所得と消費 回復への道、日銀がめざす道、より望ましい道

2012月末に安倍政権が誕生し、アベノミクスが開始された。最初は円安株高が進行し、景気も順調に回復に向かうと思われた。しかし、2014年4月の消費税増税により景気は大きくつまずいた。その後の経済指標はぱっとしないものが多い。景気は方向は回復へと向かっているにしても、回復の実体がはっきりしない状況が続いている。ここでは、回復の程度がよくわからない景気の状況を、所得と消費という観点から説明する。所得には何種類か存在するが、ここでは雇用者の賃金を中心とする所得、すなわち雇用者報酬を使うことにする。そして、所得と消費という観点から見た景気が今後どのような道を進んでいくのか、日銀が考える道は同じであるのか、そしてその道が望ましい道なのかを示すことにする。

最初に、賃金の動向を示す。賃金には、名目賃金と物価変動を考慮した実質賃金とがある。厚生労働省が発表している毎月勤労統計から、この2つの賃金の動向を表すグラフを作成し、下記に示す。


名目実質賃金

1991年からのグラフである。前々回に消費税の増税が行われた1997年頃から、賃金はゼロよりも少し下を中心にして上下に循環している。デフレへの転落を意味している。そして、アベノミクスが始まった2012年末からは、名目賃金はマイナスの領域から少しずつ脱却し、プラスの領域にとどまることが多くなった。一方、実質賃金はマイナスの領域から脱却することがほとんどできていない。2012年末から現在にいたるまでの前半部分は、円安の進行により、輸出大企業の企業収益が大幅に増加する中で、名目賃金の上昇が物価上昇に追いつかなかったことが実質賃金低下の原因である。表現を変えると、雇用者から輸出大企業への所得移転が発生したとも言える。2014年4月からは、名目賃金の上昇率はあまり変わっていないが、実質賃金の下げ幅が拡大している。これは、消費税増税が原因である。増税により、雇用者から政府へと大規模な所得移転が発生したからである。そして直近の2015年4月を見ると、実質賃金のマイナス幅が大きく減少している。これは、消費税増税を原因とする消費者物価の前年比上昇率が大きく低下したことが原因である。4月の速報値では実質賃金は前年比+0.1%であった。しかし、確報段階で-0.1%へ下方修正され、実質賃金のプラス化は実現しなかった。

しかし、より長い目で見れば、実質賃金の上昇率は今後はプラスへと転換し、上昇率は少しばかり拡大していく可能性が高い。失業率はすでに3.3%まで低下している。人手不足がさらに深刻化した場合には、賃金を引き上げなければ、人が集まらなくなっているからだ。今後賃金は、名目、実質ともに上昇圧力がかかる可能性が高い。当面は、賃金が上昇しやすい環境が続くはずである。

消費全体の動向を決定する要因は、一人当たりの賃金というのはあまり正しい表現ではない。雇用者全体に支払われる賃金総額の方が影響が大きい。現在、日本では人口減少が進行し、生産年齢人口が大きく減少しつつある。しかし、それとは反対に、雇用者の数は依然として増加しつつある。雇用者の増加率は統計によって異なる。ここでは、賃金のところで使用した毎月勤労統計における常用雇用指数でその増加率を見ることにする。そのグラフを下記に示す。


常用雇用指数

2000年代前半のまだ銀行の不良債権門題に悩まされていた時期には、雇用者数は減少していた。しかし、その後、雇用者数は増加に転じている。2012年末にアベノミクスが開始されて以降、雇用者数の増加率は大きく上昇している。

2000年代半ば以降の雇用者数の増加は、就業者の中で自営業者が減少し、雇用者へと転換した人たちが増えつつあることが一つの要因である。加えて、団塊の世代が定年退職期を迎える中で、それ以上に女性や老人の中で働く人の割合が増加し、雇用市場への新規参入者が増えたという要因もある。そして、悪い面から見るならば、製造業などの生産性の上昇率が高い産業の中の何割かが円高の影響などで壊滅してしまい、経済の中で、高度の技術や巨額の資本は不要であるが、価格、賃金、生産性が低く、人手だけは多数必要なサービス業に対する需要が相対的に増えたことも一つの要因であろう。

アベノミクス開始以降の雇用の増加は、期待インフレ率の上昇により実質賃金が低下したため、企業が雇用を増やしたというのが多数説だと思う。この理論仮説が正しいとは思えないのだが、企業や雇用者が抱く正確な期待インフレ率というものは見えないので、厳密な検証は不可能な命題である。

消費全体が大きな影響を受けるものは、賃金×雇用者数を意味する雇用者報酬なので、雇用者報酬の名目、実質を表すグラフを下記に示す。


名目実質雇用者報酬

アベノミクスが開始されて以降も、実質雇用者報酬はマイナスの時期の方が長かった。この3月には実質雇用者報酬の前年比も-0.8%であった。それが、4月には+1.9%まで増加した。4月に実質賃金が前年比-0.1%と小幅な減少を示す中、雇用者数は+2.0%の増加率を維持した。その結果、実質雇用者報酬は3月の-0.8%から4月の+1.9%へと急上昇したのである。

実質賃金の上昇率は4月もマイナスであった。しかし、雇用者数が増加しているため、4月の実質雇用者報酬は+1.9%まで回復している。実質雇用者報酬が、近い将来、再び前年比マイナスに戻る可能性は非常に低い。雇用者数が増加し続けるかぎり、実質賃金の上昇率が伸び悩んでも、実質雇用者報酬は増加し続ける。そして先に書いた通り、人手不足がさらに深刻化し、雇用者数の増加率が減少せざるをえなくなると、今度は今以上に名目、実質賃金の方に引き上げ圧力がかかる。実質雇用者報酬の前年比上昇率は4月の+1.9%を確保できる可能性が高い。5月以降も、おそらく前年比+1.9%か、それを少し上回る上昇率を期待することができる。

次に、実質雇用者報酬と実質個人消費の前年比を表すグラフを下記に示す。


実質雇用者報酬と消費総合指数

実質雇用者報酬は先に使用した毎月勤労統計から算出した数値と同じ数値である。消費総合指数はGDP統計の実質民間最終消費支出に最も動きが近い統計であり、同時に年4回ではなく、毎月公表される便利な統計でもあるために使用した。上記のグラフを見ると、実質雇用者報酬と消費総合指数に、高いとまでは言えないが、ある程度の連動性を見いだすことができる。その上で、実質雇用者報酬よりも消費総合指数の方が上昇率が高い時期が長いことに気がつく。この点は後で説明する。2012年末にアベノミクスが開始されて以降、先に述べた実質賃金の低下が原因で、実質雇用者報酬はマイナスの時期の方が長かった。一方、消費総合指数はアベノミクス開始以降、順調に増加していた。それが、2014年4月の消費税増税以降、急激に落ち込んだことがわかる。

消費総合指数は1997年4月の消費税増税直後にも大きく落ち込んでいる。同様な落ち込みを示したのは、2008年のリーマンショック直後と、2011年の東日本大震災の時だけである。経済理論の中には、増税は消費には何の影響も与えない(リカードの中立命題)とか、増税をすると財政再建の進行が期待できるので、消費は拡大する(非ケインズ効果)といった理論も存在する。しかし、日本ではそのような理論が全く成立しないことがわかる。

日本において明らかなことは、消費が消費税増税に非常に弱いということである。これはかなり特殊な現象であると思われる。増税とほぼ同じ効果を持つ社会保険料の引き上げは、毎年実施されている。そして、消費税以外の税金は、年によっては小幅な増税になる年も多い。しかし、消費税以外の税金や社会保険料の引き上げには、日本の消費が反応するとはかぎらない。リーマンショック直後には、麻生内閣が定額給付金という2兆円の減税を実施した。しかし、その減税の効果もよく見えない。よく見えるのは、消費税増税直前に発生する大きな駆け込み需要と、消費税増税実施後の消費の大幅な落ち込みだけである。これは、消費税増税が消費者心理に与える効果が関係していると思われる。今年4月に軽自動車税の増税があったが、増税の前に軽自動車の販売台数が大幅に増加し、増税後には急減してしまったのも同様な心理的な効果が関係していると思われる。増減税が経済に与える影響は、金額だけではなく、やり方によっても大きく異なる。増減税の効果を予想するためには、経済学だけでなく心理学や行動科学も必要であるようだ。少なくとも日本の消費は、消費税増税後には大きく伸び悩むということは間違いないことだと思われる。外国では発生しなくても、日本という国では発生する現象であり、日本人特有の消費パターンであると頭に入れておく必要がある。

そしてこの4月には、消費税増税から13ヶ月が経過し、前年比で見た実質雇用者報酬は+1.9%と大きく増加することになった。それに並行して、消費総合指数も前年比+2.0%と、まずまずの水準まで回復することになった。実質雇用者報酬と個人消費には、それなりの連動性が存在するのである。

実質雇用者報酬と実質個人消費をGDP統計ベースで見ることにする。ただし、GDP統計では今年3月の数字までしか存在しない。4月からの消費回復を表す数字はまだ出ていない。3月以前の実質雇用者報酬と実質個人消費の前年比を表すグラフを下記に示す。


実質雇用者報酬と実質消費支出 前年比

毎月勤労統計と消費総合指数で見られた関係よりは、少しばかり高い連動性が存在することがGDP統計上で確認できる。この場合、今年4-6月の実質消費は前年比でプラス転換することはほぼ間違いない。それにしても、GDP統計上の消費税増税効果は強列である。2014年の消費税増税は、1995年以降で最大の消費の落ち込みを招いてしまった。

上記の統計は前年比のものである。これを金額で表したグラフを下記に示す。


実質雇用者報酬と実質個人消費

金額で見た場合、先に指摘した実質雇用者報酬よりも実質個人消費の方がはるかに伸び率が高いことがわかる。原因はいくつかあるが、最も大きな原因は、高齢化に伴う日本全体の消費性向の上昇である。日本人の平均年齢が上昇するにつれて、雇用者報酬がゼロの年金生活者が急速に増加している。一方、雇用者報酬がゼロの年金生活者も、年金を受け取ったり貯蓄を取り崩したりして消費を続けざるをえないからである。

このため、実質個人消費は実質雇用者報酬を今後も上回る伸び率になる可能性が高い。一方、実質個人消費のグラフの直近部分を見ると、上昇はしているが、緩やかな上昇にすぎない。4-6月期以降、前年比の実質個人消費がマイナスからプラスに転換することはほぼ間違いない。しかし、マイナスからプラスに転換する最大の理由は、前年の消費水準が低くなるからである。実質個人消費は今後も増加し、前年比プラスを維持するであろう。しかし、前年比ではなく前期比で見た場合、すでに消費は緩やかな回復過程に入っている。

今後も景気は回復し続け、消費の水準も少しずつ上昇していく可能性が高い。消費水準がもう少し上昇した場合、景況感も次第に明るくなっていくであろう。しかし、消費自体は、昨年4月に底を打ち、緩やかな回復が続いているのである。先に述べたような実質雇用者報酬の少しばかりの増加に加えて、現在も少しは残る消費税増税の後遺症の完全な消滅も予想されるので、実質個人消費の増加率が多少は拡大することまでは期待できる。しばらくは、以前と同様の緩やかな回復が続き、その後に多少はプラス幅が拡大する可能性が一番高いと考える。

黒田日銀総裁も似たような考え方を持っていると思われる。黒田総裁が目標とする来年度前半に物価上昇率2%実現というのは、実現性とは別に、期待に働きかけるという考え方をとるかぎり、降ろすことができない目標である。しばらくは消費の増加と物価の安定が続き、原油価格低下の影響が一巡するとともに、物価も2%に向けて上昇していくという黒田総裁のメインシナリオは、目標としては掲げざるをえないのである。一方、黒田総裁は、物価上昇の停滞が長引き、2%の実現が不可能になれば、金融緩和を強化するという意味の発言を繰り返している。消費の緩やかな回復ではなく、消費の停滞が発生すれば、物価上昇も停滞する可能性が高い。その場合は金融緩和の強化が実施され、その後に消費も再び緩やかながらも上向き始めるであろう。黒田総裁は、消費税増税の消費に対する悪影響を完全に読み誤った。しかし、日銀総裁が黒田氏であるかぎり、これ以上の実質個人消費の減少や停滞を容認する可能性は低い。速度は別にして、実質消費の方向としての回復が続く可能性は、非常に高いと言える。

私は、政府と日銀が一体となって国債発行残高ゼロをめざすべきだという財政再建論者なので、ここからさらに金融緩和を大幅に強化すべきと考えている。そして、金融緩和の強化とともに消費を拡大させ、人手不足の深刻化、賃金上昇、消費需要超過型のインフレがなるべく早く発生することをめざすのである。その時に、我々は消費の超過を抑える非常に強力な武器を保有している。それが消費税増税である。2017年4月という消費の状況がどうなっているか見通せない時期の消費税増税実施を今から決めておくという政策は、避けなければならない政策である。仮に増税後にデフレ不況に戻ってしまうと、税収の減少から今度こそ金利の急上昇が発生する可能性が高まってしまう。その代替策として、今すぐに金融緩和を大幅に強化し、景気回復の前倒しをはかり、1日も早い消費需要超過型のインフレを発生させることをめざすべきである。消費需要超過型のインフレが発生した時こそ、消費税増税という大規模な税収の増加策と消費の抑制政策を同時に実施することが可能になる。金融緩和の強化を通じて、都市部の地価のバブル化をめざし、同時にバブル化を防ぐために土地の保有税、売買税を大幅に引き上げることも重要な増税策である(*1)。こうした大規模な金融緩和策と増税策の組み合わせの延長線上に、国債発行残高ゼロという夢のような目標が現実のものになる道が見えてくるのである。

不動産バブルの崩壊防止を通した財政再建策(*1)

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ISバランス論(貯蓄投資バランス論)の意義と限界

マクロ経済学で最初に学ぶ理論の一つとして、ISバランス論(貯蓄投資バランス論)というものがある。今回は、このISバランス論を批判することにより、従来から繰り返し述べている海外への資金流出拡大=経常収支の黒字拡大と考えることが望ましいことを説明する。そして、金融緩和の強化は、国によってはデメリットの方が大きい国も存在する。しかし、日本の場合はメリットの方が大きいので、早急に金融緩和の強化を実施に移す必要があるという結論で終わることにする。

ISバランス論(貯蓄投資バランス論)は初級者向けのマクロ経済学の教科書に出てくる基本理論である。GDP(国内総生産)、GNP(国民総生産)ないしはGNI(国民総所得)をYとし、消費をC、投資をI、政府支出をG、輸出をEX、輸入をIMとする。すると、Yは次のような恒等式で表わされる。

Y=C+I+G+(EX-IM)

ここで、税金をTとして上記の式を変形すると

(Y-T-C)+(T-G)-I=EX-IM

となる。(Y-T-C)は貯蓄であり、これをSとおいて、この式をもう一度変形すると

(S-I)=(G-T)+(EX-IM)・・・A式と表す
貯蓄投資差額=財政収支+経常収支
   ↑
(民間部門)       ↑
(YがGDPの時は貿易・サービス収支)

A式は初級のマクロ経済学の教科書に掲載されている式である。

この式は重要な式であり、知っておく必要がある式である。注意書きとして、恒等式であるが、因果関係を示す式ではないとも普通は書かれている。しかし、大きな問題点を含む式でもある。重要な式だとは思うが、同時に、正確に使うことが不可能な式でもある。理論としては正しいが、統計上、成立することを確認することができない式でもあるのだ。実際の国民経済計算で成立する式は、A式ではなく、下記のB式である。

B式
(S-I)=(G-T)+(EX-IM)+資本移転等収支+統計上の不突合
貯蓄投資差額=財政収支+経常収支+資本移転等収支+統計上の不突合

統計上の不突合は、統計上は存在しても、理論的には存在しない。統計上の不突合はやむをえないものである。しかし、それよりももっと大きな問題が存在する。YがGDPである場合は、理論的には(EX-IM)は経常収支ではなく、貿易・サービス収支となる。しかし、国民経済計算の統計からその具体的な数字を示すことはできない。そのため、YがGDPではなく、GNPまたはGNIとするケースが多い。その場合、理論的には(EX-IM)は経常収支となる。ところが、YがGNP、GNIの場合でも、具体的な数字を示すことはできない。国民経済計算では、(EX-IM)は経常収支ではなく、「経常収支+資本移転等収支」であるからだ。少し前までは「経常収支+その他資本収支」であった。「資本移転等収支」、「その他資本収支」は経済学の初級者には難しすぎる。そのため、実際の統計上の数字を使って説明する場合、「経常収支+資本移転等収支」を単に経常収支と言い換えることが多い。

A式は経済学の初歩とされているが、実際には正確に使うことができない式でもある。理論的には、(EX―IM)は貿易・サービス収支か経常収支でなければならない。しかし、実際の国民経済計算では、貿易・サービス収支も経常収支も使うことができない。「経常収支+資本移転等収支+統計上の不突合」、または「経常収支+資本移転等収支」というややこしい言葉で示される数字を使わなければならない。

経済現象は複雑であり、正しく説明すると、経済学の初級者には理解できないことが多い。初級者のためには単純化、より正確にはゴマカシが必要である。ゴマカシのない正確性の高い内容は、あまりにも複雑すぎて初級者に理解できるものではない。ただ、ゴマカシの仕方が気に入らない。正確な理解を広めるためのゴマカシは必要である。しかしこのゴマカシは、誤解を広めるようなゴマカシになっているからだ。別のゴマカシの仕方がより望ましいと考える。そのため、A式は経済学の初級の教科書に掲載すべきではない。

初級の教科書に掲載するのであれば、日銀の資金循環統計の資金過不足の方を使うべきである。項目の定義などが異なるので、資金循環統計の資金過不足の数字と国民経済計算で示されているもう一つの資金過不足の数字とは同じではない。しかし、国民経済計算の資金過不足の数字は、日銀の資金循環統計をベースにして再編成されているのである。国民経済計算は年1回発表で、発表される時期も遅い。日銀の資金循環統計は年に4回発表されており、速報性もある。そのため、日銀の資金循環統計が実際の経済分析では使われるケースが多い。日銀の資金循環統計で示される資金過不足(=貯蓄投資バランス)のグラフを下記に示す。

資金過不足6部門

金融機関、非金融法人企業、一般政府、家計、対家計民間非営利団体、海外の6部門の資金過不足の合計=0・・・C式と表す

C式は、A式というマクロ経済学の基本式とはアプローチが全く異なっている。しかし、実際によく使われるのは、A式ではなく、C式の方である。A式では3部門にしか分かれていないが、C式は6部門に分かれている。

そこで6部門に分かれているC式を3部門にまとめてみる。すなわち、金融機関、非金融法人企業、家計、対家計民間非営利団体の4つを1つにまとめる。これを民間と表すことにする。そのグラフを下記に示す。


資金過不足3部門

民間、一般政府、海外の3部門の資金過不足の合計=0

上記の式がA式で示したISバランス(貯蓄投資バランス)に相当する式である。理論という点では意味合いが異なるのであるが、定義を完全にそろえた場合、結果は同じ数字にならなければならない。しかし、アプローチ、すなわち算出方法が全く異なっているため、定義を完全にそろえても、統計上の不突合が積もる結果、両方の数字が一致することはない。ちなみに、日銀の資金循環統計には統計上の不突合が多いのであるが、巧みに隠すことにより、統計上の不突合が表面上は存在しない統計になっている。

この統計の民間と一般政府を国内という部門に統合したグラフを下記に示す。


資金過不足2部門

国内+海外=0

上記の式をもう少し具体的に表現すると、下記のようになる。

国内の資金過不足=海外との資金流出入

私が重要な式だと考えている式が、上記の式である。私は、初級のマクロ経済学の教科書で上記の2部門モデルを最初に教えるべきだと思う。その後、上級に進むにつれて、6部門モデル、3部門モデルへと拡張していけばよい。最初に3部門モデルから入るのは、理論的には正しい。しかし、実際の統計上には正確な数字が存在しないので、正確に理解することも難しくなってしまう。一番シンプルな2部門モデルを最初にマスターすべきである。

国際収支統計の場合、下記の式も恒等式として成立する。

経常収支+資本移転等収支+誤差脱漏=金融収支

誤差脱漏は、統計上必ず発生するが、理論上は存在しない。従って、理論的には、

経常収支+資本移転等収支=金融収支

が成立する。ここで初めて、ゴマカシ、すなわち単純化をするのである。「経常収支+資本移転等収支」を単に「経常収支」と表示する。

経常収支=金融収支

が成立することにする。先に、

国内の資金過不足=海外との資金流出入

が成立すると書いた。この上記の二式は同じものである。つまり、

経常収支=金融収支=国内の資金過不足=海外との資金流出入

である。この恒等式を事後的には必ず成立する式として頭に入れると、正しい理解がしやすくなる。さらに具体的な説明として、

経常収支の黒字=金融収支の黒字=国内の資金余剰=海外への資金流出

といった式まで示せばよい。それならば、海外への資金流出拡大が発生すると、同時に経常収支も改善することがだれでも理解することができる。経済学を少しでも学んだことのある人には、経常収支を改善させたいならば、海外への資金流出拡大をめざすことが当然と受け止められるようになる。

ところが日本では、海外への資金流出拡大が発生すると、経常収支が改善するのではなく、金利の急上昇が発生して財政破綻、国家破綻へとつながるということが当然のごとく語られることがある。この現象は世界においては、過去にいくつもの国で実際に発生したことがある現象である。しかし、現在の日本では発生することはありえない。海外への資金流出拡大が金利の急上昇につながったトルコを例にして、日本との違いを説明する。

海外への資金流出拡大=経常収支の改善は、日本であろうと、トルコであろうと、世界中の国において、事後的には必ず成立する。この「事後的には」という言葉の中に、世界の経済現象の多様性が含まれている。「事前的には」成立しないのである。事前的な不成立から事後的な成立へと変化する間に、経済環境が急激に好転することもあり、反対に悪化することもある。トルコでも海外への資金流出拡大が発生すると、必ず経常収支は改善に向かう。Jカーブ効果のような時間差もなく、同時である。しかし、経常収支の改善が進行する過程で、経常収支以外の経済現象で悪化する点がいくつもある。そのためトルコの場合、経常収支の改善をめざさないで、経常収支の改善に等しい海外への資金流出拡大を防ごうとした時期もあるのだ。

トルコでは、経常収支が改善する過程で、悲惨な状況が発生する可能性がある。理由は、海外への資金流出拡大が発生すると、トルコリラのレートが下落する。一方、トルコ経済の供給サイドはあまり強くないので、トルコリラが下落しても、輸出は少ししか増えない。この場合、経常収支が改善するためには、トルコリラが急落する必要がある。そうすれば、輸入品の価格が高騰し、輸入金額が大きく減少する。トルコリラが急落した結果、輸出が少し増え、輸入が大幅に減少し、その結果、経常収支は改善する。この過程で、トルコ国民は、輸入品の価格が急激に上昇し、輸入品を買うことができなくなってしまう。そのため輸入が大きく減少し、経常収支が改善するのであるが、トルコの消費者は、高い輸入品が買えなくなることにより生活水準が大きく低下してしまう。

加えて、トルコはドルやユーロ建ての対外純債務を大量に保有している。トルコリラの価値が急落すると、トルコリラ建ての実質的な対外純債務の価値が急激に拡大してしまう。トルコから海外への資金流出拡大が発生すると、トルコリラの価値の急落により、トルコ国民の生活水準の急激な低下と、実質的な対外純債務の急激な拡大が発生してしまう。これが市場原理である。しかし、市場原理をそのまま通用させると、国民の生活水準が急激に低下し、対外債務の返済も困難になる。トルコ国民は政府を攻撃し、暴動が発生したり、政権が転覆されてしまう可能性が出てくる。そのため、市場原理に従ってトルコリラの急落が発生してしまうことを、トルコ政府は容認できないのである。

2013年5月に当時のバーナンキFRB議長がテーパリングの開始を示唆すると、海外への資金流出拡大とトルコリラの下落が発生した。トルコは、トルコリラの下落を阻止するために、最初は外貨売り、トルコリラ買いという為替介入で対応した。そして、2014年1月には政策金利(1週間物レポ金利)を4.5%から10%へと大幅に引き上げるトルコリラ防衛策が発表された。介入も利上げも一時的には効果があったが、現在もトルコリラ安は続いている。今後、トルコに債権を持つ海外の投資家は、価値が下落するトルコリラ建ての債権だけではなく、トルコに対するドル建て、ユーロ建ての債権もいち早く回収しようとすることになるかもしれない。そうなるとトルコリラは今後さらに急落し、介入する外貨準備も尽きるかもしれない。借金の返済も不可能になってしまう。この現象を通貨危機という。この場合、IMFが介入し、トルコに外貨を供給する見返りに、緊縮財政などを要求し、輸入を減らすことを強要される。当然、国民の生活水準も大きく低下する。通貨危機が起こるのは、こうしたパターンが一番多い。現時点で、トルコでは通貨危機にまでは発展していない。しかし、将来、通貨危機が発生するというウワサが現在でも存在する国の一つである。

もう1つの例として、20年前の日本を例にあげてみる。20年前の日本の場合、海外への資金流出拡大が発生すると、ある程度の円安が進行する。20年前の日本経済の供給サイドは現在と違って強力であった。この場合、ある程度の円安が進行すると、日本製品の競争力は拡大し、輸出が拡大する。経常収支は海外への資金流出拡大金額と同額だけ同時に拡大する。海外への資金流出拡大が発生した場合、経常収支の黒字拡大の結果、日本のGDPも上昇する。

現在の日本はどうであろうか。20年前の日本と現在のトルコの中間であるが、20年前の日本の方がまだ近い。過去20年間、日本経済の供給サイドは大きく弱体化したが、現在のトルコよりは強力である。2012年11月に円安が始まった直後の2013年1月のダボス会議で、ドイツを中心にしていくつかの国が「為替操作」、「通貨戦争の仕掛け人」との非難を日本に浴びせてきた。この時、ドイツが見ていたのは、20年前の強い日本経済であったのだ。円高が修正されると、たちまち輸出が増え、経常収支が改善する。日本の経常収支の改善は、日本以外の国の経常収支の悪化につながる。その中には日本と競合する製品を作っているドイツも含まれる。そのため、ドイツは日本に「為替操作」という非難を浴びせてきたのである。

しかし2013年の日本は1993年の日本から大きく変身していた。超円高とアジア諸国のライバル企業の成長により、円安がすぐに輸出拡大と経常収支の改善にはつながらなかった。過去20年の間に日本経済の供給サイドは弱体化し、トルコのような弱い経済の供給サイドを持つ国へと近づいていたのである。ただ重要な点は、2012年11月以降、円安は進行したが、海外への資金流出拡大は発生しなかったことである。海外投資家による猛烈な日本株買いなどのために、海外への資金流出は縮小し、一時は資金流入超過に転落していたのである。経常収支が一時赤字になった月もあるが、これは海外からの資金流入超過が一時的に発生していたことを示す。資本移転等収支、誤差脱漏が存在するため、金融収支はより大規模な資金流入超過が発生していたことを示している。

20年前とは異なり、日本は円安の結果、輸出はすぐに増えなくなっていた。そのこともあり、2014年の秋頃から、円安デメリット論、円安亡国論が急速に台頭した。仮に日本経済の供給サイドが現在のトルコ並にまで弱体化していたならば、より急速な円安進行により、もっと早い段階で円安亡国論が噴出していたかもしれない。

しかし、日本経済は、20年前よりは大きく弱体化していたが、まだそれなりの潜在能力を残していたのである。円安デメリット論が噴出する少し前から日本の経常収支、貿易収支は改善し始めていた。その後、急激な原油安の恩恵も重なり、国際収支ベースでの季節調整済の貿易収支は1月に黒字化した。3月には通関ベースでの季節調整前の貿易収支、季節調整済の貿易収支も黒字化した。時間はかかったが、円安の影響で、日本経済の供給サイドは少しずつ強化されていたのである。より重要な点は、最近は、海外への資金流出拡大=金融収支の黒字拡大が同時に発生しているのである。だからこそ、貿易収支、経常収支が同時に著しく改善しているのである。

もう一つトルコと日本の決定的に重要な相違点は、日本が世界最大の対外純資産国であるということだ。急激な円安が発生すると、対外純債務が急激に拡大するのではなく、対外純資産が急激に拡大する。現在の円安は、日本に巨額の利益をもたらす。日本の対外純資産は2011年末265兆円(財務省確報値)→2014年末377兆円(財務省推計値)と実際に急激に拡大している。

このように、トルコとは異なり、現在の日本では、海外への資金流出拡大→金利の急上昇は発生しえないのである。現在の日本は、現在のトルコとは全く異なった国である。20年前ほどは強くはないが、3年前よりは強くなった経済の供給サイドを持つ国へと変化しているのである。日本経済がいかなる状況にあろうとも、日本から海外への資金流出拡大は、必ず同時に経常収支の黒字拡大を伴う。問題は、その際発生する円安が、急激か緩やかかのどちらかであるかだ。急激な円安が進むのであれば、輸入物価は大幅に上昇し、国民の生活が圧迫される。ただし、日本経済の供給サイドは過去2年半近い円安の結果、多少は強化されている。今後は、海外への資金流出拡大により多少の円安が進むことはあっても、急激なものにはなりにくい。急激な円安が発生する前に経常収支の黒字が拡大するはずであるからだ。円安を伴う日本の海外への資金流出拡大は、輸出拡大と経常収支の黒字拡大が必ず並行して発生するため、金利を急上昇させて円の急落を防ぐ必要性が発生することはありえない。

一方、日本は完全雇用の状態にあるため、輸出=生産を増やすのは不可能、という意見も存在する。しかしそれとは反対に、製造業は雇用吸収能力がないので輸出振興は意味がない、という意見も存在する。真理はその中間である。製造業は生産性の上昇率が高いため、雇用は少ししか増えず、賃金の上昇率が低い間は、雇用の少しばかりの拡大は可能なのである。

ただし、現在の日銀は量的緩和の出口戦略を語らない。そのため、出口をしくじると、ある程度の速度の金利の上昇は発生する。この場合、海外への資金流出拡大が発生し、円安が進行することは、起こるとは限らないが、起こることはありうる。それでも、海外への資金流出拡大金額とほぼ同金額の経常収支の黒字拡大を必ず伴うことになる。

経常収支=金融収支=国内の資金過不足=海外との資金流出入は経済学の初級者向けの教科書に書かれるべき恒等式である。統計上の定義から導き出される恒等式であるが、経済を正しく理解するためには重要な式であるからだ。日銀の国債購入金額の拡大による、国内の資金余剰の拡大=海外への資金流出拡大=金融収支の黒字拡大=経常収支の黒字拡大は、日本にとって破綻ではなく、大変大きな恩恵をもたらす。最近、何度も書いているように(*1など)、日銀による国債購入金額の拡大は、国債発行残高ゼロという本物の財政再建を実現するためには必要な政策である。経済の供給サイドがある程度の力を回復し、国債発行残高がゼロへと向かう途中においては、金利の急上昇が発生することはありえない。しかし、「為替操作」、「一国繁栄型の近隣窮乏化政策」という非難を海外から浴びることは間違いない。こうした制約は存在するが、国際政治上許されるギリギリの線まで、日銀による国債購入金額を拡大させることは、必要不可欠なのである。


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金融抑圧による財政再建 経済財政諮問会議資料における試算(*1)

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不動産バブルの崩壊防止を利用した財政再建策

3月18日に2015年1月1日時点の公示地価が発表された。公示地価の全国全用途平均は今年も-0.3%と小幅な下落を示した。1991年をピークとしたバブル後の最安値更新である。不動産バブルは崩壊から24年が経過したが、現在でも日本では不動産バブルの崩壊が依然として進行しているのである。1年前に書いた内容と重複する部分もあるが、改めて不動産バブル崩壊進行の問題点と、不動産価格引き上げを通した財政再建策を示したいと思う。

最初に、日本の地価を地域別に現したグラフを下記に示す。


日本の地価

東京、大阪、名古屋はかろうじて前年比小幅のプラスを維持できた。しかし、地方の地価の下落は、1992年にピークを打って以来、23年間連続して続いている。全国レベルで見ても、1991年にピークを打って以来、不動産バブルの崩壊現象が、2年の例外はあるものの、ほぼ連続して24年間続いていると言ってよいであろう。

2015年の公示地価についての報道を見る限り、昨年と同様に、三大都市圏の地価が上昇という論調が一番多かったと思う。昨年よりも、都市と地方との格差拡大を指摘する記事は増えた。しかし、昨年と同様に、不動産バブルの発生を警告するものも、いくつか存在した。

24年間も続く不動産バブルの崩壊は、いい加減に停止させなければならない。これからの日本は、不動産バブルの崩壊の進行から、地価の安定的な上昇へと局面を切り替えなければならない。

その最大の根拠は、他の先進国と日本の不動産価格の動きがあまりにも違いすぎていることである。BIS(国際決済銀行)のホームページに掲載されている、先進諸国の住宅用不動産価格の推移を表すグラフを下記に示す。


世界の地格

日本の場合、公示価格の全国全用途平均ではなく、全国住宅地平均とほぼ等しい。商業地の地価が住宅地以上に大きく下落しているので、日本の住宅地の平均価格は、最初に示した全国全用途平均価格よりも下げ幅が小さい。下げ幅が小さいのであるが、他の先進国と比べると、異常に大幅な下落を示している。

日本以外の国の住宅価格は、右肩上がりが普通である。日本だけが、右肩下がりなのである。茶色の線のフィンランドでは、1989年頃に日本以上に大きな不動産バブルが発生し、崩壊した。しかし、1993年までバブル崩壊が続いたが、直近の地価は1989年のバブルのピークを64%も上回っている。濃紺色の線のアイルランドでは、2007年まで凄まじい不動産バブルが発生していた。そのバブルはリーマンショックとともに崩壊し、2013年にはピークの半値ほどにまで下落した。しかし、最近の地価の回復はめざましく、景気も並行して良くなっている。

リーマンショックにみまわれたアメリカだけではなく、他のいくつかの先進国でも、不動産バブルの崩壊は発生していたのである。ただし、日本とは異なり、バブル崩壊から数年後には地価は再上昇に転じている。上記のグラフで示した国以外では、依然として不動産バブルの崩壊に苦しめられている国は存在する。ギリシャ、スペインなどが思い浮かぶ。それでも他の民間の調査会社のデータを見る限り、日本とギリシャ、スペインとを比較した場合、地価の下落率、下落期間は、日本の方がはるかに規模が大きく、期間も長い。加えて、アイルランドも含めたユーロ圏参加国は、独自の金融政策を実施することのできない国なのである。

まともな先進国と比較した場合、日本の地価の動きは、あまりにも異常すぎるのである。バブルがピークを打ってから24年も経過し、地価は半値以下になっているのにもかかわらず、依然として下落が続いている。私はこれは大変異常な現象であり、地価を引き上げる政策の必要性をずっと感じていた。何度も書いたことであるが、2013年4月の異次元緩和は20年遅かったのである。バブル崩壊が明らかになったら、すみやかに金利をゼロにまで引き下げ、国債の大規模な買いオペを開始すべきであった。そうしていれば、不動産価格が短期間下落する時期はあったであろうが、その後は上昇に転じていたはずである。銀行の不良債権門題は深刻化しなかったし、財政破綻の懸念など決して発生しなかった。問題は、地価が24年間もほぼ連続して下落し続けている国は、先進国では唯一であり、おそらくは、途上国を含めた世界中でも、唯一かもしれない国が、日本であるということだ。それにもかかわらず、地価を引き上げることの必要性を唱える人は少ない。それよりもはるかに大きく聞こえてくる声は、不動産バブルの再燃を避けよという声である。

地価の下落という現象は、大変大きな病気なのである。最初に示した地方の全用途平均は、23年間下落し続けている。しかし、これは地方の平均地価である。地方の中の過疎地では、地価が事実上なくなっている土地も多いのである。現在、東北では東日本大震災からの復興が進められている。その中で生じている問題は、土地を海沿いから高台へと移転しようとしても、その中で土地の所有者がわからない土地が、いくらでもあるということである。登記簿を見ても、大昔になくなった人が所有者であり、現在の相続人がどこにいるかわからないという土地が多数存在する。そのため、真の土地の所有者を探し出すことに手間暇がかかるだけではなく、不可能な土地も多いのである。この土地の所有者の存在しない地域を再開発するためには、ものすごく手間暇がかかってしまう。その手続きを簡素化する努力が続けられているが、手続きをゼロにすることは不可能である。つまり、東北の土地の所有者の何割かは、自分の土地に価値を見いだすことができず、とっくの昔に土地の所有を放棄していたのである。その後、相続が行われても、その子や孫は土地の存在さえ知らずに、都会で暮らしているのである。すなわち、価値がゼロと見なされている土地が全国にいくらでも存在するのである。

この現象は、東北の被災地に限ったことではない。全国の過疎地でも広く発生しているはずの現象であろう。このような現象が発生しているということは、地価がゼロというよりも、所有権を確認して収容などにかかる費用を考えると、資産価値という意味での地価は、マイナスであると考えた方がよい。

また、この現象は、ずっと昔から発生していた。登記が、明治、大正時代から変わっていないものもあるからだ。山林などでは、昔から相続の手続きが行われなかった土地も多いようである。しかし、山林以外の農地や宅地などにまで所有権不明が広まったのは、バブル崩壊後だと思う。バブル以前は、日本中の地価が、一応右肩上がりに上昇し続けていた。過疎地の土地でも、放棄するよりも、一応保有して、将来何かいい機会に巡り会えば、現金化することを考えていた人は多かったと思う。しかし、バブル崩壊後、地方の地価は下がり続け、もはや、価値の下がる過疎地に土地を保有する意味がなくなってしまったのである。超少子高齢化、人口減少がさらに進むと、こうした地価のマイナス化現象がいっそう広がることは間違いない。

この問題の広まりを防ぐために有効な政策は、過疎地の地価が上昇するまで、徹底的に金融緩和を強化することである。過疎地でも地価が上昇に転じれば、これ以上の土地の所有放棄は進みにくくなる。うまくいけば、都会に住んでいる人たちが、先祖か保有していたかも知れない土地を探し始めるかもしれない。あるいは、都会に住む投資家やハゲタカファンドが、過疎地に投資することによって利益を上げることを考え始めるであろう。彼らは、ある程度の費用をかけても真の土地の所有者を探し出し、その相続人から安値で土地を買うという行動をとり始めるであろう。

名目の価値が増え続ける銀行預金の場合でも、所有者不明のものが一定割合存在する。従って、過疎地の土地も、所有者不明がなくなることはありえない。特に山林の所有者不明を減らすのは困難である。しかし、農地や宅地であれば、地価が安定的に上昇し続ければ、所有者不明の発生件数は大きく減少するはずである。

地方創生という言葉が叫ばれている。金融緩和により地方がマイナスの影響を受けているという批判が出始めた直後に、急遽打ち出された政策である。増田前総務相による地方消滅の警鐘がまともに取り上げられるようになったのは、円安で地方が打撃を受けているという批判が吹き出した後からである。しかし、人口減少とともに地価の下落が続けば、過疎地の保有者はいっそう少なくなり、価値がマイナスの土地が増えてしまう。従来のように財政資金をばらまいてみたところで、資金が投入された特定の地域以外の地価を引き上げることは不可能である。

従って、金融緩和の副作用を取り除かなければならないとしても、徹底的な金融緩和は、地方にこそ必要な政策なのである。たとえ人口が減少しようとも、マネーが増え続ければ、地価は上昇するのである。バブル以前は、地価の上昇率が、人口の増加率よりもはるかに高かった。地価を上昇させるためには、人口の増加があった方が上昇しやすい。しかし、マネーを大量に供給し続けた場合は、人口が減少しても、地価を上昇させることは可能なのである。

しかし、そこまで金融緩和を強化すれば、都会の土地の価格は、放置すれば巨大なバブルへと進行するのが目に見えている。私は、これを財政再建の絶好の機会ととらえるべきだと考える。上から2番目に示したグラフで、上位の3位から6位までのスウェーデン、オーストラリア、ニュージーランド、カナダは、財政再建を成功させた実績をもつ模範国だとしばしば取り上げられる国である。日本では財政再建が進まず、財政は悪化する一方であった。日本で財政再建が進まなかった最大の原因は、モノと資産の価格が下がり続けていたからであった。その中で影響が一番大きかったのは、地価の下落であろう。国民は、資産価格下落により資産を大きく失うような環境下では、、増税や歳出削減に簡単に応じにくくなるのである。資産価格が上昇しているような環境下ならば、増税や歳出削減をある程度受け入れやすくなるようだ。日本が財政再建に失敗し続けたのは、デフレが原因であり、中でも地価のデフレの影響が一番大きかったと思う。

金融緩和の結果として発生するバブルは、増税によって抑制すべきである。まず、現在停止している地価税と特別土地保有税を復活させることから始めればよい。この2つの税金は、不動産バブル防止税として過去に導入されたものであるが、現在は停止中である。その後に、この2つの税制を同時に合わせて改正することである。不動産のキャピタルゲイン課税の改正も必用である。その理念は、不動産のキャピタルゲイン課税の税率を引き上げること、地価上昇率の高い地域の土地の保有、売買の税率は高く、地価上昇率の低い地域の土地の保有、売買の税率を低くすること、課税対象者を広げること、である。

理念を述べるだけなら難しくないが、この理念から具体的な法律を作り上げ、実施へと移す中では、様々な困難な問題が発生することが考えられる。財政再建と不動産バブルの防止という大義はあるが、税収を大幅に増やすための増税策なので、税金の負担者からの反対は相当激しいものになるであろう。資産は増えても、収入は増えない人も大勢いるからだ。そうした政治的な困難さは理解できるが、何としてでも乗り越えなければならない。なお、固定資産税を中心とする既存の税体系を見直すことも必要である。価値のない土地を放棄せず、固定資産税を支払い続けている人も多い。しかし、非常に複雑化し、同時に空洞化もしている既存の土地税制の抜本的な改革は不可欠であるにしても、順序としては後回しにするしかない。すぐに必要な税金は、不動産バブル防止税であるからだ。

現在、格差是正が大きな問題となっている。トマ・ピケティは、資産への累進課税の強化を提案している。これは、ピケティも言っているように、1国だけでは実現不可能である。1国だけで増税したならば、資産家が外国に逃げてしまうからだ。世界で同時に実施しなければならない。遠い将来には実現可能だと思うが、時間がどれほどかかるかはわからない。

同じくピケティが述べているように、資産家が逃げることができない唯一の対象が、土地である。土地ならば、株とは異なって、外国人が所有しても、高い税金を取ることが可能になる。保有税が増税となっても、地価が上がり続けるならば、土地を保有する資産家の資産は増えるわけであるから、資産家の中でも、内心は歓迎する人もいるはずである。

金融緩和を強化し、同時に不動産関連の大幅な増税を実施すれば、政府の税収は一挙に拡大する。税収の名目GDPに対する弾性値は1.1と想定されるケースが多い。しかし、不動産価格上昇+不動産関連の大幅な増税を組み合わせれば、弾性値は1.1を間違いなく大きく上回る。バブルの時代は、増税はなかったが、不動産価格の上昇だけで財政再建が進行した。現在でも、不動産価格の上昇とともに、不動産関連の大幅な増税を実施すれば、税収は急速に増加し、財政再建も急速に進むのである。

金融緩和を強化し続ければ、モノやサービスの価格も必ず上昇する。これに対しては、(*1)などで述べたように、消費税の増税などで対応すべきである。金融抑圧によってインフレ税を徴収し、インフレが行き過ぎたならば、消費税などのデフレ不況促進税の増税を次に実施するのである。

プライマリーバランスの黒字化という目標を立てて、増税と歳出削減だけを繰り返せば、デフレ不況が間違いなく進行する。これは1990年代から20年あまりの間、間違い続けた政策である。その先は、金利の急上昇と財政破綻、国家破綻しかありえないのである。

目標は、プライマリーバランスの黒字化ではなく、国債発行残高ゼロをめざすべきである。これを実現するためには、日銀は無制限に資産の購入を進めなければならない。とりあえず発行済み国債の全額購入をめざそう。ブラックホールのように資金を吸収し、有害極まりない国債市場の機能を停止させよう。麻薬である国債は、できるならなくしてしまうのが一番良い。発行済みの国債を100%購入するのは容易ではない。最後には国債金利の急上昇は発生しないが、国債価格の急上昇(=金利の急低下=マイナス金利幅の急拡大)が発生てしまうからだ。しかしある程度のマイナス金利を覚悟するならば、日銀が発行済み国債の大半を購入することは可能である。大半を購入してしまえば、残りは償還と合わせて国債発行残高ゼロが、将来的に実現可能になる。

日銀が国債の大半を購入しても、インフレや過疎地の地価が上昇しなければ、次に買う対象は後で決めればよい。国債に売り物が存在する間は、国債をガンガン買い続ければよい。そしてモノや土地の価格が上昇すれば、増税でそれを抑制する。財政再建は、金融抑圧による確定利付き債権の保有者に対するインフレ税と、不動産価格上昇分の一部を税収に替えることを中心とすべきである。国債全額償還のための財源の中心は、資産からの移転、すなわち資産課税が中心であるべきだ。格差拡大を防ぎながら、資産家の資産も拡大可能であるからだ。それでも、モノのインフレ抑制のためには、消費税の増税などを利用して、国民の過剰な購買力=実質所得を減少させることも同時に必要である。資産や所得の少ない人にも、負担ゼロは好ましくなく、一定程度の負担はしてもらうべきである。

以前にも書いたとおり、この道はバラ色の道ではなく、イバラの道である。これは、不動産バブルの崩壊が24年間も続くことを容認してしまった過去の政策の誤りの大きすぎるツケなのである。イバラの道ではあるが、実質GDP成長率の最大化と国債発行残高ゼロを目指すものとしては、こうした困難な提案をなんとしても現実化してもらいたいと考えている。そしてその第一歩は、日銀による国債購入金額を、年間80兆円から大幅に増やすことから始めなければならないのである。


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金融抑圧による財政再建 経済財政諮問会議資料における試算(*1)

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金融抑圧による財政再建 経済財政諮問会議資料における試算

前回、イギリスで行われた金融抑圧による財政再建について説明した。今回は、2月12日に開かれた経済財政諮問会議で使われた資料に、財政再建のためには金融抑圧が必要であるというデータが存在していたことを説明する。そのような報道はなく、議事録にも書かれていない。資料を見ただけでは全くわからない。しかし、その資料を分析すれば、財政再建を進めるためには金融抑圧が必要であることを示すデータが存在している。経済財政諮問会議の資料の中に隠されている、金融抑圧の必要性を示す内容を説明する。そして、私が考えている金融抑圧を利用した財政再建への道を示したいと思う。

最初に、私の財政再建、国債発行についての基本的考え方について説明したい。国債発行の限度については、いくつかの考え方が存在する。多数説は、プライマリーバランスを黒字化させ、国債発行残高対名目GDP比率の増加をくい止め、一定比率以下に抑制することが重要、というものであろう。一方、国債の所有者の大半が国内投資家である場合、国債発行残高は無限に増やしてもよい、という考え方も存在する。さらにまた、もはや通常の手段による国債発行残高の削減、財政再建は不可能であり、ハイパーインフレしか解決方法はないという考え方も存在する。

私の考え方では、経済政策の最優先の課題は、長期的な実質GDP成長率の最大化である。しかし、その次に重要な目標の一つは、国債発行残高をゼロにすることである。国債とは麻薬であり、一時的には実質GDPの成長に大変大きく貢献するが、長期的には実質GDPの成長を阻害すると考えるからだ。国債発行残高ゼロというのは、夢の中でしか起こりえないことである。それでも理想としては、国債発行残高ゼロを一日も早く実現させる方法を見つけたいのである。

2月12日の経済財政諮問会議の資料には、将来を、「経済再生ケース」と「ベースラインケース」という2通りのシナリオにわけて想定し、それぞれの場合で必要な資金の金額が示唆されている。多くの想定、算出数字が並んでいるので、その中から重要と思われるいくつかの数字をグラフ化して示したいと思う。

まず、公債等残高対名目GDP比率を表すグラフを下記に示す。


国債・GDP

経済再生シナリオでは、比率の増加が頭を打ったかのようなグラフになっている。

次にプライマリーバランスの対GDP比率を表すグラフを下記に示す。


PB・GDP

上記の想定では、プライマリーバランスは一度も黒字化していない。

この数字を見て、「なぜだ」と感じた。(*1)で説明したとおり、公債等残高の対名目GDP比率を低下させるために一番重要な数字は、「プライマリーバランス(Pbと略する)」の金額と、「名目GDP成長率(gと略する)と名目長期金利(rと略する)の差」である。Pbが赤字で公債等残高の対名目GDP比率が縮小するためには、g>rが必要である(ドーマー条件)。そう考えながら経済財政諮問会議の資料の数字を追ってみた。

「経済再生ケース」と「ベースラインケース」の2通りのシナリオを作成して、「経済再生ケース」の方が公債等残高の対名目GDP比率が低くなっている。つまり、実質GDP成長率を高めれば、財政再建が容易であるかのように見せている。しかし、実質GDP成長率を高めれば、財政再建が容易になるという有力な理論は存在しない。私は(*2)で説明したとおり、実質GDP成長率が高くなるとg>rになる確率も高くなると書いた。これは、理論的に導き出したものではない。高度成長期の日本や、現在の中国を始めとして、いくつかの国の経験を観察することにより導き出した考え方である。しかも、現在の日本のような成熟した低成長国家においては、実質GDP成長率を少し高めても効果は非常に少ない。従って、日本においては、長期的にはg=rと考えた方がよいと(*2)に書いていた。実質GDP成長率を1%ちょっと引き上げたからといって、g-rの引き上げ幅はごくわずかであり、引き上げ幅を理論的に算出することも不可能である。実質GDP成長率の増加によるg-rの引き上げ幅はゼロと想定すべきである。しかし、経済諮問会議の資料では、実質GDP成長率のわずかの上昇によって、g-rも上昇するという全く非現実的なシナリオを提示している。

そのことを示すために、潜在成長率、実質GDP成長率、名目GDP成長率の3つのグラフを下記に示す。


潜在成長率

実質GDP成長率

名目GDP成長率

上記の数字は計算値ではなく、想定値である。この想定には問題はない。

次に名目長期金利を表すグラフを下記に示す。


金利

上記の数字も計算値ではなく、想定値、前提条件である。しかし、この想定は、誤解を招く結果をもたらす大変悪質な前提条件である。それは、下記に示すグラフで明らかになる。

成長ー金利

g-rの想定、すなわち前提条件である。現在のg>rがg<rへと向かっていくことが想定されている。

次に、前回と同様に、g-rの2013年からの累積値のグラフを下記に示す。


成長-金利累積

2つのシナリオを「経済再生ケース」、「ベースラインケース」と呼ぶこと自体がおかしいのである。この2つのケースは、「金融抑圧長期継続ケース」、「金融抑圧短期継続ケース」と呼ぶべきである。「経済再生ケース」、「ベースラインケース」を想定するならば、両方ともg-rが同じと想定すべきである。その場合、「経済再生ケース」、「ベースラインケース」の間に財政再建のスピードに差はなくなる。それが真実なのである。「経済再生ケース」が「ベースラインケース」よりもg>rが長く続くように数字を操作し、実質GDP成長率が高くなると財政再建がスムーズに進むように見せかけているのである。とんでもなく間違った内容であり、世間に誤解を広める悪質な資料なのである。

金融抑圧に戻ると、上記のグラフは、一番上に示した公債等残高対GDP比率のグラフとの関連性が見えにくい。これは、名目長期金利が上昇しても、金利が上昇する分は、新規に発行される公債の分だけであるからだ。公債等残高対GDP比率はg-rの累積値よりも遅れるのである。そのことを示すために、公債等残高対名目GDP比率の前年比変化率を表すグラフを下記に示す。


国債・GDP変化

一番最初の公債等残高対名目GDP比率の微分値のようなものであり、先行値と言ってもよい。

上記の値とg-rの累積値との比較を、「経済再生ケース」、「ベースラインケース」に分けて下記に示す。g-rの累積値は上記のグラフとは反対の動きをするので、符号を逆にしたr-gの累積値とを比較する。


財政再建 再生

財政再建 ベースライン

グラフの形としては似ていると思う。特に経済再生ケースでは形が似ている。ただし、目盛りをよく見ればわかるが、2023年においても、青色のr-gの累積値は上向きである。すなわち、金融抑圧はすでに過去に終了しているのである。しかし、過去のr-gの累積のおかげで、赤色の公債等残高対名目GDP比率の前年比変化率は依然として小幅のマイナス、すなわち公債等残高対名目GDP比率の方は改善傾向を示しているのである。

繰り返すが、上記のグラフで明らかなことは、実質GDP成長率を高めると、財政再建が進みやすくなることではない。金融抑圧を長く維持した方が、財政再建が進みやすいということを示した資料なのである。

過去の政策の失敗の大元の原因は、財政再建のために重要な数値であるPbとg-rの2つの数字のうち、Pbは操作可能であるが、g-rは操作不可能であるとの前提を建て、Pbの縮小のみに力を入れてきたことである。これが日本の財政状態を悪化させ、金利の急上昇、財政破綻の懸念を引き起こすようになった最大の原因である。つまり、Pbは自由に操作可能ではないのである。Pbを減らすために消費税を増税したが、景気後退が発生してかえって税収全体が減ってしまった。あるいは全く別の理由で景気後退が発生し、Pbが再び悪化するということが繰り返された。Pbの減少を目指しても、再びPbが増加するということが繰り返されたのである。そろそろ誤りを繰り返すことはやめなければならない。Pbはある程度操作可能であるが、自由に操作可能ではないのである。そして同様にg-rも操作不可能ではなく、ある程度は操作可能なのである。異次元緩和を実施した結果、現在まで、g>rを実現させることに成功している。両方とも制限された範囲内で操作可能なのである。Pbとg-rの両方を可能な範囲内で一番望ましいように操作することが重要なのである。

金融抑圧を続けると、好景気が継続し、賃金は必ず上昇に転じる。賃金の過度の上昇はインフレ率の上昇となるので、何としても押さえ込まなければならない。その方法は平時であれば、政策金利の引き上げである。しかし、現在は平時ではない。Pbを黒字化させ、財政再建を何としても進めなければならない。賃金上昇は、増税によっても抑制可能である。ここでは、将来の増税が当然視されている消費税の増税を実施する場合を考えることにする。

日本において、2度の消費税増税の結果わかったことは、消費税増税後の少なくともしばらくの間、消費は大きく減退するという事実である。日本においては、消費税増税はデフレ不況促進効果を持つのである。ヨーロッパとは異なり、日本では景気過熱=賃金上昇を消費税増税により押さえ込むことが可能なのである。賃金上昇が加速しそうな時期にこそ、思い切った消費税増税を実施すべきなのである。その場合、消費税の増税効果で総需要は抑制される。総需要が抑制されると、生産は減少を強いられ、労働力需要も低下する。従って、賃金の上昇圧力も、政策金利の引き上げと同様に抑制されるのである。

増税を実施するためには、法律を国会で成立させなければならない。金融政策とは異なり、財政政策はそう簡単に発動できるものではない。インフレを財政政策で抑制するのは、理論的に可能であっても、実際にうまくいくとはかぎらない。インフレを増税でコントロールすることは、ある程度可能であるが、金融政策ほどはうまくいかない。しかし、ある程度可能であるならば、可能な限り財政政策で対応すべきである。バブルの抑制はもっと困難な点があるが、同様に可能な限り財政政策で対応すべきである。

増税と歳出削減の組み合わせでは、国債発行残高の対GDP比率の拡大を止められないことは、過去20年あまりの日本の経験によって証明された。経済成長により財政再建を実現できるという理論的な根拠も存在しない。財政再建を一番確実に進めることが可能な政策は、金融抑圧の継続と、インフレ、バブル発生時の思い切った消費税増税を含む増税という財政金融政策の組み合わせである。しかし、この政策が完全に成功する可能性は低く、至る所で様々な問題が発生する可能性の方が高い。この道は、決してバラ色の道ではなく、イバラの道である。少子化対策がなおざりにされ続け、異次元緩和の実施が20年遅れた日本の前に、バラ色の道は残されていないのである。

発行された国債は、全額日銀が購入すべきである。そして、インフレとバブルの進行時に、時間をかけて、名目ベースでは日銀が購入した国債金額と同金額の増税を実施しなければならない。しかし、実質ベースでは、名目ベースよりもはるかに少ない金額の増税でかまわないことになる。金融抑圧によるインフレ税が、必要な実質増税の金額を大きく引き下げてくれるからである。この道もイバラの道である。しかし、イバラの道の先に、長期的な実質GDP成長率の最大化と、国債発行残高ゼロの実現が見える可能性が存在する道なのである。


追記
4月18日 日本経済新聞朝刊2面
こんな楽観論に待ったをかけたのは河野太郎行政改革推進本部長ら行革派だ。内閣府試算を独自に検証し、2日の特命委で警鐘を鳴らした。
 「債務残高GDP比の低下は、たまたま低い長期金利と高成長率の恩恵を受けているだけ。23年度の先は長期金利の上昇でGDP比は悪化する」
 内閣府試算もデフレ脱却後は長期金利が名目成長率を上回る前提に立っている。だとすれば、長期的に債務残高GDP比の上昇を避けるうえで、基礎的財政収支の黒字化を後回しにはできない。

ようやく資料のゴマカシを見抜いた人が現れた。しかし、上記に書いたとおり、基礎的財政収支の黒字だけをめざすと黒字化が失敗することは過去の経験から明らか。同時に名目成長率-長期金利の操作をめざさなければ財政再建は不可能。


リンク先記事
ドーマー条件、ボーン条件、財政再建に必要な条件(*1)
名目成長率と名目金利の比較(*2)

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日本の貿易構造の転換 マーシャル・ラーナー条件が成立へ

日本の貿易構造が転換しつつある。2011年3月以降、日本の貿易・サービス収支の赤字が続いていた。アベノミクス相場による円安でその構造が変化するかと思われたが、その期待は実現しなかった。しかし、最近になって大きな変化、すなわち貿易・サービス収支の改善が起こり始めた。今回は、そうした変化をふまえながら、1年後に発生する可能性のあるシナリオを提示したいと思う。その後、円安が貿易・サービス収支を改善させる条件であるマーシャル・ラーナー条件を使って現在の局面変化を説明し、それでも残された貿易・サービス収支の改善に必要な政策を述べる。

まずは、日本の輸出、輸入、貿易収支の過去10年間の推移を表すグラフを下記に示す。


輸出入金額

輸出入も貿易収支も大きな変化が続いている。その中で最も注目すべき変化は、直近における輸出の増加であり、その結果、貿易収支の赤字がかなりの速度で減少しつつあることである。

次に、輸出入の変化を貿易の数量で示す。日銀が算出している輸出、輸入数量指数を表すグラフを下記に示す。


輸出入数量

目立つのは、直近における輸出数量の増加である。リーマンショック後、輸出数量は、長らく落ち込んでいた。アベノミクス相場による円安の結果、輸出数量が増加することが期待されていた。しかし、簡単に増加しなかった。それが、2014年6月に底を打ち、ようやく輸出数量の拡大が発生し始めた。これが、輸出面における最大の変化である。

輸出数量と比較して、輸入数量の増加は緩やかである。現在、輸入サイドで発生し始めている大きな変化は、数量ではなく、価格の変化である。一言でいえば、燃料(ここでは石炭を除く)価格の急激な低下が始まろうとしている。過去10年間の燃料輸入金額の推移を表すグラフを下記に示す。
エネルギー輸入金額

リーマンショック後に急落した時期もあったが、その後はジリジリと増加し続けていた。最近になって輸入金額減少の傾向が見られる。加えて、輸入燃料の価格は、今後、いっそう低下するのである。日本の輸入原油、LNG価格と、北海ブレント原油の円建て価格を表すグラフを下記に示す。

エネルギー単価

直近の北海ブレントの月中平均の高値は、2013年12月の1バーレル当たり11,455円である。直近では輸入原油価格も急落し始めている。北海ブレントという先物市場で決定される原油価格に少し遅れる形で、日本の輸入原油価格も追随している。一方、LNG価格は、契約では原油価格を約3ヶ月後追いすることになっているものが多い。しかし、過去の推移を見ると、原油価格から3ヶ月以上遅れており、だいたい数ヶ月ほど遅れている。LNG価格の2014年12月は過去最高値である。しかし、この高値は長続きしない。今後、急速に低下していくことは間違いない。

いくつかの仮定を置いて、2015年12月の燃料輸入金額がどの程度減少するかを試算してみることにする。円建て北海ブレント価格の2013年12月平均の高値と2015年1月末とを比較すると、46%の下落になる。ここでは、2015年12月の3種類の燃料価格が高値から46%の下落となり、輸入数量に変化がないことを仮定する。LNGの高値は2014年12月と仮定する。すると、2015年12月の平均燃料価格は、2014年12月比で36%低下すると算出できる。つまり、燃料輸入金額は、2014年12月に2.2兆円であったのが、2015年12月に1.4兆円まで、0.8兆円減少すると算出できる。

燃料以外の貿易収支はどうなるのであろうか。これは、前提や計算方法により差が生じてしまう。ここでは、輸出数量が直近の底であった2014年6月を基準にする。ここから、いくつかの仮定を置きながら細かな四則計算を繰り返すのであるが、途中経過が長くなるために省略する。結論として、主として輸出金額の増加により、燃料以外の貿易収支は、0.9兆円前後の改善と算出できる。

2014年12月の季節調整済の貿易収支の赤字は0.7兆円である。その後1年間に、燃料価格の値下がりにより燃料収支が0.8兆円改善し、円安を通じて燃料以外の貿易収支が0.9兆円改善する。改善幅は合計で1.7兆円である。この場合、2015年12月の貿易収支はちょうど1兆円の黒字になる。ちょうど1兆円になったのは、仮定を変えて何種類かの数字を計算すると、大半が1兆円を少し上回ったので、少なめの数字である1兆円を選択したという事情もある。

貿易収支以外の経常収支の他の項目はどうなるのであろうか。まず、サービス収支のグラフを下記に示す。


サービス収支

旅行収支の改善がめざましく、全体の収支は改善傾向にある。

次に、第一次所得収支、第二次所得収支とその合計を表すグラフを下記に示す。


所得収支

第一次所得収支も改善傾向にある。第二次所得収支は低位で横ばいである。全体としては、2つの所得収支の合計も改善傾向である。

もう一度、貿易収支に戻る。2015年12月末の想定は1兆円の黒字であった。これをさらに保守的に見積もって、0-1兆円と想定しなおす。なお、貿易収支には2種類あり、上記で使用したのは通関ベースの数字であった。これとは別に、国際収支ベースの数字がある。若干の定義の違いから、通関ベースの数字の方が少し大きい。しかし、その差の平均は月間100億円強であり、大きな違いはない。これからは、貿易収支として国際収支ベースの数字を使う。通関ベースの貿易収支と、国際収支ベースでの貿易収支が2015年12月末時点までどのように動くかを想定するグラフを下記に示す。


貿易収支予想

次に、経常収支を計算する。サービス、第一次、第二次所得収支の合計は、保守的に見積もって1.5兆円であった。これは、仮定の多い貿易収支より実現可能性が高いので、経常収支は貿易収支に1.5兆円を加えることにする。2015年12月の経常収支を1.5-2.5兆円の黒字と想定し、そのグラフを下記に示す。

経常収支予想

このシナリオでは、円安による輸出増加、燃料価格の低下により、2015年末の貿易収支は0-1兆円程度の黒字になる。経常収支は、1.5-2.5兆円程度の黒字になる。年率に直すと、貿易収支は0-12兆円、経常収支は18-30兆円の黒字になる。これが本当に実現する場合、2015年末の貿易収支、経常収支の黒字は、リーマンショック前のピーク近辺に近づくことになる。

このシナリオが現実になる条件は、2014年1月末の世界経済が、あと11ヶ月間同じ環境を維持し、日本の貿易収支だけが改善し続けることである。つまり、2015年1月末の1ドル=117円45銭、北海ブレント価格が1バーレル=
52.99ドルで固定化され、日本の輸入燃料価格が低下し続けることである。それに加えて、世界経済に大きな変動がなく、日本の輸出が伸び、燃料以外の貿易収支も改善することである。年内に為替レート、原油価格が大きく変化せず、かつ世界経済に大きな変動が発生しなければ、上記の貿易、経常収支のシナリオは現実のものとなる可能性が高い。しかし、こうした前提条件が満たされる可能性は高くないので、これは単なる1つのシナリオでしかなく、予想とすることはできない。

上記のシナリオが実現するためには、他にもう一つだけ非常に重要な条件が存在する。(*1)で説明したとおり、だいたいにおいて、経常収支の黒字=金融収支の黒字が成立する。経常収支の黒字が年率で15-25兆円になるためには、金融収支の黒字拡大も必要である。金融収支の黒字が拡大しない場合、暴力的な円高が進行し、貿易収支を再び赤字方向に引き戻してしまうのである。

貿易収支の改善は、所得の増加をもたらし、何もしなくても所得の一部が海外へと流出し、金融収支の黒字拡大が発生することは起こりうる。また、昨年の黒田バズーカ砲第2弾とGPIFによる外国証券投資拡大の効果が顕在化し、金融収支の黒字が増える可能性も存在する。しかし、2015年1月末時点において、金融収支の安定的な黒字は、直接投資を通じる年率10兆円強の黒字しか見えていない。直接投資以外で年率5-15兆円のネットでの安定的な資金流出が実現することが、経常収支の黒字拡大にとって不可欠な条件であるのだ。現状のままでも実現する可能性はあるが、確率は高くない。これを100%の確率で実現させることが望ましい。そのために必要な手段が、日銀による金融緩和の大幅な強化なのである。リスク回避志向に固まった国内投資家の資金を無理矢理でも国債から引き剥がし、その一部を海外へと流出させる必要がある。

スイスの為替上限レート撤廃と-0.75%というマイナス金利の導入により、世界の先進国の国債金利がマイナスになるものが増えてきた。外国債券投資の困難さは以前より高くなった。現在のような環境下では、金融緩和の強化により、日本の国債金利をマイナスにさせることが、従来以上に必要になる。そうしないと、国内から海外への資金流出が拡大するどころか、海外から国内への資金流入が拡大し、ネットでの資金流出金額を拡大させることができなくなるからだ。日銀は一日も早く国債購入金額の拡大を決めなければならない。ECBの量的緩和も、裏の最大の目的は、資金の海外流出によるユーロ安誘導である。日本の場合、必要なことは、円安というよりも、ネットでの対外資金流出の拡大=金融収支の黒字拡大である。資金がネットで海外に流出しなければ、超円高が発生し、経常収支の黒字拡大は不可能になる。

しかし、経常収支の黒字が本格的に拡大し始めれば、今度こそ「一国繁栄型の近隣窮乏化政策」という非難が世界中から間違いなく高まる。昔のような強い日本の輸出産業が出現してしまうことは、外国にとっては脅威になる。そうした環境になった場合、日銀の追加金融緩和は、国際政治的観点から不可能になる。追加金融緩和のために残されている時間は、長くはないのだ。

リーマンショック前のように、国内から海外へと巨額の資金が流出する状態へと戻すことが、日本経済の成長のために最低限必要な条件なのである。にもかかわらず、資金流出拡大は金利の上昇を通じて日本経済を破滅させるという100%間違った考え方が広まりすぎている。また、「円高原油安=交易条件の急激な改善」を望む声も多い。日本の輸出産業が大崩壊を起こした2008-2009年の再来が望ましいと考える人が多いのである。日本はリーマンショックの直接の悪影響が先進国の中で小さい方であった。それにもかかわらず、2009年の実質GDP成長率は、震源地のアメリカを下回り、先進国の中でも一番低いグループに属していた。超円高を通じる急激な交易条件の改善は、とてつもなく恐ろしい結果をもたらすのである。しかし、こうした間違った考え方が広まることには、理由が存在する。2012年11月の円安発生以降、日本経済において、マーシャル・ラーナー条件が成立していなかったからだ。

マーシャル・ラーナー条件
輸出の価格弾力性+輸入の価格弾力性>1

この式が成立しない場合、円安により、貿易・サービス収支を改善させることができなくなる。昨年前半までの日本は、過去の超円高により経済の供給サイドが崩壊し、このマーシャル・ラーナー条件を成立させることができなかった。そのため、円安進行にもかかわらず、貿易・サービス収支は改善しなかった。

マーシャル・ラーナー条件が成立していない間は、我慢の時期であったのだ。円安になっても輸出は増えにくい上、輸入はより増えてしまう。円安で輸入物価が上昇しても、輸出はそれほど増えず、貿易・サービス収支の赤字は縮小しない。その場合、所得も増えない。そのため、「円安デメリット論」が昨年秋頃に急激に吹き出した。日本経済がマーシャル・ラーナー条件を永久に成立させることができないならば、円安デメリットも永久に続く。この場合でも、(*2)で説明したように、日本の資産は増加していた。しかし、(*3)の後半で説明したように、日本の所得は減少していた。所得の減少する円安政策に対して、反対の声が高まる理由は理解できる。

しかし、輸出と輸入の弾力性は、短期と長期では異なる。当初は、数ヶ月以内に弾力性が拡大し、マーシャル・ラーナー条件が成立するようになると思われた。しかし、数ヶ月後にマーシャル・ラーナー条件が成立することはなかった。その後、「円安デメリット論」が吹き出したが、それより前に、日本経済はマーシャル・ラーナー条件が成立するように転換していた。日本経済の供給サイドの再活性化とともに、昨年の春頃から輸出の弾力性が高まったからである。その後に、原油安という神風が吹き、輸入の弾力性も高まった。マーシャル・ラーナー条件が成立すると、円安進行の結果、貿易・サービス収支が改善するのである。なお、経済理論的には、マーシャル・ラーナー条件は、初級者用の理論である。上級編ではより複雑な条件を要求するものもある。現在の日本では、そうした複雑な条件も成立しているはずである。

今後の日本経済は、マーシャル・ラーナー条件の成立により、円安とともに貿易・サービス収支が改善へと向かう。しかし、問題は、円安がいつまで続くかがわからないことである。貿易・サービス収支が改善している間は、ネットでの対外資金流出の拡大が発生しているはずである。しかし、何らかの事情が発生し、ネットでの対外資金の流出が拡大から縮小へと反転したと仮定する。この場合、円高が発生し、同時に貿易・サービス収支が再び悪化に転じてしまう。マーシャル・ラーナー条件が成立していたとしても、資金の流れが変化すれば、為替レートも変化し、円安ではなく、円高が再び進行してしまう。円高が進行し始めると、マーシャル・ラーナー条件を適用することができなくなる。

ここに、マーシャル・ラーナー条件の限界がある。マーシャル・ラーナー条件は、貿易財・貿易可能サービスだけに光を当てた部分均衡分析である。私の国際収支アプローチは、財・サービス市場と資産市場とを総合して扱う国際収支の一般均衡分析である。日本で見られる貿易分析は、輸出と輸入だけに焦点を当てる部分均衡分析が主流である。部分均衡分析は、一般均衡分析よりわかりやすいという長所がある。昨年春頃から、マーシャル・ラーナー条件が成立しているため、部分均衡分析を使ってみた。しかし、部分均衡分析だけで日本の貿易を語るには限界がある。やはり、一般均衡分析を使わなければならない。前の方で詳しく説明したとおり、「ネットでの対外資金流出の拡大=金融収支の黒字拡大」が貿易・サービス収支の改善に不可欠な条件なのである。

日本経済では、マーシャル・ラーナー条件が成立するという重大な局面変化が起こった。しかし、これは円安を通じて日本の貿易・サービス収支の改善をもたらすための条件でしかない。円高になれば意味がなくなってしまう。従って、円高を再び発生させてはならない。そのためには、貿易・サービス収支の改善分以上の資金を、ネットで国内から海外へと確実に流出させなければならない。その具体的な手段として、日銀による国債購入金額を、年間80兆円から大幅に拡大させることが、必要不可欠なのである。


リンク先記事
国際収支の仕組みと貿易収支を黒字に戻す方法(*1)
資産価格の大幅増加という円安メリット論(*2)
交易条件悪化論と中小企業損失論をこえた円安メリット論(*3)


テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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