マネーストックとGDPの関係

デフレが始まった時期は、消費者物価で見ると、1999年から、GDPデフレーターで見ると、1995年からである。その後、わずかな期間を除いて、消費者物価もGDPデフレーターも、ほぼ継続して前年比マイナスのデフレ状態が継続している。

一方、マネーストックは、デフレに突入してからも、毎年順調に伸びている。その結果、マネーストックのGDPに対する比率、すなわち「マーシャルのK」は、下記のグラフで示すように、1990年代半ば頃から上昇傾向をより強めている。

日本のマネーストックの対GDP比率
1990年代に、マネーストックの中で最も重視されていた指標は、M2であった。M2のマーシャルのKは、バブル末期の1990年12月に一度ピークを打ち、その後やや下落し、1993年2月までは、下落傾向であった。その後再び上昇に転じ、前回のピークを更新したのは、1997年12月であった。それ以降のマーシャルのKは、現金から広義流動性に至るまでのすべての指標で、ほぼ上昇が続いている。日本はずっと以前から、マーシャルのKが上昇傾向を示していたが、デフレに突入する頃から、マーシャルのKは上昇傾向をより強めている。

下記の表の通り、日本のマーシャルのKは、アメリカ、イギリス、ユーロ圏と比較しても相当高い。


マーシャルのK

ちなみに、アメリカの場合、下記のように、マーシャルのKは低いだけではなく、長期的にも比較的安定している。ただ、直近については、リーマンショック発生の頃から、上昇傾向が見られる。
アメリカのマネーストックの対GDP比率
いくつかの国のマーシャルのKの変動を垣間見ただけであるが、世界の国々において、マーシャルのKは長期的にも安定的ではないようだ。アメリカはマーシャルのKが比較的安定的な国であるが、他の国では、マーシャルのKが日本のように増加傾向を示す国の方が多い。この意味において、貨幣の流通速度、すなわちマーシャルのKの逆数が、長期的には安定的であるというマネタリズムの教義は、成立しない国が多いと思う。

日本では、マネーストックのGDPに対する比率、すなわちマーシャルのKの時系列的な上昇と、現在の先進諸国に対する日本のマーシャルのKの水準の高さを、日銀の金融緩和が十分すぎるほど実施されていることの結果であると考えている人が多い。

私は、日本のバブル期以前のマーシャルのKの上昇要因として、過度の金融緩和があったことを否定しない。しかし、日本がデフレ期に入った頃から、マーシャルのKが上昇傾向を強めた原因は、日銀の金融緩和の不足の結果であると考えている。

1990年代初頭のバブル崩壊以降、株、土地などの資産価格は、ほとんど下落し続けている。外貨建て資産に投資しても、円高で損をする。1990年代後半から、資産価格だけではなく、モノの価格も下落し始めた。その結果、資産を現金か預貯金で保有した者だけがデフレで資産を増やし、株、土地、外貨建て資産に投資した多くの投資家は、損失を被った。こうなると、ますます、株、土地、外貨建て資産に対する投資が減少し、株価、地価が下落し、円相場も上昇する。投資家の資産も、さらに、現金・預貯金へとシフトして行かざるをえない。

資産デフレと円高による強烈な不況圧力を緩和するために、政府は巨額の国債を発行し、金融機関に預けられた余剰の預貯金を吸収して、支出に回し、日本経済が本格的なデフレスパイラルに陥るのを防いだ。しかし、そうした政策の結果が、1100兆円もの政府債務が積み上がる一因ともなった。

このような状況を作り出した根本的な原因は、バブル崩壊後、ずっと日銀の金融緩和が不足していたからである。現在、実施しているようなゼロ金利と金融の量的緩和策を20年前に実施していれば、地価も株価も現在より高かったであろうし、円も安くなっていたはずである。モノの価格が前年比マイナスになることもなく、政府が1100兆円もの債務を抱えることもなかったはずだ。その場合、投資家の資産運用の対象は、現金や預貯金よりも、株、土地、外貨建て資産の方に向かっていたはずである。

現在の日本のマネーストックのGDPに対する比率が高い原因は、日銀の金融緩和が十分に実施されたからではない。それとは正反対に、日銀の金融緩和が不十分であったことの結果なのである。

日本のマネーストックのGDPに対する比率、すなわちマーシャルのKが高い原因を、日銀の金融緩和が十分実施された結果であると考えて、金融緩和を止めたり、縮小したりすると大変な結果をもたらす。資産価格もモノの価格もますます下落し、円高は一層進み、本格的なデフレスパイラルに発展する。巨額の財政出動でデフレスパイラルを防ごうとした場合には、財政破綻懸念から金利が急上昇する可能性がある。いずれにしても、日本経済は破綻ともいえる悲惨な状態への道を歩むしかなくなる。

マーシャルのKが上昇した原因を正しく理解すれば、日銀が量的緩和を一層強化することが、最も正しい政策であることが理解できると思う。

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デフレと生産年齢人口の関係

2010年6月に、藻谷浩介氏の著書「デフレの正体」が出版された。この本がベストセラーになり、デフレの真の原因は生産年齢人口の減少であるという、新しい論点が提起された。その後、藻谷浩介氏の見解をめぐって、様々な論争が巻き起こったようである。そして最近になって、日銀が生産年齢人口の減少が物価下落の一因であるとの見解を発表し始めた。

ネット上を見る限り、生産年齢人口の減少と物価に関する議論は、多種多様で、どの意見が多数説であるかわからない。ここでは、日銀が今年の8月31日に発表した「日本の人口動態と中長期的な成長力:事実と論点の整理」の中の「4、物価上昇率に対する影響」に書かれてある内容を批判的に検討する。白川総裁も、今年5月31日に似た内容を講演で話しており、白川総裁の考え方と大きな違いはないと考えられる。

まず、この日銀レポートには、先進国の生産年齢人口の伸び率とGDPデフレーターの伸び率が、正の相関を示すグラフが掲載されている。それと同様のグラフを私も作成してみた。以下、生産年齢人口は、国連人口部、GDPデフレーターとCPIは、IMFのデータを使用した。


先進23ヶ国の生産年齢人口とGDPデフレーター

2000年-2010年における先進23ヶ国の、生産年齢人口の伸び率とGDPデフレーターの伸び率の相関係数は0.617となった。日銀レポートの0.61とほぼ等しい結果である。高いとは言えないものの、中規模の相関があることを示す数値である。

私が最初に疑問に感じたのは、なぜ先進23ヶ国だけが対象であるのか、ということである。後に、日銀レポートに書かれた、生産年齢人口の減少が物価下落の一因となる根拠を紹介するが、その根拠は先進国だけの特有の現象ではなく、途上国も含めた世界中のどの国でも同様に起こりうる現象であるからだ。

そこで、2000年-2010年における世界173ヶ国の、生産年齢人口の伸び率とGDPデフレーターの伸び率の相関はどうなっているのかを調べた。


世界165ヶ国の生産年齢人口とGDPデフレーター

世界173ヶ国のデータのうち、8ヶ国は上記のグラフに入りきれない数値を示したので、グラフ上のデータは世界165ヶ国のデータである。173ヶ国の相関係数を見ると、0.06である。グラフを一目見ればわかるように、世界の国々の生産年齢人口の伸び率とGDPデフレーターの伸び率の間には、ほとんど相関は無いのである。

次に疑問を感じたのは、物価指数の代表になぜGDPデフレーターを使うのか、という点である。日銀は、通常は、物価指数の代表として、CPIを使う。日本の物価は、工業製品などの輸出品価格の下落は以前から続いていたが、21世紀に入って、エネルギー等の輸入品価格が上昇する傾向が強まった。その結果、以前に比べて、GDPデフレーターはCPIよりも下落幅が大きくなった。日銀は下落幅の大きいGDPデフレーターを物価指数の代表とすることは適切ではないとして、もっぱらCPIを使用してきた。

それが、今回のレポートでは、GDPデフレーターが物価指数の代表として使用されていた。そこで、先進23ヶ国の生産年齢人口の伸び率とCPIの伸び率の相関を調べ、次に、生産年齢人口が減少しておりCPIも下落している日本と、生産年齢人口が減少しているがCPIは少し値上がりしているドイツを除いてグラフ化してみた。

先進21ヶ国の生産年齢人口とCPI

相関係数は0.125。ほとんど無相関と言ってよい。日銀が示した先進23ヶ国の生産年齢人口の伸び率とGDPデフレーターの伸び率が中規模の相関を示していた原因は、日本とドイツに原因があり、特に日本において、大幅な生産年齢人口の減少と物価の下落が見られたからである。さらに、その物価の下落幅をCPIよりも大きく見せるGDPデフレーターを使用していたため、相関係数がさらに高まったのである。言い換えれば、日本とドイツ以外の先進諸国では、生産年齢人口と物価の間に相関はほとんど無いのである。

次に、生産年齢人口の減少と物価の下落が同時に発生する根拠について、日銀の考え方を見てみる。先に紹介した「日本の人口動態と中長期的な成長力」の中では、次のように記されている。

「わが国では少子高齢化が、 予想を上回り続けるかたちで急激に進展した 。そうした中で、企業や家計の中長期的な成長期待が次第に下振れるに連れて、将来起こる供給力の弱まりを先取りする形で需要が伸び悩み、物価が下押しされてきたと考えられる。」

藻谷浩介氏の著書では、デフレの原因として、需要の減少のみを取り上げて、供給サイドについては何も述べておらず、批判を受けた。日銀の場合は、供給の減少にも言及している。企業や家計が将来の供給力の減少を予想して、それを先取りする形で需要をより大きく減少させる、という論理である。これについての反論として、下記のグラフを見ていただきたい。


日本の個人貯蓄率の推移

日本の個人貯蓄率は、勤労者世帯に限っては、1998年まで緩やかに上昇し、その後、緩やかに下落している。もし、勤労者が将来の供給力の弱まりを予想して、消費を手控えたならば、1998年以降も貯蓄率は上昇しているはずである。しかし、実際の貯蓄率は緩やかに減少しており、勤労者は、貯蓄ではなく、消費を増やしていたのである。国民経済計算ベースの貯蓄率は、1981年以降ほぼ一貫して下落している。これは、退職した高齢者たちが、貯蓄を取り崩して消費を活発に行っていることの影響が大きい。個人が将来の供給力の減少を先取りして、消費を手控えるなどと言う現象は全く発生していないのである。むしろ供給力の減少ほど消費は減少しておらず、この面からは、生産年齢人口の減少は、デフレ要因ではなく、インフレ要因である。

また、企業の設備投資は、個人消費以上に伸び悩んでいる。しかし、個人消費の伸び率が、設備投資の伸び率を上回り、かつ技術進歩がなければ、普通の経済では、デフレではなく、インフレになっているであろう。

生産年齢人口の減少と物価の下落が同時に発生する根拠について、日銀が二番目に上げている部分を下記に引用する。

「少子高齢化が進む下では、消費者の嗜好が高齢者のニーズを反映していくかたちで変化していくと考えられる。こうした嗜好の変化に対して、供給者である企業側が十分に対応できていない結果、新たな需要の創出が停滞すると同時に、既存の財やサービスにおいては、供給超過が生じやすい状況となってきたとみられる。このような状況が、コスト・カット等による価格切り下げを誘発し、物価を下押す要因の一つとなってきた可能性がある。」

この根拠も、事実に適合するとは思えない。例えば衣類を例に挙げるならば、衣類のCPIは1998年以降下落基調が続いている。しかし、子供向け衣類だけが供給超過で価格が下がり続けているわけでないはずだ。高齢者向けの衣類も同様に値下がりしているはずだ。実際に起こっていることは、需要の減少している子供向け衣類も、需要が拡大している高齢者向け衣類も同時並行で値下がりしているはずである。新商品の発売の時とか、リーマンショックなどの想定外の経済の急変動が起こった時、企業は需要を見誤ることが多い。人口や、人口構成の変化による需要の変化は、非常に緩やかな変化であり、同時に予想が最も簡単な変化である。少子高齢化=生産年齢人口の減少が、供給超過を引き起こすことはほとんど無いと考える。

生産年齢人口の減少は、物価上昇と無相関と実証されている。しかし論理的には、生産年齢人口の減少はデフレではなくインフレを引き起こすことに結びつくはずである。

最後に生産年齢人口の減少と、金融政策の効果の関係について触れたいと思う。藻谷浩介氏は、生産年齢人口が減少する社会では、金融政策の効果はなくなると主張し、批判を受けた。しかし、日銀はそのように考えていないようである。白川総裁が5月に生産年齢人口の減少が物価下落の一因になると講演した後、9月に金融緩和の強化を発表している。ただ残念なのは、本当に生産年齢人口の減少が物価下落の一因になると考えているのならば、生産年齢人口が増加している国よりも、強力な金融緩和を実施しないと、効果が上がらないはずである。しかし、前回、前々回に示したように、生産年齢人口が増加し続けているアメリカ、イギリスよりも、日銀の金融緩和の方が規模が小さい。従来は、生産年齢人口の減少が物価下落の一因とは考えておらず、最近になって、生産年齢人口の減少が物価下落の一因であると考え方が変わったのであれば、従来以上の強力な金融緩和を実施してもらいたいものである。

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アメリカの量的緩和政策

(注:この記事は、アメリカの量的緩和政策のうち、QE1、QE2についての解説です。QE3を中心とした解説は、「アメリカQE1,QE2、QE3の効果」という記事に書かれています。)

FRBは、量的緩和政策を、3度にわたって実施している。バーナンキ議長は、「信用緩和」、「大規模資産購入」という言葉の方がより正しいと考えているようだ。ここでは、一般的な使用法に従い、QE(量的緩和)という言葉を使う。

まず、QEの期間にFRBの総資産とその内訳が、どのように変化したかを示す。


FRBの資産内訳

QE1は、2008年11月に開始され、2010年3月までに、1兆7250億ドルの資産購入を実施した。購入資産の内訳は、不動産担保証券(MBS)1兆2500億ドル、政府機関債1750億ドル、国債3000億ドルである。しかし、この期間のFRBの総資産は、2000億ドル前後の増加にとどまった。2008年9月15日のリーマン・ブラザーズの倒産により、金融機関同士の資金貸借市場が凍りついてしまったので、FRBが代わりに資金不足の金融機関に巨額の資金を貸し付けた。危機が治まり、市場の機能が回復するにつれて、FRBは貸し付けた資金の回収を行った。QE1の期間は、資金回収の期間と重なっているため、FRBの総資産の増加額は限定された金額となった。

QE2は、2010年11月に開始され、2011年の6月までに、6000億ドルの資産を購入した。購入資産はすべて国債である。この時、FRBの総資産は6000億ドル弱増加している。国債の購入金額は、年率に直すと9000億ドル、GDPの6%の水準である。前回示したイギリスのQE2の場合、GDPの11%であった。日本の場合、今年8月末までの1年間の日銀の総資産は、8.5兆円、GDPの1.8%だけ増加している。アメリカのQE2の規模は、日本とイギリスのちょうど中間に位置する。

QEの効果を見るために、主要な経済指標をピックアップして見ることにする。最初に、マネーストック(M2)の前年比増加率の推移を示す。


マネーストックの推移

QE1の期間には、マネーストックの前年比増加率が大きく低下しているが、QE2の期間には、上昇している。QEとマネーストックの変化率の間に相関関係は見られない。

次に、中長期金利の推移を示す。


中長期金利の推移

QEの期間、2年債の金利は若干下落しているが、5年債以上の金利は横ばいか若干の上昇を示している。QEが、金利引き下げという効果をもたらしたとは言えない。

次に、株価と住宅価格の推移を示す。


株価と住宅価格の推移

QEの間、株価は明確に上昇している。また、QEの間、住宅価格は下落しているが、QE1では住宅価格の急落を止め、若干の上昇に転じさせている。QE2でも、住宅の下落速度を緩める効果はあったと思われる。

株価と住宅価格の外にもう一つ効果があったと確認できるものがある。それは、為替レートである。ドルの実効レートとドル・円レートの推移を示す。


為替レートの推移

ドルの実効レートを見ても、ドル・円レートを見ても、QEの期間、ドルの価値は下がり続けている。そしてGDP統計を見ても、QEの期間、純輸出が拡大していたことが認められる(実質GDPの増加に対する純輸出増加の寄与率は、四半期平均で、2008年10月-2011年3月がプラス0.5%、2010年10月-2011年6月がプラス0.6%)。

次に、消費者物価(CPI)の上昇率を示す。


消費者物価上昇率の推移

QE1の期間では、CPI総合は上昇、CPIコアは下落となっている。CPI総合の前年比は2009年7月まで大幅に下落しているが、これは、前年の7月の水準が高かったせいである。CPI総合を指数として見た場合、2008年12月に底を打ち、その後はほぼ継続して上昇している。一方、この期間に、CPIコアは継続して上昇率が低下している。この差は、QE1の影響を受けて、商品価格(CRB指数)が2009年2月に底を打ち、上昇に転じた影響が大きいと思う。

QE2の期間では、CPI総合も、CPIコアも共に上昇率が拡大している。QE2の目的の一つは、CPIコアの上昇率が1%を下回ったため、日本型デフレの状態に突入することを回避することであった。その面では、効果はあったと思う。この期間も商品価格の上昇を受けて、CPI総合の上昇率はかなり高まった。

QEとCPIは、商品価格の上昇を通して、正の相関関係があるようだ。しかし、QEとコアCPIの間には、相関関係は見られない。

最後に、失業率と実質GDP成長率の推移を見ることにする。


失業率と実質GDP成長率の推移

実質GDP成長率は、QE1開始時である2008年10-12月の前期比マイナス2.3%の成長率から、2009年10-12月の前期比プラス1%の成長率と、明確な回復を示した。失業率はQE1開始後も上昇し続けたが、実質GDP成長率がプラス1%まで回復した2009年10月にようやくピークを付け、その後は緩やかな減少傾向を示した。しかし、この時、総額7872億ドルという巨額の財政刺激策の実施が開始されていた。QE1は、実質GDP成長率が高まったり、失業率が下がったりした効果に寄与していたと思うが、財政政策の効果が混じっているため、どれほど大きく寄与していたかは、はっきりわからない。

QE2の期間は、失業率は緩やかに減少しているが、実質GDPの増加は認められない。しかし、この期間、個人消費が大幅に伸びる中、政府が財政再建のために歳出を大幅に減らしている(2010年10月-2011年6月の実質GDPの増加に対する寄与率は、四半期平均で、個人消費がプラス1.9%、政府支出がマイナス0.9%)。株高を原因とする個人消費の拡大は、実現していたのである。

以上を総合すると、QEの直接の効果が認められるのは、株高とドル安である。住宅価格に対しては、下落を食い止める効果は認められるものの、力強く上昇させるほどの効果は認められない。それらの結果として、QEが、実質GDP成長率を高めたり、失業率を引き下げる効果も認められた。そして、商品価格の上昇の影響を受けて、CPI総合の上昇率が高まるという現象が、QEの最大の副作用であろう。

QEという量的緩和政策の効果は、マネタリーベース増加(ここではFRBの総資産の増加とほぼ同義と考えてもらいたい)→マネーストック増加→GDP増加というルートや、マネタリーベース増加→金利低下→GDP増加という、従来考えられていたルートでは発生していない。QE2の期間のFRBへの準備預金の増加の大部分は外国銀行分であるから、QE2に効果があるはずは無い、という考え方があるが、間違った考え方である。GDP増加は、従来ルートと異なったルートで発生しているのである。それは、マネタリーベース増加→株高→消費増加→GDP増加であり、マネタリーベース増加→ドル安→輸出増加→GDP増加というルートである。QEをさらに大規模に実施したら、従来ルートも機能するであろうが、商品価格上昇の副作用を考えると、株高・ドル安ルートだけで十分である。

QE3は、つい先日、2012年9月13日に決定され、MBS債を、毎月、純増ベースで400億ドル買い取るという内容であった。動機は、職探しを諦めてしまった人が多いのにもかかわらず、失業率の絶対水準が高く、失業率低下のペースが鈍いからである。規模としてはQE2の半分強なので、強力な景気刺激策とは言えない。しかし、既にアメリカ経済は緩やかな回復途上にあり、そこにアクセルをより強く踏むだけなので、最初は少なめの金額から始めたのではないか。商品価格の上昇という副作用が大きくならない限り、いくつかのリスク要因が顕在化したならば、MBS債か国債の購入金額を増やしてくるであろう。

問題は、日本である。既に、量的緩和の強化→株高、円安→GDP増加のルートが日本でも成り立つことは、(*1)(*2)で説明した。日本の商品市場は規模が小さく、日本の機関投資家で、商品を資産運用の一部門として運用している投資家は、米英よりはるかに少ない。従って、量的緩和が商品価格の上昇をもたらすという副作用が、日本には存在しない。日本も米英を見習い、1日も早く日銀が量的緩和の強化を実施することを望んで止まない。

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イギリスの量的緩和政策

イングランド銀行は、資産購入プログラムという量的緩和政策を、2度に渡って実施している。量的緩和第一弾ともいうべき資産購入プログラムは、2009年2月に開始され、2010年1月までに、2000億ポンドの資産購入を実施した。量的緩和第二弾ともいうべき資産購入プログラムは、昨年10月に開始され、今年の11月までに量的緩和第一弾と合計で、3750億ポンドの資産を購入する見込みである。

イングランド銀行総資産と資産購入プログラム残高

イギリスの量的緩和の第一の特徴は、資産購入規模の大きさである。量的緩和第一弾は、1年弱の期間に、2000億ポンドの資産を購入している。ただ、この時期は、2008年9月のリーマンショックで凍りついた市場に注入した多額の資金を市場から回収する操作と並行して、資産購入を実施した。そのため、イングランド銀行のネットの総資産の増加額は、810億ポンドにとどまった。量的緩和第二弾は、1年強の期間に1750億ポンドの資産を購入するものである。この1750億ポンドは、イングランド銀行の総資産の増加額とほぼ等しくなる。1年強の期間に、GDP比で11%、日本に当てはめたら、53兆円もの資産を純増ベースで購入するものである。日本の場合、今年8月までの過去1年間の日銀の資産の純増額は、長期国債で19.2兆円、日銀の総資産で8.5兆円にとどまっている。

第二の特徴は、購入する債券の残存期間の長さである。直近において、資産購入プログラム保有資産の99.9%以上が国債で、残りは社債である。今年6月末の時点で、購入時における残存期間が3年以内の債券はゼロ、3-7年の債券が26.4%、7-15年の債券が32.9%、15年以上の債券が40.8%であった。購入時の債券の平均残存期間は10年を大きく上回っていたはずだ。日本では、年間21.6兆円の長期国債の買いオペを実施しているが、購入時の国債の平均残存期間は、2009年度3.9年、2010年度3.8年、2011年度3.3年と圧倒的に短い(日銀HP掲載の資料より)。この他、資産買入等の基金で国債を購入しているが、残存期間1年以上3年以下の国債しか購入していない。

こうした資産購入プログラムは、イギリス経済にどのような影響をもたらしたのか。まず、マネーストックから見ることにする。


イギリスのマネーストックの推移

2012年7月において、M4の34.3%は金融機関が保有し、残りを事業法人と個人が保有している。このうち、金融機関保有分については、金融危機、金融緩和、規制強化などの環境の激変があったため、保有分の変動が非常に大きい。そこで、M4のうち、金融機関保有分以外のM4の動きだけに注目することにする。M4はリーマンショック以前から伸び率が減少傾向を示していたが、量的緩和第一弾が実施中の2009年5月に前年比+1.9%で底を打つ。その後は、ほぼ横ばい状態が続いていたが、量的緩和第二弾の開始直後の2011年11月から直近かけて、伸び率は増加に転じている。こうした動きを見る限り、量的緩和第一弾のために、M4の伸び率低下は食い止められ、量的緩和第二弾のために、M4の伸び率が上昇したと理解できる。量的緩和は、M4の伸び率にプラスの影響を与えたと考えられる。

次に長期金利の動きを見ることにする。


イギリスの長期金利の推移

イギリスの長期金利は、リーマンショックの少し前から横ばいから緩やかな低下傾向を示し、2011年に入って南欧経済の悪化の度合いが強まると、金利の低下速度は速くなっている。量的緩和第一弾の期間は、金利はほぼ横ばいであった。量的緩和第二弾の期間は、金利は下がり続けているが、これは、要因としては南欧経済の悪化の影響の方が大きかったと思う。量的緩和と金利低下の間に大きな相関関係があるとは言い切れない。

次に資産価格である株価と住宅価格の動きを見ることにする。イングランド銀行は、量的緩和が真っ先に資産価格に影響を与えると考えている。


イギリスの株価と住宅価格

株価と住宅価格のボトムは2009年2月。量的緩和第一弾の開始と完全に一致している。量的緩和第一弾は、資産価格を底打ちから反転させ、上昇トレンドを作り出すというイングランド銀行の期待に完全に答える形となった。しかし、量的緩和第二弾の期間については、株価は少し上昇し、住宅価格はわずかだが下落している。量的緩和第二弾は、今のところ、イングランド銀行の期待に答える形になっていない。

次に消費者物価(CPI)の動きを見る。イングランド銀行のインフレターゲットの基準は、CPIであるが、2008年12月以降、付加価値税が下がったり上がったりしているので、間接税を除くCPIだけに注目することにする。なお、イングランド銀行は、量的緩和がまず資産価格を上昇させ、最終的にCPIの上昇を引き起こすと考えている。


イギリスのCPIと間接税を除くCPIの前年比上昇率


量的緩和第一弾、第二弾の時期に、CPIは下がり続けている。ただ、金融緩和がCPIの上昇を引き起こすまでのラグを考えると、量的緩和第一弾開始から1年半経過した2010年8月から2011年9月までCPIがじりじり上昇しているのは、量的緩和第一弾の効果であるかもしれない。

最後に実質GDP成長率を見ることにする。


イギリス実質GDP成長率

リーマンショックで大幅に落ち込んだ実質GDPは、量的緩和第一弾が始まってから、マイナス成長の幅が小さくなり、量的緩和第一弾が実施中の2009年7-9月期から成長率はプラスに転じている。量的緩和第一弾は、実質GDPの引き上げに効果があったと考えられる。しかし、量的緩和第二弾が開始されてから、実質GDPの成長率はずっとマイナスであり、現時点では効果が全く現れていない。

全体として見ると、量的緩和第一弾は、効果を十分に発揮したと言えると思う。もっとも、この時期は、リーマンショックという急激な経済の落ち込みに危機感を抱いた世界の多くの国々の政府が、同時に大規模なケインズ的な財政政策を実施し始めた時期でもある。イギリス政府も同様の政策を採用した。経済成長の伸び率がプラスに転じたのは、こうした財政要因や、落ち込みすぎた反動の影響などが重なったからであると見るべきであろう。それでも、イングランド銀行が最も期待していた資産価格が下落から上昇に転じた理由は、量的緩和第一弾の影響が大きかったと思われる。

なお、量的緩和第二弾は、現時点では効果がごくわずかしか現れていない。南欧経済の不況からの直撃と、財政再建優先という環境下での不況であるが、量的緩和第一弾の時期と違って、景気対策は量的緩和第二弾だけが頼りとされている。もし、近い将来、資産価格が上昇に転じ、経済成長率もプラスに転じたならば、量的緩和の効果が間違いなく存在することの、より明らかな証拠となるであろう。

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