中国の対外純資産の減少より深刻な日本の対外純資産の減少 

6月30日に、中国の外国為替管理局が対外純資産の数値とその内容をインターネット上に公表した。このサイトには、以前から対外純資産の数値は存在していた。しかし、その内容を詳細に時系列で英語でも公表したのは今回が初めてである。以前ならごく少数の人しか入手できなかった情報が、インターネット上で英語さえわかれば世界中の誰もが見ることが可能になった。その少し前から中国の株価が下落し始め、株式バブル崩壊とも言える状況になった。加えて、人民元レートまでが切り下げとなり、世界経済を振り回すようになった。中国経済への関心が高まり、中国の対外純資産についての分析があちらこちらで見られるようになった。

中国政府が対外純資産の詳細をネット上で公表したこと自体は大きな進歩であり、高く評価されるべきものである。ところがこの対外純資産の数字は、ウソが含まれている不正確な数字である可能性が高い。中国の統計はGDPに代表されるように、多かれ少なかれウソが含まれていることが今では常識になっている。加えて、対外純資産は外国との間の統計であり、外国の側の統計から見た統計数字も一部だが存在する。そのため、ほぼ確実にウソと言える数字が中国の対外資産負債の一部に存在していることがわかっている。対外資産負債の一部がウソであるということは、対外純資産全体の数字もウソである可能性が高いということになる。

中国の対外純資産の数字がウソであるにしても、ウソの統計から本当の数字を導き出すことは非常に難しい。一部のエコノミストの間では、ウソの数字をさまざまな方法を使って修正し、独自の見解を述べることも広まっている。ただその中には、疑問のある修正方法や根拠のない推測に基づくものが多く見受けられる。私はこうした推計値も信じられず、不可能な領域への挑戦と考えている。

今回は、中国の対外純資産の数字が正しいという仮定を置く。この場合でもある程度は正確な中国経済の姿を読み取ることができる。そして、中国の対外純資産に問題があるにしても、それよりももっと大きな問題を抱えている国が別に存在することを説明する。より大きな問題を抱えている国の一つはアメリカであるが、もう一つの国は日本である。日本の対外純資産の減少という問題と、この問題を解決できる可能性のある道を探りたいと思う。

まずは、中国の対外資産、対外負債、対外純資産のグラフを下記に示す。


中国対外資産負債

上記のグラフからは、主として2種類の問題点が指摘されることが多い。1点目は、中国の対外債務の大きさである。中国は2015年3月末時点で5兆ドルの対外債務を抱えている。この対外債務の金額が大きすぎて、返済ができるのかが問題視されることがある。2点目は、対外純資産の減少である。中国は2013年末の対外純資産2兆ドルから、2015年3月末の1.4兆ドルまで6000億ドルの対外純資産を減らしている。この間の中国の金融収支は1000億ドルの黒字である。この金融収支の黒字を考慮すると(経常収支が使われることが多いが、正しくは金融収支)、対外純資産は7000億ドル消失している。そのため、2014年以降、資産が大量に中国から海外へと逃げ出しているのではないかという疑惑が語られることになった。こうした考え方が、8月11日-13日の人民元レートの切り下げ、8月末の外貨準備急減などと合わさり、中国からのキャピタルフライト、人民元レートの暴落、国際収支危機の発生といった見方が一部に出始めている。

中国の国際収支危機発生は、中国の対外純資産の数字が正しいという仮定を置いた上で主張されることが多い。一部には、中国の対外純資産はずっと少ないと推計した上で、中国の国際収支危機の発生を述べる考え方も存在する。この一部の考え方はここでは無視する。繰り返すが、本当の数字を求めることは、不可能な領域への挑戦と考えているからだ。中国の対外純資産の数字が正しいという仮定を置いた上でも、中国の国際収支上の問題点がいろいろと指摘される。その中に、将来、国際収支危機に発展するという意見が一部に存在する。しかし、中国の対外純資産の数字が正しいという仮定をおいた場合、中国の対外純資産には全く問題はなく、国際収支危機などは発生しえないのである。そのことを説明するため、アメリカの対外資産、負債、純資産を表すグラフを下記に示す。


米国対外資産負債

中国の対外債務は5兆ドル、アメリカの対外債務は32兆ドルである。対外純資産は中国は+1.4兆ドル、アメリカは-6.8兆ドルであり、アメリカは大幅な対外純債務国になっている。

アメリカの対外債務は多いが、これは米ドルが世界の基軸通貨であることが最大の原因である。中国は人民元の国際化を推進している。人民元の国際化というのは、人民元を外国で使用してもらうことである。使用してもらうと、必ず人民元建ての対外債権と債務が増加する。すなわち、人民元の国際化が進行すると、その先に中国の対外債権と債務が増加するのである。

中国の対外債務5兆ドルは、多すぎるのではなく、少なすぎるのである。アメリカには歯が立たないだけではなく、GDPが中国よりずっと少ない日本を含むいくつかの先進国にも負けている。しかし、アメリカや日本、イギリス、ドイツなどの国の巨額の対外債務が問題と指摘されることはない。仮に中国の5兆ドルの対外債務を問題視するならば、アメリカの32兆ドルの対外債務をもっと大きく問題視しなければならない。しかし、誰もアメリカの32兆ドルの対外債務が問題だとは言わない。アメリカの32兆ドルを問題にせず、中国の5兆ドルを問題視することは完全な誤りである。

次は対外純資産である。中国は+1.4兆ドル、アメリカは-6.8兆ドル。そして両方とも減少傾向にある。アメリカの場合、最近の対外純債務が急増している最大の原因は、ドル高である。アメリカは、日本株を始めとして多額の円建て資産を保有している。しかし、円建て資産の価値は、ここ3年あまりの間に進行した円安ドル高の結果、大きく目減りしてしまった。一方、アメリカの場合、負債の大半はドル建てである。これはドル高でも目減りすることはない。結果としてアメリカの対外純債務は急増しているのである。

この6.8兆ドルの対外純債務には、少し問題がある。中国の対外総債務が5兆ドルであるのに対して、アメリカの場合は対外純債務が6.8兆ドルである。純債務と総債務では全く意味が異なる。6.8兆ドルの対外純債務は少し大きすぎて、少しは心配しなければならない。ただ、アメリカの2014年のGDPは17兆ドルである。対GDP比で見た対外純債務の比率は39%。39%という水準は、問題がないわけではないが、国際収支危機を恐れるレベルでもない。日本では、アメリカの6.8兆ドルの対外純債務が全く問題視されないことが多い。他方で、アメリカの6.8兆ドルの対外純債務は大問題であり、日本がアメリカに対して保有している1.2兆ドルの米国債は、将来必ず紙切れになると主張する意見が一部に存在する。米国債が紙切れになる可能性はゼロではないが、高くもない。アメリカ経済を見るに当たって、6.8兆ドルの対外純債務が存在するという事実、そして最近のドル高の結果として対外純債務が急増しているという事実は頭には入れておく必要がある。このことを頭に入れておけば、6.8兆ドルの対外純債務を保有するアメリカよりは、1.4兆ドルの対外純資産を保有する中国の方が、圧倒的に健全であるということがわかる。

より頻繁に指摘される問題は、中国の対外純資産が2013年末から6000億ドル減少、ないしは7000億ドル消失している点である。しかし、アメリカ以外にも、中国と変わらないくらい対外純資産が大幅に減少しているという問題を抱えている国が別に存在する。それは日本である。日本の対外純資産をドル建てと円建てに分けて見ることにする。


日本対外資産負債

日本は中国を上回る世界最大の対外純資産国である。そして円建ての対外純資産は2014年末までは増加し続けていた。一方、ドル建てでは2012年末をピークにして大きく減少している。円安進行により見えにくかっただけである。この問題は2013年末の日本の対外純資産が発表される直前に、大問題であることを指摘した(*1)

中国の2013年末-2015年3月末のドル建て対外純資産の減少金額は6000億ドルである。日本の2012年末-2015年3月末のドル建て対外純資産の減少金額は5600億ドルである。絶対金額では、日本より中国の方が少しだけ上回っている。しかし、2014年のGDPは、日本が5兆ドル弱、中国が10兆ドル強である。経済規模を考えた場合、実質的には中国より日本の方がより大規模な対外純資産の減少に見舞われている。

日本の対外純資産が大きく減少した理由は、金持ちが密かに円をドルに替えて海外に逃げ出したからではない。日本の対外純資産が大きく減少した最大の理由は、日本の株高である。バブル崩壊後、1991年-2015年3月の間に海外投資家は国際収支ベースで115兆円の日本株を買い越してきた。これは、日本から見た場合、対外債務の大幅な拡大を意味する。日本は資金需要がなくなったといって銀行からの借入金という国内債務を大幅に減少させる中、かわりに対外株式債務を大幅に増やしてきた。企業レベルで見た場合、株式は債務ではなく資本であるが、国家レベルで見た場合、株式もまた債務になるのである。そして、対外株式債務は株価が上昇すると債務の金額も増える。配当利回りも今や借入金の利回りを上回っている。アベノミクスが始まる直前の2012年9月末から日経平均株価が2万円台を回復した2015年4月22日の間に、株高による対外株式債務の金額がちょうど100兆円増加し、その金額だけ対外純資産が減少したことを書いたことがある(*2)

2013年末-2015年3月末と少し期間を変えて株価上昇による損失を再計算すると、100兆円よりは少ない90兆円、7500億ドルになる。この間の対外純資産の減少金額は5600億ドルなので、株価上昇による損失金額は、対外純資産全体の減少金額を上回っている。この差の1900億ドルの中で一番大きく寄与しているのは、日本の投資家が保有している外国株式の値上がり益である。日本は自国の株高が原因で、2012年末-2015年3月末のドル建て対外純資産を7500億ドルも減らしている。この巨額の減少を、保有する外国株式の値上がり益やそれ以外の多くの要因を合計して、対外純資産全体の減少額を5600億ドルまで縮小させている。中国の対外純資産の6000億ドルの減少、7000億ドルの消失を大騒ぎする前に、日本の株高によるドル建て対外純資産の7500億ドルの減少、あるいは日本が保有する外国株高などを合計した対外純資産の5600億ドルの減少の方をより声高に叫んで問題視すべきである。

中国の2013年末-2015年3月末における対外純資産の6000億ドルの減少、7000億ドルの消失の最大原因も、日本と同様に中国の株高である。中国の株価上昇による損失金額は、3800億ドル弱と推定できる。日本ほどは大きくないが、昨年後半から株高による対外純資産減少が増え始め、今年の1-3月期には株価急上昇により対外純資産を大きく減らしている。それ以外の要因は正確にはわからない。ただこの期間、米ドルの実効為替レートが18%上昇している。2013年末時点で中国の対外総資産6兆ドルのうち、米ドルとそれに連動する人民元、香港ドル建て以外の資産の比率は全くわからない。しかし例えば、米ドル、人民元、香港ドル以外の資産が50%であったと仮定すると、為替差損は6兆ドル×50%×18%≒5400億ドル前後も生じていることになる。対外負債の場合は、すべてが米ドル、人民元、香港ドル建てではない。しかし、米ドル、人民元、香港ドル建ての比率が高いと思われる。ユーロ建て、円建ての債務もあるはずだが、資産サイドよりはその比率はずっと低いはずである。為替差損5400億ドルは過大評価であり、実際にはもっと少ない。しかし、5400億ドルよりは少ないとしても、中国はドル建てで見た為替差損が数千億ドルレベルで発生していることは間違いない。中国の株高による損失金額は3800億ドル弱であると推定できるので、残りの3200億ドル強が米ドル高=人民元高による為替差損であり、合計で7000億ドルの対外純資産の消失と説明できる可能性はありえる。もっとも、個別項目まで分解すると、為替差損と確認できる金額は少なく、原因不明要因が多い。それでも株価と為替変動による損失の可能性がある項目を合計した場合、対外純資産消失金額は7000億ドルには達しないが、その多くの割合を説明できると考える。

中国の対外純資産の公表数字が正確な数字と大きな乖離がないという条件を付ければ、近い将来に国際収支危機が発生し、その結果、中国経済が崩壊することはありえない。発生することは、人民元レートの下落までである。

より重要なことは、日本が株高により対外純資産を実質的には中国以上に減らしてきたという事実の方である。これは将来の予想ではなく、過去に実際に発生してきた事実である。しかし一方、ドル建ての対外純資産の減少を食い止める政策の実施は非常に難しい。日本経済をデフレ不況に戻せば株価は暴落し、対外純資産は増加するが、この道は問題外である。日本経済に景気後退の徴候が現れ、6月をピークにして海外投資家による日本株の大量売り越しと株価下落が発生している。そのため直近での対外純資産は増加に転じているが、日本経済の不況への再突入は避けなければならない。

私は追加金融緩和が必要と繰り返し書いてきた。海外投資家を日本から閉め出すような政策は厳禁である。日本は外にも開かれた自由な市場を絶対に維持しなければならない。その中で、海外投資家による日本株の持株比率を、直近の32%からある程度引き下げさせる政策が必要なのである。中国のように国際収支危機予想を引き起こすような政策は、情報公開の進んでいる日本では不可能である。しかし、極端な通貨安予想から円建て資産の保有恐怖症を引き起こすことなら、絶対に不可能とは言い切れない。黒田バズーカ砲の第1弾と第2弾は、海外投資家による日本株の過去最大の買い越しを引き起こした。第3弾は過去最大の買い越しを引き起こしてはならず、今度こそ反対に日本株の売り越しを引き起こす必要がある。実際問題として、これは簡単なことではない。非常に困難なことである。成功するかどうかは別にして、第1弾、第2弾とは次元が何次元も異なる極端なサプライズを伴った追加金融緩和の実施が、必要不可欠なのである。


リンク先記事
2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*1)
アベノミクスがもたらした株価上昇による100兆円の損失(*2)

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アメリカ製造業の構造的な成長率低下

2015年7月21日に、FRBが新しい基準での鉱工業生産、製造業生産を発表した。新基準での直近の鉱工業生産、製造業生産は、旧基準よりも下方修正となった。特に下方修正の幅が大きかったのは製造業生産である。今回は、製造業生産の下方修正をふまえ、今後のアメリカ製造業の中期的な成長率低下予想について説明する。

最初に、製造業生産の修正前と修正後の1990年からのグラフを下記に示す。


製造業生産 新旧

製造業生産は、旧基準では、リーマンショック前の高値を更新していたことになっていた。ところが、新基準では、リーマンショック前の高値に依然として到達していないことが明らかになった。

このように伸び悩むアメリカの製造業であるが、これでも日本よりははるかに高成長なのである。日本では鉱工業生産の99.8%を製造業生産が占める(日本の場合、製造業の正式名称は製造工業)。そのため、製造業生産はあまり使われることはなく、普通は鉱工業生産が使われる。アメリカでは製造業生産が鉱工業生産に占める割合は74.5%であるので、別個の指標として扱われる(厳密には、電力・ガス等が鉱工業生産の中に、日本では含まれていないが、アメリカでは含まれている)。ここでは、日米の製造業生産の1990年以降の推移を表すグラフを下記に示す。


製造業生産 日米

アメリカの製造業生産は下方修正されたとは言え、日本とは比べものにならないほど高い成長を遂げてきた。主な理由は2点ほど考えられる。1番目の理由は、工業製品、特にハイテク製品の性能向上が、日本よりアメリカの方が高く評価されていると考えられるからである。これは、特に2000年以前の日米の製造業の成長率格差の1つの大きな原因ではないかと推測している。例えば、パソコンの頭脳であるMPUは、価格は上昇しなくとも、性能は爆発的に上昇してきた。この性能向上分をアメリカは生産量の上昇に変換して計算し直している。日本も同様な作業をしているが、アメリカほど性能向上分が評価されていないと感じている。そうはいっても、性能向上の著しかったパソコンのMPUは大半が米国製である。日本にも半導体産業は存在するが、一番高価なMPUには弱かった。日本でかつては強かったDRAM、現在でも強いフラッシュメモリの場合、MPUとの比較では性能向上が高かったと言うことは難しいであろう。それ以上に、半導体の性能向上を日米間で基準を共通化させて厳密に評価すること自体が不可能である。従って、日本の製造業生産も、性能向上をもっと高めに評価した場合、もう少し上昇率は高かったであろうと推測の形で言うことが限度であり、厳密に正確なことを言うことはできない。

2番目の理由は、日本の製造業軽視の風潮である。2000年頃から日本の製造業の競争力低下が目立ち、同時に日本からアジアに工場が続々と移転してしまった。そうした動きを食い止めるのではなく、製造業は時代遅れの産業であり、アメリカのような脱工業化、サービス化を進めることこそが、日本経済の進む正しい道であるというような大変間違った考え方が蔓延していた。工場を作ったこと自体が経営判断のミスであるとか、抜本的な構造改革、すなわち工場閉鎖などの製造業の破壊が遅すぎるという非難の声が強かった。そのため、日本は製造業の崩壊を食い止める政策、努力が全く不十分であったのである(*1)(*2)。後で書くとおり、日本が手本としていたアメリカでも、脱工業化の動きがあったことは間違いない。それでもアメリカは、守るべき重要な製造業に関しては、政府が徹底的に保護して守り抜いてきたのである。

そうしたアメリカの製造業も、最近は日本化が進みつつある。アメリカのハイテク産業の成長が衰えつつあるからだ。アメリカのハイテク産業の生産を表すグラフを下記に示す。


ハイテク産業

1990年代以降、ハイテク産業はめざましい成長を遂げてきた。ハイテク産業をもう少し具体的に示すと、コンピューターと周辺機器、通信機器、半導体・電子部品を意味する。これはアメリカのNAICS(北米産業分類体系)という基準による産業分類に基づいて、FRBが使用する単語である。普通、ハイテク産業というと、バイオやソフトウエア、インターネット関連産業の場合でも使用されることが多い。ここでのハイテク産業は、一般的な意味ではなく、NAICSに基づいてFRBが定義するハイテク産業の意味で使用することにする。こうしたハイテク産業は、1990年以降急速に成長し、アメリカの製造業生産を押し上げ、アメリカ経済の成長にも大きく貢献してきたのである。しかし、過去において急成長してきたアメリカのハイテク産業も、リーマンショック時あたりから成長率が鈍化している。パソコン向けのMPUがその代表であろう。生産数量は完全に頭打ちであり、性能もかってのような急速な向上を示せなくなっている。

こうしたハイテク産業に変わって、直近のアメリカの製造業を牽引しているのは、自動車と自動車部品産業である。そのグラフを下記に示す。


自動車と部品

2008年終盤に大変大きな落ち込みを示した。しかし、その後急速な回復を示している。この自動車産業の成長の立役者は、アメリカ政府である。2008年にGMとクライスラーを救済する法案が議会で審議されたが、廃案となった。当時のブッシュ大統領は、レーガン大統領と並ぶ市場原理主義者としての評判が高かった。本来、大統領にGMとクライスラーを救済する権限、予算はなかった。しかし、たまたまリーマン・ブラザース倒産という金融危機がアメリカ金融業を襲い、アメリカ金融業を救済するために7000億ドルの公的資金投入という予算・法案を議会が成立させていた。その法案には、使い勝手をよくするために、本来の金融業救済だけではなく、それ以外の分野にも公的資金投入が可能なような条項が存在していた。任期満了が近づいていたブッシュ大統領は、本来は金融業を救済するための資金を、GMとクライスラーの倒産防止のために目的外流用をする決定を下した。そして、実際のGMとクライスラーの立て直しには、次期のオバマ大統領が取り組むことになった。結果としてGMとクライスラーは立ち直り、その後のアメリカの自動車生産は急速に増加したのであった。GMとクライスラーの救済時には、アメリカはUAWという労働組合を国家が救済する社会主義国家になったと厳しく批判されることもあった。しかし、そうした社会主義的な介入政策の結果、アメリカの自動車産業は急速に成長力を取り戻し、日本とは対照的に成長産業となったのである。

アメリカ政府が保護したのは自動車産業だけではない。ハイテク産業の中核である半導体産業もアメリカ政府が保護をしてきた。1980年代後半、日本の半導体産業が急激に勢力を伸ばし、アメリカの半導体産業を圧迫していた。しかし、アメリカは日米半導体協定を押しつけるなどして、政治力で日本の半導体産業を封じ込め、政府がアメリカの半導体産業を守り抜いたのである。1985年のプラザ合意による急速な円高により、アメリカの製造業は日本に対して急速に有利な環境となっていたのであるが、それだけではアメリカ政府は満足しなかったのである。この半導体を保護して守り抜いた最初の時期、すなわち1986年の第一次半導体協定の締結時の大統領が、市場原理主義者として有名なレーガン大統領であった。ちなみに、1981年に日本車の対米輸出が急増し、アメリカ政府の圧力により日本が対米自動車輸出を年間168万台に制限するという自主規制を強いられたことがある。その時の大統領もレーガン大統領であった。

日本では通産省が国内産業を保護しながら発展させてきた高度成長時代の思想はとっくの昔に消滅している。現在の日本では、高度成長時代に通産省の看板政策であった「産業政策」は時代遅れという風潮が強い。最近でも、JALやルネサスをはじめ、いくつかの企業に公的資金を投入し、産業、企業を保護する政策は存在している。しかし、最近の日本の場合、政府による産業、企業保護は、存在はするが中途半端なものが多く、実効性のあるものは少なくなっている。

次に、ハイテク産業のアメリカ製造業への成長寄与度を示すため、ハイテク産業と、ハイテク産業を除くアメリカの製造業の生産指数を下記に示す。


ハイテクを除く製造業

ハイテク産業を含む場合と除外した場合では、成長率はかなり異なる。特に、リーマンショック以前は、ハイテク産業を除いた場合、アメリカの製造業の成長率が大きく低下することは間違いない。

次に、ハイテク産業と自動車産業の2つの産業を除いた製造業生産のグラフを下記に示す。


自動車とハイテクを除く製造業

濃い赤い線が、ハイテク産業と自動車を除く製造業生産の線である。リーマンショック前は、ハイテク産業が大きく、リーマンショック後は自動車産業が小幅にアメリカの製造業を押し上げている。ハイテク産業と自動車を除くアメリカ製造業の濃い赤い線を見ると、日本とは異なり成長はしているものの、1990年1月の90.1が2015年6月の103.7になっただけである。年間平均成長率は+0.9%である。この間、青色の線である全製造業は、62.3から105.1にまで増加し、年間平均成長率は+3.4%である。基幹産業である製造業の成長率が年率+0.9%と+3.4%の場合、実質GDP成長率にも大きな差が開いていたであろう。ハイテク産業と自動車産業は、それだけアメリカ経済の成長にも貢献してきたのである。

現在、アメリカ製造業の伸び率は鈍化している。現在の成長率鈍化の原因をドル高に求める声も結構大きい。私もドル高の悪影響があることまでは認める。問題はその大きさである。現在のドル高は、一部の製造業の企業収益の減少といった形で悪影響を及ぼしていることは間違いない。しかし、企業収益の赤字化やドル高倒産というのは、例外的である。ドル高により製造業生産が少しは減ったかもしれないが、大きく減ったとは思えないのである。つまり、仮にドル高が是正されたとしても、アメリカ製造業の成長率が少し高まることはあっても、大きく高まるとは思えないのである。

問題は将来である。ハイテク産業がかつてのような成長を取り戻すのは困難であろう。自動車産業は、足元では急成長しているが、これは景気循環的な要素が大きく、アメリカ経済が不況に突入すれば自動車販売台数は減少し、生産も再び低下に向かう可能性が高い。自動車産業は、かつてのハイテク産業のような長期間成長を続ける本来の成長産業ではないのである。

ソフト、サービス産業という分野でアメリカが圧倒的な競争力を持つ時代は、昔から存在していたし、現在もそうであり、将来も続く。しかし、過去のアメリカは、サービス業と製造業、ハードとソフトという2本足で高成長を遂げてきた。しかし、重要な1本の足であったハード、ハイテク産業の成長率鈍化は明確である。巨大な経済規模を持つアメリカは、かつてのハイテク産業のような大きな牽引力を持つ成長産業が今のところ見当たらない。自動車産業が現在その代役を務めているが、長続きする成長産業ではない。、

一方、アメリカの製造業が成長力を取り戻す兆しは多数存在する。例えば、シェール革命がある。原料価格が大幅に低下する石油化学産業の成長に期待が持たれている。最近はインソーシングという言葉も広まっている。中国の労働者の賃金が大きく上昇し、今までは中国で組み立てていた製品が、今後はアメリカ国内で組み立てた方が安くなるということで、アメリカ国内に組み立て工場が回帰する兆しは広まりつつある。その他にも人工知能、無人自動車、電気自動車、IoT、ロボット、バイオといった将来の成長が期待できる分野に欠くことはない。しかし、そうした産業は、まだ種かつぼみの段階である。新しい産業が実際に花を咲かせ、アメリカ製造業全体の成長率を高めるまで、まだ数年くらいの時間がかかると考える。

アメリカの製造業生産は、長期で見れば依然として有望である。アメリカ経済のイノベーション力は強く、将来の成長産業の種やつぼみが多数存在する。しかし、中期で見れば、従来のハイテク産業、あるいはハイテク産業の成長率鈍化をある程度カバーしてきた自動車産業に替わって、アメリカ製造業を大きく牽引する産業が見当たらない。将来の成長産業の種やつぼみでは、アメリカ製造業生産を引き上げることはできても、大きく引き上げることができるまでには、まだ数年の時間がかかりそうである。すなわち今後数年間は、アメリカ製造業はかつての高成長が失われ、成長率が伸び悩む時期が続くと予想される。


リンク先記事
購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化(*1)
日本の製造業 困難な再生への道(*2)

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ジャンル : 政治・経済

中国のGDP捏造に抗議するGDP統計作成者

7月15日に中国の4-6月期のGDP統計が発表された。株価が急落する中でのGDP統計の発表であったため、注目が集まった。結果は前年比+7%。1-3月期と同じ伸び率であり、事前の市場予想平均を少し上回る結果であった。加えて4-6月期のGDPは、同時に発表された他の統計データから推測すると、減速してしかるべきであった。そのため、欧米を中心に中国のGDPの信頼性に疑問の声が上がった。

今回は、中国のGDPが捏造である理由を説明する。中国国家統計局の中国語のHPに掲載されているグラフを見れば、捏造の事実は明らかである。加えて、GDP統計の作成者の一員である国家統計局の下級役人が、英語で中国のGDPの捏造ぶりに抗議し、海外に対してアピールしようと努力している。そのアピールを理解する必要があることを指摘する。

中国の2015年4-6月期のGDP発表の報道が一番速かった報道機関の一つが、ブルームバーグ社である。発表時間と同じ日本時間11時00分という時刻を記入して、中国のGDPの内容をインターネット上に公開している。このような速報が可能であるのは、中国のGDP作成者である国家統計局が、内外の報道機関向けのGDPデータを、事前にブルームバーグ社を始めとするいくつかの報道機関に提供しているからである。こうしたやり方は、中国だけではなく、グローバルスタンダードである。ブルームバーグ社は中国国家統計局から伝えられたGDPの内容を日本語にも翻訳し、11時ちょうどに自社の専用端末に日本語で掲載した。そしてインターネット上にも少し間を置いて公開したのである。ブルーバーグ社が公表したデータを丸ごとコピーすると著作権の問題が発生しかねないので、コピーはせずにこの中の重要な部分だけを引用することにする。



ブルームバーグ


表の中の一番重要な部分に赤字をつけておいた。すなわち、GDPの前年比上昇率である。これが、1-3月期の+7%から4-6月期の+6.8%にまで減速するというのが市場予想平均であった。ところが実際は、+7%と予想以上の高い数字であった。そのため、GDPデータ捏造、水増し疑惑が生じたのである。

15日の11時に、私は別のHPを見ていた。それは中国の国家統計局の中国語のHPである。この国家統計局のHPには、様々なデータやグラフが掲載されている。その中からGDPに関する部分だけを取り出して、中国語と日本語で下記に示す。



国家統計局 中国語 日本後


中国政府は、内外の報道機関に対しては、GDPに関する多くのデータを公開し、提供している。ブルーバーグに示された情報はその一部である。それに対して、GDPの発表直後に中国国民に対して直接インターネットで伝えた情報量は、極めて少ない。ただ、翌7月16日にもう少し詳しいデータを追加で公表している。

ところが、この国家統計局のHPには、非常に重要な情報がもう1つだけ掲載されていた。かなり下の方に掲載されているグラフである。そのグラフを下記に示す。


国家統計局GDP短期グラフ

GDP成長率をその期の前年比ではなく、年初からの累積の前年比で示したものである。このグラフを見れば、2014年は常に+7.4%、2015年は常に+7%になっている。GDPのデータがこのような不変の数字になることはありえない。中国のGDPは捏造である。

日本のメディアにも、中国のGDPを示したグラフが多数掲載されていた。全く同じ2008年からの前年比GDPのグラフである。おそらくそのグラフは、世界の経済データを収集し、世界のマスコミや経済系シンクタンクに情報として販売している経済データ収集販売業者が作って流したものと考えている。これらのグラフは、すべてコピー不可になっている。中国国家統計局発表のものなら、必ずしもコピー不可にする必要はない。しかし、大元が有料データならば、コピー不可は当然である。従って、そのグラフをここに掲載することはできない。しかし、有料データから作成されたグラフを見ただけでは、捏造は見抜けない。

ネット上では、国家統計局が「GDP統計は正確。成長率の水増しはしない」との見解を示したという情報が流れている。これは、15日のGDPデータ発表後に開かれた記者会見でフィナンシャル・タイムズの記者の質問に対して、国家統計局の報道担当者が答えた内容の要約であると思われる。翌16日公表の国家統計局のHPに詳細が掲載されている。

フィナンシャル・タイムズを始めとする海外の記者たちは、国家統計局の中国語のHPを見るべきであった。しかし、彼らは見ていなかったか、漢字がわからなかったのである。現在、翻訳ソフトの技術進歩により、中国語のHPの内容をかなり正確な英語で読むことができる。ところが、翻訳ソフトが翻訳してくれるのは、テキストの部分だけである。表までは翻訳可能である。しかし、グラフの中に書かれた漢字を翻訳することは不可能である。国家統計局の中国語のHPを英語で翻訳したものを見た外国人は、GDPに関しては、有用な情報は存在しないとしか感じなかったと思う。漢字が理解できる外国人は増えていると思うが、漢字がわかる外国人の中で、国家統計局のGDPのグラフを見た人は非常に少なかったと思われる。

国家統計局の高官は、中国政府高官の許可を得た上で、上記のグラフを掲載しているはずである。国家統計局の高官は、累積GDP成長率の前年比+7.4%と+7%は、習近平総書記が一番満足する数字だと考えているのであろう。私は上記のグラフを見て、昨年10-12月期の時と同様に、GDPの捏造を確信した。同じグラフを見た中国人エコノミストも、同じことを確信したはずである。しかし、中国人エコノミストは捏造だとは決して言わない。捏造などと批判すると、将来、人権派弁護士のように拘束されることを恐れているのであろう。中国政府は、内向きには捏造丸見えのグラフを明示しながら、暗黙のまま批判を押さえ込む。外向きには捏造丸見えのグラフを明示することはない。

しかし、もう一つ重要な事実が存在する。中国の国家統計局は、英語と中国語で同じ内容の時系列GDPのデータを掲載している。そのグラフを下記に示す。


国家統計局GDP長期グラフ

先に示したグラフと同じ累積GDP前年比のグラフである。ただ、期間がより長くなっている。直近において、2015年4-6月期分は掲載されていない。4-6期分は手入力である。それ以前は国家統計局の英語のHPからデータを取り出して作成した。2011年以前は中国のGDPは他の国とはあまり変わらないように変動する曲線を描いている。それが2012年以降、動きが滑らかになっている。このあたりからデータの捏造が深まっているようだ。そして、2014年以降のグラフは直線であり、捏造は決定的なものになった。

一方、国家統計局の時系列統計のHP上には、前年比GDPのデータは中国語でも英語でも掲載されていない。なぜ前年比GDPをHP上に掲載しないのであろうか。ここに、中国国家統計局の下級役人たちの無言の抗議とアピールがあることに気がついた。中国の前年比GDPをHP上に公開してしまえば、累積GDP前年比という中国人しか使わないガラパゴス的な中国方式のGDPを見る海外のエコノミストは誰もいなくなる。しかし、捏造のターゲットは、累積GDP前年比なのである。

中国国外で、有料の前年比GDPのデータを見ることができるエコノミストは当然いる。しかし、彼らは累積GDP前年比をほとんど見ていない。中国国外では、累積GDP前年比という数字はほとんど使われることはない。

国家統計局の時系列統計の数字の多くは累積前年比である。しかし、重要統計は単月前年比も掲載している。例えば、鉱工業生産は累積前年比と単月前年比の両方を掲載している。しかし、鉱工業生産は毎月、季節調整済み前月比を掲載しているが、時系列統計には季節調整済み前月比は掲載していない。一方、GDP統計は4半期ごとに、累積前年比、4半期単独前年比、季節調整済み前期比を掲載している。しかし時系列統計には季節調整済み前期比を掲載しているが、4半期単独前年比は掲載していない。GDP統計だけは、掲載方法が特別であるのだ。

中国国外で、有料のデータを見ることができないエコノミストたちは、英語の国家統計局のHP上で中国の時系列GDPを見る場合、前年比については、国家統計局が捏造のターゲットにしている累積GDP前年比しか見ることができないのである(indicators→National Accounts →Indices of Gross Domestic Product)。国家統計局の下級役人たちは、海外では一番よく使われる前年比GDPをわざと中国語でも英語でもHP上には掲載せずに隠しており、累積GDP前年比だけを掲載している。このような掲載をすることにより、中国のGDPのデタラメさを海外にアピールしているのである。

国家統計局高官は、デタラメさがバレても中国国内だけなら全く問題はないと考えている。加えて、中国語だけではなく英語でも累積GDP前年比を公開していることも特に気にしていないようだ。累積GDP前年比は、国家機密ではない。GDP発表と同時に世界に公表しているのである。最初に示したブルームバーグの表に、累積GDP前年比という数字は存在している。

2015年7-9月期の累積GDPはどうなるであろうか、仮に+7%であれば、中国のGDPは120%の確率でデタラメであると言える。実は、累積GDPを常に一定値に保つことは、結構難しいのである。4-6月期には前期比+1.7%と1-3期の+1.4%よりも経済成長率を比較的大幅に加速させた。その結果、ようやく累積GDP前年比を+7%に維持することができた。これは、4-6月期のGDPが捏造であることの証拠でもある。加えて、7-9月期の累積GDP前年比を+7%にするためには、再び前期比のGDPを+1.7%から大きく加速させる必要がある。前年比GDPも同様である。仮に今後、景気が悪くなった場合でも、前期比と前年比のGDPを大幅に加速させなければ、累積GDP前年比は7%を維持することができない(追記 確報時の下方への遡及改訂により加速させる必要はなくなった)。もう一度無理をして、累積GDP前年比7%ちょうどを捏造するかもしれない。一方、これ以上の無理は困難と考え、7%ちょうどは諦めるかもしれない。どちらになるかの予想はできない。しかし、累積GDP前年比が7%に近ければ、捏造の可能性は非常に高いと言うべきである。

4-6月期に景気減速がなかったのはおかしいと報道されることが多い。しかし、中国国家統計局が公表した季節調整済み前期比GDPは、景気減速がなかったのではなく、上記のように景気加速を示していた。累積GDP前年比+7%を維持するために、4-6月期の季節調整済み前期比は比較的大幅な加速という、他の統計数値とは全く矛盾する数字になっていたのである。季節調整済み前期比GDPの数字もブルームバーグから引用した最初の表に存在している。中国は、先進国標準のX-12-ARIMAという季節調整法を採用せず、それに改良を加えたと称する中国独自の季節調整法を採用している。その季節調整法が信用されていないことも、注目されない一因であるようだ。だからと言って、季節調整済み前期比GDPを見なくてもよいとは思えない。

中国の統計の中には、捏造が少ない統計も存在する。その代表が貿易統計である。2013年春に、香港向け輸出の水増しが暴露された。そのため、中国の貿易統計は信じられないとコメントする報道を見たことがある。しかし、事実は正反対である。中国の貿易統計は、世界のいくつかの経済系シンクタンクが、相手国の対中国の貿易統計と突き合わせ、監視しているのである。従って、誤差を超える捏造をした場合、その捏造はバレやすいのである。そのため、貿易統計は信頼性が高い統計と考えられるのである。それ以外の大半の統計は、怪しい数字が多くても、ウソか本当かわからない統計が多い。貿易統計とは異なり、捏造があっても、その捏造がバレることは普通ならありえない。100%ウソと100%本当の間にあることは間違いないにしても、その位置がよくわからないものが多いのである。そして、100%ウソ、捏造と断言できる統計が少数存在する。その少数の統計の中の一つが、GDP統計である。

中国のGDPに関心を持ち、中国語が理解できる者ならば、中国の国家統計局のHPを見れば、中国のGDPが捏造だという事実を簡単に理解できる。しかし、漢字のわからない外国人の場合には、そう簡単にはいかない。それでも、中国の国家統計局の下級役人たちは、国家統計局の英語のHPを通じて、GDP捏造の事実に抗議し、海外にアピールしようと努力している。そのアピールに、中国国外のマスコミ、エコノミストは1日も早く、そして広く気がついてあげるべきである


10月19日追記
中国の第3四半期のGDPは前年比+6.9%、累積GDP前年比も+6.9%と発表された。累積GDP前年比は7%から変化し、前年比+6.9%の数字も国家統計局のHP上に掲載されるようになった。国家統計局の下級役人の抗議も少しは貢献したかもしれないが、第2四半期のGDPの発表後、中国のGDPは捏造と言う見方が中国国外で急速に広まった。おそらくそうしたことを意識して、国家統計局も数字を少し変え、掲載方法も変えたのであろう。しかし、株式バブル期である1-3月期の前期比成長率が1.3%であり、4-6月期、7-9月期が1.8%であった。バブル崩壊後に成長率が加速し、その状態が続くというのは不自然である。中国のGDPが100%捏造であることを証明することは難しくなった。しかし、限りなく捏造に近いことまでは間違いない。

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グレグジット ギリシャ問題解決への近道

2009年10月のギリシャ政権交代の直後に、ギリシャの財政赤字の数字が従来は過少申告であったことが公表された。その後、ギリシャ危機が叫ばれるようになった。そして、グレグジット、すなわちギリシャのユーロ圏からの離脱という破滅的な危機の発生懸念が拡大した。現時点でも、グレグジット=破滅であり、避けなければならない事態であるというのが多数派の考え方であろう。私の考え方は、正反対の少数派である。ギリシャ問題の解決は容易ではない。それでも、グレグジット=ギリシャのユーロ圏離脱の実現が、問題解決への一番近道になると考えている。

ギリシャ危機の本質とは何であろうか。それは、外国からの借金を返すことができないという問題が最も重要な点である。ギリシャを始めとするEU加盟国の対外純債権債務の対GDP比率を表すグラフを下記に示す。


対外純債務

ギリシャの対外純債務の対GDP比率はキプロスに次いで2番目に多い。キプロスは、2013年3月にベイルイン(大口預金者に負担を追わせる銀行救済策)が行われて、銀行の資金繰りはしばらくは安泰になっている。しかし、対外純債務の規模はまだ大きく、完全な解決策にはなっていない。

もう1つ不思議な対外純債務の変動を示す国がある。黒い太めの線で示したフィンランドである。2000年にフィンランドの対外純債務の対GDP比率は200%近くに膨らんだが、その後減少している。この原因は、海外投資家がノキアの株を大量に購入し、ノキアの株価がその結果急上昇し、その分が対外債務とカウントされているからである。この後、ノキアという企業の成長停滞、没落とともに、ノキアの株価も大きく下落し、対外債務の多くが帳消しになった。対外純債務も大きく減少し、現在では少しばかりの対外純債権国に変わっている。これと同じ現象が、今後の日本でも発生しうると私は繰り返し主張し続けている。

現在のギリシャは、フィンランドや日本と事情が全く異なる。ギリシャは外国からの借金を返済しなければならない。外国からの借金が返せなくなった多くのケースでは、IMF管理のもとで、通貨の切り下げを強いられる。加えて財政収支の黒字化も強いられる。しかし、現在のギリシャでは、ユーロに加盟しているため、通貨の切り下げを行うことができない。そのため、財政収支の黒字化の方に負担がかかりすぎているのである。このメカニズムは、少し前に、初級ではなく中級以上の経済学の教科書に書くべき内容とした下記の式から導かれる。

(EX-IM)=(S-I)-(G-T)・・・A式と表す
  経常赤字=貯蓄投資差額-財政赤字
    ↓
(厳密には経常収支+資本移転等収支)

ギリシャの対外純債務拡大の大元は、経常収支の赤字の累積である。まずは、経常収支を黒字化させなければならない。そのためには、通貨価値を切り下げ、輸入品の価格を大幅に引き上げて輸入ができないようにし、経常収支の赤字を減らすことが最初に必要な政策である。先に、外国からの借金が返せなくなった多くのケースでは、IMF管理のもとで、通貨の切り下げを強いられると書いたが、通貨の切り下げはIMF管理になる以前にすでに実現されているケースが多い。そのため、IMF管理になった場合、2番目の財政赤字の削減が最初に強制されるケースが多い。通貨安だけなら、IMFによって強制される以前に、民間資金の移動の結果、実現を強制されてしまっている国が多いのである。しかし、財政赤字の削減は、IMFのような一種の強制力を持った国際機関ではないと、政治的に難しい。財政赤字がマイナスすなわち黒字化した場合、A式から経常収支も改善しやすくなることがわかる。

ギリシャの場合、為替レートを切り下げて、直接、経常赤字(EX-IM)を減らす政策をとることができない。そのため、財政赤字の削減に負担がかかるのである。加えて、A式から言えることは、経常収支の改善のためには、(S-I)を増やすことも必要になってくる。つまり、貯蓄を殖やし、投資を減らすことが必要である。言い換えると、消費と投資を両方減らすことが必要になる。これは、ギリシャの不況が固定化することを意味する。特に(S-I)を縮小するために、Iの投資を切り詰めると、設備投資が減少し、投資不足から経済成長が不可能になってしまう。これは実際にギリシャで発生していることである。ギリシャとEU加盟国の実質GDPの比較を表すグラフを下記に示す。


GDP.gif

ギリシャだけが全く成長できていない。これは、IMF、ECB、EUというトロイカから、財政赤字を過度に減らす政策を強いられているからである。財政赤字を縮小させ、総需要を抑制させると、(S-I)も縮小せざるをえない。つまり、ギリシャは成長ができなくなるのである。そのため、(EX-IM)は改善はしたものの、不況の悪循環が2010年からずっと続いているのである。

ギリシャを不況から脱出させ、経済成長を実現させなければならない。そのためには、(S-I)の中のI=設備投資を増やす必要がある。しかし、設備投資が増えると経常赤字が拡大するので、設備投資を増やすことができない。しかし設備投資を増やせない間は、ギリシャは経済成長を実現することができないのである。

設備投資を増やすためには、(EX-IX)の経常赤字を直接大きく減らすことがどうしても必要である。そのためには、グレグジットを行い、為替レートを切り下げ、輸入を強制的に減らすしかない。

この政策もギリシャ国民に一時的には大変大きな痛みをもたらす。まず輸入品の価格が高騰する。しかし、これは借金返済ができなくなり、IMF管理に置かれた多くの国が経験する痛みである。この痛みにギリシャ国民は耐えるしかない。

グレグジットがもたらすもう一つの大きな負担は、ユーロ離脱後にギリシャ・ドラクマの価値が急落し、ドラクマ建ての対外純債務が何倍にも増えてしまうことである。ドラクマの価値が半分になった場合、対外純債務はちょうど2倍になるのではない。GDPよりも対外純債務の方が大きいので、2倍より少し大きな金額にまで膨らんでしまう。この場合、ギリシャは何倍にも膨らんだ対外純債務の返済が不可能になる。

そこで必要になるのは、ドイツを中心とする貸し手責任である。ギリシャに返済不能な借金を作らせたのは、ドイツを中心とする債権国側にも責任がある。従って、ギリシャに対する債務の何割かを帳消しにする必要がある。そして、グレグジットの前の対外純債務の対GDP比率が、グレグジットの後でも同程度になるくらいまで債務を帳消しにする必要がある。これは、ドイツを中心とする債権国側にも大変大きな負担をもたらす。しかし、これは、貸し手責任として債権国側も負担すべき責任である。対ギリシャ債権では、債権国がどのような割合で負担を分担するのかも大変大きな問題になる。ここは最大の債権国であるドイツが多めに負担を負う解決策を自ら主導して作り、残りを他の加盟国にも負担してもらうしかない。

ギリシャのチプラス首相は、グレグジットを行わないで債務一部帳消しを実現することを最大の目標としている。しかし、グレグジットなしの債務一部帳消しは、痛みを伴いながら借金返済の努力を続けているキプロス、ポルトガル、スペインなどの同じ債務国に対して、不公平になってしまう。グレグジットなしの債務一部帳消しを認める訳にはいかない。「グレグジット+債務一部帳消」により、ドラクマ建ての対外純債務の対GDP比率をグレグジット前と同等に維持するのが一番公平である。

繰り返すが、グレグジットに伴うドラクマの価値急落により、ギリシャ国民は輸入品価格の高騰のため大変悲惨な状況になる。かわいそうだが、この負担だけは減らしてはならない。ギリシャが悲惨な状況になると、キプロス、ポルトガル、スペインはユーロからの追放の痛みを恐れて、ユーロからの追放を阻止すべく、全力をあげて債務返済の努力をすることになる。

グレグジットは、一時的には、ギリシャにも、ドイツを中心とする債権者にも大変大きな負担を追わせる。しかし、ドラクマ安を通してギリシャの輸入が減少し、経常収支はより大きく改善することになる。大幅なドラクマ安の結果、観光以外には数少ないギリシャの輸出産業の競争力も高まることになる。一時的な痛みを乗り越えれば、輸出拡大と経済成長実現のために必要な設備投資の拡大も可能になってくる。

こうした政策は、過去におけるIMF管理国ならば、とっくの昔に実現されているケースが多いのである。そうした国の経済は、自国通貨安により一時的には大変大きな苦しみを経験した後、必要な時間の長短には違いがあるが、経済は回復へと向かうケースが多い。この普通の政策が、ギリシャでは実施されなかったことが問題なのである。

グレグジットが実施されなかった理由は明快である。2010年の段階でグレグジットを実施していたならば、ユーロ離脱はギリシャ1国ではすまなかったからである。当時、PIGSと呼ばれた、ポルトガル、スペイン、アイルランドもまた同様にユーロ離脱を迫られていたはずである。ギリシャだけではなく4ヶ国が同時にユーロ離脱、為替レートの急落が発生した場合、ドイツを中心とした債権国は巨額の債権の放棄を迫られる。これはドイツを中心とした債権国側の痛みが大きすぎて、とうてい認めることのできない政策であったのである。

現在、ギリシャの銀行から預金の流出が拡大している。これは、ギリシャ国民がすでにグレグジットを予想し始めているからだ。2010年の段階でギリシャがユーロ離脱となれば、ポルトガル、スペイン、アイルランドの銀行からも預金の流出が拡大し、金融資産を失ったこの3ヶ国もまた、借金返済が不能になっていたはずである。こうなれば4ヶ国がほぼ同時にユーロ離脱とならざるをえない。ギリシャ1国だけのユーロ離脱は、2010年の段階では不可能であった。そしてグレグジットという言葉が広がった2012年の段階でも、まだリスクが高く、グレグジットは選択しづらい政策であった。

ギリシャ1国だけのユーロ離脱は、少し前までは不可能、あるいは高リスクであった。しかし、現在は可能であり、低リスクとなっている。それは、下記のEU諸国の長期国債金利が示してくれている。


 長期金利

2010年の段階で、最も長期金利が上昇していたのは、ラトビアなどのユーロとの固定レート制を維持しながらユーロには非加盟の国であった。ラトビアの経済再建には通貨切り下げが必要と考えていたが、ラトビアは固定レート制を維持しながら、経済再建に成功した。しかし、ギリシャはラトビアと同じことができなかった。2010年、2012年の段階では、ギリシャだけではなく、ポルトガル、アイルランド、さらにはスペインまでもが長期金利に上昇圧力がかかっていた。それが、2015年には大きな差が付いている。上記のグラフで示した4月の段階での長期金利は、ギリシャが最高で12%、次がキプロスの6%である。一方、ポルトガル、スペインの2ヶ国は1%台であり、アイルランドは1%を下回っている。ECBのマイナス金利、量的緩和の影響もある。しかし、最大の原因は、海外の投資家がギリシャのユーロ離脱はありえても、ポルトガル、スペイン、アイルランドの3ヶ国のユーロ離脱はありえないと考えているからである。ギリシャ1国だけのユーロ離脱という2010年、2012年の段階では不可能であった選択肢が、2015年には可能になっているのだ。

国際政治の環境も変わっている。2010年、2012年の段階では、ギリシャがユーロから追放された場合、ギリシャはロシアに援助を求めることが可能であった。しかし、昨年からの原油価格の急落により、現在のロシアにギリシャを助ける余裕は全く存在しない。ロシアはウクライナの親ロシア勢力に対してさえも十分に経済支援ができないでいる。人口1100万人のギリシャを支援できる経済力が、現在のロシアには存在しない。チプラス首相は、4月にモスクワを訪問した。チプラス首相としては、何とかしてロシア・カードを使いたいのである。しかし、現在のロシアは、カードを保有していないのである。

現在はグレグジットの時期としては適切である。曲がりなりにも緩やかな景気回復と低金利が続いているからだ。グレグジットの混乱に伴い、一時的な景気後退や一部の国の金利上昇は避けられない。それでも、現時点のグレグジットの場合、経済的な打撃は比較的少なくてすむ。ドイツを中心とする債権国側が、今まで先送りしてきたギリシャ債権という不良債権の処理を一気に行う時期としては、良いタイミングであるのだ。

仮に、次の景気後退期、あるいは金利上昇期に、ギリシャ問題がより深刻化し、グレグジットが計画的ではなく、デフォルトが起こった後に仕方なく発生してしまうと、大変大きな混乱をもたらす可能性がある。アイルランドの経済は回復し、危機再発の可能性は低い。しかし、ポルトガル、スペイン、キプロスといった国の金利の急上昇や景気の深刻な後退を招いてしまうかもしれない。この3ヶ国に加えてイタリアにまで経済危機が波及することになれば、ユーロ圏にも世界にも大変大きな打撃になる。従って、金利が低く、緩やかに景気も回復し、原油安でロシアが動けない今が、グレグジットによる打撃が最も少ない時期であると考える。

グレグジットを行う場合、そのやり方が難しい。一気に物事を進めなければ、預金流出拡大などの悪しき現象が加速してしまう。おそらく、グレグジットの計画はすでに何種類か存在しているはずである。あとは、ドイツのメルケル首相を筆頭とするユーロ圏のリーダーの決断だけが必要であろう。

グレグジットが実施されたとしても、短期間にギリシャ問題が解決することはありえない。ギリシャは依然として巨額な対外債務を、輸出を伸ばし、輸入を減らしながら時間をかけて少しずつ返済していくしかない。いずれにせよ、痛みと完全な問題解決までの時間は必要なのである。グレグジットを行う場合と、行わない場合の「痛み×問題解決時間」を考えると、現在のグレグジット実施の方が、負担が大きく軽減される可能性が高い。

加えて、グレグジットを行わずに、ギリシャの借金の返済期限が来るたびに大騒ぎをするようなことは、世界中の国にとって迷惑であり、いいかげんにやめにしてもらいたい。ユーロ圏内でも、政治的な反ユーロ政党の勢力がより拡大し、ヨーロッパ統合の理想がかえって遠のいてしまうことにもなりかねない。

グレグジットは、一時的にはギリシャ国民をさらなる苦境に間違いなく追い込む。同時にドイツを中心とする債権国も貸し手責任をとって、債権の何割かを帳消しにすることが必要になる。この際の混乱は、ギリシャ1国にとどまらず、ユーロ圏、さらには日本にも株価急落などの形で悪影響が及ぶであろう。しかし、より長期の観点で見た場合、ギリシャにとっても、ギリシャ以外のユーロ加盟国にとっても、日本などのそれ以外の国にとっても、現在、秩序だったグレグジットを実施することの方が望ましい。メルケル首相がグレグジットの決断を下すことこそが、ギリシャ問題の一番望ましい解決策につながる近道なのである。

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アメリカの資金循環統計とドルの需給分析の困難さ

最近、日本株の需給分析を書くようになった(右下の、カテゴリ、株式投資部門別売買状況、コメントを参照)。もう一つの重要な為替市場の需給分析も、書くことができるならば、書いてみたいとは思っている。しかし、為替市場の需給分析は、株のように簡単にできるものではない。理由は、為替市場の需給分析には、大きな統計上の制約が存在するからだ。日本の統計上の制約により、為替や金利の分析が困難である理由を、(*1)に書いたことがある。今度は、為替レートをアメリカの側から見ることにする。3月12日にアメリカの2014年の資金循環統計が発表された。アメリカの資金循環を理解するのに大変重要な統計である。この資金循環統計を使って、アメリカと諸外国の間の国際収支の構造を分析するとともに、その分析には限界があることを示す。

アメリカを取り巻く資金循環のうち、中長期の為替需給を決定する重要な項目を3項目見ることにする。最初に、外国人による米国債券買いとアメリカ人による外国債券買いを表すグラフを下記に示す。


債券売買

債券については、外国人による米国債券買いの金額が、アメリカ人による外国債券買いの金額を常に上回っている。外国人は米国債券の買いに熱心であるが、アメリカ人はそもそも外国債券への投資にあまり関心を持っていないことが伝わってくる。

次に、外国人による米国株買いとアメリカ人による外国株買いを表すグラフを下記に示す。


株売買

株については、外国人の米国株買いを、アメリカ人の外国株買いが上回っている。ストックで見ても、2014年末のアメリカ人の外国株式投資の残高は6兆6121億ドル、外国人の米国株式投資残高は5兆8813億ドルと、アメリカの側が資産超過になっている。特に直近の2014年には急増している。

次に、外国からアメリカへの直接投資と、アメリカから外国への直接投資を表すグラフを下記に示す。


直接投資

株と同様に、外国からアメリカへの直接投資よりも、アメリカから外国への直接投資の方が上回っている。ストックで見ても、2014年末のアメリカから外国への直接投資残高は5兆4833億ドル、外国からアメリカへの直接投資残高は3兆2989億ドルと、アメリカの側が資産超過になっている。

以前にも書いたことがあるが、アメリカは世界最大の対外純債務国である。巨額の対外純債務があると、普通は第一次所得収支は大赤字になる。しかし、アメリカの第一次所得収支は、世界最大の黒字である。世界最大の対外純債権国である日本の第一次所得収支の黒字を上回っている。

このような手品ができるのは、アメリカが債券、ないしは国債という低い金利で資金を大量に調達し、それよりも少ない金額ではあるが、株と直接投資に資金を回し、その配当と売買益だけで債券の利子以上に稼いでいるからである。これは、アメリカ経済の実力が高いからと言わざるをえない。国民のほとんどすべてが英語という世界語を自由に操ることができる。加えて、世界から優秀な人材を集め、その人材を使って外国にも人脈を作り、世界中の情報を集め、株式投資や直接投資を成功させている。日本の場合、最近も外国企業に対する大型のM&Aが続々と発表されている。しかし、金額は大きいものの、価格だけが割高な案件が非常に多い。そのため、大型のM&Aが発表されると、買収企業の株価は発表直後は売られるケースが多い。過去のM&Aの失敗が確定したり、退却のニュースもよく聞かれる。M&Aにしろ、外国株投資にしろ、日本はアメリカの真似をし、アメリカから学ぶことは必要である。それでも、日本とアメリカの間には、簡単には追いつくことのできない大きな実力の差もまた、現時点では存在することも認識しておくべきであろう。

中長期の為替需給を決定する重要な3項目を見た。次は、短期資金やローンをも含めた外国からアメリカへの資金流入総額と、アメリカから外国への資金流出総額を表すグラフを下記に示す。


総資金流出入

アメリカは経常収支(+資本移転等収支)の赤字国なので、外国からアメリカへの資金流入総額は、アメリカから外国への資金流出総額を常に上回る。このグラフを見ると、テーパリング=金融引き締めが実施された2014年において、アメリカの資金の対外流出総額は増えている。

「為替レートは金利差で決まる」という考え方は、現在でも有力である。しかし、資金流出入にあたって金利差が大きく影響する部門は、債券部門と短期資金部門が中心である。それ以外の部門に、金利差はほとんど影響を与えない。2014年の場合、アメリカの金利上昇が予想されると、資金がアメリカから逃げ出し、金利上昇の恐れが少ない外国に向かってグロスの資金流出金額は拡大し、ネットの資金流入金額は縮小していたのである。

2013年5月22日に、当時のバーナンキFRB議長が将来のテーパリングを発表し、2014年にテーパリングは実際に実施された。テーパリング発表の直後、資金が新興国から大量に逃げ出し、新興国経済は大打撃を受けたとアメリカは非難された。しかし、テーパリングの発表と実施の間、アメリカは外国から国内へと資金を引き揚げたのではなかった。アメリカの証券投資(短期債を除く)については、アメリカ財務省が国ごとの数字を月次で公表している。2013年5月から数ヶ月間の数字を見ると、フラジャイル5(トルコ、インド、インドネシア、ブラジル、南アフリカ)から、アメリカは一時的に大きく資金を引き揚げていたことがわかる。しかし、アメリカ全体の証券投資を見ると、同じ時期に、資金が流入ではなく、大きく流出していたのであった。そのため、フラジャイル5の混乱の責任は、アメリカの側ではなく、フラジャイル5の方にあったと言える。

次に、大きな問題を含むグラフを示す。上記の外国からアメリカへの資金流入総額と、アメリカから外国への資金流出総額の差は、資金過不足と呼ばれている。これは日本でも同様である。資金過不足(±の符号は反対)と、経常収支+資本移転等収支の合計数字を表すグラフを下記に示す。


経常収支と資金過不足

資金過不足と、経常収支+資本移転等収支は、本来ならば一致していなければならない。しかし、実際には誤差脱漏がある。そのため、「経常収支+資本移転等収支-金融収支+誤差脱漏=0」は、恒等式として常に成立する。国際収支統計で金融収支に相当するものが、資金循環統計では資金過不足になる。誤差脱漏に相当するものを、資金循環統計の場合は、統計上の不突合という言葉を使う。英語では同じ言葉であるが、日本語に訳すと言葉が2通りに分かれてしまう。上記のグラフから、2014年の統計上の不突合が大変大きかったことがわかる。

次に、資金循環統計における統計上の不突合を表すグラフを下記に示す。

不突合

資金循環統計の統計上の不突合は、2014年に3957億ドルを記録した。2007年に次ぐ過去2番目に大きな数字である。

つまり、3957億ドルの正体不明の資金流入が存在しているのである。この原因は、経常収支+資本移転等収支の方に間違いがあるのかもしれない。ただ可能性としては、資金循環統計が内外の資金の流出入を正確につかめていない可能性の方が高い。経常収支の中の財、サービス、所得配当などの金額にも誤差や脱漏はあるであろう。しかし、常識的に考えると、貿易などの金額よりも、資金移動の金額の方が、意図的に隠すのが簡単である。つまり、海外からアメリカにアングラマネーが大量に流入し、その合計が、2014年の1年間に3957億ドル前後にのぼっている可能性が高いのである。

3957億ドルは2014年の1年間だけの数字である。1990年から統計上の不突合の数字は存在する。1990年からの統計上の不突合の累積金額のグラフを下記に示す。


不突合の累積

1990年-2014年の統計上の不突合は、2兆6033億ドルにも達する。これほど大きな累積の統計上の不突合が存在することは、大問題である。

日本でも、国際収支上の誤差脱漏は存在し、単月で見た場合、誤差脱漏の金額が大きすぎて、意味のある分析が不可能になる月も多い。ただ、日本の場合は、誤差脱漏のプラスとマイナスを累計して長期の数字を見ると、ゼロにはならないが、かなり小さな金額となる。従って、中長期の為替レートを考える際、誤差脱漏を無視しても構わない。しかし、アメリカの場合は、誤差脱漏の金額が大きいだけではなく、毎年ほとんど同じ方向に累積し、金額が大きくなるのである。加えてアメリカの場合、国際収支統計の誤差脱漏よりも大きな統計上の不突合が、資金循環統計に存在する。

日本の場合、資金循環統計に統計上の不突合という項目は存在しない。統計上の不突合はいくらでも発生するのであろう。それでも原因がある程度わかる不突合は、統計上の原数値に比例配分して増減させるなどの手法で、原数値を推計値に替えて発表しているのである。それでも残る不突合は、統計上の不突合とは異なる名称の項目の中に紛れ込ませている。従って、日本の資金循環統計には、表面上は、統計上の不突合は存在しない。一方、アメリカの資金循環統計は、統計上の不突合の項目が非常に多く、金額も大きい。統計上の不突合が大きい部門が多数存在し、資金循環統計による分析の限界がよく理解できる。日本方式とアメリカ方式とを比較して、どちらが優れているかは、一長一短としか言えない。しかし、アメリカの場合、アメリカと諸外国の間の資金流出入に大きな統計上の不突合が存在し、その累積金額は膨大なものとなっていることは、どう考えても大きな問題である。

これは、統計上の問題だけではない。アメリカは、自国民の資金がアングラ市場に流出しないように常に目を光らせている。FATCAという法律を作り、外国の銀行にも、アメリカ人が保有する口座情報を報告させるようにした。長年、隠し財産の巣窟となっていたスイスの銀行も、アメリカ人の口座情報をアメリカ政府に通知することを約束させられた。このように、アメリカは、自国民が海外にアングラマネーを持つことを嫌っている。一方、外国人は、現時点でもなお、アメリカ国内に多額のアングラマネーを保有しているのである。そのため、1990年-2014年だけで2.6兆ドルもの統計上の不突合が存在し、拡大してきたのである。そのアングラマネーは、中国、ロシアなどからの流入が多いと言われているが、アングラなので、正確なことはわからない。アメリカは、外国のアングラマネーがアメリカ国内に流入することを、嫌ってはいない。

先に、アメリカはテーパリングの発表の直後に、外国から資金を引き揚げたのではなく、流出を拡大させており、新興国の混乱に対してアメリカには責任がないと書いた。この分析も、「短期債を除く証券投資だけである、すなわち、貸付・預金などの資金を除く」という条件があることは簡単に付記しておいた。さらに厳密なことを言うと、「アングラマネーが存在しないと仮定した場合」という条件をも付け加えなければならない。フラジャイル5からアメリカに向かって、アングラマネーが大量に流出した可能性を完全には否定できないからだ。しかし、実際問題として、アメリカの国際収支を分析する際に、「アングラマネーが存在しないと仮定した場合」、という注意書きを付けると、訳のわからない文章になってしまう。従って、厳密な正確さを欠いた表現にするしかない。

ドルの為替レートは、ドル資金に対する需要と供給によって決定される。従って、ドルの為替レートを正確に分析する際には、その大元に正確な基礎統計の存在が欠かせない。アメリカは、世界最大の対外純債務国であるが、株と直接投資をうまく利用して、世界最大の第一次所得収支を稼ぐという手品のような芸当ができる国である。しかし、これは統計の表面上に現れる数字だけからの説明である。実際には、アメリカが発表する資金循環統計には、巨額の統計上の不突合が存在している。世界の基軸通貨であるからこそ、ドルに向かってアングラマネーが絶えず流入している。そのため、ドルの為替レートを正確に予想することが不可能であるだけではなく、過去に起こった国際収支上の現象を正確に分析することさえも、厳密には不可能であるのだ。


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不正確な統計と債券・為替市場の困難な分析(*1)


テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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