況にある。そうした状況下にありながら、今年8月の失業率は4.2%であった。おそらく失業率が3%半ばくらいまで低下したならば、人手不足から賃金は上昇に転じざるをえないであろう。前回の好況末期の2008年初頭から、賃金は上昇に転じ始めたのだが、2008年2月をピークにして、アメリカからの不況の風により景気後退が始まり、すぐに賃金は低下に転じてしまった。経済成長さえ続いていれば、賃金が上昇し始めることは間違いない。

アメリカでは、法で定められた趣旨に従って、FRBの議長が、失業率の低下を促すためと称して、量的緩和第三段を開始した。日銀のHPには、雇用に関する分析レポートが何本も掲載されているが、雇用に関する直接的な法的責務は日銀には存在しないので、日銀総裁が雇用について語ることは、ほとんど無い。

私は、財政に余裕があるならば、経済成長を促す財政政策を発動すべきであると考える。しかし、巨額の国家債務を抱えているという現在のような財政状況下では、財政再建という経済成長の抑制につながる政策を、より優先せざるをえないと考える。欧米の先進国は、国家の累積債務は日本ほど大きくなく、インフレ率も日本より高い状況にある国がほとんどである。そうした国でさえ、財政は緊縮的に、金融は緩和的な政策を実施している。デフレ下にある日本においては、金融政策を利用する余地が他国よりもまだ多く残されている。日本でも、より緊縮的な財政とより緩和的な金融という組み合わせが必要である。そうしたポリシーミックスで経済成長率を高めることは、十分可能であると考える。その根拠については、今まで繰り返し書いてきた((*1)(*2)(*3)など)。経済成長が継続すれば、賃金は上昇に向かい、国民の生活水準も底上げされ、同時に、デフレからの脱却も実現しているはずである。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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