海外から日本へ巨額の資金流入を招いた黒田バズーカ砲の威力 

国際収支統計の中にある証券投資という項目の収支は、2013年1年間で、25兆円の赤字であった。現在の統計と継続性のある1996年以来の最大の赤字であり、それ以前を含めても、断トツの過去最大であることは間違いない。これは、証券の売買を通じて25兆円という巨額の資金が、海外から日本国内に流入してきたことを意味する。

この資金流入が始まった原因は、その前年に発生している。2012年11月14日に、当時の野田総理が衆議院解散を明言し、当時の自民党総裁であった安倍氏が主張していた、無制限の金融緩和、大胆な金融緩和が現実のものになることが予想されたことである。2012年11月に将来の金融緩和の期待を発生させ、
2013年に入ると、海外から国内への巨額の資金流入を引き起こした。その金融緩和期待は、2013年4月の異次元緩和により、現実のものとなった。

異次元緩和のような大規模な金融緩和が実施されると、国内にあり余った資金が、新しい運用先を求めて、海外へと大規模に流出するのが普通の国で発生する現象である。しかし、2013年の日本では、それとは正反対の、海外から国内への大規模な資金流入という現象が発生したのである。資金がジャブジャブに余っており、金利が非常に低い国内から、証券売買を通じて25兆円の資金が海外へと流出したのではなく、国内に流入してきたのであった。これは、水が低い所から高い所に流れるような現象である。私はこの現象を、マイナスのポートフォリオ・リバランス効果と呼んできた。本来流れるべき方向と正反対の方向に、25兆円という巨額の資金が移動していたのである。

しかし、2014年に入ると、資金の流れに変化が生じている。12月18日に、日銀が資金循環統計を発表した。その統計では、国内投資家の資金が、海外へと流出していることを示していた。このことは真実であるが、真実の一部に過ぎない。全体としては、証券投資を通じる資金は、依然として流入超過が続いているのである。そしてその流入規模は、10月31日の黒田バズーカ砲の第2弾によって、再び急激に拡大した。今回は、2014年に入ってからの証券投資を中心とする資金の流出入の変化について説明する。

最初に、資金循環統計が示した、国内投資家の資金が海外へと流出している事実を、その投資主体別とあわせて、下記のグラフに示す。


投資主体別対外証券投資

アベノミクス相場の開始以降、海外投資家の資金が国内に大量に流入してきた。しかし、国内投資家の資金もまた、海外から国内へと環流していた。2013年1月-3月期、4-6月期に、グラフがマイナス方向を示しているのは、国内投資家の資金が海外から国内へと環流していたことを示す。しかし、2014年の4-6月期、7-9月期には、国内の資金は確かに海外へと流出している。その主体は、保険、投信、公的年金、中小企業金融機関等である。このうち「公的年金」は、
GPIF、国家公務員共済などの資金である。「中小企業金融機関等」は、普通は信金、信組を指す言葉である。しかし、直近において対外証券投資を増やしている中小企業金融機関等の中の最大の主体は、郵便貯金であることは間違いない。このように、国内投資家の資金は、今年の4月-9月の期間においては、海外へと大きく流出していたのであった。これだけなら、ポートフォリオ・リバランス効果がマイナスからプラスへと転換したことになる。しかし、証券投資の金額を算出するためには、海外投資家の資金の国内への流出入も、同時に見る必要がある。

証券投資を通じる資金の流出入を、国際収支統計、対外対内証券投資という2つの統計を使って、2014年の年初からできるだけ直近に近い時期まで示すことにする。2014年の数字を示すのであるが、月ごとの収支ではなく、年初来合計の累積の収支を示すことにする。証券投資は、月ごとの変動が大きいので、2014年に入ってから資金の流れがどのようになっているかを観察するためには、単月よりも、累積の収支の方がより正確に理解できると考えるからだ。まず、国内投資家の対外証券投資を表すグラフを下記に示す。


対外証券投資

累積の収支は、3月にマイナスのピークを打ち、そこからプラスへと方向転換している。これは、4月以降、証券投資を通じて、国内投資家の資金が、国内から海外へと流出し始めたことを意味している。、先に示した資金循環統計と全く同じ結果である。しかし、12月の12日で終わる週までの2週間の合計は、再びマイナスになっている。しかし、12月12日以前の年間累計はプラスである。プラスのポートフォリオ・リバランス効果が発生していたことは、間違いない。

しかし、これだけでは真実の半分でしかない。海外投資家の対内証券投資を表すグラフを下記に示す。


対内証券投資

債券を中心に、恒常的な資金の流入が続いている。

次に、今年の10月以前において、海外からの資金流入の多くを占める債券を通して、どのような種類の資金が国内に流入しているかを表すグラフを下記に示す。


対内債券投資

見てわかるとおり、一般政府の資金流入が図抜けている。海外投資家の証券投資を通じる資金の国内への流入は、株と債券の2通り存在する。株については、政府以外の民間の資金流入が多い。一方、債券については、民間ではなく、政府系の資金の流入が、以前から多くを占めていた。相対的に金利の低い日本の債券を買う海外投資家は、民間では少なく、政府系の投資家が多かったのである。政府系というと、中央銀行などの外貨準備の割合が高いはずである。その他に、日本でいうGPIFのような、ソブリン・ウェルス・ファンドの資金も混じっているはずである。2013年は、株式投資を中心とする資金が海外から国内へと流入していた。それが、2014年に入ってから、政府系を中心とする資金が、債券投資を中心に国内へと流入している。

2014年は、年初から12月12日までの間に、国内から国外へと流出した金額は12兆円、海外から国内へと流入してきた資金は21兆円、ネットで見ると、9兆円の流入超過、証券投資の赤字継続なのである。ポートフォリオ・リバランス効果はプラスとマイナスの両方が発生していたが、合計すれば、2014年も依然としてマイナスの方が大きい状態が継続しているのである。

10月31日に黒田バズーカ砲の第2弾が放たれる以前の、1月-10月の証券投資を通じる赤字金額は、2兆円にとどまっていた。それが、黒田バズーカ砲の第2弾が放たれると、再び海外から国内への大量の資金流入を引き起こしたのである。黒田バズーカ砲の第2弾の後の11月-12月12日の1ヶ月半の証券投資は、対外対内証券投資ベースで、7兆円という巨額の赤字へと急拡大したのであった。

証券投資は、金融収支の一部門である。2014年の金融収支の数字は10月までしか発表されていない。10月までの金融収支の内訳を見ることにする。


金融収支

証券投資は、「対外証券投資マイナス対内証券投資」の数字となる。繰り返すが、累積の証券投資は、10月時点では、2兆円の赤字、少額の資金流入であった。

2014年10月以前に、海外から国内へと流入し、赤字となっていた資金のルートは、「その他投資」を通じるものであった。この実体は、日本の株、債券を保有する海外の機関投資家が、ヘッジ売りをしていた先物の円を買い戻し、その円資金を日本の銀行等に返却した分が主体であったと思われる。10月31日に黒田バズーカ砲の第2弾が放たれたため、海外の機関投資家は、円のヘッジ売りの買い戻しから、大規模な新規の円売りヘッジ、ないしは投機的な円売りへと180度の方向転換をしたはずである。この時から、「その他投資」を中心とするいくつかの部門を通じる円資金の海外から国内への流入は、国内から海外への流出へと逆転したはずである。「その他投資」の赤字は、黒字へと転換し、その黒字の金額は大幅に拡大したと思われる。11月以降は、証券投資の赤字の急拡大と、おそらく、「その他投資」を中心とするいくつかの部門の黒字の急拡大がセットで起こっていたはずである。そうした中で、金融収支は、ヘッジや投機に絡む資金流出の結果、少しばかり黒字の金額が拡大方向に動いた可能性が高い。そのため、円は円高ではなく、円安方向へと動いた。この証券投資の赤字拡大=資金流入の拡大=円買い外貨売りの拡大の結果、円高ではなく、円安が進行するメカニズムは
(*1)で詳しく説明したので、参照願いたい。

次に、金融収支とその他の収支との関連を見るため、国際収支の4大項目のグラフを下記に示す。


経常収支、金融収支

国際収支表では、経常収支+資本移転等収支-金融収支+誤差脱漏=0という恒等式が成り立つ。(*2)で説明したように、資本移転等収支の金額は小さく、誤差脱漏も長期で見れば小さな数字になる。そのため、長期で見た場合、経常収支=金融収支がほぼ成り立つ。短期の場合は、誤差脱漏が大きくてわかりづらいのであるが、統計が完全に正確で誤差脱漏がゼロと仮定した場合には、金融収支=経常収支が同様にほぼ成り立つ。先に述べたとおり、金融収支の黒字は、中身の構成を大きく変えながら、11月以降もやや拡大方向に向かっている可能性が高い。その結果、同時に経常収支の黒字も、少しばかり拡大方向へと向かっている可能性が高いのである。

次に、経常収支の中身を表すグラフを下記に示す。


経常収支の内訳

第一次所得収支の増加が目立つ。貿易収支は赤字継続であるが、赤字幅は縮小方向にある。その結果、経常収支も少しずつ黒字幅が拡大しつつある。

11月以降におそらく発生していると予想される、「その他投資」を始めとするいくつかの部門の黒字拡大は、先物の円のカラ売り用の資金を調達するための資金流出の拡大である。先物の円のカラ売りの主体は、年金、投信などの機関投資家のヘッジ売りかもしれないし、ヘッジファンドによる投機的な売りかもしれない。いずれにしろ、将来、買い戻しが発生し、長期間の黒字継続は持続不可能である。2013年の円のヘッジ売りの買い戻しは、直接投資の黒字拡大のための円売りによって吸収されたことは、(*1)で説明した。今回も、再び先物の円のヘッジ売りの買い戻しが入った時、それに対して円を売り向かう投資家がいなければ、円は再び急上昇してしまう。2013年と同様に、直接投資の黒字拡大のための円売りに吸収されるならば、日本の産業の空洞化はいっそう進行し、悪い円安が続くことになる。円高の再燃と、悪い円安の進行の発生を防ぎ、良い円安を実現するためには、直接投資以外に、将来の円売り外貨買いの需要を何としてでも作り出す必要がある。

そのためには、国内投資家の対外証券投資が、海外投資家の対内証券投資を上回る必要がある。証券投資の収支が黒字化すれば、恒常的な円売り外貨買いの需要が発生する。この円売り外貨買いで、海外投資家の円の売りヘッジ解消のための円買い外貨売りを吸収させなければならない。国内投資家の対外証券投資が、海外投資家の対内証券投資を常に上回るようにさせなければならない。

2012年11月-2014年10月に発生した円安は、悪い円安であった。この期間に発生した円安により、日本は、広義の円安メリットである、資産価格の大幅な増加という巨額のメリットを獲得することには成功した(*3)。しかし、貿易・サービス収支の改善を通じて、日本が、所得拡大ないしはGDPの拡大という狭義の円安メリットを獲得することには、現時点では失敗している(*4)。この狭義の円安メリットの獲得の失敗、すなわち、所得拡大をもたらさなかったということと、それと並行して産業の空洞化がいっそう進行したという意味において、2014年10月以前の円安は、悪い円安の進行であった。円安は、所得を消費者、中小企業から大企業へと移転させただけである。円安は、貿易・サービス収支を少しばかり悪化させているので、日本全体が獲得する所得ないしはGDPを、少しばかり減少させてしまったのである。

今度こそは、所得拡大という狭義の円安メリットも同時に獲得するようにさせなければならない。そのためには、国内投資家の対外証券投資を大幅に増やすしか方法はない。その時には、証券投資の黒字が拡大し、同時に金融収支と経常収支の黒字の拡大も進行する。そして、貿易・サービス収支の改善も同時に進行する。この場合、日本が獲得する狭義の円安メリット=所得拡大を獲得することが可能になる。これは、従来の産業の空洞化しかもたらさなかった悪い円安から、
GDPの拡大をも伴う良い円安へと転換することを意味する。

円安が日本にとってメリットかデメリットかという論争よりも、証券投資、金融収支の黒字拡大を実現させることの方が、より重要なのである。その場合、日本の経常収支の黒字は拡大し、貿易・サービス収支も必ず改善する。その結果、日本の所得、あるいはGDPは拡大する。ただ、GDPが拡大している間、為替レートが現在より円高方向に動くことは考えづらい。ほぼ間違いなく、いっそうの円安が進行しているはずである。しかし、目的は円安誘導ではない。金融収支の黒字拡大=経常収支の黒字拡大であり、その後のGDPの拡大である。金融収支の黒字を安定的に拡大させるためには、証券投資の大幅な赤字を黒字に転換させ、その黒字を拡大させていくことが必要である。これは、ポートフォリオ・リバランス効果をネットでプラスにし、そのプラスを拡大させることを意味する。

これを実現するためには、現在の年間80兆円という日銀の国債購入金額は少なすぎるのである。2012年11月以降、水は低いところから高い所へと流れ続けている。これは、日本経済があまりにも異常な状況に陥っていることを意味する。こうした異常な状況に陥ったことは、歴史上存在しない。従って、現在、必要な政策を考える際、歴史を参考にすることはできないし、参考にしてはいけないのである。年間80兆円の日銀による国債購入は、歴史を振り返れば、異常すぎる巨額の金融緩和である。しかし、もっと異常なことは、バズーカ砲の第1弾だけではなく、バズーカ砲の第2弾が放たれても、その直後の11月-12月12日という1ヶ月半の短期間に、証券投資を通じて7兆円という巨額の資金が海外から国内へと流入してきたという事実の方なのである。10月31日のバズーカ砲の第2弾は、証券投資を通じる海外から国内への資金流入を急激に拡大させるという、巨大なマイナスのポートフォリオ・リバランス効果しか発揮できなかったのである。

効果がマイナスでは意味がない。プラスにさせる必要がある。そのためには、日銀が、年間80兆円という国債購入金額を大幅に増やす必要がある。日銀による国債購入金額を年間160兆円、240兆円、場合によってはそれ以上の金額に増やしていくしかない。国債購入金額を無制限に拡大していけば、今年の4-6月から発生している国内投資家の資金の対外流出金額は拡大し、いずれかの時点で、日本の証券投資は赤字から黒字に転換し、その結果として金融収支の黒字も拡大する。これは同時に、経常収支の黒字拡大と貿易・サービス収支の改善をも意味する。貿易・サービス収支が改善したならば、日本の所得、GDPも増加に転じる。

日銀が国債購入金額を無制限に拡大し続ければ、その先は、GDPの増加、景気回復だけではなく、インフレとバブルの発生へと進行していくはずである。その時こそ大規模な増税を通じてインフレとバブルを抑制し、財政再建を一気に進めるのである。消費税増税が、少なくとも短期的には景気を悪化させ、消費税増税分以外のインフレ率を低下させることは、2度にわたって証明された。消費税増税だけを実施したならば、経済はデフレ不況に戻り、増税が税収の縮小をもたらすことになる。この先の道は、金利の急上昇、財政破綻、国家破綻へと突き進むしかない。財政再建を目的にする増税の実施が、正反対に財政破綻を導くのである。財政破綻を避けるためには、増税だけを実施しては絶対にいけないのである。増税は、大規模な金融緩和の後、景気が十分に回復した後にしか、実施してはならないのである。

日銀が国債購入金額を年間80兆円から大幅に拡大させ、その結果生じる景気回復、インフレ、バブルの発生に対して、消費税増税だけではなく、その他の様々な増税策を組み合わせて実施し、インフレとバブルを抑制させながら、同時に財政再建を一気に進めるしか方法はない。その具体例が、1949年のドッジ・ラインなのである。現在必要な政策は、インフレ、バブルの抑制と財政再建の同時達成を目指すドッジ・ラインのバージョン2なのである。金融緩和の最大の目的は、金融収支、経常収支の黒字拡大を通してGDPを拡大させるだけではなく、それを通じて財政再建を一気に実現させることなのである。金融緩和なしの消費税増税は、財政を破綻へと導く道である。日本が財政破綻を避けるためには、その前提条件として、日銀が国債購入金額を無制限に拡大させることが、必要不可欠なのである。


リンク先記事
海外投資家の日本株買いが円安を引き起こす理由(*1)
国際収支の仕組みと貿易収支を黒字に戻す方法(*2)
資産価格の大幅増加という円安メリット論(*3)
交易条件悪化論と中小企業損失論をこえた円安メリット論(*4)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

海外投資家の日本株買いが円安を引き起こす理由

2014年10月31日13時44分に、日銀が予想外の金融緩和の強化を発表した。その直後から、海外投資家が大量に日本株を買い始め、株価は急激な上昇に転じた。今回の海外投資家の買いは、半分以上が先物市場を通じた買いであったが、現物市場においても大量といってよいほど多くの日本株買いが見られた。一方、為替市場においては、円売り外貨買いが殺到し、円相場は急激な下落に転じた。しかし、海外投資家が日本株を大量に買うということは、その際、大量の円買い外貨売りが発生しているはずである。その大量の円買いがあったにもかかわらず、円は急上昇したのではなく、急落した。円買いが入ると、円安が発生する。今回は、この現象が発生するメカニズムを説明することにする。

この点については、前回でもごく簡単にふれた。また、この現象は、2012年11月14日のアベノミクス相場開始直後からの展開と同じであり、以前に何度も詳しく説明したことがある。そして、「超円高が20%の確率で発生する」と何度か書いてきた。しかし、超円高が発生しなかった理由については、まだ書いていない。

前回説明したように、日本株については、東証が投資部門別売買状況という統計を週に一度発表している。為替についての統計は存在するが、株ほど便利でわかりやすいものは存在しない。株については、統計上の数字から、何が起こったかが、事後的にはほぼ間違いなく特定できることがたくさんある。一方、為替については、多分、このようなことが発生しているのであろうと、推測できることは多々存在する。しかし、証拠が統計数値として存在し、間違いないと断定できるものは多いとは言えない。確かな証拠はないが、多分発生しているであろうと思われる推測を含んだ内容について書くことにする。

為替売買が発生する原因は、いくつも存在する。その中で今回は、証券投資から発生する売買に光を当てることにする。1996年以降の証券投資の累積金額を表すグラフを下記に示す。


証券投資長期

月ごとのグラフを掲載すると、変動が激しすぎてトレンドがつかめないので、売買の累積金額を示した。上記の統計は、1996年-2013年がIMF国際収支マニュアル第5版に基づくものであり(符号だけは変更している)、2014年からが第6版に基づくものとなっている。

最初に書いたとおり、証券投資と為替レートについては、為替の需給関係だけを考えたならば、証券投資が赤字になると円買い=円高が発生し、黒字になると円売り=円安が発生するように思える。しかし、短期的に見た場合は、その反対の現象が起こりやすい。理由は、円安→日本の輸出企業の収益回復→海外投資家の日本株買い=証券投資の赤字拡大→株高、といった因果関係が存在するからだ。こうした傾向は昔から存在していた。それがより明確化したのは、2012年11月14日のアベノミクス相場の開始以降である。それがさらに極端化したのが、2014年10月31日13時44分以降である。為替レートの決定要因は多種多様である。証券投資の売買以上に為替レートに大きく影響を与える要因が存在する。その要因があるために、大量の円買いが発生しているにもかかわらず、円高には向かわず、正反対の円安へと向かう。その要因をこれから明らかにしていく。

アベノミクス相場開始以降の、証券投資の内容をもう少し詳しく示したグラフを下記に示す。


証券投資短期

2012年11月に円安株高が発生して以降、2013年末頃までの間に、海外投資家による大量の日本株買いが入っていた。その他にも海外投資家は日本の債券も少し買い、国内投資家も外国株や外国債券を売っていた。なお、証券投資の累計金額は、2012年12月にプラスになっている。しかし、この時プラスになった原因は、12月に証券の貸借取引を通じて、国内から海外へと資金が大量に流出していたからである。貸借取引は、証券投資というより、単なる短期資金の貸し借りに近い。そのため、国際収支マニュアル第6版からは、証券投資における貸借取引の計上は取りやめることになった。従って、2012年に国際収支マニュアル第6版を遡及適用していた場合、11月と12月の累計の証券投資はマイナスになっていたのである。

こうした形で証券投資を通じて大量の資金が日本に流入し、その際、大量の円買い外貨売りが発生する中で、円高ではなく、円安が進行していた。2014年に入ると、累積の証券投資の変動は小さくなった。そして10月31日に異次元緩和の第2弾が実施されるとともに、海外投資家は日本株を大挙して買い始めた。その買いを含めた証券投資の赤字の累計金額は、10月と11月(最初の2週間だけ)に大きく拡大した。円安は、8月頃から進行し始めたが、10月31日から、証券投資に伴う円買い外貨売りが大量に発生する中で、急速な円高ではなく、急速な円安が進行した。

円安が発生することを説明するために、下記のグラフを示す。


証券投資と相資金移動

2012年11月-2013年末に発生した円安も、2014年10月31日以降の円安も、メカニズムは共通点が多いと思う。それを理解するためには、国際収支表について、いくつかの論点を押さえておく必要がある。ここでは重要な部分だけを取り出して説明することにする。国際収支表を構成する主要4項目を下記に記す。

経常収支=貿易収支+サービス収支+第一次所得収支+第二次所得収支
金融収支=直接投資+証券投資+金融派生商品+その他投資+外貨準備
資本移転等収支(=金額が小さく重要でもないので、ほとんど無視する)
誤差脱漏

となる。そして、この上記4項目の間では下記の式が恒等式として成立する。

(Z) 経常収支+(資本移転等収支)-金融収支+誤差脱漏=0

証券投資は、直接投資と並んで、金融収支を構成する大きな要素である。金融収支には他に、金融派生商品、その他投資、外貨準備が存在する。

以前は、「その他投資+金融派生商品-誤差脱漏」(国際収支マニュアル第5版の頃だったため、「その他投資+金融派生商品+誤差脱漏」と表現していた)を取り上げて、ヘッジや投機を目的とする売買が含まれる項目としていた。今回は、それに外貨準備も加えた「その他投資+金融派生商品+外貨準備-誤差脱漏」の合計数値を上記のグラフに黒線で示した。

証券投資以外で、ヘッジや投機を目的とする売買があった場合、その売買が処理される項目は、「金融派生商品+その他投資-誤差脱漏」が多いと考えている。「金融派生商品」は、最初からヘッジや投機のための売買として使われることを目的に作られた商品である。「その他投資」は、名前の通り一部の取引以外の売買をすべて含むものであるが、そうした売買の多くは、ヘッジや投機を目的とする取引と直接関係するもの以外に、広義のヘッジや投機を目的とする売買と間接的に関係する取引が多く含まれていると考えている。誤差脱漏は、原因は多様であると思うが、金額が大きく、売買回転の速い投機目的の売買の申告漏れが、誤差脱漏の最も大きな原因になっていると推測している。これを金融収支の中の項目に加える場合、符号をマイナスにしなければならない。

以上のように、「その他投資+金融派生商品-誤差脱漏」は、ヘッジや投機を目的とする売買に近い金額になると考えられる。しかし、外貨準備は全く性質が異なっており、「その他投資+金融派生商品-誤差脱漏」と同類のものとして扱うのは、通常なら正しくない。ただ、2012年11月-2014年9月の外貨準備は、3.9兆円の黒字である。その間、政府と日銀の外貨準備等の資産において、407億ドルの資産を、為替の先物買いという外貨準備の外にある資産から、外貨準備の中にある外国証券などの買いに資産を移している。この操作が行われると、「407億ドルの外貨準備の黒字増加=407億ドルのその他投資の黒字減少」が発生する。本来ならば、この407億ドルを円換算した4.1兆円をその他投資の収支から差し引くのが一番正確なのである。ここでは、説明しやすくするために、発生する0.2兆円弱の差に目をつぶって、「その他投資+金融派生商品-誤差脱漏」を「その他投資+金融派生商品+外貨準備-誤差脱漏」に替えたのである。長くなるので、「その他投資+金融派生商品+外貨準備-誤差脱漏」を(C)と記す。2012年11月-2014年9月に実施された証券取引以外のヘッジや投機を目的とする売買の合計を、(C)として上記のグラフの1項目として表示したのである。

2012年11月-2014年9月に発生した証券投資(Aと記す)にかかわる売買に対して反対売買として立ち向かったのが、最初は(C)であり、その次が直接投資(Bと記す)である。この3つを合計したものが、黒線で示した合計である。3つの合計金額は、金融収支-誤差脱漏と等しくなる。時間をかけて先に示した国際収支の定義をよく見てもらえば、こうなることがわかるはずである。さらにこれはまた、上の(Z)の式から、「経常収支(+資本移転等収支)」(Dと記す)にも等しくなる。つまり、上記のグラフで4つの項目に分けて記したものは次のような関係にある。

(A)+(B)+(C)=(D)

この式を変形すると、下記の式になる。

(C)+(B)-(D)=-(A)

海外投資家による日本株買いなどの証券投資(A)による円買いの金額が増加しても、円安が進行する最大の原因は、それ以上に(C)を中心とした円売りの金額の方が、その時は大きかったからである。円安が進行した2012年11月以降、しばらく、上記のグラフの青色の線で示した(C)、あるいは直接投資(B)の金額が大きく、そこから経常収支(D)を差し引いた円売りの金額は、赤色の線で示した証券投資(A)を通じる円買いの金額を上回っていたのである。上記の式は、事後的には必ず成立する。事後的には成立するが、事前的には下記の式が成立していたのである。

(C)+(B)-(D)>-(A)

これは、ヘッジや投機目的の円売りなどの金額が、事前的には、日本株買いなどの証券投資(A)による円買いの金額を上回っていたことを意味する。どんなに大量の日本株買いに基づく円買いが入っても、それ以上に円の先安予想から発生するヘッジや投機目的の円売りなどの金額の方が大きかった。そのため、事前的には(>)であったものが、事後的には(=)になるまで円安が進行したのである。

(C)の定義は、「その他投資+金融派生商品+外貨準備増減-誤差脱漏」である。その具体的な中身で、一番大きな部分を占めていたのは、海外投資家が
170兆円以上(2012年9月末現在)保有していた、日本の株や債券などの円建て資産をヘッジするための売りであったと考えている。

(C)が10数兆円レベルで存在していた頃、私は、巨額な円のヘッジ売りの巻き戻しから、超円高発生という最悪のシナリオが、20%の確率で発生すると書いていた。そして、起こる確率が一番高いのは、2番目に悪いシナリオである、空洞化シナリオであるとも書いていた。これは、ヘッジャーの売りが少しずつ買い戻され、直接投資に伴う売買に吸収されていくシナリオであった。この場合、円安が維持されながら、経常収支(D)は変化せず、あるいは悪化し続けることも起こりうる。この直接投資の赤字が増え続け、経常収支が改善しないシナリオを、悪い円安、空洞化シナリオと書いてきた。20%の確率で発生すると書いた超円高は発生しなかったが、2番目に悪いシナリオである空洞化シナリオが、実際に発生した現象である。直接投資(B)の進行とともに(C)の金額は減少し続け、現在では、もはや超円高に戻る可能性は非常に低くなった。つまり、アベノミクス相場開始の時から発生した証券投資(A)に伴う円買いは、最初は主として(C)での円売りによって吸収され、最終的には直接投資(B)で発生する円売りへと吸収されていったのである。その結果、経常収支(D)の増加は発生せず、一時的には赤字に転落することもあった。経常収支(D)は、直近では少し右肩上がりであるが、途中で少し右肩下がりの時期もあり、その時、経常収支は赤字が続いていたのである。

直接投資が、全て悪い直接投資であるとは言わない。成功と言えるM&Aや、ノウハウの流出以上の見返りを日本にもたらす非製造業を中心とする海外進出は、良い直接投資である。一方、M&Aの失敗確率は高いので、失敗したM&Aや、先端的な技術やノウハウの流出が伴いやすい製造業を中心とする海外進出は、悪い直接投資と言えるであろう。直接投資の何割かは悪い直接投資であり、日本が一方的に損失を被るものであった。その金額はわからないが、合計すれば相当大きな金額になっていたであろう。超円高に耐えきれずに、やむをえず海外に進出して技術やノウハウを取られただけの製造業、超円高で安くなったことを利用して、外国の企業をあまりにも高値で買ってしまい、結局は損失となったM&Aなどは、かなりの金額で存在していたはずである。悪い直接投資が増えると、日本経済は一方的に空洞化したり、利益を失うだけである。しかし、具体的に悪い直接投資と良い直接投資がいくらの金額になるかはわからないし、その結果をまだ出すことができないものも存在する。ただ、現在の途中経過を見る限り、悪い直接投資の割合が高く、日本は小さなウィンと大きなルーズを獲得したとしか思えない。2000年以降の日本経済の不振を見ると、そうとしか考えられないのである。

一方、通説的な見解は、(C)の中身はヘッジファンドの円売り、または購入する日本株に100%ヘッジをかけている株への投資資金に対するヘッジ売りであるというものである。

(C)の中にヘッジファンドの円売りが含まれていることは間違いない。ヘッジファンドの円売りの金額は、一時的には(C)の大部分を占めていた時期もあったはずである。しかし、ヘッジファンドを中心とする投機筋は、大量に円を売ったと思うが、そう長い期間、円売りポジションを持ち続けるはずがない。大部分の円売りポジションは短期で閉じられているはずであり、1年以上にわたり円売りポジションを維持していたものもあるとは思うが、割合としてはごく一部であるはずだ。従って、(C)の中身の大半がヘッジファンドであった時期は、円安発生の直後の時期にはあったとは思うが、2年近い年月の間に、(C)の中身の大部分を占めたのは、年金、投信などの海外の機関投資家による円のヘッジ売りであったと考える。(C)の実体はヘッジファンドの売りポジションというのは、多数説だと思う。しかし、大部分がヘッジファンドでの売りであるという証拠はない。私の主張である海外の機関投資家のヘッジ売りであるという証拠もない。海外の機関投資家が日本の円安を予想した場合、その保有する円建て資産の何割かに円の売りヘッジをかけてくるはずである。そうしたヘッジ売りのポジションは、数ヶ月~2年程度維持するものが多かったと思う。一方、年単位にわたって円の売りポジションを持ち続けるヘッジファンドは、一部に存在するとは思うが、多いとは考えられないのである。

また、海外投資家が日本株を買う際、購入する日本株に100%ヘッジをかけているという説もある。これは、主として日本株のストラテジストの中に存在する意見である。大量の日本株買い=円買いが入っているにもかかわらず、円高が進行しないのは、日本株の買いに対して100%のヘッジ売りがかかっているためと考えているようである。私は、こうした新規の日本株に対する100%のヘッジ売りというのも、存在することは間違いないが、全体のごく一部であると考えている。大多数のファンドマネージャーは、自分が保有する円建て資産のポジション全体を見て、ヘッジ比率を調整するのであり、新規の円建て資産の購入分にだけヘッジをかけるということはほとんどありえないと考えている。最初から、日本の株を買って100%の円売りヘッジをかけると事前にルールを決めているタイプの投信や年金は、一部に存在する。そうした特殊な資金以外は、新規購入分だけにヘッジをかけるという行動を取るファンドマネージャーは、いたとしても非常に少ないはずである。これも確たる証拠があるわけではないが、私の感覚としては、ほんの一部であり、多数であるとは考えられないのである。

海外投資家による日本の株や債券などの円建て資産の保有金額は、2012年9月末時点では170兆円以上、2014年6月末時点では260兆円以上も存在している。そのうち、円の売りヘッジ比率がゼロというのは、100%ありえない話である。2014年6月末時点でも、ヘッジ比率が、10%なら26兆円、20%なら52兆円となる。これくらいの円のヘッジ売りのポジションは、現在でも存在している可能性が高い。2012年11月から、円建ての資産を保有している海外の機関投資家のヘッジ売りが大量に出て、そのヘッジポジションが2年近くかけて少しずつ買い戻された。そしてその買いは、日本企業の直接投資のための円売りへと少しずつ変化していった。私は、(C)の実体は、こうした円売りポジションの変化の割合が一番高かったと考えている。一方、為替ディーラーやエコノミストの何割かは、こうした円のヘッジ売りポジションが全く見えていない。日本株のストラテジストの何割かも、新規の日本株買い以外に大量に存在している海外投資家保有の円建て資産のことを忘れている。

一部の国内投資家は、今年の4月から、対外証券投資を始め、少しずつ証券投資を通じた資金流出が発生しつつあった。ところが10月から海外投資家による日本債券への投資が膨らみ始めた。10月31日に日銀が金融緩和を強化して以降、海外投資家は再び大量に日本株を買い始め、日本債券も継続して買い続けた。こうした証券投資の赤字=大量の円買いが復活し、円高ではなく、円安が進行した。現在発表されている統計は証券投資(A)の速報値だけである。11月分の(B)、(C)、(D)のデータが公表されるのは、来年の1月である。従って、確かなことはわからないが、2012年11月以降と同じことが発生している可能性が高い。10月31日から大量に発生した円売り外貨買いの資金は、短期で買い戻されるヘッジファンドを中心とする投機的な売りと、260兆円以上の円建て資産を持ち、そのポジションの為替リスクを減らすために円をヘッジ売りしている海外投資家の売りのどちらかであろう。

2012年11月-2013年末の円売りポジションは、悪い直接投資を多く含む直接投資に伴う円売り、外貨買いに最終的には吸収された。現在、作られている円売りポジションはどのように吸収されるのであろうか。今後、円を新規に売る主体がいなければ、円安は一時的なものとなり、円が買い戻されるにつれて、再び1ドル=100円台前半の元の水準に戻る可能性が高い。それとも前回と同様に、悪い直接投資を多く含む直接投資に吸収され、日本経済のいっそうの空洞化が進むのであろうか。この両方のシナリオを起こさせてはならない。日本の余剰資金を証券投資を通じて海外に流出させ、その際の円売り外貨買いによって吸収させなければならない。

今までの円安は良い円安、これから起こる対外証券投資が本格化して起こる円安は、金利上昇を伴う悪い円安になるという意見をよく聞く。しかしこれは、全く誤った考え方である。今までの円安は、投機、ヘッジから直接投資へと変化し、日本を空洞化させてきた悪い円安であった。従って、円安は進行しても、経常収支も貿易・サービス収支も改善しなかったのである。今までのような悪い円安を起こしてはならない。これからは良い円安にしなければならない。

良い円安というのは、上記のグラフの赤線の証券投資が下ではなく上に向き、薄灰緑の線の直接投資ではなく、黒の線の合計、ないしは経常収支を上方に移動させる円安である。赤の証券投資を下に引き下げるのではなく、上に引き上げ、同時に黒の経常収支を上に引き上げることが必要なのである。証券投資がネットで流出し始めて、日本の経常収支の黒字は拡大し、貿易・サービス収支も同時に改善するのである。かつての証券投資を通じる資金の大量流出が減って大幅なマイナスになったことが、すぐにではないが、しばらく時間をおいて超円高を引き起こし、経常収支の黒字を減らし、日本経済を弱体化させた大きな原因である。証券投資を通じる資金の流出の金額が増えれば、必然的に経常収支の黒字は増加し、貿易・サービス収支は改善し、日本経済も回復する。そのためには、資金を本格的に海外へと流出させなければならない。その際、発生する円安は、良い円安であり、経常収支、貿易・サービス収支を改善させるのである。日本国内にありあまった資金の一部が海外に流出するわけであるから、資金流出が金利の上昇を招くことは100%ありえないのである。

10月31日の異次元緩和第2弾は、今のところアベノミクス相場の初期と似たような現象を引き起こしている可能性が高い。今後も同じことが再び繰り返されるならば、経常収支の黒字拡大につながらない。同じ現象が起こったり、為替レートが元のレートに戻ってしまったならば、金融緩和はまだ不十分なことの証拠になる。証券投資を通じて資金が流出し、良い円安が発生しない場合には、追加の金融緩和を実施することが、必要不可欠なのである。

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資産価格の大幅増加という円安メリット論

直近の何回かで、狭義の円安メリットを所得の上昇と定義し、その利益について説明してきた。この他に、広義の円安のメリットを資産増加と定義してきた。今回は、この資産増加の中身をより具体的に説明することにする。

狭義の円安メリットと厳密に等しいものは存在しない。しかし、一番近いものとして、貿易・サービス収支の改善というものがあるので、貿易・サービス収支の改善を使ってきた。同様に、広義の円安メリットと厳密に等しいものも存在しない。しかし、広義の円安メリットに近いものはあるが、貿易・サービス収支の改善といった簡単に算出可能なものはない。いくつかの数値を使って計算を行い、それでも近似値にまでたどり着くのが精一杯である。その際、普通はほとんど使われることのない用語や、なじみのない統計を使う。いつも以上に複雑な説明もあるので、斜め読みではなく、丁寧に読んでいただければ有り難い。

ここでは、広義の円安メリットに近いものとして、日本株の時価総額の増加額(海外投資家が獲得した分を除く)と、対外純資産の増加額の中で円安が寄与した金額の合計金額を使うことにする。その合計金額の算出をめざすのであるが、簡単にはいかない。対外純資産の増加額の中で円安が寄与した金額が算出可能な期間が、今のところ2013年という1年分しかないからだ。一方、日銀の資金循環統計の中に、海外部門の調整差額という項目がある。日本株の時価総額の増加額に、海外部門の調整差額(符号を反対にしたもの)を加えることにより、円安による資産価格の増加額の近似値を算出することにする。

最初に、2013年の対外純資産の金額とその変動要因をあらわす表を下記に記す。


対外純資産2013年末

一番上の(A)が対外純資産額の明細、(B)が対外資産総額の明細、(C)が対外債務総額の明細になる。(A)において、2013年末の対外純資産が325兆円、前年比29兆円増加ということがわかる。この29兆円が生じた理由を、取引要因、為替要因、その他要因に分けている。国際収支統計マニュアルの古いバージョンの言葉を使うと、取引要因の定義は、「投資収支+外貨準備増減」の符号を反対にしたものである。別の表現を用いれば、「経常収支+その他資本収支+誤差脱漏」である。この部分はわかりにくいので、取引要因は、売買などの取引から発生する要因という理解だけでよいと思う。厳密には、上記のように定義されている。2013年の経常収支は小幅の黒字であるが、その他資本収支と誤差脱漏が赤字になったため、取引要因が-7兆円になったのである。その右側に為替要因がある。これが一番求めたいと考えている数値である。2013年には+81兆円と大きな金額を記録している。円安により、対外資産が+105兆円、対外債務が+25兆円、対外純資産が+81兆円の増加になっている。日本は、2013年1年間に、円安のおかげで81兆円も資産を増加させたのである。この巨額の資産の増加は、日本が世界最大の対外純資産国であるからこそ獲得できた資産増加である。

国際収支危機などが噂される国の大半は、対外純資産ではなく、対外純債務を抱えている。そのため、通貨安誘導を実施すると、外貨建て債務の金額が、自国通貨に直すと増加してしまうのである。例えば、ギリシャは自国のGDPを上回る巨額の対外純債務を保有している。ユーロを離脱して、ドラクマに戻った場合、ドラクマの通貨価値は間違いなく大暴落する。その場合、ドラクマ建ての対外純債務の価値が急激に増加し、債務返済が今以上に困難になる。このことは、ギリシャ政府だけではなく、ギリシャに対して債権を保有するドイツなどの国も理解している。そのため、ドイツとギリシャの両政府は、ギリシャのユーロ脱退を認めるわけにはいかないという点では、意見が一致しているのである。

日本は、金額では世界最大、対GDP比でも世界でも上位の比率になる対外純資産を保有している。そのため、円安進行により、対外純資産の金額が急激に増加する。通貨安によりこれほど巨額の対外純資産が増える国は、世界では他に存在しない。長期的には、超少子高齢化、人口減少が進行する日本では、対外純資産を取り崩していく道をたどらざるをえない。その場合、ギリシャのように巨額の対外純債務国になってから円安が進行すると、円安によって、対外純債務の金額が大きく増加してしまう。そのため、対外純資産の金額が大きい間に円安に誘導し、対外純資産を大幅に増加させておくことが、最も有利なのである。この点を、円安デメリット論者たちは全く理解していない。

上記の表に戻ると、為替要因の右が、その他要因である。その他要因は、名前のとおり、中身はいろいろである。株価の変化、債券価格の変化、不良債権の価値の変化、あるいはストック統計とフロー統計の間の誤差などがこの中に含まれる。ただ、その他要因の中で最も大きな割合を占めるのは、株式投資、すなわち、株価の変化である。2013年の日本のその他要因は、-45兆円と大幅なマイナスである。株式投資は、資産面では+10兆円の増加、負債面では+50兆円の増加である。日本は外国の株価上昇により、10兆円の資産を獲得する一方、日本の株価上昇によって、50兆円の資産を失ったのである。この50兆円の損失については、(*1)を始めとして何度も言及してきた。この点については、後でもう一度説明することにする。

2013年の円安・株高によって、対外純資産が受けるメリット、デメリットは以上である。しかし、上記の統計は1年に1回しか発表されない。2013年の表だけでは、アベノミクス相場の始まりから、現在までの資産増加を算出することができない。そこで、日銀の資金循環統計を使って、もう少し長い期間の資産増加の算出に挑戦する。円安による対外純資産増加額と、日本の株価上昇による対外債務の増加額の合計金額を、同時に算出することをめざす。

広義の円安のメリットとして、円安による対外純資産の増加以外に、日本の株高がある。株高は、円安が原因の部分と、金融緩和の強化が直接の原因になっている部分があり、両者を分けることは不可能である。ここでは、広義の円安メリットを考えているので、株高の原因はすべて円安であるという想定を置くことにする。この場合、円安のメリットとしては大きすぎるかもしれない。それでも株高は、日銀による金融緩和の強化の結果発生したメリットであることは間違いない。そのため、広義の円安メリットに、株価上昇による資産増加をすべて含めることにする。

株高による資産増加の算出は簡単である。ただ、先に示したように、株高による資産増加額の何割かは、対外純債務の増加として海外に流出している。その分を差し引かなければならない。この場合、上記の表の中にあるその他要因を合計した金額を使えば、海外投資家の獲得した資産増加をだいたいは差し引くことができる。あくまでも、だいたいであって、全部ではない。問題点として一番大きいものは、日本の投資家が外国株の上昇によって獲得した資産増加が混じってしまうことである。この金額は、2013年に10兆円あった。その結果、「その他要因」は-45兆円、「株高による損失」は(-)50兆円と差が出てしまう。ここでは、円安による資産価格の上昇のだいたいの金額を算出するため、「その他要因」と「株高による損失」の2つの金額が等しいという単純化をする。この単純化を行えば、円安と株高による資産増加のだいたいの金額が算出可能になる。

「為替要因」を円安によるメリット、「その他要因」を日本株上昇による損失という単純化を行った場合、この2つの合計の数値が年に4回発表されている。それは日銀が作成する資金循環統計の中の調整表にある「海外部門」の「調整差額」という項目である。この調整差額は海外投資家が資産価格上昇によって獲得できる利益に近いので、日本から見た場合、符号を反対にすれば、日本が獲得できる利益となる。なお、調整差額は、実現分と未実現分を合計したものである。

まだ問題が残っている。アベノミクス相場の開始は、野田前総理が衆議院解散を明言した2012年11月14日が起点である。しかし、日銀の資金循環統計は年に4回しか発表されないので、直前が2012年9月末になる。ただ幸いなことに、2012年9月末と2012年11月14日を比較すると、少しばかりの円安、株安が進んでいるが、大きな変化ではない。そのため、アベノミクス相場の開始の起点を2012年9月末と考えた場合、当然誤差は生じるが、それほど大きな金額にはならない。そのため、アベノミクス相場の開始を2012年9月末と仮定し、2014年6月までは、日銀が発表している資金循環統計の数値、その後は簡易な方法を使った推計値を計算し、2012年9月-2014年10月の間の資産価格のだいたいの増加額を算出する。

資金循環統計の調整表、海外部門の調整差額の2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の累積金額を表すグラフを下記に示す(プラスとマイナスの符号を反対にしている)。


調整差額

調整表の調整差額という数値を、私は(*1)の他にも使ったことがある。しかし、普通はほとんど使われることのない統計である。調整表とは、最初に示した表の、為替要因とその他要因を加えたものと同じ内容である。各資産を保有する主体の金融資産負債の金額は、金融資産の売買によって変動するが、それだけではない。繰り返すが、為替の変化、株価の変化、債券価格の変化、不良債権の価値の変化などによって変動する。そうした変化の金額と、ストック統計とフロー統計の間の誤差を加えた金額を示す表が、調整表である。そして、海外部門の調整差額の符号を反対にして、2012年9月を起点にして変動金額の累積を合計したものが、上記のグラフである。先にも書いたとおり、海外部門の調整差額にはいろいろな項目が含まれているが、その中の多くの部分が、為替の変化と日本の株価の変化を原因とする資産変動金額である。そのため、この2つの合計金額と海外部門の調整差額が等しいと単純化し、その動きを見たものである。

上記のグラフは、円安が進行するとプラス幅が増加し、日本の株高が進むとマイナス幅が増加する。従って、円安メリットから株高デメリットを差し引いた金額である。2012年9月以降、円安のメリットは株高のデメリットよりも大きい。10月末は推計値であるが、海外部門の調整差額の累積金額は50兆円になる。円安によるメリットの金額から、株高というデメリットを差し引くことにより、日本は海外に対する資産を50兆円増やしたといってよい。

次に、株高の効果を見る。株には上場株と未上場株などのそれ以外のものがあり、日銀の資金循環統計では、上場株を株式、上場株以外のものを出資金と分類している。2014年6月末の時点において、日本全体の株式・出資金のうちの55%が上場株、すなわち株式であり、45%が出資金である。出資金は、政府が特殊法人などに対して保有する出資金や、個人が中小の未上場株式会社を経営している場合の未上場株などがある。政府(社会保障基金を除いた中央政府と地方政府の合計)の場合、保有する株式・出資金の大半が出資金になる。海外部門では株が90%、出資金が10%である。ここでは、円安を原因とする株高の金額の算出を試みているわけであるから、株だけではなく、出資金も含めることにする。株高の効果は、調整表の中の株式・出資金の資産合計の調整額を見ればよい。2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の調整額の累積金額を表すグラフを下記に示す。


株式時価総額の増加額

株高の結果、日本の株式・出資金は、2012年9月末-2014年10月末の間に372兆円増加した。上場株だけなら236兆円の増加である。ここから、海外投資家保有分を差し引かなければならないが、それは後で示す。2012年9月末から11月14日の間、株安が少し進行しており、株高の効果はこれでも少しは過小評価なのである。円安の広義のメリットである株式時価総額の増加額は、このように大きな金額となる。

では、この資産増加を一体誰が獲得したのか。ここでは、増加額ではなく、大元である2013年6月末における投資主体別の日本株の保有金額を示したい。政府が保有する特殊法人の金額などが含まれると、日々報道される株価の動きと異なってくるので、出資金を除いた上場株だけの数値を示す。なお、このデータをもっと昔から比較したいので、1979年度末-2014年6月末の推移を表すグラフを下記に示す。


投資部門別株式保有主体

直近において、日本株の最大の保有主体は海外投資家であり、31%を保有している。2位が非金融法人企業、すなわち、金融機関以外の普通の企業であり、22%を保有している。この大部分は、子会社、関連会社の株の保有分である。その他に、昔からの持ち合い株、投資目的の株、自社株などがあると思う。3番目が家計であり、18%である。株が上がって喜ぶのは、一部の金持ちだけであり、庶民には関係がない、などとよく言われる。しかし実際は、株が上がって一番喜ぶのは海外投資家であり、日本の金持ちが獲得する利益は、海外投資家が獲得する利益よりかなり少ないのである。バブルの頃は、日本株の大部分を国内投資家が保有していた。しかし、バブル崩壊後、日本の投資家が継続的に株を売却し続けた結果、今や、日本の株高の最大の恩恵を受ける主体は、海外投資家になっている。

次に、円安の広義の利益である、円安による対外純資産の増加額と、株式・出資金の増加額を合計する。今までに示した海外部門の調整差額は、円安による対外純資産の増加額から、海外投資家が獲得する日本の株高メリット分を差し引いたものである。海外部門の調整差額の累計金額と、株式・出資金の増加額を合計すれば、だいたいは円安による対外純資産の増加額と、株価上昇による資産増加額の合計金額に近い金額になる。そして同時に、広義の円安のメリットに近い金額にもなる。2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の、円安による対外純資産と株式時価総額を合計した増加金額、すなわち、広義の円安メリットを表すグラフを下記に示す。


株式と外貨建て資産の合計

2012年9月-2014年10月の円安による資産価格の上昇金額は、422兆円となる。途中で単純化や推計が入っているので、上下10%か、20%程度の誤差があってもおかしくない。そうした誤差があったとしても、十分に大きな金額である。この資産増加は、日本国内の個人、企業、金融機関、政府などが獲得した資産増加額の合計である。海外投資家の獲得分は控除してある。円安進行の結果、日本国内の投資主体が合計して420兆円の資産を増やしたという事実だけは認識しておく必要がある。円安の結果、日本は広義の円安のメリットとして、420兆円の資産増加を獲得したのである。円安にはデメリットもあるが、デメリットの金額を全部足しても、はるかに小さな金額になるはずである。先に株で示したように、420兆円といっても国民が平等に獲得したものではない。当然大きな格差がある。円安によってあまりにも儲けすぎた企業、個人などの主体からは、資産の一部を政府が税金として徴収し、幅広く再分配する仕組みを作ることは必要である。その手段として、私は、金融緩和の強化による資産価格の引き上げと、それによって利益を獲得した主体に対する税金を増やすという財政再建策を(*2)などで提示している。

今までも何度か言及してきたことであるが、私は、日本の株高により、資産増加の何割かを海外投資家が獲得するという現状に満足していない。海外部門が日本株の値上がりにより獲得した利益の符号を反対にしたもの、すなわち、日本の株高により日本が失った金額の、2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の累積金額を表すグラフを下記に示す。


海外投資家保有日本株

直近までの累積金額は-70兆円。株高により日本は372兆円の資産増加を獲得したが、そのうち70兆円は海外に流出してしまったのである。言い換えると、日本は自国の株高によって、対外純資産を70兆円も減らしてしまったのである。私は、70兆円の損失自体に、問題はないと思う。資産運用のグローバル化が進行し、海外投資家が日本株を大量に保有するという現象は、当然とも言える現象であるからだ。しかし、先に書いたことを繰り返すと、2013年の1年間に、日本の投資家は、海外の株価上昇により10兆円の資産増加を獲得した。一方、海外投資家は、日本の株価上昇により50兆円の資産増加を獲得した。2013年1年間だけで赤字が41兆円になる。この赤字は無視すべきではない。しかし、この赤字の存在自体が、ほとんど知られていない。株価が上がればすべてOKという人が多い。反対に、株価が上がると「バブルだ」と非難する人も多い。しかし、また対外純資産が減ったとぼやく人は少数であろう。

日銀による10月31日の金融緩和は、世界を驚かし、短期間で円安・株高を引き起こした。その結果、日本が獲得した広義の円安メリットも、日本の株価上昇によって日本が失った対外純資産の金額も、同時に急激に増加したはずである。GPIFが、日本株、外国株、外国債券を買い増すのも良いことだと思う。しかし、株式部門の保有資産の債務超過を解消させるために、この二つの政策だけで十分と言いきることはできない。この債務超過をなくすためには、国際政治上許されるギリギリの線までの金融緩和の強化が、必要不可欠とまでは言わないが、依然として必要である可能性はまだ残っていると考える。


リンク先記事
2013年末 対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*1)
インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策(*2)

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国際収支の仕組みと貿易収支を黒字に戻す方法

依然として、円安亡国論がはびこっている。こうした考え方が広まる理由は、国際収支という統計が、複雑怪奇すぎることが一つの原因である。以前、国際収支マニュアル第5版に基づいて国際収支の内容を説明し、貿易収支黒字への復帰が可能であることを示した。その後、国際収支の計上方式が、今年3月10日に発表された1月分から、国際収支マニュアル第6版へとバージョンアップされた。複雑怪奇な国際収支の不正確な点を、より正しいものとすることが一つの目的であったと思う。ただ、全体としてみた場合、第5版よりもさらにわかりにくくなった感じがする。このわかりにくい国際収支マニュアル第6版に基づいて、改めて貿易収支黒字化への道が、政治的には困難なのであるが、経済的には存在することを説明したいと思う。

国際収支マニュアル全体は膨大な量なので、ここでは国際収支を見る際に注意すべき点だけを取り上げる。最初に、国際収支統計で成立している恒等式が、第5版から第6版にどのように変わったかを示す。

国際収支マニュアル第5版で成立していた恒等式
経常収支+資本収支+外貨準備増減+誤差脱漏=0

国際収支マニュアル第6版で成立する恒等式
経常収支+資本移転等収支-金融収支+誤差脱漏=0

第5版の方が多少わかりやすいと思う。経常収支で財・サービスの輸出入と所得の支払い、所得の移転などを算出し、資本収支で資産の輸出入、移転を算出し、その差が外貨準備となる。定義的にはそれでよいのであるが、実際には誤差脱漏があるため、誤差脱漏を含めないと恒等式は成立しない。

第6版になると、「金融収支」、「資本移転等収支」という言葉が登場する。「金融収支」は、第5版の「資本収支」から「その他資本収支」をとり除き、「外貨準備」を加えたものと、完全にではないが、だいたいにおいて一致する。大きな違いは、符号(±)が正反対に変わった点である。問題は、「資本移転等収支」である。これは一体何なのか、すぐにわかる人は少ないと思う。「資本移転等収支」を調べると、第5版の「その他資本収支」が振り替えられたものという説明が、財務省や日銀のHPに多く書かれている。しかし、この説明は、完全に正しいものではない。第6版の「資本移転等収支」は、第5版の「その他資本収支」とは、重要な点で内容が変わっている。ただ、第5版の「その他資本収支」が何かが、すぐにわかる人も少ないと思う。

そこで、経常収支、資本移転等収支、金融収支、誤差脱漏の1996年からの累積収支を下記に示す。


累積経常金融移転誤差

私は、経常収支は金融収支と大体において等しい、という言い方を何度も繰り返し使ってきた。実際に、経常収支は、金融収支と似た動きをしている。しかし、月次で見ると、誤差脱漏が非常に大きく変動するので、単月ベースでは、経常収支と金融収支が大きくかい離することがいくらでもある。そのため、累積をとれば、誤差脱漏の変動は小さくなり、少しずつ増えるだけとなる。それが直近において、「資本移転等収支」の累積値と絶対値がほぼ等しくなるので、経常収支と金融収支はほとんど同じような数字になっている。しかし、これは偶然である。それでも「資本移転等収支」の数値は大きくないので、経常収支と金融収支は、大体において等しくなる。

では、「資本移転等収支」とはいったい何か。資本移転等収支は「資本移転」と「その他収支」という全く概念の異なる2つの収支の合計である。「資本移転」とは、海外へ固定資産を無償で送る、ないしは送り返すことである。わかりやすい例は、海外支店に転勤を命じられ、引っ越しのために家財を外国に送ると、それは「資本移転」の赤字となる。ただ、実際に「資本移転等収支」の大部分を占めるものは、政府が行う無償援助のうち、道路や橋などの固定資産を作るために供与する資金である。政府が無償で食料や医薬品を援助した場合、資産の移転ではなく、所得の移転と見なす。移転された所得で食料や医薬品を無償援助の受入国が購入すると見なし、「第二次所得収支」に入れられる。一方、「その他収支」の定義は、「非金融非生産資産の取得処分」というわけのわからない内容である。具体的には、商標権、鉱山権などの売買が入る。実は、第5版では、特許権、著作権の売買という大物がこの中に入っていたのである。ところが、第6版でこの2項目がサービス収支に振り替えられることになった。そのため、第5版の「その他資本収支」と第6版の「資本移転等収支」は異なった内容になる。「資本移転等収支」は、無償の固定資産の移転と、他の項目に入れることが適切でない資産の売買という、全く異なる2つの内容のものを同じ分類の中に入れているのである。

「資本移転等収支」というものを悪い表現を用いれば、ゴミの集積である。ゴミの集積に「資本移転等収支」という名前を与え、国際収支上の大項目として扱うようになったのである。ストック統計との関係で、「資本移転等収支」が必要な理由は十分に理解できる。しかし、私は、「資本移転等収支」は、経常収支か金融収支の中の一部門に入れるべきであったと非常に強く感じる。仮に、「資本移転等収支」が経常収支か金融収支の一部門であった場合、先に示した恒等式は、

経常収支-金融収支+誤差脱漏=0

となる。誤差脱漏は実際の統計上には存在するが、理論上は存在しない。従って、理論的には、

経常収支-金融収支=0 または 経常収支=金融収支

が成立することになる。こうした分類であれば、国際収支の説明が非常にやりやすくなる。これまでの、「経常収支と金融収支は大体において等しい」といったあいまいな修飾語なしに、「理論上では、経常収支と金融収支は等しい」と言いきることができたのである。それが、「資本移転等収支」というゴミの集積を大項目にしてしまったため、国際収支の入門レベルで必要な理解のレベルが、非常に高度なものになってしまった。IMFの国際収支マニュアル第6版を作った人たちは、利用者の立場をあまりにも無視しすぎている。理論的には、正確性を高めたかもしれないが、万人が国際収支とは何かを理解する入門編を非常に難しいものにしてしまった。その結果、国際収支についての無理解や誤解が、変わることなく広がった状態が、全く改善されないまま続いている。IMFの国際収支マニュアル第6版を作った人たちの罪は、非常に大きいと思う。

以上のことを頭に入れた上で、下記のグラフを見ていただきたい。


経常貿易所得収支

恒等式は下記のようになる。

貿易収支+サービス収支+第一次所得収支+第二次所得収支=経常収支

厳密には、第一次所得収支と第二次所得収支は全く別個のものである。しかし、上記のグラフでは、便宜的に両者を合計して所得収支として掲載した。日本の場合、第二次所得収支の金額が小さいので、所得収支は、利子や配当が中心になり、短期で大きく変動することはない。日本の経常収支が悪化している最大の原因は、貿易・サービス収支の中の、貿易収支の悪化である。最近のサービス収支は、横ばいに近いからだ。

日本の貿易収支はなぜ悪化したのであろうか。この答えは複数あると思う。多くの人は、日本製の製品の国際競争力が低下したから、と答えるであろう。普通は、これで正解になるかもしれない。しかし、私は、これが唯一の答えだとは思わない。ここで、金融収支と資本移転等収支を使わなければならない。金融収支は、正確性を犠牲にしてわかりやすい言葉に直すと、国内から国外への資金の流出入を意味する。資本移転等収支は、ゴミの集積なので、ここでは無視することにする。先の答えが唯一の答えではない理由は、日本製の製品の国際競争力が低下した場合でも、金融収支が変わらなければ、経常収支も変わらない。金融収支が変わらない場合、貿易収支は悪化することなく、円安だけが発生し、日本製の製品の国際競争力は、円安による価格低下により以前と変わらなくなる。日本の貿易収支が悪化するためには、国際競争力の低下だけでは不十分であり、なぜ金融収支が同時に悪化したのかという理由についての答えも出す必要がある。その答えとして一番標準的なものは、貿易収支が悪化したため、日本が外国から借金を増やしたはずである、従って、貿易収支の悪化に等しい金額だけ金融収支も悪化した、というものになると思う。

一方、これとは正反対の考え方も存在する。為替レートはヘッジファンドを始めとする巨大な投機筋の売買によって決定され、輸出や輸入の実需の金額は小さすぎて、為替レートには何の影響も及ぼさない、という考え方である。この考え方に立った場合、まず先に金融収支が決定されることになる。そして、これと等しいように経常収支と貿易収支が、為替レートが変動することによって決定される、という順序になる。この場合、為替レートは、日本製品の国際競争力と無関係に決定されることになる。従って、日本の貿易収支が悪化した原因は、日本製品の国際競争力ではなく、金融収支の悪化が原因ということになる。超円高が進行中の時は、こうした主張がしばしば見られ、為替介入ですら巨大な投機筋に打ち勝つことはできないから無駄である、という主張も多く聞かれた。

私の考え方は、両者の中間である。貿易収支は、日本製の製品の国際競争力と金融収支の両方によって決定される、と考える。ある時は、大半が国際競争力が原因であり、ある時は、大半が金融収支が原因であり、ある時は、両者が半々ということもあると考える。

私は、2008年9月のリーマンショック直後の超円高の最初の局面では、金融収支が先に動いて黒字が減少し、為替レートが円高方向に進む圧力がかかり、その金融収支の黒字減少に見合うだけの経常収支と貿易収支が減少したと考えている。つまり、金融収支の悪化が先で、円高と貿易収支の悪化は後なのである。投機筋の売買と、海外にいる円建ての金融資産の保有者が行うヘッジ売買の中で、金融収支の黒字の減少が発生し、その過程で大量に発生する円買い・外貨売りによって、超円高が発生し、その結果、貿易収支が悪化したと考えている。

超円高が発生し、貿易収支が悪化する中で、日本の輸出産業の何割かは、回復不能の大打撃を受け、生産拠点を海外に移す企業も増加した。それに加えて、原発が停止したため、エネルギーの輸入金額も増加した。貿易収支の赤字の大元の原因は2つあり、一番大きな原因は、リーマンショック直後の金融収支の黒字減少の結果発生した超円高である。二番目は、原発代替のエネルギー輸入の増加である。

ただし、貿易収支の赤字の、大元ではなく現在の原因は、この2つではなくなっている。過去に超円高が数年間続いたため、日本の輸出産業の死滅や空洞化によって、日本製の製品の国際競争力が大きく低下してしまった。現在においては、日本製の製品の国際競争力の低下と原発停止という2つが、貿易収支の赤字の大きな原因へと変化している。このため、超円高という大元の一番目の原因が是正されたにもかかわらず、貿易収支の赤字は減少しないのである。

2013年4月に異次元緩和が実施された。普通は、大規模な金融緩和が実施されると、資金が国内から国外へと流出するのである。しかし、この異次元緩和が実施された前後から、資金が国外から国内へと流入してきた。そのため、以前は、国内から国外へとネットの資金流出が発生していたのであるが、ネットの資金流出金額が少なくなり、ゼロ近辺にまで減少してしまった。この結果が、金融収支の黒字消滅であり、同時に経常収支の黒字消滅であった。日本は長らく資金の流出国であった。そのピークが2007年であり、この年の金融収支の黒字は26兆円、経常収支の黒字は25兆円であった。それが、2013年の異次元緩和実施の前後から、海外へのネットの資金流出がゼロ近辺にまで減少し、金融収支の黒字もゼロ近辺にまで減少してしまったのである。

2007年と2013年の最大の違いは、この期間に、資金のネットの流出金額が、26兆円以上減少したことである。逆に言うならば、現在でも、資金のネットの流出金額が26兆円を維持できていたと仮定するならば、2007年並の経常収支の黒字25兆円、貿易・サービス収支の黒字10兆円は、実現可能なのである。金融収支の黒字が現在のゼロ近辺から26兆円レベルに拡大しさえすれば、経常収支と金融収支は大体において等しくなるため、貿易・サービス収支の黒字が10兆円程度まで増えざるをえないのである。

金融収支の黒字をゼロから26兆円まで増やす方法は存在する。日銀が金融緩和の強化をすればよい。異次元緩和の第2弾を実施し、日銀による現在の国債購入金額年間50兆円を、最低でも100兆円以上にまで増やすべきなのである。機関投資家は、ネットの国債売却金額を、現在よりも50兆円増やすことを強制させられる。国債の売却代金が50兆円増加するのであるから、その何割かが対外証券投資に回るであろう。仮に26兆円の資金が国外へと流出した場合、特別な資金流入を引き起こす事件が発生しなければ、年間26兆円の金融収支の黒字も実現が可能になる。所得収支の金額はあまり変わっていないため、この場合、経常収支の黒字は25兆円、貿易・サービス収支の黒字は10兆円に戻るのである。

しかし、日本国内では、金融収支の黒字が拡大すると、金利が急上昇して日本経済が破滅すると考えている人が常に存在する。現在の日本においては、金融収支の黒字拡大が原因で、金利が急上昇することは100%ありえない。海外への資金の流出金額が増えると、経常収支の黒字金額が拡大するだけである。現に、2007年は金融収支が26兆円の黒字であり、ネットの資金の流出超過が26兆円発生していた。しかし、金利に上昇圧力は全くかからなかった。加えて、現在は、金融緩和が大幅に強化されているため、2007年当時よりはるかに大きな資金が、国内にあり余っているのである。このような環境下で、資金の海外流出金額が拡大した場合、経常収支の黒字が拡大し、同時に円安が進行するだけである。輸入インフレの結果、物価上昇分に見合った金利の小幅上昇は考えられるが、金利の急上昇が発生することは100%ありえないのである。

現在の日本では、巨額な政府債務と中長期的な財政赤字の拡大懸念が、金利の急上昇という不安を恒常的に引き起こしている。こうした環境下で金利の急上昇が発生するとすれば、金融政策とは無関係であり、政府が国債の発行金額を急激に増やすか、将来、大きく増やす計画を決める場合だけである。その場合、多くの投資家が国債を売り始め、国債価格は暴落し、金利は急上昇する。しかし、政府は、国債発行の安易な拡大が、金利の急上昇を引き起こすことは十分理解している。遠い将来ではなく、近い将来という限定条件をつけた場合、政府がそのような馬鹿げた政策を打ち出すことはない。唯一の可能性は、消費税増税の延期である。しかし、金融緩和の強化が日本経済をデフレ不況から脱却させ、今年4月の消費税増税を可能にする一つの条件を作り出したわけであり、金融緩和の強化が消費税増税を妨げる要因にはなりえない。

日本以外の国においては、金利の急上昇が発生することはありうる。一番多いケースは、対外純負債の金額が大きく、国内の供給サイドが非常に弱い国である。この場合、外国からの借金が返せなくなる可能性が高まると、国外だけではなく、国内の投資家もその国の債券を投げ売りし始める。最近の典型的な例は、ギリシャであり、実際に金利の急上昇が発生した。ギリシャとは正反対の位置にあるドイツのような国では、絶対に金利の急上昇は発生しない。現在の日本は、対外純資産の金額が世界最大であり、ギリシャよりもドイツに近い。日本において、資金の国外への流出拡大が原因で金利の急上昇が発生することは、100%ありえない。

異次元緩和の第2弾により、国外への資金の流出金額が急拡大して、金融収支の黒字が急拡大すると、経常収支の黒字の急拡大も実現する。日本の国際競争力が大きく低下した状況で、経常収支の黒字、あるいは貿易・サービス収支が黒字化し、黒字が大幅に拡大する間は、為替レートが大きく円安方向に振れなければならない。2007年には、1ドル=118円で、25兆円の経常収支の黒字と10兆円の貿易・サービス収支の黒字が実現した。具体的な為替レートはわからないが、現在、2007年レベルの貿易・サービス収支の黒字が実現可能になる為替レートは、2007年時点の1ドル=118円よりは、はるかに円安になることが必要である。

ただこれが実現するためには、2つの条件をクリアする必要がある。一つは、円安は自国窮乏化政策という国内世論であり、もう一つは、円安は一国繁栄型の近隣窮乏化政策という外国からの非難である。国内世論は誤りであるが、外国からの非難は残念ながら多くの部分が正しい。

円高でも円安でも、為替レートが動けば、国内で利益を獲得する人、損失を受ける人が、必ず発生する。円安の結果、貿易・サービス収支が改善し始めれば、日本全体の所得は必ず、利益>損失となる。円高が進行し、貿易・サービス収支が減少する時には、日本全体で、利益<損失であり、日本は不況に苦しむしかなかった。2012年11月から現在までの間は、広義の円安の利益である資産の増加は発生した。しかし、貿易・サービス収支が改善していないので、所得の増加という狭義の円安の利益はまだ発生していない。それでも、資金の流出金額が拡大すれば、貿易・サービス収支が改善し、所得面においても、利益>損失になることは間違いない。

円安亡国論が幅をきかす理由の一つは、円安が発生して以降、資産は増加したものの、貿易・サービス収支の赤字が少し拡大しているので、所得面では、利益<損失が続いているからである。加えて、利益が一部の大企業に偏っているので、それ以外の中小企業や消費者は大きな損失を被っているからでもある。しかし、この場合、円安の進行を止めてはいけない。円安による所得面での利益を、下手をすれば永久に獲得できなくなるからだ。必要な政策は、金融収支の黒字拡大、ないしは貿易・サービス収支の改善が発生するまで、金融緩和を強化することである。その際、必ず円安が進行するが、貿易・サービス収支が改善すれば、資産面だけではなく、所得面でも、利益>損失となる。ただし、市場に所得分配を公正にする力は存在しないので、政府がいくつかの政策を発動させて、円安により利益を獲得する主体から、損失を受ける主体へと、所得の何割かを移転させることを促す必要性は存在する。大企業が、従業員と下請け中小企業に利益を分配すれば、各主体が獲得する所得は増加し、円安による所得増加というメリットを実感できる人が増えることになる。

国際標準とは異なる誤った国内世論の壁は、論理的に人々を説得しながら、何としても乗り越えなければならない。この際、わかりにくい国際収支統計が存在するため、多くの人にわかりやすい言葉で説明することは、簡単なことではない。「経常収支と金融収支は等しいので、金融収支の黒字を増やせば、経常収支の黒字も、必ず同じ金額だけ増える。」と、一番最初に書くことができない。そのため、IMFの国際収支マニュアル第6版を作った人たちの罪は非常に大きいと、強烈な不満や憤りを感じざるをえないのである。

誤った国内世論の壁を乗り越えることができたとしても、外国からの非難の壁を乗り越えることは困難であろう。異次元緩和の第2弾を実施し、資金の国外への流出金額が拡大すると、円安の進行とともに、日本の貿易・サービス収支の改善と経常収支の黒字拡大が始まる。そうなると外国からの非難は一気に高まるであろう。足元の貿易収支は、年率で10兆円前後の赤字が続いている。この巨額の赤字を黒字に戻すことは、経済的には可能である。しかし、国際政治的には実現不可能である。異次元緩和の第2弾が実施され、円安進行と貿易収支の改善が続いた場合、日本は、アメリカだけではなく世界中から、一国繁栄型の近隣窮乏化政策はけしからんと、袋叩きにされるであろう。国内世論とは異なり、外国からの非難は、全てとは言わないが多くの部分が正しく、反論の余地はあるが大きなものではない。実際問題として、大幅な円安と貿易収支、貿易・サービス収支の黒字復帰は、国際政治的には実現不可能である。

通貨安が自国窮乏化につながる国は確かに存在する。ただしそれは、先にあげたギリシャのような国である。超少子高齢化、人口減少が進行する現在の日本は、ドイツからギリシャへと向かう道を歩んでいる。しかし、この道を進んではならない。何としても現在のドイツ、過去の日本のような経済大国への道へと引き返さなければならない。そのためには、まずは誤った国内世論の壁を乗り越えなければならない。その先は、国際政治上、許される限りのギリギリの線まで、金融緩和の強化を続けるしか道は存在しないのである。

テーマ : TPP
ジャンル : 政治・経済

アジア諸国の近隣窮乏化政策と日本経済の低迷

円安は日本経済にとってマイナス、という声が相変わらず聞こえてくる。特に1ドル=110円にタッチした頃は、これ以上の円安が進行すると日本は窮乏化する、という考え方が、違和感もなく受け入れられていた。黒田日銀総裁は、「行き過ぎた円高が是正され、円安になってきたということは全体として経済にはプラス。」と発言している。しかし、円安メリット論者の援護発言があまり聞こえてこないので、黒田総裁がやや孤立しているとすら感じられる。

私の考え方は、仮に1ドル=80円がずっと継続していた場合と現在とを比較すれば、現在の日本経済の方がはるかに良くなっている、と考えている。しかし、円安進行前と現在とを比較した場合、日本経済が円安により獲得した狭義の利益は、損失よりも少ない、利益を損失よりも大きくするためには、円安がいっそう進むことが必要である、と考えている。この考え方は、少し前に書いたとおりである。

今回は、円安誘導の必要性を、また別の角度から見ることにする。今まで何度も触れてきた考え方であるが、IMFのデータが更新された機会に、もう一度まとめて示したいと思う。現在の日本に必要な政策は、長年、アジア諸国が実施してきた円高・アジア通貨安という近隣窮乏化政策を解消させることである。現在の円レートは、少なくともアジア諸国の通貨に対しては割高であり、円安の是正ではなく、円高の是正が必要なのである。その理由を説明したいと思う。

まず、現在の円レートが、IMFが算出している購買力平価からどれほど割高、あるいは割安であるかを見る。そこで、円レートの購買力平価からの割高・割安度合いを他の先進諸国の通貨と比較する。なお、「購買力平価からの割高・割安度合い」という言葉は長いので、ここではこの言葉に「割高度合い」、「割安度合い」のどちらかを略語として使用することにする。円レートと他の先進諸国の通貨の割高度合いを表すグラフを下記に示す。


購買力平価に対する割安度合い 対先進国

1995年前後の時期に、超円高の状態にあったことは間違いのない事実である。2012年のアベノミクス相場以前の円レートもやや割高であったが、アベノミクス相場によって割高感は解消された。なお、2014年の円の購買力平価は102円05銭である。そして、それよりも0.4%割安である1ドル=102円44銭を、IMFは2014年の円レートとして採用している。これは、今年前半の円の平均レートだと考えられる。現在では当時より、対米ドルでは円安が進んでいる。ただ、ユーロの対ドルレートは、今年前半平均との比較で、円とあまり変わらないくらいの率だけ下落している。従って、円は、多くのヨーロッパ諸国の通貨に対しては、上記のグラフと変わらない位置にあるはずである。

次に、円レートの割高度合いを、日本周辺のアジア諸国と比較することにする。「日本周辺のアジア諸国」という言葉も長いので、ここではこの言葉に「アジア諸国」という略語を使用することにする。円とアジア諸国の通貨の割高度合いを表すグラフを下記に示す。


購買力平価に対する割安度合い

円レートの割安度合いは、アジア諸国の通貨の割安度合いを、大幅に下回っていることは間違いない。だが、正しいことはここまでである。この次に、「円レートは、購買力平価で見た場合、アジア諸国の通貨に対して大幅に割高である。」と言ってしまうと、完全な誤りとなる。

購買力平価にはたびたび言及してきたが、その扱い方は難しい。IMFの購買力平価が為替相場の適正レートに等しいならば、通貨問題は発生しない。すべての国の通貨の市場レートを、IMFの購買力平価に一致するように動かせばよいからだ。残念ながら、IMFの購買力平価は、為替相場の適正レートと一致しない。一致しないのであるが、適正レートと無関係というわけでもない。生活水準の高い国の通貨は、購買力平価に対する割高度合いが大きくなり、生活水準の低い国の通貨は、購買力平価に対する割安度合いが大きくなるという傾向は存在する。市場レートの購買力平価に対する割高度合いは、先進国ほど割高になりやすく、発展途上国ほど割安になりやすいことを、バラッサ=サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)として説明したことがある。

最初のグラフに示した、先進諸国の通貨の割高度合いを使って、「円は割高ではない。」と断言することは、厳密には正しくない。しかし、だいたいにおいては正しい。理由は、先進諸国の間の生活水準に格差は存在するが、それほど大きなものではないからだ。一方、アジア諸国の生活水準の格差は、先進諸国の間の生活水準の格差よりも大きく、その格差を無視することができない。従って、購買力平価に対する割安度合いを見て、その国の通貨は割安であると決めつけてはならないのである。

アメリカや日本のような、それなりに豊かな国は、インドやインドネシアのような、かなり貧しい国よりも、市場レートの割安度合いは小さくなりやすい。これは言い換えると、発展途上国が経済成長し、豊かになるにつれて、その国の通貨の購買力平価に対する割安度合いは、大きな割安から少しずつ小さな割安へと変化していくのが自然な姿であることを意味する。この法則も、常に成り立つわけではない。しかし、成り立たない場合、何らかの原因があるはずである。バラッサ=サミュエルソン効果が発生しない場合は、その原因を考える必要性が存在する。

ここでは豊かさの尺度に、購買力平価ベースの1人当たりGDPを用いることにする。「購買力平価ベースの1人当たりGDP」という言葉も長いので、ここでは、この言葉に「1人当たりGDP」という略語を使用することにする。アジア諸国の1人当たりGDPの、アメリカの1人当たりGDPとの割合を表すグラフを下記に示す。

一人当たり購買力平価GDP

上記のグラフの意味を別の角度から説明すると、アジア諸国が、アメリカとの相対比較で、どれほど豊かであるかを表すグラフでもある。アジア諸国の多くは、水準は異なるが、貧しい国から豊かな国へと進みつつある。唯一、フィリピンだけが、相対的な1人当たりGDPが、少しだけ低下している。日本は、ほぼ横ばいである。つまり、日本とアメリカとの生活水準の格差は、1980年も2014年もほとんど変わっていない。具体的には1980年67.9→1991年83.4→2014年68.9と推移している。1980年代のバブルの時代には、少しばかりアメリカとの差が縮まり、バブル崩壊後の失われた20年の間に再び差が少し開き、結局は元の水準に戻っている。この1人当たりGDPの動きと、バラッサ=サミュエルソン効果という観点から見ると、1985年以降の超円高は全く不要であったと言えるかもしれない。しかし、円レートは1985年のプラザ合意直後から急上昇に転じた。1995年までの超円高は異常としかいいようがない。1995年に円レートは頂点を打ち、割高度合いもようやく縮小に転じる。そして直近は、対米ドルでの割高度合いがほんの少しのマイナスになっている。

一方、アジア諸国の通貨の割安度合いは、日本とは全く異なっている。アジア諸国の多くは、日本よりも1人当たりGDPが継続的に増加してきた。日本は豊かになる途中で過剰ともいえる円高を経験してきた。アジア諸国の多くはそうした通貨高をほとんど経験していない。アジア諸国の多くは、通貨を割安に操作し続けることにより輸出を伸ばし、1人当たりGDPを引き上げてきたのである。通貨高にもかかわらず成長を実現してきた日本と、通貨安を武器に成長してきたアジア諸国との間には、大変大きな違いが存在する。

上から2番目のグラフで、日本以外のアジア諸国の通貨の割安度合いが拡大した局面において、市場の需給関係だけで拡大した局面はもちろん存在する。しかし、固定相場制下での国家による平価切り下げが原因であった場合も存在する。後で説明するが、中国の平価切り下げがこれに相当し、それは強烈なものであった。

アジア諸国の通貨の割安度合いが大きく維持されているもう一つの理由は、政府による大規模な為替介入である。アジア諸国の外貨準備の対GDP比率を表すグラフを下記に示す。


外貨準備対GDP比率

香港、シンガポール、台湾、タイ、マレーシア、中国、フィリピンの外貨準備の対GDP比率は上昇し続け、現在でも日本を上回っている。上から3番目の1人当たりGDPのグラフで示したように、シンガポールと香港は日本よりずっと豊かな国になっている。しかし、この2ヶ国の豊かさは、国家の大規模な介入という為替操作があって成立しているのである。この大規模な為替操作がなければ、この2ヶ国は繁栄していたであろうが、今ほどの繁栄はなかったはずである。

なお、アジア諸国の為替介入は、通貨価値の引き下げや維持を第一の目的としたケースは存在するが、それだけではない。最大の目的が、十分な外貨準備を保有し、国際収支危機が起こることを防ぐために為替介入を実施したケースの方が、数としては多かったと思われる。ただ、「十分な」の意味は、「過剰な」の意味とほとんど変わらない。そしてまた、国際収支危機防止のための為替介入の効果は、為替操作のための介入の効果と、結果は同じになる。為替操作目的だけではなく、外貨準備積み上げ目的の介入もまた、結果としてバラッサ=サミュエルソン効果の発生を防ぐことにつながったことは間違いない。

外貨準備の対GDP比率は、韓国、ベトナム、インド、インドネシアは日本より小さい。このうち、ベトナム、インド、インドネシアの比率は、日本よりも明らかに小さい。韓国も日本より小さいが、ほんの少しである。つまり、為替操作の規模は、日本を下回っているように見える。しかし、実質的には、韓国の為替操作の規模は、日本を上回っているのである。その理由は、分母に当たるドル建ての名目GDPの伸び率が高いことがあげられる。アジア諸国のドル建てGDPの推移を、1980年=100とした場合のグラフを下記に示す。


ドル建て名目GDP

見てわかるとおり、分母のドル建てGDPの上昇率は、中国、シンガポール、韓国の順に高い。日本は最下位である。分母が大きくなったため、韓国の介入規模が小さく見える。韓国の介入が、日本より効率的であるのだ。効率的な理由として、韓国ウォンは円とは異なって売買に少し制限があるので、韓国ウォンの市場規模が、GDP規模との比較で小さいことがあげられる。市場規模が小さければ、少額の介入で韓国ウォンの上昇を押さえ込むことが可能になる。そのため、実質的には日本よりも韓国の方が為替操作の規模が大きいと言っているわけである。

アジア諸国、具体名をあげると、香港、シンガポール、台湾、タイ、マレーシア、中国、韓国といった国々は、大規模な為替介入により、本来ならば、バラッサ=サミュエルソン効果により上昇しているはずの自国の通貨価値を、割安のまま維持することに成功したのであった。ベトナム、インドネシア、インドは、為替介入を実施してきたが、その規模は日本よりは小さかった。フィリピンは、大規模な為替介入を実施してきたのであるが、それにもかかわらず、アメリカとの相対比較で豊かになれなかった点が、他の国とは異なっている。

くり返すが、アジア諸国の多くは、平価切り下げや大規模な為替介入を実施することにより、為替レートを割安に維持することに成功してきた。その結果、割安な賃金で割安な製品を作り、輸出し続けることに成功してきた。割安な製品を作るための技術は、多くの先進諸国から移転してきたはずであるが、その最大の移転元は日本であった。そしてその技術を使った製品を世界中に輸出したのであるが、そうした製品の輸入割合が一番高い先進国も、日本であった。アジア諸国の多くは、そろって為替を安く操作し、主として日本から導入した技術によって作られた製品を、日本に多く輸出することによって、経済成長を遂げてきた。これは、アジア諸国の多くが、そろって教科書的な近隣窮乏化政策を実施し、結果として高度経済成長を実現することに、見事に成功したことを意味する。そして、割安な製品の輸入割合が一番高い日本は、教科書通りに見事に窮乏化してしまったことをも意味する。

日本の輸出競争力が、アジア諸国に対して大きく劣ってしまった原因は、アジア諸国の為替操作だけではない。アジア諸国が、長期間、アジア通貨安を維持し続けてきた点については、アジア諸国の側に責任がある。一方、日本側にも長期間、円高を容認してきたという責任がある。つまり、長年の超円高・アジア通貨安の半分は、日本側に責任があったのである。

そして、多くの人たちが考えているように、アジア諸国はまだ貧しいから、言い換えると、経済発展段階の差から発生する輸出競争力の差も、当然存在する。日本の輸出競争力が低下した原因は、私は、おおざっぱに、経済発展段階の差から生じた割合が50%、超円高・アジア通貨安から生じた割合が50%と考えている。ただ国別に見た場合、シンガポール、香港、台湾、韓国に勝てなくなった理由の大部分は、超円高・アジア通貨安の結果だとみている。マレーシア、タイ、中国に勝てなくなった理由が超円高・アジア通貨安から生じている割合は、50%を下回っていると思う。

日本が中国の製品に勝てなくなった理由が、超円高・人民元安よりも経済発展段階の差の割合の方が高いことは事実だと思う。しかし、中国の為替操作は、他のアジア諸国に見られない強烈なものであったことも事実である。上から2番目のグラフで示したように、1980年-1994年の期間に、中国は、人民元の割安度合いを、104から30へと71%も引き下げた。これを名目為替レートで見た場合、人民元レートは、1979年末-1994年末の15年間に、対ドルで83%、対円で91%も切り下げたのである。中国のような低賃金国家が工業生産力をつけてきたのであるから、日本の高賃金では競争に勝てるはずがない、日本はもの作りをあきらめるしかない、という意見が現在の日本で広がっており、多数説になっているかもしれない。この考え方の最大の誤りは、中国は最初から低賃金国家ではなかったということである。中国の低賃金は、1979年末-1994年末の15年間に、国家が人民元の為替レートを対米ドルで83%、対円で91%切り下げるという極端に大規模な為替操作を実施した結果、人為的に作り上げられた低賃金なのである。

こうした大規模な為替操作が可能であった一つの理由は、1980年時点、あるいはそれ以前の毛沢東時代の人民元レートが、当時の中国の生活水準から見た場合、割高であったことが一つの原因である。それにしても、15年間に83%とか91%の切り下げとは凄まじい切り下げである。中国は、国家成立以降、貧しい割には賃金が安くない国家であり続けた。それが、鄧小平が改革・開放路線を採用し始めた直後から、15年にわたる大規模な為替操作により、賃金が極端に低い国家へと大きく変貌したのであった。人民元の平価を大規模に切り下げた結果、賃金が劇的に低下し、中国製品の国際競争力が飛躍的に上昇した。そして、経常収支の黒字が累積したため、2000年頃から通貨に上昇の圧力がかかった。すると、現在までに4兆ドル近くの超大規模な人民元売り・外貨買い介入を実施し、人民元レートの上昇を最小限に抑えてきた。中国製の製品の国際競争力を語る際、こうした極端に大規模な為替操作があったことを忘れてはならないのである。

ただし、仮に中国が為替操作を実施せず、為替レートを完全に変動相場制にゆだねていた場合でも、人民元レートは1980年以降に、かなり安い水準にまで下落していたはずである。その場合、2014年の人民元の購買力平価は、今以上に低かったはずであるからだ。為替操作がなかった場合でも、経済発展の段階の差としての人民元安は、発生していたであろう。その結果、労働集約的な産業は、日本から中国へとかなりの程度移転していたはずである。為替操作を実施しなかった場合でも、現在よりは貧しかったであろうが、それなりの経済成長を遂げていたはずである。そして何年先かわからないが、いずれは日本を追い越し、世界第二の経済大国にまでのぼりつめていたであろう。中国の超大規模な為替操作は、中国の経済成長に必要な時間を圧縮するのに、大変大きく貢献したことは間違いない。

日本経済が長年低迷してきた原因は、アジア諸国による近隣窮乏化政策だけが原因ではないことは、先に書いたとおりである。しかし、アジア諸国による近隣窮乏化政策が大きな低迷原因の一つではあったことに間違いはない。アベノミクス相場開始以降の円安により、欧米諸国の通貨に対する円の割高は、かなり多くが解消されたと思う。しかし、割安に操作されているアジア諸国の通貨に対する円の割高は、まだ解消されていない。

まず最初に、アジア諸国が長年実施してきた近隣窮乏化政策と、円高・アジア通貨安は現在でも解消されていないという事実を認識することから始めなければならない。こうした認識が広まったならば、円高・アジア通貨安の解消は、当然必要であるという理解も広まるはずである。円高・アジア通貨安が完全に解消された場合、日本の輸出は多少は増えるであろうが、すぐに大きく増えることにはならない。理由は、長年にわたる超円高・アジア通貨安の結果、日本の多くの輸出産業が死に絶えてしまったからである。一旦、死んでしまった産業を生き返らせることは、不可能ではないが、非常に困難である。アベノミクス相場の開始以降、円安・ドル高にもかかわらず、先進諸国に対する日本の輸出が増えにくくなっている理由と同じである。それでも、競争の前提条件を等しくするために、円高・アジア通貨安の解消は行われなければならない。その場合、円安が自国窮乏化政策であるという認識が、とんでもなく間違った考え方であるという理解もまた、同時に広まるはずである。


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