日銀、FRB、ECB、BOEの政策比較

マネタリーベース、バランスシート最新データの使用グラフはこちら

日銀は、欧米の中央銀行、FRB(アメリカ)、ECB(ユーロ圏)、BOE(イギリス)と比較して、量的金融緩和が足りない、としばしば指摘される。それに対して、日銀は、量的金融緩和を十分実施している、と反論している。今回は、どちらの意見が正しいのかを分析する。

日銀と欧米の中央銀行の量的金融緩和を比較する場合、中央銀行のバランスシートの金額を比較する場合と、マネタリーベースの金額を比較する場合がある。バランスシートの金額を使用する人の方が多いが、私は、中央銀行のバランスシートには、量的金融緩和と無関係の項目がかなり含まれていると考える。マネタリーベースの方が、バランスシートより、ベターな指標だと考えるので、マネタリーベースを使用することにする。マネタリーベースのデータは、日銀、セントルイス連銀、ECB、ONSのサイトに掲載された数値を使用し、GDPは、IMFのサイトに掲載された数値を使用した。

まず、量的金融緩和強化派による、日銀の量的金融緩和が、欧米の中央銀行と比較して、あまりにも不足している、という根拠となる、過去5年半のマネタリーベースの増加の速度を示すグラフを下記に示す。

マネタリーベースの推移201206

上記のグラフを見れば、日本は、欧米と比較して、マネタリーベースの増加率が非常に小さいことが理解できる。

次に、日銀が反論として示す、マネタリーベースの対GDP比率の推移を下記に示す。

マネタリーベースの対GDP比率の推移201206

上記のグラフでは、日銀は、ずっと以前から、欧米の中央銀行よりも大規模な量的金融緩和を実施していた、ということが理解できる。では、どちらのグラフが、正しい事実を提供しているのか。

ここで、マネタリーベースの定義を確認する。

マネタリーベース=紙幣(等)+準備預金(等)

(等)という字が入っているのは、厳密には紙幣ではなく、紙幣+硬貨であるのを省略して紙幣(等)と書いている。今後は、紙幣(等)のことを、省略して「紙幣」と記す。準備預金(等)と買いてあるのも、国によって準備預金の定義が、完全に同じではないからである。日本の場合は、準備預金の外に、証券会社や短資会社等の日銀に対する預金も含めて「当座預金」という言葉を使用し、マネタリーベースに含めている。今後は、準備預金(等)のことを、省略して「準備預金」と記す。

次に、マネタリーベースの対GDP比率の推移を、紙幣の対GDP比率の推移と、準備預金の対GDP比率の推移に分けて、下記に示す。


紙幣の対GDP比率の推移201206
準備預金の対GDP比率の推移201206


上の2つのグラフから分かるように、日本は欧米と比較して、紙幣の対GDP比率が常に高く、準備預金の対GDP比率は最も低いことがわかる。

なぜ、日本は、紙幣の対GDP比率が高く、準備預金の対GDP比率が低いのか。その理由を調べるために、日本の長期のマネタリーベース、紙幣、準備預金の対GDP比率を下記に示す。

日本のマネタリーベースの対GDP比率の推移201206


日本の紙幣の対GDP比率が高くなったのは、バブル崩壊後の初期については、金利の引き下げ、すなわち金融緩和の結果、預貯金の利回りも大きく低下したからである。その後は、銀行の信用不安、ペイオフ解禁,デフレの定着の中で、預貯金を保有するより、現金を手元に保有した方がより安全、という意識が、富裕層の中で高まったからだと思われる。銀行の信用不安は、2004年以降、後退したが、デフレの定着の結果、富裕層の現金志向も、同様に、定着してしまったのだと思う。このように考えると、日本の紙幣の対GDP比率が高い理由は、バブル崩壊後しばらくは、金利低下という金融緩和の効果が浸透したことが原因であった。しかし、その後は、量的金融緩和が不十分なために、デフレが定着し、その結果として、紙幣の対GDP比率は、上昇し続けたものと考えられる。現在、紙幣の対GDP比率が高い理由は、量的金融緩和が十分であったからではなく、量的金融緩和が不十分であったことの結果であるのだ。

日本の準備預金の対GDP比率が高まったのは、バブル崩壊から10年ほど経過した後である。1990年代初頭のバブル崩壊の直後には、現在の欧米が実施している量的金融緩和は、日本では全く実施されなかった。その後、ITバブルの崩壊によるデフレ不況対策として、日銀は、2001年に、ゼロ金利と、長期国債の買いオペ金額を増額することにより、量的金融緩和を開始した。日本の準備預金の対GDP比率は、この時期から増加に転じる。しかし、2006年の量的金融緩和の終了と同時に、準備預金の対GDP比率も低下する。そして、リーマンショックに伴う強烈なデフレ不況への対策として、2008年末にコールレートを0.1%にまで引き下げ、量的金融緩和を再開した結果、再び準備預金の対GDP比率は増加に転じ、現在にいたる。しかし、準備預金の対GDP比率で見ると、日本は、欧米と比較して、緩和のスピードが遅い。

以上をまとめると、現在の日本のマネタリーベースの対GDP比率が高い理由は、量的金融緩和が十分であったことの結果ではなく、量的金融緩和が不十分であった結果として、デフレが定着し、富裕層の現金志向が高まったためである。準備預金の対GDP比率は、欧米よりも低く、量的金融緩和が、欧米と比較して不十分であることを示している。日銀がたびたび主張する、マネタリーベースの対GDP比率が欧米よりも高いという事実は、量的金融緩和が十分に行われた結果ではなく、量的金融緩和が不十分であったことの結果である。従って、日銀は、準備預金の金額をより増加させることを目指して、量的金融緩和の強化をはかるべきである。


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金融の量的緩和 過剰な効果が発生するか

金融の量的緩和を強化すると、過剰な効果が発生する、すなわち、ハイパーインフレ、あるいはバブルが発生するという理由で、金融の量的緩和に反対する意見も、結構存在する。

現在の日銀は、中長期的な物価安定の目途を、消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域、当面は1%を目途とする、という方針を決めている。従って、2%を超えるインフレが発生したり、ハイパーインフレ(前回示した、財政破綻を織り込む金利急上昇を原因とするものは除く)になったりする可能性は非常に低い。それにもかかわらず、ハイパーインフレを心配する人が多い理由は、下記の表から推察できる。


生活意識に関するアンケート調査

このように、生活者(全国20才以上の個人4000人を対象)の意識では、過去1年間で物価が上がったと実感している人は、45.8%、下がったと実感している人は、11.3%いる。45.8%の物価が上がったと実感している人の中では、物価上昇が好ましいと考えている人は、2.1%、困ったことと考えている人は、84.6%いる。そして、11.3%の物価が下がったと実感している人の中では、物価下落が好ましいと考えている人は、32.4%、困ったことと考えている人は、30.5%いる。この数値から、生活者全体では、物価上昇を好ましいと考えている人は、4.4%、困ったことと考えている人は、42.4%いる、と計算できる。物価上昇を困ったことと考えている人は、好ましいと考えている人の10倍近くもいる。物価についてのアンケートの質問内容が、現在の様式になったのは、2009年12月からであるが、その時から、調査結果は、大きくは変わっていない。大変乱暴にまとめてしまうと、普通の日本人は、インフレを嫌う人は、非常に多いのに対して、デフレを嫌う人は、非常に少ないのである。このような、普通の日本人の感覚を持った人から見ると、短期金利をほとんどゼロ近くに引き下げ、その上、金融の量的緩和などというものを実施して、デフレ脱却を目指し、インフレを引き起こすような政策は、好ましい政策とは感じられないのであろう。こうした人々にとって、デフレ脱却、リフレ政策というものは、1970年代前半の狂乱インフレを思い出させるような、許されざる政策なのかもしれない。

ただ、金融政策を担う日銀内部の人たちは、国民の多くが、インフレよりデフレを好んでいることを理解してはいるが、デフレは好ましいものではないという点では、かなり一致しているはずだ。金融の量的緩和がハイパーインフレを起こすと主張する人たちの多くは、経済を専門としていない、評論家、政治家などに多いと思われる。

一方、金融の量的緩和がバブルを引き起こす、と考えている人は、日銀の白川総裁を始めとして、経済の専門家と呼ばれる人たちの中にも、かなり多く存在する。消費者物価の上昇率を前年同月比で0%-2%の間に誘導することに成功しても、地価や株価などの資産価格が大きく上昇することを、大変警戒しているようだ。1980年代後半のコールレートは、最低の時ですら、3%を上回っていたが、巨大なバブルが発生した。現在のコールレートは、0.1%を下回っている。現在のような低金利政策を続け、その上、金融の量的緩和を強化したならば、バブルにつながる可能性は、否定できない、と考えているようだ。

しかし、2012年の公示地価は、1991年のバブルのピークから、57.4%下落(公示地価全国全用途平均)しており、いまだに下げ止まっていない。株価も、TOPIXで見れば、1989年12月18日のビーク2884.8から、2012年の6月4日のボトム695.51までに、74.1%下落した後、現在、若干反発した位置にある。何か悪材料が出れば、バブル崩壊後のボトムをさらに下回る可能性も残っている。現在の日本の地価、株価は、消費者物価指数よりも、さらに激しいデフレの最中にある。このような時期に、バブルを心配するのは、全くの杞憂である。地価、株価が、ある程度上昇のトレンドが定着した後になってから、バブルの心配をすべきである。

私は、金融の量的緩和が、バブルを発生させるならば、それは大変好ましいことであると考える。バブルが発生し始めたら、金融政策では無く、財政政策でバブルを抑制すべきである。地価税を復活させ、税率を引き上げたり、範囲を拡大すれば良い。株式譲渡益に対するキャピタルゲイン課税も、どんどん引き上げていけば良い。こうした資産課税の大幅な引き上げにより、バブルが崩壊するほど大きく膨張することを防ぎ、財政再建も同時に容易になる。バブルに対して、誤った政策で対応すれば、バブルが膨張し、崩壊し、その後、とんでもない苦痛を味わうことになる。しかしバブルに対して正しい政策で望めば、バブルは、崩壊するほど膨張することなく、経済成長と税収の大幅増加を可能にしてくれる。日銀がバブルを作り上げ、政府が増税によりバブルを徹底的に押さえ込む政策を採る、このような政策協定を、政府・日銀の間で締結したらどうであろうか。そうすれば、バブル崩壊の責任は、日銀ではなく、政府が全面的に負うことになる。日銀は、バブルの発生を気にすることなく、思い切った金融の量的緩和を実施することが可能となる。その結果、日本経済は成長し、財政再建も容易になると思う。


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金融の量的緩和と金利の変化(その2)

現在の日本は、大変大きな問題に直面している。政府債務の総残高のGDPに対する割合が234%(政府債務の総残高は、日銀の資金循環表の数値を使用)と、世界でダントツの第一位であることだ。現状のような巨額の国債発行が毎年続いた場合、将来の日本の財政は、破綻に陥る可能性が高い。財政破綻など起こらない、という意見も、少数だが存在する。しかし、今回の話は、悲観的なシナリオのリスクについての考察なので、財政楽観派の意見に対する批判は、省略させていただく。

財政破綻といっても、国債の元本や利息の支払いが実施されなくなる可能性は、非常に低い。実際に起こりえそうなシナリオの一つは、

国債の投資家が、将来、国債の元本や利子が、支払われなくなると心配し始める
→国債の投資家が新たに国債を買わなくなり、現在保有する国債を売却し始める
→国債価格が下落、金利が上昇
→さらに進んで、国債価格が暴落、金利が急上昇
→政府が新規発行の国債の利率を大幅に引き上げる
→にもかかわらず、国債が売れなくなる
→政府の手元資金が底を付きかける
→政府が日銀の国債引受が可能になるように法改正を実施
→日銀が国債引受を開始
→インフレ率の急上昇開始
→日銀の国債引受が定着
→ハイパーインフレの発生

このように、市場が財政破綻の可能性を織り込み始めると、金利は、急上昇に転じる。しかし、その時期は、明日なのか、数十年後なのか、あるいは、財政破綻の前に政府が大規模な財政赤字削減策を採ることにより、永久に来ないのか、誰にもわからない。

私は、現在、日銀がより大規模な金融緩和を実施すべきであると考えている。そして、増税、歳出削減と、マイルドなインフレによる、預貯金と確定利付債券の保有者に対するインフレ課税の二本立ての政策により、財政破綻の回避をはかるべきであると考える。増税と歳出削減一本だけでは、大変な不況圧力となり、過去20年間よりも、日本経済を、もっと冷え込ませることになると思う。一方、インフレによる財政再建だけでは、金利上昇による国債の利払い費用の増加等が見込まれるため、ハイパーインフレか、それに近い高率のインフレを引き起こす必要がある。高すぎるインフレは、経済を不安定化させ、経済成長の阻害要因となる。

よって、増税、歳出削減と、マイルドなインフレによる預貯金と確定利付債券の保有者に対するインフレ課税の二本建ての政策が、一番日本経済への打撃が少ない政策の組み合わせであると考える。そもそも、デフレというのは、債務者に対する課税である。現時点において、日本の最大の債務者は、政府であるから、政府に対する課税であり、国民にとっては減税である。ここまで政府債務が膨らんだ要因の一つは、デフレという減税を過去十数年間続け、税収が大きく減少してしまったことにある。マイルドインフレに切り替えると、それだけで一種の増税となる。日本以外の多くの先進諸国のインフレターゲット、インフレゴールが、消費者物価上昇率を、ゼロではなく、2%に置いているのは、経済に悪影響を与えることなく、毎年、少額の増税を実施し、歳入を増やし、財政収支の悪化を防ぐ、という発想が根底にあったと思われる。こうした発想が全く無かったのが、日本である。

しかし、政府債務の総残高のGDPに対する割合が、234%まで膨らんでしまうと、マイルドインフレではなく、ハイパーインフレによる財政再建をはかるのではないかという疑念を、市場に抱かせてしまう可能性がある。なぜなら、政府は、消費税増税以外の財政再建策を、全く示していないからである。そして、消費税5%増税が実現しても、それだけでは、財政再建策としては不十分であることを、政府は認めている。さらに、もし、消費税を、8%か10%に引き上げた後、1997年の消費税増税後のような不況が発生すれば、次の財政再建策が実施されるまで、相当の時間がかかるであろう。加えて、少子高齢化、人口減少等の将来の日本経済に対する不安、政治のだらしなさ、市場心理の不安定さ等を考えると、市場が、ハイパーインフレによる財政破綻の回避しか方法が無いのではないかと、疑念を持つようになっても、おかしくは無い。もし、市場にそうした疑念が渦巻き始めたならば、金利は、急上昇に向かう。つまり、現在の大規模な金融緩和の実施は、将来の金利急上昇を、前倒しで引き起こしてしまうリスクが存在するのである。

こうした原因での金利上昇は、前回述べたフィッシャー効果(*1の第二段落)の発生による金利上昇とは、ロジックに、共通点が多いものの、相違点もある。単なるインフレ期待による金利上昇ではない。財政破綻回避のために、ハイパーインフレが起こるかもしれないという恐怖感が引き起こす、金利の急上昇である。インフレ率が、マイナスか、小幅なプラスであるのに、金利だけが一方的に急上昇することになる。

日本は、1990年代初頭のバブル崩壊直後に、ゼロ金利と大規模な金融緩和を実施していれば、金利上昇など決して起こらなかったと思う。しかし、2012年の時点で、大規模な金融緩和を実施すれば、金利が急上昇するリスクは、残念ながら、ゼロではない。大規模な金融緩和の実施による経済再生が、すでに手遅れの段階に達してしまった可能性が、完全には否定できない。しかし、今ではなく将来に大規模な金融緩和を実施した場合、金利が急上昇する可能性は今よりも確実に高くなるであろう。そして、現在の大規模な金融緩和が金利の急上昇を引き起こすならば、現在の金融政策を維持したままでも、財政破綻やハイパーインフレのリスクを織り込んで、近い将来に金利が急上昇し始める可能性が高い。

従って、私は、金利急上昇のリスクがあることを承知した上で、今すぐ、日銀が大規模な金融緩和を実施すべきと考える。具体的手法については、日銀が、固定金利0.1%、期間10年の貸し出しを大幅に増やすべきである。日銀が、国債購入の金額を増やすよりも、国債の金利が急上昇するリスクを低減する可能性があるからだ。金利が急上昇することなく、インフレが発生すれば、準備預金率と超過準備に対する付利の利率を引き上げることにより、資金回収をし、過度のインフレ率の上昇を防げばよい。可能性は低いが、金利が急上昇し始めたならば、日銀による国債購入、国債引受の実施から、最後はハイパーインフレにたどり着く可能性が高い。現時点では、金利急上昇のリスクは小さい。時間がたてばたつほど、大規模な金融緩和を実施しても、現状維持であっても、金利上昇のリスクは高まるのである。それならば、早めに、小さなリスクを取って、大規模な金融緩和を実施すべきである。


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金融の量的緩和と金利の変化(その1)

金融の量的緩和を強化した場合、長期金利はどのように変化するか。この論点は、金融の量的緩和の効果について論争する場合、必ず議論になる論点である。この論点についての考え方を大きく分けると、大部分は、次の3種類に分けられると思う。
(1)名目金利は上昇し、実質金利は変わらない。
(2)名目金利は上昇するが、実質金利は低下する。
(3)名目金利は低下する。
(1)は、金融政策現状維持派の昔からの主張である。(2)は、金融の量的緩和強化派の多数の意見だと思われる。(3)は、様々な立場の人たちが考えている内容だと思うが、最近、金融政策現状維持派の中で、急速に広まっている考え方だと思う。

(1)の名目金利は上昇し、実質金利は変わらない、という主張は、下記の式を使って説明される。
       名目金利=実質金利+インフレ期待
この式で、日銀が国債の購入を増やすなどの、金融の量的緩和を強化すると、債券の投資家たちは、将来インフレが起こる=債券価値が目減りする、と予想し、債券を買わなくなったり、売却に走ったりするので、発生したインフレ期待に等しい分だけ、名目金利が上昇する、という考え方である。このように、金融緩和が、名目金利の上昇を引き起こし、実質金利は変わらないという現象は、フィッシャー効果と呼ばれている。実質金利が変わらなければ、企業が設備投資を増やすインセンティブにはならない。一方、国債の保有者は、日本の場合、その多くは金融機関であるが、名目金利の上昇=債券価格の下落であるので、金融機関に巨額の債券評価損が発生し、場合によっては、金融危機を引き起こすかもしれない。また、政府も、発行する国債の金利が上昇し、国債の利払い費用が増加するため、財政赤字の問題は、より深刻化する。このように、金融の量的緩和の強化は、金利上昇という大きなマイナスの副作用を引き起こす。従って、現状以上の金融の量的緩和は、実施すべきではない、といった考え方が多数であろう。

(2)の名目金利は上昇するが、実質金利は低下する、という主張は、現在の長期金利の水準は、本来あるべき金利の水準を、上回っている、という認識からスタートする。現在のように、デフレと低成長が長期化した世界では、企業の利潤率も、当然低くなる。そうした世界では、本来あるべき銀行の長期貸出金利や、長期国債の金利は、マイナスであってもおかしくない。しかし、長期金利は、ゼロ以下になれない、という制約があるため、現状の金利水準は、本来ありうべきマイナスの金利ではなく、それより高いプラスの水準になっている、というのである。金融の量的緩和の強化により、インフレ期待が発生し、名目金利に上昇圧力がかかるが、それは、本来ありうべきマイナスの金利に、インフレ期待分だけの上昇圧力がかかる。従って、実際の名目金利も上昇するが、その上昇幅は、インフレ期待の上昇分より小さくなるはずである。金融の量的緩和の強化により、名目金利は、多少上昇するが、その上昇幅は、インフレ期待の上昇分よりも小さいので、実質金利は、低下する。実質金利の低下は、企業の設備投資意欲を刺激する。名目金利の上昇幅は、小さいので、国債を保有する金融機関の債券評価損も、それほど大きくはならない。同時に、政府も金利上昇により、国債の利払い費用は、多少増加するが、インフレが発生してきたら、インフレ分だけ国債価格の実質価値が低下するので、財政再建にも寄与することになる。多少の名目金利の上昇という副作用があっても、実質金利の低下の効果の方が大きいので、金融の量的緩和を強化すべし、といった考え方が多数であろう。

(3)の名目金利は低下する、という主張は、日銀が国債の購入を増やすなどの量的緩和を強化すれば、インフレ期待の上昇のため、投資家が国債を売却し、国債価格が下落に向かうという圧力が発生するが、日銀の国債購入による、国債価格上昇の圧力の方が大きいので、国債価格は上昇し、金利は低下する、と言う考え方である。こうした考え方は、以前から存在していたが、あまり政策論と結びつけて語られることは、少なかった。ところが、最近、金融政策現状維持派の中で、金利の低下は、経済にとって望ましくない、という考え方が急速に広がっている。これは、長期国債の金利が低下すると、銀行の貸出金利も同時に低下する。現在の日本は、銀行の利ザヤが、諸外国と比べて小さいのであるが、金利低下により、今以上に小さくなる。そうすると、銀行は、貸し出しによるリターンが、さらに少なくなるのであるから、リスクのある貸し出しを実施することを、従来以上に避けることになる。これは、貸し渋りの発生である。つまり、金融の量的緩和を強化して金利が低下すると、かえって貸し出しの減少を引き起こしてしまい、経済に悪影響を及ぼすことになる。従って、金融の量的緩和の強化など実施すべきでは無い、という考え方である。こうした考え方は、最近、ロナルド・マッキノンが提唱して以来、急速に広まっている。

私の考え方は、(2)に近い考え方である。リーマンショックの直前の一時期を除いて、十数年間続いた日本のデフレ期待は、相当強い。金融の量的緩和の強化を実施しても、インフレ期待がすぐに高まるとは思えず、名目金利は、横ばいか若干の低下にとどまると思う。しかし、日銀が思い切った量的緩和を続けていけば、何時か必ず、物価は、上昇に向かうはずである。物価が上昇し始めると、実質金利が低下する中で、名目金利が上昇していくと考える。

(3)の考え方で、金融の量的緩和の強化の結果、金利が低下する、という現象は十分起こりえることだと思う。しかし、その先の、金利の低下の結果、銀行の貸し出しが、増えるどころか、減少してしまいかねない、というマッキノンの考え方は、間違っている。これは前回(*1)、銀行学派の考え方を否定した論理と、同じ論理を使って否定することができる。要約すると、日銀の資金供給が、銀行から日銀へのブタ積みとなって、すべて還流するならば、その先、インフレが発生することはありえない。そうすると、日銀が、国家の債務をすべて買い取って、償却することにより、結果として、無税国家が実現してしまう。こうした夢のような現象が、現実に起こることは、ありえない。従って、金融の量的緩和を強化していけば、いずれは、銀行貸し出しの増加とインフレの発生につながるはずなのである。

(1)の金融の量的緩和の結果としての、名目金利上昇、実質金利不変という現象は、発生した事例が、過去において見当たらない。1930年代の日本は、ある種の金融の量的緩和と言える、国債の日銀引き受けという、思い切った金融緩和政策を実施した。この時、金利は低下している。リーマンショック前後のアメリカ、イギリスでは、バブルがピークに達してから、金利をゼロ近くにまで急激に引き下げ、ピークから約1年後には、思い切った金融の量的緩和を開始している。それにもかかわらず、金利は、低下か、横ばいか、若干の上昇のいずれかである。従って、金融の量的緩和の結果としてのフィッシャー効果は、過去の歴史を実証分析した場合、発生した事例が、見つからないのである。フィッシャー効果を全否定するつもりはないが、金融の量的緩和の結果として、フィッシャー効果が発生した事例は、過去に見つからないのだ。日本においても、バブル崩壊直後の1990年台の前半に、金利をゼロ近くまで急激に引き下げ、その直後に思い切った金融の量的緩和を実施していたとする。その場合、長期金利が上昇することは無く、バブル崩壊の悪影響も少なく、景気は回復に向かっていたはずである。デフレに陥ることも無く、地価、株価も本格的な反転、上昇に転じていたはずである。

ただ、現在の日本は、1930年代や1990年代前半の日本、2008年以降のアメリカ、イギリスとは、重要な点で異なっている。それは、政府債務の総残高のGDPに対する割合が234%(政府債務の総残高は、日銀資金循環表の数値を使用)と、世界でダントツの第一位であることだ。この論点については、財政再建の問題と密接に関係した難問であるため、次回に改めて書かせていただくことにする。


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金融の量的緩和に効果は無いのか

現在、金融政策の望ましいあり方についての議論は、百家争鳴である。

大きく分けると、「金融政策現状維持派」と、「金融の量的緩和強化派」に分かれると思う。米英のメディアから聞こえてくる情報では、少なくとも、米英の学者、エコノミストの中では、日銀は「金融の量的緩和の強化」を実施すべきである、という意見が多数を占めると思われる。しかし、現在の日本国内においては、「金融政策現状維持派」が多数を占めると思われる。その論拠も、細かく見れば多岐にわたる。その中で、一番目に付く論拠は、現在ような環境では、金融の量的緩和を強化しても、インフレを引き起こすことは不可能である、という金融政策無効論である。

金融政策無効論は、さらに、「銀行学派」と、「ケインズの流動性の罠の信奉者」の二通りに分けられると思う。

「銀行学派」は、経済学説史的に見れば、300年前の初代フランス銀行総裁ジュン・ローを始祖とする真正手形主義が原点であろう。その内容は、貨幣の総量は、貨幣に対する需要によって決定される、という考え方である。その後、19世紀のイギリスで、反金塊主義→銀行学派という学派を形成し、それに反対する金塊主義→通貨学派との論争が続いた。反金塊主義、銀行学派は、紙幣の過剰な発行は、紙幣が銀行に還流してくるだけであり、インフレを引き起こすことはありえない、と主張した。一方、金塊主義、通貨学派は、紙幣の過剰な発行は、インフレを引き起こす、と主張した。この論争は、最終的には、通貨学派の勝ちで終了したかと思われた。しかし、1960年代のケインジアン=マネタリスト論争、1990年代の岩田=翁論争などの中で、類似した内容の論争が行われ、現在でも完全に決着が付いたわけではないようだ。

2012年の日本においては、短期金利は、ゼロに近く、長期国債の金利も、1%を下回っている。人口も減少に転じ、日本経済の高度成長を望むことはできない。そうした環境では、当然、企業が新規の借り入れを増やして、国内で設備投資を増加させる資金需要など存在しない。個人もまた同様に、住宅ローンを増やして、住宅建設を増やすというような行動をとることも、ありえない。こうした現場を良く知れば、日銀が市場に過大な資金供給を行っても、資金需要が無いわけだから、日銀に資金が還流してくるだけであることがよくわかる。日銀の当座預金へのブタ積みが増えるだけであるのだから、金融の量的緩和に効果などあるはずがない。従って、金融政策によって、デフレ脱却をはかったり、インフレを引き起こそうとしたりすることは、不可能である、といった論拠が多いと思う。4月の始め、日銀のマネタリーベースが、前年比マイナスになったと発表された時、マネタリーベースが増えても、銀行の貸し出しの増加につながるわけではないので、マイナスになったことを問題視する必要は無い、といった新聞の論調を見かけた。そして、6月末頃、日銀の当座預金残高が史上最高を更新した時、当座預金残高の増大が、経済に何の影響も及ぼしていないので、当座預金残高の増大は、金融の量的緩和政策に効果が無いことの証拠である、といったような、金融の量的緩和政策を批判的に論評する新聞記事も見かけた。

しかし、この「銀行学派」の論理に対しては、次のような反論が可能である。もし、金融の量的緩和の効果が、ゼロであると仮定する。そうであるならば、日銀は、政府総債務の約1100兆円(日銀資金循環表ベース)を全部買い取り、さらに、今後発行される国債は、すべて日銀引受にし、そして、日銀は、保有国債をすべて償却してしまえば良い。金融の量的緩和の効果がゼロなのであるから、インフレもバブルも絶対に起こらない。デフレは続くが、巨額の累積財政赤字の問題は、短期間で全面的に解決される。そこから改めて、デフレ脱却の解決策を考えれば良い。そうすると、その次には、税金、社会保険料を全廃し、財源をすべて日銀引受の国債にする、という無税国家を目指せば良い、ということがわかる。歳入は、すべて日銀引受の国債にし、日銀は、引き受けた国債をすぐに全額償却すれば良い。無税国家にするということは、大規模な減税の実施である。これは、景気刺激の財政政策であるから、デフレから抜け出すことが可能になるかもしれない。しかし、それでもまだデフレが続けば、それは、その時になって別の対策を考えれば良いだけである。

このように、金融政策の効果がゼロであるならば、我々は、税金も政府の借金も一切存在しない、夢のような社会をつくることが可能になる。しかし、それは、完全に夢の中の世界だけの話である。金融の量的緩和を進めて行けば、いずれかの時点でインフレが発生し、それでも量的緩和を続行すれば、ハイパー・インフレが発生し、日本経済は、間違いなく大混乱に陥る。銀行学派的な金融政策無効論は、もし正しければ、日本を夢のような社会へと導くことができるのであるが、大変残念なことに、間違った考え方なのである。

なお、この考え方に近いロジックを、1999年に、現FRB議長であるベン・バーナンキが指摘したので、この種の考え方は、「バーナンキの背理法」と一般的に呼ばれている。しかし、私自身、1990年代中頃から、上記のようなロジックを考えており、かつ、その頃、日本の経済学者、エコノミストにも同様なロジックを展開している人は存在したのである。難解な経済理論ではなく、誰でも思い付く、普通のロジックであると思う。

ケインズの流動性選好理論では、金融の量的緩和により、マネーストックを無限に増加させることは可能である。しかし、マネーストックを無限に増加させても、金利をある一定水準以上に引き下げることはできない。ケインズの理論体系では、金利の低下→設備投資の増加→GDPの増加であるから、金利の引き下げがなくては、GDPの増加もありえないことになる。このような状況下では、金融政策ではなく、財政政策を発動して、GDPの増加を目指すべきだ、との結論にいたる。

このケインズの「流動性の罠」の理論は、金融政策によって、GDPを増加させることができない状況を想定している。ケインズの「流動性の罠」の理論は、金融政策とGDPについての理論であり、金融政策とインフレの理論では無いのである。ケインズの物価の理論、すなわち、インフレに関する理論は、非常に複雑である。そして、ケインズは、「流動性の罠」があるから、金融政策でインフレを引き起こすことは不可能である、というようなことは、述べていないのである。従って、「流動性の罠」を根拠にして、金融政策無効論を主張する場合、金融政策によって実質
GDPを増加させることは不可能である、という主張の根拠にはなりえる。しかし、「流動性の罠」を、デフレ脱却、インフレ誘導不可能論の根拠にすることは、間違っている。デフレ脱却、インフレ誘導と、実質GDPの増加は、異なった現象であるから、この2つの現象は、別々に分けて議論しなければならない。それでもなお、ケインズの「流動性の罠」を使って、デフレ脱却は不可能と主張する者がいたとする。そうした理論に対しては、先に、「銀行学派」に対する反論で使った同じ論理を使って撃破すれば良い。ケインズは賢いのである。

以上のように、「金融政策を使って、GDPを増加させることはできない。」という主張に対しては、賛成、反対の議論の余地はありうる。しかし、「金融政策を使って、デフレ脱却やインフレを引き起こしたりすることはできない。」という主張は、明らかに間違っている。

白川総裁を始めとする日銀幹部たちは、銀行学派的な金融政策無効論に近い意見を、しばしば表明している。 しかし、彼等は、「金融の量的緩和を推し進めていけば、ハイパーインフレが起こる。」といった、正反対の意見も、時々述べている。日銀幹部は、単純な金融政策無効論を信奉しているわけではない。彼等の考えていると思われる本当の理論については、後日改めて書かせていただく。


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