為替介入の効果と限界

これまで何回も、超円高がもたらす日本経済への悪影響を、繰り返し書いてきた。

そこで、円安誘導を実現する手段は何か、について説明させていただく。私の意見は、政治的に可能であれば、介入の金額を大幅に拡大し、同時に金融の量的緩和も強化すべきと考える。

介入、特に日本単独の介入は、効果が無い、という意見をよく耳にする。その理由は、外国為替市場の取引金額が、介入金額を大幅に上回っていることを根拠とするものが多い。

円の取引金額については、BISのHPに、2010年4月の1日当たりの平均取引金額が、OTC取引のスポットとフォワードの合計で、4153億ドル、という金額が示されている。確かに、巨額の取引金額である。しかし、私は、この金額の大半は、投機家による超短期から中期の投機的取引と、銀行・ブローカーの超短期の投機的取引とポジション調整の取引であると考える。こうした取引は、短期の為替レートを決定する主因であるが、長期の為替レートのトレンドを形成することはありえない。なぜならば、大量に買ったとしても、次の売りの反対売買が、短い取引では、直後に、長い取引でも、せいぜい数ヶ月後に、必ず出て来るからである。

長期の為替のトレンドを形成する主な要因は、以下の4種類の取引が特に重要であると考える。
(1)経常収支に伴う取引
これは、買いが入った後、次の売りの反対売買が無い取引である。
(2)直接投資に伴う取引
これは、買いが入った場合、次の売りの反対売買が、数年後に出るか、あるいは、半永久的に反対売買が無い取引である。
(3)投信、年金、生保等の機関投資家による対外投資の実需に伴う取引
これは、買いが入った場合、次の売りの反対売買が、数ヶ月後から、数十年後に出る、といった取引である。
(4)政府・中央銀行の外貨準備の増減に伴う取引
すなわち介入であり、買いが入った場合、次の売りの反対売買が、数年後に出るか、あるいは、半永久的に反対売買が無い取引である。
こうした取引は、金額的には、中短期の投機的取引よりも小さいが、長期の為替レートのトレンドを決定する重要な要因であるはずである。

日本の財務省は、昨年1年間に、14.3兆円(財務省発表データ)のドル買い円売り介入を実施した。しかし、外国の政府・中央銀行・その他の公的部門は、昨年1年間に、日本の債券を20.6兆円(日銀発表統計)買い越している。これは、介入自体に効果が無いことではなく、介入金額が少なすぎるために、効果が無いことを示している。その上、財務省の外貨買い円売りが可能な上限金額は、現在、195兆円であるが、しばしば法律が改正され、上限金額が、拡大し続けている。従って、為替介入の上限金額さえ引き上げれば、1000兆円でも1京円でも介入は可能である。1京円の介入も、財源は、一次的には日銀引受の短期国債なので、財源にも問題はない。もっとも、短期間に1京円もドル買い円売りを実施すれば、間違いなくウルトラ円安が起こり、経済が混乱するので、そんな極端なことをすべきではない。

介入が困難なのは、政治的な理由からである。

WTOやIMFには、介入による通貨安誘導を直接禁止する規定は無い。しかし、アメリカの法律に、為替相場を不当に操作している国に対しては、為替操作国と認定し、関税引き上げなどの制裁を課することができる、というものがある。仮に、今後、日本政府独自の判断による介入で、円を、120円、160円へと円安誘導していけば、アメリカから為替操作国と認定され、関税を課されたりして、アメリカへの輸出が困難になる可能性が高い。1995年の夏から秋にかけて、当時の榊原英資大蔵省国際金融局長が、ドルの押し上げ介入(=介入による円安誘導)を実施したことがある。これは、榊原氏のアメリカ側のカウンターパートに、ハーバード時代の同僚であるローレンス・サマーズがいて、サマーズを通じて、アメリカ政府から、日本政府によるドル押し上げ介入の理解と黙認を獲得していたから可能であった言われている。これは、榊原氏の対米人脈だけではなく、当時のアメリカ経済が、住宅やITのバブルの初期であり、経済が好調であったから、可能であったと思われる。現在のようなアメリカの失業率が高いような時期に、ドルの押し上げ介入(=円安誘導)について、アメリカ政府の理解と黙認を獲得することは、非常に困難なことであろう。

もう一つは、G20サミットやG7財務相・中央銀行総裁会議の宣言による制約である。先日のロスカボス・サミット首脳宣言の文言に、「通貨の競争的な切り下げを回避することへの我々のコミットメントを再確認する。」とある。最近のサミットの宣言には、このような文言がいつも入っている。こうした宣言は、条約のような法的拘束力は無いものの、宣言文を受け入れてしまったからには、介入による円安誘導を実施することは、大変困難であろう。ただ、サミットの宣言には、「資金フローの過度の変動及び為替レートの無秩序な動きは経済及び金融の安定に対して悪影響を与えることを再確認する。」という文言も入っている。為替レートが無秩序な動きを示した場合には、介入も許される、と解釈することも可能な文言である。日本政府はこうした解釈を取り、昨年夏から秋にかけての大規模なドル買い円売り介入を実施している。この解釈だと、円が新高値を更新するなど、大幅な円高が進行した時には、「過度の変動及び為替レートの無秩序な動き」であると主張して、介入を実施して、円高進行を食い止めることは許されるかもしれない。しかし、それから先の円安誘導は不可能である。サミットのたびに、このような宣言を受け入れさせられている現状では、政治的に円安誘導は非常に困難であろう。

介入が難しければ、後は金融の量的緩和の強化である。これは、政治的には可能であるが、政策論として国内に反対意見が多い。金融の量的緩和は為替には影響を及ぼさない、とか、金融の量的緩和は円安をもたらすが、同時に賃金や製品価格の上昇をもたらすので、効果が相殺されて意味が無い、とか、そもそも、金融政策を使って為替を操作しようという考え方自体が間違っている、等々、様々な反対意見が存在する。私は、金融の量的緩和の強化による円安誘導は、可能であり、強力に実施すべきものと考えている。その根拠や副作用などについては、後日、金融の量的緩和の効果の一つとして、詳述する予定である。

現在、ツナミによる原発停止に伴うLNG等の輸入の急拡大と、超円高というツナミの効果による製造業の輸出競争力の低下により、経常黒字は大幅に縮小している。本来円高になるような環境ではない。それが、ユーロ圏の経済危機の継続によるユーロから円への資産逃避が発生しており、現在の極端に割高な円相場が、継続して実現している。そして、そのユーロから円への資産を移している最大の主体は、外国の政府・中央銀行である。

私は、現在のような局面においては、政府は、大量に外貨買い円売り介入を実施し、同時に、日銀は、思い切った量的緩和の強化を実施すべきだと考える。ただ、介入は、上記のような政治的な困難さが存在するため、実際問題として、ごく短期間しか実施できない。従って、その後は、日銀の大規模な金融の量的緩和を中心にして、円安誘導を実施するしかないと考える。


追記
この回の続きは、「金融の量的緩和と円安」です。


【いつもクリックで応援していただき、大変感謝しております】      
  

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

知られざる巨額の為替差損

日銀のHPの「調査論文」のサイトに、日本の年末の対外純資産の推移とその要因を、毎年、分析したレポートが掲載されている。その中から下記のような数値を拾い出したり、加工したりすることができる。

1999年末 対外純資産_________________84.7兆円
2011年末 対外純資産_____________ 253.0兆円
1999年末-2011年末の対外純資産の増加額_ +168.3兆円
うち取引要因__________________+188.8兆円
うち為替要因___________________-88.1兆円
うちその他要因__________________+67.3兆円

「取引要因」の定義は、「投資収支+外貨準備増減」である。別の表現を用いれば、「経常収支+その他資本収支+誤差脱漏」である。しかし、「その他資本収支」は金額が小さく、「誤差脱漏」は、長期で見ればゼロに近い。ここでは、近似値ということで、「取引要因」=経常収支として扱うことにする。

「為替要因」は、為替変動による円建て評価額の増減である。

「その他要因」は、株価変動など、取引や為替変動以外による増減である。

この数値から理解できるのは、1999年末-2011年末の間に、日本は、経常収支の黒字で188.8兆円稼いだ。しかし、主に、日本人投資家が保有する外貨建て資産等で、88.1兆円の為替差損を出した。そして、主に、外国人投資家が保有する日本株式等で、67.3兆円の実現・評価損を出した。その合計が、対外純資産の168.3兆円の増加となった、ということである。

為替レートは、ドル円で1999年末が102.08円、2011年末が77.57円と、この12年間に、24.51円の円高となっている。その間に、日本は、88.1兆円もの資産を為替差損で失っているのである。この為替差損は、反対売買をして実現した実現損と、保有したまま評価損となっている未実現の評価損の合計である。

では、1999年以前は、どうであったのであろうか。日本の対外ポジションは、1967年末に3298億円の対外純負債の保有から、1968年末に972億円の対外純資産の保有に転換し、それ以降は、常に対外純資産の保有を続けている。しかし、1969年-1999年の詳細なデータはわからない。そこで、以下のような仮定を設定する。

「1969年-1999年の経常収支の合計と、1999年末時点の日本の対外純資産の差を、為替差損とする。」

この仮定は、「1969年-1999年の『その他要因』はゼロである。」という仮定と同じである。1999年末で残高が85.2兆円(前年比+50兆円)の外国人投資家保有の日本株式については、1999年末が日本株のバブル崩壊後の戻り高値の近くにあるため、その実現・評価損益は、プラスである可能性が極めて高い。1999年末で残高29.2兆円(前年比+5兆円)の日本人投資家保有の外国株式についても、海外の株価が右肩上がりに上昇していたので、その実現・評価損益も、プラスに違いない。両者が相殺しあって、1969年-1999年の「その他要因」は、大きなプラス・マイナスの数値を示す可能性は低い。上記の仮定は、決して現実離れした仮定ではないと考える。

総務省の統計サイトから、旧系列と現系列の経常収支の数値を拾い出し、
1969年-1999年の経常収支の合計金額を算出する。その金額は、
197.6兆円となる。一方、1999年末の対外純資産は84.7兆円しかない。ここから、1969年-1999年に112.9兆円もの為替差損を被っていたことがわかる。この間、為替レートは、ドル円で1968年末が360円、1999年末が102.08円と、この31年間に、257.92円もの円高となっている。巨額の為替差損が出るのも、当然のことであろう。1999年以降の数字を加えると、日本は、
1969年-2011年の43年間に、為替差損を合計201兆円も被っていたことになる。

2011年末の対外純資産は、253兆円であるから、為替差損がゼロであったならば、日本は、2011年末の時点で、454兆円の対外純資産を保有していたはずなのである。現在の日本は、世界最大の対外純資産の保有国であるが、為替差損を被らなければ、ドル建てでは不変であるが、円建てではもっと多額の対外純資産を保有していたことになる。

ちなみに、よく問題になるのは、政府の外為特会の為替評価損である。この為替評価損は、2011年末時点で35兆円前後であったと推定されている。もし、外為特会の為替実現益をゼロと仮定したならば、外為特会以外の資産の為替差損は、165兆円前後となる。つまり、

外為特会の為替評価損_____________約35兆円
外為特会以外の政府・民間部門の為替差損____約165兆円
日本の政府・民間部門の為替差損の合計_____約200兆円

というのが、日本の為替差損の全体像である。

よく、外為特会の為替評価損35兆円だけを取り上げて、このような巨額の為替評価損をもたらす介入などやめてしまえ、さらには、1.3兆ドルもの外為特会の資産は、多すぎるので、半分くらい売却してしまえ、という意見がしばしば聞かれる。しかし、外為特会の保有する外貨建て資産を大量に売却したならば、超円高が進行し、輸出が激減し、外為特会の保有する外貨建て資産に巨額の損失が確定するだけではない。外為特会以外の政府・民間部門の為替差損の165兆円のうち、未実現の為替評価損もさらに拡大してしまうのである。現在の日本全体の為替評価損は、35兆円よりもずっと大きい金額であることを理解する必要がある。

日本の抱える為替評価損を縮小するためには、介入の金額を増やし、円安誘導をすることが必要である。その結果、円安が進行すれば、日本全体が被っている為替評価損がどんどん縮小し、大量介入を継続したならば、やがては為替評価益に転じることもありうる。

もし、政治的に可能であるならば、財務省は、大規模な介入を実施し、為替評価損を解消し、為替評価益の出る水準まで、円安誘導を実施すべきである。


追記
2013年5月31日 
日銀「2012年末の本邦対外資産負債残高」のレポート公表 
2012年の為替要因は、+38.7兆円
従って、1969年-2012年の為替差損の合計は、162.3兆円にまで減少。

2014年5月30日
日銀「2013年末の本邦対外資産負債残高」のレポート公表 
2013年の為替要因は、+80.5兆円
従って、1969年-2013年の為替差損の合計は、81.8兆円にまで減少。

2015年5月22日
財務省「2014年末の本邦対外資産負債残高」の統計を公表 
2014年の為替要因は、+46.9兆円
従って、1969年-2014年の為替差損の合計は、35兆円にまで減少

2016年5月
2015年の為替要因は、-17.8兆円
従って、1969年-2015年の為替差損の合計は、52.8兆円にまで増加

2017年5月
2016年の為替要因は、-22.3兆円
従って、1969年-2016年の為替差損の合計は、75.1兆円にまで増加

(四捨五入による不一致あり)。



【いつもクリックで応援していただき、大変感謝しております】      
  

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

中国の経済成長と人民元安誘導政策

円・人民元・ドルレートの推移201312

中国の人民元の推移については、従来も何度か触れてきた。(実質実効為替レートについては(*1)を、購買力平価については(*2)(*3)(*4)を参照)

今回は、実際の人民元の名目為替レートが、対ドルと対円でどのように変化してきたかを見ることにする。1949年の建国以来、中国は、為替制度として、固定相場制か管理変動相場制をずっと採用し続けている。多くの先進国のような変動相場制を採用したことはない。人民元の為替レートは、多かれ少なかれ、国家の管理下にあると言える。

最初に示したグラフを見てわかるように、人民元は、ドルに対しても、円に対しても、大幅に値下がりしている。1960年末-2013年末の間に、人民元は、対ドルで60%値下がりし、対円で88%値下がりしている。人民元/ドルレートが最も大きく値下がりしたのは、1979年末-1994年末であり、人民元レートは、この15年間に対ドルで83%値下がりし、対円でも91%値下がりしている。この期間は、鄧小平が、中国の最高実力者として中国に君臨していた時代とほぼ重なる。鄧小平は、文革を否定し、改革・開放のスローガンの下で、経済成長重視政策を採用してきた。この改革・開放路線は、1989年の天安門事件のため、西側諸国から制裁をくらい、一時的には挫折した。しかし、1990年代中頃から、まずは、香港系、台湾系、その後は、先進国の多国籍企業が、大挙して中国に進出し、経済特区に次々と工場を建てるようになった。この流れは、現在も続いていると言える。

鄧小平の指導下で、様々な改革が行われたはずであるが、大きな効果があったと確実に言うことができる政策は、15年間に人民元レートを、対ドルで83%、対円で91%切り下げるという、極端な人民元安誘導政策である。この人民元の大幅な切り下げにより、中国の労働者の賃金は、諸外国の企業から見て、大幅に引き下げられたように見えた。そのため、メイド・イン・チャイナの製品価格は大幅に低下=価格競争力が大幅に上昇した。その結果、外国の企業を、雇用や技術と共に、大量に中国に導き入れることに成功したのである。高度経済成長が続き、経常収支の黒字が継続した結果、2000年頃から、人民元に対して切り上げの圧力がかかった。しかし、中国政府は、人民元切り上げの圧力を、大量の外貨買い・人民元売り介入を実施することにより、その後の人民元レートの上昇幅を最小限に抑えた。その結果、中国の外貨準備高は、2013年末で3兆8200億ドルとなり、第二位の日本の1兆2668億ドルを、大幅に上回る世界一の外貨準備保有国となった。

現在の中国は、介入の継続により、貿易の拡大を維持しながら、労働者の賃金を大幅に引き上げて、内需拡大をもはかっている。最近は、人民元レートの対ドルでの若干の上昇と、労働賃金の大幅な上昇により、アメリカ系企業の工場が、中国から本国へと回帰する現象が、少しずつ広まっている。しかし、人民元レートは、対円では依然としてかなり安い状態が続いている。ユニクロなどのアパレル産業が、製造委託先の一部を、より賃金の安いベトナムやカンボジア、 バングラデ
シュへと分散化する動きが見られる。その代わり、安川電気のロボット工場、トヨタのハイブリッド自動車の生産工場など、本来、日本経済を牽引すべきハイテク産業が、続々と工場を中国に移転しつつあり、中国の経済成長に貢献し続けている。

こうして見ると、中国が1979年-1994年の15年間に、人民元レートを、対ドルで83%、対円で91%切り下げた政策が、中国にとてつもない利益をもたらしたことがわかる。中国の高度経済成長に貢献した政策は、他にもあるであろうが、この極端な人民元安誘導政策なしに、ここまで急速な経済成長は実現しなかったはずである。

現在の中国は、経済が成長し続ける中、格差が拡大し、不動産バブルの崩壊の危機にも直面している。将来のことはわからないが、少なくとも現時点までは、人民元安誘導政策をテコにして、高度経済成長を続け、世界第2位の経済大国にまで登りつめた事実を否定することはできない。

中国が高度経済成長を続ける中、先進国で最も経済が停滞していたのは、日本である。日本円は、人民元に対して、依然として円高が継続していることが、大きな要因であろう。中国と同様に、日本もまた、可能な限り円を安く誘導する政策こそが、日本経済に最も必要な成長戦略であるはずだ。

(2014年2月1日 データ更新)



【いつもクリックで応援していただき、大変感謝しております】      
  

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

円高メリット論に対する反論

これまで、「超円高→産業の空洞化」の観点から、円高のデメリットを繰り返し書いてきた。しかし、日本には、少数とはいえ、円高メリット論者が、根強く存在する。

円高メリット論者の論拠は、何種類かあるが、最も有力な論拠は、「円高によって、日本は、輸入品を安く買うことができる。特に、最近、価格が高止まりしているエネルギー、原材料、食料等の一次産品を安く買うことができる。これは、消費者にとって大変大きなメリットである。」というものであろう。一次産品の中でも、特に、石油、LNG等のエネルギーの大部分を輸入に依存する日本にとって、エネルギーを安く買うことが可能になる円高の方が、円安よりも、メリットが大きい、というものである。もし円安になれば、輸入する一次産品の価格が高騰し、日本経済は、低成長の中で、輸入インフレによって苦しめられ、かえって我々の生活水準は低下してしまう、というのが代表的な理論であろう。

しかし、日本は、円安のメリットが大きく、円高のデメリットが大きい国である。

まず、フローの面から言うと、現在の日本は、弱体化したとは言え、輸出産業が健在であり、円安になれば、輸出が大幅に伸びる。円安が定着したならば、海外に移転した工場の国内回帰が増えることも予想される。

もう一つ重要な側面は、ストックの面からの円安メリットである。現在、日本は、多額の外貨建て資産と、より少額の円建て負債を保有している。2011年末の時点で、日本は、582兆円の対外資産、329兆円の対外負債、そして253兆円の対外純資産を保有している。対外資産の多くは外貨建て、対外負債の多くは円貨建てと推定される。円安になると、円換算での外貨建て資産は増加するので、対外純資産の増加につながる。

円高のメリットとしては、フローの面からは、輸入品、特に、エネルギー、原材料、食料等の一次産品の価格が安くなることは間違いない。しかし、円高により輸出が減少する上、ストックの面から、円換算での外貨建て資産が減少するので、対外純資産の減少につながる。

こうした、フロー、ストックの両面から見れば、日本は、円高のメリットより、円安のメリットの方がはるかに大きいことがわかる。

世界には、通貨安の方が、デメリットが大きい国がいくつか存在する。国内の輸出産業が弱体で、通貨安になったとしても、大して輸出が増えない国、そして、巨額の外貨建て純負債を抱えており、自国の通貨価値が下がると、対外純負債の額が増加してしまう国である。現在、問題となっているギリシャは、その典型的な例である。輸出産業があまり存在せず、観光産業以外には、外貨獲得が可能な産業は少ない。そして、対外純負債の金額が、GDP並みという、巨額の対外純負債を抱えている。ギリシャがユーロから追放されて、ドラクマが復活したならば、ドラクマの価値は、間違いなく大幅に下落する。その場合、通貨安による輸出増加は大きくないので、通貨安のメリットをあまり感じることができない。一方、ユーロ建て負債の金額は不変なので、ドラクマ換算の対外純負債の金額が、急増してしまう。ギリシャは、国民の生活水準をさらに引き下げて、巨額の借金を返済せざるをえなくなる。従って、ギリシャがユーロから離脱すれば、ドラクマの価値下落により、ユーロ加盟時代よりも、はるかに大きな苦しみを味わうことになる。

過去、多くの国家が、通貨危機に襲われて、IMF管理下に入ったことがある。そうした国家の多くは、ギリシャ型の経済構造を持つ国が多かった。そして、IMFにより通貨引き下げを強要され、少なくとも短期的に、場合によっては長期的にも、通貨安の苦しみを味わい続けている。

現在の日本経済は、ギリシャ型の経済とは正反対であり、通貨安のメリットが非常に大きい。

その上、仮に円高がメリットだとした場合でも、円高メリットを永久に享受することは不可能である、という点も重要である。円高が進行すればするほど、日本の製造業は次々と消滅してしまう。何割かが消滅した場合、貿易収支の悪化から、円安方向に転換してしまう可能性が高い。もし仮に、円高が継続して、日本の製造業が全滅する、という極端な仮定を立てた場合、日本経済は、どうなるかを考える。その時には、貿易収支が大幅な赤字に転落するので、円高から一転して、大幅な円安になる可能性が高い。一度失われた製造業のノウハウを、再び取り戻すことは非常に困難である。従って、製造業全滅後の円安により、日本は、高価なエネルギー、原材料、食料に加えて、高価な工業製品をも輸入せざるをえなくなる。

最悪のシナリオは、円高が継続し、製造業が全滅し、貿易収支と経常収支の赤字が継続し、対外資産を取り崩して、純債務国となり、その負債が膨れ上がった後に、超円安に襲われることである。この場合、日本は、超円安によって、非常に高価な輸入品を買わざるをえなくなる。その上、円建ての対外純負債の金額も急増し、借金の返済が非常に困難になる。日本は、生活水準を大幅に切り下げて、外国からの巨額の借金を返済していかざるをえなくなる。しかも、この現象は、少子高齢化、人口の減少と同時並行して、発生するのである。この将来の超円安のデメリットは、現在の円高のメリットとは方向が正反対で、かつ、量的に比較にならないほど、巨額のデメリットになるはずだ。

円高が継続した結果、将来、日本が、このような大きな苦しみを味わうようになることは、絶対に避けなければならない。そのためには、今のうちに、介入と金融の緩和の強化によって、円安誘導を強力に実行することが不可欠なのである。


【いつもクリックで応援していただき、大変感謝しております】      
  

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化

前々回(*1を参照)示した通り、アジア諸国の通貨の購買力平価に対する比率(日本円基準)を見ると、非常に割安である。その原因を調べるために、外貨準備のGDPに対する比率、経常収支のGDPに対する比率と、購買力平価ベースの1人当たりGDPをあわせて示す。そのデータを、3つのグループに編集し直し、下記の表に示す。

(古い2011年版を掲載しているが、最後に新しい2013年版までを掲載)
アジア諸国の購買力平価と外貨準備2011

グループAは、シンガポール、香港、台湾である。この3ヶ国は、外貨準備の対GDP比率が、日本を大幅に上回っている。その結果、巨額の経常黒字を産み出し、購買力平価ベースの1人当たりGDPは、いずれも日本を上回っている。この3ヶ国が実施している政策は、大量の介入によって、自国の通貨を極端に割安に誘導し、巨額の経常黒字を産み出すことである。その結果として、日本以上に豊かな国をつくり出している。この3ヶ国が豊かになった理由は、通貨を極端に割安に誘導したことだけの結果ではないが、自国通貨安誘導政策なしには、ここまでの経済発展を成し遂げることは、不可能であったと思われる。このような自国通貨安誘導政策による経済成長が可能であったのは、3ヶ国がいずれも小国であり、アメリカなどの大国に対して、わずかな損害しか与えなかったからである。しかし、日本はこの3ヶ国から被害を受けている。

グループBは、韓国、中国、マレーシア、タイ、フィリピンである。この5ヶ国も、外貨準備の対GDP比率は、日本を上回っており、経常黒字の対GDP比率も、日本を上回っている。購買力平価ベースの1人当たりGDPは、フィリピンはまだ貧しいが、韓国は日本にあと一歩のところまで追い上げている。日本企業は、この5ヶ国に新規の工場を続々と建てているが、その最大の魅力は、低賃金である。しかし、その低賃金の何割かは、5ヶ国の政府・中央銀行による自国通貨安誘導政策の結果、実現されたものである。この5ヶ国が、実質的に日本を上回る多額の介入を実施しなければ、バラッサ・サミュエルソン効果(*2の最終段落を参照)により、経済成長とともに、通貨高が引き起こされていたはずなのである。政府・中央銀行による大量の介入により、5ヶ国の通貨の上昇は、ほとんど起こらなかった。中国の介入だけは、アメリカから、相当非難を浴びせられているが、中国は、そうした非難を跳ね返す政治力を保持している。残りの4ヶ国も、実質的には中国に匹敵する多額の介入を行っているが、大国ではないので、アメリカなどの大国への損害は少なく、ほとんど非難を受けることは無い。しかし、日本は、この5ヶ国からも大変大きな被害を受けている。

グループCのインドネシア、ベトナム、インドの外貨準備の対GDP比率は、日本よりは低い。従って、為替レートが割安である最大の原因は、この3ヶ国が、まだ貧しいからである。しかし、この3ヶ国の外貨準備の対GDP比率は、10%を超えており、アフリカの途上国の平均を、大幅に上回っている。この3ヶ国の経済成長が順調に進めば、近い将来、グループBのような国へと移行していく可能性は、十分考えられる。

以上のように、世界の工場が、アメリカ→日本→アジアへと移転しつつあるのであるが、市場原理だけで、このような現象が起こっているのではないのである。大半のアジア諸国は、介入という自国通貨安誘導政策により、自国の労働者の賃金を安く維持し、その低賃金を武器に、日本から工場や技術を引き付け、輸出を拡大することにより、経済成長を遂げているのである。きっかけの一つは、1997年のアジア通貨危機の影響を受けて、危機を二度と繰り返すまいとして、アジア諸国が外貨準備を積み増し始めたことである。それが継続し、大規模な自国通貨安誘導政策となって、現在も続いているのである。その結果が、日本の産業の空洞化現象である。従来のような工場の移転は加速化しており、研究開発施設や、本社機能の一部まで、日本からアジア諸国へと移転が継続している。

ただ、日本は、アジア諸国との貿易を通じて、日本自身も利益を受けており、全体としてはウィン・ウィンの関係にはあるのである。しかし、産業の空洞化を通じた雇用や技術の移転という点に関しては、日本が一方的に被害を受け、アジア諸国が一方的に利益を獲得している。従って、ウィン・ウィンといっても、全体としてみれば日本が小さなウィンを獲得し、アジア諸国が大きなウィンを獲得している、というのが現状である。これは、過去十数年間の日本とアジア諸国の実質GDPの成長率の差を見れば、明らかである。

世界の工場が、アメリカ→日本→アジアへと移転することは、ある程度は避けることができない運命的な現象である。ただ、現状は、アジア諸国の多くが、大規模な介入による自国通貨安誘導政策を実施しているため、移転の速度が速すぎるのである。日本が新製品を作り出しても、すぐにアジア諸国に移転してしまう。特に電機産業は、移転の速度が速く、日本の大手電機企業は、大赤字を出したり、倒産してしまう企業まで出てきている。日本としては、アジア諸国が実施している自国通貨安誘導政策と同じ程度の「円安誘導」政策を実施することが必要なのである。

現在の日本は、震災特需という一過性の原因により、経済成長を遂げている。しかし、その下で、産業の空洞化による潜在成長率の低下という現象が、従来以上のスピードで進行している。空洞化というのは、言葉を換えれば、大規模な構造改革(あるいは、生産構造の破壊と言った言葉が適切かもしれない)である。多くの日本企業は、工場の海外への移転という、生き残りのための血の出る構造改革を、毎日のように実施しているのである。こうした抜本的な構造改革により、日本企業は、生き残ることができるかもしれない。しかし、日本経済は、破壊され、潜在成長率が大きく低下して行くのである。日本経済の潜在成長率の低下を食い止めるためには、産業の空洞化という、日本企業の抜本的な構造改革の速度を緩めることが必要なのである。構造改革の速度を緩めるためには、政府・日銀による「円安誘導」政策が不可欠なのである。



(2013年版)
アジア諸国の購買力平価と外貨準備2013

(2012年版)
アジア諸国の購買力平価と外貨準備2012


【いつもクリックで応援していただき、大変感謝しております】      
  

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

購買力平価から見た円相場 対アジア諸国(IMF)

アジア主要国通貨の購買力平価に対する割高・割安度合い 円基準 2011 (グラフ)

(2013年までデータを更新したグラフを最後に掲載)
IMFのHPに掲載されている購買力平価を使って、1980年から、日本円=100とした場合の、アジア主要国通貨の購買力平価に対する割高、割安度合いを算出した結果が、上記のグラフである。今回は、アジアの主要国を対象にし、基準通貨を米ドルではなく、日本円とした。このグラフを数値化した表を掲載すると、下記のようになる。

購買力平価で見たアジア主要国通貨の日本円に対する割高・割安度合い(表)

1980年代のベトナムは、不規則な変動をしているが、この時期、ベトナムはカンボジア侵攻を続けており、経済も統計も相当混乱した状態であったと推測される。それを除けば、見て明らかな通り、アジア主要国の通貨は、円に対して恒常的に割安状態が継続している。2011年時点で、アジア主要国の通貨は、対円で
38%~78%も安い。

このように、バラッサ・サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)が発生することなく、極端な円高、アジア主要国通貨安が何十年も継続する中で、アジア主要国の経済成長が続けば、日本の工業製品の競争力が失われていくのは当然である。実際、メイド・イン・ジャパンの製品の競争力は低下し、日本の製造業は、赤字で倒産したり、アジア諸国に生産・開発・一部の本社機能を続々と移転し続けている。こうした傾向が顕著に現れるようになったのは、2000年頃からである。
1990年代のバブル崩壊という傷口がようやく治りつつあった日本経済は、今度は、産業の空洞化という現象に苦しめられるようになった。

「世界の工場が、アメリカ→日本→アジアへと移っていくのは、歴史の定めであり、食い止めることは不可能である。日本は脱工業化社会を目指して成長していくべきだ。」という意見はよく聞かれる。私は、日本経済の空洞化現象は、半分は、運命的なものであって避けることはできないが、半分は、運命的なものではなく、日本政府は、政策対応によって避けるべきだと考える。そのことを次回(*1)に説明する。



追記 2014年4月
アジア主要国通貨の購買力平価に対する割高・割安度合い 円基準 2013 (グラフ)

2012年11月以降、円安が進行した。それでも依然として円は対アジア通貨で割高であり、円高修正は不十分である。



【いつもクリックで応援していただき、大変感謝しております】      
  

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

 株式関連 株 コメント一覧

  • 投資部門別 現物先物 時系列表

  • 投資部門別売買状況 時系列グラフ

  • 10月第2週 株 コメント

  • 10月第1週 株 コメント

  • 9月第4週 株 コメント

  • 9月第3週 株 コメント

  • 9月第2週 株 コメント

  • 9月第1週 株 コメント

  • 8月第5週 株 コメント

  • 8月第4週 株 コメント

  • 8月第3週 株 コメント

  • 8月第2週 株 コメント

  • 8月第1週 株 コメント

  • 7月第4週 株 コメント

  • 7月第3週 株 コメント

  • 7月第2週 株 コメント

  • 7月第1週 株 コメント

  • 6月第4週 株 コメント

  • 6月第3週 株 コメント

  • 2016年 年間 株 コメント

  • 投資部門別売買状況アノマリー

  • 日本株 株式分布状況調査

  • 日銀資金循環統計 株 長期グラフ

  • 日銀資金循環統計 株 コメント

  • 株式先物投資部門別売買状況

  • 大手証券 先物建玉推移 グラフ

  • 海外投資家の株式買い越し金額

  • 世界の株価 国別 長期推移

  • 世界の住宅用不動産価格

  • 長期の実質実質為替レート

  • 最新記事
    カテゴリ
    全記事表示リンク
    目次のページを表示

    最新コメント
    Twitterを表示
    経済指標が意味するところを解説
    FC2カウンター
    最新トラックバック
    検索フォーム
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    RSSリンクの表示
    Web Analytics